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「オラァッ! 大人しく捕まれ!」
ゴロツキの一人が、棍棒を振り上げて襲いかかってきた。
単純な上段攻撃。
速度は遅い。
「運動エネルギーの無駄遣いです」
私は冷静に一歩踏み込み、手にしたお玉(レードル)を下から振り上げた。
狙うは、男の手首にある神経の束。
カォォンッ!!
小気味よい金属音が地下室に響く。
「あぎゃっ!?」
男が悲鳴を上げて棍棒を取り落とした。
手が痺れて動かないはずだ。
「な、なんだこの女!?」
もう一人が怯む。
私はお玉を構え直し、眼鏡を光らせた。
「調理器具用ステンレス鋼の硬度は、貴方たちの軟弱な筋肉よりも勝ります。……次は眉間を狙いますが、よろしいですか?」
「ひ、ひぃっ……!」
男たちが後ずさる。
所詮は金で雇われた素人だ。
本職の騎士や暗殺者に比べれば、赤子のようなもの。
「そ、そんな……! なんであんたが戦えるのよぉ!」
リナ男爵令嬢が、鍋の後ろで震えながら叫んだ。
「事務仕事は体力勝負です。コピー用紙の箱(一箱20kg)を両手に持って階段をダッシュする日々を、舐めないでいただきたい」
私はお玉をくるりと回した。
「さて。……暴力による制圧も可能ですが、服が汚れるので非効率です。ここで『商談』といきましょう」
「商談……?」
私は男たちに向き直った。
「貴方たちの目的は『金』ですね?」
「あ、ああ……そうだ」
「リナ様が提示した報酬は?」
「……金貨五十枚だ。『公爵から身代金を取ったら払う』って約束で……」
「なるほど。完全なる『取らぬ狸の皮算用』ですね」
私はため息をついた。
「先ほども申しましたが、リナ様は破産寸前です。そして、公爵閣下が身代金を払うとしても、その前に貴方たちを氷漬けにするでしょう。つまり、貴方たちが金貨を手にできる確率は0%です」
「なっ……」
男たちの顔が青ざめる。
「ですが、私なら」
私はニヤリと笑った。
「即金で払えます」
「えっ」
「私のポケットには、緊急用の小切手が入っています。公爵家の署名入りで、換金は王都の銀行ならどこでも可能。……金額は金貨百枚。いかがですか?」
「ひゃ、百枚!?」
男たちの目の色が変わった。
金貨五十枚の倍だ。
「条件は簡単です。……私をここから安全に脱出させること。そして、リナ様の悪事を証言すること。……どうしますか? リナ様と心中するか、私について大金を得るか」
「そ、そんなの……!」
男たちは顔を見合わせた。
そして、0.5秒で答えを出した。
「姉御ォォォッ!! 一生ついていきやす!!」
「裏切り者ぉぉぉっ!!」
リナの絶叫が響く。
男たちはクルリと向きを変え、リナを取り囲んだ。
「悪いな嬢ちゃん。世の中、現金(キャッシュ)が全てだ」
「俺たちはビジネスライクに行かせてもらうぜ」
「い、嫌ぁっ! 来ないでぇ!」
リナが鍋の中の変なスープをお玉ですくって撒き散らすが、男たちは軽々と避けてリナを取り押さえた。
あっけない幕切れだ。
「確保完了ですぜ、姉御!」
「よろしい。では、行きましょうか」
私はポケットから小切手帳を取り出し、サラサラとサインをして渡した。
「ありがとうございます!」
男たちは小切手を拝むように受け取った。
「あ、ついでにもう一つ仕事を追加しても?」
「へい! 何でも言ってくだせえ!」
「ここから出口まで、足元が悪そうですね。……私の靴が汚れるのは嫌なので」
数分後。
私は男たちが作った「人間御輿(みこし)」に乗って、優雅に地下室を後にした。
「わっしょい! わっしょい!」
「姉御のお通りだぁ!」
後ろでは、ロープで縛られたリナが「離せぇ! 覚えてなさいよぉ!」と喚きながら、別の男に担がれている。
「快適ですね。……このまま公爵邸まで送ってもらえますか?」
「へい! 喜んで!」
私たちは暗い通路を抜け、地上への階段を上がった。
重い鉄扉を開けると、夜の冷たい空気が流れ込んでくる。
