悪役令嬢は、婚約破棄を祝杯で迎える !

パリパリかぷちーの

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リナ男爵令嬢の暴走による誘拐事件から数時間後。

私は無事に保護され、アレクシス公爵と共に屋敷へと帰還した。

「……降ろしてください、閣下」

「ならん」

公爵邸の玄関ホール。

私はアレクシス公爵に「お姫様抱っこ」をされたまま、使用人たちの出迎えを受けていた。

恥ずかしい。
非常に恥ずかしい。
そして何より、私の体重負荷が閣下の腰に悪影響を与えないか心配だ。

「自分の足で歩けます。怪我はありません」

「精神的なダメージがあるかもしれん。……それに、俺が離したくない」

公爵は真顔で言い切り、そのままスタスタと階段を上がり始めた。

「お風呂を用意しろ! 最高級のローズオイルを入れてな! あと食事だ! 消化に良くて栄養価の高いものをフルコースで!」

「は、はいっ!」

執事たちが慌てて走り回る。

「あの、閣下。過保護が過ぎます」

「足りないくらいだ。……お前がいなくなってからの数時間、俺がどれほど生きた心地がしなかったか」

公爵は私を抱きしめる腕に力を込めた。

「もう二度と、俺の目の届かないところへは行かせん。……トイレに行く時もついていく」

「それは犯罪です。却下します」

寝室(もちろん客用ではなく、公爵の私室)のソファに下ろされると、公爵は私の足元に膝をついた。

そして、泥で少し汚れた私の靴を、自らの手で脱がせ始める。

「か、閣下!? それはメイドの仕事です!」

「俺がやりたいんだ。……お前の全てをケアさせてくれ」

黄金の瞳が、熱っぽく私を見上げる。
その表情は、いつもの冷徹さなど微塵もなく、ただひたすらに甘い。

「……はぁ。わかりました。お好きになさってください」

私は観念して体を預けた。
正直、私も少し疲れていた。
リナとの攻防、ゴロツキとの交渉、そして脱出劇。
緊張の糸が切れて、少しだけ甘えたい気分でもあったのだ。

「……愛しているぞ、メモリア」

公爵が私の足の甲に口づける。

「……はい」

穏やかな時間が流れる。
このまま、平和な夜が訪れるはずだった。

しかし。

ウウゥゥゥゥ――ッ!!

突如、屋敷の外からけたたましいサイレンのような音が響き渡った。
魔導警報だ。

「……なんだ?」

公爵の表情が一瞬で凍りつく。
甘い恋人の顔から、再び「魔王」の顔へ。

「敵襲か? ……リナの手下がまだ残っていたのか?」

「いえ、この魔力反応は……」

私は眼鏡をかけ直し、窓の外を見た。

正門の前に、松明を持った一団が押し寄せている。
その数、およそ五十。
王家の紋章が入った鎧を着ている。

「王宮騎士団ですね」

「……何?」

そして、その先頭に立ち、拡声魔法で叫んでいる人物がいた。

『開けろぉぉぉっ! 逆賊アレクシスよ、出てこい!!』

聞き覚えのある、情けない声。

「……カイルか」

公爵が低く唸った。

「逆賊とは、また大きく出ましたね」

「どういうことだ。あいつは謹慎中のはずだろう」

「おそらく、混乱に乗じて抜け出してきたのでしょう。……話の内容から推測するに、また都合の良い妄想を炸裂させているようです」

拡声魔法の声が続く。

『僕は知っているぞ! リナを唆(そその)かし、メモリアを誘拐させたのは、叔父上……アレクシス公爵、貴様だな!!』

「……は?」

私と公爵は顔を見合わせた。

『リナは言っていた! 「公爵様に命令された」と! そうか、全ては貴様の筋書きだったんだ! メモリアを監禁し、僕から引き離し、国を乗っ取るための陰謀だ!』

「……」

リナが最後に錯乱して口走った妄言を、カイル殿下は真に受けたらしい。
あるいは、自分の失態を帳消しにするために、無理やりそういうストーリーを捏造したか。

『今すぐメモリアを返せ! 彼女は僕が守る! 僕こそが正義だ! 騎士団、突入せよ!!』

「……バカも休み休み言え」

公爵の手元のサイドテーブルが、粉々に砕け散った。
物理的に。

「……ブチ切れた」

「閣下、言葉遣いが」

「もう我慢ならん。……甥だからと手加減してきたが、限度がある」

公爵が立ち上がる。
その背中から立ち昇るオーラは、先ほどの森での「氷河期」をも凌駕する、絶対的な「殺意」だった。

「行くぞ、メモリア」

「はい。……止めはしませんが、殺さないでくださいね。死体処理の手続きが面倒ですので」

「……半殺しで勘弁してやる」

私たちはバルコニーへと出た。

眼下では、カイル殿下が率いる騎士団が、公爵家の門を破ろうとしていた。
しかし、屋敷の結界に阻まれ、無様に弾き返されている。

「叔父上! 聞こえているんだろう! メモリアを出せ!」

カイル殿下が私たちを見つけ、剣を向けて叫ぶ。

「出てきたな、悪党め! メモリア、怖くないぞ! 僕が助けに来た!」

「……」

私は冷ややかな目で見下ろした。

「殿下。……妄想もそこまでいくと、ある種の才能ですね」

「えっ? メモリア、何を言っているんだ? 洗脳されているのか? 大丈夫、僕の愛のキスで……」

「黙れ」

一言。
アレクシス公爵が呟いただけで、空気が振動した。

ドォォォォン!!

