人は魔剣を求める。

kazakiyouhei

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人は魔剣を求める。第一巻

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 人と亜人と魔族のうち、奴隷に位置するのは人間だけだ。
 世界で唯一魔法を使えない種族は領地を魔族に踏み荒らされ、エルフに統括された。
 イリアル暦一年、エルフ最高位ノイルの崩御によって遺言通り終に種属ごとの領地が再編された。
 各地にエルフの支配と魔族の遺恨が残るなか、人々は魔族の侵攻に震えている。
 だが・・・世界で唯一魔法を使えない種族は世界で唯一魔法を使える剣を知っている。
 それは俗に『魔剣』と、魔剣の担い手を勇者と呼んだ。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 シェルイラ砂漠とディノ平原、ラッド荒野、大陸の半分を占める深淵の森で構成されたディアン大陸の北方で魔族の黒煙城の塔がある。
 魔王を倒す者は全ての種族の頂点に立つという種族共通の伝承のもとで、幾度となく勇者や歴戦の強者は城に挑んだが、誰一人として挑戦者は帰ってこなかった。
 そこで回収された勇者の剣、魔剣を巡ってシェルイラ砂漠とディノ平原、ラッド荒野の中間地点で剣聖大会なるものが開催された。
 シェルイラ共和国、ディノ帝国、商業国家ラッドの狙いは、勇者によるエルフ族との族首交渉であった。
 豊富な資源を有する深淵の森はエルフの繁殖に必要なものであっても、不可侵条約は厳しい飢餓問題を抱える人々にとって厳守し難い問題になりつつあった。
 第二次魔族侵攻の懸念もあり、三国が結託することに国民の異論はなく人々は勇者の誕生を願い、エルフの植民地支配のもとで荒らされた地の再生事業に従事していた。
「剣を抜け」
「剣を抜け」
「剣を抜け」
「剣を抜け」
「剣を抜け!」
 イリアル暦五年、剣聖大会七回戦のコロシアムは割れるような歓声でディノ帝国の騎士を迎えた。
「お手柔らかに」
 僕は、アウェイな空気を傍で飲み込み剣を強く握る。
「連中の声が聞こえないのか?」
 ミスリルの剣は一見にして金属の剣と大差ない。
 魔法を弾く特注の剣でドラゴンの素材で鍛え直しているため強度もある。
 そんなエモノを鞘から引き抜き、挑発した態度の騎士に向けた。
 装備と参加費で一文無し状態の僕は、負ければ路頭に迷い、奴隷商の世話になる。
 そんな命がけのスリルが、楽しくてしょうがない。
 急上昇する空間の温度に脳内物質が溶け、ぐるぐる回っていた。
 少し楽しみ過ぎていた。
 開始を告げる太鼓は鳴り、刹那、鞘で槍の横薙ぎを受け、大振りしたミスリルの剣を騎士は甲冑で跳ね返した。
「軽装に対魔だと、共和国の特殊部隊か?」
「国家機密に関わることを、公務員が聞いてどうする?」
「質問を質問で聞き返すな。
 俺は帝国の親衛隊に所属し、隊長の命で同僚と大会に参加した。
 お前は誰の命令なんだ?」
「古い約束を果たそうとしているだけだ」
「命を賭けて果たすほどの約束か?」
「それだけ命が安いだけだ」
 僕は、共和国の命で魔剣を回収した張本人だった。
 旅の途中で仲間を失い、仕事にならなくなって退役した。
 だから、ここは死にたがりにうってつけの戦場だったのだ。
「その若さでこの槍を受けきるとは、お前は何者だ?
 どうやって剣を鍛えた?」
「僕が何者かは関係ない。
 剣は旅で覚えた」
「流派の分からない剣を受けるのは厄介だ。
 山賊や海賊の稚拙な技ならともかくとしてな」
「それなら賊を名乗ろうか?」
「馬鹿が!
 賊の剣が騎士に勝てるものか!」
 素早いフットワークで間合いを詰め、鎧に剣を突き立てて相手を吹っ飛ばした。
 手応えは全治二ヶ月の骨折。
「しゃべるな」
 傷に触る。
「教えてくれ。
 俺を倒した奴の名前を」
「スレイル」
「魔弾のスレイルか。
「負けて当然の相手だ」
 そう言って騎士は、大の字に地に伏して安堵して意識を失った。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 エルフ社会で逆賊として扱われているハーフエルフは、統治後の大陸で人と亜人の連合から結成された討伐軍によって多くの命が奪われた。
 過去の亜人は、魔法を改良する影で多くの同胞を犠牲にした歴史があったが、現在は戒律によって自然界のバランスを守ることを理由に禁忌魔法を悪とし葬ってきた。
 彼らハーフエルフは種として、真の独立のために強大な魔法を研究する傾向にある。
 人に利用されるふりをして、人を利用することもしばしば。
 種として、保守的なエルフと比べ思想に大きな違いがあった。
 仲間のロザリアはそんな典型的なハーフエルフだった。
 魔砲の開発に成功したロザリアは、小型化されたテストタイプの魔砲を僕に持たせてくれた。
 魔砲とは、魔法を凝縮しミスリルを特殊変化させて撃ち放つ銃だ。
 ミスリルもそうだが、国はハーフエルフに人が人外に対抗するための道具を求めていた。
 道具に適正が合わず、精神や身体が崩壊した例も多い。
 旅路で最初の十二人が五人になり、七人の人間が魔弾と消滅した。
 そして、残ったハーフエルフ四人と一人の人間はついに強敵と遭遇した。
「撃って」
「嫌だ」
「撃たないと」
「仲間が」
「頼む」
「分かった」
 誰がどの言葉を口にし、その時何を考えていたのかは定かではない。
 七つの魔弾のうち、前日までに六つの魔弾について説明を受けた。
 使ったのは、説明を受けていない魔弾だった。
 敵は味方を人質に範囲魔法を唱える。
 時間がない。
 魔族の十七ある階級のうち、三位の魔物で人型ムカデのクダンという明らかに手に余る敵だった。
 白髪で透き通る肌、鼻立ちの良い彼女は水に広がった波紋のように空間ごと溶けて、クダンと共に姿を消した。
 彼女を撃った瞬間に、ガラスが弾ける音、衝撃がフラッシュバックする。
「ふうむ、悪い夢でも見たか」
 額から流れる汗が、寝巻きに湿った影を作っていた。
 クダンに襲われる夢も見た。
 シェルイラ砂漠から同伴していた医師はやれやれという様子で薬を用意した。
「痛み止めか?」
「ふうむ、睡眠薬がお望みか?」
「リリオンの薬は効き過ぎる。
 現実に帰れなくなるよ」
「ふうむ、とりあえず褒め言葉と捉えておこうか」
 リリオンはピンクの髪を揺らしながら街で聴き挟んだ紙芝居の音楽をハミングする。
 落ち着いた声、白衣が彼女の肩と一緒に揺れる。
「ふうむ、熱もあるようだね」
「いや、よく見たら結構可愛いなと」
「何処の馬の骨とも分からん奴が医者を口説くか。
 ふうむ、まあ、紐にだけならんでくれれば結婚も良いか」
 まんざらでもなさそうに頬を染めて照れまくるリリオン。
「頼もう!」
 そんな生温い雰囲気をぶち壊したのは、ハスキーボイスの小さな軍人だった。
「イェロッパは正門から一番遠い宿舎ではないか。
 小生、骨が折れましたぞ?」
 背丈は成人男性の三分の二程度で青い長髪を隠すように深く緑のベレー帽を被り、特注の軍服には胸に生々しい焦げ跡がある。
「ふうむ、アストは相変わらず声がでかい」
 リリオンは耳を塞ぎ、ジェスチャーする。
「傷に触る声だ」
「同志、スレイル」
「同志って言い方は辞めろ」
「小生と五年の仲ではないですか。
 リリオンに聞きましたよ?
 毎晩同志、ロザリアの夢を見るって話」
「その話はな」
「ふうむ、ロザリアとやらのことが好きだったのか?」
「同志、スレイル。
 小生に真相を教えてください」
 二人から顔を押し付けられ、思わず困惑してしまう。
「さあ。
 旅路なら彼女にとっては頑丈な人間で、僕にとっては最後の切り札かな。
 正直、分からん」
「ロザリアの行方が分からない以上は恋話を追求しても埒があかないですね」
「ふうむ、本人も恋心に自覚はないようだ」
「勝手に話を進めるな」
 二人に突っ込みを入れつつ、急用を思い出して黙った。
「アストが合流したということは、依頼の資料が手に入ったってことだな」
「同志、スレイル。
 その件については本当に小生骨が折れましたよ。
 表向き同伴しているよう嘘の報告書を作りながら、共和国で厳重図書を漁るのは生きた心地がしなかったですし」
「ふうむ、厳重図書というと一般のそれが知ってしまうと極刑になるアレじゃないか?」
「そう。魔砲やミスリルの技術なんかもそれに当たる。
 実はアストは、共和国から僕の監視を命令されているハーフエルフのエージェントなんだ」
「ふうむ、ハーフエルフにしては耳が尖っていないような?」
「リリオン。
 ハーフエルフ同士が親だと、人に似るケースは結構あるのですよ?」
「ふうむ?」
「同志スレイルと、人に近いから共に偵察を命じられたこともありますし」
「魔弾のマナゾーン・・・専門用語だったらすまない。
 人はそれがないと魔法系の道具が使えないから、ハーフエルフの発明は、大半が魔法使いが近くにいないと作動しないんだ」
「ふうむ、なるほど。それで同伴したと。
 彼女が人前で偵察任務をすることに適していることは分かりました」
「それで、話を戻すがロザリアがまとめた研究資料は?」
「原本のレプリカはありましたが、同志は旅路でようやく完成させた理論であると小生は考えます」
「見せてくれ」
 机の上に乱雑にぶちまけられた資料の中に、ロザリアと行ったマナゾーン実験のイラストや、魔砲のヒントになった古代遺跡の資料など、懐かしいモノが並んでいた。
 丸っこい文字に、全て立証は後日とある。
 数々の理論や発明を提唱しながらも、筆頭のハーフエルフというだけで旅に無理やり連れていかれた経緯もあって、資料を見る限り、デスクワークの時間が惜しかったに違いない。
「これでは、七つ目の魔弾については分からんな」
 諦めて資料の束を全員で協力して集めている時、ふと二枚ほど気になって読み上げた。
 一つは時間と空間の関連性を提唱する理論の総称で、二つ目は魔法による時間の分離についてのメモ書きだった。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 街に白い鎧の高い兜がいたら迷わず道を譲れという言い伝えがあるくらいには、エルフの正規軍は人にとって頭の上がらない存在だった。
 亜人街でプライベートの時間を過ごすエルフたちはとにかく態度がデカく、普段の厳しい戒律も相まって躊躇なく暴力を振るうことも多い。
 この街に名前はないが、治安の悪さからいつしかそんな名前がついていた。
「人間は亜人の奴隷なんだよ」
「舐めた口叩いてると奴隷商にまとめて売っちまうぞ?」
「やれやれ、戦うとするか」
 女を寄越せと、下らん絡まれ方をした僕はミスリルの剣を引き抜いて言った。
「失せろ」
「魔法効かないんだけど」
「まさかミスリル?」
「ひいい」
 ミスリルが魔法を打ち消したことで腕っ節にだけは自信がないチンピラエルフは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「小生、軍服を脱いでいて良かった」
 軍がエルフに手を上げることだけはご法度なのだ。
「ふうむ。プライドだけは高い連中だから、ならず者に負けたということだけは認めたくないはずだが・・・」
「ミスリルが量産できたら、人もエルフから森を奪えるかもしれん」
「ふうむ、確かに」
「同志、スレイル。
 とんでもないことを思いつきますな。
 ハーフエルフの小生にとっては、願ってもない話です」
「イリアル暦三年からエルフの蛮族を取り締まるのに騎士がミスリルを持つことを許されているしな」
「同志、スレイル。
 今日は服を新調するんでしたっけ?」
「金がないから安物を買う。
 闘技場の報酬のこともあるし少なくとも三人分は買う」
「私の分も買ってくれるのか?」
「ああ、ちょっと付き合って貰いたくてさ」
「?」
 亜人街の外れのサイモンにやってきて、古着屋ではしゃぎ回る二人を一喝し侍女に盗品のクローゼットに案内させた。
 盗品など着るわけもないが、盗品はコレクターや堕落から持ち直した貴族から高く売れるので転売にはうってつけだ。
 こんな下衆な行為も、バイヤーからは賞賛されることが驚きだ。
「ふうむ、ニラケズミの首飾り、シシの礼装に、クロードのドレス。
 亜人街が闇市だと聞いていたが、これほど上玉が揃うと店主に話を伺ってみたくなるな」
「同志、これは、ロコク大聖堂の盗品ではないか。
 第一次魔族侵攻の折、ドサクサに紛れて蛮族に焼き討ちされたラッド随一の教会のあの」
「ロコク大聖堂というと、偽札の疑いで共和国から何度も調査団の建前で出張したことがある」
「お客様、正規兵の方ですか?」
 侍女に睨まれて三人は黙った。
「以前街で一斉に摘発されたことがありまして、正規兵の関係者には盗品をお売り出来ませんのでご了承下さい」
「ええ・・・」
 流石に紹介状を貰った以上は一人で来たら良かったと後悔した。
「ふうむ、流石にさっきの会話を聞かれて、違いますと言うわけにもな」
「同志、スレイル。
 出直しましょう」
 ちょっとした小銭稼ぎを思いついたと思ったが、どのみち買える金額でもないので潔く諦めた。
「それで私たち二人に話というのは?」
 昼飯を終え、宿舎のイェロッパに帰ってきた。
 イェロッパは剣聖大会出場者の巣窟で、用心棒たちの厳重な警備のもとで平和を保っていた。
 それも闘技場が他所にあるのに、決闘場があるファンキーな宿なので見せ物には困らない。
「小生、痛そうでとても見ていられません」
 決闘場の三階で男たちの決闘とギャラリーを見ながら、ココナッツジュースを飲んでいた。
「アスト。
 おかわりは僕の奢りだ」
「我慢しましょう」
「開業医に共和国工作員、ここに来るまでのビザを手配してくれた大商人。
 協力者には感謝しているが、先ず望みを聞きたい。
 前にも聞いたが、報酬もなく僕の味方をする理由は何だ?
 望みをそれぞれ聞かせ願いたい」
「ふうむ、それを改めて聞きたいと。
 私の場合は、スレイルが魔剣を手にとってエルフ族の秘術、実りの大魔術を砂漠に施す交渉をして欲しいってところかな」
「砂漠を?」
「ああ、以前の食糧徴収で多くの女子供が飢餓の犠牲になった。
 医療の心得を持つ者なら、従事してあの地獄を二度と忘れないだろう。
 砂漠には、人々が飢えない緑が必要だと信じている」
「僕が仮に魔剣を手にしたとして、国の事情に干渉出来るとは限らない。
 だが、手に入れた暁には必ず彼の地に赴いてイリアルに願い出よう」
「ふうむ、その言葉だけで十分だ。
 スレイル、何も気遣うことはない。
 貴方は私を見守っているし、私は貴方を見守っている。
 用心棒代だけでも十分だ」
「そうか」
「小生は、ロザリアが帰ってくるなら協力を惜しみません」
「ロザリアに固執してるのか?」
「いいえ」
 アストは即答し、揺るがぬ意思の瞳を向けた。
 今までの姿が仮面であったように、まるでそれがスイッチであったかのようにアストの態度は変貌した。
「ハーフエルフの反乱には彼女の力が必要なんです」
「お前な」
 人前で危険思想を口にする公務員に、手を上げて怒った。
 女以前に仲間なので躊躇はない。
 もともと自由奔放な性格だったが、アストが怖じけず言う。
「同志、スレイル。
 魔剣を手にした暁には、エルフに内部干渉しない条約を締結させて下さい。
 その隙に、地方の傭兵や反乱軍に声をかけ、ハーフエルフで都市を制圧し国をおこします。
 同志もそれを手伝って下さい」
「馬鹿が。
 ハーフエルフが国をおこしたら、条約に関わらずエルフは大軍で討伐にくる。
 そもそも、エルフより少し魔力が高い程度の少数民族が十倍近くあるエルフの共同体に勝てるのか?」
「ロザリアがそのために必要なのです。
 彼女の力があれば、必ず勝てます」
「何だと」
 自信の言葉に、ロザリアの面影を重ねて言葉に詰まった。
 胸ぐらを掴んだ僕の手を解いて、アストは乱れた服装を正した。
「しかし、忘れないで下さい。
 同志、小生の妄想はロザリアを救い出した後に、勝手に思い描いていることです」
「それを聞いて、肩の荷がおりた。
 戦争の手伝いなんて、頼まれたって御免だ。
 僕は、リリオンと同じような絵を描いて魔剣を手にしたいと考えているんだ。
 ロザリアの件の究明には努力しよう。
 でも、僕は仲間が巻いた火種の渦中に身を投げるほどお人好しではないよ」
「小生はその言葉だけで十分です」
 ずっと胸に抱いていたことをぶち上げてみたのだろう、呼吸は乱れ、緊張に震え、肩で息をするアストにかける言葉が見当たらなかった。
「ふうむ、今夜は少し多めに薬を出さないといけないかもな。
 薬を切らしてるから、調合しないと」
 リリオンは気まずい空気を後にして、一人部屋に戻った。
 僕は、リリオンから彼女の説得を任された気がした。
「同志、スレイル」
「同志は辞めろとあれほど」
「スレイル、先ほどの要望とは別に小生一生のお願いを聞いてくれないですか?」
「一生のお願い?」
「ロザリアとのやり取りを知っている限り、小生に教えて欲しいんです」
「以前話した内容では不服なのか?」
「小生が報告書を書くだけならあれでいいんですが、人間が黒煙城から無事に生きて帰ってこれる理由として不十分です」
「まあ、そうだな」
「それと・・・。同志が探している七つ目の魔弾によってロザリアが何処かに消え失せたのは業界じゃマナの暴走と呼んでいます。
 一番銃を行使していたスレイルが現在も後遺症なく生存していられるのはどう考えても不自然。
 小生は、それほどミスリルを凝縮した魔術刻印の反動魔力を浴びた人間の寿命は短いと知る。
 カラクリを説明してくれませんか?」
 魔力吸収刻印、僕が生き延びられたのは身体に印を施してあるからだ。
 ロザリアと僕が旅の最中、何度も公開するかしないかについて激論を繰り広げた。
「軍は僕を疑っているのか?」
「疑っているのは軍ではなく、小生の同胞です」
 すると、アストは立ち上がり一枚の紙を寄越した。
「ロザリアのメモを基礎にして、同胞たちが魔砲を作りましたが、ミスリルと魔術だけでは旅の威力ほどの品物は作れませんでした。
 小生はロザリアと人の間で何らかの試行錯誤があったのだと確信してます。
 賢明な同志が知らぬはずがないじゃないですか?」
「検証から尻尾が掴まれていたか」
「ふふふ。ですが・・・安心して下さい。
 人には真相を隠してます。
 同志、スレイル。
 同胞は技術をひたむきに隠す理由が何なのかを聞きたいだけなんです」
「理由?」
 彼女は工作員を演じる傍で、本当はハーフエルフの代表格なのだろう。
 彼女もまた、仲間と同胞の曖昧な立場にいて揺れ続けている。そう見えた。
 仲間、家族、国の真ん中に立つことはそれほど大変なことだ。
「小生は人の世に同胞の国を作りたい。
 同志は約束のために優勝を目指す。
 ならせめて、ロザリアと交わした約束くらいはここで話して貰いたいものです」
「遺言だよ」
「遺言?」
 おうむ返しに聞いて、アストは瞬きして大きく目を見開いた。
「すぐ、生き返させろ。
 私は死んだとしても、この世界の何処かに存在しているのだから。
 この世でそんな滅茶苦茶な願望を叶えられるのは一つしかない」
「同志、魔王に挑む気ですか?」
「それは・・・無理だ。
 確かに、魔王を倒し伝承に則って願い事が叶う算段で挑戦することも考えた。
 だが、魔剣無しにしても亜人や人間が等級がふたまわり下の相手にすら傷一つ与えれない現状は残酷過ぎた」
「同志?」
「まあ、このへんだ。
 魔剣を持つチャンスはあっても、勇者の器になるまでの道のりは遠い。残念だが、これ以上は話す気はない。
 同胞たちに、今後もミスリルの新調宜しくと伝えておいてくれ」
「分かりましたけど、結局何一つ答えて下さいませんでしたね。
 慈悲はないんですか?
 小生への愛情は?」
 上目遣いで憎らしく言う様に愛嬌を覚えたが、すぐに正気に戻って拳骨を食らわせた。
「人を揺さぶる口ばかり上手くなりやがって。
 遺言の真意は、僕自身考え続けているところだ。
 思慮深い輩のことだから、必ずヒントはあるはずだ」
「痛たた・・・。
 小生も、同志、ロザリアを信じたいところです。
 ところで、ココナッツジュースのおかわりは貰って良いですね?」
「勿論」
「ひゃっほう!」
 それからアストはいつもの調子で僕に冗談を言って笑わせた。
「こういう日は自棄飲みに限る」
 半年ぶりに嫌なことを思い出した僕は、仲間を連れて酒場に来ていた。
「これ食っていいのか?
 マジで?」
 テーブルに並べられた料理はざっと見積もっても四人分はある。
「奢りだから残さず食ってくれよ?」
「最高!」
 亜人街のライゴは一番有名な店でいて、とびきり可愛い看板娘がいた。
 俗世に珍しい人と働くエルフで、美貌から求愛の声が絶えなかった。
「ウヒョー!
 滅茶苦茶可愛いじゃねえかあ!」
「彼女はナナリだ。
 亜人街の看板娘として大陸中に知れ渡ってるが、僕も見るのは初めてだ」
「ディノ平原とラッド荒野を往復するだけの毎日だったがオフに遊びに来て正解だったぜ。
 闇市にはお得意様の商売道具が格安で転がってるし、美味い飯屋に困らねえ」
 金髪のスーツは葉巻を指先で転がしながら、だんだんと仲間の肩を叩いた。
「桃源郷じゃねえかあ!」
 男は商社の社長で相当なビップでありながら素性を隠す、奇妙な男だった。
「ザジ、楽しんでくれて何よりだ」
 よく働くエルフで、グラマーな胸にスケベ親父たちが夢中になっていた。
 彼女の存在は街の男たちにある種の活気を与えていたのだった。
「ご注文は以上で宜しいでしょうか?」
「大丈夫です。ところでお触り宜しいですう?
 ふひひ」
 堂々と鼻を伸ばす商人を傍らに、茶髪の看板娘は金縛りに遭ったように固まった。
 無類の女好きと噂は聞いていたが、手際が良すぎて拍手しそうになった。
「看板娘の拳なら、顔面まで無料でサービスしますが?」
「あ、はは。え、遠慮しときます」
「少しは遠慮を覚えろ」
 こつんと人差し指でザジの眉間を小突いた。
「お、お前ぇ!聞いたぞ、スレイル!」
「待て、待て待て、何だ」
 剣幕からザジが嫉妬深いことは分かった。
「アストとリリオンって女を侍らせてるって話は本当か!」
 ちなみに、手紙で現状の説明をしたが一言も二名が女性であることは書いてない。
「人を疑惑の目で見るんじゃねえ。
 単純に名前の特徴から分かるって話だぜ?
 アストとリリオンってのは、古くから伝わる童話のプリンセスの名前だ」
「詳しいな」
「表向きは商人だが、俺は情報屋だ!
 調べようと思えば身内の探偵を使って、お前たちを幾らでも割ることは出来るぜ!」
 酒の酔いが回ったらしくザジは呂律が回っていない。
 店の陽気な音楽も相まって、酔いの回りが早い気がした。
「もういいしゃべるなザジ」
「スレイルどこまでいった?
