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「……決まりましたわ。今日の私は、国家の歯車を狂わせる『傾国の悪女』になりますの!」
朝のティータイム。私は、鼻息で紅茶の湯気を吹き飛ばしながら宣言しました。
「お嬢様、鼻息でカップを割らないでください。それで、今日はどこの国を滅ぼしに行くおつもりで?」
「国は滅ぼしませんわ。アリステア様の『集中力』を滅ぼしに行くのです! 名付けて、執務室お仕事お邪魔虫作戦ですわ!」
「……地味ですね」
「地味じゃないわよ! アリステア様は今、次期国王として多忙な日々を送っていらっしゃる。そんな神聖な執務室に、アポなしで突撃し、わがままを連発して仕事を滞らせる。……どう? これぞ、無能な婚約者の真骨頂でしょう?」
私は扇をバサリと広げ、勝ち誇った笑みを浮かべました。
完璧な計画ですわ。
激務に追われる男性にとって、一番イライラするのは「空気を読まない女」の乱入に決まっています。
アリステア様ならきっと「今は忙しいんだ、出て行け!」と、氷のような声で私を追い出してくれるはず……!
「ああ……冷たくあしらわれる私……そして絶望の淵で、健気に彼を支えるヒロインが現れる……尊い……!」
「妄想で涎を垂らすのは止めてください。行くなら早く準備を。馬車の用意はできています」
サラに急かされ、私は意気揚々と王宮へと乗り込みました。
王宮の最深部、アリステア様の執務室。
重厚な扉の前で、私は一度深呼吸をしました。
よし、いくわよ。
わがままで、身勝手で、王子の邪魔しかしないダメな女を全力で演じるのです!
「殿下! メティ・オーブライトが遊びに来てあげましたわよ! 今すぐそのつまらない書類を捨てて、私の相手をなさい!」
私はノックもそこそこに、扉を豪快に開け放ちました。
さあ、アリステア様! 眉間に皺を寄せて私を睨んで!
しかし、そこに広がっていた光景は、私の予想を遥かに上回る破壊力を持っていました。
デスクに座るアリステア様は、普段の正装を少し崩し、シャツの袖を腕まくりしていました。
そして何より……彼の鼻筋には、仕事用と思われる銀縁の眼鏡が鎮座していたのです。
「……あ」
「……おや、メティじゃないか。どうしたんだい、そんなに血相を変えて」
アリステア様は、眼鏡の奥の鋭い瞳を少し和らげ、私を優しく見つめました。
眼鏡。
腕まくり。
少し疲れたような、色気のある表情。
そして、ペンを握るその長く美しい指先。
「…………(尊さのあまり語彙力が消失)」
「メティ? 私の相手をしてほしいと言っていたかな。……ふふ、困ったな。今は少し手が離せないんだが……君がどうしてもと言うなら、膝の上でなら構わないよ?」
「……ひ、ひぎゃああああああああああ!」
「お嬢様、落ち着いてください。鼓膜が死にます」
私は扉の取っ手を握ったまま、その場でガタガタと震え出しました。
無理。
無理ですわ。
眼鏡を装備したアリステア様は、もはや核兵器並みの殺傷能力があります。
嫌われるどころか、こちらが浄化されて消滅しそうです。
「な、ななな、なんという不埒な! その眼鏡! その腕まくり! あなたは自分がどれだけ、世界中の女性を狂わせる犯罪的魅力を振りまいているか分かっていて!? 今すぐその眼鏡を……眼鏡を私に寄越しなさい!」
「眼鏡が欲しいのかい? 珍しい趣味だね。だが、これは度が強いから君には合わないよ。……それとも、私が眼鏡をかけている姿が、そんなに気に入ってくれたのかな?」
アリステア様は、眼鏡を指で少し上げながら、妖艶な笑みを浮かべました。
ああ、もうダメです。
私の「悪役令嬢スイッチ」が、完全に「末期オタクスイッチ」に切り替わってしまいました。
「そ、そそそ、そんなに一生懸命お仕事をして! 目がお疲れになりますでしょう!? 私が! 私が今すぐブルーベリーを千個用意させますわ! あ、それとも肩揉み!? 肩揉みがよろしいですわね!?」
