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「ニアン・ローズベルク。貴様をスパイ容疑で拘束する」
突然の呼び出しを受けた私が連れてこられたのは、王宮の地下にある薄暗い尋問室だった。
目の前には、長い髭を蓄えた厳格そうな老人が座っている。
この国の宰相、ガイナー公爵だ。
周囲には強面の近衛兵たちが控え、物々しい雰囲気を醸し出している。
普通の令嬢なら、このシチュエーションだけで卒倒しているだろう。
けれど、私はニアン・ローズベルク。
まず気になったのは、自身の安否ではなく、部屋の環境だった。
「……埃っぽいわ」
私は扇子で鼻を覆い、心底嫌そうな顔をした。
「それに何、この照明。ただでさえ地下で湿気が多いのに、こんな薄暗いランプじゃ私の肌が青白く見えてしまうわ。幽霊と間違われたらどう責任を取ってくれるのかしら?」
「黙れ! 減らず口を叩くな!」
宰相が机をバンと叩く。
「貴様、今の立場が分かっているのか? 隣国の公爵令嬢でありながら、我が国の第二王子に取り入り、騎士団を懐柔し、あまつさえ怪しげな薬(香水)をばら撒いて民衆を洗脳した。これだけの状況証拠が揃っているんだ!」
「あら、人聞きが悪いわね」
私は優雅に足を組み直した。
鉄パイプの安っぽい椅子だが、私が座れば玉座に見えるはずだ。
「取り入ったんじゃないわ。ジェラルドが私に魅了されたの。騎士団を懐柔? いいえ、彼らが自発的に美意識に目覚めただけ。洗脳? それは『啓蒙活動』と呼んでいただきたいわね」
「それをスパイ活動と言うのだ!」
宰相は分厚いファイルを突きつけた。
「報告によれば、貴様は元いた国で非常に優秀な事務能力を持っていたそうだな。国家機密にも触れる立場だったとか。そんな女が、なぜ追放されたその足で我が国へ来た? 復讐か? それとも内部崩壊を狙った工作か?」
「……フッ」
私は思わず吹き出してしまった。
あまりにも見当違いな推理に、笑いを堪えきれなかったのだ。
「何がおかしい!」
「ごめんなさい。だって、私がスパイ? あははは! 傑作だわ!」
私は目尻の涙を拭った。
「いいこと、宰相閣下。スパイという職業の定義をご存知? 『影に潜み、目立たず、誰にも知られずに任務を遂行する』。そうでしょう?」
「それがどうした」
「鏡を見てご覧なさい。……ああ、ここには鏡もないのね。不便な部屋だわ」
私は自分の輝く髪を指先で梳いた。
「私を見て。この溢れ出るオーラ、隠しきれない美貌、そして歩くだけで注目を集めてしまうカリスマ性。どう見ても『目立たず潜入』なんて不可能でしょう? 私が夜闇に紛れても、肌が発光して即座に見つかるわ」
「…………」
宰相と言葉を失う近衛兵たち。
確かに、と言いたげな顔をしている者が数名いる。
「私がスパイをするなんて、太陽に『隠れろ』と言うようなものよ。物理的に無理なの。私が選ぶ職業はいつだって『主役』か『女王』、百歩譲って『女神』くらいよ」
「ぐぬぬ……! だが、貴様の行動はあまりにも手際が良すぎる! 騎士団の寮を一晩で改装し、香水販売で莫大な資金を得た。個人の力でできることではない!」
「才能よ」
私は即答した。
「凡人が一生かけてもできないことを、呼吸をするようにこなしてしまう。それが天才というものよ。私の有能さを『スパイの訓練』と勘違いされるなんて、私の才能への冒涜だわ」
「あくまでシラを切るつもりか……!」
宰相は焦れたように合図を送った。
部下の兵士が、一枚のノートを持ってきた。
それは、私の部屋から押収されたものだ。
「証拠はあるんだぞ! 貴様の部屋から見つかったこの手帳! 中には謎の暗号がびっしりと書かれている!」
宰相がページを開いて見せる。
そこには、走り書きのような文字が並んでいた。
『R-30, L-45, S-MAX... Target: G』
「これは何だ! 王宮の配置図か? それとも爆破計画の座標か!?」
「……プッ」
私は再び吹き出した。
「返せと言っている!」
「いいえ、返さなくていいわ。読み上げて差し上げて?」