 やった?」
「経験はない。
 そもそも好きな女と死に別れて恋人を作る気になれないんだ」
「またまたぁ、二人とは、甘酸っぱい経験はないと?」
「精々添い寝して寝たぐらいだ」
「え、ええ、マジで、お前ちょっと殺していいか?」
「いいから聞け、暫くしたら宿舎に連れて行く。
 二人と会いたいなら、会ってみるといい」
「約束だぞ!」
「分かったから落ち着けよ」
「良し、たーんと今日は食うぞ!」
「聞いてないな」
「スレイルは無二の親友だぜ!」
「酒臭えから抱きつくんじゃねえ!」
 野郎同士が抱き合う様は酔いが覚めたらきっと後悔するが、願わくば常連にそっちの気があると勘違いしてホモ野郎と呼ばれないことだ。
「ふうむ、それで早寝早起きが取り柄の健康な医者を叩き起こして、酔っ払いの看病をさせると」
「悪気はないんだ」
 イェロッパまでザジを抱えてきたが、自身も悪酔いしていることには気づかなかった。
「べっぴんさんじゃねえかあ!」
「同志、これは!」
「頭が痛いからアストが相手してくれて助かる」
「小生はただの監視役ですよ?」
「酔っ払いの監視を頼む」
「同志ぃ!」
「ねえ、今日泊まっていい?アストちゃんちゅっちゅしていい?」
「好きにしろ。但し隣の部屋で静かにしろ」
「同志ぃい!」

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 大会が始まってから耳の尖っていないアストみたいな連中を三人倒した。
 身体強化で変則で加速する能力が厄介で、魔法に疎い審判は連中を裁けなかった。
「あれも一昨日の連中だろ?」
 ザジに聞いて、折れたミスリルの剣を投げ捨てた。
 水桶で顔を洗いながら、外の景色を見やる。
「ご名答。
 連中は魔剣は持てないが、大方所有権を巡ってオークションにかける算段だろうぜ」
「呆れた。国宝級に金のかかる道具が折れた。
 連中のせいだ」
 街は奨励祭の真っ最中、大会は通常運行。
 花火が鳴って、街は色とりどりの垂れ幕で秋の紅葉のように姿を変えた。
 奨励祭は大陸総出で人が祝う恋人奨励祭で、今日ばかりは亜人と人が仲良くする決まりだ。
 五年前に、ノイルの崩御に伴って制定されたエルフと人の平和を願う祭典だった。
 結婚式も日夜問わず教会で行われ、この時期の奨励祭のバイト代は格別と聞いたことがある。
「ふうむ、午前中にアストと闘技場に行って三人で間食をしていたのに、魚の塩焼きを齧ってやがる。
 ザジ、最近少し太ったんじゃないか?」
「怖いこと言わないでくれえ?
 オフから地元に帰ったら家族に文句を言われることだけは御免だぜ。
 お医者様がいるなら痩せ薬くらい勧めてくれるよなあ?」
「ふうむ、下剤ならすぐ調合してやるよ。
 誓約書にサインするなら五分以内に用意しよう、但し約束を破れば貴様の全財産を没収する」
「俺は痩せ薬って言ったんだ、下剤なんて一言も言ってねえ!
 約束破れば全財産没収たあよ。ヤブ医者もいいとこじゃねえかあ!」
「ヤブ医者とは心外だ。
 そもそも、馬鹿につけるクスリはないね。他を当たって貰え」
「なんで仲間の女どもには冗談が通じないんだ!」
 ザジはゴミ箱を蹴っ飛ばした。
 八つ当たりのつもりか、午前中に戦った僕が拾う羽目になろうとは。
「貴様が空気読めなさ過ぎるだけだ」
 イェロッパも奨励祭の例外でなく、通常の二倍ほどカップルが多い。
 各地で耳を澄ませば喘ぎ声が聞こえ、独身の地獄のような時間が三日間続く。
「ふうむ、職業病かな。
 休みなく子供の頃から親の手伝いして育ったから真面目になってしまったよ。
 祭の暇は過ごし方が分からなくてかなわん」
「俺なんて十五まで商船で社交辞令から国語、数学、歴史、政治、何でも習った口だぜ。
 アスト、間食してないでお前も会話に参加しようぜ?」
「そこで小生に話を振るセンスは、本当独特ですよね。
 幼年期は本当に良い思い出がないのでノーコメントでお願いします。
 たこ焼きとかいう新作の食べ物が美味しくて、夢中になってしまいましたよ。
 ところで同志も参加して下さい?」
「子供の頃から戦地に居た割には勉強をさせて貰えた気はするが、そもそも奨励祭中に弾む話は何もない。
 まして、盛りに盛った男女ならともかく一人を除いて三人は枯れてるんじゃないか?」
「ふうむ、ともかくとして気に入らない輩が盛ってる場で女が燃えないのは問題だな」
「確かに、女のライバルはともかくとして下品な異性を近くに置いときたくありませんね」
「いっそ、誰が嫌いか言って貰った方がスッキリするんじゃないか?
 泣いていいか?」
「街で遊女を引っ掛けてくるのはどうだ?
 二人からは軽蔑されそうだが」
「やらねえ。
 謝る。謝るよ。悪かった。
 スレイルから手紙には無愛想なとこがあるって聞いてたが、こりゃ無愛想を超えて理不尽だぜ」
「ふうむ、嘆くのは良いとしてアスト。
 ミスリルの剣を新調するには何日かかる?」
「リリオン。それは・・・」
 僕が本来、掛け合う話だ。
 リリオンは最近、僕の周りの世話を焼きたがる。
 腹が減れば飯を作り、帰りが遅くなると言えば弁当を作り、ザジの看病を頼めば風邪で寝込んだ時は半日以上付きっきりで面倒をみた。
 物心ついた頃に両親がいなかった僕には、母のようと例えることは憚られるが「お前はスレイルの母ちゃんか!」と、ザジが突っ込んだので「だろうな」と、頷いてみせた。
 最近、リリオンが母ちゃんっぽい。
「・・・」
 以前の酒の絡みからザジの妬みの深さを思い出して閉口して見守った。
「同志、何ですか急に黙って」
「アスト黙れ」
「うわ、また殴った。ひんひん」
 絵本のような滝の涙を浮かべて、ベレー帽のアストは拳骨に泣く。
「ところでスレイルは誰が好きなんだ?」
「ところで、皆で街の香具師を周らないか?」
「スレイル?」
「いいから、ここは四人が寛ぐには狭過ぎるだろ」
「スレイルぅ!!」
「言わねえよ!!!」
 そうして街に繰り出した四人は、様々な人種の痴態を余所目に噴水、橋、商店街、図書館、香具師のある道まで突き進んだ。
 亜人街はルールのない街だが、こうも子供の教育に悪そうな景色が並ぶと習慣を考える必要があるような気がした。
 最も、政治家は如何にエルフにコネがあるかで決まるので僕に務まるわけがない。
「ちょっとちょっと、そこの君ぃ」
 屋台をぐるぐる周ってると、女貸せと、毎度ながらチンピラエルフに絡まれた。
「この前は世話になったなぁ?」
「チミは軍人かな?
 あれれ、この前は軍の関係者が暴力振るったわけ?」
「痛かったなあ、あん時は。
 骨がばっきばきに折れちまってよ。医療費、どうケリつけんだこら」
「ここじゃ目立って困るんじゃねえの?
 チンピラさん。裏行きましょうぜ」
「新入りかぁ。金髪スーツの赤ネクタイ君?
 あんまり舐めてっと、痛い目見るぜ?」
 建物と建物の狭間で一線の光にナイフの逆光が目を焼いた。
 隙を盗んでエルフの正拳突きがザジに刺さった。
 正直、ナイフとは逆の手で良かったと思う。
「ぐふ」
 ザジは戦闘不能。
「同志、弱過ぎるのでは」
「ふうむ、やはりただのボンボンだったか」
「ぐっふ」
 ザジは痙攣した後に吐血して大の字になって倒れた。
「女貰ってもいいのかあ?」
「二人は下がってて」
 火の魔法が煉瓦の地面を焼いて、連中はデスマッチのステージを用意した。
「追い込まれて言えた口か?」
 炎の渦が頬を掠める。
 素手で立ち向かって勝てる素人も、魔法を使えばたちまち人の脅威に変わる。
「毎日楽しそうな連中だな全く」
 悪態をつき足を踏みしめ、拳を強く握った。
「楽しいぜ。一度負けたと思った相手に復讐するのはよお!」
 鋭く落とした銀の刃を避け、チンピラ一人の懐に入って手刀で急所を突いた。
「接近戦は止せ、魔法でケリをつけろ!」
 炎の渦が波になって襲ってくる。
 手負いのチンピラからナイフを奪い、軌道を変えれない渦を魔法陣を行使して吸収した。
「く・・・」
 ハーフエルフたちが嗅ぎ回っている技術で露見するのはまずい、スローモーションで流れる時間の中でぎりぎりになって宙で身体を翻した。
「今だあ。やっちまえ!」
「ナフトゲイリ」
 大きな水の粒が空間に満ちた。
 詠唱の気配すら感じない高度な魔法を予感して、チンピラは震え上がった。
 転んで、立ち上がって、振り向いた。
「何の魔法だ?」
「俺たちは、火属性しか使えないはずだ」
「すると、てめえの仲間か」
 大きな水流の竜巻が僕の左右を掠め過ぎていく。
「重複し、高めよ。ナフトゲイル!」
 禁忌魔法。
 彼女はそう呼んだ。
「小生、エルフの暴力だけは我慢なりません」
 緑のベレー帽の十字架のアクセサリーが風で揺れていた。
「アスト!」
「同志。見ていて下さい!」
 軍服の隙間から発生した光の粒が天井に上がっていく。
「や、辞めてくれえ!」
「辞めません!!」
 水系呪文と氷系呪文を組み合わせた言葉を詠唱し、脳裏に魔法陣を浮かべ術師の周辺に眩い聖痕が具現化する。
 召喚術の印が施されており、ナフトゲイリ、ナフトゲイルはまるで生きた魔法であった。
「雷を鳴らし、水流を断て」
 まるでその言葉がスイッチであったかのように、水流に飲まれたエルフは雷に打たれて黒焦げになった。
「ふうむ、死んだのか?」
「いや、エルフは魔法耐性が強いから簡単には死なない。
 それよりアスト。魔法を使えば痕跡が残る。前から言ってるだろ?」
「同志、忠告は聞く気になりませんよ。
 まして、吸収魔法を行使したのは、担当が小生じゃなければ、共和国に強制送還されていることでしょう」
「ふうむ、まずいのか?」
「・・・」
 何も答えられない。
「返事はありませんか。
 リリオン、これはまずいです。
 あの日の話に戻りましょう。
 同僚の供述と、貴方のデータ、今の魔法陣行使。これら全て繋がりました。
 未だ信じられませんが、人間は魔法を使えるんですね・・・。
 二人だけが独占して内包していた技術なんですか・・・?
 同志、いい加減全て話して貰えませんか。
 それとも、小生が推理してリリオンに説明すればいいですか?」
「いや、観念する。
 全て話すよ」
 僕が経験した、魔剣回収の過酷な旅路。
 切り札として使われた「魔砲」は人にしか使えなかった。
 魔法に干渉し無力化するミスリルは唯一、吸収魔法だけは干渉できた。
 吸収魔法は、自身の魔力ストレージ、物理的には刻印と身体を通じて自由に貯蓄して放出が可能な非公開魔法だった。
 これは、マナゾーンを自然発生させ、そこから魔力を構築する亜人種と大きく異なるところである。
 魔砲の原則的なカラクリで、経緯から亜人やハーフエルフは既に理論自体は提唱されている魔砲を行使できなかった。
 マナゾーンの干渉で、魔砲が無力化される印が施されていたからだ。
 吸収系魔法の分野が確立していない大陸は発明のレプリカすら作れない状態だったのだ。
 その中でもマナの暴走を激減させたのは、魔術刻印による反動魔力を身体が吸収していたからだった。
 反動魔法は空間の歪みを発生させ、自身の魔力ストレージを内部から炸裂させ、存在を消滅させた。
 エルフが禁忌と恐れ、種族ごと殲滅せんとする理由がそこにあった。
 反動魔力を中和するエネルギーを構築しなければ、様々な災厄を招くとされてきた。
 技術が広まることで人に力が偏ることを避けたかった僕は、ロザリアを説得し、仲間がリスクを負ったまま魔砲を行使する方法を取り続けた。
 失った仲間の戦力が原因でロザリアを失った現実に、目を背け続けて・・・。
「アスト。ロザリアが求めた技術の探求はいけない・・・魔砲を広めてはいけないんだ」
「同志、小生は見逃せば国家反逆罪の実刑に処されるレベルの秘密を抱えている。
 見逃すなど到底無理な相談だ。
 個人的には仲間を殺した同志が許せない。
 せめて、同胞に経緯を伝えるくらい許して下さらんか?」
「無理だと言ったら?」
「自白魔法を行使するために束縛しますよ」
 アストは帽子を天高く投げ、制限解除と叫んだ。
 僕は瞬時に、ロザリアから教わった貯蓄と解放の呪文のうち後者を唱えた。
「同志、大人しくして下さい!」
「炎の渦!」
 自白魔法の白い手を薙ぎ払い、アストの頬を掠めた。
「薄い・・・壁?」
「マジックウォールです。
 あと二回は小生の意思に関係なく防ぎますよ?」
「旅から腕を上げたな。
 あの時は、皆の荷物係りだった」
「ふっ・・・挑発なら遠慮なく買わせて頂きます」
 禁忌魔法最上位呪文。
 封印系の刻印が一帯に浮かび上がった。
 発生した暗黒の沼から悪魔たちの触手が伸びる。
「凍てつく闇、禁忌の黒。ディグレアン」
「身体が・・・」
 拘束する魔法に、僕の能力は効かない。
「無理過ぎる・・・」
 それを見越しての攻撃となると打つ手はない。
「無能のフリをするのは疲れました。
 ハーフエルフ族の代表として、同志、スレイルに命令します。
 小生のものになって下さい」
「申し訳ないが、上官も部下もいないから命令は聞けないな・・・」
「身体が動かなくても、口は塞がってくれませんね?
 なら、即席で小生が上官になって差し上げますよ」
「んぐ」
 身体強化による体術、それも内臓から破壊する技だ。
「痛ぇな!」
 食ったものを吐き出しそうになる衝動を必死に堪えて踏み止まった。
 マジックアイテムにより瞳孔が開かれた真っ赤な瞳の奥に残酷な獣を垣間見た。
「黙って下さい。
 勝負は私の勝ちです」
「・・・ふうむ、そこまでだ」
 声の主は声より先に折れた剣を振り、軍人の周りに浮かび上がった魔法陣を叩き切った。
 刹那、拘束は解かれ、アストは呆気に取られた。
「ミスリルの剣!」
 僕とアストは同時に声を上げ、アストが魔法陣を再構築するまでの五秒の間に柔術で床に組み伏せて詠唱を防いだ。
「んぐ」
「形勢逆転だが、僕はお前のように下品じゃない。
 自白魔法を使わないと約束するなら解放する」
 個人が秘密として心の奥深くに閉まった事情を無理やり自白させる魔法は、倫理に反しているので大陸では条約によって禁じられている。
 本来聞き出す必要のない秘密も自白させる危険なものだ。
「はあ、やっと降参してくれたか」
 あれから十分弱、無理を悟ったアストはギブアップし、目をバッテンにしてじたばたを繰り返した。
「リリオンの裏切り者!」
「誰も味方なんぞ言っとらん。
 株が一番上がりそうな時に男を助けるのは、女子の定石だと思うが?」
「小生は、漁夫の利をここまで綺麗事に言い換えれる人は知りませんよ!」
「ふうむ、ドサクサに紛れてハーフエルフ代表で求愛表現してた女は誰だったかな?」
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
 あれだけ優勢を誇っていたアストが、折れたミスリルの剣を抱えるリリオンに平謝りしていた。
「同志、小生は怒っているんですよ。
 仲間でありながら、それだけの悩みをどうして相談してくれなかったんですか?
 小生と同志は仲間じゃなかったんですか?」
「相談したらさっきみたいになったからな。
 流石にマジギレしたプロ相手に戦いを挑むほど僕は馬鹿じゃない」
「まあ、そうですね」
「本部でグルになって、自白魔法や身体検査で技術を割られるのもたまらん」
「まあ、そうですよね」
 当たってるんですね。分かります。
「ふうむ、アスト。今回の件、今後蒸し返すなよ。
 スレイルの専属医を無視して、記憶や身体を調べるなど見逃せん」
「リリオン、それは無理な相談ですよ。
 同志の身体に答えが刻まれているのに・・・」
「私は政治のことは分からんが、こういう駆け引きに関して言えば振り向かせて言いたくなるよう仕向けるべきだろう。
 まさか、ライバルを前に怖気ついたわけではあるまい?」
「リリオン、安っぽい喧嘩ですが受けて立ちましょう。
 ここから、ちょっと真面目な話で申し訳ないのですが・・・スレイル」
「何だ?」
「地にへばった連中には分からないと思いますが、熟練の騎士クラス相手になると魔法の行使は機密漏えいと直結します。
 刻印の使用についてはくれぐれも気をつけて下さい。
 私はクビになるまではオッケーですが、共和国から命を狙われるのは御免ですよ」
「分かってる」
「同志、今日のことは水に流しましょう」
「ああ」
「ふうむ、仕切り直しだ。
 連中と馬鹿に気付け薬を飲ませるとしよう」
「チンピラエルフも?」
「今日の敵は明日の友と言うだろう?」
「ああ」
 担いで連れて行くわけにも行かず、エルフたちも駄々をこねるので時間がかかった。
「随分お疲れですね」
 ナナリが言って、テーブルにジョッキを七人分置いた。
 ライゴは相変わらず繁盛していて、奨励祭の影響でカップルが多い。
「エルフってのはこうも、偏屈な奴が多いのか?」
「あ、はは・・・」
 同胞の痴態にナナリは愛想笑いを返した。
「いいかあ、俺は人間が大嫌いだ!
 お前たちは北の連中が攻めてきたら同胞に助けを乞うてばかりで、自分たちで自衛しない!
 お前らは強いからいいが・・・俺は弱い人間が大嫌いだ!」
「奴隷の奢りじゃなきゃこんなとこ来ないんだから、感謝しろよ!」
「ナナリさん四人分酒のおかわりお願いします!」
 貧乏エルフどもはザジが高給取りだと分かると態度を改め、スーツのザジを親方に立てて両サイドの席に座っていた。
 ザジは今日やたら気前が良く、全員に夕飯を奢ると言って人の話を聞かなかった。
「ふうむ、真っ先にぱたんきゅーした輩が一番偉くなってるのは納得いかんな」
「おまけに半裸だし」
「店に追い出されないだけマシだ」
 やれやれと溜息を吐いた。
「道中で酔っ払って橋から川に飛び込むからですよ。
 同志と小生は止めたのに、マブダチの儀式とかいって強行しましたからね」
「ザジのお得意さんの半分がエルフって話だったが、嘘でも無さそうだな」
「そこの人間たち!」
「人間だあ?」
 ザジがぴっと人差し指を立て、僕らを威嚇するので仲間を代弁して反論してやった。
「お前らだよ。お前ら、毎晩毎晩人をコケにしやがって」
「ザジ、いつから人間を辞めちまったんだ?」
「ふふふ。
 俺は将来大富豪になる男だ。
 亜人が蔓延る乱世、人という身は少々脆すぎる。
 だから俺は進化したんだ」
 相当酔ってるらしくて、言ってることが理解できない。
「最高だぜ、大将!」
「よ。大統領!」
「ヒューヒュー!」
 だが、チンピラの半端者どもに滅茶苦茶ウケがいい。
「じゃあ何だ?」
 聞くと、チンピラは目を見合わせ、ザジが酒を飲み終えるのを待った。
「新人類」
「猿の間違いでしょう。
 他のお仲間も」
 アストが辛辣に指摘して、リリオンと共に大ジョッキの葡萄酒を飲んだ。
「将校さんよお、いいのかあ?
 俺らが本国で偉い方に告げ口するだけで飛ぶぜえ、その首?」
「耳は尖ってねえし、見たことない魔法使うしでハーフエルフだろアンタ。
 俺たちエルフは、大陸じゃどこでもハーフエルフはぶっ殺して良い決まりになってるの知らねえのか?」
「やいやいやい。さっきはよーく痛ぶってくれたけど、分かってんのかあ?
 細い身体と腕っ節で俺たちに勝てると思ってるのかあ?」
 おらおらおらと怖い顔して恐喝の大合唱を唱えるチンピラに、アストは眉一つ動かさず立ち上がった。
「亜人の情けで助けてあげたのに、もう一度小生の雷に打たれたいのですか?」
 元々スラムの生まれで汚れ仕事にも経験があるアストにとって、逆にチンピラを揺するくらいのことは慣れっこだ。
 連中は鋭い眼差しで睨まれ、金縛りに合っている。
「・・・あ、いやお前ら?
 いいじゃないか。美味い飯食って、酒飲んで、水に流しちまおうぜ。
 今日は奨励祭だぜ、お祭りだぜ?」
 チンピラ頭領のザジは肩を叩いて言葉で呼びかけ、カチンコチンに恐怖に凍りついたチンピラどもを溶かす。
「ひいい。死ぬかと思ったぜ」
「悪かったあ。
 二回負けたから、大人しくしとくぜ・・・」
「ていうか。アンタら旅の一行かあ?
 商人に、傭兵に、軍人に、アンタは?」
「医者をやってる者だよ」
「軍学校の職員招集か?
 特に、隣の大将がリーダーじゃないのはよく分からないんだが・・・」
「スレイルよお、こいつらは信用していいぜ?」
 珍しくザジが目配せで合図するのでこれも頷いた。
「簡単に説明すると、魔剣を得た後に国とお近づきする際の頭数だ。
 具体性がない話だが、本当にブレインが必要になってから人探しをしていては遅いんだ。
 ところで・・・エルフにとって、魔剣を手にした人間は目の上のタンコブだと思わないか?」
 僕が聞く。
「はあ?
 ま、まあ。遺跡の聖典にも勇者が魔王を討つ予言があるしな。
 人の中でも特別な扱いになるのは当然じゃないか・・・目の上のタンコブねえ?」
「前最高位のノイル様は人間嫌いだったが、イリアル様は寛容的だし人間の自立具合によっては森の出入りも許すんじゃないか?
 そうなりゃ皆反発するだろうが」
「俺たちにとって、勇者にゃタイマンではどうしても叶わないだろうからな・・・。
 両国の民意の上で人の王になるんだろうぜ」
「スレイルが人の王か・・・。
 考えてみれば、吐き気がする想像だぜ・・・。
 スレイルの下につくなんて真っ平御免だ!」
「・・・小生は同志が上に立ってくれたら役職を上げて貰えると信じているので優勝を応援しますし、支持しますよ?」
「ふうむ、望みには自身の話が抜けていたが、国の医療を改革できるなら偉くなったスレイルに頼んでみたい気もするな」
「おいおい。チームで意見が割れてるのか?」
「エルフ。ザジが当初と違うこと言ってるだけだ。
 手紙のやり取りと違うじゃないか?
 美味い話だから俺も乗せて欲しいってビザ送ったのは誰だ?」
「馬鹿野郎、商人が取引相手も見ずに約束もクソもあるか!
 剣聖大会の賭けで一儲けしたいってただの口実だぜ?
 聞けば北から生きて帰ってきて、国からミスリルをツテで調達するほどの実力者じゃねえかあ?
 最初はただの小金持ちだったかもしれないが、合流してからでも一財産作れたぜ?」
「どど、同志。こいつ、あ、悪魔・・・!」
 アストがドン引きしている。
「汚い野郎だ。
 僕には、何処までが嘘で本当か分からない」
「オーライ、汚い野郎で構わないね?
 とにかく俺は正義とは逆の立場で利益を得ることが得意なわけよ。
 スレイル。こんな俺を首輪で繋いでおくことができるか?」
「聞くまでもない。
 さっきの話が本当になったら、外交で俺に今してる脅しを他国にやってみろ」
「詐欺師に外交を任せられる理由は何だ?」
「ブラフで俺の反応見てることぐらいお見通しなんだよ。
 ザリエル、ジードニッヒ。商業国家ラッドの大統領の息子だろお前」
「な・・・」
 話を聞いて、席の五人はおろか聞き耳を立てていた店の客も、ナナリも固まっていた。
 ライゴの時間は止まってシーンと静まり返っている。
「なんだって?」
 なんだって、と店の外にまで聞こえた。
「まさか、ビザか?
 そんなはずは・・・確かに・・・」
「認めろ。大陸をフリーパスで歩けるのはラッドの公人証明証を除いて他にない。
 ザジは商売に焦るあまり、表手続きじゃ考えられないミスをしたな?
 それに、通常一年は身元調査をしなければならない証明証に大統領印を入れられるのは親族くらいのもんだ。
 親族でも若い方と言うと、彼しかいない」
「くう・・・」
「どうなんだ?」
「違う、断じて違う!」
 胸を張り、地位も名誉も窓から投げ捨てる勢いでザジは言い放った。
「アストに指示して、ザジの会社を調べることが出来ると思うが・・・普通に、脱税の疑いもあるよな?
 ラッドはメディア機関が集中していると聞く。
 一存によって、大統領のスキャンダルにもなり得るかもな?」
「無理無理、マジで降参。
 まさか俺が、裏の商売から足を洗う羽目になるとは。
 大統領の息子と知られたら、親父に迷惑をかける気はねえ」
「これで、首輪の話は決着がついたかな?」
「は?」
「ザジ、こいつを見て驚くなよ?」
「ま、まさか・・・お、お前!」
 懐からテーブルにビザを滑らせて酒をぐっと飲んだ。
「時々だが、ライゴとイェロッパに見たことないスーツの兵隊がうろついていたから、それをイェロッパ食堂で聞いて回った。
 皆口を揃えて、ラッドの要人警護をメインにしてた連中って言うからザジをハメようと思ってたよ」
「どこの刑事だよ」
「最初は国税局の監視かと思ったが、動き方は探りではなく護りだ。
 ラッド警護団が本人に連絡もなく警護してるとは考えにくいから、親父が心配してるんだろうな」
「いや、参った参った!
