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「食材の搬入ルート、よし。照明用魔石の出力安定性、よし。参加貴族の平均体重に基づいた床板の耐荷重テスト、完璧ですわ」
舞踏会当日、数時間後には華やかな宴が始まるというその時。
私は最終確認用のチェックリストを手に、会場内を軍隊の行進のような速度で練り歩いていた。
もはやこの領地の職員たちは、私の指示がなくとも「最短距離」で動き、「最小の動作」で装飾を施す術を身につけている。
実に見事な教育成果だと自画自賛していたその時、正面玄関から耳障りな騒音が響いてきた。
「どけ! 私が誰だと思っている! この国の第一王子、ウィルフリードであるぞ!」
聞き覚えのある、しかし記憶から「不要なデータ」としてゴミ箱に放り込んだはずの声。
振り返ると、そこには以前よりも少しやつれた様子のウィルフリード殿下と、相変わらず「ぴえん」とした表情のリリアーナ様が立っていた。
「……。セバスさん。あちらの騒音、デシベル数が許容範囲を超えています。即座に遮音壁を設置するか、あるいは音源そのものを排除してください」
「心得ました、ラジーナ様。ですが、一応は王族。穏便に処理するのがよろしいかと」
私は深いため息をつき、ストップウォッチを止めて二人のもとへ歩み寄った。
「ごきげんよう、殿下。お約束のない訪問は、私のスケジュールに対する重大なテロ行為ですわ。用件は三秒以内でお願いします」
「ラジーナ! 貴様、こんな北の果てで何を……。いや、それよりだ! 今すぐ王都へ戻れ! これは王命だ!」
殿下は私の腕を掴もうとしたが、私は半歩下がってその動作を無効化した。
「王命? 婚約破棄の際に交わした合意書を忘れたのですか? 『以降、互いの人生に干渉しない』という条項にサインしたのは殿下です。今の貴方の発言は、契約違反による違約金発生の対象となりますわよ」
「契約など知るか! 貴様がいなくなってから、王宮の事務が完全にストップしているのだ! 予算案は通らず、行事の段取りはメチャクチャ、リリアーナの宝石代の出どころも精査できん!」
「それは殿下が、管理という名のコストを支払うのを怠った結果ですわ。私という最高効率のOSをアンインストールしておきながら、動作が重いと文句を言うのは論理的ではありません」
リリアーナ様が、ハンカチを噛み締めながら口を開いた。
「ラジーナ様ぁ……。王子様、最近とっても怖いんですぅ……。すぐ『数字を出せ』とか『効率が悪い』とか怒鳴るようになって……。これも全部、貴女が王子様を変な風に教育したせいですぅ!」
「それは教育ではなく、社会生活における最低限のOS更新です。殿下、リリアーナ様。私の時間は一分につき金貨十枚の価値があります。貴方たちの無駄話に付き合う余裕はありませんの」
私は入り口を指差した。
「お引き取りください。今なら、お帰りの馬車の速度を十パーセント上げることで、日没までに国境を越えられるはずですわ」
「ふざけるな! 私が頭を下げて……いや、命令してやっているのだ! この私が直々に迎えに来たのだぞ!」
殿下が再び声を荒らげたその時。
背後から、氷のような冷気と共に、圧倒的な威圧感が押し寄せた。
「……私の屋敷で、私の大切なパートナーに何をしている?」
アルリック閣下だ。
彼は正装に身を包み、その銀色の瞳に明らかな「殺意に近い不快感」を宿して立っていた。
「ヴォ、ヴォルフラム公爵……。貴様、ラジーナをそそのかしてこんな場所に……!」
「そそのかした? 失礼な。私は彼女の才能に、正当な対価と最高の環境を提供しているだけだ。……お前のように、彼女という奇跡を『便利屋』扱いして使い潰すような真似はしない」
閣下は私の肩を抱き寄せ、殿下を射抜くように見据えた。
「ラジーナは今、この領地の心臓だ。彼女がいなければ、この地の一秒も動かない。……そして、私の心もな」
「…………」
(……。心拍数、急上昇。毎分百四十五回。……。閣下、今の発言は……あまりに非効率な愛の告白ですわ……!)