「な、なに?」
「読んでみなさいと言ったのよ。その『暗号』の正体を教えてあげるわ」
宰相は怪訝な顔で、ノートの続きを読み上げた。
「……『R-30、右斜め30度からの光。L-45、左45度。S-MAX、スマイル最大。ターゲットG……ジェラルド』……?」
宰相の声が尻すぼみになる。
「そうよ。それは『ジェラルドを一番美しく悩殺するための角度と表情の計算式』よ」
「は……?」
「右斜め30度からの光を受けた時、私のまつ毛の影が一番美しく頬に落ちるの。その状態で左45度を向き、最大の笑顔(S-MAX)を向ければ、ターゲットG(ジェラルド)は確実に落ちる……という研究メモよ」
尋問室に、気まずい沈黙が流れた。
近衛兵の一人が「ぷっ」と吹き出すのを、宰相が鋭い視線で制する。
「ば、馬鹿な……。では、このページは? 『明日までに1000の首を狩る』とあるが!?」
「ああ、それは『バラの花の剪定(せんてい)』のことね。香水の材料にするバラを1000本確保しろって意味よ。文脈を読みなさい、文脈を」
「こ、この『王国全土をピンク色に染める計画』というのは!?」
「文字通りよ。この国の殺風景な景色に耐えられないから、全ての屋根をピンク色に塗り替えたいという私の『夢』よ。可愛いでしょ?」
宰相の手が震えている。
彼はノートを机に叩きつけた。
「ふ、ふざけるな! こんなどうでもいい妄想を書き連ねていただけだと言うのか!」
「どうでもよくないわ。私の美に関する研究論文よ。学会で発表すればノーベル平和賞ものだわ」
「貴様……ッ! 私を愚弄する気か!」
宰相の顔が真っ赤に染まる。
彼は立ち上がり、私に指を突きつけた。
「もうよい! これ以上嘘を重ねるなら、拷問にかけてでも口を割らせてやる! その綺麗な顔がどうなっても知らんぞ!」
「あら、野蛮ね」
私は全く動じずに、扇子で顔を仰いだ。
「拷問? 無駄よ。何をされても私は『自分の美しさ』についてしか語らないわ。鞭で打たれれば『痛みが私の肌を紅潮させてセクシーに見えるかしら』と考えるし、水をかけられれば『水も滴るいい女ね』と解釈するわ」
「き、貴様は……狂っているのか?」
「いいえ、愛しているのよ。自分自身をね」
私がニッコリと微笑んだ、その時だった。
バンッ!!
尋問室の扉が蹴破られる音がした。
「何事だ!」
兵士たちが振り返る。
そこに立っていたのは、剣を抜き放ったジェラルドだった。
後ろには、武装した騎士団の精鋭たちが控えている。
「ジェラルド!」
私は手を振った。
「遅かったじゃない。ここの空気、悪すぎて肌が乾燥してきたところよ」
「ニアン!」
ジェラルドは鬼の形相で部屋に踏み込んできた。
その鋭い視線が宰相を射抜く。
「ガイナー公爵! 私の客人に何をするつもりだ!」
「で、殿下……! これは国を守るための……!」
「黙れ! 彼女がスパイ? 笑わせるな!」
ジェラルドは私の前に立ち、庇うように背中を見せた。
「彼女がスパイなら、俺はとっくに死んでいる! 彼女は俺の寝室にも、執務室にも自由に出入りしているんだぞ!」
「そ、それは殿下が脇が甘いだけで……」
「違う! 彼女には『隠す』という概念がないんだ! 考えても見ろ、スパイが自ら自分の顔をパッケージにした香水を売り歩くか!? 『私がやった』と大声で宣伝しながら破壊工作をする工作員がどこにいる!」
ジェラルドの弁護は、的確すぎて逆に私の知能を疑われているような気もするが、まあいいでしょう。
「彼女の目的はただ一つ! 『自分がチヤホヤされること』だ! それ以外に興味がない人間が、国家転覆などという面倒なことを企むはずがないだろう!」
「……そ、それは……」
宰相も反論に詰まっている。
「確かに……」という空気が部屋全体に広がった。
私の圧倒的な「自分本位さ」が、逆説的に潔白を証明してしまったのだ。
ジェラルドは剣を収め、深いため息をついた。
「公爵。彼女は劇薬だが、毒ではない。使いようによっては、この国を豊かにする起爆剤になる。……実際、彼女のおかげで騎士団の士気は上がり、国境付近の経済も回っている」
