人は魔剣を求める。

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人は魔剣を求める。第二巻

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 帝国の共和国侵攻。
 それは、帝が魔王の血を引いた事実を最大利用し、困惑する民衆を統括するための戦略だった。
 勇者になる戦いで敗れた三傑が目覚めた後、帝は「真の英雄はタダカツである」と、発言を改めた。
 民主国家のメディアは大陸を二分する闘争を非難したが、軍需産業の拡大によって国を潤す目的から一変して両国との友好を目指した。
 イリアル暦六年、シェルイラ砂漠。
  ハーフエルフを狙うエルフの一派を振り切って深淵の森を脱出した一行は、ギロットという帝国と共和国の国境で肉が焦げる臭いを嗅いだ。
 囚人が収容されている大都市で、共和国が前線に防衛線を構築した際に隙をついて暴動が起こり、辺り一面には市民の屍が転がっていた。
「同志。囚人たちの姿は見当たりません」
「水と食料を分けて貰おうと思ったが・・・」
「ふうむ。女子供、老人に至るまで皆殺しとは酷いな」
 鼻を摘みながらリリオンは虚しく踊る塔の国旗を一瞥した。
 曇天の雲行きが国の行く末を示唆しているようで怖かった。
「帝と戦うのか?」
「リリオン。戦争に反対なのは分かるが、ロザリアは仲間を守れとも言ったんだ。
 約束を果たす前に、彼女の帰る場所を守らなければ・・・」
「その愛を、もう少し傍の者たちに分けて欲しいもんだ」
「愛・・・?
 リリオン。ロザリアとの関係はとても言葉では言い表せない。
 何度も死線を共にして、彼女のおかげで生き残ってこれたんだ。
 彼女の望みは僕の望みだ」
「同志の迷いのない瞳、確かに小生は信じましょう。
 ですが、囚人が逃げるだけなら民衆を殺さなくて良いものを、怨念の生き物は殺して尚大陸を逃げ回っている。
 戦争より早くこの者たちに罰を与えなければ、彼らの魂は浮かばれぬことでしょう」
 アストが屍に刺さった墓標を抜いて、水路に投げ捨てる。
「帝も何を考えているのか・・・」
「こんなことなら、帝に優しくするんじゃなかった。
 魔剣の力があれば単純に殴り込んでも返り討ちに遭うし、三傑が守る堅実な城を落とすには軍隊がいる。
 僕も野心家を自負してるつもりだが、ようやく重い腰を上げるとしよう」
「同志?」
「ふうむ?」
 それから、共和国王から頂いた二通あるうちの一通を二人に開かせて驚かせた。
「勇者。これはどういう真似かな?」
 共和国本部。
 フィルゲモ宮殿執務会議室を制圧した革命軍は、つまりハーフエルフは元貴族からなる元帥府に交渉を迫っていた。
 共和国革命の時である。
 総勢約二十名余りだったが、官僚関係者も多い。
 表には雇ったならず者の傭兵たちが憲兵隊を拘束していた。
「見ての通り、クーデターです」
 為政者が王座に止まり、冷や汗をかく連中に向かって言い放った。
「貴族の貴族による貴族のための政治を変えにきました。
 無能な皆さんが戦場を後ろから眺めていては、ギロットの再来を招きますので、軍の指揮権と政治を預かりたく有志の人々で馳せ参じました。
 お望みでしたら民主的に指導者を投票で選ぶ方法でも結構ですが、元帥府の皆さんどうしますか?」
「貴様・・・それが共和国の背に凶器を突きつけて言うことか!
 革命軍も剣聖大会も、このために利用するつもりか!」
 激動の大陸で勇者を慕う声は絶えない。
 元帥府の最高地位、ミフテル・クリッケンは机を叩き割る勢いだった。
「我々が話し合っている瞬間にも前線で命が奪われている!
 国を救うために立つのが目的ならば、我々と手を取り合うべきだ!」
「お断りします」
「何?」
 正義の行方を追った者たちが、王座の発言に注目していた。
「戦国を生き抜いた彼らに経験も劣れば戦力も劣る共和国が、既存の体制では半年も持ちません。
 戦局が著しく傾けば、しめしめと軍需産業を伸ばしている亡者も向こうに寝返ります。
 エルフも人の争いにだんまりな以上。元帥府を我々に託す英断を望みます」
「抜かせ、為政者が!
 それも共和国王の入れ知恵か!」
「全面降伏は嫌なのでしょう?
 南の故郷を守るために立ち上がった僕らですが、帝国に故郷を荒らさないと約束して貰えるなら寝返るかもしれません。
 それらハーフエルフの考えを、馴染みある共和国社会との共存共栄のために戦うよう言えるのは、現状一番長く彼らと付き合って勇者にもなった僕だけだと思いますが・・・仮に宮殿内で帝国との内々の個人の資産保護を前提にした阿漕な交渉計画が出てきたら、クーデターより早く宣伝して正義を唄わせて頂きますがね」
「ぐう・・・」
 最も裏の取れた交渉材で、それらの反発でアストや元革命軍を煽ったのは言うまでもない。
 冗談だが、帝国に全面降伏したとしても帝国外で魔王の血筋に反発する声がある以上、とても併合は容易ではなかった。
 元帥府は交渉材が決定打となって、関係者全員が総辞職する運びとなり、後に疲弊した前線の現役指揮官をハーフエルフたちに入れ替わった元帥府に召集させた。
「これはどういうことだ?
 ミフテル様と他の方は何処におられるのだ?」
 国境付近の十七の前線のうち七人の総司令官に緊急召集をかけたが、激戦地のギロット前線シムナ師団だけは応じることが出来なかった。
「元帥府は国王に暴行を働き、帝国に私利私欲の交渉をかけた罪で急ぎ深淵の森から戻って裁かせて頂いた。
 この上は、国王の体調回復まで国内の政治を預からせて頂きたいと考えています」
「なんと・・・小官らは大陸の勇者が国でこのような革命を起こしたことを、書簡においても聞いたことがありません。
 如何なる権威を持って、共和国の官僚を勇者がお裁きになるのですか?
 少なくとも元帥府の裁きに関しては小官らに十分な説明をお願い致します」
 ウォルドニッチ大佐は、左右に座る者たちを怪訝に見つめ、着席した。
 大佐を中心にクルド、ディ、シェナ、グルドルコの双子と、唯一女性のクナーナが円卓で対峙した。
 アストに目配せで指示すると、リザとキョウコさんが衰弱した国王の手を引っ張ってきた。
「帝国と共和国の戦争で、旅の最中に国王から要望書を頂きました。
 そして二通のうち一通に、共和国における防衛の問題点が示されていた。
 元帥府。とどのつまり元貴族連中は兵糧を私利私欲のために蓄えこむばかりで、前線に送ろうとしなかったのです」
 総司令官らは頷いて、だがやはり煮え切らない様子で僕を捉えた。
「小官らは国王のお心遣いには感謝しましょう。
 だがそれで、クーデターに付き合えと申すならお断り致します。
 魔弾のスレイル。返還の騎士、そして勇者と来て革命の指導者。羨ましいですな。
 国を舐めているようにしか、小官は思いませぬ」
 鼻で笑ったウォルドニッチが、国王をびしっと指差す。
「つまり、国王がこの状況を作ったということでしょう。
 人の国にハーフエルフの元帥府を開き、何が政治か戦争か?
 小官らは国のために命を賭けてきたのであって、宿敵の革命軍に下されたことなど一度もないのだぞ!」
「確かに・・・革命軍は貴方方と同じ軍服で血を洗ってきた宿敵であり、犬猿の仲でした。
 彼らはそれでも尚、抵抗心を克服して手を取り合おうとしているのです。
 過去はエルフが人に戦いを強いていた背景があり、現在の国内情勢とは大きく異なるものであると考えます。
 なので・・・何卒、新政府を容認して頂きたい」
「この異様な光景を許せというのか?」
 銀髪のクナーナが言って、アストや僕を睨みつけた。
 クナーナは総司令官の中でも剣を持てない身体だった。
「何時ぞやに見逃した子供が革命軍を操って亜人を倒し、遂に英雄にもなり国の長となって相見えたか」
 くくくと愉快そうにクナーナが表情を歪まさるのを見て、アストや他のハーフエルフは堪らず立ち上がった。
「死神のクナーナ。
 幾ら功名随一とは言え、小生らの前で弁えて欲しいことが二つある。
 一つは革命軍が独立と平和のために戦っていること、そしてもう一つは人が先導したのではなく我々の民族が知恵を絞って戦った結果だと言うことだ!」
「その席に座るなら、小官のことは少将と呼べ。
 第一次魔族侵攻前に、このクナーナを含め、どれだけの名将がそこの傑物に煮え湯を飲まされたと思うておる?
 主もこの席で同胞を庇いだてするだけで、才能について認めておるのだろう?
 何にしても心のうちで別種を下に見る輩の下で働きとうないわ」
「右に同じく」
 静かに他の者が同意した。
 めらめらとハーフエルフ勢と総司令官らが対峙しているのを見て、椅子を持たず立ったままのリリオンは不安そうな顔をしていた。
「争いをやめるのだ。
 皆が住まう地の一大事、協力し戦うべきだ」
 会議室の隅で座っていた老人は急に立ち上がり、円卓に近づいた。
「国を変えるためにクーデターを起こし、癌の貴族連中を排除するとは思わんかった」
「そうですか」
 その者に王座を譲り、肩を貸した。
「うむ・・・。だが、勇者。これで・・・私も安心して逝ける。
 総司令官たちよ。忠誠を誓った元帥府は、総じて高等なエルフに信用だけを得ていた者たちだ。
 少なくとも、この者には国を担う器がある。
 他のハーフエルフたちも、腕は確かだ。何よりも、見る目が良い。
 命令はせぬ。力量を試したければ試せ、だが私はこの者に国王の座を明け渡したいと思う」
「マジかよ・・・」
 黒アフロのシェナとスキンヘッドのグルドルコは驚き、固まっていた。
「国王の意思に違いないと?」
 両手がない女の質問に確かに頷いて、国王は喋らなくなった。
 過呼吸になり椅子から転げ落ち、動かなくなって。
「リザ、もういい。
 国王を医者に見せてやってくれ」
「勇者!
 国王に、何て扱いをしておるのだ!」
「大佐。僕は事態に際して、どうしても意見を言いたいという本人の意向を聞いただけだ」
「詐欺師め!信じられるか!」
「くくく・・・だが、建前としてもこれで総司令官が国王代理に従う義理も出来ただろう?
 ウォルドニッチ大佐、クルド中佐、ディ准将、シェナ准将、グルドルコ少将ら。
 特に双子ちゃんは小官の決定には逆らわないよな?」
「姉貴。まさか?」
 グルドルコの双子は声を揃えた。
「当然だ。
 国王も貴族連中も戦争でアテにはならんし、ハーフエルフの官僚の下で働くのも願い下げだが、この者は勝負の分が良い。
 小官らは勇者直轄でなら、言うことを聞いてやろうよ。
 ハーフエルフも付き添いはカカシとは言え、これから帝国のドラゴン部隊を相手にする今、魔法を使える部隊を前線に備えるのは指揮官として最低限やらなければならないことだ。腹を括ってくれるなら、そんな椅子くれてやっていい。
 大佐、中佐も准将も、そういった特殊部隊を派遣して貰えるなら従って良いという下心はないのか?
 この者たちの下心は分からないが、現実に目の前の破滅を見据えている者にとって状況は利用して然るべきだと思うが」
「確かに・・・」
 小声だが、心のどこかで総司令官たちは漏らした。
 疲弊した前線。
 彼らはその現実を前に、この光景を受け止め始めた。
「共和国新政府は、公にハーフエルフを差別なく受け入れる布告を出す」
「小生らは、その条件を前提に徴兵し魔法部隊を用意する」
「小官らは政治的外交能力はない。
 そのような真似をすると彼の国は黙っていないぞ」
「大佐。僕は、勇者だ。
 指を咥えて人類圏を覗いてるだけのエルフが文句を言えば、必ず黙らせる。
 その役は是非に任せて欲しい」
「心強い。
 他国を含め、ここまで見事に啖呵を切った者は政治家でも数えるほどしかおらんだろうが。
 さあて、小官らは新政府を公認し、前線に戻ることにしよう」
 安定した補給線と魔法を使える兵員の補充が可能であれば協力する旨を示し、新政府から改革宣言書の触書きを持ち、彼らは前線に帰ろうとした。
「話はまだ済んでいない」
 呼び止めたのは、ディ准将という短髪の黒人のがっちりした大男だった。
「現状十倍以上の兵員がある帝国に対し、どれだけ前線が勝利を重ねたところで戦力比は変わらない。
 その上で、ブレインには反攻作戦を考案して頂きたい」
「だなぁ。
 結局ぽくたちは政府の交渉の時間を稼ぐことしか出来ないんだよなぁ」
 一見巨大な豚が眼鏡をして歩いているようなクルドが、ディの発言に続いた。
 豚の亜人なんているのかと初見は考えるが、よく見ると後ろの黒髪の先端に紫のリボンが丸まっている。女性のようである。
「・・・シェルイラ砂漠の猛暑になるまでに敵を誘き出し、一気に攻勢に出るのはどうでしょう。
 猛暑で拠点から動けなくなった敵の背後から補給線を断つのは?」
「補給線を断つのが容易ではないだろう。
 それに、勇者。確かにそれは良い作戦だが帝国民は降伏という不名誉は選ばないだろう。
 百戦錬磨の武将らが大軍で背水の陣で戦ってきたら城に籠城しても太刀打ち出来まい」
「大佐。敵が補給のための前進を選ぶならば、明け渡す前に兵糧や城下町、城や畑まで燃やし、井戸に毒を投げ入れて下さい」
「何を・・・。
 共和国民の街に、火を放つというか・・・?」
「街は何度でも作れますが、死んだ人は生き返らない。
 それに、それを繰り返していれば撤退するか降伏するでしょう」
「小官は賛成だ。
 だが、戦線の制圧状況によって補給線の分断は不可能じゃないか?
 敵が無制限の増員により点々と師団を砂漠に展開された場合、隠密で動くことは困難だ。
 というか。三傑辺りは戦略を熟知しており、策を読まれるであろう?」
「ゲリラ戦術を味方に強いる必要はありませんし、隠密に動く必要もない。
 クナーナ少将もあまり作戦の意図を分かっていないようだ。
 演技で半年間負けた振りをして余力を持って引き、上下の戦線を集中的に突き崩して制圧し、兵糧の地点に攻めかかり撤退する。
 そして、そこから補給が滞った戦線を叩くことを繰り返していけば容易に勝てます」
「絵に描いた餅だ。
 口で言うのは簡単だが、上下の戦線の突き崩しは困難だ」
 ディはさぞ馬鹿げたように声を荒げた。
「准将。上は僕がやります。
 貴方方猛将に自信がないなら、ハッキリ申し上げて、作戦で死ぬ覚悟もないなら参加しなくて結構ですよ。足手纏いに用はありません」
「また啖呵を切った。
 ふうん。小官ら抜きで戦争に勝つと言いたいのか。
 大した自信家だな」
「僕はここで戦場で動ける指揮官を教育します。
 総司令官は、攻勢に転じるまで前線を持ちこたえて貰いたい。宜しいですか。
 前提的に以上の作戦を提案しますが、代案として帝が戦線に参加した際には共和国の全兵力をもって総攻撃を行います。
 その場合は兵糧攻めではなく決戦になります」
「とても聞いてはおられん。
 教育などする前に前線で手柄を立てられてはどうか?」
「大佐、辞めましょうよ。
 小官は国王代理に別に作戦や戦術の実力を見てどうのこうのというのは望んでない。
 教育するというなら信じるし、猛暑までは無理をせず戦うという点においては、国民の理解だって得られる戦略であろうに」
 黒アフロのシェナは反論した。
「作戦の話はこれで済んだろう。大事なのは兵站だ。
 国中の倉庫を広げても民衆からかき集めたとしても、戦争継続は、あと三ヶ月が妥当だろう。
 夏まで持たせる食料と水を補充するには、商業国家の支援も不可欠だが賃上げをされたら計画は破綻する。
 何か策を打って欲しい」
「旧政府はそこが、泣き寝入りポイントなんだよな」
「クナーナ少将に大佐。それには、権力者に対し深淵の森の立ち入り手続き権利の交渉で対抗します。
 森の立ち入り手続き関連は窓口が僕一本なのでたぶん何とかなります」
「それは強えわ・・・」
 大佐は驚き、呆れた。
「食料と水。医療についても・・・このリリオンに医療キャンプを統括させます。
 期待を裏切らないので安心して戦い抜いて下さい」
 一般人のリリオンを、僕以外の全員が疑心の目で見ていた。
 彼女は一歩進み。礼儀正しく礼、そして、自身が考案し実行しうる限りの計画書を円卓に置いた。
 傷者を早く戦場から遠ざけてまとめて管理する画期的なシステムに、皆「ここまでやるか?」と息を飲んだ。
「この場で挨拶をするのは流石に、場違いな感じがあるな・・・。
 ふうむ、私はリリオン。昨日から医療戦線最高責任者を預かった。
 怪我をしてもある程度は直す、切断した指や足とかも氷で冷やして搬送してくれたら繋げる。
 総司令官たち。宜しく頼む」
「・・・戦争屋か?
 手際が良すぎて鳥肌が立ったわ」
 黒アフロのシェナが言って、クナーナは期待に表情を和らげた。
「新政府、最高じゃないか」

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 貴族議会の解散。
 そして、貴族の反発を想定し、対策として深淵の森の立ち入り申請を許可した。
 それによって国内で補給線の一端を担ったものの、恩恵が自身らの懐に行くことは誰の目にも明らかだった。
 貴族たちは傭兵を雇い蹶起を叫んでいる。
「急に呼び出してごめん。
 帝国はどうだ?」
「拙者は関係ないが、帝国南方の忍城を囚人に陣取られた。
 島流しの住民たちが住まう地で、手に負えない」
 黒いスーツの女で灰色のネクタイをしている。
 左耳にはイルカのイアリングをし、額にも薄っすらと化粧をしていた。
 黒髮はポニーテールで結われて、腰には刀を吊っている。
「ギロットの囚人が金と女目当てに帝国に雪崩れ込んでから、王都は日常命令第一号を発令し、囚人を共和国の侵略者として討ち取ろうという構えだ。
 既に戦争は始まっているというのにな・・・。
 連中がいなければ、警備が強すぎて国境を抜けれなかったというのも皮肉な話だ」
「それは皮肉だな」
 閑古鳥が鳴くフィルゲモ宮殿庭に向かって、廊下を二人で仲良く歩いていた。
 数日前からアストはギロット戦線を放棄した一団と合流し、魔法使い主体の師団と防衛線の構築にてんてこ舞いだった。
 現地の指揮をするのに人手が足りず、参謀にリザや母のキョウコを呼び出し、更に苦手とする騎兵戦や歩兵戦の訓練や指揮などの補佐に、能力からミフテル・クリッケンを戦術指揮官として任命する。
 アストは更に、偵察隊の情報を精査する役割も増えてパンク寸前であり、強引にミフテルにも情報収集を兼任させた。
 元帥府の長にすら遠慮してる暇はなくミフテルは失職した貴族連中を束ね、元帥府で踏ん反り返っていた様から打って変わって僕に煮え湯を飲ませるために前線で頑張っているようだった。
 大変なのがリリオンで、医療班は補給線とは関係のないものの結局は戦線に足りないものを管理していく形になりつつあり、学校の旧友からなる「総社」という集団を立ち上げて仕事をしていた。
 そんな。一日で届く報告量は膨大で管理しきれないために、補佐としてサキを呼び出したのが今日の出会いの発端だった。
 国家予算の関係で控えられていた新規雇用を本気で金策して頑張ってるところだ。
「急に手紙を出してきたと思ったら宮殿に案内するとは、ちゃんと国王の許可は下りたのか?」
「許可はいらない。
 僕は、国王代理なんだ」
「は?」
 忍者は立ち止まって固まった。
「は?」
「二回目だよソレ」
 三回と四回繰り返して、口から泡を拭いて倒れかけた。
「じゃあ、帝国との戦争で指揮を執ってるのは貴公なのか?」
「そうなるな」
「拙者、当たり前ですみたいな言い方されても困るんだが・・・」
「クーデター起こして革命軍で乗っ取った。
 それが脅威になってる帝に一番対抗し易いからね」
「人を驚かす邪道を前から平然とやってのける男だったが・・・よく殺されなかったな・・・いいや、過去何度も危ない橋を渡ったことを考えると、伝統芸のようなものなのか?」
 ぶつぶつ小言を呟きながらトコトコ歩く忍者。
「早歩きするな」
 びいと服を引っ張って、引っ張られた忍者は飼い主に引っ張られる犬のようにぎゃーぎゃ吠えた。
「昨日の勇者が今日の国王だぞ?
 これが動揺しないでいられるか?」
 体を開いて不思議なポーズを取って忍者は動揺をアピールする。
「そういうことだから。
 前も誘ったけど、僕を補佐して欲しい」
「断る!」
 キッパリと、だがハッキリ断言した。
「拙者のような者であっても帝国民だ!
 場合によって、家族も敵になってしまう!」
「だが、帝国の一存で死ぬのも家族だ。
 意図も分からず他国の領地を踏み荒す常識の無さについてどう思ってるんだ?
