「おめでとうございます、婚約破棄ですね!」

パリパリかぷちーの

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「午前七時ジャスト。全システムの起動を確認しましたわ。本日、ガレット公爵家とヴォルフラム公爵家の合併……いえ、私とアルリック閣下の婚礼の儀という名の超大規模プロジェクトが始動します!」

私は鏡の前で、純白のドレスに身を包んだ自分を厳しくチェックしました。

仕立て屋に特注したこのドレスは、ただ美しいだけではありません。

激しい移動でも型崩れしない形状記憶繊維と、空気抵抗を極限まで抑えたシルエット。

さらに、不測の事態に備えてスカートの裏地には小型の算盤と緊急用通信魔石が仕込まれています。

「お嬢様、髪のセットが完了しましたわ! 目標タイムより十二秒早い仕上がりです!」

「素晴らしいわ、セバスさん。メイドたちの習熟度も限界まで高まっていますね。さあ、次は閣下の衣装点検へ向かいますわよ。一分一秒の遅滞も許されませんわ!」

私は最短の歩数で廊下を駆け抜け、新郎の控室へと突入しました。

そこには、漆黒の礼装に身を包んだアルリック閣下が、窓の外を眺めて静かに佇んでいました。

「閣下! 起床から現在まで、心拍数と体温の推移は正常でしょうか。……。失礼いたします、タイの結び目が左右非対称ですわ。これでは式典の厳粛さが〇・三パーセント損なわれます」

私は無駄のない動作で閣下の襟元を整え始めました。

閣下は、私の忙しない動きを止めることもなく、ただ優しく微笑んで私を見つめていました。

「ラジーナ。おはよう。……。改めて言葉にするのは非効率かもしれないが。今日の君は、私がこれまで解いてきたどんな難問よりも、神秘的で美しい」

「閣下、その主観的なデータは後の披露宴でのスピーチに回してくださいな。今は、私の計算通りのスケジュールを完遂することに集中しましょう。さあ、移動開始ですわよ!」

「フ。……。相変わらずだな。だが、その頑固さが愛おしい。行こう、私の新しい人生のパートナー」

私たちは、教会の入り口へと向かいました。

そこには、既に整列した騎士団と、歓喜に沸く領民たちの姿がありました。



「全員、位置につきなさい! 教会の扉が開放されるまで、あと三百秒! 参列者の視線が私たちに集中する角度を計算し、最も威厳のある歩行姿勢を維持しなさい!」

私の号令とともに、会場全体が精密機械のように静まり返りました。

扉が左右対称に開き、太陽の光がステンドグラスを通して差し込みます。

私はアルリック閣下の腕に手を添え、あらかじめ設定した「感動を最大化する歩行速度」でバージンロードを進みました。

(……。床の反発力、良好。聖歌隊の音量、七十二デシベル。参列者の涙腺の緩み具合、推定八十パーセント。すべてが私のシミュレーション通りですわ)

祭壇の前には、私の「最適化指示」を渋々受け入れた大司教様が、諦めたような顔で立っていました。

儀式は、私の作成した「超短縮・高密度版」に従って、流れるように進行していきます。

「アルリック・ヴォルフラム。汝、この者を妻とし、死が分かつまで愛することを誓うか」

「誓う。……。いや、死が分かった後も、永遠に彼女を管理し、愛し続けることを誓おう」

「ラジーナ・ガレット。汝、この者を夫とし、生涯を共にすることを誓うか」

私は、アルリック閣下の銀色の瞳を真っ直ぐに見つめました。

「誓いますわ。彼の人生のあらゆる不確定要素を排除し、世界で最も幸福な、そして最高効率の家庭を築くことを、全知全能の算術にかけて誓います!」

大司教様が、困惑気味に頷きました。

「……。よろしい。では、誓いのキスを」

ここで、私は昨夜の閣下の予告を思い出しました。

(……。予定では三秒。閣下は『三倍長くする』と仰っていましたが、それだと九秒。全体の進行に与える影響は軽微と判断しましたわ)

私は目を閉じ、閣下を受け入れる準備をしました。

しかし。

閣下の唇が触れた瞬間、私の心臓が爆発的なビートを刻み始めました。

三秒、経過。

五秒、経過。

九秒、経過。

(……! 閣下!? 予定の九秒を過ぎましたわよ! 心拍数が通常の百八十パーセントに達し、脳内CPUがオーバーヒート寸前です! 離してくださいな!)

私は心の中で叫びましたが、閣下の手は私の腰をさらに強く抱き寄せ、唇を離そうとはしませんでした。

会場からは、最初は驚き、やがて地鳴りのような歓声と拍手が沸き起こりました。

「おおお! 閣下の情熱が止まらないぞ!」

「見て! 鬼姫様の顔が、あんなに真っ赤になって……!」

(……。……。ダメですわ。計算、不能。……。一、一分。もう一分も経過していますわ。……。これでは披露宴の開始時間が完全にズレてしまいます……!)

ようやく唇が離れた時、私は閣下の胸元で、酸素不足による目眩と、かつてないほどの幸福感に包まれていました。

アルリック閣下は、私を見つめて不敵に笑いました。

「どうだ、ラジーナ。私の愛は、君の算盤でも計算できなかっただろう?」

「……。……。閣下。……。今のは、重大な契約違反ですわ。……。あとの披露宴で、この遅延を取り戻すために倍速で動いてもらいますからね!」

私は真っ赤な顔で言い放ちましたが、その瞳には嬉し涙が浮かんでいました。

私たちは、鳴り止まない拍手の中を、新しい人生へと駆け出しました。

私の人生という名の巨大なプロジェクト。

その最大の難問である「愛」という数式を、私はこの人と共に、一生をかけて解き明かしていくことを決意したのです。

(……。……。よし、次は披露宴の配膳タイミングの修正ですわ! 一秒も休む暇はありませんわよ、閣下!)

「ああ、分かっている。行こう、私の可愛い計算機殿」

私たちの物語は、これから最も熱く、最も効率的なハッピーエンドへと向かって加速していくのでした。
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