スパイ令嬢は婚約破棄されたい! 王子が甘すぎて任務になりません!

パリパリかぷちーの

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「……おはようございます、アーニー。昨日のガーデニング教室、大盛況だったそうですね。ルチアは今、朝の五時から王宮の土を耕しながら『アーニー様、一生ついていきます!』と叫んでいます。刺客すら魅了するあなたの求心力には脱帽しますよ」

セシルの声は、もはや乾ききった砂漠のようだった。
私は朝食のクロワッサンを齧りながら、窓の外で元気にシャベルを振るうルチアの姿を遠い目で見つめた。

「……もう、どうすればいいのよ。協力者まであっち側に取り込まれちゃって。ルチアなんて、今や私の『熱狂的な信者』の一員よ? スパイのプライドなんて、バラの肥料と一緒に埋めちゃったみたいだわ」

「嘆いている時間はありません。帝国の干し肉蔵のカウントダウンは止まらないのです。……そこで、アーニー。今回は原点に立ち返りましょう。スパイとしての真骨頂、『国家機密の窃盗』です」

セシルが私の前に一枚の古びた鍵を差し出した。
それは、王宮の最深部にある「禁忌の書庫」を開けるための鍵(のスペア)だった。

「いいですか。今夜、あなたはこの鍵を使って書庫に忍び込み、我が国の防衛ラインが記された『バルマ王国極秘防衛マップ』を盗み出しなさい。それを、あえて王子に見つかるように持ち出すのです」

「……国家機密の盗難。流石に、これは笑って許されるレベルじゃないわよね?」

「当然です。それは国家反逆罪に相当します。死刑……とまではいかなくとも、即座に婚約破棄、そして国外追放は免れません。これこそが、我々スパイに与えられた究極の脱出路です」

私はゴクリと唾を飲み込み、鍵を握りしめた。
そうだ。浮気も怠惰も芸術もダメなら、物理的に「国の害」になるしかない。
ごめんなさい、殿下。でも、これでやっと……やっと私たちは「敵対関係」に戻れるのね。

その日の深夜。私は黒ずくめの衣装に身を包み、忍び足で王宮の地下へと向かった。
警備の隙を突き、隠し通路を通り、ようやく「禁忌の書庫」の前に辿り着く。

(……開いたわ。これで、あのマップを盗めば……!)

暗い書庫の中、私は棚をあさり、それらしき羊皮紙の筒を見つけ出した。
表紙には赤い封蝋で『最高機密』の文字。これに違いない。
私はそれを抱え、わざとらしく物音を立てて脱出しようとした。

「……待って。そこまでだよ、アーニー」

背後から、松明の光とともに、聞き慣れた愛おしい声が響いた。
アルフレッド殿下だ。彼はいつになく真剣な表情で、私を真っ直ぐに見つめていた。

「……っ、殿下! い、いつからそこに!」

(よし、来たわ! 夜中に極秘資料を盗み出そうとする婚約者! これこそが裏切りの現場よ! さあ、私を捕らえ、その汚らわしい手からマップを離せと怒鳴りなさい!)

私はわざとらしく、マップを胸にぎゅっと抱きしめて、冷酷な笑みを浮かべた。

「ふふふ……バレてしまいましたわね、殿下。ええ、そうですわ! 私はこの国の防衛の要を盗み出し、隣国へと売り飛ばすつもりですの! 私、実はずっと貴方を欺いていたのですわよ!」

さあ、殿下。絶望しなさい。怒りに震えなさい。
しかし、アルフレッド殿下は、ゆっくりと私に近づき、その大きな手で私の頭を優しく撫でた。

「……驚いたよ、アーニー。君は、そこまで僕との将来を真剣に考えてくれていたんだね」

「……はぁ? 将来? 今、国を売り飛ばすって言いましたわよ?」

「いいんだ、隠さなくて。そのマップ……中身を確認したかい?」

殿下は私の手から、優しく羊皮紙を取り上げ、私の前で広げて見せた。
そこに記されていたのは、城の防衛網ではなく――。

「……なに、これ。お店の名前ばかり書いてありますわ……?」

「それはね、我が国に古くから伝わる『真実の愛を誓う巡礼マップ』だよ。この国にある、縁結びの聖地や、美味しいお菓子を出す店、一生の思い出になる絶景ポイントが網羅されているんだ」

「……はぁぁぁ!? 極秘資料じゃないんですの!?」

「ああ、これは歴代の王たちが、最愛の王妃を喜ばせるために代々書き足してきた『究極のデートプラン』なんだ。あまりに甘美で贅沢な内容だから、独身の貴族たちの目に触れないよう『禁忌』として扱われてきたんだよ」

殿下はマップを指差し、感動のあまり瞳を潤ませた。

「君は、僕が忙しくてなかなかデートの計画を立てられないのを察して、あえて夜中に一人で、僕たちの新婚旅行の準備をしてくれていたんだね……。僕を驚かせるために、あえて『泥棒のふり』までして……。ああ、なんていじらしいんだ!」

「ち、違いますわ殿下! 私、本当に防衛ラインを盗むつもりで……! っていうか、なんで防衛マップと同じ場所にこれが置いてありますのよ!」

「防衛も、愛する人を守るためのものだろう? 僕にとって、君を喜ばせる計画こそが、この国で最も守るべき『最高機密』なんだよ。……アーニー、君の愛の深さには、いつも負けてしまうな」

殿下は私を強く抱きしめ、その耳元で熱く囁いた。

「わかったよ。君が選んでくれたこの『巡礼マップ』、来週からさっそく二人で回ろう。……君の行きたい場所、全部連れて行ってあげるからね」

「……う、うわぁぁぁん!」

無理。もう無理。
この人の愛の解釈は、もはやスパイの常識を超えた「兵器」だ。
私の「反逆行為」は、いつの間にか「健気な新婚旅行の準備」へと昇華されてしまったのである。

通信機から、セシルの死人のような声が響く。
『アーニー。おめでとうございます。あなたが盗み出したそのマップ、来年から『新婚夫婦のガイドブック』として出版されることが決定しました。……というか、あなた、最高機密の棚とデートプランの棚を間違えるなんて、スパイ以前にドジっ子が過ぎます。……この、お散歩スパイめ』

「……そんな……、私はただ、国を裏切りたかっただけなのに……」

私は殿下の胸の中で、再び敗北の味を噛み締めた。
バルマ王国の地下書庫は、その日から「カップルが将来の計画を練るための愛の図書室」として開放されることになった。
そして、私は「王子のために夜な夜なデートスポットを研究する、情熱的な婚約者」として、国民からの信頼がさらに不動のものとなった。
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