「おめでとうございます、婚約破棄ですね!」

パリパリかぷちーの

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「喝采の残響、三・五秒。撤収のタイミング、完璧ですわ。さあ閣下、次は立食パーティの最適化フェーズへと移行しましょう。ゲストの皆様の胃袋が、最も効率的に栄養を吸収できる『黄金時間』を逃すわけにはいきません」

私はアルリック閣下の腕から離れると、熱を持った頬を扇で煽りながら、即座に「戦場」へと視線を走らせた。

先ほどまでの夢のようなワルツの余韻は、既に私の脳内ストレージの『保存済みフォルダ』へと格納された。

今の私の全リソースは、会場の端に並べられた豪華なビュッフェ料理の「消化効率」に割かれている。

「ラジーナ、貴様というやつは……。あんなに情熱的に踊った直後に、なぜそんなに冷静にシュリンプカクテルの在庫を確認できるのだ」

閣下が呆れたように、けれどどこか愛おしそうに私を見下ろした。

「情熱はエネルギーの変換形式の一つに過ぎませんわ。消費したカロリーを速やかに補填し、ゲストの皆様が『空腹による不機嫌』という非生産的な状態に陥るのを防ぐ。これこそが主催者としての義務です」

私はビュッフェテーブルへと歩み寄り、一人の貴族の前に立ちふさがった。

「そこの伯爵! そのローストビーフの切り分け方、厚すぎますわ。咀嚼回数が二十回を超えると、脳への満腹信号が早まり、他の高栄養価な食材を摂取する機会を損失します。今の厚さから二ミリ削りなさい。それが『美食と効率』の最適解ですわ!」

「ひっ!? ガ、ガレット令嬢……。はい、仰る通りにします!」

伯爵は震えながら肉を薄く切り直した。

周囲の貴族たちは、最初は私の振る舞いに戸惑っていたが、次第に「彼女の指示通りに食べると、不思議と胃もたれせず、会話も弾む」という事実に気づき始めたらしい。

「ラジーナ様! このサラダとスープ、どちらを先に摂取するのが代謝効率において正解でしょうか!」

「スープの温度による胃粘膜の活性化を優先すべきですわ。三口飲んでから葉物野菜へ。食物繊維による血糖値の急上昇抑制を計算に入れなさい!」

いつの間にか、私の周りには「効率的な食事法」を教わりたがる貴族たちの列ができていた。

悪役令嬢としての悪評など、もはやどこにもない。

彼女たちは、私の吐き出す数字こそが、優雅な生活を送るための「聖書」であると信じ始めているのだ。

「……信じられん。内政や軍備だけでなく、社交界の食事作法まで塗り替えてしまうとは」

アルリック閣下が、私の隙を見て背後から声をかけた。

「閣下。人々は常に『正しい答え』を求めているのです。曖昧なマナーや伝統という名の非効率に縛られるより、数値に基づいた最適解の方が、よほど納得感が得られるものですわ」

「ふ……。確かにそうだな。だが、ラジーナ。貴様自身はどうなのだ? さっきから客の指導ばかりして、自分の栄養補給を忘れているのではないか」

「私は後で、厨房に残った端材を最短時間で摂取しますので、問題ありません」

「却下だ」

閣下は私の腰を抱き寄せ、近くの給仕が持っていたトレイから、一口サイズのカナッペを一つ手に取った。

「これは、私が貴様のために『最適化』して選んだ一品だ。フォアグラの脂質とアプリコットの酸味。今の貴様の脳疲労を回復させるのに、最も適した配合だそうだぞ」

「……閣下が、栄養バランスの計算を? ……。いえ、それは私がやるべき仕事で……」

「黙れ。あーん、しろ」

「…………。……あ、あーん」

(……! 心拍数、急上昇。……。フォアグラの濃厚な風味が舌の上で熱エネルギーへと変換されると同時に、閣下の指先が唇に触れたことによる刺激信号が脳を直撃……!)

私は顔が沸騰しそうなのを感じながら、咀嚼回数を最短にする努力も忘れ、カナッペを飲み込んだ。

「……評価、最高ランクですわ。閣下。……ただ、この『あーん』という行為にかかる余分な羞恥心によるエネルギー消費は、計算外でしたわ」

「そのエネルギーは、私が後でたっぷりと補充してやる。……。ラジーナ、パーティはもういい。あとの運営はセバスたちに任せて、少し風に当たらないか」

「しかし、デザートの提供タイミングが……」

「命令だ、私の最高の算術士(パートナー)。……一分一秒を惜しむ貴様が、私にだけは『永遠』をくれると言っただろう?」

閣下の銀色の瞳が、甘く、けれど強引に私を誘う。

私はストップウォッチをポケットにねじ込むと、降参したように閣下の腕に寄り添った。

「……。分かりました。五分間の逸脱を許可します。ただし、その五分間で、私がどれほど閣下に『計算不能な影響』を受けているか……。その中間報告をさせていただきますわよ」

「ああ。楽しみにしているぞ」

私たちは、賑わう会場を後にし、月明かりのテラスへと踏み出した。

背後からは、人々の楽しげな笑い声と、整然と並べられた食器の音が心地よく響いている。

(……。私の人生という名の計算式は、もはや解を求めることをやめてしまったのかもしれない。……。けれど、この『未完成』な状態こそが、最も美しいグラフを描いているような気がしますわ)

私は閣下の肩に頭を預け、流れる雲の速度を計算する代わりに、隣から聞こえる力強い鼓動を、ただ静かに数え始めた。
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