 共和国だって家族がいて、兵士がいる。
 幾ら使命だ何だと言って取り繕うとも、利益のために他国を侵略する行為に正当性は存在しない」
「くう・・・帝国が悪だというのか?」
「帝国は人民に責められるべきだ。
 大きな軍事力の自制にこそ強国の真髄があるのに、力を見せびらかして悪戯に戦すら起こし、目の前の国民すら質問に答えられなくさせている」
「分かった・・・分かったよ。
 貴公にはやはり、口ではとても敵わない。
 十中八九帝は黒なんだ。正す必要はあると、拙者も思う・・・。
 家族と戦うことになっても、正義のために仕方あるまい。
 だが、拙者。腕っ節は自信があるが、政治にも軍事にも自信はない。
 徴用は結構だが、暫くは横で学習させて欲しい」
「分かっている。
 だからとっておきの仕事を用意した」
「とっておきの仕事?」
「これから半年間、僕は指揮官を育てる名目で、大陸中から秀才を宮殿に集める。
 その授業を横で手伝って欲しいんだ」
「お安い御用だ」
「授業をする上で内容の予備説明をしなきゃいけない部分が沢山あるから今日から僕の部屋に泊まると思ってくれ。
 貴族の動向が分からない以上は、用心棒が一人から二人欲しい」
「いいとも。大会の頃みたいに、またお泊りか。
 拙者、お気に入りのヌイグルミを帝国に忘れてきたでござる」
「言ってくれたら作らせるが」
「ダメなんだ・・・あれがないと、夜も不安で・・・」
 まるで聞いていない。
 砂漠で馬車を走らせていた脱水症状のザジみたいな反応だった。
「ぬいぐるみの代わりになるものを探せば良いんじゃないか?」
 庭を抜け、中央広場にやってきていた。
 メイドや執事が一瞬お辞儀をして、公共事業の関係者接待に向かい、忙しく去っていく。
 こういう人通りの多さから、王室の出入りすると貴族の顰蹙を買うと思ったので、ルディアという宮大工に客室を改造させた。
 他の客室と繋げたこともあって、王室よりやや広い。
 以前のように、リリオンやアストに自室へ住まれても困るので対策として当然の結果だ。
 それから私物については国費ではなく自費で払っている。
 国税局を立ち上げて管理させてるので、不当な収支は正されてしまう。
 国費をきちんと管理したことがない共和国の官僚にとって目から鱗だが、これで不正受給を得ている貴族を苦しめれるから問題はない。
「貴公。こんな立派な部屋に住んでいるのか・・・」
「大浴場にサウナ。会議室の円卓にはハーフエルフ特製の立体魔法刻印が施され、点々と特注の高級ベッドを六つ配置し、キッチンとトイレは二つ用意していますデス。
 冷凍庫のついでに冷蔵庫もお付けして、足元の絨毯からミスリルなどの金属で避難シェルターも完備しましたデス。
 デザードや間食については基本的には冷蔵庫、クローゼットや箪笥をズラすことでフィルゲモ宮殿執務会議室と食堂に直行しますデスデス」
 ハーフエルフのルディアは算盤片手に、要望していたオプションについて語り始めた。
「書斎の本を増やしたいというお話でしたので、今は世界中から様々な本を取り寄せていますデスデス」
「剣聖大会の賞金から、金は幾らでも出す。
 というより、僕の書斎庫はこれぐらいにして政府の力で国立図書館と学校を立てようか。
 共和国には教育機関の強化が必要だ」
「口で仰るのは簡単ですが、戦争中の我が国にそんな金はあるのデス?」
「新政府の妙案で、貴族連中に汚職をさせて絞り上げ、民を豊かにする口実で地域の貴族支配を改革する政略を立てている。
 貧民が魔族と戦っている背後で、何もせずぬくぬく生き続けた罰として連中に払って貰おうじゃないか?」
「痛快デスね。
 とにかく国立図書館についての勘定は官僚に相談しますデスデス」
「おい。ルディア。
 僕が気前良く見えて、高値をふっかけ易い馬鹿と思うなよ?
 宮大工でも国内の公共建築の管理を命じている以上、公職において汚職は如何なる場合にも許さない。
 追って鑑定局を設置するから妙な考えは起こすな」
「疑いまくりデスね。
 宮殿に八年務めたものですからつい癖が出てしまうかもしれないデスが」
 風呂敷をまるで衣装のように着こなすおかしなファッションの女だが、笑っているように見えて瞳の奥には獰猛な野心が宿っている。
「今日は夜も遅い。
 下がって明日の仕事に備えろ」
「御意に」
 赤髪の女は一礼して出て行った。
「サキも、今日のところは寝よう。
 連日役所を立ち上げたことは、流石に、骨が折れた」
 着替えをして寝巻きを着て横になった。
 サキが慎ましく共に眠っても良いかと聞くので、気を遣わせるわけにもいかず、隣を空けた。
 心地よい花の匂いが鼻をついて、別れてから間があったことを身に染みて実感していた。
「拙者は先の会話だけでも、かなり国王の風格を感じた。
 一体、貴公はどうやってそのような知識や言葉遣いを覚えたのだ?」
「言葉遣いか・・・。
 言葉は私語を挟むから貴族の風格はないよ。
 口調もロザリアという輩の真似だ。
 知識については、以前に輩と戦争と経済についてよく議論していてね」
「友人か?
 ロザリアという者は経済学者か?」
「本の虫で引きこもりの情の薄い銀髪のハーフエルフだよ。
 でも、論争をさせれば勝ちもしないが負けもしない不思議な女だった。
 頼まれれば何でも新規呪文を作るので討伐軍から傑物と、味方からマッドサイエンティストと恐れられた」
「癖のありそうな人物か?」
「皆がそう言って近づかなかったけど、癖があるから飽きないし、人の命を作戦上は数字と、倫理上は命と分けて考えるやり方は彼女から学んだんだ。
 もし彼女が癖のある人物として定義付けるなら似通った僕も癖のある人物なんだろうね」
「そうか・・・貴公の生みの師匠か」
「そうだね。
 でも、当分は彼女には会えないし、彼女を超えられないと自覚してるんだ。
 彼女は僕に命を預けて消えたが、僕なら、自身の命をそんな冷静に他人へ預けることは考えられない。
 捨て身で挑んだ大会の決勝から意識が戻って、後悔した時にはもう二度と命なんて賭けるかと後悔したもんだ」
「拙者は、女だから分かるが表面に出さずとも命を賭してでも生きて欲しかったのだろうと思うぞ」
「どういう意味だ?」
「女は不条理で作られているが、不条理を男に受け入れられた時、不条理に疑問を持ってついつい道理に従ってしまう。
 貴公が拙者に距離を持つ関係を望んでいると分かれば、女はそうはなるまいと意地悪をするということだ」
「天邪鬼ということか」
「そうだ。
 女は天邪鬼だ。その女も、そうだったはずだ。
 それほど好きでもない男であっても、ふとした会話で褒められたり、傷つくことを言われたりして、好きにも嫌いにもなれず揺れながら生きていく。
 それで、ライバルの出現や会えなくて辛い時に、依存していたことに気づくのだ。
 たちが悪いのが、貴公が思い悩むように女は考えて生きておらず、女は依存していた相手にどう思われるかに終始完結していることだ」
「話が分からないな・・・。
 女の恋愛学か?」
「拙者の人生経験だ。
 話し過ぎたので自重しよう。
 ところで国王代理にもなって、世継ぎは考えないのか?」
「政略結婚か?
 僕も、その話をメモしながら帝を落とす練習をした方が良いのかな?」
「拙者が言いたかったのは、そんなことじゃないんだ。
 国民が王を仰ぐ上で世継ぎは統治を継続する一つの礎となる。
 話を聞く限り、貴族の女を嫁にすれば反発はかなり和らぐだろう。
 それに関わらず、これから国家運営していくのであれば、側室を持ち、子を作ることは大事なお役目なんだ」
「女に子作りを勧められるのは、少し困るが・・・。
 僕は、国家運営の継続には、興味はないんだ。
 まして貴族と血縁が生まれて国益を損なう温床となっては国王代理の意味が無くなる。
 親族の国家管理なんて、僕やロザリアの実力主義からはかけ離れている。
 戦争が落ち着いて帝国との関係が修復されれば、今日の王位が違憲であったと民主的な意見を官僚に言わせて引く。そうなるように、国民投票で仕組んでも良い。
 そしたらロザリアを救う旅に出て、うまく行ったら辺地で質素に暮らすのが、僕の夢なんだ」
「驚いた・・・。
 これだけ良い寝室を持ち、宮殿を持ち、人望を持って、金、政治や兵を思いのまま動かすのに、最後はそれを全て捨てるというのか?」
「利権も能力も、戦争で政治的なカード以上の価値を持つべきではないと僕は思ってるから、最後は手放すに限る。
 そうやって生きてきたし、これからもそうする」
「どういう意味だ?」
「これが戦争だからやってることであって、戦争が無ければやる必要がないということだ。
 僕がやってることは、事態解決を優先した実力主義改革の強行に過ぎない邪道だから、戦争が終われば質されるべきだし正されるべきだと思ってる。
 戦争で失った財産や生命の責任を、僕は少ない被害の戦争を得る代わりに罰を受けたいと、そう言ってるんだ。
 戦争が終わるまでは平常にするが、本来一人の独裁政治は異常なんだ。
 これから統一力のある王になったとしても、先に制度や規律を生む代わりに、政治的能力を持った優秀な者たちの考える能力を停滞させてしまうことだろうし、今日僕が国の能力を信用出来なくて指導者になるように、これからの中核には不測の事態に際し組織を改革するリーダーシップも必要だと思う。
 とどのつまり、戦争以外であっても一人の人間に対し、利権も能力も集中してしまう状況は国家や強いては仲間、友達、家族のためにならないということだ」
「なるほど・・・分からん。
 政治も戦争も分からんが貴公と一緒にいると、頭が良くなりそうな気はするな。
 リリオンやアストが難なく大役を務められるのも教養のおかげかもしれん」
「彼女たちは、前線で血眼になって国のために働いていると思うから、難なくという発言は見識がズレているように感じるな。
 以前に、二人と戦争における医療と近代戦における魔法戦とで話しあったことがあるが、彼女たちと腹を割って話しやすいポイントは、二人とも議論を経て達成したい目標にあると思った」
「達成したい目標?」
「そう。リリオンなら共和国の医療体制、公共の福祉の充実。
 アストたちはハーフエルフが共和国にどれだけ居場所を作れるかという点で戦争に体を張っている。
 後者は戦争が終わった後に、政界でも発言力が強くなるからビジネスライクとして最適な相手だ」
「貴公の発言は友人を利用してるように感じるが」
「勘違いしないでもらいたいが、公職に家族も友人も男も女も存在してはいけない。
 国家という架空物は人々を平等に扱ってこそ、労働に価値を持たせるものだから」
「矛盾だな。
 もう身の回りのリリオンやアストを公職として抜擢してるではないか?
 しかしそれは、頑張れば努力が自身に返ってくる機構に従って従事するということか?」
「僕の人事が節穴なら矛盾を認めよう。
 機構には、そうなるよう努力するつもりだ」
「そうか。共和国と拙者がどう向き合っていけば良いか・・・何となく、見えた気がする」
「突然だが。僕は眠るから、その想像を抱いて良い眠りにつけると良いな」
 布団を被って羊を数え始めた。
「拙者も眠るから明かりを消すぞ?
 貴公も、あまり考え過ぎて政治が滞ってはいかんから今後は夜更かしは気をつけたまえよ?」
「そうなるよう努力する」
「全く、急に餓鬼っぽくなるとこが貴公らしいな」

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 商業国家ラッドは、表向きメディアで戦争を批判しながら戦争継続に向け、物資の輸出を行なっていた。
 そんな二枚舌外交を利用しようと思ったのは、帝国がドラゴン二百匹を戦場に動員する情報と、エルフがハーフエルフ討伐のために動き出したことと、貴族が今日明日にでも宮殿に反旗を翻そうとしている情報を同時に掴んだことに起因する。
 帝国のドラゴンについては、ディ准将が率いる歩哨から大規模な共同訓練が戦地の奥地で実施されたことは既に聞いており、ドラゴンが横一列になって待機してる様を見て、真っ青になったアストが大慌てで使者を送ってきた。
 現地が混乱から防空壕の設営が遅れており、高齢でも身体が動く二千余のお爺ちゃん部隊を応急処置として戦地に送ったが、ドラゴンによる落石攻撃や弓、或いは魔法攻撃は既に始まっていることだろうと思う。
 エルフについては、勇者による直接交渉で丸めるしかない。
 とてもじゃないが味方を方面に割く余裕はない。
 急ぎ、亜人街の看板娘に手紙を送り、情報を集められるだけ集めるため、深淵の森にも使者を放った。
 貴族の反乱については・・・現在進行形で宮殿を包囲している傭兵が千と五百の貴族に対して、こちらの戦力が魔法使い含んで二十七人で、宮殿を放棄すると指示が滞って国が滅ぶ絶体絶命の状況にあった。
 そのような様々な情報を明記した上で、国債発行関連による直接会談のアポイントを促す書状を、ザジと大統領に一通ずつ鳥に運ばせた。
「貴公。籠城も時間の問題でしょう」
「そうだな。滅びの音も聞こえてきたし・・・」
 二十七名と使用人たちは領事館の人質にされたように不安で表情を曇らせ、俯いて僕とサキの動向を伺っていた。
 包囲されてから一時間して門は破られ、場内は半制圧状況にある。
 疑り深く被害を避ける傾向にあった貴族は、傭兵たちに宮殿内の探索をさせていたのだ。
「ひっ」
 共和国本部、フィルゲモ宮殿執務会議室の戸を叩かれ、驚いてメイドの一人が腰を抜かした。
「こんな格好で、本当に大丈夫なんですか?」
 執事がタダカツやナオマサらの鎧兜と瓜二つの格好に点数を求めたので頷いて見やった。
 傍の銀髪メイドにはロザリアが普段着ていたゴスロリ衣装と、小柄な青髮の女にはサキに命令してアストの軍服を着させた。
 一番難しかった帝は、体形も体重も似通ったミンディスという幸の薄そうな女に神輿の中で待機させることで演出しカバーした。
「誰だ!」
 タダカツ役のセバスチャンが大声を出して、相手が押す勢いで思い切りアスト役とロザリア役が戸を開いた。
 役にありつけなかった人たちは忍者や武士の格好をして、素人にも刀を構えさせていた。
 傭兵が見た光景は、僕らの想像を絶するだろう。
 今まさに勇者と三傑が握手を交わし、あり得ないほどデカイサイン付き和平条約公文書を机に置いて、皆が拍手している瞬間だったからだ。
 国のゴロツキもボロボロの共和国に喧嘩を売るのは厭わないが、百戦錬磨の帝国兵が相手になると相手が違う・・・そう思うはずである。
 さっき腰を抜かしたメイドにも傭兵は腰を抜かして、五、六人の完全武装兵は放心状態で口をあんぐりと開けたまま硬直していた。
「勇者よ。この者たちは何だ?」
「僕にも分からない」
「余は帝、主らは何者じゃ?」
 だが、芝居にしては演技力がなさ過ぎた。
 明らかに「余」と言い慣れていないし、帝は余なんて使わないのである。
 宮殿内の関係者が外の状況を何も知らずに会議室に全員集合しているのも、明らかに無理がある設定だし。
「三傑パイセンどう思いますか?
 こいつらやっちゃいません?」
 僕のノリノリ質問に、ナオマサ役は槍で床を鳴らした。
 中身の人は女だったのである。
「待て、俺たちは貴族に雇われた傭兵だ!
 帝国に喧嘩を売る気はない!」
 白目になってる輩から泡を吹いて倒れてる輩まで様々だが、リーダー格のバンダナを巻いた金髪の青年が涙を流し、抜けた腰を引きずって言って、横の全員がメンチの効いた睨みで返していた。
「小生らは帝国と同盟関係アル。
 早急に武力放棄した上で依頼主の名前を言わなければ首チョンパネ?」
「し、従います。
 どうか殺さないで下さい」
 独特の訛りで話す偽アストに冷や汗をかきながらアルッケス・エテナという貴族の首謀者の名を聞いた上で、部屋の侵入者を拘束した上で青年を使者として、傭兵団のリーダーを会議室に呼ぶことになった。
「勇者、三傑、帝、前線総司令官のアストに傑物のロザリアに、熟練の忍者っぽい奴らね。
 こりゃ、俺たちも貴族にも勝ち目ないな。
 被害だけで大赤字になるし違約金を払って撤退した方が良いレベルだ」
「帝国の皆さん。ほんとマジで助けて下さい」
 大昔に片目を潰されて左に黒い眼帯をし、黒ずくめの男が背中に大剣を担いでいた。
「初めてビップルームに入ったが、凄いもんだな・・・」
 全員を一瞥して髭を指先で撫でている。
「ジルベリー。本当に、不敬がないようにお願いします!」
「シド。お前いったいどっちの味方なんだよ!」
「帝国に決まってるじゃないスか!」
 ジルベリーと呼ばれた男は、真っ黒な長い髪を民族衣裳で使う特殊な紐で所々結んだ妙なヘアスタイルだった。
 厚い胸板が特徴的で、顔立ちも良く他のゴロツキに比べてハンサムだ。
「でも、その書状は駄目だ!
 胡散臭過ぎるぜ!」
「サキ!」
「承知」
 ばっさりと大剣で公文書を机ごと叩き切ろうとして書類を間一髪で掴んで、大剣を右に払ったところを僕が聖剣を抜いて片手で打ち返した。
 まずい。バレたか?
 だが少なくとも、傭兵のリーダーを人質に取れば問題はない。
 サキが音もなく男の背後に刀を突き立て、傷口から赤い体液が刀を伝って手を汚した。
 手応えはあったと、顔が言っていた。
「お、お前!
 足引っ張るんじゃねえ!」
「は、離しません!」
 げしげし男は下っ端を蹴ったが、下っ端はびくとも動じなかった。
「ジルベリー。本当に俺ら死にたくないので勘弁して下さいよ!
 帝国に歯向かってまで、誰も金欲しいと思わないっスよ!」
「馬鹿野郎。こいつら偽物なんだ!
 俺も正直焦ったが、幾ら共和国が弱いとは言え、大軍も無しに帝国の将が宮殿に入ってくるわけねえ!
 まして共和国を滅ぼそうとしている帝国が共和国と調印するなんてありえねえんだ!離せって!」
 更にげしげし男は下っ端を鼻血が出るほど蹴ったが、僕とサキの援護をするように足にくっついたままだった。
 バンダナ頭は、顔の原型を残していないほどひしゃげている。
「帝の無礼を申すか!」
 タダカツ役がドヤ顔で言う。
「偽物が!」
「貴公。どうします?」
「油断せず、姿勢そのまま。
 宮大工のルディアはいるか?」
「此処に」
 しゅたっと忍者衣裳でお馴染みの赤髪の女が現れた。
「千人の傭兵を宮殿内の紙幣や財宝で買収出来ないか?」
「傭兵は武器を好むと聞きますが、先代のアルテノン様の貯蔵庫に沢山あるデスね」
「よし。貯蔵庫の鍵はあるから宝庫から一人一つ、共和国兵として傘下に加わるならプラスアルファで傭兵に共和国大隊という役職を与える旨の調印書を作ってくれ。
 帝国と共通の敵である悪徳貴族を捕える依頼と、貴族の依頼が如何に共和国と帝国の思想に背いているかを細かく書いてな」
「御意」
「勝手に話進めてんじゃねえ!」
「さて傭兵のジルベリー。大人の商談だ。
 何と言おうが僕の指示一つで天国でも地獄でも案内してやるが、上と下ならどちらが良いんだ?」
「地上に決まってんだろタコ!」
 頭突きをしてきたので、躊躇わず顔を斬った。
「ジルベリー。お前が僕に抵抗したことでサキの刀が少し深く入ったはずだ。
 二度目は無いと思え?
 大義名分の公文書に金の延べ棒一つもサービスしてやる。
 傭兵千人を引き連れて貴族との縁を切って共和国に下れば、アルテノンコレクション一つと情報提供次第で宮殿で一番欲しい物も一つやろう。
 そして、そのまま死にたければ背中に力を入れて自決するんだ。
 お前たちが酒と女で騒ぐ宴より時間は貴重だ。速やかに死か生を選ぶんだ」
 余程怖い顔をしていたか。
 千人の兵の長も、真剣な面持ちになり諦めてコックリ頷いた。
「イェスなら、宜しい。
 医者がいたら手当てしてやって欲しい。
 これから全員で包囲網の外に出る。
 少しでも偽物の臭いが出れば全員死ぬと思え、これから本物以上の存在になったと思い込むんだ」
 ルディアが即席で用意した調印書に署名し、道端で忍者の肩に助けられながら歩くジルベリーは、調印書を持って傭兵らと合流して、宮殿の離れ座敷に立て籠もっているという偽の情報を貴族に流し、自らと組織が報酬的にも立場的にも勇者側に寝返った旨を仲間たちに書状と口伝てで伝えた。
 三傑と革命軍参謀や神輿を担いだ帝国兵の姿に驚いた熟練の剣士たちは、一切の異論なくそれに従っていた。
「貴公は、よくあのピンチからトンチを思いついたな。
 千五百と五十では、格も技量も違うだろうに」
 サキは貴族たちがしめしめと音をたてないようエリアに向かう様を見て、溜息を吐いた。
「動物にとって、生きるために生じるのが同士の戦いなんだ。
 それは、人の社会でも変わらない。
 逆説的に、組織の構成員に生き残る手段を許さなかった連中が悪いとしか言いようがないのさ」
「傭兵買収の詭弁だな。
 拙者も結構な戦を見てきたが、あれほど手際の良い交渉を見たのは初めてだ。
 いったい今まで何度こういう修羅場を潜った?」
「覚えてないさ。
 水も食料もない土地柄で生き残るには知恵を磨くしかないと思うが、それでは理由としていけないのか?」
「拙者が帝国の元帥なら、貴公が指揮する国との戦争は絶対に反対する。
 例え、物資や人や形勢の利があろうとも、鷹の爪を隠して味方を手駒にされては最後に寝首を掻かれて負ける」
「買いかぶりすぎだが、理屈は合っている。
 場合によって、戦争の目的を先に提供することで相手の士気を奪ったり、相手を味方にさせたりする。
 戦争は手段を選ばなければ勝利は容易なんだ。
 だが、皮肉にも民衆にとって一番相入れないのがそういうインチキな輩だ」
「理論を肯定して手段を非難する論法は好かん。
 貴公は歩く矛盾ではないか?」
「ああ、だからそれを裁くために皆の考えを改めるのが僕の仕事なんだ。
 裁けるだけの実力をつけることで、僕のような独裁者を生まないためにね」
「矛盾に聞こえて屁理屈でもないのが殺してやりたいくらい腹立つな」
「今のは、ちょっとクスッときた。
 まぁ、考えに関心してるうちは僕を殺せないだろうし、殺すくらいなら財産の没収と国外追放で許して貰いたいけどね」
「はぁ・・・それも欲も執着もないというのが信じられん。
 拙者が妃になって国費を使い倒したいくらいだ」
 呆れた元忍者は裏門を離れ、上空から見て正四角形の外壁を左回りして正門に向かった。
 徐々に傭兵が宮殿の外に出てきている異常事態に貴族たちも気づけていれば良いが、生憎それも無さそうだ。
「ゆ、勇者・・・離れを囲み突撃をかけそうな雰囲気になってきた。
 本当に上手くいくかは分からないが・・・突撃と同時に包囲網を包囲する陣を張るぞ?」
「共和国大隊ジルベリー隊長。その指示を頼んだ。
 他の隊員には、仕事が終われば国王直々の祝勝会を開くと言って貰った延べ棒を見せびらかして報酬を仄めかし鼓舞して欲しい」
「分かったが・・・アンタ一体何者なんだ?
