推しの王子に捨てられたい!〜婚約破棄を狙うが、今日も失敗〜

パリパリかぷちーの

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「……ああ、ついに。ついに来ましたわ。この日のために、私は幾多の尊死を乗り越え、変態的なまでの情熱を注いできたのですわ!」


夜。月明かりが差し込む自室で、私は鏡に向かってドレスを当てがいながら、感極まって涙を拭いました。


「お嬢様、まだパーティーは明日ですよ。前夜からそんなに泣いていたら、明日は目が腫れて、悪役令嬢どころか『不運な化け物』になってしまいます」


サラが大きなスーツケースの蓋を閉めながら、冷淡に言いました。
その中身は、私が国外追放された際に必要となる「アリステア様グッズ一式」……の予備です。


「いいのよ、サラ! 明日の卒業パーティーこそが、私の物語のクライマックス! あのアリステア様が、全生徒の前で冷酷に私を指差し、『メティ・オーブライト! 君との婚約を破棄する!』と宣言する。……ああ、その瞬間、私はきっと光り輝いて消滅するわ!」


「消滅しないでください、片付けが面倒です。それで、明日の作戦は? 今まで全て裏目に出ているのですから、よほどの秘策があるのでしょうね」


「フッフッフ、鋭いわねサラ。……明日の私は、『何も語らない』のですわ!」


「……は?」


「いい? 今までの私は、自分から悪事を白状しすぎましたわ。だから殿下に『健気な告白だ』と勘違いされたのです。……でも明日は違う。私は一言も発さず、ただ傲慢な笑みを浮かべてそこに立つ。……そうすれば、周囲の不満が爆発し、殿下は公序良俗のために、泣く泣く私を切り捨てるしかなくなるのですわ!」


私は扇子をバッと広げ、口元を隠して「ニヤリ」と笑ってみせました。
沈黙。これこそが最大の不気味さ。
アリステア様も、流石に不気味な女は隣に置きたくないはずですわ。


「……お嬢様が黙っていられるとは到底思えませんが。まあ、おやすみなさい」


サラが灯りを消して部屋を出て行きました。


私はベッドに入りましたが、興奮して全く眠れません。
窓の外を見れば、王宮の塔が月光に照らされています。
あの中に、私のアリステア様がいらっしゃる。
明日の夜、彼は私を捨て、自由を手に入れるのです。
……ああ、尊い。彼を自由にするための最後のピースが私だなんて、これ以上の光栄はありませんわ。


すると、ベランダの方でわずかに物音がしました。


「……泥棒かしら? 不届き者ね。私のアリステア様への想いを妨げるなら、この扇子で眉間を……」


私はガウンを羽織り、殺気を放ちながらカーテンを開けました。
しかし、そこにいたのは泥棒ではなく、この世で最も不届きに美しい、私の「推し」その人でした。


「……メティ。起きていたのかい?」


「あ、アアア、アリステア殿下!? なななななぜここに! ここ、公爵邸の三階ですわよ!?」


「君にどうしても伝えておきたいことがあってね。……明日、卒業パーティーだ。……覚悟はできているかい?」


アリステア様は手すりに手をかけ、月光を背負って立っていました。
夜風に揺れる金の髪。
少しだけ物憂げに細められた、サファイアの瞳。
……無理。死ぬ。前夜祭にして私の命が尽きる。


「……か、覚悟なら、できておりますわ! 私は明日、あなたの望む通りの結末を受け入れるつもりですの!」


私は震える拳を胸に当てて叫びました。
「望む通りの結末」……そう、それは婚約破棄!
殿下、あなたの自由はすぐそこですわよ!


「……そうか。君がそこまで言ってくれるなら、私も迷いはないよ。……明日は、私たちにとって『最後の日』になるだろうからね」


「(最後の日……! やっぱり婚約破棄のカウントダウンですわぁぁぁ!)」


「君を、あんな大勢の前で晒し者にするのは心苦しいが……。……それが、私の愛の証明なんだ。……分かってくれるね?」


アリステア様は私の手を取り、その甲に深く、熱い口づけを落としました。
彼の瞳には、これまでにないほど濃密で、逃げ場を許さないほどの執着が宿っていました。
……でも、今の私にはそれが「苦渋の決断を下す王子の悲しみ」にしか見えません。


「ええ、分かりますわ! 殿下、どうぞ存分になさってください! 私は、あなたの下す全ての裁きを、最高の悦びとして受け止めますわ!」


「……ありがとう、メティ。君は本当に、私の期待を裏切らない。……明日は、世界で一番幸せにしてあげるよ」


「(『幸せ』……? ああ、きっと『自由になった私の姿を見て、私が幸せを感じるはずだ』という、殿下なりの超解釈ですわね! 尊い!)」


アリステア様は満足げに微笑むと、再び夜の闇の中へと消えていきました。


私はその場に座り込み、激しく波打つ心臓を押さえました。
決まりましたわ。
明日の夜、私は伝説になります。
アリステア様に捨てられ、歴史の教科書に「最も美しい悪役」として名を刻むのです。


「……ああ、楽しみ。楽しみすぎて、今すぐ明日になってほしい。……でも、アリステア様のあの悲しげな瞳……。……捨てた後に、彼が寂しくなったりしないかしら?」


私は少しだけ胸がチクリとしましたが、すぐに首を振りました。
いいえ、彼にはクララ様のような、お菓子を食べて笑っているような可憐なヒロインが必要ですわ。
私のような、王子の歩いた土を小瓶に詰めるような女は、暗い塔の中にでも閉じ込められているのがお似合いですの。


「さあ、寝なきゃ。明日の『断罪』で、最高の絶望顔を見せるために……!」


私は無理やり目を閉じました。
夢の中で、アリステア様が冷たく「出て行け」と言う姿を想像しながら、私は幸せな溜め息をつくのでした。


翌朝。
王都の街は、卒業パーティーを祝う鐘の音で満たされていました。
私の人生最大の「推し事」が、今、幕を開けようとしていたのです。
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