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「……暑い」
翌朝。
ヴァルデマール公爵邸の執務室は、異常な熱気に包まれていた。
いや、物理的な気温ではない。
精神的な意味での「圧」が凄まじいのだ。
「閣下。室温を下げてください。書類が湿気(しけ)ります」
私はデスクの向かいに座る主に声をかけた。
アレクシス公爵は、不機嫌を絵に描いたような顔で、窓の外を睨みつけている。
「……また来たぞ」
「何がですか?」
「ハイエナどもだ」
公爵が顎でしゃくった先、屋敷の正門前には、朝から長蛇の列ができていた。
きらびやかな馬車、馬車、馬車。
そして大量の贈り物を抱えた従者たち。
「昨夜の夜会の影響ですね」
私は冷静に分析し、手元のリストをチェックした。
「現在届いているアポイントメントの申請は五十八件。そのうち四十件が『公爵閣下に極上のスイーツを献上したい』という菓子店および貴族からのご機嫌伺い。残りの十八件が……」
私は言葉を切り、眼鏡の位置を直した。
「私、メモリア・アッシュへの『釣書(プロポーズ)』および『引き抜き(ヘッドハント)』の打診です」
ピキィッ。
乾いた音がして、公爵の手元にあった羽ペンがへし折れた。
「……ほう?」
公爵がゆっくりとこちらを向く。
その背後に、どす黒いオーラが揺らめいているのが見えた。
「どこの命知らずだ? 昨日、あれほど明確に所有権を主張したはずだが」
「人間の欲望と忘却力は侮れません。昨夜の私のドレス姿が好評だったようで、『あんな有能な美女を放っておく手はない』『公爵の愛人になる前に横取りしてしまえ』という動きが活発化しているようです」
私は淡々と事実を告げた。
実際、今朝届いた手紙の山には、甘い愛の言葉や、「我が商会の顧問になってほしい」「年俸は言い値で」といった魅力的なオファーが溢れていた。
「……燃やせ」
「はい?」
「その手紙、全てだ。今すぐ燃やせ。灰も残すな」
「資源の無駄です。裏紙はメモ用紙として使えます」
「なら俺が燃やす」
公爵が立ち上がる。
その瞳は、もはや「冷徹」を超えて「殺戮」の色を帯びていた。
「門を開けろ。……俺が直接、挨拶(いかく)をしてやる」
「閣下? 公務が……」
「これが最優先の公務だ」
聞く耳を持たない。
私は小さくため息をつき、彼の背中を追った。
まあ、私もあの行列にはうんざりしていたところだ。
仕事の邪魔をする輩は、排除するに限る。
***
正門前は、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「我こそは、メモリア嬢にふさわしい男!」
「いいえ、我が家のパティシエが作った『究極の桃タルト』こそが公爵閣下にふさわしい!」
「どけ! 私は王弟殿下の友人の従兄弟の隣人だぞ!」
欲望渦巻く群衆。
そこへ、重厚な鉄扉がギギギ……と音を立てて開かれた。
「お静かに」
私が一歩前に出て声を張り上げると、群衆の視線が集まった。
「あ! メモリア嬢だ!」
「美しい! 昨日のドレスも良かったが、今日の執務服もまた禁欲的で……!」
男たちが色めき立ち、我先にと押し寄せてくる。
「メモリア嬢! ぜひ僕と一度食事を!」
「我が商会へ! 君の事務能力を高く評価している!」
その熱気が最高潮に達した、その時。
ヒュオオオオオッ……。
突如として、真冬の吹雪のような冷気が吹き荒れた。
「ひっ!?」
「さ、寒い!?」
地面が凍りつき、門柱に霜が降りる。
その発生源は、私の背後に音もなく現れた、漆黒の男。
「……騒々しいな」
アレクシス公爵だった。
彼は腕を組み、絶対零度の視線で群衆を見下ろしていた。
「こ、公爵閣下……!?」
「桃の缶詰がお好きという噂の……!」
誰かが余計なことを口走った瞬間。
ドガァァァン!!
