悪役令嬢は、王子とヒロインのカップリングが尊すぎて退場したい!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
12 / 28

12

しおりを挟む
「恋愛心理学において、最強のスパイスとは何か。……それは『恐怖』と『安堵』のギャップよ」

王都から少し離れた、渓谷にかかる吊り橋のたもと。

うっそうと茂る木々の陰で、私は黒いフード(不審者セット)を被り、隣のキース様に力説していました。

「吊り橋効果。揺れる吊り橋の上で感じるドキドキを、脳が『恋のドキドキ』と錯覚する現象……。それを人工的に作り出すのが、今回の作戦よ!」

「……で、なんで俺たちがこんな山奥にいるんだ」

キース様は虫を払いながら、げんなりしています。

「決まっているでしょう。今日、アレクセイ殿下とマリアさんはここへピクニックに来るのです(私の誘導により)。そして、この吊り橋を渡る瞬間に……『賊』が現れる!」

「賊?」

キース様の目が鋭くなりました。

私は慌てて手を振りました。

「安心してください、本物じゃありませんわ。私が雇った劇団『銀の月』の役者たちです。彼らに山賊のフリをして襲ってもらい、それを殿下が撃退する……という台本です」

私は懐から「台本」を取り出しました。

「タイトルは『愛の吊り橋・危機一髪』。殿下が剣を抜いてマリアさんを守り、『怪我はないか?』と抱き寄せるまでがセットです。どう? 完璧でしょう?」

「……お前、金持ちの道楽もそこまでいくと感心するよ」

キース様は呆れつつも、吊り橋の方を見やりました。

「ま、殿下の剣の腕なら、役者相手に怪我をさせる心配もないか。……適当に見守らせてもらうぜ」

「ええ。特等席で『推しの英雄譚』を鑑賞しましょう!」

私たちは茂みに身を潜め、ターゲットの到着を待ちました。

          ◇

数十分後。

「わあ……! 絶景ですね、アレクさん!」

マリアさんの弾んだ声が聞こえてきました。

「ああ。ここからの眺めは王都一だと言われているんだ」

殿下とマリアさんが、吊り橋の入り口に姿を現しました。

今日の二人は動きやすいアウトドアスタイル。

マリアさんのポニーテールが風に揺れ、殿下のエスコートも板についてきています。

(いいわ……! 『アレクさん』呼びも定着してる! でも、まだちょっと距離があるのよね……手をつなぐか迷ってる感じがもどかしい!)

私はオペラグラスを構え、興奮で鼻息を荒くしました。

「さあ、渡りなさい……! その橋の真ん中こそが、愛のステージよ!」

二人が吊り橋に足を踏み入れました。

ギシッ、と古い板が軋みます。

「きゃっ」

「大丈夫かい? 揺れるから気をつけて」

殿下が自然に手を差し出し、マリアさんがそれを握ります。

(よし! 第一段階クリア! そして橋の中ほどまで来た時……)

私は腕時計を確認しました。

「3、2、1……キュー!」

その合図と同時でした。

「ヒャッハー!! 待ちくたびれたぜえええ!!」

「金目の物を置いてきなっ!!」

吊り橋の向こう側と、こちら側(入り口)の両方から、薄汚い男たちが飛び出してきました。

総勢10名ほど。

ボロボロの服に、手には剣や斧を持っています。

「きゃあああっ!?」

マリアさんが悲鳴を上げ、殿下に抱きつきました。

(ナイス! 役者さんたち、いい演技だわ! あの『ヒャッハー』って掛け声、ベタだけど最高!)

私は心の中で拍手を送りました。

殿下は即座にマリアさんを背にかばい、腰の剣を抜きました。

「マリア、僕の後ろへ! ……貴様ら、何者だ!」

「へへっ、何者だって? ここを通る金持ちを狩る『荒くれ団』様よぉ!」

男の一人が、舌なめずりをしながらジリジリと距離を詰めます。

(おおー、迫真の演技! あの汚れたメイク、本物みたい! 衣装代奮発した甲斐があったわ!)

私はワクワクしながら展開を見守りました。

しかし。

私の隣にいるキース様の様子が変です。

「……おい、シュガー」

キース様の声が低く、冷たく響きました。

「劇団員に、あんな『本物の刃こぼれした斧』を持たせたのか?」

「え? いえ、小道具は安全な模造刀のはずですが……リアルさを追求したのかしら?」

「……違う」

キース様が立ち上がろうとしました。

「あれは演技じゃない。殺気だ」

「はい?」

私がきょとんとした、その瞬間でした。

ブンッ!!

男の一人が振り回した斧が、殿下の顔のすぐ横を通り過ぎ、吊り橋の手すりを叩き割りました。

バキィッ!!

