悪役令嬢は、婚約破棄を祝杯で迎える !

パリパリかぷちーの

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結婚式当日。

朝五時。
私は既に目覚め、最終的な席次表のチェックを終えていた。
隣のベッドで眠る公爵の寝顔は穏やかだ。

(完璧なスケジュールです)

今日の結婚式は、全工程二時間半という前代未聞のスピード婚だ。
全ては私の手によって、無駄を排除し、効率性を極めた設計になっている。
あとは、この通りに実行するだけ。

コンコン。

扉がノックされ、公爵家の侍女長が入ってきた。

「メモリア様。お早いお目覚めですね」

「はい。完璧な一日は、完璧な始まりから。……それで、何か問題でも?」

侍女長の表情が、僅かに曇っているのに気づいた。

「実は……。ご報告がございます」

「まさか、カイル殿下が脱走を?」

「いえ。それどころでは……」

侍女長が震える声で告げた。

「カイル殿下が、先ほど、裏口のゴミ捨て場付近で拘束されました」

「……ゴミ捨て場?」

「はい。しかも、コック帽を被り、ウェディングケーキに、何か紫色の液体を注入しようとしていたところを、深夜警備の魔導ゴーレムに発見されまして……」

私は大きくため息をついた。

「……愚かにも程がありますね」

ウェディングケーキへの毒物混入。
リナの使った秘薬(期限切れ)の残りを、カイル殿下が使おうとしたのだろう。
最後の、最大に悪趣味な悪あがきだ。

「ケーキの安全性は?」

「シェフが即座に隔離し、廃棄処分となりました」

「わかりました」

私は感情を一切込めずに言った。

「パニックになる時間も、怒る時間も、非効率です。……侍女長、指示を」

「は、はい!」

「まず、第一に。カイル殿下を『再度』氷漬けにし、王家へ身柄を引き渡してください。罪状は『殺人未遂(間接的)』。二度と逃げ出せないよう、今回は特殊な結界をかけてください」

「はっ!」

「第二に。ウェディングケーキは『プランB』へ移行。特注のシャンパンタワーを中央に据え、代わりのケーキは、公爵お気に入りのパティスリーの小型ケーキで代用します。スケジュールへの影響は、五分の遅延で抑えられます」

「第三に。この件を、公爵閣下には一切伝えないでください」

「えっ!?」

侍女長が驚いた。

「なぜです? 閣下は……」

「私が傷つけられたことよりも、結婚式が台無しになったことよりも、閣下は『カイル殿下の愚行』に腹を立てます。怒りで魔力を暴走させ、結婚式場を氷の宮殿に変えてしまうリスクがあります。そんなリスクは回避すべきです」

私はニヤリと笑った。

「最高の結婚式は、完璧な『隠蔽工作』によって守られるのです」

「……は、はい。承知いたしました」

侍女長は、私の冷静な判断力と、公爵への配慮(と恐ろしさ)に、深く頷いた。

***

時計の針は、午前十時を指す。
結婚式は、定刻通りに始まった。

会場は、公爵家の広大な庭園。
伝統的な豪華絢爛さよりも、洗練されたモダンな美しさに溢れている。

招待客は皆、優雅だ。
誰もが昨夜の裏の騒動など知る由もない。

「メモリア嬢、とても美しいですよ」

「ありがとう。……歩きやすいドレスを選びましたので」

父代わりとして私をエスコートするのは、アレクシス公爵の兄君、国王陛下だ。
陛下は私を優しい目で見つめた。

「カイルのせいで、其方の人生を危うくするところだった。……本当に、すまない」

「もう済んだことです、陛下。私は、過去の負債ではなく、未来の資産に投資することに決めましたので」

「……ああ。そうか」

陛下は晴れ晴れとした顔で頷き、私を公爵のもとへと送り出した。

祭壇の前で待つアレクシス公爵。
彼の顔は、いつもの冷静さとは裏腹に、少し緊張しているのがわかった。

(可愛いですね)

その緊張を和らげようと、私はそっと彼にだけ聞こえるように囁いた。

「閣下。……現在の進行率は98%です。ほぼ定刻通りです」

公爵は私の囁きに、フッと笑った。
緊張が解けたようだ。

「さすがだ、メモリア。……お前は、この世で最も完璧な秘書官だ」

「ありがとうございます。……では、契約を始めましょうか」

「ああ、永遠の契約を」

司祭の厳かな声が響き渡る。

「アレクシス・ヴァルデマール公爵。あなたは、メモリア・アッシュを妻とし、健やかなる時も、病める時も、貧しき時も、富める時も、愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

公爵は私の手を取り、強い力で握りしめた。
彼の瞳は、私だけを映している。

「誓う。……彼女の合理性も、可愛げのなさも、全てを愛し、一生のパートナーとすることを、ここに誓う」

「メモリア・アッシュ嬢。あなたは、アレクシス・ヴァルデマール公爵を夫とし、愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

私は一呼吸置いた。
そして、マニュアルにはない、私自身の言葉で答えた。

「はい。誓います」

「彼の、冷徹さの裏にある優しさも、無防備な甘党なところも、私のことを必要としてくれる弱さも、全てを管理し、サポートすることを、ここに誓います」

誓いの言葉は、愛の詩ではない。
互いの欠点と、それを補い合う役割分担を再確認するものだった。

それが、私たち二人の愛の形だった。

指輪の交換。
公爵の唇が、私の唇に優しく触れる。
長い、愛のキス。

会場中から拍手と歓声が湧き起こる。

「キスが長すぎます! スケジュールが遅れますよ!」

私は公爵の胸を軽く叩いた。
公爵は笑いながら、私を抱きしめる。

「今日くらいは、非効率も許されるだろう。……愛している」

「はい。私もです」

こうして、私たちの結婚式は、無事に(そして驚異的な効率で)幕を閉じた。

カイル殿下の最後の悪あがきは、私の「リスクヘッジ」と「効率性」という名の魔法によって、完全に無力化されたのだ。

「さて、次は新婚旅行(視察)のスケジュール確認ですね」

私は公爵の手を取り、次のステージへと歩み出した。
残るは、最高潮のフィナーレ。

「悪役令嬢」から「冷徹公爵夫人」となった私の物語は、この幸せな乾杯で、本当の意味での終幕を迎える。
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