 結構な数の商談をさばいてきたが、足元を調べ尽くし地雷を踏ませる相手をぼったぐれた経験はねえ!
 話せば話すほど沼に落とされる一番厄介な相手、土壇場で一番頼りになる・・・はあ、褒めたくもねえのに褒め言葉が浮かんできやがるぜ!」
「褒められて悪い気はせんが、まあそんなとこだ。
 時が来たら手伝ってくれよ」
「へ。男同士のかたーい約束だなあ?
 分かってるって、そん時までにゃ準備しとくぜ?」
「大将?」
「ほらほら、飲んだ飲んだ!」
「冗談で大統領って言ったら、大統領の息子だってよ・・・」
「大将らが仲直りしたし俺らも呑み直そうぜ!
 美味い料理が冷えちまった!」
「小生、何が何だか・・・」

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 剣聖大会の準々決勝の時期が近づいた頃、安定した気候が著しく乱れた。
 恵の雨は降るが、大陸の空が二週間ほど曇っている。
 ザジの正体を見破ってから流石に本国から文句を言われたのか本人が何かしらの決心をしたのか、相部屋から荷物を纏めて飛び出して行ったので、心配になって寝る時間を削って手紙を書いた。
 送った手紙の返事には、チンピラエルフたちがどうしても大将の仕事を手伝いたいと、学びたいと言って聞かないので仲間に忍んで帰省したと謝罪文を綴っていたが、二人の仲間に見せると舌を出してクチャクチャにして部屋のゴミ箱に捨てられた。
「小生は同志の腕の中が一番落ち着きます」
「ふうむ、それにしても三人が寝るには狭いベッドだ」
 慣れたと口にするとザジに怒られそうだが、彼女らのスキンシップはあの日を皮切りに酷くなった。
「同志の汗の臭いは旅路では当たり前のように嗅いでましたが、一晩かけて嗅ぎ続けると小生の体臭であったかのような錯覚に陥ります」
「私は、一緒にトイレに入ってスレイルの尿検査をしてみたい」
「プレイがハード過ぎませんか?
 なんで臭いフェチの対抗馬でコア層にしかウケなさそうな性癖を披露するんです?」
「ふうむ、単純にクソを調べたりして健康状態を調べたかっただけなんだが・・・」
「うわ、こっわ。
 同志、聞きましたか?
 この女はそのうち一緒にトイレに入りたいって言い出す、いかれポンチなアバズレですよ?」
「男の下着を漁ってコレクションにしてる変態に私は何も言われたくないんだが」
「医療免許を持っているからといって、変態プレイも許されるんですか?
 そのうち、小生も健康に悪影響だからとザジみたいに部屋を追い出す気はありませんか?」
「どさくさに紛れてありもしない責任転嫁をしているみたいだが、アストは脳に欠陥でもあるんじゃないか?
 私に切らせてくれたら天才にしてあげるよ」
「もう天才なので結構です」
「はあ・・・」
 しかも下着で、パンツ履かない日もある。
 部屋に他の男がいないことを良いことに、勝手に女ルールを作って部屋を支配しているのだから世話がない。
 更に「はあ」と、言葉にならない溜息を出して朝のゴミ出しに向かう。
 この数日は、イェロッパの決闘場に通いつつ次に対戦する帝国三傑との戦いで頭がいっぱいだったので気が気じゃなかった。
 帝国三傑とは、帝を守る元帥らのことで一人で同時に百人を相手取ると怖れられており、以前の北の侵攻では彼らの指示で外壁を作って災厄を防いだ伝説が残っているほどだ。
 要は、広大な帝国全土の武人を統べ政治的に統括する機関というと話が早い。
 帝は形式的に三傑が決めたことを実行しているに過ぎないので、背の低い子でも、タダカツ、ナオマサ、ヤスマサ、計三人の名前は知ってる。
 子供も僕も、帝の名前は分からないけども。
「ただいま」
 下着姿でソファに寝転がってハミングしながら本を読むリリオンとベッドで鼾をかくアストに眩暈を覚えつつ、ザジがくれた手紙を思い出して踵を荷物の方に返した。
「ふうむ、そういや今日は例の日か?」
「げ、忘れてた。
 起きろ、アスト。今日はミスリルの新品が届く日なんだから」
「むにゃむにゃ・・・もう食えない」
 頰を捻ろうが摘もうがびくともしないし、駄々をこねる赤子みたいにベッドの生地を掴んで離さない。
「ふうむ、起こそうか?」
 下から打つ方の下剤を指先で摘んで怪しい笑みでリリオンは左右に振った。
「今日一日はトイレで大人しくなると思うぞ?」
 僕は首を横に振った。
「軽いからベッドシーツごと担いで持ってく、下着姿でマズいから布袋で覆うが」
「羨ましい気もするが、とんだ人攫いの奴隷商だな?」
「気にするな。
 アストの話では、あの・・・人見知りの親娘が亜人街に着いてるはずだから、急いでるんだ。
 雨女だからカッパも持ってかないと」
「ふうむ、いってらっしゃい」
「いってきます」
 リリオンは出て行く時、いつも唇を噛んで寂しい表情をするが気にしてもしょうがない。
 扉を閉め、街道目がけて一直線に走った。
 一時間ほど門の前で立ち尽くしていると、門番に公人証明症を見せる美人姉妹に気づいた。
 片方は短髪で、姉は長い銀髪をコスモスの花飾りで結いで最後に会った時から変わらない格好をしていた。
 楽器を覆っていた黒い布袋がフェイクだと分かって、担いだ布袋を指差してジェスチャーする。
 妙な男がいることに気にかかった少女たちは、受付が済んですぐ困った顔で川沿いの屋台の方まで歩いてきた。
 よく見れば、片方の耳は尖っている。
「お兄さんですか?」
「娘がいつもお世話になってます」
 ぺこりと頭を下げ、アストの姉、リザと母のキョウコさんはお久しぶりですと挨拶した。
 初恋がキョウコさんなので、僕にとって少し特別な女性だった。
「娘の顔を見たら、依頼された物を置いて出ていきます。
 魔剣回収の折、スレイルさんにはとてもお世話になりました。
 ところで・・・スレイルさん。夫はいつ帰ってくるのでしょうか?」
「お母さんそれは、聞かない話だったでしょ?」
「でも、ロザリアさんと仲が良かったスレイルさんなら何か知ってるんじゃないかって、ごめんなさい」
 髪の長さと声質以外は外見瓜二つの二人だが、母は姉に比べて画然に表情の影が濃く暗かった。
「お兄さん急に雨が・・・」
「二人ともこれを着て下さい」
 僕は用意していたカッパを渡した。
「実は、アストを抱え・・・いや。
 とりあえず、宿舎まで来て貰っても良いですか?」
「はあ・・・?」
 ハモって互いに見つめ合う親娘と歩く帰路は、話題も浮かばず言葉に詰まり、痛いほど暗い眼差しが強くて生きた心地がしなかった。
 キョウコさんに下着姿のアストをぶちまけると間違いなく誤解されるし、姉に殺される気がした。
「お兄さんどうかしましたか?」
「気にしたことなかったけど、魔法に対抗できない人間ってのはやっぱり無力だ。
 届けてくれて、助かるよ。
 アストも僕を補佐してくれるしね」
「アストに監視役を命令して暫く経ちますが、スレイルさんに役立ってるなら何よりです」
 手荷物が揺れる度に、ようやく相棒の剣を触れるなあと感動すら覚えた。
「ふうむ、お客さんとはね」
「妹がお世話になってます」
「娘がお世話になっております」
 一人暮らしの大学生ルームに突如親が来襲した時の勢いで素早く着替えたリリオンは、アストに唐辛子を噛ませ覚醒させた。
「ちょちょちょ、ちょっと同志。事態が掴めていないのですが?」
「成り行きで連れてきちまった」
「小生の人生最大のピンチかもしれない・・・・」
 唐辛子によって汗でべたべたのアストは、回避したかった両親との胸の内を耳打ちにして僕だけに明かした。
「小生の父が間接的であれ、スレイルのせいで行方不明になってるなんて言ったら卒倒するに決まってるじゃないですか。
 この通り、正直者な性分で嘘をつくのは苦手なものですから街の受け付けにミスリルの剣を預けてくれることを願ったのですが・・・」
 先に言って貰えると助かったのだが、今更何を言っても後の祭りだ。
「自分で巻いた種だから、自分で何とかしなきゃな」
「お願いしますよ?」
 魔剣回収の折、国に帰ってこれたのは僕と、アストと、リザと、キョウコだけだった。
 形式的に民営機関として国から依頼を受けたチームは、魔剣回収の報酬として非公式に共和国の研究機関兼諜報機関を名乗るに至った。
 各国の戦力増強や帝国三傑に対抗した苦肉の策だが、革命軍から始まりエルフと人間の討伐隊を相手にした時代は終わり、ハーフエルフたちが安全に居住区を確保したのは記憶に新しい。
 リザとキョウコは実質的に今の族のトップであり、アストも共和国に顔の広い諜報員だったのだ。
「お母様、お久しぶりです」
「アスト元気そうで良かったわ・・・」
 座る椅子がなくなったリリオンが窓際に立ち、怪訝そうに見守っている。
「お姉様・・・」
「貴女に何かあったら、父さんと母さんが貴女に何のために荷物持ちさせて生き延びさせたのか分からないじゃない?」
「小生は昔のように無力ではありません。
 日常の仕事も姉様と母様には心配されるほどではありませんよ」
「そうかしら・・・。
 二人とも昔から喧嘩っ早いし頭に血が上ると周りが見えないじゃない?」
「母さん。否定はしないけどアストはスレイルに依存しすぎよ。
 革命軍の頃から共闘してたのは分かるけど、家族は利害関係の上で人と付き合っていくと決めたでしょう。
 話す時にスレイルの隣で服を掴む癖、変わってないじゃない?」
「くう」
「リザ、失礼でしょ」
「母さん。人に肩入れすることで怪訝になるなら、はっきり言ってあげた方が良いわ。
 ねえスレイル。私たちハーフエルフが貴方に協力することで何を得られるのかしら?」
 沈黙。
「得られるものはあるぞ?」
「同志、いい加減なことは言わないで下さいよ?」
「いい加減なものか。
 貴女方の父は、ロザリアと同じ場所にいる。
 協力して貰えれば、必ず助ける」
「まさか・・・北で独立し補給線が途絶えた状態で生き残れるわけないじゃない?」
 家族の顔色がみるみる変わっていくのが僕にも分かった。
「スレイルさん本当ですか?」
「母さんも口車に乗ってはダメ」
「思い出してくれ。
 僕らチームの人間は今の世の中に異を唱えて革命軍に属した同志でもあった。
 命を惜しまず、旅を共にした盟友の救出は種族が違うとは言え、一定の理解は得られるはずだ」
「一理ありますね。
 手段はどのようにして助けるのです?」
 キョウコは聞き、僕は話を中断して荷物からザジの手紙をテーブルに転がした。
「ノイルの魔王封印計画?」
 リザはタイトルを読み上げた。
「この中に答えはある」
「同志、エルフ族にまで探りを入れるとは・・・」
「これは持って帰れません。
 危険過ぎる資料です」
「原本は削除されて存在しないが、イリアル暦が始まる前に勇者と一部のエルフは結託して魔王を倒そうとした。
 勇者を魔王に差し向けることで北の進軍を抑えていた大陸の習わしを変えようとしたんだ」
「それにしても、これは娘が書いた禁忌魔術に近い・・・。
 最高位のエルフが本当に、こんな大魔法を書いたのだったら私たちを批判する資格なんてない」
「お母様」
「禁忌に触れる存在と人まで使って煽り、仲間の首を首都に晒した罪は重いわ。
 時代の流れとして理性を保って判断する私の立場も、こんな話を同胞にして良いのか・・・」
「話は途中なんだ。封印計画は勇者の死によって頓挫している。
 ザジの報告書ではノイルもすぐ崩御されて、資料が露見したことから混乱を鎮める建前で研究に関わった者たちは殺されて残っていない。
 ここからが重要なんだ。
 二つ目の手紙を読んで欲しい」
「ミスリルの空間転移術について・・・?」
「ロザリアの旅立ち前の記述と手紙から、旅の仲間たちは本来魔王が封印される空間に閉じ込められたと推理した」
「それでも、空間に飛んだ原因は・・・」
「魔砲・・・!」
 三人は勢いよく立ち上がった。
「手紙の図は、アストよりロザリアが作った基礎理論に近いと思わないか?」
「整理できない」
「落ち着いて、母さん」
 キョウコは頭を抑え、姉は母を心配した。
「空間転移術で対象者に魔法を具現化させるミスリルの弾丸は、七つあるうちの六つまでは、十七あるうち魔族の四位まで有効だった。
 七つ目の弾丸でロザリアは三位以降の対処を、封印計画から引用して空間から隔離したと考えられる」
「ロザリアが父をそこに送ったというのか?」
 リザが牙を向いて吠えた。
「仲間にそんな危険なものを使わせるなんて・・・」
「他の者に言ってないだけで人は魔砲の危険性については説明されてたし魔族の対決について、精々亜人が見えないタイプの魔族を視認するぐらいの役割だから、生き残るための武器を欲したのは別におかしい話でもないだろう。
 現実に犠牲はあっても、魔砲によって三傑でも不可能と囁かれた魔剣回収をやってのけたわけだしな」
「魔砲については、小生素人だから詳しく説明して貰えないか?」
「マナゾーンを間接的に得て人は撃つわけだが、魔砲による副作用が未知数だったこともあるから僕が話すこと全て正しいとは言えない。
 だからロザリアに聞くのが一番だが、要は止まった時間の部屋に彼らは居て、部屋の構造真理を突き止めることで箱庭から抜け出せることだろう」
「部屋の構造真理?」
 リザがおうむ返しに聞く。
「大陸の何処かで部屋は存在し、大魔法によって時間が止められているはずだ。
 そしてトラブルがあっても早急に対処出来るように、厳重な警備体制で管理されている可能性が高い。
 キョウコさんは気づいたみたいだけど・・・」
「ええ・・・」
「私とリザはこれから、深淵の森に行きます。
 なので、暫く武器の調達は諦めて下さい」
「お母さん?」
「同志、どういうことです?」
「どうもこうもない。
 エルフの領地にあると確信して攻めようって考えだろうが、魔剣があればエルフは交渉させてくれるかもしれない。
 焦る気持ちは分かるが、先立つ怒りを鎮めて貰えないだろうか。
 二人とは言え、相応の戦力で攻めたら種族への報復も十分考えられるし、命が奪われることになれば貴女の夫も浮かばれないだろうに」
「スレイルさん家族関係に口を出すのは辞めて下さい。
 家族が囚われていると聞いた次第では、助けるのは当然です」
「兄さん・・・」
「それに、仮説だが・・・部屋の解放となると、化け物も相手にしないといけないんじゃないか?
 対処不能な魔族を一斉に相手しなければならないのは大陸として深刻な問題だと思う」
「それでも私は行きます。
 スレイルさんが流血をお望みなら三人で相手して差し上げましょう。
 向こうの方も入れて良いですし」
「ふうむ、私も戦うのか?」
 国家機密も、今日の夕飯のことも何処吹く風という様子でベッドで本を読んでいたリリオンはようやく立ち上がった。
 両手の指の隙間からメスが飛び出て、格好つけて臨戦態勢完了・・・という具合にはいつもより気合が入っている。
「母さん!」
 リザは大声を上げて、母の頬を打った。
「冷静になって、父さんはまだ生きてるんだよ!
 すぐ死ぬわけじゃない!」
 肩を掴み、母を説き伏せるように、だが同情を誘うように大粒の涙がはらはらと頬を伝った。
「お母様、必ずや同志がお父様を救ってくれます・・・。
 小生一生のお願いです。単身、敵地に赴くのは・・・きっと誰も、喜ばないと思うのです」
「お兄さんを信じ切ってるわけじゃないけど、すぐどうにかなる問題じゃないからお願いだから行くのは辞めて・・・」
「ごめんなさい・・・リザ、アストも」
「お母様・・・うう」
 そこからアストも一緒になって泣き始めたので、僕はリリオンを見た。
「家族水入らずって言葉もあるくらいだ。
 ふうむ、そっとしておくのが一番じゃないかな?」
「同感だ」
「折角戦闘を経験出来ると思ったのに、少し残念だよ」
 急速に萎えた闘志の影響で刃物がしゅぽんと消え、リリオンに続いて黙って部屋を後にした。
「取り乱してすいませんでした」
 キョウコさんの言葉に、アストとリザは同時に頭を下げた。
 奨励祭から少しだけ客足が遠のいたライゴであっても、飯や酒のクオリティまで下がることはない。
 暇になったリリオンと僕で酒を注文した矢先の出来事で、僕らは驚いた。
「どうしてここが分かった?」
「闘技場の三階じゃなかったら、小生大抵次はこっちを探しますので」
「ふうむ、プライベートの行動範囲が狭い傭兵だな」
「反論は無駄か・・・」
 ふふ、と僕のレスポンスにキョウコさんは笑った。
「会って間もないと聞きましたが、仲が良いのですね」
「お兄さんその女性と結婚してるんじゃないの?」
「ち、違います。
 リリオンも同志も独身であります」
「お兄さんに聞いたのに、妹が答えるのは予想外だったわ・・・」
 変な汗かいてやがる。
「ふうむ、体調管理に自信がないって言うから一生面倒見てやると即答してやっただけの話だが」
「それ、俗にプロポーズじゃないの?
 お兄さん何て答えたの?」
「お願いしますと」
「ちょっと、アストこっちいらっしゃい」
 姉が妹を呼び出し、母にも僕らにも内緒でヒソヒソ話をしている。
「・・・やっぱりそうなんだ。
 お兄さん昔から鈍感だから気づかないのね」
「リザ、何を話してたの?」
「母さんには内緒です」
「ところで、スレイルさん。
 実は今日持ってきたのはミスリルの剣ではないのです」
「これは、魔剣?」
 包みを広げて、驚いた。
 ゴツゴツとした見た目と特徴のある菱形の窪み、尖った鍔に竜の彫刻と赤い宝石が鈍く光っている。
「最新技術の研究で魔剣のレプリカを製造することに成功しました。
 あくまで、レプリカですが。
 宝石に祈れば呪術の契約は完了し、マナゾーンを発生させることが出来ます」
 恐らくは本業なのだろう、共和国の役員に話すように親娘は図を使って丁寧に説明した。
「微量過ぎるが、軽度の魔法は使えるかもしれない」
「ミスリルと同じ対魔素材ですので旅のお役に立てたらと思います」
「スレイルさん。残念ながらミスリルと同じく量産化には至っていませんが、これが私が同伴した理由です」
 なるほどと、貰ったレプリカソードをミスリルの剣の鞘に入れてみた。
 刀身はほんの少し短いがすっぽりはまって、掴んで抜くまでがスムーズだ。
「気に入って貰えたようですね。
 魔法はどうですか?」
「木や紙に火を起こす程度なら造作なく出来そうだ。
 試しにアストの干し肉を焼いてみよう」
 じゅわあ。
「同志、干し肉が墨になってます!」
「焼きすぎた・・・」
「うわあ、小生の干し肉が!」
「お兄さん力の調整には時間がかかりそうだね」
「まあ・・・暫くは、普通の剣だと思って使わせて貰おう」
「三傑戦頑張って下さい」
「キョウコさんの応援は有難いです」

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 帝国はエルフの統治が始まる前、戦国時代だった。
 これから戦う相手は、戦国時代を生き抜いた生粋の武士だ。
 全身を覆う、真っ赤な鎧兜甲冑、そして長い金の角が瞬く間に闘技場を沸騰させた。
 登場早々刀を抜き、持参した空の首桶を叩き斬って会場にアピール。
 僕も目立つことを考えたが、三傑の存在感に逆立ちしても勝てないことだけは悟った。
「我は、ナオマサ。
 三傑の中じゃ帝の用心棒兼補佐役を預かっている。
 大陸の強者が集まると聞いて勝ち抜いたが、拍子抜けだ。
 若造と真剣勝負など笑止千万、勝ってヤスマサとの勝負・・・楽しみにしとるわい!」
 怪獣の雄叫びのような歓声が上がり、ギャラリーは「ナオマサ、ナオマサ」と、繰り返していた。
「第一、世に名声を轟かすための神聖な戦さ場で軽装などあり得ぬ話だ。
 まるで薄汚い傭兵ではないか?
 武士たるもの、見た目、硬さ、何よりも大きさ、人に印象を与えてこそ信を得るものだ。
 戦国を経験せぬ若造には爺が手ずから理を示して骸を我が刀で切り刻んでくれるわ!」
 一つ間を置いて「オオー」と、歓声が飛ぶ。
「若造の剣、まるで子供の玩具ではないか!」
 丸腰の相手に斬りかかるナオマサに、大きく距離を取るように後方へジャンプした。
「皆の衆、この者は真っ向から戦わぬ卑怯者だ!
 卑怯者には石を投げて、戦えと叫ぶのだ!」
 皆を煽って会場を味方につけて戦う手腕は、政治家のそれに等しかった。
「何だその構えは?」
 投げられた石を避け、剣を構えてゆっくりと中心に寄る。
「好敵手から剣を隠して構える様、まるで忍びの短剣。爪楊枝ではないか?」
「違う!」
「ならば、大道芸か?」
 ナオマサの一刀をニアミスで避け、転がった先で起き上がった。
「戦場の技を、道化師のそれと一緒にするな!
 鈍くて相手取るのも馬鹿馬鹿しい。
 三傑とは自ら重しを課し、同等の相手を嘲笑う醜態のことだったか?
 帝に聞きたいものだ」
 売り言葉に買い言葉で、スタンスを変え、切っ先をナオマサに向けた。
「青二才に道化師呼ばわりされる覚えなどないわ。
 三傑を馬鹿にする賊とあっては斬らぬは帝国の恥、指数本で堪忍してやろうとも思うたが生きて帰れると思うなよ」
 目をかっ開いて、ナオマサは詠唱する。
「お手柔らかに」
 目が醒めるような殺気に会場の客は鼻血を出してぶっ倒れた。
 刀身の残像が二重になり、僕の身体を掠めて地を割った。
「がはは、必殺よ!」
「魔法は反則だろうが!」
「魔法など使わぬわ!」
 ナオマサは黒いオーラを出し、刀身に集中させた。
「逃げるな!」
「む、無理無理!」
「逃げるなと申しておるのだ!」
 受けようとした刀もオーラで叩き斬られた壁から推測するに、間違いなくナオマサの刀は悪魔のそれに等しい。
 過去に魔族と対決したこともあるが、緊張感は正にそれを超えていた。
「どうやるんだ。その技。
 殺気を物理変換してるのか?」
「爺に小難しいこと言うでないわい。
 三傑が鍛え抜いた刀に何ら驚くこともあるまいて」
 質問に答えつつ、隙をついて繰り出す剣は全て避けやがる。
「技だけで人がここまで強くなれるなら、魔剣を求める意味が分からない!」
 ナオマサは珍しく剣を刀で弾いて距離を取った。
「・・・青二才、もしや」
 神妙な顔持ちでナオマサは質問し、剣を納めた。
「無論、人では、技術だけでは、大陸を統べることが出来ぬからだ。
 魔剣は混乱した人の世にあってこそ、帝の元に必要なのだ」
「傭兵は自分の食い扶持のために剣を振る。
 この街じゃ、主君の忠義で剣を振るのは邪道だ」
「傭兵の剣などママゴトに過ぎぬわ。
 亜人街も同じ、有象無象の衆よ。
 帝の志は帝に忠義を貫く刃と同じ、三傑は帝国の鑑として負けるわけにはいかぬのよ」
「傭兵の剣を舐めたのを後悔するなよ?」
 刀を避け、刀を避け、刀を避け、刀を避け続けた。
 罵声を浴び、時にかすり傷を負いながら。
「は、あ、は、流石に応えたわ。
 爺の体力では、少々厳しいのう」
「さあ、反撃だ!」
「スキルを使えないからって、良い気になりおって!」
 応援が僕に傾いた。
「傭兵の剣を舐めとったわ!」
 鈍った動きに容赦なく間合いを詰めていく、赤塗りの鎧を斬って傷つけ、兜を弾き飛ばした。
 ナオマサの坊主から止め処なく流血が流れ落ち、地面に水溜りを作った。
「降参だ。降参。
 ほら、刀を捨てたわ。認めろ」
「妙に潔いな」
「帝に捧げた命を、剣一本のために捨てるなどどうかしとるわ」
「分かった。降参を認める!
