断罪された悪役令嬢ですが、ハッピーエンド(仮)を目指します!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
7 / 28

7

しおりを挟む
ルーナが、極上の昼寝から目覚めたのは、太陽がすでに西の空に傾き始めた頃だった。

「ん……あぁ、よく眠りましたわ」

天蓋付きベッドの上で、ルーナは猫のように大きく伸びをした。
王都での窮屈な日々では決して味わえなかった、心からの満足感が全身を満たしていく。

(最高ですわ。やはり別荘は)

ルーナがのそりと起き上がると、控えていたアンナがすぐに扉を開けて入ってきた。

「お目覚めですか、お嬢様。よくお休みになられたようで」

「ええ、完璧な昼寝でしたわ。それで、アンナ。例の『監視役』様は?」

アンナは、少し困ったような、それでいて面白そうな表情を浮かべた。

「はい。アレクシス様ですが…お嬢様がお休みになられてからずっと、この別荘中をくまなく『検分』なさっておりました」

「まあ、ご熱心なことですわね」

「地下の貯蔵庫から、屋根裏部屋の物置まで、それはもう徹底的に。使用人たちも、少し怯えておりましたが…」

「それで、何か『武器』や『隠し通路』は見つかったのかしら」

「いいえ。見つかったのは、お嬢様が持ち込まれた大量の小麦粉とバターの樽だったそうで…」

アンナは、くすりと笑いをこらえた。

「アレクシス様、貯蔵庫の前で、非常に…なんとも言えないお顔で立ち尽くしておられましたわ。『…これは、なんだ』と」

(でしょうね)
ルーナも、思わず笑みがこぼれた。
氷の騎士様が、小麦粉の山を前にして絶句している姿を想像すると、実に愉快だった。

「ご苦労様なことですわ。さて、わたくしも活動開始といたしましょうか」

ルーナは、早速アンナに手伝わせて、持ってきた荷物の中から一番動きやすいコットンのワンピースに着替えた。
コルセットも、きつい髪型も、もうない。
信じられないほどの解放感だった。

「まずは、わたくしの城を視察しませんと」

「城、でございますか?」

「厨房ですわ!」

ルーナは、意気揚々と一階の厨房へと向かった。
アレクシスが検分した後だという厨房は、すでにアンナと管理人のエマによって、ルーナ仕様に完璧に整えられていた。

「素晴らしい!」

ルーナは、感嘆の声を上げた。
王宮のそれよりは狭いが、機能的に作られた厨房だ。
中央には大きな作業台。壁には、磨き上げられた銅製の鍋やフライパンがずらりと並んでいる。
そして何より、窓から明るい西日と、湖からの風が入ってくる。

「最高ですわ、アンナ、エマ! これぞわたくしの求めていた厨房よ!」

パントリー(食料庫)を開けば、王都から運び込まれた小麦粉や砂糖、スパイス類が美しく陳列されている。

「うふふ…何から作りましょう。まずは、長旅で酷使した胃を休めるために、優しいスープかしら。それとも、到着祝いにタルトでも焼きましょうか」

ルーナが、うっとりとした表情で小麦粉の袋を撫でていると、厨房の入り口に、冷たい影が差した。

「…何をしている」

氷のように低い声。
アレクシス・ラインフォルトだった。
彼は、腕を組み、眉間に深いシワを寄せたまま、ルーナを睨みつけていた。
その青い瞳は「悪女がまた何か企んでいる」と雄弁に語っている。

「あら、副団長様。検分はお済みになりましたの?」

ルーナは、小麦粉から手を離し、優雅に(しかし、エプロン姿で)振り返った。

「貴様こそ、謹慎中の身でありながら、ずいぶんと楽しそうだな」

「ええ、楽しいですわよ? ご覧くださいまし、この素晴らしい厨房を。まるでわたくしのためにあるようですわ」

「……」

アレクシスは、この女の図太さに、もはや怒りを通り越して一種の戦慄を覚えていた。

「ここは貴様の遊び場ではない。謹慎場所だ。それを忘れるな」

「ええ、存じておりますわ。ですから、謹慎にふさわしく、大人しくここで過ごすための準備をしておりますの」

ルーナは、そう言うと、厨房の裏手にある勝手口に向かった。

「おい、どこへ行く」

「ちょっと、そこのお庭まで」

「庭だと? 逃亡する気か」

(この人、どれだけわたくしを逃亡させたいのかしら)
ルーナは、心底呆れたため息をついた。

「逃げませんわよ。馬車で五日もかかる場所から、どうやって逃げると言うのです。わたくしは、今夜の夕食に必要な『食材』を調達に行くだけですわ」

「食材…?」

アレクシスが怪訝な顔をするのを無視し、ルーナは勝手口の扉を開けた。
そこには、西日に照らされた小さなハーブ園が広がっていた。

「まあ…!」

ルーナは、再び歓声を上げた。
管理人が最低限の手入れはしていたのだろう。
ローズマリーが青々と茂り、ミントが元気よく群生し、タイムやセージも良い香りを放っている。

