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「……おはようございます、アーニー。昨日の『アーニー・フォーチュン・基金』の運用益が、一晩で国家予算の一割を超えたそうです。帝国からは『お前、向こうの財務大臣にヘッドハンティングされたのか』という、遺憾砲が撃ち込まれています」
今朝のセシルの声は、もはや怒りを通り越して、悟りを開いた僧侶のような静けさを湛えていた。
私は枕に顔を埋め、朝から激しく悶絶していた。
「……もうだめ。何をやっても裏目に出る。私は国家を壊しに来たスパイなのに、どうして私の歩いた後にペンペン草も生えないどころか、金貨の成る木がニョキニョキ生えてくるのよ……!」
「あなたの存在そのものが、バルマ王国の幸運の女神として定義されつつあります。本国は激怒していますよ。このままだと、任務失敗の責任を取らされて、あなたは一生『干し肉の紐を通すだけの作業』を命じられることになります」
「それは嫌あああああ! 私の華麗なスパイ人生が、そんなシュールな終わり方を迎えるなんて耐えられないわ!」
私はベッドから飛び起きた。
セシルは無表情に私の着替えを準備しながら、次の、そしてこれまでで最も「消極的」な作戦を提示した。
「いいですか、アーニー。これまでは、あなたが良かれ悪かれ『動く』からいけなかったのです。今度はその逆。何もしない。徹底的に『怠惰』を貫くのです」
「怠惰……?」
「ええ。今日は帝国の外交官が、公式な挨拶に来る日です。本来なら公爵令嬢として、そして婚約者として、あなたは完璧な礼儀で彼らをもてなさなければなりません。……それを、あえてボイコットするのです」
セシルの作戦はこうだ。
外交官が待つ広間に一切顔を出さず、昼過ぎまで寝間着のままベッドでゴロゴロし、お菓子を食べて過ごす。
国賓を無視するその不作法、その怠惰。これこそが、王妃としてもっともあってはならない資質――『責任感の欠如』である。
「なるほど……! 何もせず、ただダラダラするだけでいいのね。それなら、今の疲れ切った私にぴったりだわ!」
数時間後。王宮の最高客室。
私はシルクの寝間着のまま、山盛りのクッキーとケーキに囲まれ、ベッドの上でだらしないポーズを決めていた。
セシルが扉の向こうで「アーニー様は現在、深刻な自堕落モードに入っておられ、陛下や殿下、ましてや他国の外交官とお会いする気などさらさらございません」と、わざとらしく触れ回っている。
「……よし。これで殿下も『こんなだらしない女に国を任せられない』と呆れるはずよ」
私は口の周りに生クリームをつけ、あえて行儀悪く足を放り出した。
すると、扉がバタンと開き、案の定アルフレッド殿下が現れた。
彼は、外交用の正装に身を包んでいたが、私のその「無様」な姿を見るなり、ハッとしたようにその場に立ち尽くした。
「……アーニー! 君、そんな姿で……!」
(そうよ、殿下! もっと驚きなさい! このだらしなさこそ、私の本性! さあ、外交官の方々に『婚約者のしつけがなっていない』と叱責されるがいいわ!)