木片が飛び散り、谷底へと落ちていきます。

「……え?」

私の思考が停止しました。

模造刀? いいえ、あれはどう見ても鋼鉄の塊です。

もし殿下が避けていなかったら、首が飛んでいたレベルの一撃です。

「お、おい! 話が違うぞ!」

殿下も焦ったように叫びました。

「金ならやる! だから通せ!」

「金? はっ、甘いこと言ってんじゃねえよ! 俺たちは『皆殺し』がモットーなんだよ!!」

男たちはゲラゲラと笑いながら、容赦なく斬りかかってきます。

殿下はマリアさんを守りながらの応戦を強いられ、防戦一方です。

「くそっ……! マリア、離れるな!」

「ア、アレクさん……!」

私は青ざめて腕時計と台本を見比べました。

「ちょ、ちょっと待って……劇団『銀の月』の到着予定時刻は……あと5分後!?」

血の気が引きました。

「じゃあ、あれは誰!?」

「本物の山賊だ、馬鹿者!!」

キース様が怒鳴りました。

「最近、この辺りに出没するという脱獄囚の集団だ! タイミング悪く本物とかち合ったんだよ!」

「うそおおおおおおおっ!?」

私は絶叫しました。

私の完璧なラブコメ計画が、ガチのサスペンス劇場に乗っ取られた!?

「ど、どうしましょうキース様! 殿下が……殿下が押されています!」

吊り橋の上という狭い足場。

しかもマリアさんを守りながらでは、殿下の剣技も十分に発揮できません。

賊たちはジリジリと二人を追い詰め、橋の真ん中で挟み撃ちにしています。

「へへへ、その女、上玉じゃねえか。あとでたっぷりと可愛がってやるよ」

賊のリーダー格が、下卑た視線でマリアさんを見ています。

ブチッ。

私の頭の中で、何かが切れました。

本日二度目。

いいえ、前回(泥水事件)とは比べ物にならないほどの、どす黒い怒りが湧き上がってきました。

「……可愛がる?」

私は震える声で呟きました。

「私のマリアさんを……? あの汚い手で……?」

「おいシュガー、俺が行く。お前は隠れて……」

キース様が飛び出そうとしましたが、私はそれを手で制しました。

「いいえ」

私は立ち上がりました。

手には、護身用(という名の観賞用)の扇子。

ただし、特注の鉄扇です。

「私の神聖な推しカプのデートを邪魔し、あまつさえヒロインを穢そうとする害虫は……」

私はフードを脱ぎ捨てました。

「悪役令嬢(わたし)が、地獄へ案内して差し上げますわ!!」

「は!? 待てシュガー、お前戦えるのか!?」

「推しを守るためなら、鬼にでも修羅にでもなります!!」

私はドレスの裾をまくり上げ(下にスパッツ着用済み)、猛然とダッシュしました。

「うおおおおおおおっ!! そこをどきなさーーーーい!!!」

私は獣のような咆哮を上げながら、吊り橋へと突撃しました。

賊たちがギョッとして振り返ります。

「ああん? なんだあの女は!?」

「救援か!? やっちまえ!」

手近な賊が剣を振り上げて向かってきます。

私は止まりません。

「私の! 推しに! 触るなあああああ!!」

ガキンッ!!

私の鉄扇が、賊の剣を受け止めました。

火花が散ります。

「なっ……重っ!?」

賊が驚愕する隙を見逃しません。

私は公爵家で嗜みとして習っていた護身術(と、推しへの愛による火事場の馬鹿力)を全開にしました。

「失せなさい!!」

ドゴォッ!!

渾身の正拳突きならぬ、鉄扇突きが賊の鳩尾(みぞおち)に突き刺さりました。

「ぐふぅっ……!?」

賊は白目を剥いて崩れ落ちました。

私はその体を飛び越え、橋の中央へと走ります。

「シュ、シュガー!?」

殿下が目を丸くしています。

「なぜここに……いや、危ない! 来るな!」

「黙って守られていなさい! 今日の主役はあなたたちですが、舞台セット(安全)を守るのは裏方の仕事です!!」

私は賊の集団のど真ん中に躍り込みました。

「さあ、かかってらっしゃい! 三流の悪党ども!」

私は鉄扇を開き、バンッと音を鳴らしました。

「このシュガー・メルティが、悪役の格の違いを教えてあげるわ!!」

完全なるバーサーカーモード。

キース様が「あいつ、マジかよ……」と頭を抱えながら、援護のために走り出すのが視界の端に見えました。

吊り橋の上で繰り広げられる、カオスな乱戦。

私の推し活は、ついに物理戦闘の領域へと突入してしまったのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...