もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの

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貴族議会は、エドワード様の追放という、王家の歴史に残るほどの重い裁定をもって、ようやくその幕を閉じようとしていた。

リリアン様が去り、王妃様が去り、エドワード様が去った。

議場は、あまりにも多くのものが清算された衝撃で、静まり返っている。

残されたのは、リリアン様に加担し、この国を裏切った腐敗の貴族たち。

国王陛下は、セドリック様がまとめたリストに基づき、彼ら残党の爵位剥奪と捕縛を、冷徹に命じていく。

もはや、抵抗する者はいなかった。

そして、全ての裁きが終わり、国王陛下は、疲労困憊の表情で、わたくしたちヴァルガス家の前に立たれた。

「……ヴァルガス侯爵。そして、エレノア嬢」

国王陛下の声は、一人の父親としての、深い後悔に満ちていた。

「この度の、我が息子の愚行、そして王妃の暴走……。王家として、弁明の言葉もない。忠臣である貴殿らを、反逆者として弾劾するなどという、あってはならぬ事態を招いた」

国王陛下は、玉座から降り、わたくしと父の前で、わずかに頭を垂れた。

「王家として、そなたたちに、心より謝罪する」

議場にいる全ての貴族が、息を呑んだ。

国王が、臣下に頭を下げる。

「ヴァルガス侯爵家の名誉は、本日、王家の名において、完全に回復されたことを、ここに宣言する。……この償いは、必ずや、させていただく」

「……もったいなき、お言葉にございます」

父が、震える声で答えた。

わたくしは、静かにカーテシーをした。

「陛下の、公正なるご判断に、心より感謝申し上げます」

わたくしの復讐は、この瞬間、公式に、全て終わった。

ヴァルガス家の名誉は、回復されたのだ。

議会が閉会し、わたくしたちが議場から退出しようとすると、それまでわたくしたちを「反逆者」と罵っていた貴族たちの視線が、明らかに変わっていた。

恐怖、畏怖、そして、計算高い賞賛。

「エレノア嬢!見事な論破であった!」
「ヴァルガス家こそ、真の忠臣の鑑だ!」

わたくしは、その変わり身の早い声には一瞥もくれず、父と、そしてわたくしたちに寄り添うセドリック様、アルベール様と共に、王宮を後にした。

馬車の中は、重い沈黙が続いていた。

「……終わりましたわね」

わたくしが、誰にともなく呟いた。

「いいえ」

わたくしの言葉を、セドリック様が、静かに、しかし冷たく訂正した。

「まだ『第一幕』が、です」

ヴァルガス家の屋敷に戻ると、父は、まるで十年も歳を取ったかのように、執務室の椅子に深く沈み込んだ。

「エレノア。……本当に、終わったのだな」

「はい、お父様。ヴァルガス家の名誉は、守られました」

「お前のおかげだ。お前という娘は……この父を、遥かに超えてしまった」

父の目に、安堵と、誇りの涙が浮かんだ。

わたくしは、そのゴツゴツとした手を、そっと握った。

これでいい。

わたくしが守りたかった、家族の誇り。

それは、取り戻せた。

だが、わたくしたちの安堵は、その日の夕刻には、早くも新たな喧騒に打ち破られた。

老執事のセバスチャンが、困惑しきった顔で、わたくしの部屋にやってきた。

「お嬢様……。議会がお開きになってから、王都中の貴族家から、お見舞いと、面会の申し込みが、ひっきりなしに……」

テーブルの上には、瞬く間に、有力な貴族たちの名が記された招待状の山が築かれていく。

「……そして、お嬢様。これらを、いかがいたしましょうか」

セバスチャンが、最も扱いに困るという顔で差し出したのは、数通の、分厚く、印蝋で封をされた手紙だった。

「……縁談?」

わたくしは、その手紙の束を、乾いた笑いと共に受け取った。

わたくしは、「婚約破棄され、反逆罪の容疑をかけられた哀れな令嬢」から、一夜にして、「王妃と王子を失脚させ、国王の謝罪を受けた、最も価値のある令嬢」へと、その立場を変えたのだ。

エドワード様がわたくしに向けた、「手に入れたい」という『所有欲』。

今、この手紙の主たちがわたくしに向けている、『取り込みたい』という『政略』。

結局、何も変わらない。

「これが、貴族社会の『現実』ですわね」

わたくしが、その縁談の申し込み書を、冷ややかに眺めていると、アルベール様とセドリック様が、夜の訪問者として現れた。

セドリック様は、その手紙の山を一瞥すると、まるでゴミでも見るかのように、鼻で笑った。

「……愚かな。彼らは、まだ貴女を、『取引の道具』としてしか見ていない。貴女という人間の本質を、何も理解しようとせずに」

「セドリック様。わたくしとの『同盟』は、まだ有効ですの?」

わたくしの問いに、セドリック様は、執務室の大きな地図を広げた。

「当然だ。リリアンは去った。エドワードも消えた。だが、彼らを操ろうとした『腐敗の根』は、まだこの国にも、エルステッドにも、深く残っている」

アルベール様が、わたくしを、真っ直ぐに、しかし、どこか心配そうに見つめた。

「エレノア様。貴女個人の、エドワード王子とリリアン王女への復讐は、終わりました。……ヴァルガス家の名誉も、回復された」

「……」

「これ以上、貴女を、我らランティエ家の、血塗られた戦いに引き込むのは……」

アルベール様は、わたくしが、この縁談の山の中から、最も「安全」で「幸せ」なものを選び、貴族の令嬢としての、穏やかな人生に戻ることを、案じているようだった。

わたくしの選択。

エドワード様を失脚させた令嬢として、今度は別の、高位貴族の元へ嫁ぎ、二度と表舞台には立たず、波風の立たない「幸せ」な奥方として、一生を終える。

それも、一つの道だろう。

わたくしは、縁談の申し込み書の一枚を、ゆっくりと手に取った。

そして、その手紙を、ためらうことなく、そばにあった暖炉の炎の中へと、投げ入れた。

「……!」

紙は、一瞬で炎に包まれ、この国の有力な貴族家の紋章ごと、灰になっていった。

「わたくしが、今更、あのような『人形』の生活に戻れると、お思いになって?」

わたくしは、燃えさかる炎を、冷たい目で見つめた。

「エドワード様とリリアン様は、わたくしから、確かに多くのものを奪いました。……ですが、同時に、彼らはわたくしに、新しい『未来』を与えてくださった」

わたくしは、アルベール様とセドリック様に向き直った。

「わたくしの『本当の気持ち』?……決まっておりますわ」

わたくしは、燃え残った縁談の申し込み書を、さらに火の中へと押し込んだ。

「わたくしは、もう、誰かに選ばれるだけの令嬢ではない。わたくしが、選ぶのです」

「わたくしは、この『悪役令嬢』という仮面ごと、わたくしの新しい人生を選びます。……この戦い、まだ『第一幕』なのでしょう?」

わたくしは、二人に向かって、初めて、心の底からの笑みを浮かべてみせた。

「最後まで、お付き合いいただきますわよ、共犯者様?」

アルベール様が、驚きと、それ以上の深い安堵と喜びに、目を見開いた。

セドリック様が、わたくしの聡明さと、何よりその『覚悟』を認め、満足そうに、初めて本当の笑みを浮かべた。

「……喜んで。我が主よ」

アルベール様のその言葉と共に、わたくしの、本当の人生が、今、始まった。
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