婚約破棄? 断罪? どうでもいいですわ!

パリパリかぷちーの

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「……最低の朝だわ」

小鳥のさえずりで目覚める爽やかな朝、と言いたいところだが現実は違った。
私が目を開けた瞬間に視界に入ってきたのは、飾り気のない灰色の天井。
そして、鉄格子のようなデザインの窓枠だったからだ。

「おはようございます、お嬢様。ご機嫌麗しゅう」

控えていたセバスチャンが、カーテンを開ける。
差し込む朝日は美しいけれど、部屋の殺風景さが余計に際立ってしまっている。

「ご機嫌は最悪よ、セバスチャン。夢を見たの。私が石造りの牢獄に閉じ込められて、鏡を取り上げられる悪夢をね」

「それは正夢に近いですね。ここは騎士団の寮ですから」

「言わないで。現実逃避をしているのよ」

私はベッドから起き上がり、すぐにサイドテーブルの手鏡を手に取った。
自分の顔を映す。

「……うん、よし。今日も私は世界一美しいわ。この部屋の陰気な空気にも負けず、私の肌は発光している。奇跡ね」

一通りの自画自賛を終えて、私はドレスに着替えた。
今日は鮮やかなエメラルドグリーンのドレスだ。
この灰色の屋敷には、緑が足りないから私が補ってあげるの。

「朝食の準備が整っているそうです。食堂へ参りましょう」

「ええ、案内して。でも期待はしていないわ。どうせ『騎士の飯』なんて、焼いた肉と硬いパンが出てくるだけでしょうから」

私は廊下に出た。
石造りの廊下はひんやりとしていて、歩くたびにカツ、カツとヒールの音が響く。
すれ違う騎士たちが、私を見てギョッとして道を空ける。

「おはよう」

私はすれ違いざまに優雅に挨拶をした。
彼らは直立不動で敬礼をする。

「はッ! お、おはようございます!」

「声が大きいわ。朝の鼓膜には刺激が強すぎるの。もっと囁くように、愛を込めて挨拶なさい」

「は、はい……?」

困惑する騎士たちを置き去りにして、私は食堂の扉を開けた。

そこには、絶望的な光景が広がっていた。

「……何これ」

広いホールには長机が並べられ、数十人の騎士たちが黙々と食事を摂っている。
それはいい。
問題なのは、その色彩だ。

壁は灰色。
床も灰色。
テーブルは焦げ茶色。
そして皿の上に乗っているのは、茶色い肉と、茶色いスープと、茶色いパン。

「セピア色の世界に迷い込んだのかしら。私の視界から『彩度』という概念が消滅したのかと思ったわ」

私は入り口で立ち尽くし、額を押さえた。

「おい、突っ立ってないで座れ」

ホールの奥、上座に座っていたジェラルドが手招きをする。
彼は既に食事を始めていた。
私はため息をつきながら、彼の向かいの席へと歩を進めた。
その間、食堂中の視線が私に突き刺さる。
むさ苦しい男たちの中で、私のドレスだけが異様な存在感を放っていた。

「おはよう、ジェラルド。よくそんな餌みたいな色合いの食事が喉を通るわね」

私は席に着くなり、毒を吐いた。

「餌とは失礼な。これは栄養バランスを考慮した効率的なメニューだ。肉でタンパク質を、芋で炭水化物を摂取する」

「ビタミンは? 心の栄養は? 彩りによる視覚的な満足感はどこへ行ったの?」

「戦場にそんなものは必要ない」

ジェラルドは平然と肉を口に運ぶ。

「ここは戦場じゃないわ。私の仮住まいよ。私が住む以上、ここは神殿……いいえ、美術館レベルの美しさを保ってもらわないと困るの」

「勝手なことを言うな。文句があるなら食うな」

「食べるわよ。私の美貌を維持するためにはエネルギーが必要だもの。セバスチャン、あれを出して」

「かしこまりました」

セバスチャンがどこからともなく取り出したのは、純白のテーブルクロスと、一輪挿しの薔薇、そして私の専用のカトラリーセットだった。
彼は手際よく私の前のスペースだけをセッティングしていく。