 たったこれだけの嘘で、貴族の有利を全部不利にしやがった」
「只の戦争屋だよ。
 特に、傭兵には優しい職業だと思うが」
「ぬかせ。脅しの手腕からゴロツキの股の開かせ方まで、マフィア顔負けの悪党だなアンタ」
「ジルベリー隊長。褒め言葉は忍んで言えよ?
 他の隊員が聞いていたら、親方の策が憎き勇者の悪知恵とバレるだろう?」
「またそれだ。おまけにやたら初対面の輩にも花を持たせやがる。
 確かに俺は悪党揃いの傭兵団の頭領だが、だからこそ皆兵士には向かないと思ったから徴兵には行かなかったんだぞ?」
「徴兵を良心で断るだけの器があれば、兵士として十分だ。
 それに、戦争にだって悪党には悪党の愛国心があるとは思わないか?」
 ジルベリーは急激な状況の変化に、心境をついていかせることで手一杯だったのだろう。
 悪党の頃に忘れていた愛国心を思い起こして、疲れを忘れ、目の奥で新たな情熱を燃やし始めた。
「この国は、俺は嫌いだった。
 常に暑いし、食料も物資も乏しいから悪党になって砂漠の荷馬車を襲ったってこれっぽっちも腹の足しにならん。
 でも、そんな腐った連中でも役に立てる場所があるなら悪くねえ」
 そんな柄でもないことをハンサムな男が言うので、軽く肩を殴って場を離れた。
 どおん。
 混乱に乗じて大魔法を離れに打ち込んだ部隊の後ろからわらわらと傭兵たちが続いた。
 貴族の反乱から二時間して、内側から見て四角い外壁の隅の方にある「離れ」にようやく五百人の貴族を追い込んだようだった。
 味方が敵として現れたことに混乱する貴族たちに、女貴族で一番槍になって突撃を敢行したアルッケス・エテナは、包囲網を見て離れの入り口まで急ぎ戻ってきていた。
「罪状通告。
 一つ、一部の貴族による深淵の森より補充せしめし品々の横領。
 二つ、帝国と共和国の戦争意識の乖離による横暴。
 三つ、宮殿を包囲しての代理国王への威圧。
 以上三点の罪状に基づいて武器を捨て投降すれば、貴族階級を剥奪し公職と縁のない一般人になることで共和国永住権を保証する。
 署名、共和国王スレイル。共和国大隊ジルベリー隊長、他数十名」
 側の元忍者は調印書を静かに読み上げ、女の足元に投げ捨てて返事を待った。
 アルッケス・エテナは金髪の高慢な緑眼の女だが、傭兵の裏切りに苦虫を噛み締めた顔をして、傍の副官を蹴った。
「お前が傭兵など雇わなければ、確実性を取らなければ勝てたものを・・・」
「え、エテナ様・・・お許し下さい」
 貴族に支給される軍服は紅い。
 そして、恐怖に表情を硬直させた副官の背中をばっさり斜めに斬ったエテナは、外側の白かった部分を全て紅く染め上げて槍を僕らに向けた。
 鮮血を浴びた鬼が不気味に笑って。
 僕は、無用な殺生に酷く怒る性格だった。
 まして、参謀の失敗の埋め合わせを死で償わせるやり方は嫌いだった。
 怒りを露わにしていたのだと思う。
 僕は少し・・・周りが見えなくなっていた。
「離れに火を放て。
 連中の立場を分からせる必要がある」
「御意」
 ルディアは手を振り上げ、最初から準備していた「火」の大魔法を離れに放った。
 魔法陣から飛び出した真っ赤な化け物が、窓から入り込んで駆け回り、まるで火が踊るように広がっていった。
「もう一度勧告する。
 全ての貴族に対し、命を含む財産を保証するから投降して欲しい。
 願いを聞いてくれるなら謀反にも目を瞑る。
 その殺人鬼と共に死にたくない者は追いかけないから逃げてくれて構わない」
「ふん。徹底抗戦に決まっているだろう。馬鹿馬鹿しい!」
 貴族たちは魔法使いを指揮する統制の取れた軍隊にびびって、意図せず後方の部隊は壁をよじ登って脱走し始めた。
 気づかず先頭に構えるエテナを他所に、エテナの描いていた勝利の未来が崩れ始めた。
「突撃しろ!」
「我々も戦え!
 勇者と言えども死ぬ気で戦えば何とかなる!」
「待て、降参だ!」
「何をしているのだ!」
 左翼が武器を捨てたのを見て、貴族の精鋭団右翼も戦意を喪失していた。
 抵抗を断念した貴族たちが次々に剣や鎧を捨て、両手を上げて跪いた。
「貴様らも私を裏切るのか!」
「我々は少ない敵戦力の情報を基にエテナ様に協力したに過ぎない。
 帝国を敵に回し、今後の生活に関わる無益は戦いは望まない」
「黙れ黙れ黙れ。それ以上口答えすると、舌を斬って一人ずつ食わせてや・・・」
 しかし、鬼の槍は逆賊の逆賊には届かない。
 裏切った貴族に背後から鈍器で吹っ飛ばされ、呆気なくエテナは自らの血の湖の中で気絶したのだった。
「サキとジルベリーはエテナの身柄を保護し地下牢に監禁しろ。
 他の者はこれから作成する調印書にサインしてから引き取って貰う。
 これよりシェルイラ砂漠の街と村の子々孫々に貴族の全ての悪行が伝わるよう触書きを書き、貴族制を撤廃するため、然るべき通告書と貴族の地方税に苦しんだ人々で民兵を編成し、それを他の貴族連中に送ることにする。
 もし関係の良好な市民がいて貴族が地方の自治体と同化する自信があるならそれで良し、命の危険を感じる者は隠居や亡命の選択を取るも良し、財産もなく絶望している者に関しては、とっとと下らんプライドを捨て民間で職を探すのが良いだろう」
「今更民間で働けるか!」
「それこそ、横暴ではないか!」
「少ない財産で亡命して、どうにかなるのか?」
「転職先はどうしたら良い?」
「家族は?」
「最悪の敗者の分際で一斉に話しかけるな。
 能力もなく血筋で飯を食ってきた貴族の発言を、貴族でもない国王が聞く必要もない。
 能力のある者は、通告書に各役所から公務員として雇用する旨が添えてあるから応募したければ勝手にやれば良いだろう。
 というよりも・・・食い扶持の心配をするなら、民主国家で永住権を獲得し選挙に当選し様々な権利を要求すれば良い。
 戦争における共和国改革の与り知らぬことだから、好きにしたらいいのに」
「そうだな。民主国家で大統領を目指すのも悪くない」
「むむ・・・選挙か」
「ラッドでは好かれる人間を目指し、心機一転してやり直そうか・・・」
「そうと決まれば、宝石や金塊を抱えて亡命じゃな!」
 武装放棄した貴族の表情が新天地に向け輝いて見えたが、未来を想像して内心でげんなりしている。
「楽な方、楽な方に逃げる貴族たちの姿が将来平民が真似をしないよう願うばかりだな。
 拙者の帝国では、筋の通らない者を斬り伏せる法律があったから愛国心を示せば無能な者も生き残ってこれたが。
 帝国内にいる時は、その者たちが癌であると内心で馬鹿にしておったが、国を安易に乗り換える元権力者は、それ以上に情けないの一言に尽きる。
 拙者も彼らのように、途中で正義を見失う真似だけは絶対にしたくないものだ」
「最初から民衆を無視した貴族の政治に、正義なんてないさ。
 世渡りしてる政治家なんて者は、誰にでも優しくされるから何処にでも祖国愛があると勘違いしてしまって、親から子に権利が受け継がれていくにつれ、粗暴な言い方は強くなり、原理も分からぬまま物事を分かったように話し、戦争で負けても見識のある兵士のせいにしようとする。
 戦争は政治家のワガママを抱えて勝てるほど甘くないよ」
「ふむ・・・貴公が貴族制が蔓延る共和国でクーデターを起こした理由が分かった気がする。
 拙者も、この者たちのために死ぬのだけは御免だな」
 それから半日以上かけて傭兵の厳重な警備下で残った貴族の事務手続きをルディアに仕切らせた。
 遅れて出社してきた公務員にも仕事を回してる頃には夜が終わり、翌日の昼になっていた。
 クナーナ少将に手紙を書き、紙と筆と足跡で散らかった現場を後にして、宮殿内の食堂で公費から新設部隊の歓迎会を開き、その夜は死んだように眠った。
「それで、共和国大隊を連れてギロット戦線を自ら指揮すると?
 敵は北方戦線に帝国の半数以上の戦力と三傑を集中させたという噂もあるが」
 晴天の空。
 役人から傭兵崩れの兵士まで宮殿は慌ただしい足音が犇いていた。
 一軍の将として相応しい格好を鏡で確かめてから、急遽チャーターさせた宮殿前の馬車を見下ろした。
 前線に指示を送らなかったことが原因で、敵の包囲によって伝達網が断たれ、アストの師団は窮地に陥っていたのだ。
「好都合だ。
 噂であったとしても、一つ上手いトンチでまた切り抜ける。
 噂でなかったなら僕らは戦う振りをして、帝国の流血を眺めていればいい。
 全てが手中に踊ることだろう」
「どういう意味だ?」
「どうもこうもない。
 貴族どもが攻めてくる前から策を打っているということだ。
 他の前線に対し、一時的に総司令部を北に置くと伝達してくれ。
 勇者は敵の制圧下にあるギロットを取り戻すつもりだと、大々的に発表してくれて構わない」
「それは、貴公であっても無茶過ぎる・・・。
 敵は更にドラゴンの航空部隊を持ち、予備戦力を隠した勢力かもしれないんだぞ?
 危ないから貴公を戦場に向かわせるわけには行かない。
 拙者の人生の勘がそう言っておるのだ」
「それでも退くんだ」
 必死に身を案じて足を止めようと立ち塞がる忍者を退かして、突き進むまま正面の門までやってきた。
「サキ。先日の戦闘から今日までの警護も世話になった。
 続いての伝達として、クナーナ准将を本部に呼び出し、埋め合わせとして彼女の前線に赴いて欲しい」
「拙者に、貴公のためではなく共和国のために剣を取れというのか!」
 女は激怒し、感情のまま馬鹿力で僕の襟を掴んで持ち上げた。
「絶対に嫌だ!
 少なくとも、拙者を連れて行け!」
「駄々をこねるな。前にも言ったはずだ。
 公職に家族も友人も男も女も存在してはいけないと」
「どうして貴公から離れなければいけないんだ!」
 涙を頰からぼろぼろ零して、砂に落ちた。
「ムラマサの忍者が人前で泣くな!」
「行きたくない」
「行くんだ」
「もっと、側で手伝いたい」
「ダメだ!」
 駄々をこねる女の馬鹿力を振りほどいて、襟を正した。
「僕の下で色々学びたいと言っていたが・・・人は学ぶだけでは実戦の強さには辿り着けんもんだ。
 革命軍時代は、僕は多く殿を任され無知から多くの民間人を失った過去がある。
 学んだことを生かしたいなら人を使って失敗を経験することだ。
 失敗から学習し、周りのアドバイスを受けながら根気よくチャレンジを続けることだ。
 これから偉業を成し遂げるのに、サキにはそれが必要なんだ。
 理由が必要なら僕のためでいい。
 僕が守りたい国のため、力を尽くして欲しい。
 戦場で戦う理由を求める時、人は必ず窮地にある。
 戦う理由に迷うなよ。
 そして、決して忘れるな。
 両腕のないクナーナ少将が強いのは、良い組織を持っているからだ。
 その良い参謀や司令官の下でクナーナ少将の欠員を理由に加勢するんだ」
「拙者は貴公の剣でありたい。
 でも・・・貴公の剣として不足なら任務を受けよう」
「そうだ・・・それでいい」
 路地裏に迷い込んだ野良猫のように頭を下げ、女は宮殿に戻って行った。
「旦那、クナーナ少将の手勢が地方に展開するまでは俺の部下に地方の守護をさせてますぜ」
 馬車を見送っていたジルベリー隊長は、僕の気配に気づいてニコニコしながら手を振っていた。
 僕たち二名と馬車を残し、大道路はがらんとしていた。
「用意が早くて助かる。
 貴族の私兵が取り払われた今、帝や三傑の脅しが効いているとは言え、貴族も貴族の領民も自由にさせてしまっている。
 暴動が起これば帝国と内側で挟み撃ちになり、今日まで戦った苦労が水の泡になるのは必ず避けたい」
「だが昨日までの報告で貴族全員の署名が揃っているなら、問題ないって話じゃないか?」
 ジルベリーは腕っ節も良く悪党から好かれるが戦略や作戦や戦術、兵站に至るまで勉学に縁がないために上官の指示を考えず鵜呑みにしたり、そして顧みず実行する傾向から、僕以外の指示は聞くなという命令をした。
 もっとヤバいのは機密漏えいの意識で、僕は、歓迎会の様子から酒場に行けばべらべら話すと思ったのですぐ近くに置いておかなければ気が済まない。
「旦那。女には優しくした方がいいですぜ。
 それも毎日抱き合った女にはね」
 ウィンクにムカついたので殴ろうとしたらサッとバク転して避けられた。
「憎まれ口を叩いてる暇があったらとっとと馬車に乗れ、出発だ!」
「へいへい」

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 帝国、三傑騎兵三万、歩兵五万、弓兵一万の順に、最前列の空にはドラゴンが舞っていた。
 土嚢の迷路に壮絶な数の死体が転がり、共和国の旗印が折れていたことから北方の最前線であることが分かった。
 見渡しの良い山道で馬車を止め、岩肌から目を凝らして更に遠くを見た。
「見えますぜ。旦那」
 正に、大陸最強の精鋭集団が共和国の一師団を壊滅せんとしている時、更に後ろで全身が白い鎧兜の嫌な集団を見た。
 帝国およそ十万を囲む、エルフ二十万の大群に度肝を抜かれ、ジルベリーに望遠鏡を預けた。
「旦那の策はこれですかい。
 全滅直前の本陣に英雄とエルフの会談の場を設けることで救おうってのは」
「いいや、今回はやられた。
 帝国はエルフの軍勢によって退路を断たれているが、連中は退路が塞がるのを無視して本陣を壊滅させたんだ。
 あそこに、ミフテル・クリッケンの亡骸がある」
 タダカツの旗印の下で、ミフテルの鎧と傍の槍先には白い布で包まれた所々赤い玉のようなものが吊ってあった。
 リザ、キョウコさんやアストなど、他にも遺体を探したがそれらしい物体は見つからなかった。
「どうします。旦那」
「攻撃をかけられる前なら合流して、最善の手でエルフ仲介による停戦すら考えたが・・・。
 僕もエルフの本陣に行かなければならないのは分かるが、状況が奇怪過ぎて頭が回らん」
 昨年のイリアルとの対談とは別に、一つ下の位のエルフとの対談が控えられていたのが「今日」だった。
 イドート将軍。その人は大陸における歴史で初めてエルフの敗北を飾った人物だった。
「仲間の救出作業をするのもエルフや僕から見て都合が悪い。
 あくまで目の前の戦争は、ハーフエルフの件とは別に振る舞うとしよう」
 以前のイリアルの発言からエルフが民族としてハーフエルフを目の敵にしてるのが分かったが、交渉がハーフエルフによる魔法の戦争利用についてのモノであり、先の戦で禁忌魔法を乱用している場合は特に、物腰を柔らかく接するべきだろう。
「それで通用するか?
 明らかに敵地に交渉の場を設けている勇者に、一言くらいあるだろ」
「うぐぐ・・・」
 大陸中から集めたエルフの情報を記載した手紙が、風に流れて赤い砂の大地に転がっていった。
「半日あれば、俺の部隊が到着する。
 それまで待つか?」
「いや。師団の人命救助を優先するなら早い方が良い。
 だが、確実な交渉をするだけの材料がない・・・僕は、どうしたら良いんだ」
 頭を抱えて唸った。
「ハッキリしねえか旦那!
 アンタが命令しないと、エルフの件に関しては動けねえぞ!」
 クッソ喧しい大声にイライラしながら、馬車の椅子に座り貧乏揺すりしながら考える。
「僕にも分からないから行こう・・・」
 捻り出した自身の情けない声に、ゲンナリしていた。
「これはこれは・・・何時ぞやにお世話になった革命軍の方ではありませんか?」
 帝国の兵が作った一筋の道は、僕の到来を見越しての指示の浸透を指す良い材料だった。
 馬車から降りた一行はクッソびびりながらエルフの弓兵に案内されるまま戦地の奥地に向かった。
 薄い布と柱で作られたテントの中に、三傑が座布団を敷いて座っている。
「よいしょっと」
 そして僕もよく分からないまま座布団に座った。
「勇者、スレイル。参上致しました」
「ふん。遅いわ。
 勇者など名乗るでないわ」
 深く深く頭を下げ、汗を拭って三傑のイカつく赤い鎧兜を見た。
「何故共和国と帝国の戦地を選んだ?
 お陰でこのナオマサらも戦地から出られぬではないか?」
 タダカツが、魔剣を持っている。
 そこに強い違和感があって、タダカツの鞘を見つめる。
「勇者よ!」
 ナオマサは注意を引き、タダカツを視界から遠ざけた。
「じろじろと真の勇者を見るでないわ。
 さて、イドート将軍。帝国からお話があるでござる」
「何かな?」
「イリアル様が聖剣を持つ勇者を認める半面で、大陸では魔剣を持つ者が勇者とされておる。
 タダカツは、エルフにとって一人の勇者として扱って下さらんか?」
「ふん。愚問だな。
 イリアルは認めぬかもしれんが軍として所有権を認めている以上は勇者に値する。
 ところで先の、帝が行方を眩ましている話は本当か?」
「少なくとも帝国内にはおりませんな」
「そうか・・・魔王の血筋は大陸に災いを齎すもの。
 イリアルは特殊な指輪を持っているから良いと言ってるものの、軍は見逃すつもりはない。
 例え、一国の主とは言え、引っ捕らえて参れ」
「はっ」
 意味が分からない。
 帝国にとって帝は命より大切な物ではなかったのか?
 三傑は命令に反対しないのか?
「時に勇者よ。共和国に、ハーフエルフが公に軍として雇用されておるそうだな」
「確か、そうだったな」
「ははは、戦友の行方を知らぬほど無神経ではあるまい。
 まして軍の仇となる革命軍の参謀だろうに」
「・・・」
「禁忌魔法を行使しておったので、共和国軍に大魔法をぶちこんでやったぞ?
