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「……勝ったわ。今度こそ、私は歴史に名を残すレベルで引かれるはずですわ、サラ!」
オーブライト公爵邸の、普段は厳重に施錠されている『開かずの間』の前で、私は不敵な笑みを浮かべました。
「お嬢様、その部屋を開けるのは公爵家の名誉に関わると思うのですが。……というか、法的にアウトな香りがプンプンします」
侍女のサラが、まるで汚物を見るような目で私の背中を見つめています。
「失礼ね、これは清らかな乙女の情熱の結晶よ! いい、サラ。今日私は、ここにアリステア様を招き入れるの。そして私の『真の姿』を見せつける。……そう、強火オタクとしての狂気をね!」
私の作戦はこうです。
この部屋には、私が夜な夜な描き溜めたアリステア様の肖像画、彼が落としたハンカチ(洗濯済み)、彼が飲んだ後のティーカップのレプリカ、そして彼が歩いた後の土を採取した小瓶などが整然と並べられています。
普通の男性なら、自分の婚約者の部屋がこんな『祭壇』になっていたら、間違いなく恐怖を感じて逃げ出すはずです。
「君は……病気なのか?」という冷めた一言と共に、婚約破棄が成立する。……ああ、なんて完璧な終止符かしら!
「お嬢様、その小瓶の土はさすがに引きますよ。……あ、殿下が到着されたようです」
「きたわね……! さあ、地獄のギャラリーへご招待しましょう!」
私は深呼吸をして、王宮からやってきたアリステア様を玄関で出迎えました。
今日の殿下も、歩くたびに背後に薔薇の花が見えるほどお美しい。
「やあ、メティ。今日は『見せたいものがある』と手紙に書いてあったけれど、一体何だい? 君から誘ってくれるなんて珍しいから、楽しみにしてきたんだ」
アリステア様は、私の手を取って優しく微笑みました。
その笑顔、尊死レベル。
でも耐えるのよ、メティ。今からこの笑顔を絶望に変えるのは私自身なのだから!
「ええ、アリステア殿下。私の本当の……あまりにも深すぎる趣味を、あなたに知っていただきたくて。……さあ、こちらへ」
私は彼を導き、例の部屋の前へ立ちました。
「いいですか。……驚いて、私を軽蔑しても構いませんわよ」
私は重厚な扉を、仰々しく左右に開け放ちました。
「ジャジャーン! これこそが私の愛の聖域(サンクチュアリ)、『アリステア様・永久保存版ルーム』ですわ! いかが!? この壁一面を埋め尽くす、あなたの入浴後の想像図から、寝顔の盗撮風スケッチの数々! 気持ち悪いですわよね!? 怖いですわよね!?」
私は扇子をバッと広げ、狂気に満ちた(つもりの)笑みを浮かべました。
部屋の中には、何百枚もの肖像画が隙間なく飾られています。
アリステア様が馬に乗っている姿、お茶を飲んでいる姿、そしてあえて『少しだけ服がはだけた瞬間』を想像で補完したマニアックな作品まで。
しかし、アリステア様は悲鳴を上げるどころか、一歩、また一歩と部屋の中へ足を踏み入れました。
彼は一枚の絵の前で足を止め、食い入るように見つめ始めます。
「……これは。……凄いな」
「……ええ、凄く気持ち悪いでしょ?」
「いや。この筆致、光の捉え方、そして何より私に対する深い理解……。メティ、君はこれほどまでの情熱を、私のために注いでくれていたのか」
アリステア様は、サファイアのような瞳を潤ませて振り返りました。
「……は?」
「見てごらん、この筋肉の筋の見せ方を。私が剣を振るう時にしか現れないわずかな隆起まで、正確に描写されている。……これは、ただの観察じゃない。魂の共鳴だ。……ああ、メティ。君の瞳には、私はこれほどまでに美しく映っているんだね。……私は今、猛烈に誇らしい気持ちだよ」
「ち、違うんですの! これは、私がストーカー気質であることを証明するための……!」
「ストーカー? いいや、これは『愛の巡礼者』だ。……メティ、私は君の才能に嫉妬してしまうよ。こんなに素晴らしい私の姿を、私自身は一生見ることができないんだからね。……そうだ、今度は私がモデルになろう。君の目の前で、君が望むポーズを何時間でも取ってあげるよ」