私は顔が沸騰しそうなのを感じながらも、算盤を弾くふりをして冷静さを保とうとした。
「殿下。聞こえましたか? 今の私は、この領地という巨大なプロジェクトのCEOです。王都の、それも不採算部門である貴方の元へ戻るメリットは……計算上、マイナス無限大ですわ」
「くっ……! ガレット公爵家はどうなる! お前の父親も困っているのだぞ!」
「父からは昨日、手紙が届きましたわ。『ラジーナがいなくなってから、家計の無駄がすべて白日の下に晒され、ようやく健全な経営ができるようになった。戻ってこなくていいぞ』とのことです」
「……あ、あの狸親父め……!」
ウィルフリード殿下は悔しげに拳を握ったが、アルリック閣下の放つプレッシャーに押され、一歩、また一歩と後退していった。
「セバス。この二人を国境までエスコートしろ。……。最も『効率的』な、最短ルートでな」
「畏まりました、閣下」
「ま、待て! ラジーナ! 後悔するぞ! 私という光を失って――」
「殿下の光は、ただの光害(ひかりがい)ですわ。さようなら」
私は一瞥もくれず、背を向けた。
騒がしい「不確定要素」が排除され、会場に再び静寂が戻る。
アルリック閣下は、私の肩に置いた手に力を込め、耳元で低く笑った。
「……。よし、これで障害は消えたな。ラジーナ、準備はいいか?」
「……。はい。心拍数は依然として高いままですが、舞踏会本番のパフォーマンスに影響はありません」
私は顔を上げ、閣下の瞳を見つめ返した。
「さあ、始めましょう、閣下。私たちの、世界で最も無駄がなく、そして最高に熱い夜を」
「ああ。……。楽しみだ」
私はストップウォッチを力強くクリックした。
運命の舞踏会、開始まであと三十分。
私の人生という名の計算式は、今、最高の解を導き出そうとしていた。
舞踏会当日、数時間後には華やかな宴が始まるというその時。
私は最終確認用のチェックリストを手に、会場内を軍隊の行進のような速度で練り歩いていた。
もはやこの領地の職員たちは、私の指示がなくとも「最短距離」で動き、「最小の動作」で装飾を施す術を身につけている。
実に見事な教育成果だと自画自賛していたその時、正面玄関から耳障りな騒音が響いてきた。
「どけ! 私が誰だと思っている! この国の第一王子、ウィルフリードであるぞ!」
聞き覚えのある、しかし記憶から「不要なデータ」としてゴミ箱に放り込んだはずの声。
振り返ると、そこには以前よりも少しやつれた様子のウィルフリード殿下と、相変わらず「ぴえん」とした表情のリリアーナ様が立っていた。
「……。セバスさん。あちらの騒音、デシベル数が許容範囲を超えています。即座に遮音壁を設置するか、あるいは音源そのものを排除してください」
「心得ました、ラジーナ様。ですが、一応は王族。穏便に処理するのがよろしいかと」
私は深いため息をつき、ストップウォッチを止めて二人のもとへ歩み寄った。
「ごきげんよう、殿下。お約束のない訪問は、私のスケジュールに対する重大なテロ行為ですわ。用件は三秒以内でお願いします」
「ラジーナ! 貴様、こんな北の果てで何を……。いや、それよりだ! 今すぐ王都へ戻れ! これは王命だ!」
殿下は私の腕を掴もうとしたが、私は半歩下がってその動作を無効化した。
「王命? 婚約破棄の際に交わした合意書を忘れたのですか? 『以降、互いの人生に干渉しない』という条項にサインしたのは殿下です。今の貴方の発言は、契約違反による違約金発生の対象となりますわよ」
「契約など知るか! 貴様がいなくなってから、王宮の事務が完全にストップしているのだ! 予算案は通らず、行事の段取りはメチャクチャ、リリアーナの宝石代の出どころも精査できん!」
