悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「……近いですわ」

私はピタリと足を止め、背後を振り返りました。

そこには、忠犬のような瞳で私を見つめる護衛騎士シドの姿がありました。

「申し訳ありません! アミカブル様の安全を確保するため、半径一メートル以内を死守しておりました!」

「暑苦しいと言っているのです! 貴方の体温で私のドレスが蒸れてしまいそうですわ!」

私は扇子で仰ぎながら、わざとらしく顔をしかめました。

ターゲットは変更しました。

フレデリック殿下が予想外の進化(退化?)を遂げてしまった今、次に狙うべきは、この脳筋騎士シドです。

彼を精神的に追い詰め、辞職に追い込む。

そうすれば、「アミカブル嬢は護衛をいびり倒して辞めさせた悪女」という噂が立ち、私の評判は地に落ちるはずです。

「シド、貴方は騎士団でも有望株だと言われていますわね?」

「はっ! 過分な評価をいただいております!」

「けれど、私から見れば三流ですわ。動きに『美学』が足りません」

「び、美学……?」

シドが首を傾げます。

私はニヤリと笑い、無理難題を口にしました。

「私の護衛を務めるなら、私の視界を汚さないでください。つまり、『そこにいるのにいない』状態を作り出しなさい」

「いるのにいない……?」

「ええ。気配を完全に消し、音も立てず、影のように寄り添うのです。呼吸音すら耳障りですから、私の許可があるまで息を止めていてくださる?」

これはひどい命令です。

呼吸をするな、姿を見せるな、でも護衛しろ。

常人なら「ふざけるな!」と剣を投げ捨てて帰るでしょう。

しかし、シドは深刻な顔で顎に手を当てました。

「気配断絶……無音歩行……そして無酸素運動……。なるほど、究極の隠密行動(ステルス)こそが、最強の護衛ということか……!」

「はい?」

「承知いたしました、アミカブル様! 俺は風になります! いいえ、空気になります!」

シュパッ!

次の瞬間、シドの姿がかき消えました。

「えっ?」

私は慌てて周囲を見回しました。

廊下には誰もいません。

「シド? ちょっと、どこへ行きましたの?」

返事はありません。

まさか、本当に帰ってしまったのでしょうか?

「ふふ、案外早かったですわね。所詮は口だけの騎士でしたか」

私は高笑いしようとして――思いとどまりました。

誰もいない廊下で一人で高笑いするのは、悪役令嬢以前にただの不審者です。

私は気を取り直して、一人で優雅に庭園の散歩を楽しむことにしました。



王城の庭園は、季節の花々が咲き乱れる美しい場所です。

私はベンチに座り、持ち込んだ紅茶を楽しみながら、これからの悪事の計画を練っていました。

「次は誰をターゲットにしましょうか……。メイド長? それとも料理長?」

独り言を呟きながら、ティーカップに手を伸ばした時です。

カタン。

手が滑って、スプーンがテーブルから落ちそうになりました。

「あ」

地面に落ちて泥がつく――そう思った瞬間。

ヒュンッ!

風が巻き起こり、落ちるはずのスプーンが空中で静止しました。

いいえ、静止したのではありません。

いつの間にか現れた手が、スプーンを掴んでいたのです。

「セーフです、アミカブル様」

「キャアアアアッ!?」

私は悲鳴を上げて飛び退きました。

目の前には、ベンチの裏から上半身だけをぬらりと出したシドがいました。

「シ、シド!? いつからそこに!?」

「最初からです。アミカブル様の影に潜み、心拍数すら同調させて気配を消しておりました」

シドは爽やかな笑顔で、スプーンを丁寧にテーブルに戻しました。

「いかがでしたか? 今の俺は、アミカブル様の視界を汚さずに護衛できていましたか?」

「気持ち悪いですわーっ!!」

私は思わず本音を叫んでしまいました。

「心拍数を同調って何ですの!? ストーカーですか!? 騎士団に通報しますわよ!」

「なんと……! まだ気配が漏れていましたか。やはり『殺気』ならぬ『愛気』を完全に消すのは難しい……」

「愛気とか変な造語を作らないでください! 寒気がしますわ!」

私が鳥肌を立てて腕をさすっていると、庭園の入り口から騎士団長が歩いてきました。

厳格で知られる騎士団長は、私とシドを見て目を丸くしました。

「シドではないか。こんなところで何をしている? 今日は非番では……」

言いかけて、団長はシドの立ち姿を見て言葉を失いました。

「……む?」

団長がシドに近づき、その肩に手を置こうとします。

しかし、シドは無意識にゆらりと体を揺らし、その手をすり抜けました。

「なっ……!?」

団長が驚愕の表情を浮かべます。

「今の身のこなし……残像か? シド、貴様いつの間にこれほどの体術を身につけたのだ!」

シドは直立不動の姿勢をとり、ビシッと敬礼しました。

「はっ! すべてはアミカブル様のご指導のおかげであります!」

「私!?」

団長の鋭い視線が私に突き刺さります。

「アミカブル嬢……。貴殿が、我が騎士団の若手に稽古を?」

「ち、違いますわ! 私はただ、彼に『邪魔だから消えろ』と言っただけで……」

「『消えろ』……そうか、究極の回避行動とは、敵の意識から消えること。貴殿は言葉少なく、武の真髄を彼に授けたというのか!」

団長が感極まったように髭を震わせました。

「噂には聞いていたが、公爵令嬢たる貴殿が、これほど武芸に造詣が深いとは……。いや、無駄のない所作、鋭い眼光。ただ者ではないと感じていた!」

「眼光が鋭いのはただ睨んでいるだけです! 買いかぶりすぎですわ!」

「謙遜なされるな! シドよ、その技、我々にも伝授せよ!」

「はい! アミカブル流・隠密殺法、共有いたします!」

「殺法じゃないですわよ! ただの嫌がらせですってば!」

私の抗議を無視して、団長とシドは熱く握手を交わし始めました。

「アミカブル様、ぜひ我が騎士団の特別顧問にお迎えしたい!」

「お断りします! 私はか弱い令嬢ですのよ!」

「ははは! ご冗談を。その扇子の構え、隙がない!」

団長は豪快に笑いながら去っていきました。

取り残された私は、ガックリと項垂れました。

どうしてこうなるのでしょう。

王子は執務マシーンになり、騎士は忍者になり、私は武芸の達人に祭り上げられてしまいました。

「……解せませんわ」

私は冷めた紅茶を一気飲みしました。

「こうなったら意地ですわ。次はもっと大勢を巻き込んで、私の性格の悪さを露呈させてやります!」

私は立ち上がり、不敵な笑みを浮かべました。

明日は定例のお茶会。

そこには、私をライバル視する高慢な令嬢たちが集まります。

彼女たちなら、きっと私の悪口を触れ回ってくれるはず。

「待っていなさい、社交界の蝶々たち。私の毒舌で、その羽をむしり取ってさしあげますわ!」

私の背後で、シドがまたしても気配を消し、「アミカブル様……また何か国を救う策をお考えなのですね……!」と感動していることに、私は気づかないふりをしました。
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