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「――却下します」
ヴァルデマール公爵邸の大会議室。
私、メモリア・アッシュ(次期公爵夫人)の冷徹な声が響き渡った。
目の前に広げられているのは、王室御用達の結婚式プランナー、マダム・ポンパドールが作成した『結婚式進行表(案)』だ。
羊皮紙が三メートルくらいある。
「な、なぜですの!? メモリア様!」
派手な帽子を被ったマダムが、扇子を震わせて抗議する。
「この進行表は、王家直伝の伝統的なスタイルですわ! 新郎新婦の入場に三十分、主賓挨拶に一時間、お色直しは五回、そして感動のフィナーレまで、計十時間の壮大なスペクタクル! これぞ貴族の結婚式ですわ!」
「長すぎます」
私は赤ペンで進行表にバツ印をつけた。
「十時間も拘束されるなんて、拷問です。参列者の膀胱の許容量と、集中力の限界を計算に入れましたか? さらに、このスケジュールだと、閣下の糖分補給のタイミングがありません」
「と、糖分……?」
私は隣の席で、ウェディングケーキの試食(ホール食い)に勤しんでいるアレクシス公爵を見た。
「閣下。十時間、お菓子なしで座っていられますか?」
「無理だ。三時間で禁断症状が出て、会場を凍らせるかもしれん」
公爵はクリームを頬につけたまま即答した。
「ほらご覧なさい。リスクが高すぎます」
私はペンを走らせた。
「入場は三分。挨拶は各自二分で強制終了。お色直しは一回のみ。全工程を二時間半で完了させます」
「に、二時間半!? そんなの、カップラーメンを作るようなものですわ! 情緒も何もありません!」
「情緒よりも効率です。だらだらと長い式は、参列者にとっても迷惑です。『早く帰って寝たい』と思わせないのが、最高のおもてなしです」
「ぐぬぬ……!」
マダム・ポンパドールは唇を噛んだ。
彼女は「結婚式の鉄人」と呼ばれる強敵だ。
しかし、私も「鉄の女」と呼ばれた事務官。
負けるわけにはいかない。
「では、衣装はどうなさいますの!?」
マダムが次の議題を出した。
「お色直し五回を拒否されるなら、せめてウェディングドレスは最高級のものを! 裾の長さは二十メートル、総レースに真珠を五千個縫い付けた、重量三十キロの『聖なる白百合ドレス』をご用意しましたわ!」
使用人たちが、よろめきながらドレスを運んでくる。
重そうだ。
床がミシミシと言っている。
「……重装歩兵の装備ですか?」
私は呆れた。
「これを着て歩けと? バージンロードで転倒して圧死する未来しか見えません」
「愛の重さですわ!」
「物理的な重さはいりません。……却下。もっと軽くて動きやすい、機能的なドレスにしてください。有事の際に走れるレベルで」
「は、花嫁が走る想定なんてありませんわよ!?」
「私の人生、いつ何時、刺客(リナのような)が現れるかわかりませんので」
「……」
マダムは白目を剥きかけた。
「あー、マダム」
そこで、アレクシス公爵が口を挟んだ。
彼は三皿目のケーキを平らげ、優雅にナプキンで口を拭った。
「メモリアの言う通りにしてくれ」
「こ、公爵閣下まで!?」
「俺は、彼女が苦しむ姿は見たくない。……それに、俺はドレスを見たいんじゃない。ドレスを着た『メモリア』を見たいんだ」
公爵は私の手を取り、甲にキスをした。
「彼女が笑っていられるなら、ワンピース一枚でも構わん。……まあ、俺の隣に立つのだから、世界一美しい素材であることは譲れんが」
「……ッ!」
マダムは顔を赤くし、そしてハンカチで目頭を押さえた。
「な、なんてお熱い……! わかりましたわ! 愛の力には勝てません! ……プランを練り直します! 『高効率かつ世界一美しい』結婚式を!」
「よろしくお願いします。……納期は明日までで」
「明日!? 鬼ですわ!」
マダムは悲鳴を上げながら、スタッフを引き連れて退室していった。
「ふぅ。……強敵でしたね」
私は椅子に深く座り直し、眼鏡を外して眉間を揉んだ。
