婚約破棄? 断罪? どうでもいいですわ!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
13 / 28

13

しおりを挟む
「ニアン・ローズベルク。貴様をスパイ容疑で拘束する」

突然の呼び出しを受けた私が連れてこられたのは、王宮の地下にある薄暗い尋問室だった。
目の前には、長い髭を蓄えた厳格そうな老人が座っている。
この国の宰相、ガイナー公爵だ。
周囲には強面の近衛兵たちが控え、物々しい雰囲気を醸し出している。

普通の令嬢なら、このシチュエーションだけで卒倒しているだろう。
けれど、私はニアン・ローズベルク。
まず気になったのは、自身の安否ではなく、部屋の環境だった。

「……埃っぽいわ」

私は扇子で鼻を覆い、心底嫌そうな顔をした。

「それに何、この照明。ただでさえ地下で湿気が多いのに、こんな薄暗いランプじゃ私の肌が青白く見えてしまうわ。幽霊と間違われたらどう責任を取ってくれるのかしら?」

「黙れ! 減らず口を叩くな!」

宰相が机をバンと叩く。

「貴様、今の立場が分かっているのか? 隣国の公爵令嬢でありながら、我が国の第二王子に取り入り、騎士団を懐柔し、あまつさえ怪しげな薬(香水)をばら撒いて民衆を洗脳した。これだけの状況証拠が揃っているんだ!」

「あら、人聞きが悪いわね」

私は優雅に足を組み直した。
鉄パイプの安っぽい椅子だが、私が座れば玉座に見えるはずだ。

「取り入ったんじゃないわ。ジェラルドが私に魅了されたの。騎士団を懐柔? いいえ、彼らが自発的に美意識に目覚めただけ。洗脳? それは『啓蒙活動』と呼んでいただきたいわね」

「それをスパイ活動と言うのだ!」

宰相は分厚いファイルを突きつけた。

「報告によれば、貴様は元いた国で非常に優秀な事務能力を持っていたそうだな。国家機密にも触れる立場だったとか。そんな女が、なぜ追放されたその足で我が国へ来た? 復讐か? それとも内部崩壊を狙った工作か?」

「……フッ」

私は思わず吹き出してしまった。
あまりにも見当違いな推理に、笑いを堪えきれなかったのだ。

「何がおかしい!」

「ごめんなさい。だって、私がスパイ? あははは! 傑作だわ!」

私は目尻の涙を拭った。

「いいこと、宰相閣下。スパイという職業の定義をご存知? 『影に潜み、目立たず、誰にも知られずに任務を遂行する』。そうでしょう?」

「それがどうした」

「鏡を見てご覧なさい。……ああ、ここには鏡もないのね。不便な部屋だわ」

私は自分の輝く髪を指先で梳いた。

「私を見て。この溢れ出るオーラ、隠しきれない美貌、そして歩くだけで注目を集めてしまうカリスマ性。どう見ても『目立たず潜入』なんて不可能でしょう? 私が夜闇に紛れても、肌が発光して即座に見つかるわ」

「…………」

宰相と言葉を失う近衛兵たち。
確かに、と言いたげな顔をしている者が数名いる。

「私がスパイをするなんて、太陽に『隠れろ』と言うようなものよ。物理的に無理なの。私が選ぶ職業はいつだって『主役』か『女王』、百歩譲って『女神』くらいよ」

「ぐぬぬ……! だが、貴様の行動はあまりにも手際が良すぎる! 騎士団の寮を一晩で改装し、香水販売で莫大な資金を得た。個人の力でできることではない!」

「才能よ」

私は即答した。

「凡人が一生かけてもできないことを、呼吸をするようにこなしてしまう。それが天才というものよ。私の有能さを『スパイの訓練』と勘違いされるなんて、私の才能への冒涜だわ」