公爵の足元から巨大な氷柱(つらら)が突き出し、石畳を粉砕した。
噂の主は「ヒィッ!」と悲鳴を上げて失禁寸前だ。
「誰だ? 桃がどうとか言ったのは」
公爵はニッコリと笑った。
目が笑っていない。
完全に捕食者の顔だ。
「い、いえ! 何でもございません!」
「滅相もございません!」
「そうか。……で? 私の屋敷の前に集まって、何をしている?」
公爵はゆっくりと歩を進め、私の前に立った。
完全に私を背中に隠すポジショニングだ。
「メモリアに用があるそうだな。……私が聞こう」
「あ、あの、それは……その……」
「メモリア嬢に、その、求婚を……」
勇気ある(無謀な)若手貴族が声を絞り出す。
「求婚?」
公爵の眉がピクリと動いた。
「ほう。いい度胸だ。……だが、その前に審査が必要だな」
「し、審査?」
「ああ。彼女のパートナーを務めるには、最低限の条件がある」
公爵は指を一本立てた。
「第一に、彼女が作成する月間五百ページの決算書を、ミスなく三時間以内にチェックできる事務処理能力」
「えっ」
「第二に、彼女が仕事に没頭して三日間風呂に入らなくても(※入ります)、文句を言わずにコーヒーを差し入れる忍耐力」
「ちょ、閣下? 風評被害です」
私は背後からツッコミを入れたが、公爵は無視した。
「第三に。……私より強いこと」
公爵の手から、バチバチと青白い魔力が溢れ出す。
空が暗くなり、雷鳴が轟き始めた。
「さあ、条件を満たす者は前に出ろ。……まずは私が相手になる。死なない程度には手加減してやるが、五体満足で帰れる保証はない」
ゴゴゴゴゴ……。
魔王の降臨だ。
求婚者たちの顔色が、青から白、そして透明になりそうなほど血の気が引いていく。
「ひ、ひいいいいっ!」
「無理だ! あんな化け物に勝てるわけがない!」
「撤収! 撤収だーっ!」
蜘蛛の子を散らすように、男たちが逃げ出していく。
「桃タルト」を持った菓子職人たちも、ついでに逃げていった。
ものの数分で、正門前は閑散とした。
残ったのは、凍りついた地面と、満足げに鼻を鳴らす公爵だけ。
「……ふん。口ほどにもない」
公爵は魔力を収め、振り返った。
「掃除完了だ、メモリア」
「……威嚇射撃にしては火力が強すぎます。菓子職人まで追い返す必要はなかったのでは?」
「あの中に、お前に毒(甘い言葉)を盛る輩が混ざっているかもしれん。予防措置だ」
公爵は私の肩を抱き寄せた。
「それに。……お前は俺の秘書だ。他の男の求婚など、聞く必要はない」
「契約書には『恋愛の自由を制限する』とは書かれていませんが」
「特約事項に追加しておく。……昇給とな」
「……昇給額によります」
私が答えると、公爵はようやく機嫌を直したようで、少年のように笑った。
「交渉成立だな。……さあ、戻るぞ。桃のタルトは逃げたが、昨日のシロップ漬けがまだ残っている」
「はいはい。お茶の準備をしますよ」
私たちは平和を取り戻した屋敷へと戻っていった。
だが。
「ハイエナ」は去ったが、「毒蛇」はまだ潜んでいたことを、私たちは失念していた。
執務室に戻り、公爵がおやつの時間に入ろうとした時。
執事長が、困惑した顔で一枚のチラシを持ってきた。
「旦那様、メモリア様。……街で、奇妙な噂が広まっております」
「噂? また『桃缶公爵』の話か?」
「いえ。……こちらをご覧ください」
渡されたチラシには、ピンク色の可愛らしい文字で、こう書かれていた。
『救国の聖女、降臨!
王太子の元婚約者・リナ男爵令嬢こそが、伝説の光の聖女だった!?
近日、王都広場にて「奇跡の癒やし会」を開催!
