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「各給仕ステーション、配置確認。スープ供給バルブ開放まで、あと三十秒です。ハンス、圧力計の針から目を離さないで! 一パルスの狂いがゲストのドレスを汚す致命的なエラーに繋がりますわよ!」
披露宴会場の裏側に設置された特設コントロールセンター。
私は純白のウェディングドレスの裾を豪快に捲り上げ、いくつもの魔導モニターと計算尺を駆使して現場を指揮していました。
今日の披露宴は、私の合理主義の集大成。
五百人のゲストに対し、一秒の遅滞もなく最高品質のサービスを提供するための「同時多発的おもてなし」が、今まさに始まろうとしていたのです。
「お嬢様、新郎のアルリック閣下が『主役が指揮所に篭りきりなのは社交上の不具合ではないか』と仰っております!」
セバスさんが、伝声管を通じて閣下の苦情を届けてくれました。
「閣下には『主役が最も美しく輝くためには、完璧な舞台装置の維持が不可欠である』とお伝えして! さあ、カウント開始ですわ! 三、二、一……全テーブルへ着弾(スープ提供)!」
会場内に、微かな蒸気の排出音と「パシュッ」という小気味よい音が五百回同時に響き渡りました。
それと同時に、会場を埋め尽くした貴族たちから、驚天動地の歓声が上がります。
「な、なんだ!? 今、瞬きをした瞬間にスープが並んだぞ!」
「しかもこの温度! 猫舌の私でも一気に飲み干せる、摂氏六十二・五度の黄金比だわ!」
私はモニター越しに、ゲストたちが一斉にスプーンを口に運ぶ様子を確認し、満足げに算盤を弾きました。
「よし、第一フェーズ完了。次は『祝辞の高速化プロトコル』に移行しますわよ。セバスさん、壇上の砂時計の準備を!」
私はコントロールセンターを飛び出し、アルリック閣下の待つ高座へと最短経路で駆け込みました。
閣下は、私のあまりの素早さに、手に持っていたシャンパングラスを危うく落としかけていました。
「ラジーナ。……。あまりの神出鬼没ぶりに、私の心臓の予備パーツが必要になりそうだ。……。ところで、あの壇上に置かれた巨大な砂時計は何だ?」
「あれは『スピーチ・リミッター』ですわ。本日の祝辞は一人につき三分。砂が落ちきった瞬間に、楽団が強制的に爆音でファンファーレを鳴らし、強制終了させる仕組みです」
「……。貴様は本当に容赦がないな。あそこで今、震えながら原稿を読もうとしているバロン伯爵が不憫になってきたぞ」
バロン伯爵は、私の鋭い視線と砂時計の圧迫感に負け、通常なら二十分はかかる長広舌を、驚異の二分四十秒で要約して終え、逃げるように壇上を降りました。
会場からは「素晴らしい! 要点が分かりやすい祝辞だ!」と、かつてないほどの称賛の拍手が送られます。
「ほら閣下、私の言った通りでしょう? 時間は密度ですわ。無駄な形容詞を削ぎ落とすことで、言葉の純度は高まるのです。……。さあ、次は肉料理の提供。閣下、私と一緒に五百人への一斉乾杯をお願いしますわ!」
「ああ、分かった。……。だがラジーナ、この後の私のスピーチだけは、砂時計を止めてもらいたいのだが」
「却下ですわ。例外は不平等という名の非効率を生みます。閣下なら、六十秒以内に私への愛を完璧な数式のように纏められるはずですわよ」
私は閣下の腕を引き、会場の中央へと躍り出ました。
会場の熱量は、私の計算を遥かに超える勢いで上昇し続けています。
(……。おかしい。会場の気温、湿度は管理下にあるはずなのに。……。私の胸の奥にあるこの熱源だけが、一向に数値化できないエネルギーを放出し続けていますわ)
私は閣下と視線を合わせ、黄金色のシャンパンが入ったグラスを高く掲げました。
「皆様、本日はようこそ! 私の計算によれば、今夜の皆様の幸福度は平時の四百パーセントに達するはずです! さあ、世界で最も無駄のない、そして最高の宴を楽しみましょう! 乾杯(サリュ)!」
五百人の乾杯の声が、教会の鐘の音のように美しく重なり合いました。
私の人生という名の、新しい、そして最も予測困難なプロジェクト。
その「披露宴」という名の山場を、私はこの愛すべきバグ――アルリック閣下と共に、全力で駆け抜けていくことを決意したのです。
「ラジーナ、愛している。……。今の言葉、ちょうど三秒だ。残りの五十七秒は、後でじっくり使わせてもらうぞ」
「……。……。閣下のその『愛の負債』の積み上げ、後で利息をつけて返していただきますからね!」