「……殿下がそこまで仰るなら」
宰相は渋々といった様子で引き下がった。
彼は私を一度だけ睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「だが、覚えておけ。貴様のその常軌を逸した自己愛が、いつか身を滅ぼすことになるぞ」
「ご忠告ありがとう」
私は立ち上がり、ドレスの埃を払った。
「でも安心して。私が身を滅ぼすとしたら、それは鏡の中の自分に見惚れて食事を忘れた時くらいよ」
私は宰相にウインクを投げ、ジェラルドの腕を取った。
「行こう、ジェラルド。ここを出たら、まず全身エステに行きたいわ。地下の空気に触れた肌を浄化しないと」
「……お前な」
ジェラルドは呆れつつも、安堵した表情で私を見た。
「助けに来てやったのに、第一声がエステか」
「当然よ。救出劇の後は、ヒロインが美しく微笑むのがお約束でしょう? そのためにはメンテナンスが必要なの」
「まったく……勝てないな、お前には」
私たちは尋問室を後にした。
背後で宰相が「あんな女、見たことがない……」と頭を抱えているのが気配で分かった。
廊下を歩きながら、私はジェラルドを見上げた。
「ねえ、ジェラルド」
「なんだ」
「貴方のあのセリフ。『俺の寝室にも出入りしている』ってやつ。あれ、誤解を招く表現よ? 既成事実を作るつもり?」
「ッ!?」
ジェラルドが咳き込む。
「ば、馬鹿言え! 勢いで言っただけだ! お前が勝手に模様替えをしに入ってくるからだろうが!」
「ふふっ、顔が赤いわよ」
「うるさい! 行くぞ!」
彼は早足で歩き出した。
その耳まで赤い。
可愛いところがあるじゃない、私の騎士様。
スパイ疑惑というシリアスな展開すらも、私の輝き(とキャラの濃さ)の前ではコメディにしかならない。
この国での私の地位は、また一つ強固なものになったようね。
「触れると火傷するスパイ」ではなく、「触れると疲れるナルシスト」として。
突然の呼び出しを受けた私が連れてこられたのは、王宮の地下にある薄暗い尋問室だった。
目の前には、長い髭を蓄えた厳格そうな老人が座っている。
この国の宰相、ガイナー公爵だ。
周囲には強面の近衛兵たちが控え、物々しい雰囲気を醸し出している。
普通の令嬢なら、このシチュエーションだけで卒倒しているだろう。
けれど、私はニアン・ローズベルク。
まず気になったのは、自身の安否ではなく、部屋の環境だった。
「……埃っぽいわ」
私は扇子で鼻を覆い、心底嫌そうな顔をした。
「それに何、この照明。ただでさえ地下で湿気が多いのに、こんな薄暗いランプじゃ私の肌が青白く見えてしまうわ。幽霊と間違われたらどう責任を取ってくれるのかしら?」
「黙れ! 減らず口を叩くな!」
宰相が机をバンと叩く。
「貴様、今の立場が分かっているのか? 隣国の公爵令嬢でありながら、我が国の第二王子に取り入り、騎士団を懐柔し、あまつさえ怪しげな薬(香水)をばら撒いて民衆を洗脳した。これだけの状況証拠が揃っているんだ!」
「あら、人聞きが悪いわね」
私は優雅に足を組み直した。
鉄パイプの安っぽい椅子だが、私が座れば玉座に見えるはずだ。
「取り入ったんじゃないわ。ジェラルドが私に魅了されたの。騎士団を懐柔? いいえ、彼らが自発的に美意識に目覚めただけ。洗脳? それは『啓蒙活動』と呼んでいただきたいわね」
「それをスパイ活動と言うのだ!」
宰相は分厚いファイルを突きつけた。
「報告によれば、貴様は元いた国で非常に優秀な事務能力を持っていたそうだな。国家機密にも触れる立場だったとか。そんな女が、なぜ追放されたその足で我が国へ来た? 復讐か? それとも内部崩壊を狙った工作か?」
「……フッ」
私は思わず吹き出してしまった。
あまりにも見当違いな推理に、笑いを堪えきれなかったのだ。
「何がおかしい!」
「ごめんなさい。だって、私がスパイ? あははは! 傑作だわ!」
私は目尻の涙を拭った。
「いいこと、宰相閣下。スパイという職業の定義をご存知? 『影に潜み、目立たず、誰にも知られずに任務を遂行する』。そうでしょう?」
