スパイ令嬢は婚約破棄されたい! 王子が甘すぎて任務になりません!

パリパリかぷちーの

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「……昨日の『燃える愛のスープ』、結局、騎士団の正式な非常食として採用が内定しました。帝国軍の士気を削ぐつもりが、バルマ王国の国防を強化してどうするんですか、あなたは」

今朝もまた、セシルの氷のような声が部屋に響く。
私はベッドの上で毛布を被り、芋虫のように丸まっていた。
もう、外に出たくない。スパイとしての自信が、音を立てて崩れ去っていくのを感じる。

「……だって、殿下が。あんなに汗をかきながら、完食してくれたんだもの……。あんなの、惚れ直す以外にどうしろって言うのよ……」

「惚れ直してどうするんですか。我々の任務は『嫌われて追放されること』です。忘れたとは言わせませんよ」

セシルが無理やり毛布を剥ぎ取り、私を鏡の前に立たせた。
鏡に映る私は、確かに公爵令嬢としての気品に満ちている――ように見えるが、その内面はただの「王子様大好きスパイ」である。

「いいですか、アーニー。今日の夜会は重要です。多くの貴族が集まる場所で、あなたが『他国と通じている怪しい動き』を見せるのです。あからさまにスパイ活動をしているフリをして、それを王子に見つけさせなさい」

「え、それって、ただの自白じゃない?」

「いいえ、『不器用なスパイのふり』をするのです。そうすれば、王子も流石に『この女を置いておくと国家の危機だ』と判断し、婚約破棄と国外追放を命じるはずです」

セシルの作戦はこうだ。
夜会の最中、庭園の物陰でわざとらしく通信機を使い、帝国の仲間に機密情報を流している場面を王子に目撃させる。
これなら、どれだけポジティブな王子でも「浮気」や「贅沢」とは次元の違う「裏切り」として処理してくれるはずだ。

「……わかったわ。これが最後のチャンスね。絶対に成功させてみせるわ!」

私はドレスの髪飾りに擬装した最新型の超小型通信機をセットした。
これは発信者の「脳波」を読み取り、微弱な電波で音声を送る優れものだ。
しかし、唯一の欠点は、感情が高ぶりすぎると「心の声」をそのまま垂れ流してしまうという、極めて繊細な試作機であることだった。

夜。王宮の広い庭園は、夜会から抜け出した恋人たちの囁き声で満ちていた。
私は計画通り、バルコニーから離れた巨大な噴水の裏側へと移動した。

「……よし、ここなら殿下が追いかけてくるはず。セシル、準備はいい?」

「いつでもどうぞ。王子は今、バルコニーからこちらを見ています。計画通り、怪しさ全開で始めてください」

私はゴクリと唾を飲み込んだ。
よし、いくわよ。帝国の名誉にかけて。

私は髪飾りのスイッチを入れ、空に向かってあざとく囁いた。

「……あ、あー。こちらアーニー。聞こえるかしら、帝国の同志たちよ。今、私はバルマ王国の喉元に深く突き刺さっているわ。王子の心は完全に掌握した。これから王宮の地下倉庫にある、禁断の秘宝の地図を……地図を……」

(……ああ、それにしても、さっきの殿下の正装姿、かっこよかったわ。あのタイの色、私のドレスに合わせてくれたのかしら。好き。大好き。結婚したい。あ、もう婚約してたわ。でも本当の結婚がしたい。殿下と毎日一緒に朝食を食べて、たまにふざけ合って押し倒されたりしたいわ……!)

「ちょっ……! アーニー! 心の声が漏れてます! 電波に乗ってますよ!」

セシルの焦った声が通信機から聞こえる。
しかし、一度暴走を始めた私の脳内ピンク色の妄想は止まらない。

(……殿下、今頃何してるかしら。私を探して困った顔をしてるのも素敵。あの困り眉を指でなぞって、そのまま……んふふ……)

「アーニー、こんなところで何を……?」

背後から、聞き慣れた、そして世界で一番大好きな声がした。
私は飛び上がり、慌ててスイッチを切ろうとしたが、焦れば焦るほど指が滑ってスイッチを「最大出力」にしてしまった。

「で、ででで、殿下!? いつからそこに!?」

アルフレッド王子は、月明かりの下で困惑した表情を浮かべて立っていた。
そして、不思議そうに自分の耳のあたりを押さえている。

「……不思議なんだ。どこからか、君の可愛い声が聞こえてくる。僕と朝食を食べたいとか、押し倒されたいとか……そういう、とても情熱的な……」

「なっ、ななな……!!」

嘘でしょ。
最新型の通信機が、あろうことか王子のつけている「カフスボタン(実は以前、私がプレゼントした盗聴器兼通信機)」と共鳴している!?

「これは……! これには深い、深いスパイ的な意図がありましてよ!」

私は真っ赤になって叫んだ。
殿下は、ゆっくりと私に近づいてくる。
その瞳は、いつになく真剣で、そして深い慈しみに満ちていた。

「……アーニー。君はいつも、魔法のような方法で愛を伝えてくれるね」

「……はい?」

「こんな不思議な道具まで使って、僕の耳元で甘い囁きを届けてくれるなんて。……テレパシーかな? それとも、君の国に伝わる秘術かい?」

殿下は私の手を取り、そのまま噴水の縁に座らせた。
私の頭の中では、まだ「押し倒されたい」というフレーズがエコーのように鳴り響いている。

「殿下……、今のを聞いて、怒らないのですか? 私は、その、不謹慎なことを考えていたのですわよ!」

「怒るわけがないだろう。婚約者が僕との甘い生活を夢見てくれているなんて、男冥利に尽きるよ。……地図の話も、あれだろう? 僕たちの新婚旅行で行きたい場所のリストだね」

「……えっ?」

「『禁断の秘宝』……。それはきっと、二人で過ごす『幸福な時間』の比喩だ。ああ、アーニー。君はなんて詩的なんだ。スパイのように忍び込み、僕の心の中に愛の爆弾を仕掛けていくんだね」

殿下の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
彼の鼻先が私の鼻先に触れ、熱い吐息が唇にかかる。

「……爆弾は、もう爆発してしまったよ。僕の心は、君という名の炎で粉々だ。……どうしてくれるんだい?」

「あ……あぅ……」

無理。これ以上は、スパイの心臓が持たない。
私はあまりの恥ずかしさとときめきで、そのまま白目を剥いて王子の腕の中に倒れ込んだ。

「アーニー!? ……ああ、愛の重さに耐えかねて気を失うなんて。なんて純粋な人なんだ……!」

意識が遠のく中で、私はセシルの絶望的な声を聞いた。

「……通信終了。アーニー、あなたもう、帰ってこなくていいですよ。そのままバルマ王国の国宝にでもなってください……」

私のスパイとしてのキャリアは、この日、完全に「愛の電波」によって打ち砕かれたのである。
翌日の新聞には、『王子と公爵令嬢、庭園にて愛の交信。二人の絆は魔法をも超える』という見出しが躍ることになった。
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