「メティ、君は私を邪魔しに来たのではなかったのかい?」
「邪魔なんて滅相もない! 私はあなたの健康と能率を全力でサポートする、歩く応援団ですわ! さあ、殿下! もっとお仕事を! あなたが書類にサインする姿は、国宝に指定されるべき芸術ですのよ!」
私はアリステア様の背後に回り、猛烈な勢いで肩を揉み始めました。
悪役令嬢どこいった。
ただの献身的なサポーターですわ。
「……はは、ありがとう。メティがいてくれると、なんだか疲れが吹き飛ぶよ。君の指は小さくて温かいね」
「……あぅ……(昇天)」
アリステア様が満足げに目を細めるたびに、私の「婚約破棄ポイント」はマイナス一万点くらいにまで大暴落していきました。
むしろ、「これほど献身的に支えてくれる婚約者はいない」という周囲の評価だけが爆上がりしている音が聞こえます。
「お嬢様……。本来の目的を忘れて、ただの便利なマッサージ機になってどうするんですか」
サラの冷ややかな視線が刺さりますが、今の私にはアリステア様の後頭部という絶景しか見えていません。
「うるさいわね! 眼鏡の殿下を前にして、正気でいられる人間がこの世にいると思って!? 私は……私はただ、この尊い光景を守りたかっただけよ!」
「で、結局お仕事は捗ってしまいましたね。殿下、いつにも増してペンが走っていますよ」
気づけば、アリステア様のデスクに積まれていた書類の山が、驚異的なスピードで片付いていきました。
私の「お邪魔虫作戦」は、結果として「超効率化ブースト作戦」になってしまったのです。
「助かったよ、メティ。おかげで予定より早く終わった。……さて、空いた時間で、ゆっくり君と愛を語り合えそうだね」
「……へ?」
アリステア様は眼鏡を外し、私の手を取って、これ以上ないほど甘い声で囁きました。
「な、何を……」
「君が私のために頑張ってくれたお礼だよ。……さあ、どこへ行こうか? 君を離したくないんだ」
「ぎゃふん!」
結局、私は婚約破棄どころか、王子の「特濃密室デート」に強制参加させられることになったのです。
「……次は。次は絶対に、眼鏡の誘惑に負けませんわ……!」
涙目で誓う私の横で、アリステア様は「明日は別の眼鏡をかけてみようかな」と楽しそうに独り言を言っていました。
私の婚約破棄までの道のりは、ますます遠のくばかりです。
朝のティータイム。私は、鼻息で紅茶の湯気を吹き飛ばしながら宣言しました。
「お嬢様、鼻息でカップを割らないでください。それで、今日はどこの国を滅ぼしに行くおつもりで?」
「国は滅ぼしませんわ。アリステア様の『集中力』を滅ぼしに行くのです! 名付けて、執務室お仕事お邪魔虫作戦ですわ!」
「……地味ですね」
「地味じゃないわよ! アリステア様は今、次期国王として多忙な日々を送っていらっしゃる。そんな神聖な執務室に、アポなしで突撃し、わがままを連発して仕事を滞らせる。……どう? これぞ、無能な婚約者の真骨頂でしょう?」
私は扇をバサリと広げ、勝ち誇った笑みを浮かべました。
完璧な計画ですわ。
激務に追われる男性にとって、一番イライラするのは「空気を読まない女」の乱入に決まっています。
アリステア様ならきっと「今は忙しいんだ、出て行け!」と、氷のような声で私を追い出してくれるはず……!
「ああ……冷たくあしらわれる私……そして絶望の淵で、健気に彼を支えるヒロインが現れる……尊い……!」
「妄想で涎を垂らすのは止めてください。行くなら早く準備を。馬車の用意はできています」
サラに急かされ、私は意気揚々と王宮へと乗り込みました。
王宮の最深部、アリステア様の執務室。
重厚な扉の前で、私は一度深呼吸をしました。
よし、いくわよ。
わがままで、身勝手で、王子の邪魔しかしないダメな女を全力で演じるのです!
「殿下! メティ・オーブライトが遊びに来てあげましたわよ! 今すぐそのつまらない書類を捨てて、私の相手をなさい!」
私はノックもそこそこに、扉を豪快に開け放ちました。
さあ、アリステア様! 眉間に皺を寄せて私を睨んで!
