悪役令嬢は、婚約破棄を祝杯で迎える !

パリパリかぷちーの

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「……ん」

意識が浮上する。

後頭部に鈍い痛み。
手足が動かない。
目を開けると、薄暗くカビ臭い天井が見えた。

「あら、やっとお目覚め? 悪役令嬢さん」

聞き覚えのある、ねっとりとした甘い声。
私は重い頭を振って、声の主を見た。

そこは、どこかの地下室のようだった。
石造りの壁は湿っており、唯一の明かりは、テーブルの上に置かれたランタンのみ。

そして、そのテーブルの前で、白衣(サイズが合っていない)を着て、怪しげな鍋をかき混ぜているのが、リナ男爵令嬢だった。

「リナ様……」

「『様』なんてつけなくていいわよぉ。どうせあんたは、ここで終わるんだから」

リナは鍋からお玉で液体をすくい上げ、ニタリと笑った。
液体はドロドロとした紫色で、ボコッ、ボコッと不気味な泡を吹いている。

「状況を整理させてください」

私は冷静に言った。
手首と足首は、荒縄で椅子に縛り付けられている。
公爵閣下の姿はない。

「閣下は? アレクシス様はどこですか?」

「公爵様なら、森の入り口に捨ててきたわよ」

リナはケラケラと笑った。

「私の狙いはあんただけだもの。公爵様は、あんたがいなくなれば、また私の魅力に気づいて戻ってくるはずだから」

「……論理的思考が欠落していますね。私が消えても、閣下が貴女を選ぶ確率はゼロです」

「うるさいっ!!」

リナが鍋をバンと叩いた。

「あんたさえいなければ! あんたさえいなければ、全部うまくいってたのよ!」

彼女は充血した目で私を睨みつけた。

「私が聖女になって、カイル様と結婚して、国母としてチヤホヤされるはずだったの! それを……物理だの法律だの、小難しい理屈で邪魔して!」

「それを『正当な指摘』と言います」

「黙りなさいよ! この泥棒猫!」

リナはヒステリックに叫び、棚から数本の小瓶を取り出した。

「見てなさい。……王城の混乱に乗じて、地下宝物庫から『イイモノ』を盗んできたのよ」

「……窃盗罪の追加ですね。量刑が重くなりますよ」

「ふん! これが成功すれば、罪なんて関係ないわ!」

リナは小瓶の一つを掲げた。
ラベルには、ドクロマークと『取扱厳禁』の文字。

「これは『洗脳の秘薬』……禁じられた古代魔法薬よ。これを飲ませれば、あんたは私の言いなりになる奴隷人形になるの」

「……」

「あんたを操って、国民の前で言わせてやるわ。『私はリナ様を虐めました』『私は公爵様を騙していました』『リナ様こそが真の聖女です』ってね!」

リナは恍惚とした表情を浮かべた。

「そうすれば、私の名誉は回復! あんたは処刑! カイル様も公爵様も、私のもの! 完璧なシナリオでしょう!?」

「……シナリオの完成度は5点ですね」

私は冷めた目で彼女を見た。

「その薬、成分が沈殿していますよ。使用期限が百年くらい過ぎているのでは?」

「う、うるさいわね! 効果はあるはずよ! ……たぶん」

「それに、煮込みすぎて揮発しています。この部屋、換気が悪いですから、貴女自身も吸い込んでラリっているように見えますが」

「なっ……!?」

言われてみれば、リナの目は虚ろで、足元もフラフラしている。
自分の撒いた毒ガスで自滅するタイプか。
相変わらず、詰めが甘い。

「まあいいわ。……飲ませればわかることよ」

リナはお玉に紫色の液体をなみなみと注ぎ、私に近づいてきた。

「さあ、飲みなさい! 悪役令嬢の最期にふさわしい、毒々しいスープよぉ!」

「お断りします。衛生管理がなっていません」

「拒否権なんてないのよ!」

リナが無理やり私の口をこじ開けようとする。
その時。

ガタッ。

入り口の扉が開いた。
入ってきたのは、薄汚れた身なりの男たちだった。
ゴロツキのような風貌で、手には棍棒を持っている。

「おい、嬢ちゃん。……話が違うじゃねえか」

男の一人が、不機嫌そうに言った。

「ああん? 何よ。今、忙しいんだけど」

「『公爵家の娘を誘拐すれば、身代金で大儲けできる』って言ったよな? なんで『薬で洗脳』とか始めてんだよ」

「うるさいわね! 身代金なんてどうでもいいのよ! 私は復讐がしたいの!」

「ふざけんな! 俺たちは金のためにリスク冒したんだぞ! 相手はあの『冷徹公爵』だぞ!? バレたら殺されるんだよ!」

男たちが殺気立つ。
どうやら、リナが雇ったゴロツキたちと、仲間割れが発生しているようだ。

(……チャンスですね)

私は眼鏡(奇跡的に無事だった)の奥で目を光らせた。
この状況、利用できる。

「あの」

私は男たちに声をかけた。

「あ? なんだ人質」

「貴方たちの雇い主であるリナ様ですが、支払い能力がないことはご存知ですか?」

「は?」

「彼女の実家である男爵家は、カイル殿下への貢ぎ物と、彼女のドレス代で破産寸前です。身代金どころか、貴方たちへの報酬も払えないと思いますが」

「な、なんだと……!?」

男たちがリナを見る。

「ち、違いますぅ! こいつを洗脳して、公爵家から金を引き出せば……!」

「洗脳が成功する保証はありません。先ほども言いましたが、その薬は期限切れの産業廃棄物です」

私が淡々と告げると、男たちの顔色が変わった。

「おい、どうなってんだ!」
「俺たちを騙したのか!」

「ひぃっ! ち、違うのよぉ!」

リナが後ずさる。
男たちが詰め寄る。

「……内輪揉めをしている間に、失礼しましょうか」

私は手首をひねった。
実は、さっきからコソコソと動かしていたのだ。
リナの縛り方は、彼女の性格と同じで「雑」だった。
本結びになっておらず、ただグルグル巻きにしただけ。

(摩擦係数を減らせば……抜ける)

私は手首を脱臼しないギリギリの角度で折りたたみ、強く引いた。
スルッ。
抜けた。

「……よし」

次は足だ。
私は男たちがリナを吊るし上げている隙に、足の縄も解いた。

「さて」

立ち上がる。
ドレスは少し汚れてしまったが、怪我はない。
ここで逃げ出すのが定石だが、私はふと、テーブルの上の「薬」を見た。

(証拠品として押収しておきましょう)

私はリナが持っていた小瓶を、そっとポケットに入れた。
そして、出口へと向かう。

「待てコラァ! 逃げる気か!」

男の一人が気づいた。

「チッ……! おい、捕まえろ!」

「ひぃぃ! 待ってぇ、置いていかないでぇ!」

リナとゴロツキたちが一斉にこちらを向く。

「……やれやれ。穏便に済ませたかったのですが」

私は近くにあった「あるもの」を手に取った。
それは、リナが鍋をかき混ぜていた、鉄製のお玉(レードル)だった。

「調理器具の不適切な使用ですが、緊急避難ということで」

私はお玉を構え、ニヤリと笑った。
公爵邸での激務で鍛えられた体力と、物理計算に基づいた打撃術。
見せてあげましょう。
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