上空から目に見えない圧力が落下し、カイル殿下と騎士団全員が、地面にめり込むように平伏させられた。

「ぐわぁっ!?」
「な、なんだこの重圧は……!?」

重力魔法だ。
指一本動かさずに、五十人を制圧する圧倒的な力。

「カイル・ヴァルデマール」

公爵が、バルコニーの手すりに足をかけ、地獄の底から響くような声で告げた。

「貴様、誰の屋敷で騒いでいる?」

「お、叔父上……! くっ、この魔法を解け! 僕は王太子だぞ!」

「王太子? ……条約書を燃やし、国を滅ぼしかけた愚か者がか?」

「そ、それは……! だからこそ、ここでメモリアを取り戻して名誉挽回を……!」

「メモリアは物ではない」

公爵が空中にふわりと浮き上がり、カイル殿下の目の前に降り立った。
私もその隣に着地する。

「彼女は、自らの意志で私を選んだ。……貴様のような無能な男ではなく、な」

「う、嘘だ! メモリアは僕を愛しているはずだ! だって、あんなに尽くしてくれた!」

カイル殿下が私に縋るような目を向ける。

「メモリア、そうだろ? 戻ってきてくれよ! お前がいないと、僕は……僕は……!」

「……何もできない、でしょう?」

私は冷たく言い放った。

「殿下。貴方が求めているのは『妻』ではなく『母親』か『便利屋』です。……私はそのどちらでもありません」

「そ、そんな……」

「それに」

私は公爵の腕に手を回し、寄り添った。

「私は今、世界で一番『高給優遇』されているのです。……愛という名の報酬をたっぷりと頂いて」

「ッ……!」

カイル殿下の顔が絶望に歪む。

「終わりだ、カイル」

公爵が右手を掲げた。

「貴様の王族としての権限は、現時刻をもって全て凍結する。……魔法省長官として、そして王弟としての権限で、貴様を『国家反逆罪』および『住居侵入罪』『ストーカー規制法違反』で拘束する」

「な、なんだと!? そんな勝手な……!」

「できるさ。……今の私には、守るべきものがある」

公爵の瞳が鋭く光る。

「私の平穏と、妻(予定)の笑顔を邪魔する者は、誰であろうと排除する。……たとえ、この国の王太子であろうとな」

パチン。

公爵が指を鳴らすと、カイル殿下の体がカチンコチンに凍りついた。
ただし、首から下だけ。

「ひぃっ!? つ、冷たい! 動けない!」

「頭は冷やしておけ。……そのまま朝まで反省するがいい」

公爵は周囲の騎士たちを見回した。

「貴様らもだ。……愚かな主に盲従し、私の屋敷に剣を向けた罪、重いぞ」

「ひぃぃっ! お許しをぉぉ!」
「命令だったんですぅ!」

騎士たちも全員、足元を凍らされ、氷像のオブジェと化した。

公爵邸の前は、一瞬にして氷の彫刻庭園となった。

「……ふん。景色が良くなったな」

公爵は満足げに鼻を鳴らした。

「これで静かになった。……戻るぞ、メモリア」

「はい、閣下。……ですが」

私は凍りついたカイル殿下を指差した。

「彼、このままだと壊死しますよ?」

「安心しろ。死なない程度の温度調整はしてある。……せいぜい風邪をひくくらいだ」

「なら良いですが。……解凍作業は明日の朝、使用人にやらせますね」

「ああ。……さて」

公爵は私を再びお姫様抱っこした。

「邪魔者は消えた。……続きをしようか」

「続き?」

「風呂と、食事と、……甘い時間だ」

公爵は妖艶に微笑み、私を抱えて屋敷の中へと消えた。

背後では、カイル殿下の「さ、寒いいぃぃ! 誰かぁぁぁ!」という情けない悲鳴が響いていたが、私たちは完全に無視を決め込んだ。

こうして、カイル王太子の最後の悪あがきは、公爵の圧倒的な力(と愛の力)の前に粉砕された。

翌朝。
氷漬けのカイル殿下が回収され、いよいよ物語はクライマックスへ。

国王陛下による「最後の断罪」と、私たちが迎える「新たな始まり」。
全ての決着をつける時が来た。
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