悪役令嬢は、婚約破棄を祝杯で迎える !

パリパリかぷちーの

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「よく来てくれたわね、メモリア。……さあ、座りなさい」

王妃のプライベート・サロン「薔薇の間」。

甘ったるい香水の匂いが充満する室内で、エルザ王妃は猫なで声で私を招き入れた。

革張りのソファには、既に両親(父と継母)が座っていた。
二人は私が部屋に入ると、縋るような視線を向けてきた。

「メモリア……!」
「ああ、やっと来たわね! この恩知らずが!」

父は涙目、継母はヒステリック。
典型的な「追い詰められた小市民」の図だ。

私は勧められた席には座らず、立ったまま一礼した。

「立ったままで結構です。長居するつもりもございませんので。……それで、お話とは?」

「せっかちな子ね」

王妃は扇子で口元を隠した。

「単刀直入に言うわ。あなたのアッシュ公爵家は、破産寸前よ」

王妃がテーブルの上に、一枚の羊皮紙を滑らせた。
借用書だ。
金額の欄には、ゼロがいくつも並んでいる。

「金貨八万枚……」

私は眉一つ動かさずに読み上げた。

「お父様の領地経営失敗の穴埋めと、お義母様の社交費、そしてカイルへの政治献金……。それが積み重なって、王家直轄の金融機関からの借金が膨れ上がった。そういうことですね?」

「ええ。返済期限は来月末。……払えるかしら?」

王妃は楽しそうに目を細めた。

「当然、無理でしょうね。払えなければ、アッシュ家は取り潰し。爵位剥奪の上、ご両親は路頭に迷うことになるわ」

「ひっ……! メモリア、何とかしてくれ!」
父が私の足元に這いつくばった。

「お前はアレクシス公爵に気に入られているんだろう!? あの方にお願いして、借金を肩代わりしてもらえ! 金貨八万枚など、あの方にとってははした金だ!」

「そうですとも! 育ててやった恩を返す時ですわよ!」
継母も喚き散らす。

醜い。
非効率極まりない。

「……それで、王妃殿下。私への『取引条件』は何ですか?」

私は両親を無視して、王妃を見た。
王妃はニヤリと笑った。

「話が早くて助かるわ。……条件は一つ。カイルの元へ戻りなさい」

「……」

「アレクシスとの関係を切り、カイルの愛人……いいえ、『影の補佐役』として一生城に仕えるのなら、この借金、私が特権で帳消しにしてあげてもよくてよ?」

なるほど。
借金を盾に私を奴隷化し、カイル殿下の無能さをカバーさせ、さらにアレクシス公爵への牽制にも使う。
一石三鳥の作戦というわけだ。

「……お断りします」

私は即答した。

「は?」

王妃の扇子が止まった。

「お、お断りって……実家が潰れてもいいと言うの!?」

「はい。どうぞ潰してください」

私は眼鏡の位置を直した。

「私は既に勘当され、アッシュ家の籍を抜けています。法的に、私には返済義務は一切ありません」

「なっ……! 血も涙もないのか貴様は!」
父が叫ぶ。

「血の繋がりだけで、私の人生を担保に差し出せるとお思いですか? コストパフォーマンスが悪すぎます」

私は冷徹に言い放った。

「それに、アッシュ家のような腐敗した組織は、一度倒産させて膿を出し切るのが最も合理的です。債務整理の手続きなら、私が代行して差し上げましょうか? 手数料は頂きますが」

「き、貴様ぁ……!」

「お待ち、メモリア!」

王妃が立ち上がった。
顔色が変わり、焦りの色が浮かんでいる。

「あなた、自分の立場がわかっているの? もし実家を見捨てれば、『親不孝な悪女』として社交界での評判は地に落ちるわよ! アレクシスだって、そんな冷たい女は見捨てるに決まっているわ!」