 エルフと人類圏の約束を知らぬわけではあるまい?」
「ですが・・・それは、エルフの掟であっても人の掟ではないはずですが」
「人類圏の支配者たる我らを愚弄するか?」
 傲慢な態度に今まで黙ってきた背後の男の拳がぷるぷる震え始めた。
 僕は自重を促すように少し背後に体重を傾げて肘を打って戻す。
「どうですかな・・・このヤスマサにも禁忌魔法には見えませんでしたが、エルフが使われる魔法は問題ないのでは」
「ほう。帝国は共和国が禁忌魔法を使ってないと申すか?」
「帝国も何名かハーフエルフの参謀がおりますが、どれも違うと申しております」
「同類を庇っておるだけと分からぬのか?」
「帝国には帝国民以外に同類はおりませぬ故。
 して、人と人の戦にエルフが理由もなく口を挟むなどご法度のはず、足元の蟻に悪戯をする子供のようなものでござる」
 実際に、指導していたアストの教育が兵士一人に至る隅々まで徹底されていたとは考えにくい。
 それでも帝国は、エルフの今後の不干渉を勝ち取るために策を弄した。
 エルフの処罰対象になる禁忌魔法を、今回の戦争で一度も使われたことがないと強調したのだ。
「はあ、これは一本取られた。
 嘘であっても両国の相互的な理解をイリアルは認めるだろうし、我々ですら禁忌魔法を使ったことがないから証明は出来ぬ。
 交渉に来たのであって、制裁以外の目的で人の戦争に首を突っ込んだのが知られたらこの首根っこも危ない。
 なるほど、して目的は何だ?」
 三傑は僕を見やり、僕は頷いた。
「魔族侵攻がない限りエルフの軍事的な介入を辞めて頂くというのはどうでしょう」
 誰も、異論はない。
 暫くの沈黙が流れてからイドート将軍が笑った。
「帝国は帝を守るため、勇者は仲間を守るため、罠に嵌めおったか。
 今回こそ、革命軍の仇を返したかったが残念だ」
 その言葉にヤスマサとナオマサは胸を撫で下ろした。
「僕も限界はありますが、禁忌魔法の取り締まりについては強めることにします。
 ところで・・・帝国のブレインたる三傑にお伺いします」
「どうした改まって」
「帝国が共和国に戦争を仕掛ける理由を教えて頂きたい。
 共和国と商業国家と帝国は固い絆で結ばれていたと信じていたのですが」
「食わせ物大統領の口車に乗せられるでないわ。
 帝国は戦国から続く戦の国よ。十年に一回は戦をせねば疫病で死人が出るわ」
「では・・・最後に一点だけ教えて欲しい。
 本当に国民は戦争を望んでいますか?」
「それは・・・聞いたことがないから分からぬ」
「詭弁だ。
 統制が取れた軍隊は兵士の心を掴んでこそ成り立つもの。
 三傑にそれが分からぬはずがない」
「ははは、口が達者になったな。
 だが、民草は何よりも帝を認める世を望んでおる。
 共和国が潰れれば、商業国家を攻める。
 そして帝国は大きく、兵士も成長するのだ」
「とても・・・話し合いに付き合ってられない。
 帝国が共和国を潰すというなら喜んでお相手しよう。
 だが、戦争は舐めてかかれば痛い目に遭うぞ」
「ぬかせ。
 下っ端が、国王にでもなって政治から軍まで一括管理出来るようになってから出直してこい」
「ああ、その通りだ。一介の勇者が。
 共和国の貴族制を撤廃しない限り、負けるはずがないではないか」
 怒りのあまり僕は拳を強く握り締めた。
 その時。
 その手を握り締め、俺に任せてくれと親指を立てて耳打ちする連れの存在に気づいた。
「三傑の方々、エルフの旦那も用事は済んだかい?」
「勇者の子分か?」
「ナオマサの旦那、そんなところだが少し時間がねえ。
 すぐそこで仲間が倒れてるからこの男は助けなきゃならねえ。
 絡むのはいい加減辞めて欲しいね」
「助けるとは、壊滅した共和国の一師団を?」
「そうだ。
 この男は仲間が劣勢で戦っていると知って、この場所を選んだわけだ。
 お三方も亡骸しかない土地にまさか拠点を置くわけでもないだろう?」
「・・・エルフについては直ちに離れよう」
「ナオマサ。確かに、長居は無用だ。
 帝国も南方戦線を薄くし過ぎたから、北方は撤退し帝国の勢力を再編するとしよう」
「俺はもう旦那を連れて帰るが良いよな?」
 皆が頷いて、馬車に戻った。
「旦那、何も言わないで下さい。
 気持ちは痛いくらい分かってる」
 ジルベリーはそれから何も言わず、帝国の行軍を避けるように共和国の本陣に向け走った。
 岩山で見守っていた医療班も遠くの軍が引いた報告を受け、大急ぎで駆けつけた。
 僕は、馬車を降りて、走って、走って、走って、走った。
 拠点の中に、生きている者が現れなかった。
 周りも血眼になって白骨の山や燃えてぐちゃぐちゃになったタンパク質の黒いヘドロや、瓦礫の下敷きになった原型を留めた死体の中から、生還者を探し続けた。
 日が落ちて、翌日になっても探した。
「ふうむ。連絡を受けて駆けつけたが・・・」
 リリオンも僕から連絡がないことを心配に思って駆けつけた。
「これがエルフと交戦した後の墓場か。
 私も初めて見るが腐臭がないことを考えると、一気に蒸発させられたな」
「リリオン。まだ、誰かいるかもしれないから墓場なんて言うな」
「スレイル・・・」
 頭を抱えていた。
 責任を、感じていた。
 これが国を指揮する者の重責だ。
 自身の到着の遅れによる一師団の壊滅。
 他戦線は、北に帝国兵を集めた上で交渉している時間も重なったため、前線を押し返し勝利に次ぐ勝利を収めていた。
 各地に沸く勝利の歓喜。
 その勝利と引き換えの代償としても、目の前で失った命が重過ぎた。
「アスト・・・リザ、キョウコさん」
 溢れ出す悲しみの涙を止めようとは思わなかった。
 かつての対戦相手やエルフの軍を率いた者との会談の時から必死に堪えていた感情が、仲間を失った傷のない痛みが、腫れが、心を蝕んだ。
 腫れた手や拳が、打撲した身体が諦めず立てと言っている。
 もう立つ気力すらないというのに。
 「スレイル。無理するな・・・。
 アストたちは、三傑、他、精鋭相手に一日と半日粘ったんだ。
 この戦場における白骨死体の半分以上はエルフと戦う前にやられたものだ。
 やれるだけやったんだ・・・よく頑張った・・・」
 リリオンは強く背中から抱き締めて、温もりを感じて更に泣いた。
「僕は・・・ロザリアに、戦場では死は数字でしかないと習った。
 どんな人の死も所詮は他人事でしかないと高を括っていた。
 死が、国を守ろうとした者の死が、かつての仲間の死が・・・これほど、これほど悲しいものだとは知らなかった。
 僕は失ってきた。
 それなのに、どうして泣いてしまうんだ」
 リリオンの頰からはらはら溢れた粒が、冷たい砂の上に落ちた。
「私は泣けない。
 医者になってから、あまりにも死を見てきた。
 死に慣れて心が蝕まれてきたから、スレイルに賭けた。
 大切な人が悲しめば私も悲しい。
 泣くことが許されない仕事でも、私はその人を想って涙を流せる」
 深い悲しみに挫けそうだ。
 僕は、犠牲を生まないために戦ってきた。
 頑張っても、頑張らない未来と結果が同じなら意味がない。
「リリオン。僕を、打ってくれ」
「殴る?
 どうして?」
「僕は、嫌なことばかり考える馬鹿野郎だ。
 こんなことなら。こんなことを始めるんじゃなかったと弱音を吐きたくなった」
 それがどうして、正面からビンタが飛んでくるのか分からなかった。
 さっきまで流れていた涙が嘘みたいに止まって、空気が台風の目に入った時のように暖かくなった。
「何て、声かければ良いんだろう」
 アストは照れていた。
 僕は昔から人の生き死に興味がない人だと思われていたからだ。
「どうして生きているんだ?」
「それは・・・」
 ぼろっと、足場の瓦礫が崩れて巨大な魔法陣が浮かび上がって、消えていった。
 まさかその光の格子から人が現れるとは、誰も思うまい。
「私が娘たちに秘術で強力な防御壁を張ったからです。
 理論が不完全で私のマナゾーンじゃ足りなくて、禁忌魔法が娘たちにも干渉して一切魔法を使えなくなりましたけど」
「お母さんいいでしょ。
 生き残って来れたんだから」
 キョウコとリザの声を聞いて、僕は生まれて初めて神に感謝した。
「ふうむ。奇跡は案外起こるものだな。
 スレイルがわんわん泣くし、この先私はどうしようかと思っていたよ」
「小生はビンタした後に、何かそれっぽい感動的な台詞を言ってやろうとしめしめ思っていたんですが、あまりにもリリオンと同志がくっつき過ぎて、どっちかっていうと怒りで手が出ましたね」
「アスト。それは言わなくて良いから」
「お兄さん」
「おう」
「心配してくれて有難う」
 三人は息ぴったりにお辞儀をするので、僕がまた泣きそうになった。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 北方の衝突から二週間が経過し、クナーナ少将が国内の監視を行なっていた。
 実質的な僕の代わりと言って良いが、クナーナのカリスマ性は国民にとって安心に取って代わるものであり治安は安定している。
 あれから北方戦線を再構築した僕は、アスト、リザ、キョウコを参謀とした上で各地の予備戦力全てを動員し魔法使いの部隊を再編した。
 国内の教育機関に惜しみなく金銭を突っ込んでいるが、武器のように人員は補充出来ないために、戦線では指揮官が魔法使いを過保護に扱う傾向になってしまっていた。
 間もなくしてクナーナ少将の予備戦力が、国内の警備に当たっていたジルベリーの共和国大隊と入れ替わり北方戦線に合流する。
「小生が徹底抗戦を訴えたばかりに多くの将兵を失いました」
 三名が駐屯するキャンプの総司令部だった。
 帝国の退却から少しでも前に前線を構築したいことから、大都市のギロットから三里離れた巨大洞窟に総司令本部を構えていた。
「降伏しても、師団の七割の魔法使いを拘束し帝国がエルフの大軍に明け渡したに違いない。
 大丈夫だアスト。指揮官として、間違っていない。
 戦わず、連中に殺されるのが兵が良いと言うはずがないんだ」
 最も、残りの三割の貴族中心の部隊に関しては、冷静になって考えてみれば交渉次第では生かせたろうが、僕としては懐柔されて内情をべらべら話されたり、敵となって立ち向かってきたりする方が余程脅威だと思っていた。
 彼らが戦いに儚い命を散らせたのは事実だが、戦場では常に内側にも外側にも方便を求められるものだ。
 ハーフエルフの仲間たちには同志たちが革命のために死んでいったと言う他がなく、軍の中では貴族の死を因果応報と嘯く者が多かった。
 人の死を美化することを躊躇していては、戦争に勝てない。
「旦那。しけた面しなさんな」
 ふと、声をかけられて振り向いた。
 少し前に顔を合わせたシドという男もいる。
 ジルベリーはあれから地方のならず者の人気を得て、一万人程度の単独戦力を有していた。
「話していた要件は上手く行きそうか?」
「俺は陸地は何処でも歩いたが、海を渡れとは恐れ入った。
 走り回って、手持ちの資金でぎりぎり中古の船も手に入れたぜ。
 だが・・・この作戦を実行してしまえば国内の兵糧の二割を消耗するぞ。本当にいいのか?」
 国内の食料事情は、最近雨が降らないこともあって民間のストレスがピークに達している。
 陸路であれ海路であれ大量に貯蔵した食料や水、武器の輸送が兵や民に伝われば貴族の悪行のことなど頭から吹っ飛ぶほど、国民感情を爆発させることだろう。
 考えていたことを言うのを躊躇っていたが、僕の不審に気づいたジルベリーは人払いして「裏に行きますか」と、小声を漏らした。
「どの段階であれ、作戦の概要が国内外で漏洩された時点で僕らの生命は終わりだ。
 悪いが、そうなったらジルベリーが実行犯で主犯の芝居を打ってくれ」
「海路を通じて、俺や俺の一味が亡命する芝居をですかい。
 忍城の囚人に物資を与え、帝国を混乱させる。
 俺には理に適ってる上で悪党の手法として拍手したいくらいだぜ」
 ジルベリーは神妙な顔をしていた。
 仲間の情報漏えいによる帝国の待ち伏せ、囚人の裏切りなどもある中で最終的な作戦の生存確率も低い。
「旦那・・・。
 ちょっと真面目な話良いか?」
「何だ」
「アンタにとって、俺は何だ?」
 言葉に詰まっては、悪党になれない。
 言い訳したい言葉が喉から出ようとして、無理やり塞ぎ止めた。
「お前は捨て駒だ。
 俺は、この策のためにお前らを足元に置いた」
「そうですかい。
 俺も、アンタに命令された時、最終的にアンタが俺を切り捨てると確信してましたぜ」
 暫くの沈黙のうち、男は風俗のカードを渡してきた。
「旦那も今度一緒に行きませんか?」
「真剣な話をしてるんだ」
「俺も真剣だ」
 無理やりカードを握らせて、僕は色褪せた文字を一瞥した。
「公職やってて一番良いと思うことは女が寄ってくることですぜ。
 このご時世、戦争に関わる仕事は安定性があって子供を育てられるから人気がある」
 共感を求め笑みを浮かべる男に、僕は溜息を零す。
「金を払って女を抱く気にはなれないし、足元を見て寄ってくる女は嫌いだ。
 本当に困ってくれる時に手を差し伸べてくれた女性とは、今でも上手くやっている」
「旦那はウブだ。
 男は女を抱いて、子供を作ってナンボです。
 だから・・・もし、俺がアンタの任務で死ぬことがあったら俺の女を面倒見て貰えません?」
「女の面倒って、店に出かけるほど自由な時間はないぞ」
「俺、店で一番良い女を孕ませたんで子供の面倒を見て欲しいってことですぜ」
「そういう事か!
 カミングアウトするなそんな事!」
「ウブですね旦那。
 まだガキは生まれてないですが、遊女に育てられるより旦那の近辺で大事に育てて欲しいんですわ。
 悪党の愛国心を教えてくれたからには、悪党同士の約束を守って貰えますかね」
 少し訳ありそうな表情を浮かべて、握手を求められた。
「ああ。
 だけど、僕の近辺で育てるだけで親父にも親代わりにもならないからな?」
「旦那。お任せしますぜ。
 俺が孕ませた女は怠慢な女で、たぶん子供を産んだら俺が渡す金で行方を晦ます。
 俺が死んだら、ガキを宜しく頼みます」
「分かった。
 だが、約束したからといって死にに行くのは許さない。
 それに、子供が父の顔を知らないのは・・・可哀想じゃないか」
「悪いな。
 死を意識して日和っちまった」
 ジルベリーは対話に満足すると、返事を待つ事なく去っていった。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

「よお」
「ザジ。適当に座れ」
 大統領の使いとして現れたザジは、北方総司令部に用心棒のシエラを同伴して現れた。
 生々しい抜い傷が残るリリオンの姉のシエラと、ひょうきんなスーツを着た意地悪な顔をした男であった。
「共和国秘書、ザリエル・ジードニッヒ。
 こっちは要人警護スペシャリストのシエラ」
「共和国王代理、スレイル。
 ご足労に感謝する」
「ところでスレイル。
 クーデター起こして国王になったって本当か?
 国民投票だと、メディアでは発表していたんだぞ?」
「本当だ」
「最近の戦争で一師団壊滅したそうだが、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。
 なあ、ザジ。このペースで質問に答えていったらお互い仕事が滞る。
 手短に国債の発行について、御国に売買可能かどうか議論の結果を教えて貰えるか?」
 ザジはシエラを見合って、諦めたように溜息を吐いた。
「釣れないなスレイル。
 久しぶりの再開に、花を咲かせる話もあって良いじゃないか?」
「ザジ。僕は、お前が嫌いだ。
 帝が魔王の血を引いていたことが知れ渡ったことで始まった戦争、その引き金を引いたのは他ならぬお前なんだろう?」
「ちっバレてたか。
 俺は情報を売ったが、寝ていた俺がお前たちの約束を守る必要がないだろ。
 情報が伝わったことで戦争が起きたとしても、あくまで情報を発信したメディアが悪いのであって、俺に政治的責任はない」
「だが、政治的能力はあるはずだ。
 戦争の緊張の中でお前たち二人は出世した。
 お前たちが僕と、繋がっているからだ。
 大陸でこんな大きな血の絵を描いたのは誰だ?」
「血の絵?
 勘違いして貰っては困るが、我が国は戦争経済で潤っているし外交でも優位に立っているんだぜ?
 あまり調子に乗るなよ。
 俺にはスレイルの態度一つで共和国の息の根を断つことが可能だ」
「笑わせるな。
 散々要請していたにも関わらず、お前たちが僕の要請に応じたのは状況の変化があったからだ。
 最近変わったことがあったとすると、ギロットの交戦とエルフの会談だ」
 シエラは用心棒であっても、外交的ポーカーフェイスは得意ではなかった。
 エルフの会談という単語に明らかに視線を逸らし、少し俯いた。
「大陸における戦争への不干渉を決めたことか?」
 二人は何も答えないが、少し表情に別の意思が混じった気がした。
「帝国が共和国を滅ぼした後に、商業国家を滅ぼすと明言したこと」
 ドンピシャだった。
 ザジの表情が青ざめて、立ち上がった。
「二枚舌外交のツケがまわったな。
 ひたむきに隠す理由は、きちんと裏が取れていないから親父に命令されて来たんだろう。
 あとお前は得意なことはよく話すが、風向きが変わると口数が減る。
 戦争の外交には向かないタイプだ」
「馬鹿にしやがって・・・!」
 机を蹴飛ばしたザジが僕の襟を掴んで間も無く、シエラが押さえ込んだ。
「僕の周りには熟練の魔法使いのアストやリザ、キョウコが備えている。
 話し合いに無用な論理が必要なら、相応の論理で応戦させて貰おうか」
 仮に、シムナ師団の跡地へ斥候に出たあの三人が居たとしても、魔法を使えない身体になったから用心棒は務まらないが、口調に勢いをつけるためハッタリをカマした。
「やってみろ。ムラマサ!」
 ザジは叫んだ。
 刹那、視界が歪んで僕は宙に浮かび上がった。
「確保完了」
 以前、亜人街で相対した三人の忍者たちだった。
 呆気なく彼らに地に組み伏せられ、首の左右に刀が刺さっている。
「・・・お前ら、いやザジ。お前は、剣聖大会が始まる前からこの絵を描いたのか。
 僕を、最初から最後まで利用していたんだな」
「ククク・・・全ては人より上に立つため。
 目先鼻先のことは苦手でも、二千手一万手先の戦略で俺は親父に勝つ」
「いいかよく聞け、ザジ。
 僕を殺したら、お前は一生大統領なんてなれない。
 親父を超えるチャンスを失うんだ」
「アッハッハ。下手な命乞いだな」
 シエラの抑制を振り切って、ザジは懐からナイフを抜いた。
 サキがこんな時居てくれたら・・・。
「おいら。大統領から警護を預かってるが、交渉中に邪魔になるモノを排除する任務もある。
 この場合、私兵のムラマサ部隊とおいらで戦うことになるけどどうする?」
「シエラ。俺を裏切るのか?」
「おいらは金で雇われた傭兵だ。
 仕事をきっちりやるだけだ」
 シエラは僕にウィンクして、二刀流の構えを取った。
「おいらはあれから更に強くなった。
 私兵でも何でもおいらに勝てるなら、どうぞ掛かってきてくれ。
 但し・・・命は保証しない」
 シエラが発した瞬時のどす黒い殺気に、忍者は僕への拘束を無視して一斉にシエラと僕に距離を取って腰の短剣を構えた。
「拘束を解いたら意味がないだろ!」
「我々はこれだけの殺気を持たれたまま護衛対象に近づかれている状況を無視することが出来ません」
「命令だ!拘束に戻れ!」
「貴方が命を失えばラッドで我々の過失を責められる。
 とても命令に応じられません」
 凄い状況になってきた。
 僕は、くたくたになった襟を正して起き上がり、よっこいしょとひっくり返ったテーブルを戻した。
「ザジも忍者もシエラも辞めろ。時間の無駄だ」
 一喝して手が腫れ上がるレベルでテーブルを叩いた。
「何度も言うが、時間が惜しいから話を続けよう。
 彼らは魔王の血筋であっても帝として仰ぎたいという一派と、反対派の抗争を抑えるために、国内を言論統制し侵略戦争を仕掛けた。
 例えば、共和国の指導者と知られていない勇者の僕が帝国でザジの悪行を暴いたらどうなるか?
 国民の動揺に乗じて、三傑や帝が共和国に停戦を申し込んで商業国家ラッドに攻めてくるかもしれないと思えないか?」
「ふん・・・俺の発言に、政治的責任はないと言っているだろう?
 それに帝国で事件を起こしたスレイルがそれほど影響力を持ってると思えないが」
「まだ分かっていないようだな。
 戦争状態になって、実質的な外交的優位に立ってるのは事実だが、戦争状態に陥った原因である商業国家ラッドのメディアに対し、帝国民の信用は著しく落ちているということだ。
 お前たちは利益を得る代わりに外交における公正さ失ってしまったんだ。
 そして、戦線が北方以外の善戦によって戦争初期の状態に戻った今、帝国は方向転換する可能性はあるのではないか?
 もうハッキリ申し上げて、僕は火種を持っているわけだが」
「くう・・・」
「帝国は武に美徳を置き、武を信じる国。
 傍のシエラは、帝国領では三傑に並び勝ちうる礼儀正しき英雄として扱われているそうだな?
 僕が大金でシエラを買収し、特例で共和国移住権を与え、彼女に帝国で一説垂れられるだけでも困るのではないか?
 少なくとも僕の領地には、その者の家族が居て、人質を取ることも出来る。
 選べザジ。滅びか生か。
 僕を殺したら共和国は滅び、ラッドも渦中に飲まれるぞ。
 お前やお前の親父は国民のために、大国相手に剣を持って立ち上がれるのか己に聞いてみろ」
 余程言葉が効いたらしくもう返ってくる言葉がなかった。
「共和国が戦争を継続する上で直ちに必要な物資のリストを後日送る。
 書いてある予算で足りない場合は、国債か深淵の森に入るための仲介料から支払わせて頂く。
 ザリエル・ジードニッヒ大統領秘書。共和国と商業国家が友好な関係である限り、個人的にも友好でありたい。
 大統領に対し、説得を頼めるな?」
 ザジの怒りは沈静化した。
 交渉から終盤になって立場が逆転してから、ザジは頷くだけのブリキ人形と化していた。
「さっきは助かった。
 頭に血が上ったザジを見て頭が真っ白になったよ」
「いいっていいって、おいら負けた男には優しいからさ。
 それに、クライアントを裏切る良いキッカケになったよ」
「でも、本当に国に帰らなくて良いのか?」
 あれから間も無くザジが乗った馬車を見送った。
 シエラは交渉後、共和国戦線に客将として参加したいと言い出した。
 向こうがそれから強気になって、シエラを貸す代わりにシエラを悪質な政治利用させない取り決めを交わしたのだった。
 細かい話し合いをした後、忍者からサキにはこのことを黙っておいてくれと言われたり、複雑な事情の話もあった。
「おいらは戦争を止める方針の共和国に賛成だ。
 国を守る立場からも、妹を守るためにも、好青年に勝って貰いたいのだ」
「客将だから給料出せないぞ?」
「おいらを好青年の側に置いといてくれたらそれで良い。
 あ、お風呂も一緒に入りたいんだがダメ?」
「別にいいよ風呂くらい。
 でも浴場はないから暫くは諦めてくれ」
 最も、女性に身体を見られるのが嫌だからそのうち忘れてくれることを願うばかりだ。
 星々を散りばめたようなキラキラ輝く瞳を覗くと、僕は何も言えなくなった。
 童顔でグラマーな体格でヌイグルミのツギハギのような縫い傷が、マニアックな感性を刺激する。
「んー」
「僕はヌイグルミじゃないぞ」
 事務処理をしていると、アストやリザが通った時でも懐いた猫みたいに背中から抱きつかれる。
 身体を鍛えてないから分かるが、大好きホールドされたら彼女を解けない。
「んーんー」
 リリオンがいれば姉を正してくれるが、あれから急いで後方勤務に戻ったから当分会うことはないだろう。
「んーんーんー」
 シエラは尻尾や耳が生えたかのように、それが喜びからブンブン左右に振っていると錯覚するように、無邪気で可憐だった。
 最初はうざったく思っていたが、徐々に毒されて肌と肌が触れることにも抵抗がなくなっていた。
「同志ぃ」
「お兄さん」
「んーんーんーんー」
 尻尾と耳が増えまくって、ハートも頭上に浮かべて、総司令部がペット小屋みたいになってやがる。
「革命軍の頃みたいね。スーちゃん」
「その呼び名は辞めて下さい。
 キョウコさんに一途だった頃を思い出すんで」
「あら・・・二人も子供を産んでるのに女性として見て貰えるのは有難いわね」
「全然綺麗ですって」
 頰に筋が入ってるのは知ってるが、最近少し顔色が優れない気がするけども。
「ねえ。スーちゃん。
 あの時の魔法のことなんだけど、あれ。ロザリアさんに教えて貰った魔法なのよ?」
「ええ、ロザリアが?
 エルフ二十万の大魔法から生き延びたアレか?
