婚約破棄は明日?お弁当を食べて待ってますわ!~超速・婚活リスタート~

パリパリかぷちーの

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「……はあ、散々な夜会でしたわ。アンナ、お夜食のスコーンに、とびきり甘いジャムを添えてちょうだい」

別荘に戻るなり、私は地味な商家の娘(仮)のドレスを脱ぎ捨て、シルクのガウンに身を包んだ。
結局、素敵な旦那様候補を見つけるどころか、元婚約者の無様な姿と、泥沼化した愛の末路を見せつけられただけ。
私の胃袋は、精神的な疲労で空っぽよ。

「お嬢様、お疲れ様でした。セリナ様のあの豹変ぶり、今思い出しても背筋が凍りますね」

「豹変ではなく、あれが彼女の『本質』なのよ。ジュリアス殿下という金の成る木が枯れ始めたから、慌てて植え替え先を探しているだけ。非常に合理的……と言いたいけれど、やり方が雑すぎて呆れるわ」

私はソファに深く沈み込み、アンナが持ってきたスコーンを一口。
サクッとした食感と共に、脳に糖分が染み渡る。

「お嬢様、お疲れのところ失礼しますが。……例の『パーティーの損害賠償請求』の計算、終わっていますか?」

影のように現れたのは、護衛の任務を終えたカシアンだ。
彼はいつの間にか騎士の正装に戻り、手には分厚い書類の束を持っていた。

「あらカシアン。非番の護衛代なら、明日お支払いするわ。今は脳を休ませているの」

「いいえ。私が言っているのは、あの会場を混乱させた原因が『公爵令嬢の変装』にあるとギルドが抗議してきた件です。……それと、殿下が勝手に注文した最高級シャンパン十二本のツケ、なぜか私のところに回ってきていましてね」

「……なんですって?」

私はスコーンを皿に置き、目を見開いた。
あのバカ殿下、金がないのにまだ見栄を張って注文を!?
しかも、私のせいにしてギルドが抗議?

「カシアン、その計算書を貸しなさい。……ふん、会場の修繕費に、スタッフの精神的苦痛代? これ、明らかに上乗せされているわね。ギルドも商売人だわ」

「ええ。私も概算を出しましたが、どうにも数字が合いません。彼らはプロの計理士を雇ったようですから」

私はカシアンから羽ペンを奪い取り、テーブルの上に計算用紙を広げた。
ここからは、私の独壇場よ。

「見てなさい。ギルドの言い値で払うほど、私はお人好しじゃないわ。……まずは、この会場使用料の割増率。規約の第14条によれば、王族が関与した場合は国庫負担になるはずよ。私たちはあくまで『一参加者』としての過失割合を計算すべきだわ」

「なるほど。では、その過失割合を導き出すために、まず殿下の乱入が『予見可能であったか』を数値化しましょうか」

カシアンが私の隣に座り、別の紙を取り出した。
彼の手元を見ると、驚くほど速い筆致で複雑な数式が組み立てられていく。

「あら、カシアン。意外と早いのね。でも、その係数は古いわ。最新の王宮会計基準では、0.85ではなく0.82を用いるのが通例よ」

「……。ほう、よく勉強していますね。ならば、この特別減免措置の適用範囲についてはどう考えますか?」

「それは当然、私の『元・婚約者』としての監督責任を、慰謝料の相殺分として……」

気づけば、私たちは顔を突き合わせるようにして、一枚の紙を奪い合っていた。
数字が飛び交い、羽ペンが紙の上を激しく踊る。
計算が終わるたびに、どちらがより「合理的で、なおかつ自分たちに有利な」結論を導き出せるかの競争だ。

「よし、出たわ! 総額で三割はカットできる! これでギルドも文句は言わせないわよ」

「……いや、ここをこう弄れば、もう二分は削れます。見てください、この複利の計算ミスを」

「え? ……あ、本当だわ。やるじゃない、カシアン」

私は思わずカシアンの顔を覗き込んだ。
そこには、いつもの冷めた表情ではなく、知的な興奮に瞳を輝かせた一人の男がいた。
……今まで気づかなかったけれど、カシアンって、計算している時が一番格好いいんじゃないかしら?

「……お嬢様?」

不意に、カシアンが計算の手を止め、私を見た。
あまりに顔が近かったことに気づき、私は慌てて体を離そうとしたけれど、カシアンの腕が私の肩に軽く触れた。

「……計算、楽しかったですね」

「え、ええ。そうね。……数字は嘘をつかないから、好きだわ」

「私もです。……特に、あなたとこうして数字を突き合わせている時間は、戦場よりもずっと緊張感があって……悪くない」

カシアンの声が、いつもより低く、耳元に心地よく響いた。
何よ、これ。
さっきまで殺伐とした計算バトルをしていたはずなのに、この甘い空気は一体どこから湧いてきたの?

「(カシアン、そんな顔もできるのね……)」

彼のクマの濃い瞳が、じっと私を見つめている。
私は言葉を失い、ただドクドクと高鳴る鼓動を、計算の疲れのせいだと言い聞かせるのが精一杯だった。

「お、お嬢様! スコーンの二皿目をお持ち……って、まあ!」

空気を読まないアンナの登場で、私は弾かれたように立ち上がった。

「な、何でもないわ! 今、ギルドへの反論文書が完成したところよ! ね、カシアン!」

「ええ。……非常に、有意義な時間でした」

カシアンは涼しい顔で立ち上がり、書類をまとめると、一度だけ深く礼をして部屋を出て行った。
残された私は、火照った頬を扇で煽ぎながら、冷めたお茶を飲み干した。

「(ダメよ、メティア。次の旦那様は『穏やかな草食動物』って決めたでしょう? カシアンは……肉食、それもかなり計算高いライオンだわ)」

けれど、手に残った計算用紙の余熱が、いつまでも消えなかった。
私の恋の計算式には、どうやら「カシアン」という予測不能な変数が混入してしまったらしい。
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