 僕の名前は、スレイル。三傑が一人ナオマサを破った!」
「はあ、兄貴に後で怒られるわい」
 割れんばかりの歓声を前に、僕は気を失った。
「ふうむ、腹をぱっくり横に斬られとったな」
 亜人街ルバ病院で緊急手術を受けた僕は、生々しい縫い傷を撫でた。
 城の外観を装った大病院で、治療費はぼったぐりだが人は治す、評判が微妙な場所である。
「一応勝ったんだよな?」
「ああ、だがスレイルが宣言しなかったら審判は旗を上げんかったろうな」
「間一髪だったか・・・痛てて・・・」
 痛み止めを飲んではいるが、それでも肌が裂けるような鋭い痛みだった。
「こんな大怪我に比べれば、ナオマサの傷なんて浅いもんだ。
 今日からは絶対安静で試合までイェロッパに監禁するつもりだから、アストにも説明しておいた」
「軽い練習は?」
「無理だ。
 大陸に治癒魔法があればいいが、生憎魔法も科学も発達してないんでな。
 よく食べてよく寝て、治すことが先決だ」
「同志!」
 焦げた軍服の女が病室の重体に泣きじゃくって駆け寄る。
 後ろを心配そうな表情で親娘が続いて、更に後ろに頭を包帯でぐるぐる巻きにしたどや顔のナオマサがいた。
「無事ではないと思ってたんだが、当たっとったわ」
 アストをどかーんと腕力だけで跳ね返した僕は、痛みも忘れてナオマサに駆け寄った。
「いつだよ?」
「病人は安静にしとれ。
 病み上がりで三傑に勝てるとは思っとらんだろうに」
「いいから答えてくれ?」
「えー・・・」
 ナオマサは怪訝そうに顔をぼりぼりかいた。
「兜を弾き飛ばされた少し前じゃな。
 興奮してる相手の腹をスパッといったが我もバコッと兜持ってかれたから花持たせてやったわい」
「脚色するな!
 要はコレ、マグレでやられたってことか!」
 がみがみ話すと腹からぶちって音がして、うべえと勢いよく吐血した。
「絶対安静、絶対安静・・・」
 アストとリリオンの肩を借りて、ボロボロの状態でベッドに転がった。
「青二才、嫁どもが心配しとるぞ?」
「小生、話せない同志に変わって話しますが・・・一人も嫁ではありませんよ?
 でも、この中に将来の嫁候補はいるかもしれませんね?」
「でも、お兄さん戦ってる時格好良かったから女性のファンも結構いそうだけど、ねえお母さん?」
「そうね。私は、スレイルさんは好きよ。
 何て言っても、とにかく優秀なんだから。
 革命軍の頃はロザリアさんと陣頭に立って素人同然の人間を歴戦の兵士並みに教育してたし、兵法教えたら凄まじい勢いで建築術や兵糧の考え方理解するし、私には正直だしね・・・スーちゃん」
「スーちゃん?」
「お兄さんのことですよ」
 リリオンが聞いて、リザが即答した。
「革命軍というと、アンタらハーフエルフか?
 魔弾のスレイルという輩の話は部下から聞いていたんじゃが、まさか革命軍出身だったとは驚きじゃわい」
「同志は、ロコク大聖堂で封印されてた魔族に対して発砲したことがありまして、噂として伝わったものだと考えられます」
「ふうむ、そんな凄い男なのか?」
「ええと。姉様と、母様、三傑の方の目が少々怖いのですが・・・あえて説明させて頂くと革命軍と討伐軍の戦力比は十倍で猛将を相手取って何度も勝利したことから、歴史から情報を抹殺されたほどです」
「彼が凄いというより、彼がいた軍隊が凄いのか」
 アストは更に過去の話を掘り起こした。
「そちらの武将の方も戦ったことはないですが、その時に面識はありますよ」
「左様」
「そんなことがあったのか・・・。
 ふうむ、彼が強いのも少し納得した」
「お兄さんは、遺跡の奥で発見されたので本当の身元は分からないらしいんですけどね」
「リザ、言わない約束でしょ」
「すると、青二才は宇宙人の可能性があるということか?」
 遺跡と宇宙人の関連性は不明だが、皆納得がいったような顔をしていた。
「同志が宇宙人だったら小生より役に立ちそうな魔法の一つや二つ持ってそうですが、ありませんよね?」
「でも・・・直接倒れてたのを目で見たわけではないんですけど、ロザリアが言ってたんですよ。
 まるで、未来から見てきたみたいに的確なアドバイスをするって、何か・・・私も普通じゃない人に思えてならないんですよね」
「かかか。何か似てると思うたら、そうか・・・帝に似ておるな」
 ナオマサは立ち上がって何かを思い出したように笑いながら病室を後にした。
「痛てて・・・ようやくナオマサが出ていったか」
「長い死んだフリだこと」
「リリオン。あの顔を見ていたら、ムカついて治る傷も治らないって」
「あ、スレイルさん。突然なんですが、私たちもうそろそろ本部に帰ろうと思います」
「慌ただしくてごめん。キョウコさんとリザには、観光案内出来なかったけど、短い間でしたがお疲れでした」
「お兄さん。元気でね」
「ふうむ、達者でな」
「レプリカソードも機能的に問題ないと分かったので、娘のレポートを期待して待ってます」
「アスト。お兄さんの報告書は、あまり私情は書いてはダメよ?
 犯罪めいたものを書かれると、後々削るのが大変なんだから」
「留意して」
「はい。母様、姉様」
 暫しの敬礼と、暫しの間、三人は見つめ合った。
「帰りの馬車の時間をずらしたみたいで、母様も姉様も大目玉を食らうと言っておられましたね」
 ほっと胸を撫で下ろして、アストは夕日を眺めた。
 親娘が去ったからか、空は晴れている。
 黄昏た女二人を一瞥し、速報の新聞に視線を移すと「シェルイラ共和国、返還の騎士が三傑を下す」とか「帝国の一角が傭兵に敗れる」とか「砂漠の蛇が平原の獅子尾を噛む」とか、様々な書き出しで勝利を称えていた。
「返還の騎士か・・・」
 共和国が広告部を持たない以上、国が煽って国民の自尊心を擽る内容を書かせたとは考えにくい。
 魔剣回収の徒労が大袈裟に脚色されたエピソードを見ながら、茶を啜った。
 大陸が悪戯に逆転劇を求めて下克上事情を求めているのだとしたら、以前に散々和平の逆賊と罵られてきた革命軍の僕の残像は、何処に消えてしまうのだろう。
 各国の思惑で勇者になり得る人材を今のうちに民草の上に立つ準備をさせているのだとしたら、国民に煽られ仲間を人質に取られ、恐ろしい魔王と戦わせられる運命が透けて見える。
「同志、怖い顔してますよ」
「僕をメディアで共和国騎士に見立てて、帝国を煽りたがってる連中がいる。
 民意を重視する傾向にある帝国は三傑の敗北にさぞ傷ついていることだろうな」
 新聞を渡すと、アストの目つきは鋭くなった。
「同志が共和国騎士?
 それにしても、旅の記述は捏造が多過ぎる!
 小生らはロザリアをリーダーに立てて旅をしていたはず、皆の提案に対し協調性を出していた姉様や母様のことや、元はハーフエルフが居住権を獲得するために戦ったことが抜けているではないか!
 革命軍時代の情報操作とレベルが変わらないじゃないか!」
 アストは憤怒し、新聞を真っ二つに破って床に捨てた。
「小生、夕日に黄昏てる場合じゃない!
 商業国家の新聞社にファイアボールをぶつけてやる!」
「止せ。
 アスト。怒りを沈めるんだ。
 記事は元革命軍を煽ってる節もある。
 同胞に、あらゆる言葉を使って逆上しないように釘を刺すんだ」
「出来ませんよ!
 返還の騎士は従わせたハーフエルフらと魔剣回収をした張本人で、シェルイラ共和国の英雄・・・これは、同胞から同志にヘイトが集まる原因にもなりますし、早急に対処しなければならない案件ですよ!」
「落ち着くんだ。
 冷静に同胞を諭さなければ、革命軍の頃に逆戻りするぞ。
 それでも良いのか?」
「それは・・・」
「僕に任せておけ。
 必ず、魔剣を手にしたら世界に真実を伝える」
「今じゃダメなんですか?」
「勝ち取ってこそ発言を認めるんだ。
 僕だって、勝たなければメディアの餌になって終わる。
 エルフの要請から始まったハーフエルフ討伐は、人の意思は介在していない。
 アスト、伝えろ。いいか。僕らを責めるな。
 僕らは生き残るためにエルフの奴隷を選んだ弱虫かもしれない。
 だが、この件について武力で行動を起こせば、民主国家であるラッドは表現の自由を侵害したという建前で討伐隊を派遣する可能性が高い。
 以前は魔族の侵攻による増強や再生事業、そして革命軍の猛反発を背景に厳しいエルフの見解を変化させてきた。
 いいか、アスト。革命はまだ終わっちゃいない。
 真の革命を始めるためにも、説得するんだ」
「・・・理解した。
 申し訳ないが、小生急ぎで手紙も書くが直々に説得もしてこようと思う。
 同志の健闘を応援出来ないのは残念だが・・・同志の種に対する思いはしかと承った」
 小柄な軍人は大急ぎで病室を抜け、イェロッパに向かった。
「はあ、何処の政治家だって感想しか浮かばんかったわ。
 流血を説得だけで阻止するなら、政治における医者とは何なのだろうな全く」
 珍しくリリオンは声を荒げた。
「戦地で倒れる兵と同じ被害者だろうね。
 今だって、医者の手伝いをしてたところだ」
「座布団一枚」
「大事なのは政治は医者を救えるが、医者は政治を救えないってことだな」
「ふうむ、医者が一人一人を治療していけば国を救済出来ると思うが・・・」
「いいや、医者が政治家や個人を治したところで社会全体の幸福には繋がらない。
 政治で医者の教育機関を作り、或いは奨励し、医者の絶対数を増やし、各地の患者に当てた方が国の救済になる。
 実際はその方が楽だろうお医者さん?」
「確かに」
「実は、無用な流血で損をするのは大陸なんだ。
 森を守るだけならエルフたちの流血で済むが、人の領地を人の手で守るには兵数が二倍足りない。
 まして、人の領地に立つ優秀な魔法使いの種を煽るのは、革命軍を担当した共和国政府の望むことじゃないだろう」
「ほう」
「新聞は共和国政府にとって、不幸の手紙だ。
 他国は理解していないが、僕の意見は共和国政府の受け売りなんだ。
 大陸のために戦う限りハーフエルフを国民であると例え認めなくても、前線の戦力として非公開に認めている以上、彼女らの冷静な上告は議会から国の意見として、やがて大陸に示されることだろうと考えた」
「ふうむ、それで諭したのか」
「・・・いや。種の誇りというのは、理性があっても歯止めが効かないものなんだ。
 きっと少なからず、今後も印象操作報道をした場合に報復は存在する。
 僕の責任というものが存在するなら、それまでに、魔剣を手に入れ、政治的な問題を解決することだろう」
「そうか。
 身体の面倒は見てやるつもりだが、あまり考え過ぎるな。
 私たちは、所詮は一般人だ」
「ありがとう」
 病院のベッドであっても休む場所がないのは、考えないでおこう。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 抜い傷を抑えながら、椅子に辿り着いた。
 気楽に負けられると思って傭兵になったが、結局は負ければ期待を裏切る・・・昔から、何も変わっていなかった。
 負ければ失望する人がいて、負ければ勝って喜ぶ人がいる。
 とどのつまり、昔から自分のために戦うことを夢見ながら人のために戦ってきた。
 人のために行動することは必ずしも見返りがあるわけではないことを、幼い頃から分かっていたのに。
 僕は最適解を思いついて、行動しなければいけない病気だった。
 例えそれが正しかろうと間違っていようと、経験として肯定してきた。
 最適解は、三傑の術は三傑から学ぶ・・・であった。
「単身、帝国に転がって気でも狂ったか?
 ナオマサに斬られた小僧の傷も浅くはあるまいて」
 三傑最強と謳われるタダカツの雄姿が見えると、家臣たちが木刀と甲冑を用意して跪いた。
「十二時間を超える稽古に狼狽えることなく手負いでやってのける精神力は、共和国の犬でなければ召抱えてやりたいわ」
 言葉はない。
 渇きに喉をやられて、目眩で足元が眩む。
「カツを入れてやるわ」
 それから椅子ごと吹っ飛ばされると、石ころのように転がって吐血した。
「は・・・かはっ」
 唇を切ったらしく血の味がする。
「もう一発!」
 空高く蹴飛ばされた僕は、反射的に着地と共に受け身を取った。
「なるほど面白い、生命力は人のそれを超えているな。
 負けたナオマサを半殺しで済ませたが、小僧を懲らしめてからなら四分の一殺し程度で良かったかもしれん」
 タダカツは、歪んだ笑みを浮かべて更に近づいた。
「今のは・・・効いた」
「やっと口を聞いたか、小僧。
 うへへ。話を聞いてやるってのに話してくれねえから、ぶっ殺そうと思ったわ」
「魔法を使わない・・・スキルとやらを学びにきた。
 下らない基礎訓練や、お世辞に用はない」
「かか。新聞じゃお高くとまった騎士って想像だったが、見れば俺と同じ野良犬じゃねえか。嬉しいぜ。
 だが、根性もねえ輩に教える技なんてねえ。
 信用したこともねえからな」
 帝国に入って分かったことは、一人一人が何のために勉強するか力が必要かと質問すると躊躇することなく返事をすることだ。
 帝のために、一丸となって国難を乗り越えてきた結果、国民の八割を即時戦闘員として動員可能な状態になっていた。
 それでも帝国が他国に比べて最も長けているのは、一刀流の流派は歴史が長く秘術の領域に達してる技があるということだ。
「そいつを握れ」
 家臣の木刀を掴んで、構えた。
「素手で雷を打つから見てろ」
 タダカツの構えは、一言で例えるなら様になっていた。
 まるでそこに名刀があって、刀身を振り上げて、下ろす、動作が妙に緊張感に溢れていた。
「は?」
 木刀が落雷を受けた小木のように弾けた。
「その昔、熱した鉄棒を握ったつもりで筆を握ったガキが火傷したことがあってな。
 コイツはそれの応用だと思え」
「空想の刀か」
「否、人は心に一つ刀を持っておる。
 決して折れぬ、愛国心という刀を」
 臭い・・・と、思うのは付き合いは短いがタダカツを見ていて、暴力クソ野郎という印象を持ってるからだ。
 庭の草花や盆栽を眺めながら詩を書くのも、正直に「意外」である。
「レプリカソードが目立つとはいえ、屋敷に僕を入れてくれたのは意外だった。
 タダカツ、ナオマサの仇である僕と何で会ってくれたんだ?」
「ふん。そんなことか?
 乱世ならともかくとして、帝の下で万民が働く時代に腕っ節を振るうことは少ないからの。
 それに、ナオマサから色んな話を聞いて話すことをずっと楽しみにしておった。
 てっきり、ナオマサの紹介があって暇人の下に仕事をくれたと思うておったが、腕の無さを自覚して強くなるために単身で帝国に挑む、というのはな。こっちのエピソードを新聞に書いて貰えたら民草、三傑や強いて言えば帝も喜ぶんだがな・・・帝国が半端者に負けたと皆、嘆いておる」
 商業国家から発行された新聞を読んだ帝国民は、大激怒したらしく・・・混乱を抑えるために帝が広場で三傑に謝罪会見を開かせたらしい。
「三傑は政治こそのらりくらりやっておったが、年老いてからライバルもおらずたるんどったのは帝の知るところだ。
 だが、このタダカツにおいては百以上の道場顧問を務める身、生涯で怪我などしたこともない健康体よ。
 教え子に頭を下げるなど、教え子に恥をかかせる気かと歯を食いしばりながら我慢したものよ」
 僕の勝利が国を巻き込んでいる気がして、言葉が見当たらなくなった。
「だから、ぶん殴ってすっきりしたわい」
「いや、それは八つ当たりだろ」
 けろっとして言うので、真顔で突っ込んでしまった。
「タダカツ様、帝がお呼びです」
 巫女服の老婆がやってきて、それが法事の正装であることが分かった。
「小僧、急用だ。いいか心の刀だ。
 己の中にそれを誕生させた時、はっきりと相手のそれが分かる。
 このタダカツに勝ちたいならば、折れない刀であれば尚良い」
 意味ありげなことをぶつぶつ呟いて出て行く雄姿を見守った家臣も、ぞろぞろと追従して退出していった。
 質素な屋敷だが、弓を引くための穴が各所にあり、隅々まで整地された内部についても落とし穴や傾斜角を利用した地の利を演出した仕掛けが目を惹く。
 偵察任務で帝国に入ったこともあるが、家臣の家もこんな調子なので一種のレイアウトだと思って考えた方が賢明だろう。
「声を出さず、手を上げろ」
 腕で首を抱いて凶器を構える仕草から、裏稼業の者であると考えた。
 忍び寄られたことに気づかなかった以上、屋敷には忍び慣れているのだろう。
 問題は、短剣に毒が塗ってあるかどうかで臭いを嗅ぐと痺れ薬の類であると分かった。
「手を上げろ!」
「タダカツは法事に出ていったぞ」
 殺さないと分かったので思い切り肘で心臓を突いて、頭突きして距離を取った。
「徳川流の構えではない。
 貴公はタダカツではないのか?」
「賊に名乗る名前はない。
 まして、実力も推し量らんうちに安モノ痺れ薬を凶器に塗って偉ぶってる者にはな」
「何だ、同業者か?
 拙者はムラマサという、流派と同姓の忍者だ」
「握手求められたって困る。
 屋敷に入った理由は何だ?」
 人気はないものの、庭師や使用人がいつ来るかも分からない状況で賊と仲良く話していられる勇気はない。
 握手を求めた手を平手で払い、ぐちゃぐちゃになった木刀を深く構えた。
「拙者たちは徳川に仇成す者と帝に言われてから、軍事関係の職業につけなくなってしまってな。
 タダカツに直談判しようと思うておったわ」
「そうか。
 まあ、帝国の事情など毛ほども気にするつもりはないから見逃してくれ」
 一気に興味が失せた僕は退場しようとした。
「貴公はタダカツに勝ちたいという腹ではないのか?」
「は?」
 それにしても奇妙な着物である。
 全身の肌を隠すように薄い金属プレートの上に黒い着物の生地を編み込んである。
 声は中性的で顔も髪も分からないし、背丈は一般的な女性ぐらいしかない。
「徳川に仇成す者と言われるほど、我らの流派は対戦を避けられておるのだ。
 貴公も技の一つでも覚えて護身とすれば、三傑にも善戦出来るのではないか?」
「そんな凄いのか?」
「そうとも、折り紙付きの流派である」
 そんなインチキ忍者に連れられて、インチキな道場にやってきた。
「弟子が一人もいないじゃないか?」
「国に仕事がないから、他国の諜報を仕事にしている。
 弟子は家族に追従して任務の最中なのだ。
 拙者も元は武士だぞ」
 インチキ道場の庭から広がる途方もない畑を見ながらムラマサが用意した西瓜を齧った。
「兄弟の先生まれで家を任されているが、暇でならん。
 ところで貴公は、帝国の者でないのに、どうしてタダカツと面会出来た?」
「興味を持ってくれてたらしい」
「あの年老いた三傑が貴公のような若者に興味を持つなど俄にも信じ難い。
 親族や他国の間者であるまいな?」
「いいや、剣聖大会でナオマサに勝ってから目の敵にしてたらしい」
 僕の言葉を聞いたインチキ忍者は驚きのあまり西瓜の一切れを落とした。
「三傑を倒したと言うたか?」
 両手で僕の肩を掴み、忍者は動揺していた。
「急ぎ、貴公に話があるのでついて参れ」
 稽古部屋まで手を引っ張られて行くと、畳の密室について息を止めた。
「な」
 人型の魔族が鎮座していた。
 外見は首のない黒い鎧で、首から先はもやもやとしている。
 童話の「デュラハン」という怪物に似ていた。
「敵意にしか反応せん魔族じゃ、安心せい」
「どうやって捕まえた?」
 焦りのあまり腰のホルスターから魔砲を探そうとしたが、当然そんなものはなく・・・本来の魔族であったなら即死であった。
 だらだら汗を流し、鎧を凝視しながらゆっくり近づく。
「敵意を発するなと言うておるだろう」
 足元の畳にクナイを投げた忍者は、やれやれとした顔をした。
「この者は、敵意さえ出さなければ触ることも運ぶ事も出来る。
 拙者に習いたくば、暫く座ってこの者と心を通わせてみよ」
「心を通わせる?」
「何十年かかるムラマサの稽古より、ムラマサ流が生み出した者にぶつけた方が良いと思うてな。
 徳川流もムラマサ流も、隣の川を下ってきた先の上杉流も、やはり相性の違いはあっても最強の型とは言えぬ。
 その上で貴公が扱う無形の型は、この者が使う技に近いものを感じる。
 例え言葉は通じずとも、刃を交えた時に何か見えるはずだ」
「僕は武術に哲学を混ぜて考えたことはないんだが」
「哲学なものか。
 神秘学と言うならともかくとして、騙されたと思って数日鍛えてみろ。
 ムラマサもそうやって生まれたのだ」
 忍者はふっと笑うと、襖をぴしゃりと閉めて消えた。
 翌日に帝国内では、騒ぎがあってピンク髪のメスを持った女が指名手配されていた。
「近々、中央広場で処刑者がいるらしく拙者は正義のために助けたいと思っておるのだが・・・」
「興味ない。
 行くなら一人で行け」
「ところで・・・昨日から寝ていないだろう?
 どうしてそこまで頑張った?」
「約束のためだ」
「その調子だと、身体が持たん。
 疲れたらそこの畳でいいから休むが宜しい」
 鎧を睨み、一歩進むと・・・また、殺意に反応されたので振り出しに戻った。
 ムラマサと最初会った時、殺意を感じさせないように戦う術に恐怖を感じたものだ。
 僕の基本思考は、相手の技術を見て、作戦を見て、戦略を考え、勝率だけを考えた防御思考の強いもので先手を打って技を出したことは殆どない。
 だから先手必勝、先手必殺には極端に弱いことを痛感していた。
 魔法と共存した世界にいたからこそ、武術の世界に疎かった。
「は、あ」
 息を吸い込み吐いて、見えないそれを握った。
「まさか、秘術が発現した?」
 自分の未熟さから形が安定しないが、強い殺意によって作り出された剣先はゆらゆらと天に向かって伸びていく。
「・・・ダメか」
 ムラマサがぼやく。
 敵の閃光に弾かれて、僕も倒れた。
 魔族の鞘から抜かれた暗黒のオーラに砕かれた心の刃は光の粒になって粉々に散った。
「殺意の剣は、この者に気づかれる。
 己の正義を信じ、形にして相対するのだ」
「参考にする」
 ムラマサが話す対話の意味を考えながら、少しだけ横になった。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 切腹と介錯が定番の帝国の処刑式は、珍しく三傑と帝なる者が同席していた。
 法事の際に見知らぬ女が人目を盗んで帝に直談判していたところを帝国騎士が騒ぎ立て、共和国の人間だと分かり次第これだけの騒ぎにしたらしい。
 タダカツが言っていたように、帝国市民は尊厳を傷つけられて怒っており、矛先が何故か共和国市民に向けられていた。
「注目!」
 タダカツ、ナオマサ、ヤスマサの後ろに神輿から帝のシルエットが見える。
 見知らぬ女は手足を錠で繋がれ、椅子に縛られたまま気を失っていた。
「我輩の知る限り、帝国は国家の法律として、帝への干渉権は三傑のみ預かっておるとされとる。
 故に、このような共和国の輩が我らの象徴と直談するなど言語道断よ」
 ヤスマサは国民の注目を一気に集めると、刀を抜いた。
「皆の衆はどう思うておる!」
 怒涛のような同意の声に広場は飲まれた。
「まして、共和国の間者とも思える行動には我輩理解しかねておる。
 戦国を生きた我々にとって、帝とは国そのものだ。
 帝無くして、国を守れぬ。
 この胸の高鳴りと怒りの声は、女の首を落とすまで絶えることはないだろう!」
 再び怒涛のような殺気に覆われた処刑式はラストスパートになった。
「民草の声が上に届かん帝国で、その女に石を投げる者は己に石を投げるのと同じではないのか?」
「貴様何者だ」
「小僧」
「青二才!」
 三傑が反応し、式の乱入者にギャラリーはヤジを飛ばす。
「聞け、僕は魔弾のスレイル、或いは返還の騎士という名を持つ共和国出身者だ。
 その方を助ける道理があって参上した」
「三傑の仇ではないか!」
「三傑の知り合いか?」
「これは帝国と共和国の戦争だ!」
 国民の殺せ、殺せの大合唱は空高く響き渡った。
「先ず、この場を借りて三傑並びに帝にお伺い立てたい」
「小僧よ。帝の干渉権は三傑に依存すると話したばかりじゃねえか?