 凄い手品だが、助かったと言っても魔法を使えなくなる代償は大きいな・・・」
 ロザリアの発案した禁忌魔法は百は下らないが、実は半分以上の副作用が判明していない。
 便利なものでも急に視力が落ちたり、ワープしたり、精神世界に飛ばされたり、火傷したり、様々である。
「マナの暴走を故意に起こして、大魔法の中和結界を張ったの。
 困った時に使って使ってって言われていたんだけど、きっとロザリアさんも似たような魔法でマナゾーンを枯渇させたのね」
 定義からして、生じた反動魔法すら無理やりマナを放出して中和したということだろう。
 マナの暴走を中和する状況になれば、外敵から魔法や物体が接近しても三人が計上したマナに上乗せで強制変換される。
 リスクはあるが、隠し球としてリターンが圧倒的に大きかった。
「彼女は世紀の魔法使いだったが、幼年期の禁忌魔法が原因でマナゾーンが枯れたんだ。
 筋力も体力もなかった彼女は、遺跡の図書館で知識をつけることで、非凡なアイディアマンに変貌した」
 身体に生きている吸収魔法は、唯一の彼女の形見と言えた。
「キョウコさん。枯渇したマナゾーンはどうやったら復活する?」
 質問にキョウコは首を横に振り、懐からダガーを抜いた。
「分からない。
 暫くはこれで頑張るしかないわね・・・」
「そうか。
 二人の参謀が魔法を使えなくなって、怒っても危害がないから愛でたい気持ちにもなって男心が複雑だよ。
 いい加減離れてくれないと、事務作業が捗らなくて作戦会議する時間が無くなってしまう」
「あらあら、あんまり同胞の女の子に隙を見せてると夜な夜な襲われるかもしれないわね」
 キョウコさんは暗黒微笑を浮かべている。
「夜這いということですか?
 まあ、拘束魔法にスリープ使えば、三人目で性交に及ぶことが出来ますがね」
 それでも、愛情表現の性交にそこまでする馬鹿もいないだろう。
 魔法使用中にエッチ見せつけられる映像がシュール過ぎる。
「ハーフエルフは、少し貞操観念低いからね。
 気に入った男には何でも許すし、手に入れたいって傾向が強いから」
 あはははと母は無邪気に笑っているが、僕には何かの警告に思えた。
「子供も凄い欲しがるのよ?
 早く結婚しないと、知らないうちにその子たちのパパになっちゃうかもしれないわね?」
「あははは・・・」
 娘たちが過ちを犯しても良いように予防線張る母ちゃんの手腕に感動した。
 そこまで行ったらコイツらのこと淫魔ってニックネームで呼ぶわ。
「貴重な水を目一杯使って湯船を作るなんてな・・・」
 二日を公務に割いて、次の一日を丸々紅白戦に当て、溜まった公務を処理する四日後の夜。
 動物たちが猛暑と過剰な訓練で夜になると死んだように床へ転がっていた。
 そんな中、客将が暇を盗んで裏ルートで手際良く業者と作っていた風呂屋が完成した。
 聞けば両親が建築業なようで、幼い頃から大工の仕事が得意だったらしい。
 この身はデスクワークばかりで活躍を見逃してしまったが、アスト曰く「宮大工のルディアより手際が良いが、小回りが利かないから繊細な仕事は人に任せてばかりいる」という話である。
 えへへへと、皆から褒められて満遍の笑みを浮かべるシエラの傍でひたすらリザとキョウコが火を炊き、水を温めていた。
 よく働く女たちのようで夕飯を作るグループも左右に揃って、テーブルと椅子が並び、ちょっとした祭りのような騒ぎになっていた。
「夕飯とお風呂の準備おっけい!」
「客将。小生らが後半準備していたので、宣言することで我々の手柄を持っていくのは辞めて頂きたいです」
 客将は初めて銭湯に行くクソガキのような速度で、建屋の中にぴゅーっと吸い込まれていった。
「仮にも国のトップなのに、兵士より過密スケジュールなのは笑えんなホント。
 砂漠は暑過ぎて、心地よい風が吹くディノ平原が愛おしいわ」
 おしぼりで身体を拭うよりも、風呂で身体を綺麗にしたいのが大陸の常である。
「よお。スレイル!」
「お久し!」
「元気かあ!」
「お前ら・・・革命軍時代の三馬鹿トリオじゃないか?
 生きてたのか?」
 仕事を任せると派手な失敗をする者たちで、外見から猿、馬、鶏と呼ばれていた。
 特に魔法を使っているわけでもないのに最後に爆発して吹っ飛んでいくことから「三流星」と呼ばれている。
「お前の数少ない男友達なら労ってくれよ?
 それより、俺たちを仕切ってるのがお前だって話は本当なのか?」
「ああ・・・貴族制を撤廃するために行動を起こしたんだ。
 そうじゃなきゃ今頃ここも占領地だろうな」
「真面目に仕事しやがって気持ち悪いな。
 お前昔はもっと、不真面目な奴だったじゃないか?
 お前が政権なんて取らなければ、今頃帝国の占領地でぬくぬく生きていけたものを・・・おい。聞いてるのか?」
「生きていくだけが目的のお前たちなら、それで良いだろうな。
 だが、国を失うことはその地で積み重ねてきた文化やコミュニティを人に奪われることを意味する。
 お前たちが経験したものだって、捨てたものじゃないはずだ」
「臭いこと言いやがって、俺は皆が生き残ればそれで良かったんだよ!」
「そうだそうだ!」
 トリオがぶーぶー鳴くので僕もカチンときた。
「言わせておけば・・・!
 共和国旧政府は戦争をする準備がなかったから、講和の道を探していたんだぞ?
 だけど、国民の権利と財産を要求されたため、講和に応じる決断が出来なかった。
 まして、第一侵略理由は情報統制だ。共和国の自由思想に反する。
 いいか三馬鹿。お前らが最高位と話してるこの瞬間、ここが帝国ならこの聖剣で不敬罪で小官らを始末している。
 特に戦時中の軍部に籍を置くなら発言には気をつけるんだ。
 秩序が保たれてる国ほど、表に出ない恨みが溜まりやすいからな!」
「旦那。久しぶりの風呂って時に、手下に説教ですかい?」
「ジルベリー共和国大隊長。戻っていたのか。
 革命軍時代の旧友に会っていた。
 暫く会ってないうちに偉くなったから嫉妬されたんだ」
「人の人生が簡単なサクセスストーリーに見えるんでしょう」
「別に俺らは羨んでなんかねえよ。
 スレイルが軍のトップになったって言うから、どう変わったか見たかっただけだぜ?」
「軍は人の人生に責任を取らなければならない場所だ。
 命を奪う行為は、命を救う行為より重いんだ」
「それぐらいは俺たちも分かってる。
 だが、俺たちが命賭けられるだけのモノがここにあるかって話だろ」
「へえ。兄弟?
 おっさんと一緒に夜のお店でも行くかい?」
「何だよアンタ、藪から棒にさ」
「命賭けられるモンを教えてやるって腹だよ。
 死ぬときも殺すときも好きな女のことだけ考えて生きてりゃいい。
 だいたいそれで上手くいく」
「好きな女って、女は気が強くてな・・・」
「ああ、あんまり頼られないし・・・」
「馬鹿野郎が、兄弟。男は度胸よ?
 別に腕っ節で負けても技量で負けても、最後は強くなるんだから胸張って行こうぜ?」
「最後には強くなる・・・そうだな。
 俺らも二十年くらい生きてたら、今よりも強いはずだ!」
「インチキでのし上がった憎きスレイルなんか、あっという間に抜かしてやるからな!」
「よし、そうと決まれば特訓だ!」
 はっはっはと大声で笑いながらどーんと、トリオは砂漠の丘まで消えていった。
「旦那。あれは流星の動きだな」
 彼らが去っていく時、その台詞が必ず誰かの口から飛び出す。
「疫病神だから適当に相手してあげて」
 彼らが去っていった後、僕は塩を撒くように決まって言葉を口にした。
「んースレイル」
「シエラ。はしたない姿を見たら妹が泣くと思うぞ。
 なんて格好してるんだ・・・」
 客将がバスタオルを胸や局部に巻きながらにへへと笑っている。
「お風呂入ろ?」
「あ・・・」
 日々の激務から忘れてたけど、彼女とお風呂入る約束してたんだった。
 僕が事実に気づいた瞬間、景色がスローモーションで流れ始め、周りの兵たちが頰を赤らめていくことが分かった。
「確保!」
「ああ、あああ!」
 肩を抱かれてずんずん進む馬鹿力女に敵わず、建屋の玄関で裸にされた。
「あの・・・大変言いにくいのですが」
「何だ?」
「僕これでも責任者なので、人前で客将に振り回されてると兵に示しがつかないというか・・・。
 せめて一言、聞いて貰えないでしょうかね?」
「おいらが作った湯船は最高だなぁ」
 き、聞いてない?
 シラキリソウという大陸の着色草と呼ばれるもので、水面が白く濁っていた。
 モダンな感じの絵画が壁に埋め込まれ、丸いテーブルの上のカンテラの光が溢れてくる。
 僕と客将の衣服がそこに置かれて、彼女は僕の膝の上を占有していた。
 掌から抜けていく白いお湯と、室内に立ち込める白い湯気。
「良い湯だなー」
 客将と声がハモった。
「なんかさっきからおいらの尻に当たるものがあるんだが・・・」
「ケツのイボじゃないですか」
「引っ張って良い?」
「ごめんなさい」
 引っこ抜かれたら一生、男でも女でもない生物になってしまいます。
「ここは、心地よい居場所だな。
 妹も夢中になるわけだ」
「リリオンもイェロッパで暮らしてる時は、隣で腕組みしてないと風呂から出してくれなかったですね」
「え・・・好青年は、誰とでも風呂入るの?」
 じと目で見てくるのが怖くて、視線を手で阻害した。
「押しの強い女の子に昔から勝てないんだ」
「なら、おいらが強引にコイツを使おうとしてもオッケーってことだな?」
「ダメだって」
「おらおら」
「ちょ」
「うりうり」
「う、は」
 水面が波を打ってざばーんどばーんと壁にぶち当たった。
「ホント馬鹿力だな・・・。
 戦った時の倍くらい筋力があるし、いったい何食ったんだ?
 どうやったらそんな強くなれるんだ?」
「ふふふ。この縫い傷を見る度に、おいらは人より弱いことを自覚するんだ。
 弱いから強くなり続ける。
 おいらが誰にも負けないようにな」
 彼女はあれから、戦った最中の記憶は戻ってないだろう。
 スキルの使用から身体がぶっ壊れた彼女を戻すために、僕は身体を刃物で斬った。
 そんな生々しい傷を見て、心が痛んだ。
「また勝負をしたいか?」
「勿論」
 忌々しい記憶から遠ざかりたかった。
 静かな時間が過ぎて、空から水滴が落ちてくる。
「おい・・・またコイツ、デカくなってる」
「生理現象だ」
「まあ、いいや。なあ、割と真面目な話。誰が好きなんだ?
 誰と結婚しようと思っているんだ?」
 世界で一番答えに困る質問をされてうーんと唸った。
「自分でも好きか嫌いか分からない相手がいて、その女が気になって幸せになる気になれないな。
 身体の中の一部のようで、今でも忘れられないんだ」
「女なんて適当に摘んで食ってしまいなよ?
 大陸の女なんて、本当に好きな男のためなら何でも捧げる」
「それが・・・僕の中で愛とは違うと思うんだ。
 愛していないのに、愛そうとしてくれる女性のことを裏切れない」
「想像はしていたけど、溜息が出るくらいロマンチストだな。
 おいら恋人は浮気とかも気にしない派だけど、お固いのは男友達に嫌われただろうな」
「確かに、一理ある。
 元傭兵隊長から女泣かせって滅茶苦茶煽られるし」
「共和国大隊の男か?
 女好きそうな顔の男だよな。
 戦場で戦ってる男はあれぐらいが良いと思う」
「あの・・・ちょっとさっきからお尻押しつけてない?」
「んーんーん」
「動物の真似して逃げるな」
「んーん」
「そんな頑張らないで頂けますか」
「んー」
「ふ、あ、あ・・・」
 その後も傷跡を触れだの、背中から抱きついてだの、おねだりをのらりくらりかわしながら最終的に逆上せて大急ぎで脱出した。
 訓練が終わって合流した部隊もいるらしく、夕飯のテーブルはかなりの賑わいである。
 土日返上で働いてるわけだから、たまにあるお祭りには皆ではしゃぎたくなるのだろうか。
 風呂の建屋から僕と客将が出て行くと、泥まみれの兵が入れ替わりになって殺到した。
「おいらの風呂。最後に掃除しなかったら殺すからな?」
「何だてめえ!」
 楯突いたのは、威勢の良いハーフエルフの猿、馬、鶏の三流星である。
「ひい」
 あまりにも素早い抜刀だった。
 一瞬にして、二人の首筋に刃を突きつけ、正面の男を体術で抑えつけた。
「返事は?」
「はぁいいいい!」
 すると蜘蛛の子を散らすように、情けない声を出しながらぴゅーっとモップとバケツとスポンジを持って中に入っていった。
「旦那も子供も逆らえないくらいの鬼嫁になりそうだな」
 凄まじい殺気だった。
「気に入った男の尊厳を傷つけられてまともな神経を保てるほど、おいら人間出来とらん。
 ていうか。さっき外で連中と話していたのが丸聞こえだったぞ?」
「幼馴染なんだ。
 付き合いが古いから、気にしないでくれ」
「おいらは気にする」
「ははは・・・」
 案の定だが、シエラと一緒に風呂を出てきてから、アスト、リザ、キョウコの三人に睨まれた。
「同志。随分、長かったですね」
「お兄さん何してたの?」
 目線が冷たくて返事が困る。
 皿のパンを食べながら、グラタンをスプーンで掬う。
 無視しているわけではないが、客将と参謀が勝手にバトルを始めたので高みの見物を決めていた。
「客将。いいですか?
 小生らが幾ら魔法が使えなくて無力とはいえ、同志との付き合いは他の女より遥かに長いんです。
 ならば、同志の隣に座る権利はこちら側にあるのではないでしょうか。姉ゴリラ」
「姉ゴリラ?
 好青年に現在進行形で生かされてる種族の分際で生意気だぞ」
「は、はあ・・・?
 娘の発言が悪いとしても、種族を馬鹿にするのは良くないんじゃないかな?」
「この際だからおいら言っとくが、絶対にこの席は譲らんからな」
「お兄さん!」
「はい。何ですか?」
 パンをナイフで縦に斬り、グラタンを真ん中に入れて食べている最中だった。
「一言あるでしょう?」
 んぐーと、参謀たちがフグかハムスターみたいにほっぺ膨らましている。
「力が違いすぎて抵抗は断念しましたが、何か?」
「同志。小生らに、一国の主たる者が安易に負けたとは言わないで欲しいのですが・・・」
「ふふ。力こそ正義」
「お兄さん。リリオンの姉が強すぎる・・・」
「分かる」
 ぶーぶー言ってる参謀を置いて、ディナータイムに戻った。
「はぁ・・・気づいたらこの時間だ!」
 くたびれた感じでベッドに飛び込んで転がる。
 公職を参謀に引き継いだが、しかし商業国家から連絡があって早朝にはジルベリーを見送ってから馬車で移動しなければならない。
 この気まぐれ女の束縛はまだまだ続くのである。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 商業国家は、工場や倉庫を増殖させる機構を持っている。
 街が重なって城であり、城が重なった塔の上から、古代遺跡のオーパーツを流用したレールガンが広大な商業国家を見下ろしている。
 盆地になった土地の隅々まで工場や民家が騒ぎあって、ある種の活気を作っていた。
「すう」
 馬車に同伴したシエラはぐっすり膝の上で眠っていた。
 原則として護送中は要人が外に出てはいけないから、シエラの苦労を肩代わりすることも出来ない。
 敵の人質になった場合でも最終的に判断して救助する機関が存在しない以上、外国に行くリスクは大きい。
 国境を超える最中に、四、五回ほど帝国の忍者と交戦し、スキルを乱用した副作用で眠ってしまっているわけだ。
 サキもそうだが、客将は、一定範囲に殺気が近づいたら察知して起き上がったりする。
 業界では傭兵や忍者同士を暗殺し合うことも少なくないようで、ついさっきまで「業界の闇」について話に花を咲かせていた。
「ふああ・・・」
 もう一眠りしようかと欠伸をした。
「ん?」
 眩い光が、隙間から溢れた。
 射出されたレールガンの眩い輝きが天に昇っていく。
「何かの記念日かな?」
 あの塔の上のレールガンという装置は発射さえしてしまえば暫く撃ちっぱなしになるそうだ。
 それで、スキルや魔法以上に殺傷力の高い火力なのだから脅威だ。
「同志、おはようございます。
 先程鳩が参りまして、前線が一時間前から交戦が始まっているようです」
「クソ・・・こっちを悟られた。
 もっと早くに情報を教えてくれ。
 リザとキョウコに拠点をカモフラージュして、極限まで行動と熱源を排除し、兵の外出を禁じるよう指示するんだ。
 指示があるまでは調理が必要な料理を避けて、非常食に切り替える。
 北方戦線を切り捨てた上で憲兵隊をナザリまで後退し、チャンスを見計らって北方の部隊で挟撃をかける策案を全ての司令官に知らせて欲しい。
 アスト。すぐ前線に鳩を送ってくれ」
「残念ながら、そこまで鳩は持ってませんね」
「一刻を争うんだ。
 目的地に着き次第、大統領との会談を遅らせる。
 他に同行した連中にアイディアを聞こう」
 中心部に着くと、そこから馬車の侵入が不可になっていて国会議事堂に向かう直線通路を辿った。
 クナーナ少将が予定していた市街地との分岐点でお茶をしていたので、カフェショップに僕らも入った。
「くすくす。何、あの格好?」
「コスプレじゃないの?」
 白のブラウスにスカートに、スクール鞄という格好で不良の女子高生のようである。
「懐かしい味だ。
 おかわりを頼む」
 それも、銀髪のクナーナが両腕のない自身に代わって、助手の亜人にドリンクを持って飲ませているのだから、器用なことをするなあと感心する。
 レトロな雰囲気で家具が統一されており、歩くたび木造がミシミシ鳴くことから「アムル」は、独特な店構えだった。
「勇者。十七分の遅刻だ」
「申し訳ない」
 普通より背の高い椅子で、テーブルまで登れないアストを担ぐ。
「時間がないから座ってくれ。
 ドリンクはアイスティーでいいかな?」
「シエラを先に大統領に向かわせたから二人分で。
 クナーナ少将は、商業国家のセントラルは慣れてますか?」
「子供の頃に、両親に一度連れられてきてね。
 昔は、あんな女子高生とかいう不良どもはいなかったんだが、それだけ国が豊かになったということだろう」
 遠くのステージから楽団の楽しげなマーチが聞こえてくる。
 それがどうして、寂しい雰囲気にマッチしているのかは分からなかった。
「小官を前線から下げるのは辞めて頂けないか?
 確かに部下は優秀だが、国内の統治も兼任するとなると物資も人も足りない」
「クナーナ少将が国内の在留部隊を切り詰めて運営していることは知っていますが、睨み通り少将は内政にも少なからず通じていらっしゃる。
 なので、真夏まで国内の治安管理は少将に任せたいと思ってます」
「それなら、商業国家の傭兵派遣社員と契約してくれ。
 現地で外国勢力とのバランスを調整しながら、時々に前線へ赴きたい」
「国債を企業が買ってくれたらクナーナの期待に応えられますが、現状は物資の供給で手一杯だ」
「御託は良い。
 小官は戦いの専門家であって政治家ではない。
 命令には従うが、相応の支援を用意して欲しい」
「はあ・・・ところで、クナーナ少将は戦線に変化があったことは知ってるな?」
「勿論だ。
 助手のアルメスは鳩係り兼、用心棒だからな」
「北方と司令官たちに鳩を出したいから貸して欲しい」
「さっきの要望に応えてくれたらいいぞ」
「は?
 命令だ。鳩を貸して欲しい」
「プライベートの世話をさせている者に、そんな理屈は通用せん。
 要望を聞けないなら仲間の命を諦めるのだな」
「ふざけやがって・・・」
 クナーナ少将はどこ吹く風という様子口笛を吹き、ひっくり返そうな椅子を緑髪のスーツ姿のアルメスが支えた。
 無表情のエルフで、首には奴隷によく見られる首輪をしている。
「筋の情報では、次の北方前線をセンヒメという女が担当してくるらしい。
 非凡な才能を持つ武将だから、挟撃を徹底したいのであれば鳩を使うことを勧める」
「折れてくれよ少将」
「何年くらい我儘貴族と相手しとると思うておる。
 戦争は、下が上をコキ使ってナンボだぞ?」
 はああと大きな溜息を零して、手紙の束を渡した。
「一週間ほど、商業国家に滞在する。
 上手いこと懐に飛び込んで民主国家の世論を変えれれば勝機があるかもしれない。
 そして、少将にはその間の代理役をお願いしたい」
「総司令官の穴を小官が埋めるのか?
