「おめでとうございます、婚約破棄ですね!」

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
14 / 28

14

「食材の搬入ルート、よし。照明用魔石の出力安定性、よし。参加貴族の平均体重に基づいた床板の耐荷重テスト、完璧ですわ」

舞踏会当日、数時間後には華やかな宴が始まるというその時。

私は最終確認用のチェックリストを手に、会場内を軍隊の行進のような速度で練り歩いていた。

もはやこの領地の職員たちは、私の指示がなくとも「最短距離」で動き、「最小の動作」で装飾を施す術を身につけている。

実に見事な教育成果だと自画自賛していたその時、正面玄関から耳障りな騒音が響いてきた。

「どけ! 私が誰だと思っている! この国の第一王子、ウィルフリードであるぞ!」

聞き覚えのある、しかし記憶から「不要なデータ」としてゴミ箱に放り込んだはずの声。

振り返ると、そこには以前よりも少しやつれた様子のウィルフリード殿下と、相変わらず「ぴえん」とした表情のリリアーナ様が立っていた。

「……。セバスさん。あちらの騒音、デシベル数が許容範囲を超えています。即座に遮音壁を設置するか、あるいは音源そのものを排除してください」

「心得ました、ラジーナ様。ですが、一応は王族。穏便に処理するのがよろしいかと」

私は深いため息をつき、ストップウォッチを止めて二人のもとへ歩み寄った。

「ごきげんよう、殿下。お約束のない訪問は、私のスケジュールに対する重大なテロ行為ですわ。用件は三秒以内でお願いします」

「ラジーナ! 貴様、こんな北の果てで何を……。いや、それよりだ! 今すぐ王都へ戻れ! これは王命だ!」

殿下は私の腕を掴もうとしたが、私は半歩下がってその動作を無効化した。

「王命? 婚約破棄の際に交わした合意書を忘れたのですか? 『以降、互いの人生に干渉しない』という条項にサインしたのは殿下です。今の貴方の発言は、契約違反による違約金発生の対象となりますわよ」

「契約など知るか! 貴様がいなくなってから、王宮の事務が完全にストップしているのだ! 予算案は通らず、行事の段取りはメチャクチャ、リリアーナの宝石代の出どころも精査できん!」

「それは殿下が、管理という名のコストを支払うのを怠った結果ですわ。私という最高効率のOSをアンインストールしておきながら、動作が重いと文句を言うのは論理的ではありません」

リリアーナ様が、ハンカチを噛み締めながら口を開いた。

「ラジーナ様ぁ……。王子様、最近とっても怖いんですぅ……。すぐ『数字を出せ』とか『効率が悪い』とか怒鳴るようになって……。これも全部、貴女が王子様を変な風に教育したせいですぅ!」

「それは教育ではなく、社会生活における最低限のOS更新です。殿下、リリアーナ様。私の時間は一分につき金貨十枚の価値があります。貴方たちの無駄話に付き合う余裕はありませんの」

私は入り口を指差した。

「お引き取りください。今なら、お帰りの馬車の速度を十パーセント上げることで、日没までに国境を越えられるはずですわ」

「ふざけるな! 私が頭を下げて……いや、命令してやっているのだ! この私が直々に迎えに来たのだぞ!」

殿下が再び声を荒らげたその時。

背後から、氷のような冷気と共に、圧倒的な威圧感が押し寄せた。

「……私の屋敷で、私の大切なパートナーに何をしている?」

アルリック閣下だ。

彼は正装に身を包み、その銀色の瞳に明らかな「殺意に近い不快感」を宿して立っていた。

「ヴォ、ヴォルフラム公爵……。貴様、ラジーナをそそのかしてこんな場所に……!」

「そそのかした? 失礼な。私は彼女の才能に、正当な対価と最高の環境を提供しているだけだ。……お前のように、彼女という奇跡を『便利屋』扱いして使い潰すような真似はしない」

閣下は私の肩を抱き寄せ、殿下を射抜くように見据えた。

「ラジーナは今、この領地の心臓だ。彼女がいなければ、この地の一秒も動かない。……そして、私の心もな」

「…………」

(……。心拍数、急上昇。毎分百四十五回。……。閣下、今の発言は……あまりに非効率な愛の告白ですわ……!)

私は顔が沸騰しそうなのを感じながらも、算盤を弾くふりをして冷静さを保とうとした。

「殿下。聞こえましたか? 今の私は、この領地という巨大なプロジェクトのCEOです。王都の、それも不採算部門である貴方の元へ戻るメリットは……計算上、マイナス無限大ですわ」

「くっ……! ガレット公爵家はどうなる! お前の父親も困っているのだぞ!」

「父からは昨日、手紙が届きましたわ。『ラジーナがいなくなってから、家計の無駄がすべて白日の下に晒され、ようやく健全な経営ができるようになった。戻ってこなくていいぞ』とのことです」

「……あ、あの狸親父め……!」

ウィルフリード殿下は悔しげに拳を握ったが、アルリック閣下の放つプレッシャーに押され、一歩、また一歩と後退していった。

「セバス。この二人を国境までエスコートしろ。……。最も『効率的』な、最短ルートでな」

「畏まりました、閣下」

「ま、待て! ラジーナ! 後悔するぞ! 私という光を失って――」

「殿下の光は、ただの光害(ひかりがい)ですわ。さようなら」

私は一瞥もくれず、背を向けた。

騒がしい「不確定要素」が排除され、会場に再び静寂が戻る。

アルリック閣下は、私の肩に置いた手に力を込め、耳元で低く笑った。

「……。よし、これで障害は消えたな。ラジーナ、準備はいいか?」

「……。はい。心拍数は依然として高いままですが、舞踏会本番のパフォーマンスに影響はありません」

私は顔を上げ、閣下の瞳を見つめ返した。

「さあ、始めましょう、閣下。私たちの、世界で最も無駄がなく、そして最高に熱い夜を」

「ああ。……。楽しみだ」

私はストップウォッチを力強くクリックした。

運命の舞踏会、開始まであと三十分。

私の人生という名の計算式は、今、最高の解を導き出そうとしていた。
感想 2

あなたにおすすめの小説

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

嘘ばかりの貴方を愛すなんて誰が出来るの?

夏見颯一
恋愛
「お姉様の婚約者、聖女様の妹君の婚約者になっておりますよ!」 互いに交流する気のない婚約者同士だった。 政略的にも意味がなく、転生伯爵令嬢フロスティアとその父親は時間で婚約を解消する可能性も考えていた。 だが、何の話もないまま時間だけが過ぎ、ある時帰宅したフロスティアの妹が王都で婚約者ソリウスが勝手に聖女の妹の婚約者になっていると言った。 いくらほとんど意味のない婚約だったとしても、きちんと解消した後ではないと単なる不義でしょう? 聖女の周りには神殿と王家。 ソリウスの嘘に巻き込まれる事を恐れたフロスティア達は動き出すも、ソリウスは何が悪いのか理解しないまま騒動を引き起こす。 異世界から連れてこられた聖女とその妹は異なる世界の常識に翻弄された末、フロスティアとカレーを食べる事になります。 ※タグは増えたり減ったりします。体調の関係もあり、更新時間がかなり時間が不定期です。 カオス度★★★ 後半のカオス具合は危険ですので、ご注意下さい。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…