 これから戻って闘技場でヤスマサと戦う前に、ヤスマサに斬られることになるぞ?」
「僕の望みは正にそれだ。
 処刑人の処遇を賭けて僕と一騎打ちして欲しい」
「戯け。
 青二才、勝って三傑に何の得がある?」
「負ければ処刑式を妨害した罪状を各国に伝え、帝国の威信を取り戻そう。
 既に、帝国は準決勝と決勝を前に二組を有してる状態。
 この上で、この場でナオマサが僕を討つというなら汚辱も晴れるのではないか?」
「馬鹿が。
 傭兵にそんな広告力があるわけがない。
 処刑を実行しろ!」
 だが、そのヤスマサの言葉にギャラリーは頷かなかった。
「勝負しろ、ナオマサ!」
「汚名を晴らせ!」
 わあ、と、耳が割れんばかりの勢いでナオマサを慕っていた人たちが声を出した。
 帝国の社会は家柄のイメージダウンは生活レベルに影響を与えることが多い。
 彼らは、帝国民の互いの足の引っ張り合いのために、三傑を担ぎ立てた。
「戦え!」
「そうだ、戦え!」
 帝の発言力を強くさせ過ぎた三傑の失敗であり、帝の誤算であった。
「貴公・・・怖くはないのか?」
 国民に混じり、ムラマサは息を飲んだ。
 帝国にとって処刑式は只の共和国に対する八つ当たりに過ぎなかったのだ。
「口車に乗せられるでない!」
 激怒するタダカツの声も、怒り狂った声の中では無力だった。
 機を熟して剣を抜き、僕は構えた。
「帝国の法にとって、決闘を断ることは騎士の名折れ。
 まして先日はナオマサが体調不良を訴え、本領を発揮出来なかったのは双方の知る事実とするところ、この上は、皆の許可の上で真剣勝負のお許しを頂きたい!」
「黙れ!」
 タダカツは終に怒りの臨界点に達し、無差別に雷を打った。
「嘘つき!ナオマサは体調不良などではないし、手も抜いとらんわ!詐欺師!
 新聞の戯言から役者を買って出て女を救おうとする意気込みだけは認めてやるが、三傑に情をかけるのは見逃せん!
 それに願いを聞いてしまえば、このような無法なやり方で帝に異を唱えた前例を作ることになるではないか!」
「誇り高き三傑が、決戦を前に逃げるのか!」
「くううう!絶対に、試合を前に戦う必要などないわ!」
「・・・良いではありませんか?」
「帝?」
 タダカツは振り向いて、神輿を脱した帝を見た。
 赤いカーペットの階段を下って行くにつれて、それまで暴徒と化していた人々が慌てて頭を垂れた。
 声が、次第に静まり返っていく。
 熱が静まるにつれて、帝は足を止めた。
 三傑も、使用人も、庭師も、忍者も、国民も何もかも、姿を見るや皆当然が如く膝をついた。
 眼が覚めるほど美しい傾国の容貌と、月から降りてきた姫君の着物。
 そして国宝級の首飾りが、はだけた白い肌で、悲しく光っている。
「一理あると、ナオマサは思いませんか」
「はっ」
 ナオマサは買ってきた猫のように大人しくなった。
「帝が万民に耳を傾けることは出来なくとも、万民が帝に要望を届けることは可能であると考えます。
 その方が乱入したのはともかくとして、帝国の政治は民の信頼を得てこそであるならば、ある人物に会いたいと・・・そう、要望を説いた彼女の処罰は、如何にして点数をつけるべきなのか?
 三傑ではなく帝国騎士らに問いたい」
 帝が質問すると、青ざめた顔で後ろの方から騎士が歩いてきた。
「まさか、共和国の腹いせと言うまいな?」
 帝の言葉は国の言葉であり、例えそれが皆の本意であっても、強制的に考え直させる心理に取り憑かれたようだった。
 騎士たちの沈黙に堪え兼ねた帝は、彼らに書状を投げ捨てて「降格」と、短く口にした。
「帝、何故降格されるのですか?
 我らは少なくとも帝の身を案じただけの話、処分されるなど納得がいきませぬ」
「某も同感でござる」
 先陣切って話す男たちに俺も私もと続くが、彼らの上司分は首を横に振った。
「帝への干渉を罰したお前たちが帝の処分を受け、帝に干渉しようとする様は誠に滑稽よ」
「く・・・」
「悔しければ国を奪ってみよ。
 このタダカツ、逃げも隠れもせぬぞ」
「ぬう・・・」
 意地悪なタダカツはナオマサ直属の騎士に言う。
「処刑人を不問にするが、良いな?」
「はっ」
「これにて、一件落着」
 帝が扇子をばっと開いて、ギャラリーから拍手が上がった。
 そして、帝国騎士は渋々頷いて僕を囲んだ。
「返還の騎士を捕らえよ!」
「不敬罪に処す!」
 三傑と帝から叫ばれて、刹那、煙幕弾が転がった。
「こっちだ!」
「待て、逃すな!」
 打ち合わせ通りだった。
 ムラマサに誘われるまま城下町を抜け、造船所のある海辺まで半日近く走った。
 途中まで追ってきていた兵は振り切って、後方には足跡だけが永遠と続いている。
 汗だらけのまま砂浜に腰を落とし、海の向こうから船の姿が見えて息を飲んだ。
 生まれて初めてこれだけ走ったのだ。
 心臓はバクバクと脈打ち、呼吸は乱れていた。
「この先どうしよう」
 肩で息をする僕に、ムラマサは抱きついた。
「拙者、貴公に会えなくなるのは寂しい」
「野郎に抱きつかれるのは一番嫌いなんだが・・・」
「え、拙者は女だが」
「は?」
 恐ろしいことに、少し紐を緩めただけで胸が豊乳に変化した。
 あんぐりと開いた口が閉じなかった僕は、手で無理やり顎を抑えた。
「は?」
 それ二回目だけど、と指摘されても、三回も四回も聞いてしまう。
「脱げばいいですか?」
「そこまでやらせたら僕が変態みたいだろ?」
「拙者は、貴公が変態でもイケる口です」
「じゃあ、脱げ」
 すぱあんと、着物が解けてムラマサは生まれたままの姿になった。
 怪しい笑みを浮かべるインチキ忍者に開いた顎が塞がらなかったが「着直せ」と言うと、ばっと音をたてて以前の姿に変身した。
「どうして僕の周りって変な女しかいないんだろ」
「拙者変ですか?」
 本気で頭を抱えていると心配して忍者が答えた。
「知り合った中で一番変な女だ」
「褒め言葉、ですか?」
「褒めてない」
「少し休みませんか?」
「ああ、同じことを思ってた」
 それから帝国の海を眺めながら、ぼんやりと横になった。
 疲れすぎて、とてもムラマサを突っ込みきれなかった。
 帝国で一人自分のために腕を磨くはずが、思い返すといつも隣に人がいる。
 知り合って間もない人であっても僕は役に立ちたくて、救いたくて、深く考えずまた「思いつき」を、実行してしまっていた。
 絶対安静の指示を無視して二日で病院から脱出してしまった僕だったが、流石に仲間に何も言わなかったのは気まずい。
「ぐがが」
 腹の縫い傷が少し痒くなってきた頃、波止場に碇を降ろした船から見知った顔が走ってきた。
「こっちが急いでるってのに、この男はよ・・・」
 男の背中にはスーツ姿のイケメンエルフが横一列に整列し、命令を待っていた。
 肩には便箋を咥えた鳩が止まっている。
「ぐう」
「おら!
 起きろ、スレイル!」
「お、お前は・・・」
 がしがしと蹴ってくる乱暴な金髪の男に気づいた僕は声を荒げた。
「ザジ!」
「久しぶりだぜ、スレイル。
 帝国で馬車を走らせようにも、三傑と帝が血眼になってお前のことを追っているって聞いたから、新造船を買って海路をぶっ飛ばしてきたぜ」
「持つべき物はやはり友だな」
 友情の握手を交わし、ザジと抱き合った。
「やっぱ男のこれはないな」
 お互いに言葉が重なった。
「生憎、どんなに急いでも亜人街に着くのは準決勝の二時間前になるからそこだけは留意しておけよ?
 ところでそこのお姉さんは?」
 例の如く鼻を伸ばしてスケベな顔をしてて、ちょっと引いた。
「ぐう」
「起きろ」
 ちょっと膨れた腹の体脂肪を掴むと「ひん」とか「ひゃあ」とか忍者は寝言を言って、二、三回転してから目を擦って起き上がった。
 彼女がムラマサという、忍者であるとザジに説明した。
「ムラマサさんも帝国で指名手配されてるから、暫く俺らと行動したら?」
「ザジ、さり気なく自分も入れるんじゃない。
 お前と同室はごめんだからな。
 ムラマサ。宿舎のイェロッパまで来て貰えたら、衣服、飯、寝床は保証する。
 一緒に来ないか?」
「随分気前が良いじゃねえか?」
「ムラマサは三傑の流派徳川流が苦手とするムラマサ流の使い手なんだ。
 彼女に手ほどきして貰えるなら、これほど良い話はない」
「拙者が、他国に移る・・・まあ、拒否する気はないが・・・」
「ないが?」
 ムラマサの胸に熱い視線を注ぐザジが聞く。
「拙者、船は苦手だ」
「姉さんそれなら大丈夫ですぜ。
 俺たちが椅子にもベッドにもなって、必ずや目的地まで安全に届けて差し上げます」
 俺たち・・・?
 さぞあのチンピラエルフたちは商業国家で鍛えたのだろう。
 ザジのバックで、水着姿で筋肉質な腕や足を見せつけ、極め付けは日焼け肌の三人のくっきり割れた腹筋をわざとらしく見せ、磨きまくった歯をきらーんと光らせた。ちなみにムラマサはバックなど見ていない。
「どうよ。うちの用心棒は?」
「キモい」
 記憶が正しければザジに勉強を教わりにいったはずだが、どうやら用心棒として雇用してるみたいだ。
「貴公?」
「急に何だ?」
「船旅で吐かぬよう、思いっきり腹パンして気絶させてくれぬか・・・?」
「やだよ」

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 船旅中は死んだように眠って、たまに起きたらひたすら飯をかき込むことを繰り返していた。
 そんな長い旅路でムラマサが腹パンぐらいで気絶しているわけもなく、トイレとデッキを往復していた。
 余程辛かったらしく、げっそりと頰はコケて胃に何もなくても吐き気に襲われるような生活だったみたいだ。
 但し、海路から馬車に乗り換えた時から水を浴びた魚のように生き生きし始め、ムラマサは五人分のパンと干し肉を平らげた。
「拙者は船はもう、頼まれても乗らないつもりだ」
 むしゃむしゃと頬張る姿はリスやハムスターみたいだ。
「だろうな」
 日頃デスクワークをやってるザジは馬を飛ばしつつも気温にダウンしている。
 シェルイラ砂漠から吹く熱風を浴びて。
「おーい」
 目の前を掌で遮っても反応はない。
「イッてるな」
 ムラマサもひらひらーっとザジの目線に指を置く。
「ちょっと後ろから抱きついてみ」
「こうか?」
 ムラマサは指示されるまま、豊乳をザジにぶつけた。
「はぁあああ」
 声が裏返り、馬はザジに引っ張られて苦しそうにした。
「スレイル!」
「もうちょっと頑張れ」
「ああ、大丈夫だ。
 お姉さんも必ず届けるぜ」
 忍者も他のエルフにサービスしたりと結構ノリノリである。
「この服を私に?」
 特注の黒いスーツに灰色ネクタイ、サラサラの前髪は肩まである。
 ムラマサは美人用心棒に大変身していた。
 ザジから貰った貴族のハンカチを胸ポケットに畳んで入れて、恥ずかしそうにしながら亜人街を見渡していた。
 古着屋のサイモンを抜けて、イェロッパに入ったムラマサはやはり何処か他人行儀だ。
「拙者のことをサキと呼んでくれんか。
 この姿でムラマサと呼ばれるのは恥ずかしいのだ」
 女心は分からん。
「拙者、どうしてスーツなんか着なければならんのだ?」
「変装だよ」
「でも、スレイルの顔が割れてたら意味ないぜ?」
「僕は何かあった時は囮役だ。
 ムラマサに関しては、エルフと一緒にいる商社の人間の服を着ていれば、追ってきた輩も手出しはしないと思ったからさ」
「確かに」
 ザジは納得して黙った。
「小童」
 その声に振り向くと、鎧兜を着た手負いのヤスマサがロビーのエントランスで笑っていた。
 背後にナオマサ、タダカツ、帝、そして・・・。
「リリオン?」
 捕まったのか?
 帝国陣営との緊張が走る中、帝の目配せで三傑は刀を置いた。
「どういうつもりだ。
 どうして帝がここにいる?」
「私は彼女の願いを、果たしたいと思っただけです」
「小僧、帝国外とはいえ帝に言葉は慎め。まさか海路を使って逃げるとはな」
「つまり、リリオンと合わせるために僕を探していたと?」
 聞けば、三傑と帝は強く頷いた。
「貴公まさか、帝国で助けたことにも気づかなかったとか?」
「うん」
 恐る恐る震えながら聞く忍者に即答した。
「ふうむ、申し訳ないが手足の枷を外して貰えんか?」
「ええ」
 帝がリリオンを解放すると走ってきて、力任せに殴られた。
「顔が変形するレベルの左ストレート・・・」
「おっかねえ女」
 エルフ三人が痛そうに顔を抑えながら口を揃える。
 その後股間を蹴り上げた僕は、絶叫して転がりまわった。
 リリオンは笑っている。
「これで我慢しよう」
「は、はぁ・・・」
 幾ら酷い仕打ちだとしても、試合前の選手にここまでする女も中々いない。
「これでまだ私は抑えている方だ。
 本当ならそこの忍者を誑かしたことを入れて去勢手術まで考えた。
 次はないからな?」
「本当にすいませんでした。
 お願いですから殺さないで下さい」
 リリオンの目が笑ってないので、恥を捨てて誠意を込めた土下座で我慢しました。
「女というのは、これほど男に残酷になれるものなのか・・・」
 帝がそこに居合わせた全ての無関係な者たちの意見を代弁して、両手を合わせた。
「我々もスッキリしましたな」
「小童、カミさんには隠し事するなよ。
 それと負けたから帰るわ」
「は?」
「小僧、昨日の試合でヤスマサは負けたんだ」
「誰に?」
「商業国家の用心棒を束ねてるシエラという二刀流の達人だ。
 あれには、今度、このタダカツも苦労するだろうな」
「それ新聞に、帝国のこと書かれるんじゃねえ?」
「逃げに徹底した青二才と一緒にするでない。
 あの者に負けたのは恥ではないわ。
 一度も後ろに引かんかったシエラに関しては、正に武人の鑑であって非の打ち所はない。
 だが、青二才・・・仇は取ってくれるな?」
 僕はナオマサ戦で死にかけてるんだけど、ヤスマサを完敗させられる手際を考えても・・・いや、これ以上は考えるのは止そう。
「ラッド荒野は元々賊の王を退治して建国した歴史を持ってて、二刀流は流派もある。
 スレイル。たぶん俺も聞いたことないくらいだからマジで隠し球に注意した方がいいぜ」
「・・・分からない。
 こんなこと今聞くことでもないとも思うんだけど、情報が欲しい。
 試合を見ていた帝国側から見て、シエラの強さは何だ?」
「スキルは流石に言わんが。
 早さと打撃、殺意のない見えないカマイタチとでも言うかな。
 ぎりぎりまでスキルを隠しておいて、持久戦の一瞬の隙を突いて勝負を決める。
 小僧の超上位互換だ」
 無理過ぎる・・・。
「タダカツ、スキルは一発通ってたぞ。
 ヤスマサのスキルを見切ってからが早かったと思うがな。
 青二才が駆け引きで切り札を早い段階で切らない限り、相手はリスクを犯して攻めて来ないと思うが」
「ところで、シエラの外見は小童のアレを蹴り上げたお医者と瓜二つなんだが、何か知らんか?」
「知らん。
 知っていても、家族の情報を売る気はない」
 さっきからずっとツンツンしてるリリオン。
「試合まで時間ないのに、ヤバイぜ・・・」
 ザジが呟いて、リリオンから二刀流の化け物を想像して恐怖した。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 闘技場は五つのブロックからなる五角形状の建物に収容されている。
 それが剣聖大会の準々決勝からは超満員になり、三階と四階のスタンドが解放されていた。
 五階にはメディアと各国の関係者が鎮座しており、魔剣の行く末をはらはらしながら眺めていた。
「おいらはシエラ。
 商業国家ラッドで用心棒を仕切ってるモンだ。
 噂で聞いたが、北から生きて帰ってきた人間ってのは本当か?」
 試合開始の鐘が鳴り、両方が刃を抜いた。
 会場は卑怯な持久戦で三傑に勝った僕と、純粋な自力で勝ち上がったシエラを比較され、空気が傾いていた。
 頭上遠く、試合を見守る帝や三傑らは何となくシルエットだけは見えた。
「そうだが」
「どうして、手に入れた魔剣を手放すような真似をした?」
 ピンク髪に鮮血をぶちまけたようなメッシュが入った女は器用に片手剣をくるくる回して、ギャラリーにアピールする。
 手首の柔らかさ、無駄な肉のない体格から、噂通りの人間だったのでぐっと息を飲んだ。
「僕は別に、金持ちや最強になるために行ったんじゃない。
 革命の旗を掲げ、大陸にハーフエルフの居場所を作るのが目的だったんだよ」
「ハーフエルフのために、命を投げ出す覚悟というのも本当そうだな。
 実は、おいらは大陸の大樹の枝打ちを生業にしているんだ。
 報酬のために、少々痛い目に遭って貰うぞ」
「お手柔らかに」
 スーツに白衣というファッションはともかくとして、女の黒いブーツは勝利に向かって一歩前進した。
「なんて素早い剣捌きなんだ・・・」
「おいらまだまだ、本調子ではないからね?」
「これでは、逃げれない・・・」
「まだまだいくよ」
 左右から雪崩のように打ち込まれる剣技を避け、逃げ道がなくなって壁にぶつかった。
 並の騎士ならここでトドメの大振りをして隙を突けるのだが、シエラは脇を締めて一歩下がった。
「ワザとらしい。
 帝国に入って技を磨いたと聞いたが、機動力が前よりも落ちている。
 何か隠しているんじゃないだろうな」
「どうかな・・・」
 シエラを戦ってる最中に疑心暗鬼にさせるのが作戦だった。
 相手にとって、魔族と戦った剣は驚異に映るはずだが自身では当然、底が知れている。
 魔砲ならともかくとして、帝国騎士師範クラスとどっこいどっこいの腕しかないだろう。
「レプリカソード。
 妹から聞いてるよ」
 やはり、リリオンの姉なのか。
「この剣特有の力を、使ってみようか?」
「受けて立とう」
 堂々と剣を構え腰を落とし、攻めたがっている振りをして守りを固めた。
 五分十分とほぼ睨み合いだけの静かな時間が過ぎ、観客からブーインが飛んだ。
 ヤスマサを追い詰めた剣は片方が防御、片方が隙をついて突き崩す動きに変化していった。
「おいら、今日は得意先も見に来てるんだ。
 良いとこ、見せなきゃ」
 刹那、二本と認識していた剣が四本に分裂した。
「スキル・・・!」
 摩訶不思議な技を三傑が「スキル」と呼んでいるだけで、他に呼び方があるのかもしれない。
 想像を形にする剣技はとにかく厄介で、バリエーションも把握しきれていない。
 これが、カマイタチがどうの言ってた正体か。
「ふははは・・・!」
 僕はわざとらしく笑った。
 二本で抑えきれない剣を更に二本増やされて敗北を察した僕は、土壇場で賭けを思いついた。
「やはり・・・」
 二刀流の女は只ならぬ気配に身構えた。
「僕も二刀流なんだ・・・」
「性質は何だ」
 片方の手から殺意の刃が伸び、具現化した。
 ムラマサの家で散々コテンパンにされたアレである。
「ナオマサと同じ、一刀両断のスキルだ。
 当たると命の保証は出来ない」
「おいらと相性の悪いタイプだ・・・」
 記憶を思い起こしながら、刃を変色させていく。
 見様見真似のスキルは形にするぐらいが精一杯だ。
「シエラ。確かにそれで攻撃力は上がるが注意力が落ち表面積が上がることで、僕の二刀流にも当たりやすくなる!
 これで形勢逆転だ!
 ほら、攻めてこいよ!
 この首に報酬がかかってるなら、例え五分五分でも攻めるのが騎士の筋だろうが!」
 持てる限りの力を持って、対戦相手を挑発した。
 その大声で一瞬沈黙した連中が、一斉にシエラを応援し始めた。
「これが、大陸の声だ。
 大陸の枝打ちを生業としているなら、そこでカカシをやっているか弱い女は誰なんだ?」
「おいらを、騙しているのか?」
「自身で確かめるのだな」
 一気に斬り込むと、シエラは鈍く後ろに退いた。
 そいつを倒せ、殺せ、と、成敗される男の姿が見たくてギャラリーは立ち上がって吠えている。
「全てがおいらの敵に回ってるみたいだ」
 応援されているはずなのに、シエラの表情は強張り、緊張で肩が震え出した。
 予想外の事態に彼女を知る観客は慌てだし、彼女自身も自身の意識を正すため、最初のように剣を振って会場にアピールを繰り返した。
「時間稼ぎが見え見えだが・・・それでこそ、一流の用心棒だ!
 潔く剣術のみで戦うというなら、僕もスキルを消そう!」
 シエラのスキルが集中力の低下で具現化が崩壊しつつあった時、既に僕のそれは修練不足からスコップのような形状に崩れていた。
「そうさせて貰おう。
 それでは、尋常に」
「勝負!」
 というわけで、その瞬間に僕が唯一身につけたスキルでシエラを叩き切った。
 ふわりとレプリカソードをシエラに投げて、唖然としている瞬間に。
 ムラマサ家の鎧から学んだ初動の技、注意力を欠いた敵から先手必勝、先手必殺だけを狙って鍛えたスキルだった。
 刀身の分からない黒い刃が、シエラのピンク髪、頭蓋骨、首を、胴を抜けた。
「ふう・・・」
 斬った瞬間に殺意を込めることで鎧に一撃入れれたことを思い出した。
「生きてる・・・何で?
 何でおいら、真っ二つになって生きてるんだ?」
 シエラの眼は一変していた。
 斬った部分がうっすらと痣がついて、奇妙な線になっている。
「時間を止めたんだ」
 無論そうではないし、僕もスキルを初めて人に使ったので彼女に感想を聞かなきゃ分からない。
「おいら降参だ。
 真っ二つになった体が当たり前のように、ぴんぴん動く。
 目の方向もおかしくて、こんな夢心地のまま戦いになるわけがない」
「降参を認める。
 えっと・・・これ、治すにはどうしたら良いんだ」
「負けでいいから、おいら闘技場で儲けたお金もいらない。
 お願いだ、身体を戻してくれ!」
 プライドが高そうな彼女が、恥を捨てて懇願した。
 治すも何も、シエラは怪我などしていないのに。
「斬られたという事実を肯定したことで視界に発現してしまったのだとしたら、斬られなかったという嘘で上書きすればいいのか?
 シエラ。本当に降参でいいんだな?」
「降参でいい!
 おいら、身体がおかしくなって戦えなくなった!
 降参を認めてくれ!」
 大声で叫ぶと、審判が認めて僕の名前に旗が上がった。
 観客からブーイングの嵐に晒されたシエラを抱えて、僕は闘技場を出た。
 潜在的にスキル使用時に察していたが、かなり癖のある後遺症があるようだ。
「小僧、何処でそれ覚えやがった?」
「それは・・・」
 大男の待ち伏せにあって、処置に困っていたので全ての事情を話した。
「助けたいだあ?
 戯け、あれはもう絶対に人に使うな。
 帝国にも昔から呪いを形にする術があるが、まさか小僧がスキルとして発現させるとはな」
「おいら死んでいるのか?
 生きているのか?」
 タダカツは斬られた瞬間に時間が止まったように無表情になった彼女を一瞥して、腰に吊っていた鞘を僕に渡した。
「気絶させて、これで斬った場所に傷をつけろ。
 斬った部分はお前らにしか分からん。
 斬られたという事実は消えないが、斬られた深さまでは認識していないだろ。
 幸い客も何が起こったのかは把握しきれていない。
 これでダメだったら、親族に身柄を渡して、事情を話して小僧と戦わなかったことにして事実をでっちあげるくらいしか浮かばん。
 最悪死ぬと思えよ?」
「おいらが死ぬ?」
「それで本当に治るのか?