 北方戦線はハーフエルフ主体の命令を聞かない連中だ。
 小官にはあまり面識がないから作戦行動を聞いてくれると限らないぞ」
「アスト。そうなのか?」
「はい。司令官たちと同じで、同志以外の指示を聞かないと思います。
 小生らも魔法が使えない以上は、傭兵の士気も落ちるでしょう」
「急激に軍隊を整備し過ぎたんだ。
 人の心が現代の戦争についていけていない」
「少将に、サキという忍者をつける。
 彼女を自身の使いの者において、現地に指示を送って欲しい」
「小官の代わりに送ったとか言ってた忍者か。
 報告書を見る限り、腕っ節はあるが経験も浅く人の上に立つには大根役者も良いとこだろう」
「いいや。策がある。
 アストがすぐ国に戻った後に、前線から戻したサキと一緒に北方キャンプに移動して貰う。
 兵の指示をアストがやって、すぐ側で兵の鼓舞をさせる。
 サキには難しいかもしれないが、手紙で兵のシゴキをするよう指示した」
「机上の空論にならなければ良いが、カードは揃ってるから異論はない。
 戦況を見て、挟撃を行う旨承った。
 そして前線の押し込み具合に応じて撤退を行う。
 住民の避難計画については反攻作戦の原案から引用するぞ?」
「構わない。
 三傑が集中して現れることもあるから、その場合は少将が陣頭に立つことも致し方ないだろう。
 前線の被害が半分を超えた時点で」
「分かっている。
 ライン戦の崩壊は共和国の敗北だ。
 スレイル。小官は、共和国が敗北しないために死力を尽くすし、手段も選ばない。
 小官が恐ければ、なるべく期限を切り詰める努力をするのだな」
「ああ。お互いに、ベストを尽くそう」
 求めた握手を、彼女の「触手」が握った。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 国会議事堂の応接室に、フリーゲン・ジードニッヒ大統領が僕らを招待した。
 スーツが板についた政治家で、整った髪に整った歯を見せて微笑んでいる。
「シエラから道を聞けば良かったものを、進捗があって大統領の会談時間をずらすとは何事か?」
 こちらも鳩を出払ったので、街でスーツを用意していたのも伝えてない。
 ご立腹そうな官僚もソファに固めて、威圧外交準備満タンという感じだ。
「僕と少将が共和国を離れたのを受け、少し指揮系統の乱れがありまして申し訳ございません」
 謝るべきは謝るだが、あまりつけあがらせるわけにも行かない。
「こちらは僕の参謀で情報伝達を担当するアスト。
 順に副総司令官のクナーナ少将と助手のアルメスです。
 御国の優秀な客将のシエラ様には、商業国家のため、両国の友好のため、尽力して頂いたことを大変感謝しております。
 また、道中においても帝国の忍者を撃退して頂いたことには感謝をしてもしきれません」
「そうなのか?」
 全身黒スーツを着たシエラは、応接室の外からノックして一礼して中に入った。
「はい。
 おいら達は元々前日入りするつもりだったのですが、不審な通行止めや帝国の忍びに遭いまして、遅れた次第です」
「予定が遅れましたことを官僚の方々に深くお詫び申し上げます」
 僕の一礼を受け、慌ててアストや少将やアルメスが傚った。
 高圧的な姿勢から一変して、共和国の指導者が謙虚な態度であったことに驚いたのだろう。
 ぱりっとしたスーツ姿の官僚から固さが抜けて、鞄から資料を取り出した。
「分かったが、次は気をつけてくれ。
 用件のことだが、もう少し物資を削らせて貰えないか?
 輸出をするあまり、蓄えが殆どないのだ」
「何割の削減ですか?」
「指定されたうちの二割だ」
「共和国政府としても、住民の避難計画によって食料事情は譲歩出来ません。
 武器に関しては、大幅にカットして頂いても構いませんが?」
「ふうむ・・・」
 大統領が困っていると、影から見慣れた秘書の姿が見えた。
「俺たちはどちらかと言えば、武器を売りたい。
 何もしなければ共和国は飢えに苦しんで、国内の食料を金持ちが買い占めていくだろう」
「ザリエル・ジードニッヒ大統領秘書。
 商業国家としては正しいが、民主国家としてどうだろうか?
 フリーゲン・ジードニッヒ大統領。返事をお聞かせ願いますか?」
 ザジを一瞥して、一瞬大統領は怖い顔をした。
「勇者。我々は、帝国が商業国家を攻めるかどうかで民意が割れておるのだ。
 もし攻め込まれるならば武装をしなければならず、支援などしている暇はない」
 そうか。
 彼らの論点は、共和国の政治的実用性だ。
 反攻作戦まで意図的に前線が下がっていくことを知らせるわけにいかなかった。
 だから、民主国家を懐柔する他に共和国が生き残る術がないと開き直る。
「攻められた場合において、共和国と同盟を結ぶのはどうでしょう。
 自身のトンチによって、イリアル強いてはエルフの軍を動かせるかもしれません」
「いや、商業国家は中立であるべきでしょう。
 国家誕生以来、それを貫いてきたのですから」
 シグスという女議員だった。
 老けて黒い髪に白髪が混じり、入れ歯に、額に細い筋が入っている。
「それに共和国は、帝国の軍に半壊された後、エルフの大軍に大魔法を使われたと聞いています。
 エルフ族も一概に共和国強いて勇者には、寛容とは言えぬではないでしょうか」
「シグス議員。そうとも限らないでしょう。
 私の筋で帝国とエルフと共和国の間でエルフがこれからの戦争に介入しないという取り決めを交わしたという話を聞きました。
 そもそもエルフが勇者の交渉に応じてくれるポイントはあまりにも大きい。
 仮にも、半人である帝を倒せるのは、特殊な剣を持つ勇者だけなんですからねえ」
「フレックス議員。党内でも有数の支援賛成派でしたか?
 もう話し合いは辞めにしましょう?
 内閣内で言論を一致させなければ、交渉など臨めるはずもないでしょう?」
「決めるのは大統領だ」
 もちゃもちゃと揉め出した官僚たちに、大統領は一喝した。
「レールガンの防衛能力を考えれば、現状の支援は問題ない。
 攻められた場合に中立を示すなんて世迷い言も辞めよ。
 戦争になれば同盟を結ぶ契約に異論はない」
「ですが、大統領!
 最終的に帝国の占領を受け入れれば、土地や建物のダメージや兵員の消耗を抑えることが出来ます!
 帝国との協調も視野に入れるべきです!」
「シグスは言動は慎まれよ。
 元凶を正せばメディアが帝の正体に触れてしまったことから始まったのだ。
 彼の国は我々の表現の自由を、民主主義そのものも恨んでいるかもしれん」
「手段の一つとして先に降伏を受け入れられたら?」
「シグス議員。
 戦争という災厄を非難する国において、侵略戦争に屈することは国民の尊厳を踏みにじることに等しい。
 降伏を受け入れるなどあり得ないし、帝国と手を組むなど以ての外だ」
「おお・・・ならば、同盟ですね」
 フレックス議員はガッツポーズを浮かべた。
「そうだ。皆、フレックス議員が用意した資料を開いてくれ。
 ザリエル。共和国の皆さんにも資料を渡してきなさい」
「何で俺がアイツらに・・・」
「簡単な仕事もせんとは使えぬ息子を持ったものだ」
 やれやれと大統領は立ち上がり、不服そうな顔をするザジを背に、一人一人に資料の紙を手渡しした。
「帝国の巨壁をレールガンで破壊し、強襲する電撃作戦・・・希望兵員数が十万?」
「共和国指揮官クナーナ少将。我々は戦争を仕掛けられた際に、自他の兵員を集め、敵に大ダメージを与え単独で講和を行う」
「単独で講和?
 同盟であるなら、両国の講和で良いじゃないか」
「勇者。第一前提として、我が国は支援の代償として、最低限自国の平和を勝ち取らなければならない。
 講和には商業国家が十割の戦果として臨むのが、一番だと考える」
「待て・・・全軍の経路を注視して欲しい。
 提案されている作戦は、安易に帝国が退路を断つことも可能だ。
 小官らが頑張ったとしても、慣れてない御国の軍隊が足を引っ張るに決まっている」
「クナーナさん。何て言い方するんですか!
 ラッドの国防軍が弱いわけありません!」
「シグス氏。政治も戦争も分からないご老人は、後で分かりやすく説明するので黙って頂きたい。
 話し合いの邪魔だ」
「きい!」
 全身で怒りをアピールする政治家のおばさんが腕を上げた途端、フレックス以外が全力で抑えつけた。
「シグスさん辞めて下さい!」
「ババア呼ばわりしやがって、冗談じゃないわよ!
 こんチクショウ!お前もババアじゃねえか!」
「小官らの国はこういう馬鹿をトップが降格させるので政治は回るが、民主国家の選挙はどうして個人の能力も分からずに、このようなアンポンタンを当選させてしまうんだろうな。
 作戦案もさぞ考えたのでしょうがね。
 商業国家から見て他国の兵力の半数を動員する妙案であれば、更なる支援を約束されるべきだと小官は考えます」
 メチャ図々しい。
「動員する師団の被害規模によって、共和国のライン戦は崩壊します。
 型破りの同盟でリスクの引き換えに恩恵を頂きたいのであれば、共和国に引き続きの支援と傭兵派遣社員の提供をお願いしたい」
「傭兵派遣社員だと?
 我が国では傭兵派遣法案がまだ議会で通っていないからすぐには無理だ」
「早急に通して欲しい。
 御国の兵員は前線ではなく、比較的安全な内地に置かれることになる。
 給料も先払いとさせて頂く。一部国債だが」
 まあ、十割国債だが民間企業との取り決めに役人が首を突っ込むことはないだろう。
「いいだろう。フレックス君はどう思う?
 電撃戦以外で代案はないのか?」
「国を城壁で囲むとかですかねえ・・・」
「ダメだ。半年や一年じゃ間に合わん。
 戦争が終わればすぐに取り掛かろうと思うが」
「大統領。本当に同盟を結び、支援と傭兵を送るつもりなんですか!
 我々の民主国家は、決して戦争を行う蛮族と手を取り合う必要がないというのに!」
「シグス議員。戦争を仕掛けられた共和国が自衛のための戦いを始めるのは自然の道理だ。
 どちらかと言えば、目の前の戦争を指を咥えて静観している我々が異常なのだ」
「貴方まで彼らの味方をするのですか!」
「そうではない。
 我々は正しい分析に時間を弄してきた。
 これからもそうするべきだ。
 共和国は何度も帝国に講和を申し立てても跳ね返されている。
 これは、同じ文明国家として看過出来ない蛮行だ」
「・・・ですが。現状すぐ帝国との貿易を止めるわけには参りません。
 最近では特に、価格交渉や物量への要求が激しくなっている」
「そうだ・・・フレックス議員。
 その点で、共和国と商業国家でタイムリミットを計った上で協議したい。
 この交渉で一番伝えなければならないのは、どの国も豊富な資源も人材も何処にも存在しないということだ」
 会議はそれからロクに進展がなかった。
 議会と内閣府の調整のために話し合いを無理やり中断し、彼らは身勝手に去ってしまったのだ。
「全く・・・民主国家というモノは。民草を正義とメディアの下に踊らせて、いざ戦争や経済不安になれば方便ばかりの外交を選ぶ。
 自身たちの国が如何に他国と比べて物理的に小さいか微塵も考えない」
 街の外れの屋台の椅子で、慣れない格好で酒を飲んでいる。
 おでんというモノを初めて食べたが、これが夜の寒気さと相まって最高に美味い。
 鰹節と昆布で取った出汁に味を付けて、野菜や肉類、厚揚げ何かを長時間煮込んで提供する店である。
 ドラゴンの肉をアストは嬉しそうにほくほくと食らい「これが出張費で計上されるのか・・・」と、我に帰る。
「同志ぃ。今日は飲んで良い日ですよね?」
「ホテル近いしオッケー」
 頰も耳も赤くなって良い感じに出来上がっていた。
「少将。飲み過ぎですよ」
「・・・」
 クナーナの肩に触れようとしたら、アルメスに邪魔された。
「お前全然話さないし、飲まないし食べないよな」
 瞬間的に頰を掴んで、口の中に大根をそおいと投げ入れる。
「あつ・・・」
 でも食べさせたら、美味しそうにぽわーと頰を緩ませ瞳を輝かしていた。
 クナーナに贅沢を自粛させられているようで、酒を勧めたらぐびぐび飲んだ。
「民主国家って奴はー・・・」
 もはや迷惑な政治オジさんと化した少将は、ぐらぐらとバランスを崩すとアルメスを下敷きに倒れた。
「アルメス。少将をお休みさせてあげたら良い。
 後で部屋に、おでんのお土産持って行ってあげるよ」
「ほ、ほんと?」
 アルメスはぽわーと幼児のように満遍の笑みを浮かべ背中に乗せ、よいしょよいしょと左右に肩を揺らしながら去っていった。
「同志。初対面の女の子に優しすぎませんか?
 小生の初対面は飴玉一つでしたよ!」
「アスト。お前も酔っ払ってて中々面倒臭いな」
「ホテルだって部屋分けられるし・・・小生泣いていいですか?」
 号泣の一歩手前の嘘泣きをされ、顔を隠された。
「やめて!やめてやめて!」
「泣いてねえじゃねえか!」
「うわああ!」
 それからぐいーんばっかーんとハンドガードをこじ開け、嘘泣きを見破った。
「んーんー」
「客将はそのポジション好きだな」
「んーんーんー」
 ムシャムシャおでんを食べまくり、一升瓶を二つ開け、目玉をぐるぐるにしながら僕の方に崩れてきた。
 痛いくらい額でぐりぐりされ、スーツに皺が残ってしまう。やれやれだ。
「この人の胃はどうなってるんでしょうね。
 急性アルコール中毒で死んでもおかしくないと思うのですが」
 ほかほかのおでんを皿に次々入れて、アストは箸で口に含む。
「同志。周囲に、敵がいます」
「忍者か?」
「分かりません」
 先ほどと同じ調子で、アストは答えた。
「シエラが反応しないってことは殺気がないのかも」
「客将はべろんべろんで感覚もクソもないと思うのですが・・・」
「まずいな。
 僕も聖剣をホテルに置いてきたし」
「まあ、小生とその人担いで部屋に戻りましょうか?」
「防犯ベルみたいな扱いだな」
 やはり彼女も、よいしょよいしょと胴上げされるように運ばれることになって、命かながらワンルームまで走ってきた。
「嘘なんですけどね」
「は?」
 ばさーと、ベッドに押し倒されたと思うと、慣れた手つきでベルトを外された。
「いやいや」
 ばちこーんと、頰を叩き抵抗する。
「痛いじゃないですか!」
「何してる・・・」
「見て分かるじゃないですか!
 夜這いですよ!」
 かつてこれほど堂々と夜這いした犯罪者が居ただろうか?
 参謀のアストを蓑虫のように身体をロープでぐるぐる巻きにし、部屋の隅に拘束した僕はベッドに入って丸まった。
「おやすみ。世界」
 こうして寝られるはずもなく急に忍び寄った影に視界を奪われた。
「ふふふ・・・」
「何で裸になってるんだ。
 どうして知り合いの女たちは裸になるのに、躊躇がないんだ?」
「お楽しみターイム」
「同志。その女は危険です」
 凄まじい変化球のようだった。
 手刀を払って、ぼんやりした視界の中で聖剣を探した。
 脳内で分泌したアドレナリンも、倦怠感の原因のアルコールには勝てなかった。
「が、は!」
 背中から押し倒した客将は僕を半裸にすると、ニヤニヤして覆いかぶさるように布団を被った。
 叫び声が出ないように首を絞められ、
「同志ぃ!」
 アストが叫んだ。
 首から下に無数のキスマークをつけ、発情し身体を擦りつけていることだけは分かった。
 股間のそれも熱かったが、僕も日常の疲労からくらくらしている。
 夢心地でアストの声を聞いて、助けを求めて、手を伸ばした。
「だーめ」
 その手が、指先が、女に絡め取られる。
 ねとねとした唾液に塗れ、ちゅうちゅうと乳房か何かのように吸っている。
 愛撫と表現するよりも、彼女の行為は、アストに見せつけているようだった。
「なあ、好きな男の前で何もできない気分ってどんな気持ちだ?」
 脇を舐め、なぞるように腋窩から脇腹まで指を滑らせていく。
 サーモン色の舌で怪しげな笑みを浮かべながら、アストを弄んでいる。
「ねえ。おいら、履いてないんだよね?
 この先のことしちゃって本当に良いのかな?」
「ダメに決まってるじゃないですか!
 客将!正気に戻ってください!」
「やぁだ」
 声を聞いて、内にあるドス黒い欲望を刺激した客将は、おかわりが必要になった。
 ずるい。私も。そんな届かない声にならない声が脳裏に響いた。
「おっきい。欲しくて欲しくて、頭がどうかなりそう。
 布団の下でテント作ってるの。アストにも見せてあげようか?」
 うずうずした様子のアストが息を呑み。それがスイッチであったかのように、嫌悪感が薄まっていった。
 心臓の高鳴りに目をぐるぐる回して、吐き気で気を失いそうになる。
 どうしちゃったんだろう?
 本当の意思と真逆のことを言いながら、不気味な高揚に逆らえないでいた。
「おいらの涎で、大事な人のパンツ汚れちゃったね?
 本当に、この先のこと始めちゃっていい?」
「だ・・・ダメぇ」
 見たい。見たい。見たい。
 そんな胸が引き裂かれそうな、得体の知れない化け物に食べられそうな気持ちになる。
「小生の・・・が」
「美味しい。
 汗の味も、臭いも」
「やだ・・・」
「まだ、あげないよ?」
 シエラは飢えた動物のように、ねちっこく皮を甘噛みした。
 骨が出ないぐらいにがりがり噛み続けて、どろどろの血が出たのを吸って胃に押し込んだ。
 どんなモノよりも、美味しそうだった。
「はぁはぁ・・・」
 自身を慰めれないもどかしさと切なさで無意識にアストの頰から涙が伝った。
 既にアストの頰は赤らんで、瞳が蕩けていた。
「もっと楽しませてよ。
 もっと、傷つくとこ見たいよ」
「う、あ・・・」
 それから、気がおかしくなったんだと思う。
 女が作った男の血の入ったグラスを飲んで、宇宙へ昇天した。
 情熱的に愛撫する姿が鮮明で、目から離せなくて、忘れられなかった。
「ん・・・」
 朝というよりも、普段使ってるようなボロい寝具でないことに驚いた。
 手に握られた聖剣を床に落とし、違和感のある音がして、ベットから立ち上がった。
 パンツがねっとりぐしょぐしょでオネショを疑いたくなるレベルだったが、汗と思いたかった。
 寝ていた女を起こし「風邪を引くぞ」と、言う。
「二日酔いが気持ち悪すぎて、身動き取れない・・・」
「小生も・・・おエェ」
 翌日の少将の出立に向け、二日酔いの二人組がカフェショップの隅に集まっていた。
 朝は、寝ぼけるアストの口から血が溢れていたので、びびって絶叫した。
「一日かけて、傭兵派遣社員登録してる労働者の元を回るから、後日手紙で報告書を送る。
 手紙で依頼されてたモノは、商業国家国営倉庫二百二十番通路に入れておいたから可愛がってあげてくれ。
 あと、コイツ有難うな」
 ハーフエルフの発明の一つだろう。
 尻尾から伸びた手が、マナゾーンの恩恵を受け命が灯った。
 しゅるしゅる机の上のおでんの箱が持ち上がり、クナーナ少将の鼻ぐらいの高さで止まった。
「娘の形見なんだ。
 小官のために、手の代わりになるものを作ってくれたのさ」
 触手は少将の屈伸に合わせてぴょこぴょこ動く。
「アルメスも喜んでる。
 戦争が終わったら、また来よう」
「ああ、二人とも、元気でな。
 あとアスト。お前も支度しろ」
「小生もお別れ・・・。
 これから、生真面目忍者に会うのかと思うとシクシク。
 客将。昨日は何があったか全く覚えてないですが・・・殿方のこと宜しくお願いしますよ」
「二日酔いが酷くてとても護衛どころじゃないが、給料分の働きはしてやるよ?」
 給料貰ってないじゃん。
「べー」
「ううっ」
 客将が舌を出して僕の腰に手を回してるのを見て、アストは不思議な金縛りになった。
 出荷されていく一台の馬車を見送りながら、シエラは悪巧みの表情を浮かべた。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 建国記念日。
 リリオンの姉シエラは用心棒を集めて要人の警護をすることになった。
 共和国と協調路線を訴えていた政治家の相次ぐ暗殺の報告もあって、彼女は渋々僕の元を離れた。
 商業国家国営倉庫、二百二十番通路。
 発送前の家畜の鳴き声が蔓延るエリアで、少将に要求していたモノを見つけた。
「アルッケス・エテナだな?」
 独房の少女。
 高揚して貴族を殺し、貴族に見捨てられた女だった。
「・・・私に何の用?
 商業国家で、裁判でもする気?」
 宮殿の地下に幽閉されていた彼女は、命令が無ければ終身刑になるはずだった。
「これでも君を保護したつもりだ。
 檻の鍵を外すから、そこで待っていろ」
「何を考えているの?
 分からないわ。
 貴族たちと蹶起した当事者よ?」
「昔、仲間に騙されて似たような行動を起こしたことがある。
 同情ではないが・・・国外追放で良いと思った」
「自分の意思で決めたことだったのよ?
 私に情けをかけるつもり?
 貴方を殺すかもしれないのよ?」
「殺しのチャンスはやる。
 兎に角、檻から出るんだ」
 檻を外し、少女の足元にナイフを投げた。
「この国で誰を殺そうが君の自由だ。
 無論、僕も殺せるならそうしてくれて構わない」
「馬鹿にしてるの?」
「違う。
 此処に、君に優しくした貴族社会はもうない。
 今の君に、凶器以外で仲間はいないんだ」
「馬鹿にして・・・!」
 動揺を含んだ素人の目つきだった。
 勢いを捉え、ナイフのグリップを引っ張り、引き込んで背負い投げした。
「くう・・・!」
「学ぶんだ。
 殺すということは、殺されるということだ」
 起き上がって、警戒しながら振り回した短いナイフを蹴飛ばした。
「う・・・!」
 情けなくて、弱いことが悲しくて、分からなくて、辛かっただろう。
 彼女は受け身も分からず、転がっては満身創痍で立ち上がった。
「エテナ。本当に、人を殺したいなら正々堂々戦おうと思うな。
 寝首を掻くんだ」
「はぁはあ」
 古びた奴隷の衣装はボロボロになり、娼婦と見間違う程だ。
「すまなかった。短い間だが、役に立ちそうなことを少しずつレクチャーしていく。
 メモと筆を渡すから、勉強するんだ」
「嫌よ・・・!
 散々負けて、死んだ方がマシだわ・・・!」 
「死んだ方がマシ?