「お疲れ様、メモリア」
公爵が、新しい紅茶(激甘)を差し出してくれた。
「ありがとう……って、砂糖入れすぎです」
「疲労回復にはこれだ。……しかし、結婚式というのは大変なものだな」
「ええ。一大プロジェクトですから。予算管理、進行管理、リスクヘッジ……仕事と変わりません」
「俺は楽しみだぞ」
公爵は楽しそうに笑った。
「世界中に見せつけてやるんだ。『この最高の女は、俺の妻だ』とな。……カイルの時のような、政略的な婚約披露とは違う」
「……そうですね」
そう言われると、悪い気はしない。
かつてカイル殿下との婚約は、ただの「義務」だった。
式の内容も、王家の都合で決められ、私の意見など一つも通らなかった。
でも今は違う。
私が主導権を握り、彼がそれを支持してくれる。
これが「パートナー」というものか。
「閣下」
「ん?」
「……私も、楽しみにしておきます。二時間半のショートプログラムですが、中身は濃密にしますので」
「期待している。……ところで」
公爵が、いたずらっぽい顔をした。
「『初夜』のスケジュールはどうなっている?」
「……」
私は思わず紅茶を吹き出しそうになった。
「そ、そこは進行表には記載しません!」
「重要項目だろう? 俺としては、そこだけは『十時間』確保したいのだが」
「死にます。私の体力が持ちません」
「安心しろ。……回復魔法をかけながら愛してやる」
「そういう問題ではありません!」
顔が熱い。
この人は、真顔でとんでもないことを言う。
「冗談だ(半分は)。……無理はさせない」
公爵は立ち上がり、私の後ろから抱きついた。
「ただ……待ち遠しいだけだ。お前と、本当の意味で一つになる日が」
耳元での甘い囁き。
私は抵抗する力を失い、彼の腕の中で小さく頷いた。
「……私もです」
結婚式の準備は、まさに戦争だ。
マダム・ポンパドールとの戦い、招待客リスト(三千人)の精査、席次表のパズル、引き出物の選定……。
次から次へとタスクが降り注ぐ。
だが、不思議と苦痛ではなかった。
隣に、一緒に悩み、(主にケーキを食べながら)支えてくれる人がいるから。
そして数日後。
いよいよ、式の前日。
「独身最後の夜」が訪れる。
そこで私は、予期せぬ訪問者を迎えることになる。
敵か、味方か。
あるいは――過去の亡霊か。
ヴァルデマール公爵邸の大会議室。
私、メモリア・アッシュ(次期公爵夫人)の冷徹な声が響き渡った。
目の前に広げられているのは、王室御用達の結婚式プランナー、マダム・ポンパドールが作成した『結婚式進行表(案)』だ。
羊皮紙が三メートルくらいある。
「な、なぜですの!? メモリア様!」
派手な帽子を被ったマダムが、扇子を震わせて抗議する。
「この進行表は、王家直伝の伝統的なスタイルですわ! 新郎新婦の入場に三十分、主賓挨拶に一時間、お色直しは五回、そして感動のフィナーレまで、計十時間の壮大なスペクタクル! これぞ貴族の結婚式ですわ!」
「長すぎます」
私は赤ペンで進行表にバツ印をつけた。
「十時間も拘束されるなんて、拷問です。参列者の膀胱の許容量と、集中力の限界を計算に入れましたか? さらに、このスケジュールだと、閣下の糖分補給のタイミングがありません」
「と、糖分……?」
私は隣の席で、ウェディングケーキの試食(ホール食い)に勤しんでいるアレクシス公爵を見た。
「閣下。十時間、お菓子なしで座っていられますか?」
「無理だ。三時間で禁断症状が出て、会場を凍らせるかもしれん」
公爵はクリームを頬につけたまま即答した。
「ほらご覧なさい。リスクが高すぎます」
私はペンを走らせた。
「入場は三分。挨拶は各自二分で強制終了。お色直しは一回のみ。全工程を二時間半で完了させます」
「に、二時間半!? そんなの、カップラーメンを作るようなものですわ! 情緒も何もありません!」
「情緒よりも効率です。だらだらと長い式は、参列者にとっても迷惑です。『早く帰って寝たい』と思わせないのが、最高のおもてなしです」
