悪役令嬢は、婚約破棄を祝杯で迎える !

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
14 / 28

14

しおりを挟む
「……アッシュ家の負債、ですか」

執務室の空気が重く沈んでいた。
私は手元の呼び出し状(脅迫状)をデスクに置き、冷静に思考を巡らせた。

「父の領地経営が杜撰(ずさん)であることは把握していました。カイル殿下への貢ぎ物、継母の浪費、そして裏帳簿の粉飾……。借金があるのは想定内ですが、それを王妃様が握っているとなると話は別です」

「……いくらだ」

向かいの席で、アレクシス公爵が低い声で尋ねた。

「アッシュ家の借金を全て肩代わりすればいいのか? 金貨一万枚か? 十万枚か? 私の資産なら、国を一つ買うくらい造作もない」

「お断りします」

私は即答した。

「なぜだ。お前を縛る鎖など、金で断ち切ればいい」

「それは『公私混同』です、閣下。私の実家の不始末を、雇用主である公爵家に尻拭いさせるわけにはいきません。それに」

私は眼鏡を指で押し上げた。

「一度でも金で解決すれば、王妃様は味を占めます。『メモリアは金になる』と踏んで、今後も何かにつけてゆすってくるでしょう。根本的解決になりません」

「……では、どうするつもりだ」

「単身、王城へ乗り込みます。借用書の法的有効性を確認し、利息制限法違反がないか徹底的に監査します。……場合によっては、実家を『破産宣告』させて、法的整理を行う覚悟です」

「……実家を潰す気か?」

「毒(借金)が回った組織は、一度解体して再生させるのが最も効率的です。父には隠居してもらい、私が管財人となります」

私は淡々と「実家解体計画」を口にした。
冷たいと言われるかもしれない。
けれど、これが私の守り方だ。

「行って参ります。……明日の午後のお茶会、決戦です」

私は一礼し、執務室を出ようとした。
背中で、ガタッという椅子を引く音がした。

「待て」

「何か?」

振り返った瞬間。
私の視界が、漆黒の影に覆われた。

ドンッ!!

耳元で、壁が鳴った。
逃げ場はない。
背中は冷たい壁、目の前にはアレクシス公爵の広い胸板。

いわゆる、『壁ドン』というやつだ。

「……閣下?」

私は見上げた。
公爵の顔が近い。
整った鼻筋、長い睫毛、そして私を射抜くような黄金の瞳。
吐息がかかる距離だ。

「……行くな」

「はい?」

「一人で行かせるわけにはいかんと言っている」

公爵の声は、いつになく真剣で、そして熱を帯びていた。

「相手は王妃だ。どんな汚い手を使ってくるかわからん。……監禁されるかもしれない。毒を盛られるかもしれない」

「対策は練ってあります。懐に録音用の魔道具を忍ばせ……」

「そういう問題ではない!」

公爵が、私の肩の横の壁をもう一度ドンと叩いた。

「俺が心配なんだ。……お前がいなくなったら、誰が俺のコーヒーに砂糖を入れてくれる? 誰が俺の暴走を止めてくれる?」

「それは……」

「俺にはお前が必要だ。……業務上も、精神的にも」

公爵が顔を近づけてくる。
唇までの距離、数センチ。
甘い香りが漂う。

心臓が、早鐘を打ち始めた。
これはまずい。
平常心が揺らぐ。
思考回路がショートしそうだ。

(冷静になれ、メモリア。これは……これは高度な人事考課面談の一種よ!)

私は必死に理性を総動員した。
このドキドキを鎮めるには、最も無機質な情報を脳内で処理するしかない。

「……か、閣下」

「なんだ」

「現状の業務報告をさせていただきます」

「……は?」

このムードで何を言い出すんだ、という顔をされたが、私は構わずに早口でまくし立てた。

「現在、魔法省の第三四半期予算案の進捗率は85%! 未決裁案件は残り十二件! そのうち急を要する治水工事の件は、本日中に閣下のサインが必要です!」

「……メモリア?」

「また、公爵領の特産品であるワインの売上は前年比120%で推移! 一方で、屋敷の光熱費は私の節約術により15%削減に成功しました! いかがでしょうか!」

私は公爵の胸元を見つめながら、数字を羅列した。
数字は裏切らない。
数字は私を冷静にさせてくれる。

公爵は、ぽかんとして私を見ていた。
そして、ふっと力が抜けたように笑い出した。

「くっ、くくく……」

「な、何かおかしいですか?」

「いや……。壁に追い詰められて、愛の言葉ではなく予算の進捗率を叫ぶ女は、世界広しといえどもお前だけだ」

公爵は私の頭にポンと手を置いた。

「合格だ」

「何のテストですか?」

「俺の色気に惑わされず、職務を全うする精神力テストだ。……少し傷ついたがな」

公爵は苦笑しながら、体を離した。

「わかった。お前の覚悟は認める。……だが、条件がある」

「条件?」

「明日の茶会、俺も同行する」

「えっ、しかし招待状には『メモリア一人で』と……」

「『運転手』としてついていくだけだ。会場には入らん。……だが、扉一枚隔てた廊下で待機する」

公爵の瞳が鋭く光った。

「もし、お前の心拍数が異常値を叩き出したり、悲鳴が聞こえたりしたら……。その時は、扉ごと王妃を吹っ飛ばして突入する」

「……過保護すぎませんか?」

「大事な『資産』を守るためだ。……非効率な救出劇にならないよう、せいぜい上手く立ち回れよ」

公爵は私の鼻先を指でつんと弾いた。

「……了解いたしました」

私は頬が熱くなるのを感じながら、頷いた。

「では、明日の作戦会議(ミーティング)を始めましょう。……この体勢のままでなくてもよろしいですよね?」

「いや、このまま続けようか。……お前の動揺する顔が、案外可愛くて気に入った」

「か、閣下! セクハラで訴えますよ!」

「労働環境改善の要望として受け取ろう」

結局、そのあと三十分ほど、私は壁際から解放してもらえなかった。
公爵は楽しそうに私の反応を観察し、私は必死に明日の対王妃用の想定問答集を唱え続けた。

ドキドキとイライラと、奇妙な安心感が入り混じる時間。
これが「恋」なのか「吊り橋効果」なのか、今の私にはまだ分析しきれなかった。

ただ一つ確かなのは。
明日の王妃様との対決、私は絶対に負ける気がしないということだ。
最強のバックアップ(過保護な魔王)が、扉の向こうに控えているのだから。



そして翌日。
私は王城の奥、「薔薇の離宮」と呼ばれる王妃のプライベート・サロンの前に立っていた。

「……行ってきます」

「ああ。五分に一度は咳払いをしろ。生存確認だ」

「頻度が高すぎます」

廊下の影に潜む公爵(黒いサングラス着用で怪しさ満点)に呆れつつ、私は重厚な扉を開けた。

「失礼いたします。メモリア・アッシュ、参りました」

サロンの中には、優雅に紅茶を飲むエルザ王妃と、勝ち誇った顔の継母、そして縮こまっている父の姿があった。

さあ、アッシュ家・借金返済(あるいは実家解体)ショーの幕開けだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。 「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」 第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。 着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。 「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。 行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。 「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」 「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」 氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。 一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。 慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。 しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。 「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」 これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

悪役だから仕方がないなんて言わせない!

音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト オレスト国の第一王女として生まれた。 王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国 政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。 見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。

処理中です...