「おめでとうございます、婚約破棄ですね!」

パリパリかぷちーの

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「閣下、本日の移動予定時刻まであと三分です。速やかに騎士団の演習場へ向かいましょう。私の計算によれば、現在の訓練メニューの六十パーセントは、ただ汗を流すだけの『非効率なパフォーマンス』に過ぎませんわ」

翌朝、私はアルリック閣下を伴い、公爵家が誇る騎士団の訓練場を訪れた。

目の前では、屈強な男たちが大声を上げながら、重い大剣を何度も何度も素振りしている。

土煙が舞い、熱気が伝わってくるが、私の目にはそれが「エネルギーの浪費」の縮図に見えた。

「ラジーナ、そんなに手厳しいことを言うな。彼らは我が領地の誇る精鋭だ。その筋力と忍耐力は、一朝一夕で身につくものではない」

「閣下、筋肉は根性でつくものではなく、適切な負荷と栄養、そして休息の相関関係によって構築される生理現象です。そこの騎士! その素振り、あと三センチ振り抜く速度を抑えなさい! 遠心力に振り回されて、体幹の筋肉が悲鳴を上げていますわよ!」

私の声に、素振りをしていた騎士たちが一斉に手を止めた。

「な、なんだ、あの令嬢は……?」

「騎士団の神聖な訓練に口を出すとは、いい度胸だ」

不満げな声を上げる騎士たちの中から、一際体格の良い男――騎士団長のガストンが歩み寄ってきた。

「閣下、失礼いたします。……そちらの令嬢は、どちら様で? 我々の訓練に意見をされるとは、相当な腕をお持ちのようですが」

「私は内政官のラジーナ・ガレットです。剣の腕はありませんが、貴方たちの『動作の無駄』を数値化する腕なら誰にも負けませんわ」

私はストップウォッチをガストンに突きつけた。

「ガストン団長。貴方の団員たちが、この一時間で消費したカロリーと、それによって得られた筋繊維の破壊効率を計算しましたが……。お話になりませんわね。ただ疲労を蓄積させて、翌日のパフォーマンスを低下させているだけです」

「なんだと!? 我々は代々、この過酷な鍛錬を耐え抜くことで強くなってきたのだ!」

「それは『生存者バイアス』というものですわ。耐えられなかった有能な人材が、非効率な訓練のせいで脱落していった可能性を考慮していません。今すぐ訓練を中止し、私の作成した『超回復最適化スケジュール』に移行してください」

私は小脇に抱えていた厚い資料――「騎士団再構築プラン」を広げた。

「まず、その重すぎる大剣。実戦での一撃の威力は認めますが、振りかぶるまでの〇・八秒が致命的な隙となっています。刃の形状を三パーセント削り、重心を柄の方へ二センチ移動させることで、攻撃速度を十五パーセント向上させられます」

「ば、馬鹿な! 剣の重さを減らせば、威力が落ちるだろう!」

「それを補うのが、私の考案した『加速度利用型剣技』です。筋力に頼らず、人体の関節の可動域と重心移動を最適化すれば、軽くなった分を速度で補い、結果的な衝撃荷重は従来を上回ります。計算式はこちらに」

私は地面に、素早く数式を書き殴った。

ガストン団長は、呆然とその数式と私を交互に見つめている。

「……閣下、この令嬢は本当に人間なのですか? さっきから何を言っているのか、半分も理解できません……」

アルリック閣下は、愉快そうに肩を揺らして笑った。

「ガストン、諦めろ。彼女の言葉に従うのが、最も『効率的』に強くなる近道だ。私も昨日、彼女に事務作業を殲滅されたばかりだからな」

「……分かりました。そこまで閣下が仰るなら。おい、野郎ども! この令嬢の言う通りに動いてみろ!」

そこからの数時間、演習場は「解剖学教室」へと変貌した。

私は騎士一人ひとりのフォームをチェックし、無駄な動きをミリ単位で修正していった。

「そこ! 肘の角度が甘いです! あと五度内側へ。そうすれば、肩甲骨の可動域を最大限に利用できます!」

「はいっ!」

「足の踏み込み! 地面を蹴るのではなく、体重を『落とす』感覚ですわ! 一・二倍の初速が出せます!」

「うおおっ、本当だ! 体が勝手に前に出る!」

最初は反発していた騎士たちも、私の指摘通りに動くことで、明らかに自分の動きが速く、鋭くなるのを実感し、次第に目を輝かせ始めた。

「……素晴らしいわ。皆さん、やればできるではありませんか。この調子で、午後からは『栄養摂取効率の最大化』のための合同昼食会を行いますわよ。脂質とタンパク質の比率を、私の指定通りに摂取してもらいます」

「め、飯の食い方まで指定されるのか……」

「当然です。体を作るのは食事。それを疎かにするのは、建築現場に質の悪いレンガを運ぶのと同じですわ」

私が騎士たちの列を整え、意気揚々と食堂へ向かおうとすると、アルリック閣下が横から私の手首をそっと掴んだ。

「……ラジーナ。少しは休憩したらどうだ。貴様の顔、少し上気しているぞ」

「これは熱気による血流の促進です。休憩などという非効率な時間を挟むより、このまま騎士団全体の意識改革を完遂させてしまう方が、トータルのリソース節約になりますわ」

私は閣下の手を振り払おうとしたが、閣下は意外なほど力強く、それでいて優しく私の手を握り直した。

「……ダメだ。貴様が倒れれば、それこそ我が領地にとって最大の損失になる。これは公爵としての命令ではなく、一人の男としての……いや、貴様の『雇用主』としての要望だ。十五分だけ、木陰で座れ」

閣下の瞳に宿る、真剣な「心配」の色。

(……心拍数が通常の百四十パーセントに到達。呼吸がわずかに乱れ、判断力が〇・三パーセント低下中。これは……非常にまずいバグですわ)

私は自分の体の変調を自覚し、渋々と頷いた。

「……分かりました。十五分だけですわよ。その代わり、その十五分を使って、閣下の鎧の軽量化についてのアイデアをまとめさせていただきます」

「……フフ。貴様らしいな。さあ、来い」

木陰のベンチに座り、閣下が差し出してくれた冷たい水を受け取る。

十五分という、私にとっては膨大な「空白」の時間。

だが、隣に座る閣下の体温と、心地よい風を感じているうちに、私の脳内の計算式が、少しずつ穏やかなものへと書き換えられていくような気がした。

「……ラジーナ。たまには空を見て、雲の流れる速度を計算するのをやめてみるのも、悪くないとは思わないか?」

「……雲の流速は、風向と高度を知るための重要なデータです。それを無視するなど、不合理の極みですわ」

私は強がって言ったが、空を見上げる私の横顔には、今日一番の穏やかな微笑みが浮かんでいた。

婚約破棄から数日。

私は、鋼の筋肉を持つ男たちさえも数値で支配し、冷徹な公爵の心に、小さな「非効率」という名の波紋を広げ続けていた。
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