アリステア様は私の手を取り、そのまま跪きました。
彼の表情には、軽蔑の欠片もありません。
あるのは、ただひたすらな感動と、私への深すぎる執着だけです。
「殿、殿下……。あの、そこに並んでいる小瓶……あなたが歩いた後の土を採取したものですのよ? 不気味だと思いませんの!?」
「不気味? とんでもない。私の歩んだ軌跡さえも愛おしんでくれるなんて。……これこそが、真の愛のカタチじゃないか。……ああ、嬉しいな。今度、私が歩く場所に特注の金の絨毯を敷かせておこう。君が土を採取しやすいようにね」
「ぎゃふん!」
私はあまりの衝撃に、その場にへたり込みました。
王子のフィルターは、ストーカー行為さえも『献身的な愛の歴史』に塗り替えてしまったのです。
「メティ。この部屋、今日から私の執務室にしてもいいかな? 君が描いてくれた私に囲まれて仕事をすれば、どんな困難も乗り越えられそうだ」
「ダメですわ! ここは私の秘密の……ああっ、もう! アリステア様、あなたという人は、どうしてそんなに私の悪意を浄化してしまうんですの!」
「悪意? 君の中にそんなものがあるはずがないじゃないか。……メティ。君は、世界で一番私を理解し、愛してくれる女性だ。……改めて誓おう。君を、一生離さない」
アリステア様は私の指先に情熱的なキスを落としました。
その時の彼の瞳には、私の『祭壇』を遥かに凌駕するほどの、真っ暗で熱い情愛が渦巻いていました。
「お嬢様……。作戦失敗どころか、殿下のやる気に火をつけちゃいましたね。……ほら、さっそく自ら脱ごうとしてますよ、『モデルをやる』って」
「待って! 待ってください殿下! それは心臓に悪いから、心の準備が……ああっ、尊い! 鎖骨のラインが尊すぎて、婚約破棄なんてどうでもよくなってきましたわ……!」
結局、その日はアリステア様の『生モデル鑑賞会』という、私にとっての天国(地獄)が開催されることになったのです。
「……次は。次は絶対に、彼が生理的に無理だと言うようなことを……!」
「もう無理だと思いますけどね、私」
サラの乾いたツッコミを聞きながら、私は王子の美しすぎる背中のラインを必死にスケッチし続けるのでした。
オーブライト公爵邸の、普段は厳重に施錠されている『開かずの間』の前で、私は不敵な笑みを浮かべました。
「お嬢様、その部屋を開けるのは公爵家の名誉に関わると思うのですが。……というか、法的にアウトな香りがプンプンします」
侍女のサラが、まるで汚物を見るような目で私の背中を見つめています。
「失礼ね、これは清らかな乙女の情熱の結晶よ! いい、サラ。今日私は、ここにアリステア様を招き入れるの。そして私の『真の姿』を見せつける。……そう、強火オタクとしての狂気をね!」
私の作戦はこうです。
この部屋には、私が夜な夜な描き溜めたアリステア様の肖像画、彼が落としたハンカチ(洗濯済み)、彼が飲んだ後のティーカップのレプリカ、そして彼が歩いた後の土を採取した小瓶などが整然と並べられています。
普通の男性なら、自分の婚約者の部屋がこんな『祭壇』になっていたら、間違いなく恐怖を感じて逃げ出すはずです。
「君は……病気なのか?」という冷めた一言と共に、婚約破棄が成立する。……ああ、なんて完璧な終止符かしら!
「お嬢様、その小瓶の土はさすがに引きますよ。……あ、殿下が到着されたようです」
「きたわね……! さあ、地獄のギャラリーへご招待しましょう!」
私は深呼吸をして、王宮からやってきたアリステア様を玄関で出迎えました。
今日の殿下も、歩くたびに背後に薔薇の花が見えるほどお美しい。
「やあ、メティ。今日は『見せたいものがある』と手紙に書いてあったけれど、一体何だい? 君から誘ってくれるなんて珍しいから、楽しみにしてきたんだ」
アリステア様は、私の手を取って優しく微笑みました。
その笑顔、尊死レベル。
でも耐えるのよ、メティ。今からこの笑顔を絶望に変えるのは私自身なのだから!