悪しき魔女(メモリア)に傷つけられた人々の心を救います!』
「……」
「……」
私と公爵は顔を見合わせた。
「……聖女?」
私が呟く。
「……リナがか?」
公爵が眉をひそめる。
あの、「勉強嫌い」「努力嫌い」「他力本願」の三拍子揃ったリナ嬢が?
聖女?
「ギャグにしては笑えませんね」
私は冷静に分析した。
「聖女認定には、教会による厳正な魔力測定と、数々の奇跡の証明が必要です。彼女に光魔法の適性があるなんて聞いたことがありません」
「ああ。あいつの魔力は『微風(そよかぜ)』程度だ。スカートをめくるくらいしか役に立たん」
「では、詐称(フェイク)ですか」
「だろうな。だが……」
公爵は目を細めた。
「『悪しき魔女』というのは、お前のことか?」
「十中八九そうでしょう。私を悪者に仕立て上げ、自分を正義のヒロインにする。……いつもの手口ですが、今回は規模が大きい」
チラシには「カイル王太子殿下も公認!」と書かれている。
どうやら、あの馬鹿王子も一枚噛んでいるらしい。
「ふむ。……面白くなってきたな」
公爵はシロップ漬けの桃を一口食べ、不敵に笑った。
「売られた喧嘩だ。……聖女ごっこがいつまで続くか、高みの見物といこうじゃないか」
「閣下、見物している場合ではありません。もし彼女が民衆を扇動すれば、公爵家へのデモ活動に発展する恐れがあります」
「その時は凍らせればいい」
「物理で解決しようとしないでください」
私は頭を抱えた。
リナ嬢の暴走。
それは予想以上に斜め上の方向へと進化していた。
「聖女」、ね。
もしそれが本当なら、私の「氷」の魔力とは相性が最悪だ。
けれど、偽物なら――。
「……化けの皮を剥ぐ準備をしておきましょうか」
私は眼鏡を光らせ、新たな作戦(仕事)に取り掛かることにした。
平穏な日々は、まだもう少しお預けのようだ。
翌朝。
ヴァルデマール公爵邸の執務室は、異常な熱気に包まれていた。
いや、物理的な気温ではない。
精神的な意味での「圧」が凄まじいのだ。
「閣下。室温を下げてください。書類が湿気(しけ)ります」
私はデスクの向かいに座る主に声をかけた。
アレクシス公爵は、不機嫌を絵に描いたような顔で、窓の外を睨みつけている。
「……また来たぞ」
「何がですか?」
「ハイエナどもだ」
公爵が顎でしゃくった先、屋敷の正門前には、朝から長蛇の列ができていた。
きらびやかな馬車、馬車、馬車。
そして大量の贈り物を抱えた従者たち。
「昨夜の夜会の影響ですね」
私は冷静に分析し、手元のリストをチェックした。
「現在届いているアポイントメントの申請は五十八件。そのうち四十件が『公爵閣下に極上のスイーツを献上したい』という菓子店および貴族からのご機嫌伺い。残りの十八件が……」
私は言葉を切り、眼鏡の位置を直した。
「私、メモリア・アッシュへの『釣書(プロポーズ)』および『引き抜き(ヘッドハント)』の打診です」
ピキィッ。
乾いた音がして、公爵の手元にあった羽ペンがへし折れた。
「……ほう?」
公爵がゆっくりとこちらを向く。
その背後に、どす黒いオーラが揺らめいているのが見えた。
「どこの命知らずだ? 昨日、あれほど明確に所有権を主張したはずだが」
「人間の欲望と忘却力は侮れません。昨夜の私のドレス姿が好評だったようで、『あんな有能な美女を放っておく手はない』『公爵の愛人になる前に横取りしてしまえ』という動きが活発化しているようです」
私は淡々と事実を告げた。
実際、今朝届いた手紙の山には、甘い愛の言葉や、「我が商会の顧問になってほしい」「年俸は言い値で」といった魅力的なオファーが溢れていた。
「……燃やせ」
「はい?」
