推しの王子に捨てられたい!〜婚約破棄を狙うが、今日も失敗〜

パリパリかぷちーの

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「完璧。……完璧ですわ、サラ! 見てちょうだい、この禍々(まがまが)しくも神々しい、絶望の化身のような姿を!」


私は鏡の前で、自分自身の姿に酔いしれていました。


今日のドレスは、夜会のタブーを全て詰め込んだような一着ですわ。
燃えるような深紅のシルクに、漆黒のレースをこれでもかと重ね、胸元には巨大な黒真珠のブローチ。
髪はいつにも増して高く巻き上げ、瞳には鋭いアイラインを引き、唇には毒を孕んだような真紅の紅を。


これぞ、物語の終盤に現れ、勇者に倒されるためだけに存在する「ラストボス」の装いですわ!


「……お嬢様。……その格好、確かに迫力はありますが、どちらかと言えば『美しすぎる死の女神』にしか見えませんよ。……あと、その扇子に仕込んだ火薬は何ですか? パーティー会場を爆破するおつもりですか?」


サラが、私の扇子の隙間から覗く不穏な筒を指差しました。


「失礼ね、これは演出用のクラッカーですわ! アリステア様が婚約破棄を宣言した瞬間、ド派手に『おめでとう!』と叫びながら放つの! 悲劇を喜劇に変える、悪役令嬢としての最後の意地ですわ!」


「……救いようがありませんね。……まあ、いいでしょう。馬車の用意はできています。……行きましょうか、地獄の……いえ、卒業パーティーへ」


サラに促され、私は意気揚々と屋敷を出ました。


王立学園の社交ホール。
今夜、この場所で、私の三年間の「推し活兼悪役活動」が終止符を打つのです。
会場に到着すると、すでに多くの生徒たちが集まっていました。


私が大扉の前に立つと、会場の空気が一気に張り詰めました。
皆が息を飲み、道を開けます。


「あら、オーブライト様……」
「なんて恐ろしい……いや、なんて圧倒的なオーラなの……」


ざわめきが波のように広がります。
よし。これです。この「関わってはいけない女」という空気!
私は扇子をバッと広げ、悠然とした足取りで会場の中央へと進みました。


(……っ! あ、あそこに……あそこにいらっしゃるわ!)


会場の奥、一段高い壇上に、今夜の主役であるアリステア様がいらっしゃいました。


今日の殿下は、白銀の正装に純白のマントを羽織り、まるで伝説の聖騎士のよう。
月光さえも嫉妬しそうなほどに輝く金の髪、全てを見透かすようなサファイアの瞳。
……尊い。
尊すぎて、今すぐこの場で五体投地して「私を捨ててください!」と叫びたい衝動に駆られます。


「……おっと、落ち着くのです、メティ。今夜は沈黙。傲慢な沈黙を貫くのですわ」


私は自分に言い聞かせ、アリステア様の元へと歩み寄りました。
彼の隣には、予想通り、すでにクララ様の姿もありました。
彼女は「え、メティ様……? その格好、強そうなドーナツみたいでかっこいいですぅ……」と、相変わらず食いしん坊な感想を抱いているようですが。


アリステア様が、ゆっくりとこちらを見ました。
その視線が私を捉えた瞬間、私の心臓が「ドクンッ」と大きく跳ね上がります。


「……来たね、メティ。……待っていたよ」


アリステア様の声は、驚くほど静かで、そして重厚でした。
彼は壇上から降り、私の目の前まで来ると、私の全身をじっくりと眺めました。


(さあ、殿下! 私のこの不吉なドレス、傲慢な化粧、そして手に持った不審なクラッカーに気づいて! そして、『君のような女は、もう私の隣にはふさわしくない!』と言い放ってちょうだい!)


私は一言も発さず、ただ不敵な笑みを浮かべて彼を見つめ返しました。
沈黙。これこそが、私の最大級の不敬ですわ!


ところが、アリステア様は私の手を取ると、信じられないほど愛おしそうに私の指先に唇を寄せました。


「……素晴らしいよ、メティ。……今日の君は、まるで私のために用意された、夜の闇を司る女王のようだ。……その紅いドレスは、私への燃えるような情熱を……その黒いレースは、私を独占したいという深い執着を象徴しているんだね?」


「……(は?)」


「……沈黙して私を見つめるその瞳。……言葉など不要だ、という君の強い意志を感じるよ。……『今夜、私の全てをあなたに捧げる』……。……そう言いたいんだろう?」


「ち、ちちちち違いますのぉぉぉ! これは沈黙の断絶、拒絶のサインですのよ!?」


私は思わず、用意していた「沈黙作戦」を自ら破壊して叫んでしまいました。


「ふふ。照れなくていいんだ。……さあ、皆。注目してくれ」


アリステア様は私の叫びなど微塵も気に留めず、力強い腕で私の腰を引き寄せました。
そのまま、会場全体を見渡すように声を張り上げます。


「今夜、私はこの場で、重大な発表をしたいと思う」


(きた……! ついにきたわ! 婚約破棄のカウントダウン!)


私はクラッカーを握りしめ、その時を待ちました。
会場中の視線が、壇上の私たちに集中します。
クララ様も、口に含んでいたプチシューを飲み込み、神妙な顔をしています。


「……メティ・オーブライト公爵令嬢。……彼女は、私のために多くの試練を耐え、私への愛ゆえに自らを悪女に見せようとさえしてきた。……そんな健気で、勇敢で、美しい女性を……」


アリステア様は一呼吸置き、私を真っ直ぐに見つめました。


「……私は、一生かけて幸せにすることを誓おう」


「……おめでとうございまーす……じゃなくて、えええええええええ!?」


私は反射的にクラッカーを放ってしまいました。
会場中に「パーン!」という景気の良い音が響き、色とりどりの紙吹雪が王子の頭の上に降り注ぎます。


「……ふふ。祝福のセルフ演出かい? ……本当に、君はどこまで私を驚かせてくれるんだ」


「違いますの! 今のは、婚約破棄を祝うための予行練習……じゃなくて、あ、あの……殿下、今、なんて仰いましたの!? 幸せにする!? 破棄じゃなくて、誓う!?」


「ああ。……今この瞬間、私は父上から正式な許しを得た。……私たちの結婚式は、来月の新月の日に行われる。……メティ、君は私の妃になるんだ」


「ぎゃふん!!」


私はあまりの衝撃に、膝から崩れ落ちそうになりました。
婚約破棄どころか、成婚の正式発表。
私の「断罪イベント」は、王子の超解釈によって「公開プロポーズ」へと書き換えられてしまったのです。


「……お嬢様。……クラッカー、無駄にならなくて良かったですね」


会場の隅で、サラがハンカチで目頭を押さえながら(笑いながら)呟きました。


「……どうして。……どうしてこうなるのよ……! 私は……私はただ、あなたの幸せを……!」


「私の幸せは、君と共にあることだと言っただろう?」


アリステア様は優しく私を抱き上げ、祝福の拍手が鳴り響く中、満足げに微笑みました。


私の婚約破棄計画は、パーティーの開始と共に、跡形もなく粉砕されたのです。
しかし、降り注ぐ紙吹雪の中で微笑む王子の姿があまりにも神々しくて、私はまたしても「尊い……!」と敗北を認めてしまうのでした。


「……でも、まだ、まだ終わってはいませんわ! パーティーは始まったばかり! ここから逆転の……逆転の断罪劇を見せてあげますわよ!」


そう叫ぶ私の声は、もはや誰の耳にも「幸せな悲鳴」としてしか届かないのでした。
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