「あくまでシラを切るつもりか……!」

宰相は焦れたように合図を送った。
部下の兵士が、一枚のノートを持ってきた。
それは、私の部屋から押収されたものだ。

「証拠はあるんだぞ! 貴様の部屋から見つかったこの手帳! 中には謎の暗号がびっしりと書かれている!」

宰相がページを開いて見せる。
そこには、走り書きのような文字が並んでいた。

『R-30, L-45, S-MAX... Target: G』

「これは何だ! 王宮の配置図か? それとも爆破計画の座標か!?」

「……プッ」

私は再び吹き出した。

「返せと言っている!」

「いいえ、返さなくていいわ。読み上げて差し上げて?」

「な、なに?」

「読んでみなさいと言ったのよ。その『暗号』の正体を教えてあげるわ」

宰相は怪訝な顔で、ノートの続きを読み上げた。

「……『R-30、右斜め30度からの光。L-45、左45度。S-MAX、スマイル最大。ターゲットG……ジェラルド』……?」

宰相の声が尻すぼみになる。

「そうよ。それは『ジェラルドを一番美しく悩殺するための角度と表情の計算式』よ」

「は……?」

「右斜め30度からの光を受けた時、私のまつ毛の影が一番美しく頬に落ちるの。その状態で左45度を向き、最大の笑顔(S-MAX)を向ければ、ターゲットG(ジェラルド)は確実に落ちる……という研究メモよ」

尋問室に、気まずい沈黙が流れた。
近衛兵の一人が「ぷっ」と吹き出すのを、宰相が鋭い視線で制する。

「ば、馬鹿な……。では、このページは? 『明日までに1000の首を狩る』とあるが!?」

「ああ、それは『バラの花の剪定(せんてい)』のことね。香水の材料にするバラを1000本確保しろって意味よ。文脈を読みなさい、文脈を」

「こ、この『王国全土をピンク色に染める計画』というのは!?」

「文字通りよ。この国の殺風景な景色に耐えられないから、全ての屋根をピンク色に塗り替えたいという私の『夢』よ。可愛いでしょ?」

宰相の手が震えている。
彼はノートを机に叩きつけた。

「ふ、ふざけるな! こんなどうでもいい妄想を書き連ねていただけだと言うのか!」

「どうでもよくないわ。私の美に関する研究論文よ。学会で発表すればノーベル平和賞ものだわ」

「貴様……ッ! 私を愚弄する気か!」

宰相の顔が真っ赤に染まる。
彼は立ち上がり、私に指を突きつけた。

「もうよい! これ以上嘘を重ねるなら、拷問にかけてでも口を割らせてやる! その綺麗な顔がどうなっても知らんぞ!」

「あら、野蛮ね」

私は全く動じずに、扇子で顔を仰いだ。

「拷問? 無駄よ。何をされても私は『自分の美しさ』についてしか語らないわ。鞭で打たれれば『痛みが私の肌を紅潮させてセクシーに見えるかしら』と考えるし、水をかけられれば『水も滴るいい女ね』と解釈するわ」

「き、貴様は……狂っているのか?」

「いいえ、愛しているのよ。自分自身をね」

私がニッコリと微笑んだ、その時だった。

バンッ!!

尋問室の扉が蹴破られる音がした。

「何事だ!」

兵士たちが振り返る。
そこに立っていたのは、剣を抜き放ったジェラルドだった。
後ろには、武装した騎士団の精鋭たちが控えている。

「ジェラルド!」

私は手を振った。

「遅かったじゃない。ここの空気、悪すぎて肌が乾燥してきたところよ」

「ニアン!」

ジェラルドは鬼の形相で部屋に踏み込んできた。
その鋭い視線が宰相を射抜く。

「ガイナー公爵! 私の客人に何をするつもりだ!」

「で、殿下……! これは国を守るための……!」

「黙れ! 彼女がスパイ? 笑わせるな!」

ジェラルドは私の前に立ち、庇うように背中を見せた。

「彼女がスパイなら、俺はとっくに死んでいる! 彼女は俺の寝室にも、執務室にも自由に出入りしているんだぞ!」

「そ、それは殿下が脇が甘いだけで……」

「違う! 彼女には『隠す』という概念がないんだ! 考えても見ろ、スパイが自ら自分の顔をパッケージにした香水を売り歩くか!? 『私がやった』と大声で宣伝しながら破壊工作をする工作員がどこにいる!」