「ふぅ。……やっと外ですか」
森の中にある、古びた小屋だったらしい。
月明かりが眩しい。
「さて、ここからは馬車を……」
と言いかけた時だった。
ザワッ……。
森の木々が、一斉にざわめいた。
いや、風ではない。
空気が、震えているのだ。
ピシッ、ピシッ。
足元の草花が、見る見るうちに白く凍りついていく。
「な、なんだ!?」
「急に寒くなったぞ!?」
男たちが震え出し、私を乗せた御輿がグラリと揺れた。
「……ああ」
私はその冷気の「質」を知っていた。
懐かしくて、恐ろしくて、そして何よりも愛おしい冷気。
「お静かに。……『魔王』のお出ましです」
ゴゴゴゴゴ……。
上空に、巨大な影が現れた。
それは、夜空を覆いつくすほどの、無数の氷の剣(ソード)。
その数、千本以上。
月光を反射して、ギラギラと殺気を放っている。
そして、その中心に。
漆黒のコートを風になびかせ、空中に浮遊する男の姿があった。
「――見つけたぞ」
地獄の底から響くような声。
アレクシス公爵だ。
彼の瞳は黄金色に発光し、全身から溢れ出る魔力が、周囲の空間を歪ませている。
「私のメモリアを……どこへやった……ッ!!」
ドォォォォン!!
威圧だけで、周囲の大木が数本なぎ倒された。
「ひぃぃぃぃっ!?」
「ば、化け物だぁぁぁ!」
男たちが悲鳴を上げて腰を抜かし、私は地面にストンと着地した。
縛られたリナも、「あわわわ……」と泡を吹いている。
公爵は、まだ私の無事な姿が見えていないらしい。
怒りで視界が真っ赤(あるいは真っ白)になっているようだ。
「……消えろ。……この森ごと、消滅させてやる……」
公爵が手を振り上げた。
上空の氷の剣が、一斉に切っ先をこちらに向ける。
(あ、これマズいですね)
戦略級魔法『氷河期(アイス・エイジ)』だ。
ここ一帯が永久凍土になってしまう。
私は慌てて、大きく手を振った。
「ストップ! ストップです閣下! 私はここです!」
「……?」
公爵の手が止まった。
彼はゆっくりと視線を巡らせ、そして――私を見つけた。
「……メモリア?」
「はい。ピンピンしています。服も破れていませんし、怪我一つありません」
私は両手を広げてアピールした。
「ですから、その物騒な剣をしまってください! 森林破壊になります!」
「……」
公爵は瞬きをした。
そして、フッと空から舞い降りてきた。
音もなく私の目の前に着地する。
「……本当に、無事か?」
震える手で、私の頬に触れる。
冷たい指先。
「はい。……お待たせしました、アレクシス様」
私が微笑むと、公爵は糸が切れたように私を抱きしめた。
「よかった……! 本当によかった……!」
強い抱擁。
彼の体が、小刻みに震えているのがわかった。
怒りではなく、恐怖で。
私を失うことへの恐怖で。
「もう……生きた心地がしなかった……」
「大袈裟ですよ。……でも、ありがとうございます」
私は彼の背中を優しく撫でた。
こうして、私の「自力脱出劇」は、公爵の「劇的なお迎え」によって幕を閉じた。
……かに思えたが。
「……で?」
公爵が顔を上げ、氷のような視線を背後の男たち(とリナ)に向けた。
「こいつらか? お前を連れ去った愚か者は」
「ひぃっ!?」
「姉御! 助けてくだせぇ! 約束が違いますぜ!」
男たちが私に縋りつく。
「ああ、そうでした」
私は公爵に説明した。
彼らは改心して私を助けてくれたこと。
真犯人は、後ろで転がっているリナであることを。
「……なるほど」
公爵はリナを見下ろした。
「リナ男爵令嬢。……まだ懲りていなかったとはな」
「う、うう……公爵様ぁ……」
リナは涙目で媚びようとしたが、今の公爵には通用しない。
「覚悟はできているな? ……私の『最愛』を傷つけようとした罪、万死に値する」
公爵の手元に、再び魔力が集まる。
今度こそ、本当に終わりだ。
「ま、待って! 違うの! 私は……!」
リナが何か言い訳しようとした、その時。
ボワンッ!!