 ふざけるな。
 今の君の気持ちは殺した人間の気持ちと思え。
 いいから、理不尽な世界で生きていくための勉強をするんだ」
 彼女の手をこじ開け、ナイフを捨てて、筆とメモ帳を握らせた。
「どうしてこんなことするの?」
「君に、生きていて貰いたいからだ。
 生きていれば、もっと立派な人になる」
「気まぐれに人を弄ぶことがそんなに楽しい?」
「自身の信条に理由はいらない。
 君の質問には答えない」
 強引に手を引っ張り、コートを被せて市場に出た。
 商業国家の市場は亜人街の街並みくらいカオスだが、商品の種類は多くとにかく安い。
「古着が欲しい」
「あいよ」
「代金はこれで頼む」
 店の親父が銘柄のナイフを気に入って、上下のセット衣装をプレゼントしてくれた。
 貴族から見窄らしい街娘に変身してしまったが、彼女は少し安心したような表情をしている。
 薄暗い市場の裏で、ゴミの臭いが鼻を突いた。
「着替えてるとこ、じーっと見てるなんて変態じゃないの?」
「はだけている所は目を瞑った。
 逃げないかどうか見張ってただけだ」
「殺したきゃ殺せって言う割に、逃げて欲しくないのね?」
「広い街を一人で歩くのが面白くないんだ。
 道端の出会いに期待するほどロマンチストでもない」
「私は貴方と早く別れたいわ」
「僕は、別れたくない」
「はあ・・・貴方のこと女性の私には理解不能よ。
 必ず殺してあげるわ。
 でも、金も何もないから暫く一緒に行動させて貰う」
「それでいい。
 女は男を利用して生きていくのが一番だ」
「ホント何言ってるんだか・・・」
 暫く道なりに進むと、セントラルに着いた。
 大陸中央社という世界で一番大きな新聞社だ。
「でかいな」
「仕事で行くの?」
「君の乗っていた馬車の、クナーナ少将に頼まれたんだ」
「ああ・・・あの人ね」
 硝子張りの見たこともない立派な建物で「ビル」と呼ばれている。
 受付で事情を話し、共和国の最高責任者の取材がしたいという記者が五、六人飛びついてきた。
 少女のことを助手だと説明すると入れて貰えたので、取材のメモを取らせていた。
「小さな応接室ですが、何卒宜しくお願いします!」
「国王代理自ら我が社に訪問して頂けるなんて光栄です!
 サイン色紙に記念のサインを!」
「スピーチして、スピーチ!」
 同じ口調で話す、特徴のない個性の集団だった。
 皆、誰が書いたかも分からないような共和国の法律や都市、地方の特徴が書かれた本を片手に熱心に話しかけた。
「これから話す内容を、どの文脈から引用して頂いても構いません。
 今日の大陸は、帝国の言論統一を巡って侵略戦争の渦中にあります。
 我々は帝国の対決者として、一方的な条件を突きつけられる立場になく、より対等でより平和的な立場を目指す威信があります。
 我々は彼の国と争う上で、常に彼の国に対し戦争の停止と戦前の領地まで戻す条件を突きつけています。
 我らが国家にとって、防衛以外で戦争をする意思はないのです。
 フェアプレーをモットーとする誇り高き我々にとって、例え、侵略戦争の報復として敵の領地を奪ったとしても相手国の民を苦しめるだけであって、真の民主主義の戦争からかけ離れてしまうためです。
 我々は大陸の平和のため、家族を守るため、生まれ育った故郷を守るため、戦わねばなりません。
 私利私欲のため、民を弄ぶ大国の指導者に我々は立ち上がらなければなりません。
 世界平和の最前線である共和国前線に兵が足りない今、有権者皆様方の厚意と情熱を元革命軍として、魔弾のスレイルとして、返還の騎士として、勇者。共和国王として、渇望する次第であります」
 スピーチが終わり、教壇から降りようとすると「そのままで居て欲しい」と、声が掛かった。
 絵描きに囲まれて二時間四十分の観察をされ、以前より静かになった一団を眺めた。
 それからワーッと押しかけた新聞社の質問責めがあった。
「傭兵派遣法案が決議された暁には、自由に報道を行って下さい。
 僕は、疲れたので帰ります」
「用意した絵などについては?」
「自由にお使い下さい。
 報酬は頂く気はないので、共和国として講和に向け、戦力を増強する上で御国から傭兵派遣を頂きたいという次第であります。
 つきまして、今後の共和国のビジネスパートナーとして、商業国家メディアと絆を深めたいと思っている所存であります」
 一方的に打ち切って礼をして、新聞社を飛び出した。
「メモも無しでよく思いつくね」
「心地良くなる言葉を送っただけだ。
 一言で纏めると、共和国ピンチだから助けて欲しいで終わるからね」
「確かに、勉強になるわね。
 兵や民の心を掴むことで、裏切りを抑制し士気を上げられる」
「悪戯に人を巻き込む才能になるから、正しい目標のために君も使えよ?」
「貴方が言うと、説得力が違うわね」
 その後。バッタリ会った少将とマスコミに捕まえられて、取材陣に囲まれる中で議員と白熱した議論を繰り広げたり、少将のお好みのおでん専門店に行ったり、ナイターのバッティングセンターに行ったり、カラオケしたり、ソフトクリーム食ったり、何故か戦時中にも関わらず、全力でエンジョイしてしまった。
「つ、疲れた・・・」
「ねえ。動けないでしょ?
 今なら殺して良い?」
 僕たちが辿り着いたのは昨日泊まったホテルだった。
「いいよ」
「じゃ遠慮なく」
 疲れてはいるんだが、それ以上に女は疲れていた。
 遅い手刀を平手打ちして、聖剣を握った手を掴んで覆いかぶさった。
「これ自己防衛だよな?」
「うん」
 むにむに。
「うう、どこ触ってるの?」
 少女は頰を赤らめて、内股になって表情を引き締めている。
「地下に居たのに、こんなムチムチなのは何故だ?」
 ふにふに。
「ひあ、あっああ」
 びくびくびくーっとして首に息がかかるくらい近づいて、脇肉を優しく揉む。
「一番気になってるのは・・・」
 ぎゅううう。ぎゅうう。
「ひい」
 太ももを十分くらい揉み解すと、快楽に失神して少女はベッドの上で棒になった。
「随分と楽しそうだね。
 おいらも混ぜて」
 ベッドを起き上がり凄まじい殺気に振り返るが、既に構えていたシエラの二刀が僕の両肩にそれぞれ突き刺さった。
 悲鳴にならない悲鳴を上げ、足掻き、構えようとする僕にシエラは歪んだ笑みで腹パンした。
「ぐう・・・。特等席開けるから許してよ」
「だーめ」
 聖剣の治癒能力で肩の傷はみるみる塞がり、女は名残惜しそうに僕の血を舐めていた。
 捕食される兎と大食らいの狼の関係に似ている。
「んー。今日はね。
 大統領にコキ使われたから、おいら鬱憤が溜まってるからなあ?」
「何して欲しいんだ?」
「そりゃ裸の付き合いかな。
 ねね、遊んで遊んで。おいらとこれからお風呂行こ?」
「拒否権ねー・・・」
 馬鹿力に敵うわけもなく、彼女のヌイグルミになる。
 お湯と酒で気持ちよくなった後に、酔っ払った全裸女を布団の中に入れ、隣にエテナがいるというのに、また、発情していた。
 汗の臭いを嗅ぎながら、指先から関節部まで綺麗に舐めて、特に好きな親指の付け根は噛みちぎって血を美味そうにぺろぺろ舐めている。
 あまりにもエキゾチックな姿に息を飲んでいると、気絶してた少女が立ち上がった。
 僅かに、刃物が首に掠ったと思う。
 それから生殖しか考えていなかった雌がエテナに振り向き、反撃を与えた。
 エテナは僕が強姦されていると思ったらしく正義感から立ち上がったのだろう。
 勇気が絶望に変わり、瞳にドス黒い色が混じっていく。
「おいらの獲物に触れないでくれない?」
 エテナは僕の隣に半裸になって組み伏せられ、手足を縛られている。
「んー。ね、そっちの子殺されるのと、おいらと生殖するのどっちが良い?
 雌の腹にぐずぐず出してさ。
 みっともないお腹にさせたくない?」
 あどけない瞳で言われ、終に少女の首を抑えられ絶体絶命の時だった。
「両方御免だ。
 正気になれシエラ・・・」
「んひひ」
 そんな少女と僕の表情が興奮のスパイスになったのか。ニヤッてして、少女を解放し、僕の脇を激しく舐め始めた。
 脇を噛みちぎり、肉を噛んでアポクリン腺を摘み出して涎を含ませてからぐちゃぐちゃになるまで噛んでエテナに口移しで飲ませる。
 僕は、彼女から口移しされた成分によって、意識が朦朧とし痛覚が麻痺していた。
「吐いたら、その瞬間に殺す」
 魔王の眼に逆らえず、大粒の涙を頰からベッドに零し、少女が独特な苦味のあるそれを味わって食べた。
「聖剣の力で治るとこ勉強しながら、好青年を食べるのが好き」
 幸せの絶頂という様子でむぎゅーっと僕に抱きついた。
 彼女は、気に入った男のモノを他の女に食べさせることに絶大な性的興奮を覚えるようだった。
 目眩がするような状況に、ひっそりと少女の手が触れ合った。
「だーめ」
 少女が差し伸べた手が、行き場を失った。
「対面座位好き」
 それから大きな喘ぎ声が聞こえ、馬鹿力で首を絞められて気を失った。
 朝になってまるで何もかも嘘だったかのように無言でホテルを出た。
 エテナと僕は口を閉ざしたまま、朝食を得るために香ばしい匂いのパン屋に入った。
「何だったのかしら」
「・・・」
 今日でお別れだという置き紙を受け、どうやって安全に商業国家を抜け、共和国に入るか考え始めた。
 帰りの用心棒がいない。
 嵐のように入ってきて、嵐が過ぎ去ったように気配を消した。
「悪夢を見たわ。
 貴方を助けるために悪魔に立ち向かうんだけど、剛力でねじ伏せられて・・・」
「忘れろ。夢でも現実でも僕を助けようと思うな」
「だって・・・」
 朝食を終えて、相変わらず調子も上がらない二人がセントラルを歩いていた。
 仕事で仲良くなった政治家から学校や大企業の講演会のアポイントを貰い、彼らが好むような言葉を投げかけた。
 人は真理よりも簡単な仕事や目の前の食い扶持にしか興味がない。
 戦争の英雄に憧れ、世界平和で食料問題が解決すると思い込み。
 権利と財産を守るために徒党を組む。
「お疲れ様でした」
 握手を交わし、声援と拍手で会場に迎えられた。
 彼らは甘い言葉を欲した。
 だから僕は、甘い言葉で誘惑した。
 全てが終わって、白いスーツの婦人たちから「革命の人」というカードと共に、大きな白い薔薇の花束を贈られた。
 偽善者として、もう胸すら痛まなかった。
「国を出るが、君はどうするんだ?」
 夜の煌びやかな街に、歩き慣れた足並みで普段着が入ったロッカーに戻っていた。
 僕の背後を、少女が僕の鞄を持って歩いて。
「職安を頼ってみる。
 でも一週間の仕事を二日で終わらせるなんて、化け物ね」
「もう少し、体術や剣術も教えたかった。
 戦争じゃなければな・・・」
「殺したい人から教わることではないわ」
 ふんと鼻を鳴らして少女はソッポを向く。
「君は、正々堂々を意識し過ぎて沢山失敗すると思う。
 困ったらことがあったら手紙を送ってくれ」
「嫌よ。
 私には何もないけれど、自分で何とかする」
「住民票の手続きなら、フレックス議員が手を貸してくれるはずだ」
 花束に突き刺さったカードを少女に渡し「僕のことを悪者にしない程度に、事情を説明してくれよな」と、願った。
「っ!」
 少女は鞄を囮にナイフを懐まで忍ばせたが、膝で肘を打ち払って距離を取り、落ちそうな鞄も着地のニアミスで拾う。間一髪だ。
「師に学べば師は気づく」
「むかつく男」
「ほら、コイツも返すぞ」
 ナイフを渡し、鞄を開けた。
「少ない額だが、これもやる。働くことで金の増やし方を学ぶのも大事だが、市場でモノを吟味しながら金の使い方を覚えることも忘れるな」
 封筒に入った札を無理やり手へ渡した。
「それじゃあな」
「・・・」
「エテナ?」
 少女は動揺していた。
「ねえ、スレイル。最後に教えて?
 貴方のこと最初は殺そうと思ってたけど・・・貴族と違って私利私欲のために戦わないし、聞けば何でも教えてくれるし、強いし、仲間や部下にはきちんと食料や水や休息の心配をするし、信頼関係や相性に合わせて人と人の間を取り持ってくれるし、罪人の私を人柄を見て許してくれるし、非の打ち所がないわ。
 どうして、自身を正当化しないの?」
 隣の芝生は青く見えると言うが、その典型に思えた。
「悪を正当化する理由はない。
 そんな悪を殺したい超えたいという感情を大切にして欲しいんだ」
「私から恨まれたいの?」
 罪悪感に胸を抑え、全然、分からないわと、少女は呟く。
「何が言いたいの?」
 少女の目線に、子供の頃の自身に睨まれている錯覚に、目眩がした。
「全然意味が分からないわ」
「過去を重ねるわけじゃないが、君に、生きる理由がないから心配してるんだ・・・」
「私は、貴方を殺したくない。
 それでも、もう貴族のために戦う気はない」
「遠い夢を持て、アルッケス・エテナ」
「そうやって。高いところで私のことを笑っていれば良いわ。
 もう消えてよ。顔も見たくないんだから」
「エテナ・・・」
 セントラルの中央道路から見えなくなるまで、古い友人の面影をいつまでも見送っていた。
 すると、僕と少女のやり取りを見守っていた三人のエルフと一人が寄ってきた。
「勇者。あの時の身体の傷は完治しましたかい?」
「エルフ三人組じゃないか?
 大陸のエルフは殆ど深淵の森に帰ったと思ってたが」
「戦争は商売が儲かりますからな。
 俺たち、マセたチンピラでしたが肝っ玉は成長しましたよ」
 ムキムキっと、元チンピラエルフは肩の筋肉をアピールした。
「おーい。スレイル?
 あの可愛い子は誰だ?」
 その男は、女に飢えた獣であった。
 僕の肩に忍び寄ってシェクアンドシェイクし、グロッキーになるまで身体を振り回した。
「ザジ!
 殺す気か!」
「殺してえなあ?国王様よォ。
 聞けば、女を侍まくってるらしいじゃねえか!」
「してねえ!」
 顔立ちもすらっと整った体格も職業柄でも対等以上に張り合える男だが、執着すると周りが見えなくなる癖があってがっつき過ぎて女から嫌われている。
 スーツの男たちは、馬車を用意して「シエラの代わり」とかで、二十人ぐらいの傭兵派遣団を用意した。
「例の案は可決しちまった。
 親父に認められてるのはシャクに触るが、見識を広めるためにも先行隊を送る。
 こっちの兵は、労働基準法に煩いから時間外労働は避けるんだぞ?」
「え、何それ?
 戦争中に、そんな制度通じるわけなくね?」
「チッチッチ。
 スレイル。それは、こっちの国民には通用しないぜ?
 労働組合の連中で強引に有給取って、会社ボイコットするぐらい普通よ?」
「作戦行動に不向き過ぎるだろ・・・」
 役に立たなすぎでは?
「保険とか込み込みで少し高めだけど、俺の方で国債の相手してくれる会社のツテ探したんだぜ?
 お前の数日間のアピール活動も上々で、国会も世論も傭兵派遣には賛成が多い。
 親父に限っては、スレイルの立候補を恐れてるからな?」
「逆立ちしたって、商業国家で政治家になるなんてあり得ないよ。
 ところでザジ。随分、態度から棘が抜けたな?」
「はぁ・・・親父からお前んとこで、情報を仕入れて逐一連絡しろと仰せつかった。
 流石の俺も、立て続けに商談ヘマしてるから断れなくてな」
「消えろ。
 今から旅を同行するなら、ザジよりシエラが良い。
 帝国の手練れ忍者相手にするのは、マジで面倒臭いからな。交代を要求する」
「消えろは無いだろ、な?
 国内で暗殺騒ぎが絶えなくて、シエラみたいな優秀な傭兵が必要なんだよ?
 なあ、スレイル。昔のことは水に流そうじゃないか?」
「気が進まないな。
 だが・・・寝首を刺される心配があるが、共和国はザジが考えている以上に人手が少ない。
 今はお前の情報伝達能力が惜しい時だ」
「お?」
「早く共和国に馬車を走らせろ!
 エルフ三人と傭兵で手練れの者一名だけ、僕の馬車に入るんだ!」
「俺は入れないのかよお!」
「嫌いな輩と一緒の空気なんて吸えるか!」
 どんちゃん騒ぎの後、荷物とお土産を持って僕らは出立した。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 亜人街を制圧した大国は十七の戦線に帝国騎士団七師団を投入し、彼らは車懸かりの陣を展開した三傑の後続を務めた。
 共和国戦線が各部隊が魚鱗と方円陣を交互に展開し応戦したが、ウォルドニッチ大佐の討ち死に引き続き、一騎駆けしたナオマサのスキルでシェナとディ両名の指揮官は意識不明の重体に陥り総戦力の二割が消失する。
 そんな意気消沈する一同に向け、吉報が転がり込んだ。
「北方以外の帝国兵が撤退しました」
「何だと?」
 大国の異変を受け、帝国騎士の撤退を皮切りに戦線は縮小していった。
 それから兵たちは手放しで喜び、前線から撤退した。
「囚人たちの勢力に帝国内の兵糧がやられたようです。
 前線維持に必要な水が消失したとのこと」
「忍城で籠城していた奴らではないか?
 兵糧攻めに遭っていた話だが、まさか期に及んで反攻するとはな」
 ハーフエルフの将と、クルド、グルドルコらはそれぞれ負傷しており、血に染まった包帯を巻いて、クナーナの臨時総司令部に参集していた。
「負け寄りの引き分けだが、ドラゴンナイトの猛攻に晒されながらも、勇敢な指揮官たちの囮のおかげで帝国騎士団一割弱を帝国原産可燃物質で焼き払うことが叶ったな」
「痛み分けってところか」
 アルメスの手を借りて起き上がり、クナーナは頰を緩ませた。
「シェナとディが窮地で一騎打ちを所望した点には同意しかねるが、飲まず食わず不眠不休でよく頑張った。
 皆、精神と体力の限界だろう?
 勇者、負傷兵の処置のこともある。明々後日まで前線の活動を停止するが宜しいかな?」
「クナーナ少将。それは構わないが、北方戦線に行く兵員が欲しいんだ」
 命かながら円卓に参集した将兵は、互いにボロボロの身体を見合わせ、クナーナはその場を見て力なく笑った。
「言葉は正しく使うべきだ。勇者スレイル。
 現存する兵員で、北方戦線に向かうような奇天烈な輩はおらん。
 勇者は元気いっぱいかもしれんが、我々は限界だ。
 これ以上の酷使を求めるようなら小官らを解任して頂いて構わない」
「それでも、北に仲間が残ってるじゃないか?」
 ザジが虎の威を借る狐のように傲慢に言う。
「はぁ・・・人は休息も食事も無しで働けるほど丈夫ではない。
 馬鹿も休み休み言えクソが」
 グルドルコの一人は強気だった。
 僕はグルドルコの乱暴な発言にイライラして机を叩きそうになったが、リリオンが制止した。
「この手は何のつもりだ?
 ふうむ、商業国家で遊び呆けるあまり気遣いを忘れたか?」
 リリオンは、ずかずか臨時総司令部に現れた僕とザジに怒っていた。
「クナーナ少将にこの場を預け、スレイルは北方に直行するべきだ」
 同意を示す沈黙が流れた。
「皆が知ってることだが、彼女も良くやってくれた。
 一万人クラスの医療関係者を抱える病院を抱え、運送業務も請け負ってるんだからね。
 兵站の体現と言える」
 当てつけで言ってるのだろう。
 彼女の手によって、復帰兵が通常の四割増加したという驚くべき話だった。
「少将。それは、私ではなく総社の手柄だ。
 いいから二人とも現場のケアは任せて、行ってくれ」
「だが・・・」
「申し訳ないが、邪魔なんだ」
 リリオンの口調がいつもより強く感じたが、それほど前線も後方も限界が来ているということで無理やり納得させた。
「北方の挟み撃ちは失敗だな」
「スレイル。元気ないな?」
 そうして厄介払いされた僕らは馬を跨り、洞穴の迷路、ナザリという大規模な民家街にやってきた。
 避難計画から住民はいないが、識別不明の兵士たちが真っ黒焦げで横たわっているのが目立った。
「親父に手紙を送ったから、最低でも二百人の歩兵は指揮下に加えれるが・・・」
「市街戦で憲兵隊の消耗が激しい。
 ザジ。アストとサキに現状報告を頼んでくれ」
「やってるんだが反応がない。
 戦うなら、ナザリで少しずつ兵員を削るしかないんじゃないか?
 北方前線は本当に大丈夫なのかあ?」
 塔の国旗が虚しく靡いた。
「こっちが聞きたい。情報が欲しい。
 とにかく軍将のセンヒメを目指し、可能なら本隊と合流しよう」
 形勢的有利を作ったとしても、帝国は数多い武将で一斉に攻撃させることで共和国により安全かつ確実にダメージを与えていた。
 準備していて尚且つ指揮が伝わる戦線は善戦したが、配置しただけの兵では悉くが敗走していた。
「俺は戦闘のプロフェッショナルじゃない。
 交戦には参加しないぞ?」
「それでいい。有事の際は、ザジしか頼れないんだ。
 お前たちの傭兵団を指揮して、エリアを制圧してみる」
「分かった。
 入り口付近で隠れて待っている」
「ああ、祈っててくれ」
「女ならそうしたが」
「煩いな」
 二十名の武装は、市街戦を想定した構成ではなかった。
 それも熟練の兵士から見れば歩く餌なので、ペアを組ませ、背後を取られないよう注意するよう指示を出した。
「隊長!」
「僕は隊長じゃない!接敵か!」
 二十名余りのエルフ集団だった。
 二名が短剣で背後から首を刺され倒れ、他三名が魔法で重傷を負った。
「どうしてエルフがナザリにいる?
 お前たちが道中の人々を殺したのか?」
 傍の震えている兵たちを背中に寄せて「隠れてろ!」と、叫んだ。
 リーダー格で旅のお供をしたアルツェンが特に臆病で、商業国家の元防衛責任者であるにも関わらず、誰よりも後ろに隠れてしまっていた。
「魔法陣と弓を仕舞え、少し話をする」
「ですが・・・」
「この者は勇者だ。通常の兵より、苦戦する」
「勇者?
 獲物の情報では、共和国の最高位権力者では?
 どうして、素人に混じってナザリなんかに・・・」
「それは、我輩にも分からぬ。
 勇者、話がある。
 人間の手、足、臓物、鼻、目玉、髪の毛、それらは我らの領地で高値で売れる。
 戦争で避難する同業者も多い中、我々は戦争を利用して生きる亜人奴隷商だ」
「亜人奴隷商。何だそれは?