 人を殺さないスキルを編み出したと思ったんだが・・・過去にこういう例でもあるのか?」
「このタダカツ、小僧のスキルが物理的な攻撃力がないから呪術寄りと判断してるだけよ。スキルは技術の神秘、理屈などないわ。
 ナオマサは殺意からスキルを発現し、他は身体から発した生気に電気をイメージして発してる。はあ、喋るつもりはなかったが・・・」
 ヤスマサのスキルは負けたから話して良いなと、独自路線だ。
「分かった。
 処置してみよう」
「上さんが来る前にやっちまえ、それ」
 タダカツは素早くシエラを気絶させると、刀を抜いた。
「待て・・・僕がやる。
 彼女がこうなったのは、僕が原因なんだ」
「任せた。
 嫁入り前の女の裸を見る気はねえから、ちょっと人払いだけ済ませてくる。
 任せたぞ。気を確かに持ってやれよ?」
「・・・シエラ。恨むなら、負けた自身の未熟さを恨んでくれよ」
 僕は、震える手を抑えながら女の皮膚を斬った。
「一つ気になったことがあるんだが・・・」
「何だ?」
「姉貴の傷が妙に浅いんだ」
 夜。
 全てが終わってから医者に対戦相手を預けてイェロッパで死んだように眠り、起きてからシエラが宿泊していた質素な部屋にきていた。
 眠りについた理由も単に、リリオンと顔を合わせたくなかったというだけ。
 会わなくなってから、少し溝があった。
「私はこの通り、政治も戦争も分からんが人の身体は人より分かる。
 隠し事を話すなら、今のうちにだぞ」
 処置、のことは黙っていた。
「隠し事、ね」
 炙り出しが上手いというより、付き合いが長くなってお互いに分かり過ぎているのかもしれない。
「話さないさ」
「ふうむ?」
「リリオンも姉さんが試合に出たこと、姉さんに僕の情報を流したこと、病院を抜け出して夢中で追ってきたこと、危うく死にかけたこと、色々あったけど、僕に話さないじゃないか?」
「・・・ふうむ」
 白衣のリリオンは腕を組み、椅子の背もたれによし掛かって考え込んだ。
「私もまだ、怒ってるんだ。
 でも、同じくらい怒ってそうだ。
 姉貴に何があったのか聞きたいし、作ってしまった壁も取り除きたい」
「それが本音か?」
 聞けば頷いて、瞳を閉じた。
「愛想を尽かされたと思って、夢中に探した。
 あちこち聞き回って一人馬車で走って帝にだって頼み込んだ。
 君は私の太陽なのに、私は君の太陽になれないのか?」
「何となく分かってきた。
 リリオンもしっかりしてるように見えて、不安だったんだな」
「不安だ。
 私はいつも戦う時には後ろに居て、支えてあげられない。
 もし、知らないところで息絶えてしまったら培った医療でも治せない。
 私はそんな無力な自分に、一番腹が立っている」
 言葉はない。
 僕は、大事な人をそばに寄せることで失ってきた。
 アストやアストの姉や母、父も革命軍から魔族侵攻まで絶え間なく傷ついてきた。
 村は焼かれ、アジトにしていた遺跡は壊され、仲間を殺され、目の前で子供を殺されたこともある。
 大事な人を、身を守れない人を、そばに置いたために何度も後悔してきた。
「ごめん・・・。
 それでも僕は、リリオンを遠ざけると思う。
 とても優秀な医者だと思う。
 何気なく話す憎まれ口も好きだし、人や亜人を差別せず助けてくれる。
 誇りたいほど、立派な人だ。
 それに比べて・・・僕は太陽とは程遠い。
 目的のためには手段を選ばず戦ってきたし、利用してきた。
 リリオンも、僕に利用されているとは考えないのか?」
 するとリリオンは立ち上がり、姉のベッドに腰かけた僕に顔を近づけた。
「太陽じゃなかったら、君は私の月なんだ」
 口ずけをして、何が何だか意味が分からなかった。
「ええ・・・今のってどういう」
 論理的な話をしていたつもりなのだが、リリオンの頰は赤く染まり唇はぷるぷる震えている。
 僕は今の自分の間抜けな顔を想像して殴りたくなった程だ。
「おいらのベッドで、そういうのやるのは辞めて貰えない?」
「ふうむ、姉貴起きたのか」
 当たり前のようにリリオンがいつもの調子に戻し、僕は心臓がドキドキしてしまう。
 起き上がったシエラは目を擦った。
「ふああ、よく寝た」
 童顔のシエラは、少し妹よりも仕草が子供っぽい気がする。
「おいらに一生残る傷をつけるとは、おいらの婿に来て貰いたいくらいの好青年だな。
 痛たた。ところで、鏡はあるか?
 結構深そうな傷だ。
 こんな・・・こんな傷だったかな?」
「スレイルに斬られた直後、私が手当てしました。
 縫いましたが、深い傷でしたよ」
 僕に目配せするので、それの意味が分かった。
「まあ、よく覚えてないけど・・・好青年がピンピンしてるってことはおいら負けたな。
 これだけ鍛えて、修羅場潜って、強敵にも、三傑にも勝ったのに、リリオンにも無理言って協力して貰ったのに、勝てなかったな」
 姉ちゃんのお願いで、僕の情報流してたってことか。
「悪いな。
 姉貴の頼みだけは断れなくて、聞かれたことは全部答えた。
 持ってるパンツの色もな」
「リリオン。過ぎたことを謝るな。
 但し、パンツは許さん」
「仲が良いな」
 リリオンと雑談を交わしながらシエラの体調を観察したが、特に問題無さそうだった。
「ふうむ、独身だと?」
 妹の口癖を真似して、ニヤけている。
 おまけに、シエラとリリオンが馴れ馴れしく背中から抱きついた。
「辞めて貰えないですか?」
 そんな言葉も、必死の抵抗も虚しくお気に入りのヌイグルミにされている。
「ちょっと前まで、小柄なハーフエルフもいたっていうじゃん。
 英雄色を好むって言うけど、本心はどうなんだ?」
「結婚して落ち着く感じでもないので考えてません。
 明日、明後日にぽっくり死んでも責任取れないので」
「釣れないことを言うな。
 魔族侵攻があれば、何処も変わらんだろう」
「おいらと付き合わないか?
 二人で用心棒するのも、悪くないと思うが」
「姉貴。さり気なく口説くのは辞めて欲しいんだが」
「頭上がらない妹の意見なんて、聞くわけないじゃん」
「頭にくるなぁ」
 顔をぐいぐい引っ張られて、僕は堪らず呻き声を上げた。
「ちょっと、おいら調子乗り過ぎちゃったごめんごめん・・・」
「ふうむ、何かまだ気になってるのか?」
 時折外を眺めていると、鳩が行き来しているのが目につく。
 マメに手紙を書いてるザジの所有物で、六匹飼っているという。
「こんな夜中に、ザジが起きてるみたいだから驚いただけだ。
 足に青いリボンが結んでる鳥は、アイツのだよ」
「大統領の息子だったよな?
 おいら一回会ってみたいぞ?」
「なら、朝に皆の紹介も含めて朝食会を開こう」
「おいら、賛成」
「私も賛成だ」
 玩具にされるのが嫌だったので自室に退散し、翌日の朝に寝坊し、サキに引きずられて食堂まで移動した。
 寝坊するなと言われても、最近どう考えても身体を酷使し過ぎた。
「朝食会開く張本人が寝坊とは、良いご身分だぜ」
「寝不足ではないが、腹の傷も癒えきってないからご容赦して貰いたいね」
「早速だが・・・拙者、皆々様に自己紹介したいんだが宜しいか?」
「これを運んだらいいぜ」
 ザジの計らいで食堂から朝食を持って宿舎会議室の円卓に移動した僕たちは、驚くべき光景を目にした。
「三傑に帝、そちらの方々は?」
 サキが聞いて、横を向くとシエラは絶句していた。
「大統領・・・」
 僕も絶句を通り越して、呆れの域に入っていた。
「ふうむ、共和国王もいるとはな・・・」
「普通の朝食会も詰まらないと思ってさ。
 昨日、試合見てたビップ全員呼んじゃったぜ」
 呼んじゃったぜじゃねえよ!
 僕たち凄いメンツを前に凄いレベルの低い朝食抱えているんですが、泣いていいですか?
「さあ、皆さんどうぞ座って座って!」
 もうね、全員の顔が青ざめてて「何話したら良い?」って、顔を見合わせるんですよね。
 それでも失礼のないように座ってから、朝食をテーブルに置いて表情を作ること二秒。
 僕この人たちを待たせてたのならかなり罪深い存在なんですけど、大丈夫なんでしょうか。
「飯は食わん。
 早速だが・・・返還の騎士、スレイル。決勝進出おめでとう。
 私は大統領のフリーゲン・ジードニッヒ。
 息子のザリエル・ジードニッヒが世話になってる」
 スーツが板についた政治家だ。
 髪を整え、整った歯を見せ、自然に微笑む。
「今、騎士と言ったか?」
「言ったとも、共和国王フィアルクイル」
 どいつもこいつも覚えにくい名前しやがって・・・!
「その者は、もう騎士ではないから訂正せよ。
 大陸に民主主義の名の下で広告活動出来るのは、我々と帝国のおかげであろう。
 メディアに報道させておけば、聖剣大会の勝った負けたで民衆を煽り、気がつけばそこの革命軍崩れも正規軍のように扱っているではないか?
 元は勇者の器を見つけ出すための催し物、事実と異なる内容を書かれては国家の威信に関わりますぞ」
 共和国王、フィアルクイル。
 癖の強い貴族を束ねて、今日までの苦労で頭は禿げ上がり髭は髪が抜けた分生えてきた。
 司祭を彷彿する白い正装で頭にターバンを巻いている。
「帝国も同感です。
 騎士・・・いや、正確には元公務員の彼に負けた者を間抜け扱いして帝国を罵倒する行為は辞めて頂きたい。
 幾ら他国の情報源を許しているとは言え、先の王のように事実と異なる内容を書かれては商業国家と帝国の関係を考え直さなくてはならなくなる」
 もうね、仲間が挨拶する間合いがないよね。
 国際問題の真っ只中で飯を食う勇気もなく、止まらない指導者たちを眺めていた。
「両国の言い分は分かりましたが、もっと分かりやすく言って頂きたい。
 共和国はエルフとハーフエルフの反感を恐れ、帝国は三傑直下の政体崩壊を恐れているのと違いますか?」
「フリーゲン。分かっているならば、是正しろ。
 我が国においても、一週間前に都市で魔法テロがあったばかりだ。
 確かに、表現の自由は肯定するし、国として知って欲しくない真実も、最終的に民に理解されねばならぬことも分かるが、ハーフエルフが独立のために戦った革命軍が人の手で操られていたと書かれれば、遠いラッドで印刷してる貴方方も危ないのだぞ」
「へえ。
 それほど両国が情報を重要視するならば、メディアを作られてはどうですか?」
 さっきの威勢から一変して、感情のない声だった。
「これは皆で決めたルールだったはずですよ。
 情報を管理する機関は我々が、世界の情報を探る機関を共和国が、帝国は・・・」
「三傑よ。この者を抑えよ」
「御意」
 それは、恐ろしく早い抜刀だった。
 帝の号令で首に刀を当てられた大統領は驚いた顔で、だが殺さないと分かると一変して帝に笑った。
「未来の勇者が座しているとは言え、小国風情が言葉が過ぎるぞ。
 秘密協定にサインしたものを、大声で口にするでないわ」
「ですが、交渉の場で帝がか弱い小国に凶器を突きつけた事実は残りました」
「一国の大統領とは言え、口を慎め、帝の言葉は国の言葉だ」
 タダカツは殺意を滲ませた瞳でフリーゲンを捉えた。
「国に属していない街の会議で話すにはとても滑稽な話です。
 折角の朝食が血生臭くなっても困りますし、始めましょうか?」
 男は憎まれ役を買ってでて、二つの国を相手取って、朝食の号令も仕切った。
 静かな空気に、日頃戦ってる者たちが不器用に食器を鳴らし、時間が過ぎていった。
「商業国家から代表として剣聖大会に参加した。
 おいらはシエラ。普段は用心棒をやってる」
 席を立ち、紹介が終わったら座り、妹のリリオン、サキ、ザジ、三傑と回って僕の番になった。
 朝食も終わり、最後に挨拶しようという流れでだ。
 ザジの取り巻きのエルフたちは各国の用心棒たちと部屋の外で待機している。
 会議室の中には帝国の忍者が直立不動でスタンバっており抜かりはない。
「僕は・・・魔族侵攻前に大陸を相手取った革命軍に参加していた。
 革命軍とは、エルフの一方的なハーフエルフ狩りに対抗して作られた組織で、学校で習う歴史からは削除されている。
 長く革命軍に従事した後は有志を募った依頼に参加し、皆が知っているように、魔剣回収を手伝った。
 運良く生き延びた僕は、公務員の諜報部に配属されて、剣聖大会を聞きつけてからは仕事は辞めてしまった。
 それから今に至る」
 傭兵というより、無職だな。
「続きだ。そうして剣聖大会を勝ち抜き、今に至る・・・だろう。
 お利口な話し方するじゃないか?
 共和国も帝国も今のは記事にして良いのだろう?」
 商業国家の意見に共和国と帝国は頷いて、フリーゲンは素早く手帳にメモを書いた。
「小僧、隣の坊ちゃんにお願いして親父を退場させてくれんか。
 他の連中はともかくとして、この大統領様だけは好かん。
 見よ、帝の苦虫を噛み締めたような顔を」
「タダカツ、黙りなさい」
 本気の拳を貰ったタダカツは股間を抑えて呻いていた。
「はは、よく喋る飼い犬だ。
 ご要望に応え、私は仕事があるのでね、失礼させて貰うよ。
 ザリエルとシエラも未来の勇者さんに幹事をお任せして、ついて来なさい」
「み、未来の勇者だあ?
 スレイル悪いけど、頼んだぜ」
「ちょ・・・」
 二人の去り際が鮮やか過ぎて、僕は愛想笑いも見せられなかった。
「私もそろそろ帰らせて貰うが・・・どちらかが剣を取ればまた会おう。
 健闘を期待している」
 共和国王に続き、無言で帝国勢ものしのし音をたてて出ていった。
「拙者たちも、出ましょう。
 まさか・・・指導者と同じテーブルで飯を食べるとは・・・。
 今でも夢じゃないかと、疑ってるくらいです・・・」
 忍者は自身の頰をつねったり、摘んだりを繰り返していた。
「ふうむ、国ごとに主張が違うものだな」
「影で取り決めもしてるみたいだし、謎が多いよな。
 おいら、途中から真剣に聞いてなかったけど」
「一難去ってまた一難。勇者になって国際情勢に頭を突っ込もうと思ったが頭が痛くなってきた」
「あの話し合いでは無理もない。
 報道機関を占有する国家がこれほど驚異的なものか・・・拙者は、情報を鵜呑みにする国民が恨めしく思いますよ」
「確かに間違った報道も多いが、報道は書物より真実が多い。
 エルフに文句を言われたら、大統領も変えると思うけど」
「ふうむ、大陸におけるエルフの権限はどのようなものなんだ?」
「エルフの要請には国家の存亡が関わるから原則的に逆らえない。
 エルフが武力介入する時、九個師団投入が定例になっている。
 人からして、天災みたいなもんだ。
 深淵の森から離れ、森の根が続かないシェルイラ砂漠であってもエルフは六割強の力の通常魔法が使える。
 その点、ハーフエルフはどの環境下でも弱体化は受けない・・・これは、余談だが。
 とにかくとして僕だって彼らに戦でまともに勝ったのは一回くらいで、それが人類史最初で最後って言われてるんだ。
 とても国同士の背比べにはならないよ」
「勝ったことあるんですか・・・」
 サキが意外そうな顔をしていたのでそうじゃない、と、否定した。
「表面上はね。
 革命軍と共和国現地民の融合だったが、ほぼ全滅した。
 あの頃のアストがこの場にいたら、各国の代表にどんな罵声を浴びせたかは想像したくないね」
「生き残るって大変なんですね」
 他人事のように、サキが言った。
「でも、生きるために生き方を変えるのは別に悪くない。
 勇気と正義感で強敵を敵に回せるほど、現実は甘くないんだ」
「歴史評論家にでもなればいいんじゃないかスレイル?」
「その職業に就いて戦争が無くなるなら、それが一番良いね」
 皮肉にした意見に他が全員頷いた。
「やあ!」
「はぁあ!」
 決勝戦までの間は、忍者とひたすら決闘場で腕を磨いた。
 二人きりで飯を食い、反省会をし稽古に励み寝る・・・そんな生活だった。
 帝国の剣道なるものを真似て、めーんとか、こてとか、どーとか発声しながら竹刀を打ち合う練習法にも飽きてきた頃、決勝出場選手の特集が回ってきた。
 優勝候補、タダカツと秘策のダークホースのスレイル。
 風刺したイラストには巨大な武将と杖のような剣を握る少年、これは僕だろう・・・が、大陸を二分して睨み合ってるモノが描かれていた。
「拙者今、大統領の息子から鳩が飛んできたのですが、本国でテロの騒ぎになってるので暫く会えないと手紙に」
 稽古を中断して休憩してる時に、その知らせは降って湧いた。
「始まったか・・・」
 帝国の要望を答えようとしたメディアは、口調の弱い共和国を軽視した形で筆を取っていた。
 ハーフエルフの魔法テロが始まったのである。
 独立心の強いハーフエルフは、エルフに対抗意識がありプライドが高く、人種として上に他種族を置くことを許さない。
 大陸を賑わす僕の悪評も相まって革命軍の記述が捏造され、彼らの逆鱗に触れたのだった。
「これが原因か」
 革命軍筆頭にして、ハーフエルフを束ねてエルフから勝利をもぎ取った人類圏の英雄という記述もある。
 僕は軍隊で憎まれ役を買って出たこともあり、過激派が未だそれを許せないのだろう。
「一昨日も周辺でハーフエルフが捕まってたし、街の治安も危険な状態だと思う」
「明後日までの辛抱だ。
 優勝出来たらすぐに深淵の森に出発する」
「エルフに不可侵を誓っている森に無断で入ることは、まずいのでは?」
 サキは当然の疑問を口にした。
「エルフにとって勇者は人の扱いをされないから皆が表向き従者として行動する分には処罰の対象にはならないよ。
 前例もザジの報告書で確認してるから信用して欲しい」
「貴公もメンツが欲しいなら、大会後に各国の腕利きに声をかけたらどうです?」
「そうだな。無論、亜人街に来る前からそのつもりだ。
 僕の果たそうとしてる約束は、剣一本で果たせるような品物じゃないからね。
 ところでサキ。正式に、僕の助手にならないか?」
「藪から棒に助手ですか?
 拙者一応は、匿って貰ってる身ですが」
「ミッションの実務経験も豊富で帝国の事情にも長けているし、是非手伝って欲しいよ。
 藪から棒かもしれないが、ここまで練習に付き合ってくれたことに、心から感謝してるんだ」
「へへえ。
 拙者、そんな風に褒められたことも、感謝されたこともないので照れてしまいます」
 ふにゃあとなって、スーツ姿の忍者は不器用に笑った。
「本当は、拙者も同じことを思っております。
 貴公の粘り強く戦う姿勢には、拙者何度も元気を貰いました。
 帝国の処刑式も本心でなかったでしょうに付き合ってくれたりと、頼り甲斐があってずっと慕っておりました」
 サキの頰から涙が伝って、砂の上に落ちた。
「申し訳ないですが・・・拙者は助手になる気はありません。
 家族の留守を預かる身として、大会後は義理を終えた上で帝国に帰らせて貰います。
 深淵の森に行く件についても・・・拙者の意見が許されるなら、身の危険が降りかかる故辞めて頂きたく存じます」
「駄目だ。それは、許さない。
 サキが助手になる気がないなら二日でその気に必ずさせるし、家族の留守を理由にするなら家族の任務を特定して説得する。
 深淵の森についても、絶対に行く・・・僕がやろうとしてることには、君が助手じゃなきゃ駄目なんだ」
「どうしてそこまで拙者に拘るのです?
 拙者の代わりなど、貴公の周りに沢山居るではありませんか?」
「そうじゃないんだ」
 俯いたサキに腰を落として目を合わせた。
「感情に流されない人は、僕が間違った時に止めてくれる人だと思う。
 それに、サキにだけは全部話せるような気がするんだ」
「全部?」
「僕が何と戦ってきたか。
 僕らが何と戦うのか」
「それは・・・話したくないと貴公は言った。
 何を考えているかは分からないが・・・直感的に今は聞いてはいけない気がする」
「強情だな。
 それなら、剣を手に入れたら帝にお願いしてムラマサの風評を復活させるようお願いするのはどうだ?」
「う・・・それは」
「そして、願いが叶った時もう一度聞こう。
 まあ、帝国に限って一筋縄ではいかんだろうが、誠意が伝わればそれでいい」
 ごおん。
「何の音だ?」
 サキが聞いて、身体を起こした。
「火事だ、スレイルと忍者。
 魔法テロでイェロッパの二階が・・・」
 リリオンが慌てて降りてきた二階から火の粉が上がった。
 遅れて、火事を告げる鐘が中央広場から鳴り響いていた。
「犯人は何人だ?」
「ふうむ、現状報告をしている暇はない。
 決闘場も避難する宿泊客がやってくるから、次第に身動きが取れなくなるだろう。
 下手をしたら街中で火遊びをしてるぞ連中は」
「レプリカソードが部屋にあるんだが・・・」
「この臭い・・・油か。
 貴公らは闘技場のロビーに向かって欲しい。
 石造りだから火の心配は少ないだろう」
「別行動か?」
「そうとも。
 拙者は、この油の臭いは知っているんだ」
「油・・・?」
 その昔、ディノ平原の各地に浅く広い湖が存在していた。
 そこで何千年かけて蓄積したプランクトンの死骸は、共に蓄積した土のバクテリアと地下の熱の働きで石油に変化していった。
 戦国時代の帝国は、これを松明や、城や村を焼き討ちするのに使っていたのだ。
 ムラマサはそのうちの一つの油田を所有した上で、カモフラージュするのに地上を畑にした。
 帝が、石油を封印したためである。
「サキ・・・」
 その声は、倉庫の天井から漏れた。
 女に被せるように出現した忍者たちが、短剣を喉に突きつけていた。
「拙者、当たりを引いたみたいだ・・・」
「どうして亜人街におる。
 家を任されておるはずだろう」
「師範こそ、どうして亜人街で魔法テロを装って火事など起こすのです」
 サキの叔父でムラマサ流の師範級である。
 一人赤いマスクをして、左右の熟練忍者たちを従えていた。
「仕事に決まっているだろう?
 ご時世は魔族侵攻が無ければ、余力ある者たちが戦争を起こすのだ。
 国という大樹の枝打ちは必要なことなのだよ」
「大樹の枝打ち?
 師範は、帝がこのような卑劣な策を喜ぶとお思いなのですか?」
「何も分かっとらんな・・・。
 サキ。国のために戦う時代は終わったのだ。
 大陸のあるべき姿に向かうため、戦うと決めたのだよ」
「拙者には、話に抽象的な表現が多すぎて訳が分からぬ・・・。
 何故、拙者の仲間が住まう宿舎に火を放ったのですか?