私はわざとあくびをしてみせ、クッキーをボリボリと音を立てて噛み砕いた。
「あら殿下。……見ての通りですわ。私、今日はお会いする気になれませんの。お外は眩しいし、着替えるのも面倒だし……。もう一生、このベッドの上でジャガイモのように過ごしたい気分ですわ。さあ、私を軽蔑して、婚約破棄を言い渡してくださいまし!」
私はこれ以上ないほど「やる気のない女」を演じた。
殿下は一瞬、震える手で口元を覆い、そのまま私に駆け寄ってきた。
そして、私の枕元に膝をつくと、感極まったような声を出したんだ。
「……ああ! なんてことだ、アーニー! 君はそこまで……そこまで深く、世界平和のことを考えていたんだね!」
「……は?」
「君は知っていたんだろう? 今日来る帝国の外交官たちが、実は水面下で『バルマ王国の弱点』を探り、挑発を仕掛けてこようとしていることを」
「……え、そうなの?」
殿下は私の手を取り、その「自堕落な姿」を敬虔な目で見つめた。
「君は、あえてこの『究極の脱力』を見せることで、彼らの毒気を抜こうとしているんだね! 殺気立ってやってきた彼らに対し、『私はジャガイモになりたい』という無欲の境地を提示する。……これは、古の賢者が到達した『無為自然』の教えそのものじゃないか!」
「……殿下、あの、私はただ寝ていたいだけで……」
「隠さなくていい! 君が寝間着でいるのは、『隠し事は何もない』という究極の誠実さの表れだ! そしてお菓子を食べているのは、『飽食と平和』の象徴! 君という存在が放つ『ダラダラ感』が、王宮を包む緊張感を緩和し、戦争を未然に防いでいるんだよ!」
殿下は立ち上がり、扉の外にいる外交官たちに向かって、誇らしげに叫んだ。
「諸君! 我が婚約者の姿を見るがいい! これこそが、我がバルマ王国の『心の豊かさ』だ! 争いも、策略も、この『究極の休息』の前には無意味だ! 君たちも、彼女を見習って、今日は会議を中止して一緒に昼寝をしようじゃないか!」
「……ええええええ!?」
外交官たちは、最初こそ呆然としていたが、殿下のあまりの熱弁と、私のあまりにも幸せそうな「自堕落っぷり」を見て、次第に肩の力が抜けていったらしい。
「……確かに、我々も張り切りすぎていたかもしれん」「平和とは、ジャガイモのように過ごせる自由のことだったな」と、口々に言い始めたのだ。
通信機から、セシルの呪詛が過去最大級の音量で響く。
『アーニー。おめでとうございます。あなたの「ジャガイモ宣言」により、帝国との緊張関係が劇的に緩和されました。……というか、あなた、自分の顔にクリームがついているのも忘れて、本気で幸せそうに寝転んでどうするんですか。……この、寝ぼけスパイめ』
「……そんな、外交問題が、昼寝一回で解決しちゃうなんて……」
私は殿下によって「平和の象徴(ポテト・プリンセス)」としてベッドごと担ぎ上げられ、そのままバルコニーへと運ばれた。
国民たちからは「アーニー様が寝ておられる! この国は今日も平和だ!」と、熱烈な歓声が上がった。
私の「怠惰なボイコット」は、いつの間にか「国家間の緊張を解きほぐす、無欲の外交」へと昇華されてしまったのである。
そして翌日、帝国の流行語大賞には『ジャガイモになる自由』がノミネートされることになった。
今朝のセシルの声は、もはや怒りを通り越して、悟りを開いた僧侶のような静けさを湛えていた。
私は枕に顔を埋め、朝から激しく悶絶していた。
「……もうだめ。何をやっても裏目に出る。私は国家を壊しに来たスパイなのに、どうして私の歩いた後にペンペン草も生えないどころか、金貨の成る木がニョキニョキ生えてくるのよ……!」
「あなたの存在そのものが、バルマ王国の幸運の女神として定義されつつあります。本国は激怒していますよ。このままだと、任務失敗の責任を取らされて、あなたは一生『干し肉の紐を通すだけの作業』を命じられることになります」
「それは嫌あああああ! 私の華麗なスパイ人生が、そんなシュールな終わり方を迎えるなんて耐えられないわ!」
私はベッドから飛び起きた。
セシルは無表情に私の着替えを準備しながら、次の、そしてこれまでで最も「消極的」な作戦を提示した。
「いいですか、アーニー。これまでは、あなたが良かれ悪かれ『動く』からいけなかったのです。今度はその逆。何もしない。徹底的に『怠惰』を貫くのです」
「怠惰……?」
「ええ。今日は帝国の外交官が、公式な挨拶に来る日です。本来なら公爵令嬢として、そして婚約者として、あなたは完璧な礼儀で彼らをもてなさなければなりません。……それを、あえてボイコットするのです」
セシルの作戦はこうだ。
外交官が待つ広間に一切顔を出さず、昼過ぎまで寝間着のままベッドでゴロゴロし、お菓子を食べて過ごす。
国賓を無視するその不作法、その怠惰。これこそが、王妃としてもっともあってはならない資質――『責任感の欠如』である。
「なるほど……! 何もせず、ただダラダラするだけでいいのね。それなら、今の疲れ切った私にぴったりだわ!」
数時間後。王宮の最高客室。
私はシルクの寝間着のまま、山盛りのクッキーとケーキに囲まれ、ベッドの上でだらしないポーズを決めていた。
セシルが扉の向こうで「アーニー様は現在、深刻な自堕落モードに入っておられ、陛下や殿下、ましてや他国の外交官とお会いする気などさらさらございません」と、わざとらしく触れ回っている。
「……よし。これで殿下も『こんなだらしない女に国を任せられない』と呆れるはずよ」
私は口の周りに生クリームをつけ、あえて行儀悪く足を放り出した。
すると、扉がバタンと開き、案の定アルフレッド殿下が現れた。
彼は、外交用の正装に身を包んでいたが、私のその「無様」な姿を見るなり、ハッとしたようにその場に立ち尽くした。
「……アーニー! 君、そんな姿で……!」
(そうよ、殿下! もっと驚きなさい! このだらしなさこそ、私の本性! さあ、外交官の方々に『婚約者のしつけがなっていない』と叱責されるがいいわ!)