 黒ずくめの白仮面というと、カルテルか?」
「そうだ」
 素性の分からない者たちは、後ろの情けない傭兵たちを笑った。
「エルフ最高責任者のイリアルが前線に出ず、内政に手一杯なのはお前たちのせいか?」
「如何にも、我々は亜人カルテルで内政干渉し人里の侵攻や交渉を妨げている。
 勇者、スレイル。その点には、感謝くらいあっていいはずだ」
「馬鹿は休み休み言え。
 人類圏は表面上、エルフの実効支配にある。
 どうして、亜人奴隷商は社会に咎められない?
 昔からあるのか?」
「作られたのはつい最近だ。
 無論、エルフ社会とは共存関係にある。
 エルフが魔族侵攻の対策として必要なゴーレムの生成には人体がいる。
 イリアルは倫理上の理由から邪道視しているが、人を奴隷と見ている我らには関係がない。
 皆、汚れ仕事には触れたくないから、人間にだってそういう仕事はあるだろう?」
「お前たちの社会の闇が見えてきた。
 僕らを殲滅しないのは、何か話があるからか?」
「そうだ。
 我らはお前たちのように好きで殺し合いなどしない。
 カルテルに戦死者を回収させてくれたら、共和国に助力してやる」
「無理に決まってるだろ。
 倫理上の問題を解決せず、不確定な戦力を取り込むほど酔狂ではない」
「ならば我らを殺せるか?」
「隊長。ここは、敵の指示に従って死体を渡すべきです。減るものじゃないし、何より生き延びられます!」
「アルツェン。お前たちは何のために参戦した?
 目の前の窮地を受け入れ、甘えを捨てるんだ。
 交渉のテーブルに怯えた兵士は要らない」
「仲間を見殺しにするんですか?」
「いいや・・・」
 単独で逃げるなら自信はあるが、市街戦の素人を連れて逃げ切ることは困難だ。
「大将同士の一騎討ちはどうだ?
 互いに負けたら言うことを聞き合うのは?」
「良いだろう。乗ってやる。
 我輩も剣聖大会を勝ち抜いた勇者の実力をずっと計りたかった。
 こっちは出し惜しみ無しの本気で行くぞ!」
「アルツェン。お前が持ってるミスリルの剣を渡せ!」
 聖剣を抜き、詠唱を終える前から剣戟で火花が舞った。
 防ぎ切れない打撃と斬撃に身体ごと吹っ飛んだ。
「受け身を取って、急所を逃したか」
 身体強化と身体加速、微小魔法陣のマナの粒子が宙に浮き出て、自らの体内に収束した。
「禁忌魔法か」
「本気で行くと言ったはずだ」
 風のように間合いを詰め、金槌のような一撃を受け、咄嗟に盾にした壁が割れた。
「死ね!」
 右足、左手首の損傷で骨が見えていた箇所が、時間が遡行したかのように回復した。
「噂で聞いていたが、聖剣とは厄介だ!
 勇者。お前は何処まで治るんだ!」
「勝つまで試せば良いだろ!」
「悪あがきを!」
 刺客は返事を待たず、詰めた間合いを短剣で仕留めにかかった。
 高速化した凶器が顔の肉を削ぎ、脇腹を抉った。
「・・・お前!」
 聖剣を避けようと身体を捻る隙を見逃さず、思い切り仮面を蹴飛ばした。
 報復の炎の渦の直撃で全身はめらめらと燃え上がった。
「回復!」
「平の雷!」
 起き上がった刹那、足元のミスリルで雷を切り払って走った。
 無数に放たれた雷を避け、ミスリルの剣を刺客に向かって投げ捨て、
「これは避け切れんだろう!」
 奥の手として背後の家来に詠唱させていた大魔法が道路を塞いだ。
 接近戦から思考を切り替え、プラズマの津波が迫ってくるのを見て、
「それを待っていた」
 手の表面から、術式を展開。
「この光は?」
 刹那、全身から放電現象が起きる。
「大魔法を体内に収納した。
 勝負は着いた。お前たちが動いた瞬間に、大魔法を反射する」
「吸収魔法だと?」
「とんだ食わせ物だ。
 掌の六芒星の遺恨。元奴隷で、しかも革命軍の無法な戦術に酷似してる。
 剣聖大会で、一度戦ったハーフエルフのはずだ」
「勝負はまだ終わってない。
 まだまだこれからだ」
「動くな!
 術式は一度解放したらそれまでだ。
 精度やタイミングは制御は出来ない。
 この人数で収束した大魔法を生身で受けようなんて血迷いは起こすな」
「信じられんが、大魔法を無効化したところは認めてやる。
 だが、吸収魔法は次元転移方式が解明されなければ、実現しないはずだ」
「魔法の知識は深いようだが、ロザリアを知らぬわけではないだろう。
 これは、彼女と僕だけが使える奇術だ」
「何・・・!」
 刺客は仮面を脱いだ。
「ロザリア様だと?」
「見知った顔だ。
 名前は何と言う、どうしてエルフのカルテルに居る?
 待て、武器を捨て手を上げてから答えろ」
 足元に捨てた短剣とマジックアイテムを一瞥し、聖剣を鞘に納めた。
「そうか・・・そういうことか・・・。選ばれし者か・・・。
 我輩の事情も気も変わった。
 負けたことだし、一先ず味方をしよう。
 帝国兵の半数が、反転してナザリから離れた駐屯地に向かった。
 今は殆ど帝国兵が略奪を終え、共和国の残存兵は我々が商品にしてしまったが、略奪した兵士たちに限って本隊との合流は大きく遅れることだろうから、急ぐのであれば、我輩が近道を教えよう」
「それで、敵と手を組んだってことか?」
 大きく揺れる馬の上で、アルツェンとザジが唸った。
 怪しい者たちの黒い騎馬が先導し、アストやリザやキョウコさんやサキがいる駐屯地に向かっているようだった。
「俺の勘がこれは、罠だと言っている。
 アジトに誘い込まれれば、俺たち一溜まりもないぞ?」
「隊長。何で隊員の言う事聞いてくれないんですか?
 安全に交渉する方法を提案していたのに・・・」
「二人とも僕の勘には口出しするな。
 これで死んだら謝ってやる」
「死んだら謝っても死んでるから・・・」
 はぁと、二人は言葉と溜息を揃えた。
 男の一人が手を上げて、それが帝国兵との接敵だと分かった。
 馬を降り、砂の丘から景色を見下ろした。
 帝国は鶴翼の陣で魚鱗の陣を敷く共和国へと攻めかかったその時だった。
「皆で背後から強襲しよう。
 タイミングを間違えば、命取りになる」
 魚鱗の陣の先頭を切る参謀たちが心配になって言った。
「分かった。我輩は左翼を落とすから、右翼を頼む。
 そちらは戦の素人だ。
 少数であることは悟られるな!」
 傭兵たちは、ある者は馬の後ろに乗って、大半がナザリの武装兵から得た槍を持って果敢に突撃した。
「共和国の助太刀である!」
 勢いよく斬りかかった陣の背後は破れ、指揮系統は乱れた。
 亜人奴隷商が弓兵を相手取っているうちに、右回りして本隊に合流する。
「俺は遠くで見守ってるぜ!」
「ザジ。てめえ!」
 ザジはやっぱり逃げ出していた。
「お兄さん!」
「スーちゃん!」
 リザとキョウコが馬で駆け寄ってくる。
「推して参る!」
 聖剣で敵兵に無理な特攻を仕掛け、傷が治癒していく様を見せて敵兵を驚かせた。
「ゆ、勇者がいる!」
「ひい!化け物!」
 敵兵の声に、悲鳴が重なった。
「戦争は人数ではない!
 勢いだ!
 迷うな。生き残るために戦え!」
 呼応した帝国騎士が一斉に僕の馬に斬りかかったが、意外にもあれだけ沈んでいた商業国家の傭兵が果敢に攻めかかって敵の退路を塞いで行くのを見て、僕は戦術的に、敵兵を遠くに引っ張ろうとする。
 来た道を反転させるように、対決者と馬を並走させ、早馬だけを相手して斬った。
「帝国の将は名乗れ、ここに勇者の首がある!」
 煩い声に耐えかねたか。オオーと、敵の参謀らしき男たちが部下を従えて向かってきた。
 僕は慌てて本隊に戻り、兵を正面に斜めに雁行の陣を敷き、リザとキョウコが指揮した魔法使いたちによって強者の塊を薙ぎ払った。
「アスト。サキ大丈夫か!」
 お下がりのレプリカソードを持つアストは、足軽の槍を斬り払って雷を打った。
 魔剣のレプリカを持っていることで、魔法の行使を可能としていたのだ。
「小生の側面に入るとは何者か!
 直ちに持ち場に戻られよ!」
「アスト。声が分からないのか!」
「その声は・・・!」
 囲まれたサキは、負傷して倒れた馬の周りでカウンター攻撃に徹している。
 戦地の中心が乱戦状態に陥った。
 徳川流が主流である帝国にとって、ムラマサの無鉄砲な流儀は天敵と言えた。
 刃をすり抜けられることを恐れた兵たちは刃を向けるばかりで攻撃の意思を感じさせなかった。
「帝国の小心者。拙者が怖いか!
 曰く付きの流派に斬られたい者は尋常に勝負されよ!」
「スレイル!ようやく来たか!小生は無事です!
 同胞と陣を守りますので、サキをお願いします!」
「分かっている!」
 一筋の閃光が侍たちを骸に変える。
 別の世界からやってきた光の騎士のようだった。
 しかし一太刀で音もなく切り捨てる姿は、達人という語以外の表現は存在しない。
 見事に斬り伏せられて、屍が山を作っていく。
「拙者の腕っ節でも、この人数は体力が持たんな・・・!」
 敵を追いかけども兵数は倍であり、サキにも度重なる疲労感があった。
 拭った汗に血が混じり、頭部を包帯で巻いてバンダナのように傷口を強く締める。
「はっ!」
 馬を蹴って、人並みを掻き分けた。
 僕は、サキの包囲網に斬り込むように馬で足軽を蹴飛ばし、侍の首や兜を浚った。
「何ぞ」
 一瞬の動揺を、新たに現れた敵将は許してはくれなかった。
 兜無しの蒼い甲冑で、妖気が纏わりついた大剣を振り回し、手首の鎖がしゃりんと鳴った。
「帝・・・!」
「勇者・・・!」
 容貌は傾国の美女その人の姿で、大剣を棒や筆のように軽そうにくるくる回す様は、腕力の違いからシエラのような怪力女を想像した。
 馬と馬がぶつかるように激しい鍔迫り合いになり、馬の首が吹っ飛んでバランスを崩し倒れた。
 血の湖から起き上がり距離を取って、額から体液を手で拭った。
「帝国の仇、スレイルに違いないな?
 私は帝の臣下のセンヒメ。元、影武者だ」
 振り落とした大剣を避けきれず、肩の皮を大きく抉った。
 想像を絶する痛みだった。
「ぐぅあ・・・」
 激痛に転がりたい思いを噛み締め、余裕を見せる女にゆっくりと聖剣を構えた。
「影武者が、勇者の剣を跳ね返すものか」
「フハハ。本物かも分からん。
 何せ、帝の死後お役を拝命されていたのだからな」
「何て力だ・・・」
「帝は大陸の大酒を所望しておられる。
 魔王の血筋などという災いの種もそのうち消える。
 フハハ。勇者が死ねば全て終わるのだ」
 終わらせて溜まるか・・・!
「大陸を統べたところで帝の生まれが変わることはない!」
「いいや。事実は変えられなくとも人の認識は力で変えられる。
 人は力の支配には寛容だ!」
 それから分厚い金属の塊で吹っ飛ばされ、サキの馬の方に転がった。
「貴公。駆けつけてくれたか!
 拙者が肩を貸すから、起きてくれよ!」
 咄嗟に肩を貸し、振り回すようにサキは刃先を周りの侍に向けた。
「同志を援護しろ!」
 オオーと、掛け声が聞こえて地震が鳴った。
 アストが僕らを援護するように大魔法を放ち、だがセンヒメは大振りして、信じられないことに大魔法を真っ二つに断ち切った。
「大陸に、ミスリルを介す魔法はない。
 希望を捨てられよ」
 二つに斬れた波のような炎が足軽たちを巻き込んで、黒焦げになって倒れていく。
 左翼から亜人奴隷商が崩しにかかっているのは見えるが、助けを呼ぶにもあまりにも遠すぎた。
 敵の弓兵の報復を受け、アストやリザが肩や手に矢を受けて呆気なく馬から倒れた。
「・・・貴公はまだやれるか?
 拙者は視界がハッキリしないが、気配で見える」
 明らかに正常ではないが、互いに余裕はなかった。
「剣聖大会で鍛えた技を試す時だ。
 コンビネーションで行こう」
 その時、戦場が静まり返ったように感じ、耳を研ぎ澄ませ、ムラマサ流の構えを取った。
 背と背を合わせ、彼女の心拍音が僕に近づいた。
「泣いているのか・・・?」
「拙者は忠義を示すのが一番の幸福なんだ。
 泣いてなどおらん。これは、貴公が見てるのは、汗だ」
 瞳から流れ出た汗は止め処なく、頰を伝わり砂漠の地表に落ちていく。
「辛かった。
 ずっと、遠くの戦場にいたから」
 サキは汗を拭って、混乱した敵陣と不敵な笑みを浮かべる敵将を一瞥した。
「ようやく会えた。共に、戦えた。拙者に悔いはない」
「行くぞ。ムラマサ・サキ」
「・・・忌々しい流派め。
 構えだけでも虫唾が走るわ」
 敵将は馬で走ってきて、大剣で斬りつけようとした。
 それが雷のように目前を通り過ぎて、時間が盗まれたようにセンヒメがキョトンとしていた。
「まさか・・・ムラマサのスキルか・・・!」
「帝ぉおおお!」
 元忍者は刀を打ち込むより早く前のめりにステップを組んで、センヒメを白馬から蹴落とした。
 素早く駆け寄ってきた帝国の忍者たちを斬り捨てて、サキの剣戟についていこうとするが追いつけない。
 皮を斬らせて肉を断ち、肉を斬らせて骨を断つ。
 無鉄砲だが隙のない死の曲芸だった。
「・・・!」
「この力は・・・私は・・・!」
 サキの右手は大剣を受けた際に骨が折れてしまったが、脳を埋め尽くすような興奮物質のおかげで勢いが落ちなかった。
 嵐のような剣戟に音を上げた敵将は、スキルの力が収まった瞬間にサキを吹っ飛ばし、異様な構えを取った。
「諸刃の剣だが、使わせて貰う」
 大剣から飛び出した龍が、僕の隣をすり抜けていった。
「行け・・・勇者!
 貴公なら、今なら打ち込める!」
 直撃を受け、サキの刀は木っ端微塵になり、彼女自身も言葉を話してからばたりと倒れて動かなくなった。
 振り向くわけにはいかなかった。
 まるでそれがスイッチであるかのように、手の中で、脳裏で、全身で、剣聖大会の決勝を思い出した。
「待て、来るな!」
「遅い!」
 気づいた時には、使うことをずっと躊躇っていたスキルを思い切り放っていた。
 黒い波がカッターになって鋭く線のように細くなって、周辺一帯の兵が裁かれた。
「何故。左手が動かない・・・。
 利き腕じゃない手で戦わなくてはならんとは・・・!」
 異変に気付いてから持ち直すより早く、センヒメの右手を叩き斬った。
「ぐ、ああ・・・!」
 悲鳴。
 敵将の悲鳴に、敵兵は震えていた。
 センヒメを蹴り上げて、援護した弓兵の矢を腕で止めた。
 矢を抜いた傷口から血が溢れ、剣を利き腕じゃない方に持ち直した。
「痛い・・・燃えるように痛い・・・」
 手負いのセンヒメは、何も出来なくなり途方に暮れて尻餅を着いた。
「くう・・・意識をしっかりさせろ・・・蘇生が入るまでの辛抱だ・・・」
「もう少しだったのに・・・」
「負けを認めるんだ・・・」
「負けるとは・・・私は・・・」
 センヒメの喉に聖剣を突きつけ、帝国兵に撤退を迫った。
 こうして北方戦線の大乱戦は痛み分けという形で幕を下ろした。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 宮大工のルディアに、貴族の蹶起で焼けた宮殿の「離れ」にリフォームを要求していた。
 そこに、戦術、作戦、戦略、兵站における基礎知識を持ち、分野ごとに特化した者たちが大陸中から集められた。
 彼らは、宮殿の寮で暮らしており、時々によって地方の学校の講師もした。
 分かりやすく言うと、講師のための学校であり、軍の育成学校とは別の指揮官育成学校であり、国の補助を受け、様々な取り組みをする行政機関である。
「起立。着席」
 教室、窓、机、椅子、ロッカーに、黒板に、教壇。
「おはようございます」
 挨拶と礼。全てが青春のように眩しかった。
 サキの号令に、皆従って席に座る。
 宮殿の外で楽しそうに駆けっこをする子供。
 鳥の鳴き声が窓の外から聞こえてきた。
 晴れ着姿のルディアと僕は並んで一同に挨拶をする。
「えー・・・何から話そう。
 先日、腕の骨を折った。
 彼女は、僕の用心棒兼当学校の副責任者を任せているムラマサ・サキだ。
 クナーナ少将の転勤で前線に配属されてから、ナザリまで討ち取った人数だけで百は下らない。
 帝の影武者とも渡り合える優秀な侍だ」
 説明すると、オオーと感心した声が上がった。
「凄過ぎ」
「今度稽古して?」
「僕も強くしてほしい」
 元忍者がわちゃわちゃ若者に囲まれている。
「む、無論だ。拙者は、ムラマサ流を継承する忍者でもあるからな」
 サキはえへへと頰をだらしなく緩ませて照れていた。
 彼女はブレインとして活躍したことは少ないが、心技体のスペシャリストとして採用した。
 官僚関係者に帝国籍のことを咎められたことがあったが、帝国の情報と自身が軍に身を置く条件の上で表面上は亡命しているという即席の国籍証明書を司法取引で得ていた。
 彼らは自己紹介を終え、いよいよ僕に順番が回ってきた。
「僕は、行政機関最高責任者のスレイル。
 僕のことを知ってる人ってこの中でどのくらい居ますか?」
 少しは手を上げるだろうと思って聞いてみると、前席の瓶底眼鏡少女が徐にノートを取り出した。
「スレイルさん。この国で、公務員で貴方のこと知らなかったらモグリですよ」
 ニシマという平凡な長身の少年だった。
 ジーンズとシャツというラフな格好で、学校に来るまで畜産農業の専門家として地方を指導して回っていた。
「貴公。まさか知らんのか?
 商業国家では、貴公の本が七つも出版されてるぞ。
 拙者も指揮指南の本は愛読している。貴公は大陸的に見て、勇者ではなく英雄という扱いだ」
「はああ?」
 見れば、革命軍の英雄やら、共和国の指導者やら、高貴な卑怯者やら、皮肉にしてるものから賞賛してるものまで沢山ある。
 瓶底眼鏡の少女は鞄からぱらららと全て出して、着席した人たちが「貸して貸して」と、本を奪い合っている。
「え・・・著者、発行者リリオンって?
 何で、許可もなく人の本出してるの・・・?」
「ふうむ。噂をされて飛び出てどどどん。
 私は文才があるから、ずっとスレイルの話を本にしたいと思ってたんだ」
「教壇の中から現れたよこの人」
 四次元ポケットかな?
 総社の管理がだいぶ落ち着いたらしく、つきっきりで病院や行政機関に入り浸ることは無くなってきたらしい。
 医療戦線最高責任者で、あのシエラの妹。見ない間に、貫禄が出てきたような気がする。気のせいか。
「リリオン?」
「何だ?」
「あまり無理するなよ?
 今日まで時間が作れなかったこともあって、申し訳なかった」
「他人が見てるんだから私もちょっと恥ずかしいし嬉し・・・いや・・・う、ううん。ふ、ふうむ。
 私は自身の夢のために働き、本を書き、この間はスレイルを叱った。か、感謝したまえよ?」
「リリオンは拙者と同じくらい不器用ですなぁ」
「煩い」
「んぎゃ」
 ばちこーんとリリオンがサキを殴ると、すばこーんと元忍者も負けじとやり返した。
「ほらほら、小生らが移動させますから・・・進行の邪魔になるので退場させますよ」
「お兄さん授業頑張ってね」
「娘が御免ね。
 聖剣で治療して貰ったおかげで助かったって聞いてから、スーちゃんに挨拶しにいかなきゃいけないって煩くて、本当はアストも北方前線任されてて、私も手助けするつもりだったんだけれど、病院から近かったから寄って良かったよね?」
「え、ええ・・・」
 ごめんごめーんと平謝りするキョウコさんに何も言い返せず、他の人を蚊帳の外にして、何時もの調子で彼女たちはわいわい騒ぎ始めた。
 退場を命じると、うわーんと去っていった。何だったんだ一体。
「賑やかだな。勇者、スレイル」
 クナーナ少将がずかずか入ってきて教室に現れると、皆が一斉に直立と敬礼をする。
「マジで何してんの?」
 公務員ではあるが、軍の管理を受け入れているわけではないので敬礼など必要ないと思った。
「す、スレイルさん!
 クナーナ少将は、共和国の規律と平和の象徴なんです。
 地方にはクナーナ少将の銅像があって、例えホームレスですら敬礼して通らないと逮捕されてしまうんです」
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 現状では、一人が死んで二名が意識不明になっていて、最低でもこの中から三人は即席で補充したい。
 残りは夏までに有能な者のみが卒業として、堕落した者の公務員権限については全て剥奪するつもりだ。
 金銭面でも知識面でも支援するが、僕の不在はムラマサ・サキを頼って欲しい。
 公になってないが、大陸では暗殺が横行している。
 彼女から自衛の手段を学ぶ必要があるんだ。
 指揮だけで良い場合もあるが、大陸は貴方方のような文明人ばかりではない。
 腕っ節で人に示さなければいけない時も当然あるから、コミュニケーション能力を上達させ、強い個性を抱き込んで士気を上げる方法についても学んで欲しい。それでは、授業を始めようか・・・?」
 ふと気づくと、教室の隅の少女と目が合った。
 金髪の傲慢そうな緑眼の少女が頰を赤らめて教科書で顔を隠す。
「ふん・・・」
 むすっとして、でも愛らしい感じがした。
「やっぱり嫌い」
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婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

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