リナの懐から、何かが爆発した。
「!?」
紫色の煙が広がる。
さっきの地下室と同じ煙だ。
しかし今度は、リナ自身を包み込んでいる。
「ゲホッ、ゲホッ! な、なによこれぇ!?」
リナが暴れる。
そのポケットから、割れた小瓶の破片が落ちた。
どうやら、転がされた衝撃で、『洗脳の秘薬(期限切れ)』が割れてしまったらしい。
そして。
煙が晴れた時、そこにいたリナの様子が、少し変だった。
「……アハ」
虚ろな目。
だらしなく開いた口。
「アハハ……私は聖女……私は聖女……」
「……」
「カイル様ぁ……お花が綺麗ですねぇ……アハハ……」
彼女は空を見上げ、誰もいない空間に向かって笑いかけた。
「……自滅か」
公爵が呟いた。
期限切れの強力な薬物を、至近距離で浴びた副作用。
精神が崩壊したのか、それとも自分の都合の良い妄想の世界に逃げ込んだのか。
「……哀れですね」
私は静かに言った。
同情はしない。
自業自得だ。
けれど、かつて王太子妃を目指した少女の末路としては、あまりにも惨めだった。
「連れて行け」
公爵が、駆けつけてきた騎士団に命じた。
「リナ男爵令嬢は、禁忌の薬物に手を出した罪で拘束。……その後、専門の療養施設へ送れ。二度とシャバには出すな」
「はっ!」
リナは騎士たちに引きずられていった。
「アハハ……公爵様ぁ、ダンスしましょう……」という虚ろな声を残して。
全てが終わった。
「帰ろう、メモリア」
公爵が私に手を差し出した。
「ああ、その前に」
彼は指を鳴らし、私の汚れたドレスを一瞬で浄化(クリーニング)した。
「私の妻になる女が、泥だらけではいかんからな」
「……便利ですね、その魔法」
「生活魔法も極めると役に立つ。……さあ」
私は彼の手を取った。
今度こそ、本当のハッピーエンドへ向かって。
……と思いきや。
まだ一人、片付けなければならない「大物(馬鹿)」が残っていたことを、私たちは忘れていた。
王城で廃人寸前になっていたカイル王太子が、最後の最後に、とんでもない行動に出る。
ゴロツキの一人が、棍棒を振り上げて襲いかかってきた。
単純な上段攻撃。
速度は遅い。
「運動エネルギーの無駄遣いです」
私は冷静に一歩踏み込み、手にしたお玉(レードル)を下から振り上げた。
狙うは、男の手首にある神経の束。
カォォンッ!!
小気味よい金属音が地下室に響く。
「あぎゃっ!?」
男が悲鳴を上げて棍棒を取り落とした。
手が痺れて動かないはずだ。
「な、なんだこの女!?」
もう一人が怯む。
私はお玉を構え直し、眼鏡を光らせた。
「調理器具用ステンレス鋼の硬度は、貴方たちの軟弱な筋肉よりも勝ります。……次は眉間を狙いますが、よろしいですか?」
「ひ、ひぃっ……!」
男たちが後ずさる。
所詮は金で雇われた素人だ。
本職の騎士や暗殺者に比べれば、赤子のようなもの。
「そ、そんな……! なんであんたが戦えるのよぉ!」
リナ男爵令嬢が、鍋の後ろで震えながら叫んだ。
「事務仕事は体力勝負です。コピー用紙の箱(一箱20kg)を両手に持って階段をダッシュする日々を、舐めないでいただきたい」
私はお玉をくるりと回した。
「さて。……暴力による制圧も可能ですが、服が汚れるので非効率です。ここで『商談』といきましょう」
「商談……?」
私は男たちに向き直った。
「貴方たちの目的は『金』ですね?」
「あ、ああ……そうだ」
「リナ様が提示した報酬は?」
「……金貨五十枚だ。『公爵から身代金を取ったら払う』って約束で……」
「なるほど。完全なる『取らぬ狸の皮算用』ですね」
