スパイ令嬢は婚約破棄されたい! 王子が甘すぎて任務になりません!

パリパリかぷちーの

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「……おはようございます、アーニー。昨日の『ジャガイモ外交』の結果、バルマ王国のジャガイモ輸出額が前年比三百パーセントを記録しました。我が帝国では現在、あなたの肖像画にダーツの矢を投げるのが流行っているそうですよ」

朝の光が眩しい。
しかし、セシルの報告はそれ以上に私の精神を暗く沈ませる。
私は豪華な朝食を前に、力なくフォークを置いた。

「セシル……もういいわ、もうわかったわ。私はスパイ失格よ。何をしてもこの国を豊かにし、殿下を喜ばせ、民衆に愛されてしまう……。私は死神になりたかったのに、どうして招き猫扱いなのよ!」

「招き猫ならまだ可愛げがあります。今のあなたは『歩く打ち出の小槌』です。本国からの通信によれば、『もし次も失敗したら、お前の実家の干し肉蔵を爆破する』とのことです」

「なんですって!? あそこには私が十代かけて収集した、ヴィンテージ干し肉が眠っているのよ! それだけは……それだけは何としても守らなきゃいけないわ!」

干し肉蔵爆破の危機。
それはスパイとしての名誉よりも、私の食欲とアイデンティティを揺るがす重大事だった。
私は立ち上がり、拳を固く握った。

「いいわ、セシル。今度こそ、今度こそ殿下のプライドをズタズタにしてやるわ! これまでは私の『行動』が裏目に出ていた。なら今度は、彼の『アイデンティティ』を直接攻撃するのよ!」

「ほう。具体的には?」

「肖像画よ! 殿下は自分の容姿に自信があるはず。それを、私の『芸術的感性』で徹底的に辱めてやるのよ!」

セシルの提案は、これまでにないほど具体的だった。
殿下をモデルに肖像画を描き、それを「最高にブサイクで、怪物のように」仕上げる。
そして、それを王宮の回廊に飾り、「これこそが私の見た殿下の真の姿ですわ!」と言い放つのだ。
いかに愛の深い殿下でも、自分の顔を化け物のように描かれて、笑っていられるはずがない。

「わかったわ、セシル。私のスパイ技術の中には、ターゲットの顔を正確に模写する技能があるけれど……今回はそのすべてを『逆』に使うわ!」

数時間後。王宮の美しいバラ園に、イーゼルが立てられた。
モデルとして椅子に座るのは、今日も今日とて後光が差しているアルフレッド殿下だ。

「アーニー、僕を描いてくれるなんて光栄だよ。君の瞳に僕がどう映っているのか、ずっと知りたいと思っていたんだ」

殿下は、彫刻のような微笑みを私に向けてくる。
そのあまりの美しさに、私の心臓が「描きたい! 一生そのままの姿で保存したい!」と叫び声を上げるが、私はそれを無理やり抑え込んだ。

(ダメよ、アーニー! これは任務! 干し肉蔵を守るための戦いなのよ!)

私は絵筆を握り、キャンバスに向かった。
私の脳内には、殿下の完璧な造形がインプットされている。
それをあえて歪め、引き伸ばし、色彩を毒々しく濁らせていく。
目は三つ、口は耳まで裂け、肌の色は腐った沼のような緑色。
背景には、絶望に震える民衆の姿(のつもりで描いたナメクジのような塊)を配置した。

「……できたわ。これこそが、私の見た『アルフレッド殿下』の正体ですわ!」

私はわざとらしく、冷酷な笑みを浮かべてキャンバスを殿下に向けた。
バラ園に控えていた侍従たちが、その絵を見た瞬間に「ひっ……!」と短く悲鳴を上げる。
よし、反応は上々だ。
さあ、殿下。これを見て怒りなさい! 「僕をこんな風に思っていたのか!」と、婚約破棄を叫びなさい!

しかし、アルフレッド殿下は、その「地獄の絵画」をじっと見つめたまま、微動だにしなかった。
……数分後、彼の肩が小さく震え始めた。

(……来たわ! 怒りで震えているんだわ! さあ、くるわよ!)

「……ああ……! アーニー、君という人は……!」

殿下が顔を上げた。
その瞳からは、ボロボロと大粒の涙が溢れ落ちていた。
彼は椅子から立ち上がり、私の描いた「化け物の絵」の前に跪いた。

「……殿下?」

「……驚いたよ。君には、僕の『覚悟』がここまで正確に見えていたんだね」

「……はぁ? 覚悟?」

殿下は震える手で、私が「三つの目」として描いた異様な物体をなぞった。

「この三つの目は……『過去を省み、現在を注視し、未来を見据える』という、王としての重責を表しているんだろう? そしてこの裂けた口は、民の声を一言も漏らさず聞き入れるという決意……」

「……いや、それはただの……」

「さらに、この緑色の肌! これは、僕がいかなる汚名や毒を浴びようとも、この国を最後まで守り抜くという『不屈の生命力』の象徴だね。……そして背景のこれは……僕が守るべき、愛おしい民草の命の煌めき……!」

殿下は絵に向かって深々と頭を下げ、それから私を情熱的に抱き寄せた。

「アーニー! 僕自身でさえ気づいていなかった、僕の『内なる魂』を、君はこれほどまでに美しく……いや、神々しく描き出してくれた! 外見の美しさに惑わされず、僕の泥臭い本質を愛してくれるのは、世界中で君だけだ!」

「ち、違いますわ殿下! それ、ただ単に殿下をブサイクに描いただけなんですのよ!? これっぽっちも褒めてませんわよ!」

「謙遜しなくていいんだ! 君の描いたこの『深淵の肖像画』は、我が国の国宝に指定しよう。そして、国民全員に配布する。……『王は常に、このように醜く汚れ、傷つきながらも君たちを守っているのだ』という、最高の教育資料になるはずだ!」

「……えええええええ!?」

殿下の言葉に、周囲の侍従たちも「おおお!」「なんという深い慈愛!」「アーニー様は殿下の魂の伴侶だ!」と、一斉に涙を流して拍手を始めた。

通信機から、セシルの死人のような声が響く。
『アーニー。おめでとうございます。あなたの描いた「地獄絵図」が、バルマ王国の新紙幣の図案候補に選ばれました。……というか、あなた、自分の恋心を絵筆に乗せすぎて、歪めたはずの線にまで「愛の重み」が宿ってどうするんですか。……この、天才芸術家スパイめ』

「……そんな、私の芸術センスが、まさかの国家予算のデザインに採用されるなんて……」

私は殿下の胸の中で、再び絶望の淵に立たされた。
私の「辱めの肖像画」は、いつの間にか「王子の高潔な魂を暴き出した、世紀の傑作」へと昇華されてしまったのである。
そして翌日、王都の画廊では『アーニー派:心の真実を写す絵画展』が開催され、空前の大ヒットを記録することになった。
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