8 / 28
8
翌朝。
私は、部屋を埋め尽くす「箱」の山に包囲されていた。
「……マリー。これは何? 実家が夜逃げの準備でも始めたの?」
ベッドの上で半身を起こし、私は呆然と呟いた。
足の踏み場もないほどに、色とりどりの包み紙でラッピングされた箱が積まれている。
「いいえ、お嬢様。これらは全て、今朝一番にクロイツ公爵家から届けられた『贈り物』でございます」
「……あのアレクセイ様から?」
私はこめかみを押さえた。
昨日の「贈り物攻撃」宣言は、冗談ではなかったらしい。
それにしても限度というものがある。
「返品して。こんなに大量の宝石やドレス、もらっても管理に困るわ」
どうせ、貴族の贈り物といえば、センスの合わない派手なネックレスや、着ていく場所のないドレスに決まっている。
ジェラルド殿下もそうだった。「僕の愛の重さだ」とか言って、私の顔ほどもある巨大なルビー(偽物疑惑あり)を送ってきたことがある。
「それが……お嬢様。中身を確認したのですが、宝石は一つもございません」
「え?」
「とりあえず、一番手前の箱を開けてみてください」
マリーに促され、私は渋々、銀色のリボンがかけられた箱を開封した。
中に入っていたのは、真珠のネックレス――ではなく。
純白の、ふっかふかの物体だった。
「……枕?」
「はい。ただの枕ではございません。北方の幻獣『雲羊(クラウドシープ)』の毛を100%使用した、最高級安眠枕『天使の膝枕』です」
「て、天使の膝枕……!?」
私はゴクリと喉を鳴らした。
それは、安眠愛好家(私)の間では伝説とされる、入手困難な逸品だ。
一度頭を乗せれば、三秒で極上の眠りに落ちると言われている。
「うそ……これ、市場価格で家が一軒建つレベルよ?」
「こちらの箱は、東方諸国から取り寄せた『幻の青茶』の茶葉一年分です。そしてあちらの箱は、着心地を追求した『最高級シルクの部屋着』、その隣は『疲れ目に効くホットアイマスク(魔石式)』となっております」
私は震える手で次々と箱を開けた。
アロマオイル、肌触りの良いブランケット、絶品のお取り寄せスイーツ……。
そこにあるのは、煌びやかな装飾品ではなく、私の「怠惰で快適な生活」を完璧にサポートする実用品ばかりだった。
「……なんてこと」
私は枕を抱きしめ、その感触に陶酔した。
頬ずりしたくなるほど気持ちいい。
「私の好みを……完全に把握している……!」
「恐ろしいですね。お嬢様の生態が完全にバレています」
「悔しい……! 悔しいけれど、嬉しい! この枕、最高よマリー!」
私はプライドと物欲の狭間で葛藤した。
こんな高価なものを貰ってはいけない。
でも、この枕を手放すなんて、今の私にはできない。
「お嬢様、メッセージカードが入っていました」
マリーが渡してくれたカードには、アレクセイ様の流麗な筆跡で一言だけ書かれていた。
『より良い労働は、より良い休息から生まれる。遠慮なく使え』
「……福利厚生の一環だと言い張るつもりね」
私は枕に顔を埋めながら、深いため息をついた。
完全に、外堀ならぬ「内堀」を埋めに来ている。
私の弱点を的確に突きすぎだ。
***
その日の出勤時。
私は執務室に入るなり、アレクセイ様に詰め寄った。
「閣下! どういうおつもりですか!」
「おはよう、シャロ。顔色が良さそうだね。昨夜はよく眠れたかな?」
アレクセイ様は涼しい顔で書類をめくっていた。
その口元には、悪戯が成功した子供のような笑みが浮かんでいる。
「おかげさまで爆睡しました! ……じゃなくて! あんな高価なもの、受け取れません!」
「なぜだ? 君が宝石や花束に興味がないことは調査済みだ。だから、君が最も欲しがる『実利』を用意したのだが」
「それが問題なんです! あんな……あんな素敵な枕を贈られたら、私が断れないと分かっていてやりましたね!?」
「ああ、もちろん」
即答だった。
悪びれる様子も微塵もない。
「言っただろう? 君は私の『右腕』だ。君のパフォーマンスを最大化させるために、環境を整えるのは上司の務めだ」
「ぐぬぬ……」
正論(?)で返されると弱い。
確かに、あの枕のおかげで今朝の目覚めは最高だったし、今も頭が冴え渡っている。