私はため息をついた。
「先ほども申しましたが、リナ様は破産寸前です。そして、公爵閣下が身代金を払うとしても、その前に貴方たちを氷漬けにするでしょう。つまり、貴方たちが金貨を手にできる確率は0%です」
「なっ……」
男たちの顔が青ざめる。
「ですが、私なら」
私はニヤリと笑った。
「即金で払えます」
「えっ」
「私のポケットには、緊急用の小切手が入っています。公爵家の署名入りで、換金は王都の銀行ならどこでも可能。……金額は金貨百枚。いかがですか?」
「ひゃ、百枚!?」
男たちの目の色が変わった。
金貨五十枚の倍だ。
「条件は簡単です。……私をここから安全に脱出させること。そして、リナ様の悪事を証言すること。……どうしますか? リナ様と心中するか、私について大金を得るか」
「そ、そんなの……!」
男たちは顔を見合わせた。
そして、0.5秒で答えを出した。
「姉御ォォォッ!! 一生ついていきやす!!」
「裏切り者ぉぉぉっ!!」
リナの絶叫が響く。
男たちはクルリと向きを変え、リナを取り囲んだ。
「悪いな嬢ちゃん。世の中、現金(キャッシュ)が全てだ」
「俺たちはビジネスライクに行かせてもらうぜ」
「い、嫌ぁっ! 来ないでぇ!」
リナが鍋の中の変なスープをお玉ですくって撒き散らすが、男たちは軽々と避けてリナを取り押さえた。
あっけない幕切れだ。
「確保完了ですぜ、姉御!」
「よろしい。では、行きましょうか」
私はポケットから小切手帳を取り出し、サラサラとサインをして渡した。
「ありがとうございます!」
男たちは小切手を拝むように受け取った。
「あ、ついでにもう一つ仕事を追加しても?」
「へい! 何でも言ってくだせえ!」
「ここから出口まで、足元が悪そうですね。……私の靴が汚れるのは嫌なので」
数分後。
私は男たちが作った「人間御輿(みこし)」に乗って、優雅に地下室を後にした。
「わっしょい! わっしょい!」
「姉御のお通りだぁ!」
後ろでは、ロープで縛られたリナが「離せぇ! 覚えてなさいよぉ!」と喚きながら、別の男に担がれている。
「快適ですね。……このまま公爵邸まで送ってもらえますか?」
「へい! 喜んで!」
私たちは暗い通路を抜け、地上への階段を上がった。
重い鉄扉を開けると、夜の冷たい空気が流れ込んでくる。
「ふぅ。……やっと外ですか」
森の中にある、古びた小屋だったらしい。
月明かりが眩しい。
「さて、ここからは馬車を……」
と言いかけた時だった。
ザワッ……。
森の木々が、一斉にざわめいた。
いや、風ではない。
空気が、震えているのだ。
ピシッ、ピシッ。
足元の草花が、見る見るうちに白く凍りついていく。
「な、なんだ!?」
「急に寒くなったぞ!?」
男たちが震え出し、私を乗せた御輿がグラリと揺れた。
「……ああ」
私はその冷気の「質」を知っていた。
懐かしくて、恐ろしくて、そして何よりも愛おしい冷気。
「お静かに。……『魔王』のお出ましです」
ゴゴゴゴゴ……。
上空に、巨大な影が現れた。
それは、夜空を覆いつくすほどの、無数の氷の剣(ソード)。
その数、千本以上。
月光を反射して、ギラギラと殺気を放っている。
そして、その中心に。
漆黒のコートを風になびかせ、空中に浮遊する男の姿があった。
「――見つけたぞ」
地獄の底から響くような声。
アレクシス公爵だ。
彼の瞳は黄金色に発光し、全身から溢れ出る魔力が、周囲の空間を歪ませている。
「私のメモリアを……どこへやった……ッ!!」
ドォォォォン!!