「その手紙、全てだ。今すぐ燃やせ。灰も残すな」
「資源の無駄です。裏紙はメモ用紙として使えます」
「なら俺が燃やす」
公爵が立ち上がる。
その瞳は、もはや「冷徹」を超えて「殺戮」の色を帯びていた。
「門を開けろ。……俺が直接、挨拶(いかく)をしてやる」
「閣下? 公務が……」
「これが最優先の公務だ」
聞く耳を持たない。
私は小さくため息をつき、彼の背中を追った。
まあ、私もあの行列にはうんざりしていたところだ。
仕事の邪魔をする輩は、排除するに限る。
***
正門前は、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「我こそは、メモリア嬢にふさわしい男!」
「いいえ、我が家のパティシエが作った『究極の桃タルト』こそが公爵閣下にふさわしい!」
「どけ! 私は王弟殿下の友人の従兄弟の隣人だぞ!」
欲望渦巻く群衆。
そこへ、重厚な鉄扉がギギギ……と音を立てて開かれた。
「お静かに」
私が一歩前に出て声を張り上げると、群衆の視線が集まった。
「あ! メモリア嬢だ!」
「美しい! 昨日のドレスも良かったが、今日の執務服もまた禁欲的で……!」
男たちが色めき立ち、我先にと押し寄せてくる。
「メモリア嬢! ぜひ僕と一度食事を!」
「我が商会へ! 君の事務能力を高く評価している!」
その熱気が最高潮に達した、その時。
ヒュオオオオオッ……。
突如として、真冬の吹雪のような冷気が吹き荒れた。
「ひっ!?」
「さ、寒い!?」
地面が凍りつき、門柱に霜が降りる。
その発生源は、私の背後に音もなく現れた、漆黒の男。
「……騒々しいな」
アレクシス公爵だった。
彼は腕を組み、絶対零度の視線で群衆を見下ろしていた。
「こ、公爵閣下……!?」
「桃の缶詰がお好きという噂の……!」
誰かが余計なことを口走った瞬間。
ドガァァァン!!
公爵の足元から巨大な氷柱(つらら)が突き出し、石畳を粉砕した。
噂の主は「ヒィッ!」と悲鳴を上げて失禁寸前だ。
「誰だ? 桃がどうとか言ったのは」
公爵はニッコリと笑った。
目が笑っていない。
完全に捕食者の顔だ。
「い、いえ! 何でもございません!」
「滅相もございません!」
「そうか。……で? 私の屋敷の前に集まって、何をしている?」
公爵はゆっくりと歩を進め、私の前に立った。
完全に私を背中に隠すポジショニングだ。
「メモリアに用があるそうだな。……私が聞こう」
「あ、あの、それは……その……」
「メモリア嬢に、その、求婚を……」
勇気ある(無謀な)若手貴族が声を絞り出す。
「求婚?」
公爵の眉がピクリと動いた。
「ほう。いい度胸だ。……だが、その前に審査が必要だな」
「し、審査?」
「ああ。彼女のパートナーを務めるには、最低限の条件がある」
公爵は指を一本立てた。
「第一に、彼女が作成する月間五百ページの決算書を、ミスなく三時間以内にチェックできる事務処理能力」
「えっ」
「第二に、彼女が仕事に没頭して三日間風呂に入らなくても(※入ります)、文句を言わずにコーヒーを差し入れる忍耐力」
「ちょ、閣下? 風評被害です」
私は背後からツッコミを入れたが、公爵は無視した。
「第三に。……私より強いこと」
公爵の手から、バチバチと青白い魔力が溢れ出す。
空が暗くなり、雷鳴が轟き始めた。
「さあ、条件を満たす者は前に出ろ。……まずは私が相手になる。死なない程度には手加減してやるが、五体満足で帰れる保証はない」
ゴゴゴゴゴ……。
魔王の降臨だ。
求婚者たちの顔色が、青から白、そして透明になりそうなほど血の気が引いていく。
「ひ、ひいいいいっ!」
