断罪された悪役令嬢ですが、ハッピーエンド(仮)を目指します!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
王都への帰還の道のりは、ルーナにとって苦痛以外の何物でもなかった。

(揺れますわ…! この馬車、無駄に装飾ばかりで、乗り心地は最低ですわね!)

追放の時は、公爵家の所有する、居住性を最優先した長距離用の大型馬車だった。
クッションはふかふか、荷台(という名の食料庫)は万全。
アレクシスの、比較的ゆっくりとした並走のおかげで、快適な「旅」だった。

だが、強制送還は、王家がよこした見た目だけが立派な「儀礼用」の馬車だ。
宰相補佐官バートレット侯爵は、一刻も早くこの面倒な任務を完了させたい一心で、御者に「急げ!」「最短で!」と命じ続けている。
ガタン! ゴトン! と、石畳の整備されていない田舎道を、猛スピードで突き進む。

「うっ…」

「お嬢様、お顔の色が…」

アンナが、心配そうに主人の顔を覗き込む。

「アンナ…わたくし、後悔しておりますわ…」

「スチームコンベクションオーブンのことでございますか?」

「いいえ。あんな侯爵に、わたくしの貴重なマドレーヌを交渉材料として食べさせてしまったことですわ…!」

「そ、そちらでございますか…」

アンナは、もはやこの主人の食への執着に、感心さえ覚えていた。
そう。ルーナは、例の「厨房交渉」の際、焼きたてのマドレーヌを「王都への手土産ですわ」と侯爵に差し出したのだ。
侯爵は、その人生で味わったことのない美味に衝撃を受け、「わかった! 厨房の件は、必ずや!」と、完全にルーナのペースに巻き込まれてしまったのである。

(あのオーブンのため…あのオーブンのため…)
ルーナは、馬車の揺れに耐えながら、それだけを呪文のように唱え続けていた。

数日後。
ついに、王都の高い城壁が、その姿を現した。

「…着きましたわね」

ルーナは、窓の隙間から、見慣れた王宮の姿を、冷めた目で見つめた。
別荘の、あの美しい湖畔の風景に比べ、なんと窮屈で、色のない景色だろうか。

馬車が、王宮の正門をくぐる。
その動きは、彼女が「追放」された時とは、比べ物にならないほど、丁重だった。

「ルーナ・フォン・アッシュフィールド様、ご帰還でございます!」

衛兵たちの、張りのある声が響く。
噂は、すでに王宮中を駆け巡っていた。
『あの悪役令嬢が、呼び戻されるらしい』
『マリア様の、教育係ですって!』
『正気か? 毒でも盛られるのでは?』

すれ違う侍女たちや、文官たちが、遠巻きに、好奇と恐怖が入り混じった視線で、ルーナの馬車を眺めている。

(ふん。見世物ではございませんことよ)

ルーナは、そんな視線など意にも介さず、馬車から降り立った。
彼女が王宮を去ったあの日とは、空気が違う。
あの時は、マリアを新たなヒロインとして迎える、華やいだ(そして、ルーナにとっては滑稽な)空気だった。
だが、今は。
王宮全体が、マリアの「ポンコツ」ぶりに、ピリピリと張り詰め、疲弊しきっているのが、肌で感じられた。

「ルーナ嬢! こちらへ! エリオット殿下が、直々にお待ちかねだ!」

バートレット侯爵が、ルーナをせかす。

「まあ、殿下が? わたくしのような『罪人』を、わざわざお出迎えくださるなんて。ずいぶんと、お暇になられたようですわね」

「貴様…! 口を慎め!」

(ああ、面倒くさい。早く厨房に行きたい)
ルーナは、人生で何度目になるか分からないため息を、心の奥底で吐き出した。

彼女が案内されたのは、王宮の謁見の間だった。
そこには、王族の威厳を示すはずの、しかし、今はどこか色あせて見える調度品が並んでいた。
そして、その中央に。

「…」

エリオット王子が、立っていた。
その後ろには、まるで王子の背中に隠れるようにして、マリア・ベルが、怯えた瞳でこちらを睨んでいる。

ルーナは、エリオットの姿を見て、思わず、まじまじと見つめてしまった。

(まあ…)

そして、彼女は、自分が思っていたことを、そのまま口にした。
それは、悪意というより、純粋な「感想」だった。

「お久しぶりですわ、エリオット殿下」

ルーナは、背筋を伸ばし、完璧なカーテシーを描いてみせる。
その所作は、マリアが三週間かけても身につかなかった、本物の「完璧」だった。
エリオットは、その姿に、一瞬、息を呑んだ。