「それに、これは『餌付け』だよ」
「……はい?」
アレクセイ様はペンを置き、立ち上がって私の目の前まで歩いてきた。
至近距離で見下ろされると、その美貌の破壊力に目が眩みそうになる。
「君という、警戒心が強くて自由奔放な猫を懐かせるには、甘い言葉よりも美味しい餌が効果的だと思ってね」
「だ、誰が猫ですか!」
「『ここに来れば快適な寝床と美味しい茶がある』。そう刷り込んでしまえば、君はもう私の側から離れられなくなる」
彼は私の髪を一房すくい、指先で遊んだ。
「違うか?」
「…………否定できません」
私は敗北を認めた。
悔しいが、今の宰相府の居心地の良さは異常だ。
実家に帰るよりも、ここに来る方が楽しみになっている自分がいる。
「賢い子だ。さあ、今日も存分に働いて、存分に休んでくれ。おやつのタルトも用意してある」
「……タルト? どこのですか?」
「王都で一番人気の『シュクレ』の季節限定タルトだ」
「働きます!!」
私は即座に自分の席につき、書類の山に向かった。
現金なやつだと思われてもいい。
美味しいものと快適な環境には抗えないのだ。
背後でアレクセイ様が「チョロいな」と呟いた気がしたが、タルトの魅力の前には些細なことだった。
こうして私は、まんまと「氷の宰相」の手のひらで転がされ、着実に餌付けされていくのだった。
だが、そんな平和な日々も束の間。
私たちが執務室でキャッキャウフフ(一方的な餌付け)をしている間に、外の世界では新たな火種が燻り始めていた。
そう、あの「ミナ様」が、再び私の前に現れようとしていたのだ。
私は、部屋を埋め尽くす「箱」の山に包囲されていた。
「……マリー。これは何? 実家が夜逃げの準備でも始めたの?」
ベッドの上で半身を起こし、私は呆然と呟いた。
足の踏み場もないほどに、色とりどりの包み紙でラッピングされた箱が積まれている。
「いいえ、お嬢様。これらは全て、今朝一番にクロイツ公爵家から届けられた『贈り物』でございます」
「……あのアレクセイ様から?」
私はこめかみを押さえた。
昨日の「贈り物攻撃」宣言は、冗談ではなかったらしい。
それにしても限度というものがある。
「返品して。こんなに大量の宝石やドレス、もらっても管理に困るわ」
どうせ、貴族の贈り物といえば、センスの合わない派手なネックレスや、着ていく場所のないドレスに決まっている。
ジェラルド殿下もそうだった。「僕の愛の重さだ」とか言って、私の顔ほどもある巨大なルビー(偽物疑惑あり)を送ってきたことがある。
「それが……お嬢様。中身を確認したのですが、宝石は一つもございません」
「え?」
「とりあえず、一番手前の箱を開けてみてください」
マリーに促され、私は渋々、銀色のリボンがかけられた箱を開封した。
中に入っていたのは、真珠のネックレス――ではなく。
純白の、ふっかふかの物体だった。
「……枕?」
「はい。ただの枕ではございません。北方の幻獣『雲羊(クラウドシープ)』の毛を100%使用した、最高級安眠枕『天使の膝枕』です」
「て、天使の膝枕……!?」
私はゴクリと喉を鳴らした。
それは、安眠愛好家(私)の間では伝説とされる、入手困難な逸品だ。
一度頭を乗せれば、三秒で極上の眠りに落ちると言われている。
「うそ……これ、市場価格で家が一軒建つレベルよ?」
「こちらの箱は、東方諸国から取り寄せた『幻の青茶』の茶葉一年分です。そしてあちらの箱は、着心地を追求した『最高級シルクの部屋着』、その隣は『疲れ目に効くホットアイマスク(魔石式)』となっております」
私は震える手で次々と箱を開けた。
アロマオイル、肌触りの良いブランケット、絶品のお取り寄せスイーツ……。
そこにあるのは、煌びやかな装飾品ではなく、私の「怠惰で快適な生活」を完璧にサポートする実用品ばかりだった。
「……なんてこと」
私は枕を抱きしめ、その感触に陶酔した。
頬ずりしたくなるほど気持ちいい。
「私の好みを……完全に把握している……!」
「恐ろしいですね。お嬢様の生態が完全にバレています」
「悔しい……! 悔しいけれど、嬉しい! この枕、最高よマリー!」
私はプライドと物欲の狭間で葛藤した。