しかし、そこに広がっていた光景は、私の予想を遥かに上回る破壊力を持っていました。
デスクに座るアリステア様は、普段の正装を少し崩し、シャツの袖を腕まくりしていました。
そして何より……彼の鼻筋には、仕事用と思われる銀縁の眼鏡が鎮座していたのです。
「……あ」
「……おや、メティじゃないか。どうしたんだい、そんなに血相を変えて」
アリステア様は、眼鏡の奥の鋭い瞳を少し和らげ、私を優しく見つめました。
眼鏡。
腕まくり。
少し疲れたような、色気のある表情。
そして、ペンを握るその長く美しい指先。
「…………(尊さのあまり語彙力が消失)」
「メティ? 私の相手をしてほしいと言っていたかな。……ふふ、困ったな。今は少し手が離せないんだが……君がどうしてもと言うなら、膝の上でなら構わないよ?」
「……ひ、ひぎゃああああああああああ!」
「お嬢様、落ち着いてください。鼓膜が死にます」
私は扉の取っ手を握ったまま、その場でガタガタと震え出しました。
無理。
無理ですわ。
眼鏡を装備したアリステア様は、もはや核兵器並みの殺傷能力があります。
嫌われるどころか、こちらが浄化されて消滅しそうです。
「な、ななな、なんという不埒な! その眼鏡! その腕まくり! あなたは自分がどれだけ、世界中の女性を狂わせる犯罪的魅力を振りまいているか分かっていて!? 今すぐその眼鏡を……眼鏡を私に寄越しなさい!」
「眼鏡が欲しいのかい? 珍しい趣味だね。だが、これは度が強いから君には合わないよ。……それとも、私が眼鏡をかけている姿が、そんなに気に入ってくれたのかな?」
アリステア様は、眼鏡を指で少し上げながら、妖艶な笑みを浮かべました。
ああ、もうダメです。
私の「悪役令嬢スイッチ」が、完全に「末期オタクスイッチ」に切り替わってしまいました。
「そ、そそそ、そんなに一生懸命お仕事をして! 目がお疲れになりますでしょう!? 私が! 私が今すぐブルーベリーを千個用意させますわ! あ、それとも肩揉み!? 肩揉みがよろしいですわね!?」
「メティ、君は私を邪魔しに来たのではなかったのかい?」
「邪魔なんて滅相もない! 私はあなたの健康と能率を全力でサポートする、歩く応援団ですわ! さあ、殿下! もっとお仕事を! あなたが書類にサインする姿は、国宝に指定されるべき芸術ですのよ!」
私はアリステア様の背後に回り、猛烈な勢いで肩を揉み始めました。
悪役令嬢どこいった。
ただの献身的なサポーターですわ。
「……はは、ありがとう。メティがいてくれると、なんだか疲れが吹き飛ぶよ。君の指は小さくて温かいね」
「……あぅ……(昇天)」
アリステア様が満足げに目を細めるたびに、私の「婚約破棄ポイント」はマイナス一万点くらいにまで大暴落していきました。
むしろ、「これほど献身的に支えてくれる婚約者はいない」という周囲の評価だけが爆上がりしている音が聞こえます。
「お嬢様……。本来の目的を忘れて、ただの便利なマッサージ機になってどうするんですか」
サラの冷ややかな視線が刺さりますが、今の私にはアリステア様の後頭部という絶景しか見えていません。
「うるさいわね! 眼鏡の殿下を前にして、正気でいられる人間がこの世にいると思って!? 私は……私はただ、この尊い光景を守りたかっただけよ!」
「で、結局お仕事は捗ってしまいましたね。殿下、いつにも増してペンが走っていますよ」
気づけば、アリステア様のデスクに積まれていた書類の山が、驚異的なスピードで片付いていきました。
私の「お邪魔虫作戦」は、結果として「超効率化ブースト作戦」になってしまったのです。
「助かったよ、メティ。おかげで予定より早く終わった。……さて、空いた時間で、ゆっくり君と愛を語り合えそうだね」
「……へ?」
アリステア様は眼鏡を外し、私の手を取って、これ以上ないほど甘い声で囁きました。
「な、何を……」
「君が私のために頑張ってくれたお礼だよ。……さあ、どこへ行こうか? 君を離したくないんだ」
「ぎゃふん!」
結局、私は婚約破棄どころか、王子の「特濃密室デート」に強制参加させられることになったのです。
「……次は。次は絶対に、眼鏡の誘惑に負けませんわ……!」
涙目で誓う私の横で、アリステア様は「明日は別の眼鏡をかけてみようかな」と楽しそうに独り言を言っていました。
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