「素晴らしいですわ! 少し雑草が目立ちますけれど、これならすぐに再生できますわね!」

ルーナは、厨房から持ち出した小さなカゴと園芸用の手袋をはめると、早速ハーブ園に足を踏み入れた。

「……」

アレクシスは、勝手口の前に仁王立ちしたまま、その光景を呆然と眺めていた。
公爵令嬢が、あろうことか、エプロン姿のまま、ためらいもなく地面に膝をつき、雑草を抜き始めたのだ。

「…貴様、一体、何をしている」

本日二度目となる、同じセリフだった。

「見て分かりませんこと? ハーブの手入れですわ」

ルーナは、顔も上げずに答えた。

「このミントは、お茶にしてもお菓子にしても最高ですの。こちらのローズマリーは、お肉料理に。あら、カモミールも咲いていますわ。これなら安眠できますわね」

ルーナは、まるで宝物でも見つけたかのように、目を輝かせながら土をいじっている。

「公爵令嬢が…土いじりだと?」

「ええ。王妃教育では教えてくれませんでしたけれど、わたくしの数少ない趣味の一つですのよ」

(王妃教育より、よほど有意義だわ)
とは、さすがに口には出さなかった。

アレクシスは、理解の範疇を超えるものを見た、という顔でこめかみを押さえた。
彼が知る「公爵令嬢」とは、刺繍やダンス、詩や絵画に興じるものだ。
土にまみれ、雑草を抜く姿など、想像したこともなかった。

(この女…本当に悪女なのか? それとも、ただの変わり者…? いや、王子の目を欺くための芝居か?)

アレクシスが、疑心暗鬼に思考を巡らせていると、ルーナが不意に顔を上げた。

「あの、副団長様」

「…なんだ」

「どうせそこに立って、わたくしを『監視』なさるのでしたら」

ルーナは、にっこりと、人の悪い笑みを浮かべた。

「少し、お手を貸していただけませんこと?」

「…は?」

アレクシスは、自分の耳を疑った。

ルーナは、自分の隣の、ひときわ雑草が茂っている一角を指差した。

「そこですわ。そこだけ、どうにも雑草の根が深そうで、わたくしの力では骨が折れそうですの」

「……」

「監視なら、別に、わたくしの隣でなさっても問題ないでしょう?」

ルーナは、小首を傾げて、続けた。

「よろしければ、そこの草むしりでも、いかがですの?」

「……」

アレクシスの顔から、表情が消えた。
「氷の騎士」の仮面が、完璧に戻ってきた。
いや、むしろ、今までで一番冷たい表情をしているかもしれない。
周囲の気温が、数度下がったかのような錯覚さえ覚える。

アレクシスは、低い、地を這うような声で言った。

「…ふざけるのも、大概にしろ」

「あら、残念ですわ」

ルーナは、全く堪えた様子もなく、あっさりと肩をすくめた。

「騎士様は、力仕事がお得意かと思いましたのに。立っているだけでは、お疲れになりませんこと?」

「俺の仕事は、貴様の庭仕事を手伝うことではない。貴様が、馬鹿な真似をしないか見張ることだ」

「はぁ。ご立派な『お仕事』ですこと」

ルーナは、皮肉たっぷりにそう言うと、再び土いじりに意識を戻してしまった。
アレクシスのことなど、もはや視界に入っていないかのように。

「……!」

アレクシスは、人生で初めて味わう種類の「屈辱」に、拳を固く握りしめた。
この女は、自分を愚弄している。
王宮騎士団の副団長である自分を、庭師か何かと勘違いしている。

(許せん…!)

しかし、監視対象者が土いじりをしているだけでは、剣を抜くわけにも、罰するわけにもいかない。
アレクシスは、憤怒の炎を(内心で)燃やしながら、仁王立ちで「悪女の草むしり」を監視し続けるしかなかった。

「ふんふんふ~ん♪」

ハーブ園には、ルーナの機嫌の良さそうな鼻歌だけが、静かに響いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

【完結】契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~

九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?

妹に命じられて辺境伯へ嫁いだら王都で魔王が復活しました(完)

みかん畑
恋愛
家族から才能がないと思われ、蔑まれていた姉が辺境で溺愛されたりするお話です。 2/21完結

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...