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「披露宴終了から現在まで、百二十分が経過。ゲストの撤収率、九十九・八パーセント。残りの〇・二パーセントは、飲み過ぎて床と一体化したバロン伯爵のみですわ。セバスさん、彼を速やかに低反発の寝床へ搬送しなさい」
私は、ようやく二人きりになった公爵邸の主寝室で、ウェディングドレスのコルセットを緩めながら、手元のストップウォッチを止めました。
祭典という名の大規模プロジェクトは、私の完璧な指揮によって、想定を上回る経済効果と満足度を叩き出して幕を閉じました。
残るタスクは、本日の最終工程――「初夜」のみですわ。
「……ラジーナ。貴様は、この状況でまだ算盤とチェックリストを離さないつもりか」
背後で、アルリック閣下が呆れたような、けれどひどく艶っぽい声で囁きました。
彼は既に上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンをいくつか外した、極めて非効率的なほど色気のある姿で私を見つめています。
「当然ですわ、閣下。初夜とは、新郎新婦の親密度を物理的・精神的に深化させるための重要な儀式。これを無計画に行うなど、地図を持たずに砂漠を歩くような暴挙です。見てください、こちらが私の作成した『初夜の動線および時間配分計画書』ですわ!」
私はベッドの上に、一枚の図面を広げました。
「二十三時十五分、入浴および角質ケア。二十三時四十五分、適切な湿度の下での水分補給。そして二十四時ジャストに、本番工程への移行……。閣下、心拍数と呼吸のリズムについては、私の合図に合わせて調整していただきますわよ」
「……。ラジーナ、貴様というやつは。……。一秒の無駄も許さないのは分かっていたが、まさかここまでするとはな」
閣下は私の隣に腰を下ろすと、その大きな手で私の計画書をそっと伏せました。
「閣下! 何をするのですか! 今の動作で、私の思考プロセスに零・五秒の遅延が発生しましたわ!」
「その遅延こそが、今の私には必要なのだ。……。いいか、ラジーナ。愛とは、計算を捨て、理性を失い、ただ目の前の相手に溺れるという、究極の非効率の極致なのだ。……。今夜くらいは、その完璧な算盤を私の胸の中に隠してはくれないか?」
閣下の銀色の瞳が、月光よりも鋭く、そして熱く私を射抜きました。
(……! 心拍数、急上昇。……。閣下の瞳からの視覚情報により、脳内のスケジュール管理プログラムが強制終了されました。……。これは、非常に危険なバグの予感ですわ……!)
「か、閣下。それは論理的な矛盾を含んでいます。私が無計画になれば、本日の全工程の総括が……あ、あーん!」
閣下が私の腰を引き寄せ、そのまま柔らかな寝具の上へと押し倒しました。
至近距離で見つめ合う視線。閣下の体温が、ドレスの薄い生地を透かして、私の肌へと直接流れ込んできます。
「ラジーナ。貴様がどれだけ数字で私を管理しようとしても、私の鼓動だけは、貴様の思い通りには動かない。……。むしろ、貴様を困らせるために、もっと激しく打とうとしているぞ」
「……。……。閣下の心臓は、わがままなデバイスですわね。……。でも、それなら……私も対抗せざるを得ませんわ」
私は閣下の首に手を回し、自分でも驚くほど熱い吐息を漏らしました。
「閣下。……。計画の修正を余儀なくされました。……。本夜の終了予定時刻を、無期限(アンリミテッド)に変更します。……。一秒の隙もないほどの愛を、私に叩き込んでくださいな」
「フ……。最高の返答だ。……。覚悟しろ、私の冷徹な女神。……。明朝、貴様が事務作業を始める気力すら失うほど、徹底的に甘やかしてやる」
閣下の唇が、私の唇を塞ぎました。
もはや、算盤の弾ける音も、時計の刻む音も、私の耳には届きません。
ただ、重なり合う二人の鼓動が、世界で最も正しく、そして最も非効率なリズムを刻み続けていました。
婚約破棄から、ついに辿り着いた、完璧な「計算外」の夜。
私の人生という名の物語は、今夜、最高に熱い絶頂(クライマックス)を迎えようとしていたのです。
(……。……。ダメですわね。……。明日以降のスケジュール、すべて真っ白に書き換えることになりそうです……!)