ジェラルドの弁護は、的確すぎて逆に私の知能を疑われているような気もするが、まあいいでしょう。

「彼女の目的はただ一つ! 『自分がチヤホヤされること』だ! それ以外に興味がない人間が、国家転覆などという面倒なことを企むはずがないだろう!」

「……そ、それは……」

宰相も反論に詰まっている。
「確かに……」という空気が部屋全体に広がった。
私の圧倒的な「自分本位さ」が、逆説的に潔白を証明してしまったのだ。

ジェラルドは剣を収め、深いため息をついた。

「公爵。彼女は劇薬だが、毒ではない。使いようによっては、この国を豊かにする起爆剤になる。……実際、彼女のおかげで騎士団の士気は上がり、国境付近の経済も回っている」

「……殿下がそこまで仰るなら」

宰相は渋々といった様子で引き下がった。
彼は私を一度だけ睨みつけ、吐き捨てるように言った。

「だが、覚えておけ。貴様のその常軌を逸した自己愛が、いつか身を滅ぼすことになるぞ」

「ご忠告ありがとう」

私は立ち上がり、ドレスの埃を払った。

「でも安心して。私が身を滅ぼすとしたら、それは鏡の中の自分に見惚れて食事を忘れた時くらいよ」

私は宰相にウインクを投げ、ジェラルドの腕を取った。

「行こう、ジェラルド。ここを出たら、まず全身エステに行きたいわ。地下の空気に触れた肌を浄化しないと」

「……お前な」

ジェラルドは呆れつつも、安堵した表情で私を見た。

「助けに来てやったのに、第一声がエステか」

「当然よ。救出劇の後は、ヒロインが美しく微笑むのがお約束でしょう? そのためにはメンテナンスが必要なの」

「まったく……勝てないな、お前には」

私たちは尋問室を後にした。
背後で宰相が「あんな女、見たことがない……」と頭を抱えているのが気配で分かった。

廊下を歩きながら、私はジェラルドを見上げた。

「ねえ、ジェラルド」

「なんだ」

「貴方のあのセリフ。『俺の寝室にも出入りしている』ってやつ。あれ、誤解を招く表現よ? 既成事実を作るつもり?」

「ッ!?」

ジェラルドが咳き込む。

「ば、馬鹿言え! 勢いで言っただけだ! お前が勝手に模様替えをしに入ってくるからだろうが!」

「ふふっ、顔が赤いわよ」

「うるさい! 行くぞ!」

彼は早足で歩き出した。
その耳まで赤い。
可愛いところがあるじゃない、私の騎士様。

スパイ疑惑というシリアスな展開すらも、私の輝き(とキャラの濃さ)の前ではコメディにしかならない。
この国での私の地位は、また一つ強固なものになったようね。
「触れると火傷するスパイ」ではなく、「触れると疲れるナルシスト」として。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸
恋愛
 難しい顔をしたお医者様に今年も余命一年と宣告され、私はその言葉にも慣れてしまい何も思わずに、彼を見送る。  部屋に戻ってきた侍女には、昨年も、一昨年も余命一年と判断されて死にかけているのにどうしてまだ生きているのかと問われて返す言葉も見つからない。  しかしそれでも、私は必死に生きていて将来を誓っている婚約者のアレクシスもいるし、仕事もしている。  だからこそ生きられるだけ生きなければと気持ちを切り替えた。  けれどもそんな矢先、アレクシスから呼び出され、私の体を理由に婚約破棄を言い渡される。すでに新しい相手は決まっているらしく、それは美しく健康な王女リオノーラだった。  彼女に勝てる要素が一つもない私はそのまま追い出され、実家からも見捨てられ、どうしようもない状況に心が折れかけていると、見覚えのある男性が現れ「私を手助けしたい」と言ったのだった。  こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。

婚約破棄!?なんですって??その後ろでほくそ笑む女をナデてやりたい位には感謝してる!

まと
恋愛
私、イヴリンは第一王子に婚約破棄された。 笑ってはダメ、喜んでは駄目なのよイヴリン! でも後ろでほくそ笑むあなたは私の救世主!

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

処理中です...