殺風景な木のテーブルの上に、そこだけ異空間のような優雅な食卓が出現した。

「……お前、それを持参したのか?」

ジェラルドが呆れたように箸(ナイフ)を止める。

「当然よ。この屋敷の備品は信用していないもの。見て、このナイフ。曇っているじゃない。これで肉を切ったら、肉汁と一緒に私の品格まで流れ出てしまうわ」

私は持参した銀のナイフで、出された肉を小さく切り分けた。
味は……まあ、悪くない。
素材の味、と言えば聞こえはいいけれど、要するに塩味しかしない。

「ジェラルド。私、決めたわ」

「何をだ。嫌な予感しかしないが」

「模様替えよ」

私は宣言した。
食堂中の騎士たちが、一斉に顔を上げる。

「この屋敷は死んでいるわ。機能性ばかりを追求して、美しさを殺してしまった墓場よ。私が蘇生処置をしてあげる。感謝なさい」

「断る。ここは訓練施設も兼ねているんだ。チャラチャラした装飾は邪魔になる」

「チャラチャラですって? 心外ね。私が目指すのは『ラグジュアリー&エレガント』よ。騎士たるもの、美しい環境で過ごしてこそ、美しい剣技が身につくというものよ」

私は立ち上がった。
そして、食堂を見渡して声を張り上げた。

「そこのあなた! そう、筋肉ダルマのようなあなたよ!」

指名された大柄な騎士が、驚いてスプーンを落とした。

「お、俺ですか?」

「ええ。いい上腕二頭筋をしているわね。その筋肉を、ただ重い剣を振るうためだけに使っているなんて資源の無駄遣いよ」

「はあ……?」

「私の馬車から、荷物を運んでらっしゃい。箱番号3番と5番よ。中身は最高級のペルシャ絨毯と、シルクのカーテンよ」

「えっ、いや、俺は食事中で……」

騎士がジェラルドの方をチラチラと見る。
主人の許可がないと動けないのだ。忠犬ね。

私はジェラルドに向き直り、妖艶に微笑んだ。

「ねえジェラルド。まさか、か弱い乙女に重い荷物を運ばせるつもり? そんな甲斐性なしだなんて思わなかったわ。私の勘違いだったのかしら、貴方が素敵な紳士だと思っていたのは」

「……お前は、本当に口が減らないな」

ジェラルドは深いため息をつき、こめかみを揉んだ。

「おい、ガストン。行ってこい。この女の気が済むまで付き合ってやれ」

「はっ! 了解しました!」

ガストンと呼ばれた騎士が慌てて駆け出して行く。
許可が出たと分かれば、他の騎士たちもざわめき始めた。

「セバスチャン、指示を出して。この食堂のカーテン、全部取り替えるわよ。あんな埃っぽい灰色の布きれ、雑巾にするのもお断りだわ」

「承知いたしました。おい、そこの若いの。脚立を持ってきなさい」

セバスチャンもここぞとばかりに騎士たちを使い始めた。
私の執事は有能だから、人使いの荒さも私譲りなのだ。

「ちょ、ちょっと待て! 勝手に剥がすな!」
「お嬢様! この絨毯、どこに敷くんですか!?」
「壺!? なんで馬車から壺が出てくるんだ!?」

食堂は一瞬にして戦場と化した。
ただし、剣と魔法の戦いではなく、インテリアコーディネートという名の聖戦だ。

私は現場監督として、的確な指示を飛ばし続けた。

「その壺は右に三センチずらして! シンメトリー(左右対称)は美の基本よ!」
「カーテンのドレープが甘いわ! もっと優雅な波を描くように、空気を含ませて掛けなさい!」
「そこのあなた、顔が怖いわ。花瓶を持つ時は、もっと慈愛に満ちた表情をするのよ!」

騎士たちは最初は戸惑っていたが、私のあまりの剣幕と、的確すぎる(?)指示に、次第に洗脳され始めていた。
体育会系の彼らは、命令されることに慣れているのだ。
「右!」と言われれば右に、「そこ!」と言われればそこに動く。
意外と使い勝手がいいわね、この騎士団。

数十分後。

殺風景だった食堂の一角が、劇的な変貌を遂げていた。
窓にはピンクのシルクカーテンがかかり、床には幾何学模様の高級絨毯が敷かれ、壁には私が持参した風景画が飾られている。
そしてテーブルの上には、色とりどりの花が活けられていた。

「……なんということだ」

ジェラルドが呆然と呟く。

「どう? 少しは人の住処らしくなったでしょう?」

私は扇子を開き、満足げに頷いた。

「空気が変わったわね。マイナスイオンが発生しているのが分かるわ。これで食事の味も三割増しになるはずよ」

「……確かに、明るくはなったが」

ジェラルドは周囲を見渡した。
騎士たちも、自分たちが作り上げた空間を見て、まんざらでもない顔をしている。

「すげぇ……なんか高級レストランみたいだぞ」
「この椅子、クッション置いただけで座り心地が全然違うな」
「花があるだけで、なんだか心が洗われるようだ……」

単純な男たちだわ。
チョロすぎて心配になるレベルね。

「分かったら、これからは私の指示に従うこと。この屋敷改造計画は、まだ始まったばかりよ。次はエントランス、その次は中庭、そして最終的にはジェラルド、あなたの執務室もピンク色に染めてあげるわ」

「執務室は死守するぞ」

ジェラルドが即座に拒否した。

「あら残念。あなたの冷たい顔とピンク色のコントラスト、絶対に似合うと思ったのに」

私はクスクスと笑い、改めて席に着いた。
冷めかけたスープを一口飲む。
味は変わらないはずなのに、不思議とさっきより美味しく感じた。

「ジェラルド」

「なんだ」

「私、ここにしばらく住んであげるわ。感謝なさい。私がいるだけで、この陰気な屋敷がパワースポットに変わるんだから」

ジェラルドは苦笑した。
しかし、その瞳には、最初の頃のような警戒心はもうないように見えた。

「……ああ、そうだな。退屈はしなさそうだ」

彼はそう言って、私が強引に飾らせた花瓶の薔薇を、指先で少しだけ突いた。
その仕草が意外と様になっていて、私は少しだけドキッとしてしまった。
……いや、違うわね。
私の選んだ薔薇が美しすぎるから、彼が引き立てられただけよ。
そう、すべては私のセンスのおかげ。

「さあ、食事を再開しましょう。セバスチャン、次はデザートよ。フルーツの盛り合わせを持ってきて。ビタミンCを摂らないと、私の肌がストライキを起こすわ」

騒がしくも華やかな、隣国での一日が始まった。
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