私は、ようやく二人きりになった公爵邸の主寝室で、ウェディングドレスのコルセットを緩めながら、手元のストップウォッチを止めました。
祭典という名の大規模プロジェクトは、私の完璧な指揮によって、想定を上回る経済効果と満足度を叩き出して幕を閉じました。
残るタスクは、本日の最終工程――「初夜」のみですわ。
「……ラジーナ。貴様は、この状況でまだ算盤とチェックリストを離さないつもりか」
背後で、アルリック閣下が呆れたような、けれどひどく艶っぽい声で囁きました。
彼は既に上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンをいくつか外した、極めて非効率的なほど色気のある姿で私を見つめています。
「当然ですわ、閣下。初夜とは、新郎新婦の親密度を物理的・精神的に深化させるための重要な儀式。これを無計画に行うなど、地図を持たずに砂漠を歩くような暴挙です。見てください、こちらが私の作成した『初夜の動線および時間配分計画書』ですわ!」
私はベッドの上に、一枚の図面を広げました。
「二十三時十五分、入浴および角質ケア。二十三時四十五分、適切な湿度の下での水分補給。そして二十四時ジャストに、本番工程への移行……。閣下、心拍数と呼吸のリズムについては、私の合図に合わせて調整していただきますわよ」
「……。ラジーナ、貴様というやつは。……。一秒の無駄も許さないのは分かっていたが、まさかここまでするとはな」
閣下は私の隣に腰を下ろすと、その大きな手で私の計画書をそっと伏せました。
「閣下! 何をするのですか! 今の動作で、私の思考プロセスに零・五秒の遅延が発生しましたわ!」
「その遅延こそが、今の私には必要なのだ。……。いいか、ラジーナ。愛とは、計算を捨て、理性を失い、ただ目の前の相手に溺れるという、究極の非効率の極致なのだ。……。今夜くらいは、その完璧な算盤を私の胸の中に隠してはくれないか?」
閣下の銀色の瞳が、月光よりも鋭く、そして熱く私を射抜きました。
(……! 心拍数、急上昇。……。閣下の瞳からの視覚情報により、脳内のスケジュール管理プログラムが強制終了されました。……。これは、非常に危険なバグの予感ですわ……!)
「か、閣下。それは論理的な矛盾を含んでいます。私が無計画になれば、本日の全工程の総括が……あ、あーん!」
閣下が私の腰を引き寄せ、そのまま柔らかな寝具の上へと押し倒しました。
至近距離で見つめ合う視線。閣下の体温が、ドレスの薄い生地を透かして、私の肌へと直接流れ込んできます。
「ラジーナ。貴様がどれだけ数字で私を管理しようとしても、私の鼓動だけは、貴様の思い通りには動かない。……。むしろ、貴様を困らせるために、もっと激しく打とうとしているぞ」
「……。……。閣下の心臓は、わがままなデバイスですわね。……。でも、それなら……私も対抗せざるを得ませんわ」
私は閣下の首に手を回し、自分でも驚くほど熱い吐息を漏らしました。
「閣下。……。計画の修正を余儀なくされました。……。本夜の終了予定時刻を、無期限(アンリミテッド)に変更します。……。一秒の隙もないほどの愛を、私に叩き込んでくださいな」
「フ……。最高の返答だ。……。覚悟しろ、私の冷徹な女神。……。明朝、貴様が事務作業を始める気力すら失うほど、徹底的に甘やかしてやる」
閣下の唇が、私の唇を塞ぎました。
もはや、算盤の弾ける音も、時計の刻む音も、私の耳には届きません。
ただ、重なり合う二人の鼓動が、世界で最も正しく、そして最も非効率なリズムを刻み続けていました。
婚約破棄から、ついに辿り着いた、完璧な「計算外」の夜。
私の人生という名の物語は、今夜、最高に熱い絶頂(クライマックス)を迎えようとしていたのです。
(……。……。ダメですわね。……。明日以降のスケジュール、すべて真っ白に書き換えることになりそうです……!)
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