 そして・・・まだ、放火をしようと考えておられるのですか?」
「すまぬが、それ以上は答えられん。
 サキ、貴様は表に人を呼んだな。家族の恩も忘れたか」
「・・・勘違いしないで頂きたい。
 拙者は、家族の行いを正したいだけなのです」
 伏せていた僕は、会話を聞いていてサキの危険を察して飛び込んだ。
 それよりも早く煙幕弾を炸裂させた忍者たちは、瞬く間に消えていた。
「逃げられました・・・。
 恐らく倉庫には石油タンクが残ってるはずだから、それを隠しましょう」
「また現れるのか?」
「いえ・・・その可能性は低いかと。
 拙者と貴公を口封じで殺さなかった時点で、ムラマサは黒扱いされても問題ないということでしょう。
 問題は・・・誰に頼まれたかです」
「すまないが、考えるのは後だ。
 リリオンも放置してるし、皆の荷物も危ない。
 早く運ぼう」
「くれぐれも丁重に願いします。
 金属片の火花で引火する可能性もありますし、何よりも帝に見つかったら拙者は帝国の居住権を剥奪されてしまいますから」
「そうなのか・・・。
 まあ、然るべきタイミングで破棄するのも手だな」
「臭いも強いですし、環境に悪影響を与えるものなので・・・陽の当たらないところで管理出来たら良いのですが」
「ザジに聞くか」
 火事の騒動は犯人が捕まらず、翌日の新聞で魔法テロを非難する方向になり、大陸の人々が抱く恐怖心を膨らませていった。
 燃えたイェロッパの二階は使用不可になり、三階までの階段は補強材で無理やり作られた。
「ふうむ、あれだけ燃えて死傷者が出なかったことは良かった。
 ところで何処に行ってたんだ?」
「石油を用いての犯行だったので、街の倉庫でタンクみたいなのがないか漁るだけ漁ってみました。
 犯人も見つけたのですが、拙者があと一歩及ばずで逃げられてしまいました」
 サキは自身の家族が関わった事実を避け、石油の危険性をリリオンに説明した。
 逆に僕の立場に当てはめると、アストとその家族がテロに関わったというくらいの位置か・・・周りに突き止められて後から言及しなければならない状況は最悪だが、サキにしてみれば裏を掴まない限り、自身の潔白すら証明不可能な状況と言えた。
「石油か・・・。
 ふうむ。何度か体内に入ったものを取り除いたことはあるが・・・それが下の階で燃えていたのか」
 ぼんやり外を見ながら考え事をする忍者は、心ここにあらずという感じである。
「ザジに倉庫の石油タンクの処理は任せたから、安心していい。
 サキも今日は色々あったから、ゆっくり休んだ方がいいだろう」
「そうだな・・・。お気遣いに感謝する。
 少し早いが・・・就寝しようか」
 サキは踵を返し、僕の部屋を出ていった。
「僕も疲れたから休むよ」
「そうか。ならば、一緒に寝よう」
「悪いが、今日は一人で寝させて貰おう」
 即答だった。
「忍者とずっと二人で寝泊まりしていたようだが、気持ちよかったか?」
「ムラマサの秘術を学ぶのに人払いをしたかっただけだ。
 お医者がヤキモチを焼く話ではないだろ?」
「ふうむ、質問には答えないのだな。
 忍者と身体の関係はないと?」
「性行も恋愛もサキの間では欠片もないよ。
 愛した相手と剣を交わって正気で戦えるほど、僕は強くないんだよ」
「一理あるが・・・。
 逆説的にはどれだけ女性に求愛されても断るということだな」
「冗談抜きにして、僕と共に生きていくようなことになったら命が狙われることが増えるだろう。
 大陸の治安状態が安定するまでは落ち着く気はないよ」
「ふうむ、スレイル。
 私が婚期を逃しても構わぬということか?」
「女性の恋愛相談には疎いんだ。
 リリオンが僕と・・・まぁ、そういう話をしたいなら十年後までは無理だね。
 十年後までに僕が他人と家庭を営んでいたら諦めるんだな」
「十年か・・・。
 ふうむ、私も可能な限り長生きを考えなくては」
「それまでに、リリオンが素敵な相手を見つけることを切に願ってるよ」
「傷つくな・・・その言葉は」
 結局、駄々をこねて部屋のソファに横になったリリオンは話し相手を失って眠りについた。
「・・・すまない」
 彼女を大事にする以上は、彼女の昂ぶった感情も相手取って釘を打った方が良い。
 残酷だが、リリオンには嫌われるようにして前線から遠ざけやすい空気にしなければ。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 剣聖大会決勝戦の幕が切って落ちた。
 外界を染める赤と黒の歓声が、闘技場を二分していた。
 シェルイラ砂漠と帝国から駆けつけた応援団が、スタンドに国旗を持ち込んで特殊な装飾で陣営を作り上げ、他人の一騎打ちが、まるでショーか何かのようであった。
「なんて馬鹿力だ・・・!」
 刀の形をした斧を剣で受けた途端に壁まで吹っ飛ばされた。
 形状不確定変幻自在の武器だった。
 刀身からピンポイントに衝撃を発生させられて、それが、スキルが斧のように鋭く眩く見えた。
 試合開始の鐘は鳴り、観客は立ち上がって叫んだ。
 国を代表する者と傭兵が交わる一戦は国に逆らえない人々にとって、英雄たちの戦いのように煌びやと映った。
 反対に、腕っ節の強さで国を纏めている者たちにとって、各国の精鋭を集めた剣聖大会で意図せぬ者が勝ち上がることで胸をはらはらさせながら激戦を眺めていた。
 会場で観客を煽るタダカツをのらりくらりしながら、制限時間が半分になった。
 徳川流の構えには、隙がない。
 それに応じ、隙はあるが引き込んで打ち返しやすい構えを取って威嚇し続けた。
「上さんの姉に使った技を、このタダカツにも使う気か?」
「それは・・・」
 それは、一瞬の僕の迷いだった。
 全身を黒い鎧で覆って鹿より長い角の兜の緒を締めたタダカツは不敵に笑い、刀を横に構えた。
 後ろに壁があって逃げ場が無くなって反射的に生やしてしまったスキルを、僕は戻した。
「殺気に肝が縮んだか?」
「・・・生憎、別の手もある」
 ムラマサ流の構えを取って、一歩踏み出した。
「まさか・・・そんなことが・・・」
 タダカツの表情には明らかな動揺が見られた。
「流派の一部を継ぐ者として、宿敵の徳川流を討たせて貰おうか!」
 遠くで、負けぬようサキが叫んだ気がした。
 正に、彼女との血が滲むような特訓が目の前で生かされていた。
 戦国に何度も剣を交えたムラマサ流は、徳川流の攻略のみに明け暮れ、十年の歳月を徳川流の受けの構えに費やした。
 型を作り、徳川流に打撃のある戦法だけで秘術を作った。
 皮を斬らせて肉を断ち、肉を斬らせて骨を断つ。
 乱世英傑らの悉く将来を奪ったのは、このような捨て身の技である。
「小僧、くうう!」
 タダカツの斬り返しは容易だったが、間合いを詰められるのを恐れて壁まで下がった。
 僕はぽたぽたと流れ落ちる体液を無視して、鬼の首を剥ぎにかかった。
 円状のフィールドでは体力のあるうちは追い詰めるのも、追い詰められるのも難しい。
 失いつつある意識に焦りを抱きつつ、後先無視して壁を飛翔した。
「死ね」
 相手を最大限に貶める言葉が、出血多量による思考の低下で稚拙な単語に変わった。
「待て、待てって!」
 秘策こそ恐れても捨て身の剣術は、いいや・・・これだけ安全に勝ち続けた僕が、肩や腕をもっていかれてもなお堂々と戦い続ける様には、相手どころか観客も引いただろう。
 ムラマサの秘術は、徳川流の隙を追い詰めて差し違えることに極意があり、スキルの予兆があれば間合いを詰めて呼吸を乱させ、打ち返す流派の型には打ち払って切り込む、僕は骨を斬られても肉を斬ったのだ。
「痛たた・・・」
 気を抜けば、気を失う。
 両手で握れなくなったレプリカソードの重さは、血液を消失していくにつれて増していった。
「小僧、見事だ。
 徳川流が苦手とするムラマサの型、そして独自の特攻術を盛り込んだ差し違え。
 これ以上互いに打ち込めば、勝敗はつくが確実に両者は死ぬる」
 タダカツは刃の返り血を払って、鞘に納めた。
「だが・・・その傷で制限時間までは到底持つまい。
 武士の恥だが、距離置いて降参を待とう」
「そうか・・・タダカツ、一番愚かな選択をしたな」
 僕はレプリカソードを地に突き刺して、闘技場に、大声で亜人街に聞こえるように叫んだ。
「三傑の一人。勇者の器を持つ、タダカツ!
 手負いの敵の介錯もせず、時間稼ぎの判定勝ちなどという結果で帝国強いては大陸の王者を名乗るおつもりか!」
「戯け、小僧の傷でやりあえば互いただでは済まんのだぞ!」
 タダカツの決死の説得は、半狂乱になった者の耳には入ってこなかった。
「死地で戦い、命を失うのは戦士の必然!
 魔剣の行く末を巡った決戦に、祖国に恥をかかせるおつもりか!
 事ここで、自身を肯定するのは臆病心と思い知れ!」
 息を呑んで眺めていた会場は騒然として、打って変わってタダカツを非難する言葉が投げ掛けられた。
 然り、戦いは戦いらしく両者が納得いくまで戦うものであると。
 共和国民は勿論、帝国民の応援も反発する始末だった。
「理屈をごねるでないわ!」
 強い怒りから発した雷で壁にヒビが入って、地面が割れた。
「・・・小僧、これで退路はなくなったと思え。
 本気で行くぞ」
 史上一度も怪我をしたことのなかったタダカツには自身のみならず、家臣らにも豪語している伝説があった。
 もし戦で傷がつく時は、引退時である・・・その言葉である。
 僕はタダカツの表情から焦り、怒り、そして死の恐怖を切実に感じ取った。
「避けれた、か」
 一瞬の油断からスキルの直撃を受けて、衣服が溶けた。
 長く話したので、頭の血が足りなくなっていた。
 どこを斬られたのかも定かではない。
「引退試合にして花がある。
 思えば、これほど良い葬式もない」
「葬式など・・・縁起でもないことを言うな・・・。
 くう、頭に血が足りなさすぎて思考が回らん」
「小僧、隙を突いて目に汚いものを入れおって・・・」
 自身の血を目くらましに使って距離を取った僕は、タダカツから批判を浴びた。
「互いに死を賭けた勝負になったからこそ、スキルを使わせて貰う」
 万物の相互認識により斬ったモノに変化を与えるスキル。
 禁じ手中の禁じ手。
「いいぜ。
 かかってこい」
 禍々しいオーラが身長の二倍の高さで止まった。
 心は、死を前に落ち着いている。
「・・・」
 これで、死ぬのか僕は?
 脳裏に、白い空間が広がってく。
 必死に、現実に戻ろうとするが抵抗も虚しかった。
 気づけばムラマサの実家の、あの部屋にいた。
「そうか・・・」
 スキルの理屈が分からない僕は、スキルを駆使して戦う敵と会っていた。
 会って何度もボコボコにされた。
 相手は魔族の鎧で、あの日・・・不可思議な体験をした僕は「同じ技を使いたい」と、考えた。
「三傑が自身の特色を生かしたスキルを発生させる傍で、僕はこいつの強さに取り憑かれてスキルを編み出した。
 こいつと同じ技を得た今、こいつと心が通わせられるはずだ」
 漆黒の鎧に触れた。
 触れればたちまち瘴気に侵されて身体は沈む、傷ついた肉が溶けて鎧に吸い込まれた。
 真心に溶かされるような心地良い体験だった。
「来ないなら、こっちから行くぜ!」
 空間から、色が抜けて行く。
 畳の部屋は闘技場になり、鎧もいなくなっていた。
「何だ・・・!」
 鳥の鳴き声が聞こえた。
 一匹や二十匹目ではない。
 スタンドには鼠が走り回り、外に逃げていった。
「構わぬ。
 今からは容赦せん」
 改めて、タダカツは駆けた。
 ただ死を待つのみの鎧の魂目掛けて。
 膝を折って、瞳を閉じ、鎧と同じ格好をして構えた。
 そして、容赦なく殺意を斬る。
「かは・・・!」
 タダカツの刀と直線上にあった鞘は物体ごと消滅し、衝撃で観客席まで弾き飛ばされた。
 大きな黒い波はうねり、スタンドを捻じ曲げた。
「僕も、死ぬのか・・・」
 更に突風と衝撃を受けて吹っ飛ばされ、僕は壁に頭を強く打ち気を失った。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 生死を彷徨った四日間は、不思議な体験をした。
 革命軍でロザリアやアストやリザ、キョウコ、死んでいった仲間たちが円卓を囲んで、難しい顔をしていた。
 第一次魔族侵攻の少し前の話である。
 ハーフエルフがエルフや国家・・・つまり、討伐軍と戦争してる現場に僕は革命軍として立っていたのだ。
 シェルイラ砂漠南方のエルフ総力決戦のため、エルフによって食料と水を閉ざされ飢えに苦しんだ民衆を束ね、十倍近い戦力相手に、小隊を小分けして陣を波状に引いていた。
 ぼうっと辺りを照らす火を眺めていると、意識が冴えてきた。
 彼らの苦しい表情の理由は、実際は誰も最前線で指揮したがらないからだろう。
 元々、深淵の森から十割の騎兵が投入された最前線を「大穴」と見て仕掛ける手筈だった。
 騎兵を全滅させることでエルフの国防力に打撃を与え、早急に敵と講和するのが全員の一致だった。
 総力戦において、半数以上の民兵と共闘することから戦後にエルフを捕虜として扱っていくことが困難であり、指揮官には降伏や敵の降伏を認める声を断つ過酷な任務が残っていたのだ。
「僕にやらせて貰えないだろうか」
 ロザリアが陽動部隊と出立してから、迷わず手を挙げた。
 抵抗を繰り返す革命軍は補給路が断たれており、皆参っていた。
「ロザリア様の付き添いの男か。
 先の中央決戦では遺跡を魔法で爆破してエルフに打撃を与えたそうだな。
 君の指揮なら、最悪逃げても来れるだろう」
 ベイテはハーフエルフの中では非凡な武術の才能の持ち主で、戦術や作戦に長けていても戦略には長けていなかった。
 白髪の老人で一見申し訳そうな顔をしているのが特徴だ。
「総司令官、何を勘違いしておられるのです。
 逃げるなどと弱腰になられては折角時間をかけて交渉した民兵の士気に関わります。
 時が来たら先陣を我々が切って乗り込む他に、人にかけられる義理はありません」
「だが・・・決戦では広大な砂漠が魔法禁止区画になる。
 魔法が主力のハーフエルフに武器を持てと言うつもりなのか?」
「その通りです。
 相手は魔法部隊七万、大魔法部隊一万、騎馬隊二万、そして拠点防御力に徹した歩兵一万からなる十一万の戦力ですが・・・」
「我が軍の約十倍だ」
「そんな大軍に勝てるのか・・・?」
 更に・・・予備役を含めると二十倍の戦力が、シェルイラ砂漠の北方で駐屯している。
 予備役の話は革命軍の士気を奪うため、作戦が終わるまで秘密にするつもりだった。
「革命軍総勢二万の中で小分けした部隊には、参加して頂いている円卓会のメンバーがリーダーとして配属されますが、戦闘中は分隊に人や亜人に関する中傷は原則として辞めるように徹底して指示して頂きたい。
 戦闘中に内側で小競り合いがあれば、勝てる戦も勝てなくなります」
「分かっているとも」
 それには全員が頷いた。
「この辺りで夜間になると魔法が使えなくなる地域の現象だが、本当に大丈夫なんだろうな?
 当日にもし夜間であっても魔法が使えたら、衝突する前に大魔法でみんな仲良く木っ端微塵になるぞ!」
 リックベルト副司令官は、一ヶ月もの間、粘り強く人とハーフエルフとの共闘を訴え続けた小太りの影の功労者である。
 緑のベレー帽に軍服を着た僕たちの中でも特注サイズであり、影では風船という不名誉な渾名もある。
「リックベルト副司令官。小生がこの間、それに関するレポートを差し上げました」
「貰っている。地層から反動魔法なるものの影響でマナゾーンが消失すると、わざわざイラストもついておったわ!」
「理解して頂いてるなら、小生は結構です」
 隣に座ったアストは僕に目配せして、援護なら任しておけと、目が言っていた。
「話を戻しますが、夜になれば行進していた敵軍は混乱し、敵が騎兵を前に出すことで予定していた計画になるでしょう。
 先程、ハーフエルフが武器を持たなければならないと口すっぱく言ったのは、革命軍の一万五千の歩兵と五千の専属魔法部隊が共闘したら討伐軍の二万の騎士と数の利で言えば対等に戦えるからですよ。
 後方の歩兵は合流してこないように、騎馬隊を前線に引っ張ってから陽動隊に本部を兵糧ごと焼き討ちさせます。
 この上で敵にシェルイラ砂漠西部に注意喚起する噂を流し、混乱させます」
「作戦はそれで宜しい」
 総司令官と副司令官だけは頷いた。
「・・・スレイル君。この場を借りて、皆の本音を私が言おう。
 要点を抑えて革命軍の勝利に貢献してきた君だが、大局に至って指揮官に拘る理由は何だ?
 どうして黙っていれば私になるものを手を上げた?」
「総司令官、本音には本音で返したいのですが一同もご無礼を許して頂けますか?」
「構わん」
 丁寧な口調に疑問を抱きながらも、右も左も頷いた。
「簡潔にですが。作戦が上手く行って敵が降参してきても戦わなければならなくなった時、自分の他に先陣切って戦えると思えません」
 戦争は残酷だと思う。
 物心ついて十歳から剣技を磨き、食い扶持を得るためにハーフエルフのスラムから革命軍に移った。
 そこで禁忌魔法の母と呼ばれるロザリアに会い、戦争を通じて戦果を上げて円卓に辿り着いた。
 彼女の作った魔砲の火力は凄まじく一気に戦況を逆転させたが、マナの暴走により関わった人間が消失したことで一時責任を取って降格もした。
 僕は残酷だと思う。
 仲間を助けるのに犠牲を厭わないから。
 大局を見れば、どう考えても魔砲を復活させた方が良いが、総司令官と円卓には話が通じない。
 これが、個人の限界なのだろうな。
「アスト。戦局を報告しろ」
 決戦に向け、夜の砂漠を馬に乗って駆けていた。
「後方敵およそ、十万。小生らが波状の陣を後退させ、魔法の交戦に有利な砂漠地帯に入ったことで追撃してくると見えます。
 被害は、陽動隊が一人を除いて全滅したと」
「ロザリアは?」
「生きてますが、治療をしてるため総力戦には間に合いません」
 陽動隊の被害は想定していたが、仲間の死には流石に心は傷んだ。
「アスト。報告された内容を、総司令官と副司令官に報告した上で指揮権を僕に譲るよう説得してくれ」
 砂漠の行軍は、砂漠に歩き慣れた革命軍が討伐軍よりもスピードが早かったので調整しなければならなかった。
 徐々に大軍は直線から二分していき、目印のオアシスに着き砂漠の真っ只中に入ったのを確認してから反転した。
「攻勢に転じ、正面の騎馬を倒すのだ!」
 総司令官が叫んだ。
 逃げていた革命軍が大声を上げて反転したことで討伐軍に強いプレッシャーがかかり、地の利も革命軍に傾きつつあった。
「彼らが、移った指揮権を返還しそれぞれに分割するよう求めてますが」
 彼らとは、総司令官と副司令官のことだろう。
「目と鼻の先に死地がある。
 旗印が三つもあれば死霊が困って貴方方を連れて行くかもしれないからお断りしますと、丁重に伝えてくれ」
「戦場のど真ん中で冗談を言わないで下さい。
 最後の方、お断りする旨のみ小生は伝えますよ」
「頼む」
 実はあのような倫理的な理由に本質はなく、大局に至って計画外の指示を飛ばす指揮官を排除することにあった。
 そうして月明かりで照らされた砂漠は、クライマックスを迎えた。
 白馬の鎧騎士たちが雄々しく飛び出すが槍の幕に阻まれて、一歩また一歩下がった。
 刹那、革命軍の槍の隙間から熟練の剣士たちが戸惑ったエルフたちに斬りかかった。
 本格的な衝突である。
「即席の陽動隊に敵の背後を襲うように鳩係りに連絡してくれ。
 敵に背水の陣を強いる」
 細かい指示を躊躇なく参謀に指示したため、円卓で宣言した先陣切っての突撃が出来なくなっていた。
 予想外に民兵が有利な陣を崩し、果敢に突撃したのである。
 この点において、旗印まで突撃を推奨すれば陣は総崩れとなるだろうと思い、アストの不在に彼女へ崩れた前線の修復を代理役に命じた。
「お兄さん。参謀に命じられました。
 アストの姉のリザです。早速ですが、総司令官と副司令官に突撃はまだかと催促されているのですが・・・」
「逆に尋ねたい。
 キョウコさんの報告では、彼らの部隊だけが民兵の影に隠れてしまっている。
 アストに前線を取り次がせたことを伝えた上で、以上を強烈に非難して頂きたい」
「私が・・・ですか?」
 唖然とするリザを隣に次々と前線にぶつかった戦力が飽和状態になった報告が届いた。
 ようやくこの時に、相手が魔法を使えない状況にあることが分かったのである。
「前線を少しずつ後退させるよう指示を送って欲しい。
 僕は両翼に移動して総司令官と副司令官に話をつけてくる」
 手負いの兵が転がる戦場を駆けて、前線で果敢に指揮を執る二名を背後から眺めた。
「円卓では人の先導として戦うと言っておいて、君はいったい何をしておるのだ!
 副司令官と対談した上で要求した指揮官の分割も断るとは、軍規に関わる問題だぞ!」
「総司令官に同じく厚い陣をどう攻めようかと考えていた矢先に尻叩きに遭っていたらこれはいけませんよな!
 指揮権は返してもらいますぞ!」
 声をかけると、驚く剣幕であった。
「円卓で言ったことを守れていないことは申し訳ないですが、残念ながら。総力戦に及んでは書類上は僕が預かっていますので、指揮官の譲渡は認めません。それに現状は士気に乱れがなく、鼓舞する場面もないので今後も突撃はしかねます」
「詐欺師ではないか?
 それに。書類上の手続きを盾にするなど、詭弁であろう!」
「御二方の言いたいことは概ね分かりますし、もう暫く話していたい。
 ですが、戦場の真っ只中で話している今もいつ敵の矢が降ってくるのかすら分からない状態です。
 謝罪は謝罪として、少しずつ後退している今、砂の丘を越えるまでに話しておかなければならないことがあるのです」
 帽子を脱ぎ、胸に手を置いて僕は思いついた作戦を口にした。
「ふん。面白いではないか。
 本陣を己が張るからには身体を張れよ」
「ふむ。副司令官と共に、その作戦に従おう」
「宜しくお願いします」
 あの態度が一変したことには、少し秘密がある気がした。
 交戦が始まってから二時間が過ぎ、一段と朝が近づいてきた。
 優勢は秘密裏に革命軍を三分してしまったことで崩れてしまっている。
 エルフにとって人間は低俗な生き物、それを裏付けるようにエルフは屍を蹴って刃で刺し捨て、革命軍もお返しとばかりに手負いのエルフを迷わず殺した。
 ところが丘を超えた討伐軍は憎い相手に両方から挟まれてしまう。
 砂漠の砂が微妙に傾斜になった天然の死角から、騎馬隊の左右を突かれたのである。
「総司令官と副司令官に、現状は陣形に関わらず敵を蹂躙せよと伝えて下さい。
 それからリザ、僕はアストのところに戻るので元の配属に戻って下さい」
「分かりました」
 司令部として機能していた見渡しの良い砂の丘を下り、ようやく前線に着くと胸に火傷を負ったアストが民兵に指示をしながら戦っていた。
 陣が崩れた穴に入って、剣を交わった傍の胴を斬った。
 背に革命軍の旗印があることに気づいたエルフは目が上に釘ずけになり、味方は歓喜した。
「有史において人がエルフに勝ったことはない!