「ええ、アリステア殿下。私の本当の……あまりにも深すぎる趣味を、あなたに知っていただきたくて。……さあ、こちらへ」
私は彼を導き、例の部屋の前へ立ちました。
「いいですか。……驚いて、私を軽蔑しても構いませんわよ」
私は重厚な扉を、仰々しく左右に開け放ちました。
「ジャジャーン! これこそが私の愛の聖域(サンクチュアリ)、『アリステア様・永久保存版ルーム』ですわ! いかが!? この壁一面を埋め尽くす、あなたの入浴後の想像図から、寝顔の盗撮風スケッチの数々! 気持ち悪いですわよね!? 怖いですわよね!?」
私は扇子をバッと広げ、狂気に満ちた(つもりの)笑みを浮かべました。
部屋の中には、何百枚もの肖像画が隙間なく飾られています。
アリステア様が馬に乗っている姿、お茶を飲んでいる姿、そしてあえて『少しだけ服がはだけた瞬間』を想像で補完したマニアックな作品まで。
しかし、アリステア様は悲鳴を上げるどころか、一歩、また一歩と部屋の中へ足を踏み入れました。
彼は一枚の絵の前で足を止め、食い入るように見つめ始めます。
「……これは。……凄いな」
「……ええ、凄く気持ち悪いでしょ?」
「いや。この筆致、光の捉え方、そして何より私に対する深い理解……。メティ、君はこれほどまでの情熱を、私のために注いでくれていたのか」
アリステア様は、サファイアのような瞳を潤ませて振り返りました。
「……は?」
「見てごらん、この筋肉の筋の見せ方を。私が剣を振るう時にしか現れないわずかな隆起まで、正確に描写されている。……これは、ただの観察じゃない。魂の共鳴だ。……ああ、メティ。君の瞳には、私はこれほどまでに美しく映っているんだね。……私は今、猛烈に誇らしい気持ちだよ」
「ち、違うんですの! これは、私がストーカー気質であることを証明するための……!」
「ストーカー? いいや、これは『愛の巡礼者』だ。……メティ、私は君の才能に嫉妬してしまうよ。こんなに素晴らしい私の姿を、私自身は一生見ることができないんだからね。……そうだ、今度は私がモデルになろう。君の目の前で、君が望むポーズを何時間でも取ってあげるよ」
アリステア様は私の手を取り、そのまま跪きました。
彼の表情には、軽蔑の欠片もありません。
あるのは、ただひたすらな感動と、私への深すぎる執着だけです。
「殿、殿下……。あの、そこに並んでいる小瓶……あなたが歩いた後の土を採取したものですのよ? 不気味だと思いませんの!?」
「不気味? とんでもない。私の歩んだ軌跡さえも愛おしんでくれるなんて。……これこそが、真の愛のカタチじゃないか。……ああ、嬉しいな。今度、私が歩く場所に特注の金の絨毯を敷かせておこう。君が土を採取しやすいようにね」
「ぎゃふん!」
私はあまりの衝撃に、その場にへたり込みました。
王子のフィルターは、ストーカー行為さえも『献身的な愛の歴史』に塗り替えてしまったのです。
「メティ。この部屋、今日から私の執務室にしてもいいかな? 君が描いてくれた私に囲まれて仕事をすれば、どんな困難も乗り越えられそうだ」
「ダメですわ! ここは私の秘密の……ああっ、もう! アリステア様、あなたという人は、どうしてそんなに私の悪意を浄化してしまうんですの!」
「悪意? 君の中にそんなものがあるはずがないじゃないか。……メティ。君は、世界で一番私を理解し、愛してくれる女性だ。……改めて誓おう。君を、一生離さない」
アリステア様は私の指先に情熱的なキスを落としました。
その時の彼の瞳には、私の『祭壇』を遥かに凌駕するほどの、真っ暗で熱い情愛が渦巻いていました。
「お嬢様……。作戦失敗どころか、殿下のやる気に火をつけちゃいましたね。……ほら、さっそく自ら脱ごうとしてますよ、『モデルをやる』って」
「待って! 待ってください殿下! それは心臓に悪いから、心の準備が……ああっ、尊い! 鎖骨のラインが尊すぎて、婚約破棄なんてどうでもよくなってきましたわ……!」
結局、その日はアリステア様の『生モデル鑑賞会』という、私にとっての天国(地獄)が開催されることになったのです。
「……次は。次は絶対に、彼が生理的に無理だと言うようなことを……!」
「もう無理だと思いますけどね、私」
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