こんな高価なものを貰ってはいけない。
でも、この枕を手放すなんて、今の私にはできない。
「お嬢様、メッセージカードが入っていました」
マリーが渡してくれたカードには、アレクセイ様の流麗な筆跡で一言だけ書かれていた。
『より良い労働は、より良い休息から生まれる。遠慮なく使え』
「……福利厚生の一環だと言い張るつもりね」
私は枕に顔を埋めながら、深いため息をついた。
完全に、外堀ならぬ「内堀」を埋めに来ている。
私の弱点を的確に突きすぎだ。
***
その日の出勤時。
私は執務室に入るなり、アレクセイ様に詰め寄った。
「閣下! どういうおつもりですか!」
「おはよう、シャロ。顔色が良さそうだね。昨夜はよく眠れたかな?」
アレクセイ様は涼しい顔で書類をめくっていた。
その口元には、悪戯が成功した子供のような笑みが浮かんでいる。
「おかげさまで爆睡しました! ……じゃなくて! あんな高価なもの、受け取れません!」
「なぜだ? 君が宝石や花束に興味がないことは調査済みだ。だから、君が最も欲しがる『実利』を用意したのだが」
「それが問題なんです! あんな……あんな素敵な枕を贈られたら、私が断れないと分かっていてやりましたね!?」
「ああ、もちろん」
即答だった。
悪びれる様子も微塵もない。
「言っただろう? 君は私の『右腕』だ。君のパフォーマンスを最大化させるために、環境を整えるのは上司の務めだ」
「ぐぬぬ……」
正論(?)で返されると弱い。
確かに、あの枕のおかげで今朝の目覚めは最高だったし、今も頭が冴え渡っている。
「それに、これは『餌付け』だよ」
「……はい?」
アレクセイ様はペンを置き、立ち上がって私の目の前まで歩いてきた。
至近距離で見下ろされると、その美貌の破壊力に目が眩みそうになる。
「君という、警戒心が強くて自由奔放な猫を懐かせるには、甘い言葉よりも美味しい餌が効果的だと思ってね」
「だ、誰が猫ですか!」
「『ここに来れば快適な寝床と美味しい茶がある』。そう刷り込んでしまえば、君はもう私の側から離れられなくなる」
彼は私の髪を一房すくい、指先で遊んだ。
「違うか?」
「…………否定できません」
私は敗北を認めた。
悔しいが、今の宰相府の居心地の良さは異常だ。
実家に帰るよりも、ここに来る方が楽しみになっている自分がいる。
「賢い子だ。さあ、今日も存分に働いて、存分に休んでくれ。おやつのタルトも用意してある」
「……タルト? どこのですか?」
「王都で一番人気の『シュクレ』の季節限定タルトだ」
「働きます!!」
私は即座に自分の席につき、書類の山に向かった。
現金なやつだと思われてもいい。
美味しいものと快適な環境には抗えないのだ。
背後でアレクセイ様が「チョロいな」と呟いた気がしたが、タルトの魅力の前には些細なことだった。
こうして私は、まんまと「氷の宰相」の手のひらで転がされ、着実に餌付けされていくのだった。
だが、そんな平和な日々も束の間。
私たちが執務室でキャッキャウフフ(一方的な餌付け)をしている間に、外の世界では新たな火種が燻り始めていた。
そう、あの「ミナ様」が、再び私の前に現れようとしていたのだ。
あなたにおすすめの小説
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
第一王子に裏切られた私は意外と身近に転生しました。さぁ復讐を始めましょう……
水城ゆき
恋愛
公爵令嬢のメリアンナは知ってしまった。婚約者である第一王子アストレアが自分の屋敷のメイドであるミレーナにラブレターを送った事を。
憤怒したメリアンナは二人の恋を実らせまいと行動するが、その作戦が上手くいきかけた時。
突然現れたミレーナを見て、思わずアストレアは抱きしめていたメリアンナを突き飛ばした。
メリアンナは階段を転落する事になり、そのまま命を落としてしまう。
しかし次に目覚めた時、メリアンナは第二王子の長女として以前の記憶を保ったまま生まれ変わっていたのだ。
ここからメリアンナの復讐が始まる。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。