私は真っ赤な顔で言い返し、次々と着弾する肉料理の正確さを確認するために、再び算盤を手に取るのでした。
披露宴会場の裏側に設置された特設コントロールセンター。
私は純白のウェディングドレスの裾を豪快に捲り上げ、いくつもの魔導モニターと計算尺を駆使して現場を指揮していました。
今日の披露宴は、私の合理主義の集大成。
五百人のゲストに対し、一秒の遅滞もなく最高品質のサービスを提供するための「同時多発的おもてなし」が、今まさに始まろうとしていたのです。
「お嬢様、新郎のアルリック閣下が『主役が指揮所に篭りきりなのは社交上の不具合ではないか』と仰っております!」
セバスさんが、伝声管を通じて閣下の苦情を届けてくれました。
「閣下には『主役が最も美しく輝くためには、完璧な舞台装置の維持が不可欠である』とお伝えして! さあ、カウント開始ですわ! 三、二、一……全テーブルへ着弾(スープ提供)!」
会場内に、微かな蒸気の排出音と「パシュッ」という小気味よい音が五百回同時に響き渡りました。
それと同時に、会場を埋め尽くした貴族たちから、驚天動地の歓声が上がります。
「な、なんだ!? 今、瞬きをした瞬間にスープが並んだぞ!」
「しかもこの温度! 猫舌の私でも一気に飲み干せる、摂氏六十二・五度の黄金比だわ!」
私はモニター越しに、ゲストたちが一斉にスプーンを口に運ぶ様子を確認し、満足げに算盤を弾きました。
「よし、第一フェーズ完了。次は『祝辞の高速化プロトコル』に移行しますわよ。セバスさん、壇上の砂時計の準備を!」
私はコントロールセンターを飛び出し、アルリック閣下の待つ高座へと最短経路で駆け込みました。
閣下は、私のあまりの素早さに、手に持っていたシャンパングラスを危うく落としかけていました。
「ラジーナ。……。あまりの神出鬼没ぶりに、私の心臓の予備パーツが必要になりそうだ。……。ところで、あの壇上に置かれた巨大な砂時計は何だ?」
「あれは『スピーチ・リミッター』ですわ。本日の祝辞は一人につき三分。砂が落ちきった瞬間に、楽団が強制的に爆音でファンファーレを鳴らし、強制終了させる仕組みです」
「……。貴様は本当に容赦がないな。あそこで今、震えながら原稿を読もうとしているバロン伯爵が不憫になってきたぞ」
バロン伯爵は、私の鋭い視線と砂時計の圧迫感に負け、通常なら二十分はかかる長広舌を、驚異の二分四十秒で要約して終え、逃げるように壇上を降りました。
会場からは「素晴らしい! 要点が分かりやすい祝辞だ!」と、かつてないほどの称賛の拍手が送られます。
「ほら閣下、私の言った通りでしょう? 時間は密度ですわ。無駄な形容詞を削ぎ落とすことで、言葉の純度は高まるのです。……。さあ、次は肉料理の提供。閣下、私と一緒に五百人への一斉乾杯をお願いしますわ!」
「ああ、分かった。……。だがラジーナ、この後の私のスピーチだけは、砂時計を止めてもらいたいのだが」
「却下ですわ。例外は不平等という名の非効率を生みます。閣下なら、六十秒以内に私への愛を完璧な数式のように纏められるはずですわよ」
私は閣下の腕を引き、会場の中央へと躍り出ました。
会場の熱量は、私の計算を遥かに超える勢いで上昇し続けています。
(……。おかしい。会場の気温、湿度は管理下にあるはずなのに。……。私の胸の奥にあるこの熱源だけが、一向に数値化できないエネルギーを放出し続けていますわ)
私は閣下と視線を合わせ、黄金色のシャンパンが入ったグラスを高く掲げました。
「皆様、本日はようこそ! 私の計算によれば、今夜の皆様の幸福度は平時の四百パーセントに達するはずです! さあ、世界で最も無駄のない、そして最高の宴を楽しみましょう! 乾杯(サリュ)!」
五百人の乾杯の声が、教会の鐘の音のように美しく重なり合いました。
私の人生という名の、新しい、そして最も予測困難なプロジェクト。
その「披露宴」という名の山場を、私はこの愛すべきバグ――アルリック閣下と共に、全力で駆け抜けていくことを決意したのです。
「ラジーナ、愛している。……。今の言葉、ちょうど三秒だ。残りの五十七秒は、後でじっくり使わせてもらうぞ」
「……。……。閣下のその『愛の負債』の積み上げ、後で利息をつけて返していただきますからね!」
私は真っ赤な顔で言い返し、次々と着弾する肉料理の正確さを確認するために、再び算盤を手に取るのでした。
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