ルーナは、にっこりと、作り物めいた、しかし完璧な淑女の笑みを浮かべた。

「まあ…」

彼女は、エリオットに二、三歩近づき、その顔を、品定めするように下から覗き込んだ。

「少し、おやつれになりました?」

「…!」

エリオットの肩が、屈辱に震えた。

ルーナは、無邪気に残酷に言葉を続ける。

「目の下に、ひどいクマができておりますわよ。それに、お肌も荒れていらっしゃる。もしかして、王宮のお食事は、お口に合いませんでしたか?」

「き、貴様…!」

エリオットの顔が、怒りで赤く染まる。
図星だった。
ここ数週間、マリアの失態の尻拭いと、周囲からの圧力で、彼はろくに眠れても、食べられてもいなかったのだ。

対するルーナは、どうだ。
辺境に追放されたはずの女は、王都にいた頃より、よほど顔色も良く、肌も艶やかになっている。
別荘の美味な空気と、十分すぎる睡眠、ストレスフリーな生活のおかげだった。

(俺は、こんなに苦しんでいるのに!)
(こいつは、追放先で、のうのうと、楽しんでいたというのか!)
エリオットの怒りが、沸点に達しようとした。

「ひぃ! エリオット様! や、やっぱり、ルーナ様は、わたくしをイジメるために戻ってきたのですわ!」

マリアが、お決まりのセリフで、王子の袖にすがりついて泣き始めた。

「うるさい! 泣くな!」

「えっ…」

エリオットは、マリアの手を振り払った。
その光景に、ルーナは(あら?)と小さく眉を上げた。

(ずいぶん、当たりが強くなりましたのね)

「ルーナ! 貴様、その態度はなんだ!」

エリオットが、ルーナに向き直る。

「わたくし、殿下のお体を、ただ心配申し上げただけですのに。睡眠不足は、美容と健康の大敵ですわよ?」

「ぐ…っ!」

エリオットは、言葉に詰まった。
ルーナの言葉は、どこまでも「正論」の仮面をかぶっている。

その時。
謁見の間の隅、柱の影になっていた場所から、わざとらしい、重い咳払いが一つ、響いた。

「コホン」

「…!」

ルーナは、その声の主を、初めて視界に捉えた。
そこには、「氷の騎士」アレクシス・ラインフォルトが、腕を組み、いつもの無表情で立っていた。

(あら、いらっしゃったの)

ルーナは、アレクシスに向かって、小さく、意地の悪い笑みを送った。
(あなた様が、わたくしを呼び戻すために、厨房の情報をリークなさいましたのね? まったく、食い意地の張った騎士様ですこと)

アレクシスは、その視線を受け止め、眉一つ動かさなかった。
(余計なことを言うな。早く、任務(厨房)に連れて行け)
その青い瞳が、そう語っているように、ルーナには思えた。

「アレクシス…!」

エリオットは、アレクシスの咳払いを「王子の威厳を保て」という、いつもの(癪に障る)忠告だと受け取った。

「わ、わかっている!」

エリオットは、威厳を取り繕うように、大きく息を吸った。

「ルーナ! 貴様の任務は、本日この時から開始する! 良いか、マリアを、三日以内に、俺の隣に立っても恥ずかしくない、完璧な淑女に仕上げるのだ!」

(三日!?)

ルーナは、今度こそ本気で、この王子の正気を疑った。

「無茶を仰いますわ。わたくしが十数年かけて叩き込まれたものを、三日で、ですって? 聖人でも不可能ですわ」

「うるさい! 貴様ならできる! やれ!」

「はぁ。仕方ありませんわね…」

ルーナは、わざとらしく、深いため息をついた。
そして、エリオットに、きっぱりと言い放った。

「お待ちくださいまし、殿下」

「まだ何かあるのか!」

「任務の遂行にあたり、まずは、わたくしの『武器』の点検をさせていただきとうございます」

「武器だと?」

エリオットが、怪訝な顔をする。
アレクシスの口元が、ほんのわずかに、緩んだのを、ルーナは見逃さなかった。

「ええ。わたくしの任務に不可欠な、あの場所…」

ルーナは、エリオットと、泣きじゃくるマリアを、その場に残し、アレクシスの方へ、まっすぐ歩き出した。

「さあ、ご案内くださいまし、副団長様」

「…?」

「王宮の、第一厨房へ。わたくしが、わざわざ王都まで戻ってきた、唯一の『理由』の場所へ」

「ちゅ、厨房!? 今すぐか!?」

エリオットの、間の抜けた声が、謁見の間に響き渡る。

「当たり前ではございませんか」

ルーナは、アレクシスの隣で立ち止まると、心底楽しそうに、そして、恐ろしく真剣な目で、言い放った。

「まずは、わたくしの『戦場』を、完璧に整えませんと。マリア様への『教育(という名の拷問)』は、それからですわ」

アレクシスは、ただ一言、「…こちらだ」とだけ答え、ルーナを先導し始めた。
残されたエリオットとマリアは、悪役令嬢の、予想外すぎる行動(厨房への直行)に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

【完結】契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~

九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?

妹に命じられて辺境伯へ嫁いだら王都で魔王が復活しました(完)

みかん畑
恋愛
家族から才能がないと思われ、蔑まれていた姉が辺境で溺愛されたりするお話です。 2/21完結

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...