 だから歴史に残る兵として胸を張ってこの血を浴びるんだ!」
 おお、という声が砂漠に響き渡った。
 旗印の効果はテキメンで、陣頭に立って戦うことで素人の老兵も歴戦の兵士の面構えで戦った。
 間も無くして勝負がついたのだ。
「降参だ。
 我々はもう抵抗しない」
 屍の丘に拘束されたハーフエルフが並んでいた。
「二万の兵が一千まで減ったか・・・。
 小生もここまでとは・・・」
 革命軍側も一万八千人の死傷者を出した。
 早急に講和の手続きをしたかった革命軍は、捕えた指揮官を呼び出して意思を伝えた。
「こんな民兵ばかりの軍団で我らによく勝ったものだ。
 だが、我々の敗北は本国には伝わらん。
 下手に交渉を考えているのだとしたら、諦めよ」
「イドート将軍。お縄を握っている我々にあまり反抗なさらないで頂きたい。
 先程も申しましたが、御国の騎馬隊を壊滅させたのは事実であり御国が防衛上必要な戦力を失った事実は明確なのですぞ」
 リックベルトは尋問を得意とするきらいがあった。
 シェルイラ共和国南部オアシス付近で勝負を見守った敵部隊は真っ直ぐ自陣に戻っていった。
 革命軍のように魔法主体部隊が武器を持って戦う思想にならなかったのは意外だったが、誇り高いエルフの一番槍が半日経たずで敗れたのは彼らにとってショックだったのかもしれない。
「・・・分かった。
 本国のノイル様に向け、件の書状を送る。
 この者たちも解放して貰えるならば、塞き止めていた物資と水を供給しよう。
 だが、二千人の革命軍に首を縦に振る祖国ではないぞ?」
「いいえ。もう一通書いて頂きます。
 シェルイラ砂漠北方駐屯部隊に向け、革命軍増員五万人による大攻勢警鐘の手紙をです。
 革命軍は魔法禁止区画で大量の兵糧を持って陣を張っていると切実にお伝え下さい」
 僕はまっさらな手紙と筆を捕虜に渡した。
 リックベルトの脅しを混ぜた巧みな交渉で、こうして一晩の奇跡は幕を閉じたのだった。
「朝か・・・」
 悪い夢を見た後のように、身体を起こす気になれない。
 ゆっくり毛布から手を出すと、筋肉の伸縮に違和感があった。
「タダカツと・・・それで・・・」
 革命軍から始まり、魔剣回収を終え、剣聖大会で決勝まで登り詰めて三傑最強の男と戦った。
 少しずつ意識がはっきりしてきて、鼻から抜けた魂を大きく吸い込んだ。
「痛たた・・・」
 肩には手術の跡と、見たこともないほど膨れ上がった痣があった。
 レプリカソードを手にとって病室を抜け、水桶で顔を洗っているとふと頰にも痣があることに気づいた。
 これだけ頑張っても、試合のことは何一つ思い出せなかった。
「スレイル」
 剣を握ると、頭痛がしてふらふらしてから立ち止まった。
「まだ動くな」
 その声に振り向くことなく水桶をひっくり返して身体の筋肉が痙攣した。
 一瞬、過ぎた病室でタダカツを見た気がしたのだ。
 身体がおかしい・・・おかしい。
「ふうむ、予想通り重症だ。
 病室に戻すぞ」
 頭を強くぶつけた。
 肩や腕を斬られた。
 身体中に痣。
 あちこちに縫い痕。
 タダカツを、斬った。
「・・・」
 分からない。
 さっき倒れた時の痙攣は、まるで死神に神経を撫でられるような嫌悪感しかなかった。
 とにかく体力を戻し、記憶を整理しなければ・・・。
「名前が、思い出せない」
「私か?」
「うん」
「私は、リリオン。スレイルが亜人街に向かうために寄ったシェルイラ砂漠で偶然会ってから好んで世話をしてるんだ。
 私用に作ってくれたビザも大事に持ってるよ」
 懐から手渡しされた医療免許を眺めながら、学歴が多いことに気づいた。
「私は見た目より歳を食ってるから・・・。
 ふうむ、気に入らなかったか?」
「そんなことはない。でも、記憶が整理出来なくて困ってる。
 どうしてリリオンの記憶が抜けてるのか」
「記憶のことは分からないが、四日間もずっと死んだように眠っていたんだ。
 身体中ボロボロで一日手術した後に、今度は意識が戻らないから大陸中の妖術師かき集めて催眠療法を試したりもした。
 こうして、話して答えてくれるだけでも神様に感謝しきれないくらいさ」
「どうしてそこまで尽くしてくれるんだ?」
「スレイルのことが好きだからだ。
 声が聞きたくて、生きた心地に触れたくて、私はこうして会えただけで生を実感出来る。
 生きてくれてありがとう。それを伝えられるなら、私はどんな困難な処置であっても諦めないよ」
 ありがとう。
 最後に、ロザリアから言われた言葉だ。
「う、うう・・・」
 窓から入った光の粒が視界の全てを染め上げた。
 白い空間の中で、もやもやした黒い影が震えている。
 ・・・殺意を斬る。
 言葉は響いて、鋭い硝子の破片は身体をすり抜けていった。
 タダカツを斬った刃は、殺意に通じている全ての道具を虚無に返した。
 抜刀した時に、自身も斬りつけていたのだ。
「僕は何を斬ったんだ?」
 扉が閉まり、我に返った。
「同志・・・!」
 アストには記憶のような凛々しい参謀だった姿はもうなく、幼い子供のように泣きじゃくって僕を困らせた。
 緑のベレー帽に。焦げた軍服。あの頃の姿のままなのに。
 彼女の顔をよく見たくて、右目を覆っていた包帯を外した。
 人を初めて、撫でたいと思った。
 再会に泣く彼女を、娘のように愛らしく思えた。
「うわああん。うわああん」
 可愛い顔が台無しになっている。
 折角喜んで貰おうと撫でたのに、彼女が愛らしくて仕方ないのに、話しかけるのすら許して貰えず、お気に入りのヌイグルミのように強く抱かれて、思う存分泣かれて、顔を押し付けられた。
「落ち着け、忍者」
 病室に入った人間はもう一人いて、僕にムラマサ流を教えてくれた張本人だった。
 僕に殴りかかろうとする今、リリオンは身を呈して阻止していた。
「拙者が秘術を教えたのは、貴公をこんな目に合わせるためではない!
 拙者がこのような事態を招くために練習に付き合っていたのだと考えると、やり切れなさに己が嫌になってしまう・・・!」
「それでも、助かったんだ。
 私たちは私たちの責務を全うして、彼の要望に応えただけだ」
「そうです・・・よ」
 泣きじゃくったアストが身体を起こし、僕から離れた。
「小生は同志に報告があって参ったのです」
 アストが同志と呼び始めたのは、傭兵になってからだっけ。
 ぼんやりした僕に、新聞を渡してきた。
 両者、生死不明につき勝利者は先に意識を取り戻した者にする。
 一文を読んで、僕は目を大きくした。
「目覚めるのが遅いぜ」
 ザジ。
 ザリエル・ジードニッヒ。
 商業国家ラッド大統領の息子で、僕は便利屋としてコキ使ってきた。
「間抜けな顔をして、記憶喪失か?
 お前にそんなキャラ似合わねえよ馬鹿が」
 ドアを背もたれにしていた男が近づいてきた。
 僕は目を大きくしたままその人間を見た。
「優勝だぜ」
 澄ました顔で言ってきたのがムカついたので一発殴った。
 思いっきり殴ったつもりが、身体が言うことを聞かず彼の肩にぶつかった。
 寄りかかって、バランスを保とうとして。
「ザジ・・・」
 こけて格好悪く硬い床に不時着した。
「おうよ」
「お前に僕は、どう見えるんだ?」
「身体がボロボロの記憶喪失だぜ?
 でも、女が好き好んでここに集まるからムカつくし俺は助けないけどな」
「はは、遠慮なく・・・言ってくれるなよ」
 身体から抜けていく嫌悪感に、復活の兆しを全身で感じていた。
「あんまり無理しなさんな勇者さん」
 チンピラエルフ一号。
「お身体に障りますぜ」
 二号と三号が奇妙にハモった。
 いたなあこんな奴ら、と感心していると罵声を浴びせられた。
 廊下に待機していた彼らが僕を助けたことで雇い主はカンカンだった。
「大将には悪いが、俺ら姉さんとこの人には感謝してるんでね。
 助けるなって言われても、助けてしまいますぜ!」
「こういうのは一人で起き上がるから練習になるんだよ馬鹿が!」
 拳骨を食らうと雇われエルフ三人組の頭上に拳一個分のタンコブが出来上がった。
「これから、確認で国王たちがここに来る。
 勇者になるんだから・・・えと、えっと・・・何から始めたら良いのかな。
 髪を切る?
 俺にも全く検討がつかないぜ!」
 少なくとも、勇者がボロボロであるようには見せない方が良いという結論になりつつもタダカツの意識が戻れば勝敗が分からなくなる理由の上で、その場の採決と案で、翌々日に一同が会することが決まった。
「僕は、この格好なのか?」
 言われるままスーツを着たのは良いが、通気性が悪くてイライラしていた。
 亜人街一の高級ホテルとあって廊下には大理石の上に高級そうな装飾や絵画が並び、大部屋に行けば天井に国宝級の絵が左右に広がり、地は官僚がすすんで使うようなしっかりした椅子や円卓が丁重に置かれていた。
「同志、これから共和国王と帝、大統領と会うのです。
 そして・・・」
「そして?」
 はあ、帰りたい。
 しかし窓のない部屋では、すぐに逃げる方法もない。
「勇者であることが認められれば、要望していたエルフの長との謁見もするらしいぜ」
「何だって?」
「話を遡っちまうが、あちらさんが出来なかった魔剣回収をこっちがやって勇者誕生させたって筋書きらしいぜ。
 裏は分からんが、勇者に会いたがってるんだ」
「エルフが勇者を祝福する理由が分からない」
「俺にも分かるか。
 親父の話では、あちらさんから話を持ち掛けたって聞いたぜ」
「親父は何て言ったんだ?」
「ああ、分かりました・・・そうですかって、送る前の手紙見たけどあの親父が丁寧過ぎて吹き出しちゃってさ。
 手紙についた唾が原因で親父にバレたぜ」
 アホだなこいつも。
 サキ、ザジ、リリオン、アスト、僕の五人がビップルームで雑談すること二十分。
 チンピラエルフの一人がようやく部屋の扉を開けた。
「おらよ」
 開口一番、大統領から乱暴に投げられた魔剣が円卓に滑ってころころと転がった。
「二人とも気絶しちまうから、メディアが大慌てだったよ勇者スレイル。
 それにしても、俺が魔剣を管理するなんて聞いてないぞ。御二方」
 結婚式で使うような真っ白なぱりっとした高級スーツを着た大統領は、和装の女を見た。
「フリーゲン。火の粉が少ない国に預けるのは当然でしょう。
 鑑定眼を舐めて言ってるのは分かるが、帝を呼んだ以上は魔剣が本物であると言わせたいのでしょう?」
「こちらは、どちらかと言えば官僚が窃盗する可能性が高かった。
 誰かが亜人種の方々を煽ったおかげでな?」
 共和国王フィアルクイル。
 相変わらず、覚えにくい名前である。
「皆、スマイル、スマイルね?
 各国が望んだ勇者様が目の前にいるわけだから、まずエルフへの要望書を纏めようか?」
 大統領に届いた手紙は各国の首脳にとって重要な意味を持っていた。
 エルフが勇者に興味があると、暗に言ってきてるのだ。
「協定上、三国でエルフとのやり取りは全てオープンでいく。
 少しでも隠そうという仕草を見せたら消す、マジでな」
 大統領というよりもマフィアの頭領の目つきでフリーゲンは左右の指導者を睨んだ。
「異議はない。
 要望書については、共和国議会で纏まらなかったから重要な要所だけを纏めたものを用意した。
 具体的には深淵の森の不可侵を解いて貰いたい」
「帝国は基本的に飢えに困ることはないが、人口の拡大で将来食糧難の時代が来る可能性もある。
 共和国と同様に、深淵の森の不可侵を解いて貰いたい」
「こっちも同じだ。
 民主国家からは、食糧難による懸念から深淵の森を自由に行き来させて欲しい。
 そして、魔族侵攻の際には共闘して欲しいというのが国民投票の結果だ」
「親父待ってくれ。
 勇者ってのは、政治活動じゃなくて魔王を討伐するのが仕事だろ?
 各国の意見と言われても、スレイルはちんぷんかんぷんだろ」
 ザジが介入すると、フリーゲンは呆れたように俯いて溜息を吐き、首を横に振った。
「勇者が死んでからどれほど大陸に迷惑がかかったと思っている?
 魔族侵攻は、勇者がいればエルフと共闘して乗り越えられたかもしれぬというのに」
「親父。ありもしない妄想だろ?
 俺たちが勇者と呼ぶソイツだって、伝説から生まれたただの言葉だ。
 なあ、戦って下さい。これだけのことを勇者様やって下さいはおかしくねえか?
 頼むから仲間に凶器を突きつけてやらせるなんて真似はするなよ?」
 ところが核心を突かれて、フリーゲンは黙った。
「エルフの支配が始まって五年、各国が用いた年号もイリアル暦に改められた。
 我々にとって、エルフの関心を持たれる勇者という存在は人類の希望だ」
 共和国王の言葉にアストは立ち上がり、人差し指を突きつけた。
「黙って聞いていれば・・・!
 同志が唯一エルフに勝利した砂漠の戦を忘れ、エルフの支配を弱いから仕方ないという根性なしめ!」
「なれば、半分の血で大陸を統べられるか?」
「統べられなくとも小生らは国を作るのだ・・・!」
「話にならんな。
 我々は強国に包囲され、一時は傀儡にもなった国だが、すすんでハーフエルフに手を出すことだけは避けてきた。
 それどころか暗に手を差し伸べたのだぞ?
 あの時代を生きたお前たちにとって、それがどれだけ大変なことか分からんこともないだろうに・・・」
「共和国王、それを人の努力と申すか。
 拙者はエルフを退けるほどの力を持ったハーフエルフと共闘するべき時代だったと側から見て考えるがな」
 アストの援護射撃をするサキ。
「・・・私は時間が惜しいわ。
 少なくとも猿芝居をするなら隣の演劇場でやって貰いたいね」
「小生らを愚弄するか!」
 僕は、帝の瞳孔が変化するのを見て無理やりアストを座らせた。
「同志・・・」
 アストは僕が血の気が少ないことに気づいて我に返って黙った。
「僕の本心は、旅で失ったロザリアという仲間を救いたいという思いだけだ。
 そのためにエルフには深淵の森不可侵を交渉して破棄させるよう努力する。
 この場は、それで済ませてくれないか?」
 左右の仲間たちが発言を受けて、黙り込んだ。
「リリオンが言っていた女か」
 帝が言って不気味にくすくす笑った。
「恋人か何かかね?」
 亜人に恋をするなど酔狂な、そんな顔で大統領が。
「革命軍の傑物か・・・」
 そして、フィアルクイルはあの頃を思い出して顔を青ざめて頭を抱えていた。
「その者はかの地で僕を待っている。
 僕が死の淵から起き上がってこれたのも、彼女の言葉があったからだ」
 悪いが、告白ではない。
 皆、顔を赤らめているが少々誤解を招いた気はする。
 反省して僕も恥ずかしくなって座り、俯いた。
「なかなか。
 単純な理由にして、付き合いやすい。
 そう思わないか両国とも」
 左右の男と女をげしげし肘で突いて大統領は上機嫌だった。
「共和国は、飢餓問題を解決出来れば助かる。
 勇者の誕生を祝福する」
「帝国は深淵の森が始まりであると言われている。
 話が長くなりそうなので割愛するが、森の探求は国の夢だった。
 私も勇者の誕生を祝福する」
「でもさあ、エルフとの共闘も交渉出来るんじゃない?
 今まで言うこと聞いてきたじゃない。
 各国から金品から食料まで巻き上げてさ?」
 もう一声、そんな口調でフリーゲンは下品な笑い方をした。
「大統領。
 大国に従うことは、大国に逆らうように危険なことです。
 人に勇気が足りないというなら傍に立ちますが、指を咥えて平和という林檎を眺めている子供には厳しく当たるべきではないでしょうか?」
「ふふふ・・・三傑が、彼を召し抱えたがっていた気持ちが分かる気がするな。
 久しく笑うたぞ」
 痛快に腹を抱えて笑い転げる帝の隣で、仏像が渋い顔をしていた。
「勇者は第二次魔族侵攻は各国に自衛するべきだと考えているのか?」
「自衛の手段を持ち、最悪の事態の対策を持ち、国民に説明し納得させる。
 国家の危機に際した指導者の役割は、強国との共闘によって頭数を合わせることではなく自前の防衛能力を鑑みた上で国民に逃げるか戦うことの決断を強いることでしょう。
 暴徒が家を荒らすところに父が、国が立ち向かって、或いは逃げるように子供に指示して、或いはそんな姿勢を見せ、子供が、国民が親を倣う。当たり前だと僕は思います。
 そこで、まるで駄々をこねるように各国に自衛すべきだと考えているのかなんて馬鹿げた話はね」
「勇者よ。民主国家を馬鹿にするのか?」
「そうですね。馬鹿にさせて頂きます。
 そもそも亜人種を置いて一番になれない生き物が民主国家を名乗るのが滑稽ですから」
 僕もメディアにはボコボコに書かれた性分なので、溜まるものは溜まっていたというワケだ。
「・・・俺は退場する。
 不愉快だ!」
 それがどうして、帝や仲間の拍手に迎えられるのかは分からなかった。
「この帝の婿にしたいほど、骨の入った男だ!
 あれほど笑ったのは生まれて初めてだったぞ!」
 フリーゲンとの口論が余程のお気に入りらしく、フリーゲンが去った後に、会話を記憶していたアストがメモして帝に渡したぐらいだった。
「色々言ったが・・・確かに、私は決断を間違えたかもしれない。
 ムラマサ・サキと言ったか。私たちはハーフエルフと共に生きていれば大陸の歴史は違った方向に向かったかも分からぬ」
 援護射のつもりが、ずっぽり共和国王の心に刺さったようだった。
「拙者も過ぎたことを言い過ぎました。
 願わくば、この先に、この手とその手が合わせて歩んで貰えたらと思うのですが・・・」
「そうだな・・・」
「うーん・・・」
 アストも国王も複雑な顔をしていた。
「ところで、エルフの長との謁見は仲間としてなら同席可能というが、加わって良いか?」
 言葉の主を見て、目は瞬いて時間が思わず止まりそうになった。
 澄んだ瞳の和服の・・・あの帝が、仲間に加わりたいと言ったからだ。
 左右の席が僕と同じ反応になったので、咳払いしてサキに合図した。
「構わないですが、常に僕とサキの間に入って貰えますか?」
「分かったがどうしてだ?」
「なるべく守ってあげたいので」
「勇者の気持ちは有難いが、達人クラスの忍者が常に十人は近辺で目を光らせておる。
 共和国王も表情を変えんところを見ると、そちもおるな?」
「シェルイラ砂漠には忍者はなく只の護衛部隊ですが、確かにそれくらいはいつもついてますかな」
「凄いぜ・・・やっぱ、首脳クラスになると」
 ザジが関心してるが、無視しよう。
「帝、それから勇者一行。私どもは魔法テロの処理に忙しいので、これで帰りますよ」
「お疲れ様です」
「うむ。ご苦労様」
 大部屋から共和国王が消えて、正面に座していた帝は隣まで移った。
「勇者抱きついて良いか?」
「帝。お付きの忍びに仕事を増やすのはどうかと」
 正直、敬語を使う相手と仲間が同席するのは面倒臭い。
「釣れぬことを言うなよ?」
 どうも僕は好かれると、女が豹変してしまう星の住民らしい。
 デレデレする帝を困った顔でのらりくらりしながら偉いエルフを待った。
「ふむ・・・ここか」
 そうして痩せ細がった男が入ってきた。
 エルフの平均寿命は分からないが恐らくは高齢だろう。
 絵師が描く「仙人」に長い白髭と眉毛と眼鏡をつけ、徳のありそうな着物をつけるとイメージは完成する。
 両手に紋章が浮かび上がり、目つきも優しいそれよりも威厳があって貫禄がある。
「下がって良い。
 この者たちと、話がしたい」
 お付きの従者は特に異様だった。
 全身ミスリルで武装した騎士だったが、生気は感じられない。
 仲間たちはそれらを感じ取って、表情を強張らせた。
「・・・まず、自己紹介を」
 少しトーンを下げてサキが話し、右回りで自己紹介を始めた。
「私は、イリアル・カーン。
 エルフの最高責任者で代表である」
 正確には、人類圏の統治者にしてエルフの全権を担う者。
 その者が一声で国を囲み降伏を促すことは造作もない。
 軽口を叩ける相手ではないことが分かり、ザジがとうとう俯いた。
「そちらから連絡を頂いたと聞きました。
 イリアル様、僕らに用件は御座いますか?」
「主に、聞きたかったのだ。
 この世界をどう思うておるか」
 質問の意図から、様々な予想に辿り着くまで時間を要した。
「ノイルが否定した人間族を私は統治者として管理した。
 だが、守ったことで得られたのは過度の信頼だけだった。
 エルフたちは大陸を旅して、彼らは人間など身を呈して守る必要はないと言った。
 改めて聞こう。人類最大の実力者たる勇者はどう思うておる?」
「二、三点に先に聞きたいことがあります。
 イリアル様は宜しいでしょうか?」
「構わぬ故」
「まず、エルフの技術力について先のブリキ人形を見る限り、人より遥かに進歩した科学がお有りなのかと考えます。
 同時にそれを広めないということは、広めることで不利益が生じることでもあるということ」
「如何にも、人は科学によって滅んできたのであって科学を広めるなど到底考えられぬ」
「二つ目。この世界をどう思っているかは、この世界をどうしたいかということ。
 この世界をどうしたいかは、それだけ期待を抱いておられるということ。
 何か・・・権限を譲渡して下さるのですか?」
「成る程。勇者にしておくには勿体ない男じゃ。
 一つ生まれる種を違えば、賢者になる才覚もある」
 頷いて、円卓にあった魔剣を手に取った。
「魔剣とは本来、魔の剣。
 魔王の剣よ。
 反対に、聖剣というものが存在し、これが魔族にとって猛毒であった」
 遠い昔のディノ平原。
 魔王の血が人に流れ、強大な王に剣を与えた。
 それ以来、より力の強い者が魔王に成り代わっていく。
「・・・人は剣を持ち強大な力を持つことに憧れ、何百年とサイクルを繰り返した。
 愚かなことよ」
「何故。人に魔剣を取り戻させたのですか?」
「エルフは北の魔族の瘴気には勝てぬ。
 深淵の森で迎え討つならともかくとして、領域に踏み込むなどな」
 もう、分からない。
 剣を捨てるべきなのだろうか?
 話を聞く限り、例え魔王を倒しても魔王になるのでは意味がない。
「イリアル殿。
 少しお借りしても良いだろうか」
「例え、一国の帝としても勇者の許可がなければ触らせる義理もない」
「触るだけなら・・・良いのでは」
「なれば、席を立ちここまで来なさい」
 帝は魔剣を握り、瞳を閉じた。
「魔王の血か。
 本来の十倍の力を引き出しておる」
 イリアルは瞳を細め、急激に発光した紫水晶玉を一瞥した。
「時折残酷な思想を抑えるために修行で外に出られないこともあったが、魔王の血の影響だったことは分かった」
「主はこれを確かめたくて同席したな?
 魔王の子孫と知って、私が黙っていると思うておるのか?」
「イリアル様・・・待って頂きたい」
 武闘派のようで、帝相手に臨戦態勢だった老人を抑えた。
「魔王を倒すのが勇者の仕事であるのだから、魔剣を用いずに魔王を倒せば良いのでしょう。
 帝に道中のつゆ払いをお願いさせて頂けませんか?」
「奇怪な。魔王に成り代わる可能性のある者と共に旅をするというのか?」
「先の旅では何度も死に掛けまして、魔王を倒すのにも人手が入ります。
 帝をここで何かするというのも、人として放っておけません」
「聖人君主は結構だが、血の影響で危害を与える可能性も大きい。
 うむ。ならば正常の指輪を帝に授けよう」
 帝は一度剣を置き、イリアルから指輪を手に取ってはめた。
「魔王の討伐は大陸の悲願だ。
 その指輪が壊れない限りは、先の心配もないだろう」
「イリアル様・・・礼は何としたら良いのか・・・」
 生まれた時から苦しんできた帝は、感謝しても仕切れないと言ってひたすらに頭を下げた。
「構わぬ。それと、勇者の聖剣だ。
 これを選ばれし者に渡すのに、どのくらいの年月を要したか先代に問われては耐えられぬ」
「苦労して得た剣を捨て、聖剣を取るというのも皮肉な話だ」
 イリアルの袖の四次元ポケットから、それを受け取った。
 握った瞬間に漲ってくる生気。
 身体のあちこちが癒えて、身体が軽くなった。
「凄まじい再生力だ」
「これで天より二物を与えた。
 もう一つまでなら要望を聞こう」
「ふうむ・・・」
 リリオンの要望では、エルフ族の実りの大魔法を実行して欲しいという話だった。
 この期を逃せば、二度とチャンスは無いかもしれない。
 彼女を眺め、彼女が首を振ったことでようやく決心がついた。
「人類の深淵の森の立ち入りをお許し頂きたい」
「人の通行許可か・・・。
 何故そのようなことを望む?」
「以前ノイルが魔王封印を計画した折に用意された箱に、仲間が閉じ込められているからです」
「馬鹿な。転移術と封印術が施された究極の檻に飛び込んだというのか?
 願い事は三つまでじゃ。
 もし、深淵の森の立ち入りを望むのであれば、部屋の場所も、その者を救う方法も教えられぬ。
 それでも行くというならば、勇者一行の通行許可証を用意するが人類全体に許可することは流石の私もエルフを説得せねばなるまいて」
「受け入れられそうですか?」
「さあの。深淵の森はエルフの聖地じゃからな。
 だが、許可することで隠れツガイが出てハーフエルフが増えれば、エルフが亜種を許さぬ社会性も改善されるかも分からん」
 それから二時間ほどイリアルからエルフは規律が厳しいと愚痴を聞かされて、気持ちよくなった老人もミスリルの騎士を連れて風のように去っていった。
「帝が魔王の血を引いてることは言うべきではないと思います。
 下手をすると小生らの大陸で戦争が起こるかもしれないので・・・」
「ふうむ。私なら魔王の血を引いてることで、心強く感じるが・・・」
 リリオンは他人の目を気にして意見を下げた。
「イリアルとの会話は恐らくメディアが死に物狂いで調べに来るだろう。
 だから・・・共通して、全員で深淵の森不可侵の取り下げを交渉したことにしよう」
「私も指輪と魔剣を手にするなら、嘘の情報を流して欲しいが、我が帝国で帝に異を唱えるなど想像も及ばぬ」
「流石に拙者も、魔王の覚醒を抑えるため指輪を貰い、曰くつきの魔剣を振り回すのは、どう説明しても辻褄が合わないと思うのですが・・・」
「はあ、騒動が一段落しても問題が山積みだ」
 手に持った白い聖剣を鞘に納め、やれやれと昼寝するザジを羨ましく思った。
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