「それは殿下が、管理という名のコストを支払うのを怠った結果ですわ。私という最高効率のOSをアンインストールしておきながら、動作が重いと文句を言うのは論理的ではありません」
リリアーナ様が、ハンカチを噛み締めながら口を開いた。
「ラジーナ様ぁ……。王子様、最近とっても怖いんですぅ……。すぐ『数字を出せ』とか『効率が悪い』とか怒鳴るようになって……。これも全部、貴女が王子様を変な風に教育したせいですぅ!」
「それは教育ではなく、社会生活における最低限のOS更新です。殿下、リリアーナ様。私の時間は一分につき金貨十枚の価値があります。貴方たちの無駄話に付き合う余裕はありませんの」
私は入り口を指差した。
「お引き取りください。今なら、お帰りの馬車の速度を十パーセント上げることで、日没までに国境を越えられるはずですわ」
「ふざけるな! 私が頭を下げて……いや、命令してやっているのだ! この私が直々に迎えに来たのだぞ!」
殿下が再び声を荒らげたその時。
背後から、氷のような冷気と共に、圧倒的な威圧感が押し寄せた。
「……私の屋敷で、私の大切なパートナーに何をしている?」
アルリック閣下だ。
彼は正装に身を包み、その銀色の瞳に明らかな「殺意に近い不快感」を宿して立っていた。
「ヴォ、ヴォルフラム公爵……。貴様、ラジーナをそそのかしてこんな場所に……!」
「そそのかした? 失礼な。私は彼女の才能に、正当な対価と最高の環境を提供しているだけだ。……お前のように、彼女という奇跡を『便利屋』扱いして使い潰すような真似はしない」
閣下は私の肩を抱き寄せ、殿下を射抜くように見据えた。
「ラジーナは今、この領地の心臓だ。彼女がいなければ、この地の一秒も動かない。……そして、私の心もな」
「…………」
(……。心拍数、急上昇。毎分百四十五回。……。閣下、今の発言は……あまりに非効率な愛の告白ですわ……!)
私は顔が沸騰しそうなのを感じながらも、算盤を弾くふりをして冷静さを保とうとした。
「殿下。聞こえましたか? 今の私は、この領地という巨大なプロジェクトのCEOです。王都の、それも不採算部門である貴方の元へ戻るメリットは……計算上、マイナス無限大ですわ」
「くっ……! ガレット公爵家はどうなる! お前の父親も困っているのだぞ!」
「父からは昨日、手紙が届きましたわ。『ラジーナがいなくなってから、家計の無駄がすべて白日の下に晒され、ようやく健全な経営ができるようになった。戻ってこなくていいぞ』とのことです」
「……あ、あの狸親父め……!」
ウィルフリード殿下は悔しげに拳を握ったが、アルリック閣下の放つプレッシャーに押され、一歩、また一歩と後退していった。
「セバス。この二人を国境までエスコートしろ。……。最も『効率的』な、最短ルートでな」
「畏まりました、閣下」
「ま、待て! ラジーナ! 後悔するぞ! 私という光を失って――」
「殿下の光は、ただの光害(ひかりがい)ですわ。さようなら」
私は一瞥もくれず、背を向けた。
騒がしい「不確定要素」が排除され、会場に再び静寂が戻る。
アルリック閣下は、私の肩に置いた手に力を込め、耳元で低く笑った。
「……。よし、これで障害は消えたな。ラジーナ、準備はいいか?」
「……。はい。心拍数は依然として高いままですが、舞踏会本番のパフォーマンスに影響はありません」
私は顔を上げ、閣下の瞳を見つめ返した。
「さあ、始めましょう、閣下。私たちの、世界で最も無駄がなく、そして最高に熱い夜を」
「ああ。……。楽しみだ」
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私の人生という名の計算式は、今、最高の解を導き出そうとしていた。
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