威圧だけで、周囲の大木が数本なぎ倒された。
「ひぃぃぃぃっ!?」
「ば、化け物だぁぁぁ!」
男たちが悲鳴を上げて腰を抜かし、私は地面にストンと着地した。
縛られたリナも、「あわわわ……」と泡を吹いている。
公爵は、まだ私の無事な姿が見えていないらしい。
怒りで視界が真っ赤(あるいは真っ白)になっているようだ。
「……消えろ。……この森ごと、消滅させてやる……」
公爵が手を振り上げた。
上空の氷の剣が、一斉に切っ先をこちらに向ける。
(あ、これマズいですね)
戦略級魔法『氷河期(アイス・エイジ)』だ。
ここ一帯が永久凍土になってしまう。
私は慌てて、大きく手を振った。
「ストップ! ストップです閣下! 私はここです!」
「……?」
公爵の手が止まった。
彼はゆっくりと視線を巡らせ、そして――私を見つけた。
「……メモリア?」
「はい。ピンピンしています。服も破れていませんし、怪我一つありません」
私は両手を広げてアピールした。
「ですから、その物騒な剣をしまってください! 森林破壊になります!」
「……」
公爵は瞬きをした。
そして、フッと空から舞い降りてきた。
音もなく私の目の前に着地する。
「……本当に、無事か?」
震える手で、私の頬に触れる。
冷たい指先。
「はい。……お待たせしました、アレクシス様」
私が微笑むと、公爵は糸が切れたように私を抱きしめた。
「よかった……! 本当によかった……!」
強い抱擁。
彼の体が、小刻みに震えているのがわかった。
怒りではなく、恐怖で。
私を失うことへの恐怖で。
「もう……生きた心地がしなかった……」
「大袈裟ですよ。……でも、ありがとうございます」
私は彼の背中を優しく撫でた。
こうして、私の「自力脱出劇」は、公爵の「劇的なお迎え」によって幕を閉じた。
……かに思えたが。
「……で?」
公爵が顔を上げ、氷のような視線を背後の男たち(とリナ)に向けた。
「こいつらか? お前を連れ去った愚か者は」
「ひぃっ!?」
「姉御! 助けてくだせぇ! 約束が違いますぜ!」
男たちが私に縋りつく。
「ああ、そうでした」
私は公爵に説明した。
彼らは改心して私を助けてくれたこと。
真犯人は、後ろで転がっているリナであることを。
「……なるほど」
公爵はリナを見下ろした。
「リナ男爵令嬢。……まだ懲りていなかったとはな」
「う、うう……公爵様ぁ……」
リナは涙目で媚びようとしたが、今の公爵には通用しない。
「覚悟はできているな? ……私の『最愛』を傷つけようとした罪、万死に値する」
公爵の手元に、再び魔力が集まる。
今度こそ、本当に終わりだ。
「ま、待って! 違うの! 私は……!」
リナが何か言い訳しようとした、その時。
ボワンッ!!
リナの懐から、何かが爆発した。
「!?」
紫色の煙が広がる。
さっきの地下室と同じ煙だ。
しかし今度は、リナ自身を包み込んでいる。
「ゲホッ、ゲホッ! な、なによこれぇ!?」
リナが暴れる。
そのポケットから、割れた小瓶の破片が落ちた。
どうやら、転がされた衝撃で、『洗脳の秘薬(期限切れ)』が割れてしまったらしい。
そして。
煙が晴れた時、そこにいたリナの様子が、少し変だった。
「……アハ」
虚ろな目。
だらしなく開いた口。
「アハハ……私は聖女……私は聖女……」
「……」
「カイル様ぁ……お花が綺麗ですねぇ……アハハ……」
彼女は空を見上げ、誰もいない空間に向かって笑いかけた。
「……自滅か」
公爵が呟いた。
期限切れの強力な薬物を、至近距離で浴びた副作用。
精神が崩壊したのか、それとも自分の都合の良い妄想の世界に逃げ込んだのか。
「……哀れですね」
私は静かに言った。
同情はしない。
自業自得だ。
けれど、かつて王太子妃を目指した少女の末路としては、あまりにも惨めだった。
「連れて行け」
公爵が、駆けつけてきた騎士団に命じた。
「リナ男爵令嬢は、禁忌の薬物に手を出した罪で拘束。……その後、専門の療養施設へ送れ。二度とシャバには出すな」
「はっ!」
リナは騎士たちに引きずられていった。
「アハハ……公爵様ぁ、ダンスしましょう……」という虚ろな声を残して。
全てが終わった。
「帰ろう、メモリア」
公爵が私に手を差し出した。
「ああ、その前に」
彼は指を鳴らし、私の汚れたドレスを一瞬で浄化(クリーニング)した。
「私の妻になる女が、泥だらけではいかんからな」
「……便利ですね、その魔法」
「生活魔法も極めると役に立つ。……さあ」
私は彼の手を取った。
今度こそ、本当のハッピーエンドへ向かって。
……と思いきや。
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