「ご心配には及びません」

私はふっと笑った。

「閣下は、私のそういう『可愛げのなさ』を高く評価してくださっていますので。……それに」

私はテーブルの上の借用書を指先で弾いた。

「この借金の内訳、少し精査させていただきました。……面白い項目があります音」

「な、何よ」

「ここにある『特別交際費』……日付と金額を見ると、王妃殿下が主催された『裏の夜会』の開催日と一致しますね」

王妃の顔が凍りついた。

「さらに、こちらの『臨時寄付金』。……これはカイル殿下が、リナ様に贈った宝石の購入代金と、金額が一桁までピッタリ合いますが?」

「……ッ!」

「つまり。この借金の大半は、アッシュ家が王家のために使わされた『裏金』ということになります」

私は一歩、王妃に詰め寄った。

「もし私がこの事実を公表し、アレクシス公爵の名の下に『王室予算の不正流用』として監査請求を行ったら……。破滅するのはアッシュ家でしょうか? それとも……?」

「や、やめ……!」

王妃が後ずさる。
形勢逆転だ。

「脅すつもりですか、この小娘が……!」

「いいえ、リスク管理の提案です。……アッシュ家は破産させます。ですが、この裏帳簿の件は、私の胸にしまっておきましょう。その代わり」

私は二人に背を向け、出口へと歩き出した。

「今後一切、私と公爵閣下に関わらないでください。カイル殿下の尻拭いもしません。……これが最後の警告です」

「ま、待ちなさい! 許さないわよ! 衛兵! 衛兵ーーッ!」

王妃が錯乱して叫んだ。

その瞬間。

ドォン!!

サロンの扉が、外側から蹴破られた。

「ひいっ!?」

両親が悲鳴を上げて抱き合う。
舞い上がる埃の中、サングラスをかけた大柄な男が、悠然と入ってきた。

「……お呼びですか、王妃殿下」

低く、ドスの効いた声。
アレクシス公爵だ。

「あ、ア、アレクシス……!?」

「廊下で待っていたのだが、あまりに騒々しいのでな。……私の『大事なパートナー』に、何か御用かな?」

公爵はサングラスをずらし、黄金の瞳で王妃を睨みつけた。
その背後から、冷気が溢れ出す。
室内の花瓶の水が、一瞬で凍りついて割れた。

「い、いいえ! 何でもないわ! 話は終わったの! 帰ってちょうだい!」

王妃はガタガタと震え、ソファの隅に縮こまった。
完全に戦意喪失だ。

「そうか。それはよかった」

公爵は私の肩を抱いた。

「帰るぞ、メモリア。……この部屋は臭くてかなわん」

「ええ。腐敗臭がしますね」

私たちは、呆然とする両親と、青ざめた王妃を残し、堂々とサロンを後にした。

廊下に出ると、公爵がサングラスを外して、ニヤリと笑った。

「見事だったな、メモリア。……『裏帳簿の脅し』、あれはハッタリか?」

「いえ、事実です。私が長年、父の書斎からコピーを取って保管していました」

「……敵に回したくない女だ」

「味方でよかったですね」

「ああ、心からそう思う」

公爵は私の頭をポンポンと撫でた。

「これで実家との縁も完全に切れたな。……寂しいか?」

「いいえ。肩の荷が下りました」

私は晴れ晴れとした気分で空を見上げた。

「これからは、自分のために生きます。……そして、閣下の血糖値管理のために」

「ふっ、頼もしい限りだ」

私の「実家問題」は、こうして物理的かつ法的な解決を見た。
アッシュ家はその後、本当に破産手続きに入ったが、それはまた別の話。

王妃とカイル殿下を完全に黙らせた私たち。
しかし、平和は長くは続かない。

次に待ち受けていたのは、色恋沙汰(ロマンス)特有の、あの面倒なイベントだった。

数日後。
公爵邸に、隣国の外交官が訪ねてくる。
そして、私の「知性」に目をつけたその男が、とんでもない爆弾を投下するのだ。

「メモリア嬢。貴女のような聡明な女性こそ、我が国の研究所に欲しい。……私と結婚して、移住しませんか?」

公爵の嫉妬メーターが、限界突破する音が聞こえた気がした。
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