私はわざとあくびをしてみせ、クッキーをボリボリと音を立てて噛み砕いた。
「あら殿下。……見ての通りですわ。私、今日はお会いする気になれませんの。お外は眩しいし、着替えるのも面倒だし……。もう一生、このベッドの上でジャガイモのように過ごしたい気分ですわ。さあ、私を軽蔑して、婚約破棄を言い渡してくださいまし!」
私はこれ以上ないほど「やる気のない女」を演じた。
殿下は一瞬、震える手で口元を覆い、そのまま私に駆け寄ってきた。
そして、私の枕元に膝をつくと、感極まったような声を出したんだ。
「……ああ! なんてことだ、アーニー! 君はそこまで……そこまで深く、世界平和のことを考えていたんだね!」
「……は?」
「君は知っていたんだろう? 今日来る帝国の外交官たちが、実は水面下で『バルマ王国の弱点』を探り、挑発を仕掛けてこようとしていることを」
「……え、そうなの?」
殿下は私の手を取り、その「自堕落な姿」を敬虔な目で見つめた。
「君は、あえてこの『究極の脱力』を見せることで、彼らの毒気を抜こうとしているんだね! 殺気立ってやってきた彼らに対し、『私はジャガイモになりたい』という無欲の境地を提示する。……これは、古の賢者が到達した『無為自然』の教えそのものじゃないか!」
「……殿下、あの、私はただ寝ていたいだけで……」
「隠さなくていい! 君が寝間着でいるのは、『隠し事は何もない』という究極の誠実さの表れだ! そしてお菓子を食べているのは、『飽食と平和』の象徴! 君という存在が放つ『ダラダラ感』が、王宮を包む緊張感を緩和し、戦争を未然に防いでいるんだよ!」
殿下は立ち上がり、扉の外にいる外交官たちに向かって、誇らしげに叫んだ。
「諸君! 我が婚約者の姿を見るがいい! これこそが、我がバルマ王国の『心の豊かさ』だ! 争いも、策略も、この『究極の休息』の前には無意味だ! 君たちも、彼女を見習って、今日は会議を中止して一緒に昼寝をしようじゃないか!」
「……ええええええ!?」
外交官たちは、最初こそ呆然としていたが、殿下のあまりの熱弁と、私のあまりにも幸せそうな「自堕落っぷり」を見て、次第に肩の力が抜けていったらしい。
「……確かに、我々も張り切りすぎていたかもしれん」「平和とは、ジャガイモのように過ごせる自由のことだったな」と、口々に言い始めたのだ。
通信機から、セシルの呪詛が過去最大級の音量で響く。
『アーニー。おめでとうございます。あなたの「ジャガイモ宣言」により、帝国との緊張関係が劇的に緩和されました。……というか、あなた、自分の顔にクリームがついているのも忘れて、本気で幸せそうに寝転んでどうするんですか。……この、寝ぼけスパイめ』
「……そんな、外交問題が、昼寝一回で解決しちゃうなんて……」
私は殿下によって「平和の象徴(ポテト・プリンセス)」としてベッドごと担ぎ上げられ、そのままバルコニーへと運ばれた。
国民たちからは「アーニー様が寝ておられる! この国は今日も平和だ!」と、熱烈な歓声が上がった。
私の「怠惰なボイコット」は、いつの間にか「国家間の緊張を解きほぐす、無欲の外交」へと昇華されてしまったのである。
そして翌日、帝国の流行語大賞には『ジャガイモになる自由』がノミネートされることになった。
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