「それがどうした」
「鏡を見てご覧なさい。……ああ、ここには鏡もないのね。不便な部屋だわ」
私は自分の輝く髪を指先で梳いた。
「私を見て。この溢れ出るオーラ、隠しきれない美貌、そして歩くだけで注目を集めてしまうカリスマ性。どう見ても『目立たず潜入』なんて不可能でしょう? 私が夜闇に紛れても、肌が発光して即座に見つかるわ」
「…………」
宰相と言葉を失う近衛兵たち。
確かに、と言いたげな顔をしている者が数名いる。
「私がスパイをするなんて、太陽に『隠れろ』と言うようなものよ。物理的に無理なの。私が選ぶ職業はいつだって『主役』か『女王』、百歩譲って『女神』くらいよ」
「ぐぬぬ……! だが、貴様の行動はあまりにも手際が良すぎる! 騎士団の寮を一晩で改装し、香水販売で莫大な資金を得た。個人の力でできることではない!」
「才能よ」
私は即答した。
「凡人が一生かけてもできないことを、呼吸をするようにこなしてしまう。それが天才というものよ。私の有能さを『スパイの訓練』と勘違いされるなんて、私の才能への冒涜だわ」
「あくまでシラを切るつもりか……!」
宰相は焦れたように合図を送った。
部下の兵士が、一枚のノートを持ってきた。
それは、私の部屋から押収されたものだ。
「証拠はあるんだぞ! 貴様の部屋から見つかったこの手帳! 中には謎の暗号がびっしりと書かれている!」
宰相がページを開いて見せる。
そこには、走り書きのような文字が並んでいた。
『R-30, L-45, S-MAX... Target: G』
「これは何だ! 王宮の配置図か? それとも爆破計画の座標か!?」
「……プッ」
私は再び吹き出した。
「返せと言っている!」
「いいえ、返さなくていいわ。読み上げて差し上げて?」
「な、なに?」
「読んでみなさいと言ったのよ。その『暗号』の正体を教えてあげるわ」
宰相は怪訝な顔で、ノートの続きを読み上げた。
「……『R-30、右斜め30度からの光。L-45、左45度。S-MAX、スマイル最大。ターゲットG……ジェラルド』……?」
宰相の声が尻すぼみになる。
「そうよ。それは『ジェラルドを一番美しく悩殺するための角度と表情の計算式』よ」
「は……?」
「右斜め30度からの光を受けた時、私のまつ毛の影が一番美しく頬に落ちるの。その状態で左45度を向き、最大の笑顔(S-MAX)を向ければ、ターゲットG(ジェラルド)は確実に落ちる……という研究メモよ」
尋問室に、気まずい沈黙が流れた。
近衛兵の一人が「ぷっ」と吹き出すのを、宰相が鋭い視線で制する。
「ば、馬鹿な……。では、このページは? 『明日までに1000の首を狩る』とあるが!?」
「ああ、それは『バラの花の剪定(せんてい)』のことね。香水の材料にするバラを1000本確保しろって意味よ。文脈を読みなさい、文脈を」
「こ、この『王国全土をピンク色に染める計画』というのは!?」
「文字通りよ。この国の殺風景な景色に耐えられないから、全ての屋根をピンク色に塗り替えたいという私の『夢』よ。可愛いでしょ?」
宰相の手が震えている。
彼はノートを机に叩きつけた。
「ふ、ふざけるな! こんなどうでもいい妄想を書き連ねていただけだと言うのか!」
「どうでもよくないわ。私の美に関する研究論文よ。学会で発表すればノーベル平和賞ものだわ」
「貴様……ッ! 私を愚弄する気か!」
宰相の顔が真っ赤に染まる。
彼は立ち上がり、私に指を突きつけた。
「もうよい! これ以上嘘を重ねるなら、拷問にかけてでも口を割らせてやる! その綺麗な顔がどうなっても知らんぞ!」
「あら、野蛮ね」
私は全く動じずに、扇子で顔を仰いだ。
「拷問? 無駄よ。何をされても私は『自分の美しさ』についてしか語らないわ。鞭で打たれれば『痛みが私の肌を紅潮させてセクシーに見えるかしら』と考えるし、水をかけられれば『水も滴るいい女ね』と解釈するわ」
「き、貴様は……狂っているのか?」
「いいえ、愛しているのよ。自分自身をね」
私がニッコリと微笑んだ、その時だった。
バンッ!!