「ぐぬぬ……!」
マダム・ポンパドールは唇を噛んだ。
彼女は「結婚式の鉄人」と呼ばれる強敵だ。
しかし、私も「鉄の女」と呼ばれた事務官。
負けるわけにはいかない。
「では、衣装はどうなさいますの!?」
マダムが次の議題を出した。
「お色直し五回を拒否されるなら、せめてウェディングドレスは最高級のものを! 裾の長さは二十メートル、総レースに真珠を五千個縫い付けた、重量三十キロの『聖なる白百合ドレス』をご用意しましたわ!」
使用人たちが、よろめきながらドレスを運んでくる。
重そうだ。
床がミシミシと言っている。
「……重装歩兵の装備ですか?」
私は呆れた。
「これを着て歩けと? バージンロードで転倒して圧死する未来しか見えません」
「愛の重さですわ!」
「物理的な重さはいりません。……却下。もっと軽くて動きやすい、機能的なドレスにしてください。有事の際に走れるレベルで」
「は、花嫁が走る想定なんてありませんわよ!?」
「私の人生、いつ何時、刺客(リナのような)が現れるかわかりませんので」
「……」
マダムは白目を剥きかけた。
「あー、マダム」
そこで、アレクシス公爵が口を挟んだ。
彼は三皿目のケーキを平らげ、優雅にナプキンで口を拭った。
「メモリアの言う通りにしてくれ」
「こ、公爵閣下まで!?」
「俺は、彼女が苦しむ姿は見たくない。……それに、俺はドレスを見たいんじゃない。ドレスを着た『メモリア』を見たいんだ」
公爵は私の手を取り、甲にキスをした。
「彼女が笑っていられるなら、ワンピース一枚でも構わん。……まあ、俺の隣に立つのだから、世界一美しい素材であることは譲れんが」
「……ッ!」
マダムは顔を赤くし、そしてハンカチで目頭を押さえた。
「な、なんてお熱い……! わかりましたわ! 愛の力には勝てません! ……プランを練り直します! 『高効率かつ世界一美しい』結婚式を!」
「よろしくお願いします。……納期は明日までで」
「明日!? 鬼ですわ!」
マダムは悲鳴を上げながら、スタッフを引き連れて退室していった。
「ふぅ。……強敵でしたね」
私は椅子に深く座り直し、眼鏡を外して眉間を揉んだ。
「お疲れ様、メモリア」
公爵が、新しい紅茶(激甘)を差し出してくれた。
「ありがとう……って、砂糖入れすぎです」
「疲労回復にはこれだ。……しかし、結婚式というのは大変なものだな」
「ええ。一大プロジェクトですから。予算管理、進行管理、リスクヘッジ……仕事と変わりません」
「俺は楽しみだぞ」
公爵は楽しそうに笑った。
「世界中に見せつけてやるんだ。『この最高の女は、俺の妻だ』とな。……カイルの時のような、政略的な婚約披露とは違う」
「……そうですね」
そう言われると、悪い気はしない。
かつてカイル殿下との婚約は、ただの「義務」だった。
式の内容も、王家の都合で決められ、私の意見など一つも通らなかった。
でも今は違う。
私が主導権を握り、彼がそれを支持してくれる。
これが「パートナー」というものか。
「閣下」
「ん?」
「……私も、楽しみにしておきます。二時間半のショートプログラムですが、中身は濃密にしますので」
「期待している。……ところで」
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「『初夜』のスケジュールはどうなっている?」
「……」
私は思わず紅茶を吹き出しそうになった。
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「重要項目だろう? 俺としては、そこだけは『十時間』確保したいのだが」
「死にます。私の体力が持ちません」
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次から次へとタスクが降り注ぐ。
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