「無理だ! あんな化け物に勝てるわけがない!」
「撤収! 撤収だーっ!」
蜘蛛の子を散らすように、男たちが逃げ出していく。
「桃タルト」を持った菓子職人たちも、ついでに逃げていった。
ものの数分で、正門前は閑散とした。
残ったのは、凍りついた地面と、満足げに鼻を鳴らす公爵だけ。
「……ふん。口ほどにもない」
公爵は魔力を収め、振り返った。
「掃除完了だ、メモリア」
「……威嚇射撃にしては火力が強すぎます。菓子職人まで追い返す必要はなかったのでは?」
「あの中に、お前に毒(甘い言葉)を盛る輩が混ざっているかもしれん。予防措置だ」
公爵は私の肩を抱き寄せた。
「それに。……お前は俺の秘書だ。他の男の求婚など、聞く必要はない」
「契約書には『恋愛の自由を制限する』とは書かれていませんが」
「特約事項に追加しておく。……昇給とな」
「……昇給額によります」
私が答えると、公爵はようやく機嫌を直したようで、少年のように笑った。
「交渉成立だな。……さあ、戻るぞ。桃のタルトは逃げたが、昨日のシロップ漬けがまだ残っている」
「はいはい。お茶の準備をしますよ」
私たちは平和を取り戻した屋敷へと戻っていった。
だが。
「ハイエナ」は去ったが、「毒蛇」はまだ潜んでいたことを、私たちは失念していた。
執務室に戻り、公爵がおやつの時間に入ろうとした時。
執事長が、困惑した顔で一枚のチラシを持ってきた。
「旦那様、メモリア様。……街で、奇妙な噂が広まっております」
「噂? また『桃缶公爵』の話か?」
「いえ。……こちらをご覧ください」
渡されたチラシには、ピンク色の可愛らしい文字で、こう書かれていた。
『救国の聖女、降臨!
王太子の元婚約者・リナ男爵令嬢こそが、伝説の光の聖女だった!?
近日、王都広場にて「奇跡の癒やし会」を開催!
悪しき魔女(メモリア)に傷つけられた人々の心を救います!』
「……」
「……」
私と公爵は顔を見合わせた。
「……聖女?」
私が呟く。
「……リナがか?」
公爵が眉をひそめる。
あの、「勉強嫌い」「努力嫌い」「他力本願」の三拍子揃ったリナ嬢が?
聖女?
「ギャグにしては笑えませんね」
私は冷静に分析した。
「聖女認定には、教会による厳正な魔力測定と、数々の奇跡の証明が必要です。彼女に光魔法の適性があるなんて聞いたことがありません」
「ああ。あいつの魔力は『微風(そよかぜ)』程度だ。スカートをめくるくらいしか役に立たん」
「では、詐称(フェイク)ですか」
「だろうな。だが……」
公爵は目を細めた。
「『悪しき魔女』というのは、お前のことか?」
「十中八九そうでしょう。私を悪者に仕立て上げ、自分を正義のヒロインにする。……いつもの手口ですが、今回は規模が大きい」
チラシには「カイル王太子殿下も公認!」と書かれている。
どうやら、あの馬鹿王子も一枚噛んでいるらしい。
「ふむ。……面白くなってきたな」
公爵はシロップ漬けの桃を一口食べ、不敵に笑った。
「売られた喧嘩だ。……聖女ごっこがいつまで続くか、高みの見物といこうじゃないか」
「閣下、見物している場合ではありません。もし彼女が民衆を扇動すれば、公爵家へのデモ活動に発展する恐れがあります」
「その時は凍らせればいい」
「物理で解決しようとしないでください」
私は頭を抱えた。
リナ嬢の暴走。
それは予想以上に斜め上の方向へと進化していた。
「聖女」、ね。
もしそれが本当なら、私の「氷」の魔力とは相性が最悪だ。
けれど、偽物なら――。
「……化けの皮を剥ぐ準備をしておきましょうか」
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