悪役令嬢は、婚約破棄を祝杯で迎える !

パリパリかぷちーの

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結婚式の前夜。

公爵邸の私の部屋は、静かだった。
ドレスやアクセサリーは既に準備が整い、明日の朝を待っている。

しかし、私はベッドで眠る代わりに、執務机に向かっていた。

「……結婚式当日のリスクヘッジ最終チェック」

私は魔導具(タブレットのようなもの)の画面をタップしながら呟いた。

「リナ男爵令嬢の脱走確率、0.001%。カイル殿下の乱入確率、0.05%。……どちらも低めですが、非常時の公爵閣下の魔力抑制担当者を三名ほど配置しておくべきか」

「メモリア」

背後から、温かい声がかけられた。

「夜中の残業は禁止だと言っただろう」

アレクシス公爵が、マグカップを二つ持って入ってきた。
彼の服装は、ラフなローブ姿。
普段の威圧感はないが、背筋が伸びているせいで、それもまた様になっている。

「あと十五分で終わります。マニュアルは完璧にしておかないと、当日何かあった時、非効率ですので」

「何かあったら、俺が全て凍らせる。それくらい、誤差の範囲で処理しろ」

公爵は私の隣に座り、マグカップを一つ手渡してくれた。

「これでも飲んで、頭を冷やせ」

「ありがとうございます。……これは?」

「ホットチョコレートだ。……砂糖マシマシにしてある」

「優しさではなく、ただの糖分過多ですね」

私は苦笑しながらカップを受け取った。
けれど、一口飲むと、その温かさと甘さが、張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていくのを感じた。

「お前は、いつもギリギリまで気を張っている」

公爵が、私の肩に頭を乗せてきた。

「無理しなくていい。俺の前では、ただの『メモリア』でいろ。……最強の秘書官ではなく、ただの甘えん坊の女で」

「私は甘えん坊ではありません」

「知っている。だが、そうであってほしいと願っている」

公爵が私の髪にキスをする。

「明日は、俺の妻になるんだ。……最高の幸せに、全てを任せろ」

「……はい」

私は彼の腕にそっと頭を預けた。
この温かさが、私の『エネルギー源』だ。

その時。
控えめなノックが響いた。

「旦那様、メモリア様。夜分遅くに申し訳ございません。……お客様が」

執事長が扉を開けた。
そして、その奥に立っていた人物を見て、私は息を呑んだ。

「……お父様」

そこにいたのは、私の実父である元・アッシュ公爵だった。
公爵邸取り潰し後、遠方の領地で隠居生活を送っているはずだ。

彼の姿は、以前の傲慢さや怯えは消え、痩せ細り、老けていた。
粗末な外套を纏い、手には何も持っていない。

「メモリア……」

父は頭を下げた。

「こんな夜中にすまない。……ただ、一目、お前に会いに来た」

「……何のご用ですか」

私は冷たい声で尋ねた。
彼との間に、もう感情的な繋がりはない。

「明日の結婚式……私は、その、参列する資格がない。王家との揉め事の末路だ。……だが、最後に、お前に話しておきたいことがあった」

父は涙ぐんだ。

「私は……間違っていた。お前の優秀さを『道具』としてしか見ず、『可愛げがない』と見捨てた。その結果が、この惨状だ」

彼は静かに頭を下げた。

「カイル殿下という不良債権に縋り、お前という優良資産を捨てた。……私は、最低の父親だ」

初めて、父が心からの謝罪の言葉を口にした。

「……」

私はしばらく黙っていた。
もう憎しみはない。
ただ、静かに過去を清算したかった。

「お父様の謝罪、確かに承りました」

私は冷静に答えた。

「それがお父様自身の自己評価であれば、それで結構です。……過去は変わりません。ですが、その反省を、今後のご自身の人生に活かしてください」

父は顔を上げた。
そして、懐から、古びた、使い古された小箱を取り出した。

「これは……」

「お前の母親の形見だ。……昔、お前が『これがないと眠れない』と言っていただろう。幸せの御守りだ。……持っていてくれ」

父はそれだけを言い残し、深く一礼すると、足早に部屋を出て行った。
引き止めなかった。
それが、お互いにとって最も効率的な別れ方だと知っていたからだ。

「……行かせたのか」

公爵が静かに尋ねた。

「はい。……もう、私の人生の『負債』ではありません」

私はそっと小箱を開けた。
中に入っていたのは、小さな木彫りの鳥。
子どもの頃、母に作ってもらった、私だけの『護身符』だ。

「……」

「泣いてもいいぞ」

公爵が、私の頬に触れた。

「私は泣きません。……ですが、これは、過去との完全なる『決別証明書』です」

私は木彫りの鳥を握りしめた。
もう、後ろを振り返る必要はない。

「さて。感傷に浸る時間は終了です」

私は立ち上がると、公爵に向き合った。

「もう一度、明日、誓いの言葉を交わす前に、最終確認をさせてください」

「なんだ?」

公爵は面白そうに笑った。

「アレクシス様」

「はい、メモリア」

私は公爵の両頬に手を添え、まっすぐに見つめた。

「貴方が私に惚れたのは、本当に『私の知性や効率性』だけですか? ……それとも、ただの『ギャップ萌え』で、すぐに飽きませんか?」

「ふっ……」

公爵は私の鼻先にキスをした。

「どちらもだ。お前の完璧な頭脳に惚れたが、その裏にある不器用さや、酒好きで強がりなところが、俺を狂わせる」

彼は私の手を握りしめ、プロポーズの指輪を撫でた。

「俺は、非効率なまでに、お前という人間そのものに執着している。……一生、飽きることはない。なぜなら、お前という存在は、毎日新しい謎を提示してくるからな」

「……優秀な旦那様で安心しました」

私は満足げに微笑んだ。

「これで心置きなく眠れます。……おやすみなさい、アレクシス様」

「ああ。……おやすみ、俺の最愛の妻(・・)よ」

公爵は、私の額に深いキスを残して、部屋を出て行った。

一人残された私は、ベッドに入り、母の形見を胸に抱きしめた。
窓の外には、満月。

明日は、人生最速で完了する予定の『結婚式(プロジェクト)』。
完璧な計画だ。

だが、この夜、公爵邸に忍び込む、もう一人の『亡霊』の影に、私はまだ気づいていなかった。
それは、最後の最後で、この完璧な結婚式を破壊しようとする、過去からの負の遺産だった。

「ふふふ……間に合ったわね」

深夜の公爵邸の裏庭。
ボロボロの作業着を着た男が、静かに土を掘り返していた。
彼の顔は、かつての王子の面影を残しながら、疲労と狂気に歪んでいる。

「叔父上とメモリアの結婚式……こんな、こんな間違い、僕が止めなきゃいけないんだ!」

カイル王太子だ。
追放されたはずの彼が、なぜここに?

彼の手元には、一本の怪しげな薬が握られていた。
そして、彼の目的は、ウェディングケーキへの『毒』の投入。
狂った元婚約者の、最後の抵抗が始まろうとしていた。
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