尋問室の扉が蹴破られる音がした。
「何事だ!」
兵士たちが振り返る。
そこに立っていたのは、剣を抜き放ったジェラルドだった。
後ろには、武装した騎士団の精鋭たちが控えている。
「ジェラルド!」
私は手を振った。
「遅かったじゃない。ここの空気、悪すぎて肌が乾燥してきたところよ」
「ニアン!」
ジェラルドは鬼の形相で部屋に踏み込んできた。
その鋭い視線が宰相を射抜く。
「ガイナー公爵! 私の客人に何をするつもりだ!」
「で、殿下……! これは国を守るための……!」
「黙れ! 彼女がスパイ? 笑わせるな!」
ジェラルドは私の前に立ち、庇うように背中を見せた。
「彼女がスパイなら、俺はとっくに死んでいる! 彼女は俺の寝室にも、執務室にも自由に出入りしているんだぞ!」
「そ、それは殿下が脇が甘いだけで……」
「違う! 彼女には『隠す』という概念がないんだ! 考えても見ろ、スパイが自ら自分の顔をパッケージにした香水を売り歩くか!? 『私がやった』と大声で宣伝しながら破壊工作をする工作員がどこにいる!」
ジェラルドの弁護は、的確すぎて逆に私の知能を疑われているような気もするが、まあいいでしょう。
「彼女の目的はただ一つ! 『自分がチヤホヤされること』だ! それ以外に興味がない人間が、国家転覆などという面倒なことを企むはずがないだろう!」
「……そ、それは……」
宰相も反論に詰まっている。
「確かに……」という空気が部屋全体に広がった。
私の圧倒的な「自分本位さ」が、逆説的に潔白を証明してしまったのだ。
ジェラルドは剣を収め、深いため息をついた。
「公爵。彼女は劇薬だが、毒ではない。使いようによっては、この国を豊かにする起爆剤になる。……実際、彼女のおかげで騎士団の士気は上がり、国境付近の経済も回っている」
「……殿下がそこまで仰るなら」
宰相は渋々といった様子で引き下がった。
彼は私を一度だけ睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「だが、覚えておけ。貴様のその常軌を逸した自己愛が、いつか身を滅ぼすことになるぞ」
「ご忠告ありがとう」
私は立ち上がり、ドレスの埃を払った。
「でも安心して。私が身を滅ぼすとしたら、それは鏡の中の自分に見惚れて食事を忘れた時くらいよ」
私は宰相にウインクを投げ、ジェラルドの腕を取った。
「行こう、ジェラルド。ここを出たら、まず全身エステに行きたいわ。地下の空気に触れた肌を浄化しないと」
「……お前な」
ジェラルドは呆れつつも、安堵した表情で私を見た。
「助けに来てやったのに、第一声がエステか」
「当然よ。救出劇の後は、ヒロインが美しく微笑むのがお約束でしょう? そのためにはメンテナンスが必要なの」
「まったく……勝てないな、お前には」
私たちは尋問室を後にした。
背後で宰相が「あんな女、見たことがない……」と頭を抱えているのが気配で分かった。
廊下を歩きながら、私はジェラルドを見上げた。
「ねえ、ジェラルド」
「なんだ」
「貴方のあのセリフ。『俺の寝室にも出入りしている』ってやつ。あれ、誤解を招く表現よ? 既成事実を作るつもり?」
「ッ!?」
ジェラルドが咳き込む。
「ば、馬鹿言え! 勢いで言っただけだ! お前が勝手に模様替えをしに入ってくるからだろうが!」
「ふふっ、顔が赤いわよ」
「うるさい! 行くぞ!」
彼は早足で歩き出した。
その耳まで赤い。
可愛いところがあるじゃない、私の騎士様。
スパイ疑惑というシリアスな展開すらも、私の輝き(とキャラの濃さ)の前ではコメディにしかならない。
この国での私の地位は、また一つ強固なものになったようね。
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