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死にたがり

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 梳胴一哉すどうかずやは死にたがりではない。

 三十九歳にして独身。彼女いない歴は二年くらいになるだろうか。
 1LDKのマンションに一人暮らしで両親とは十年近くあっていない。
 親友はいないが友達なら何人か思いつく、会社帰りに酒を飲みに行く同僚と、月に一度か二度テニスをする仲間だ。
 勤め先はどっちかと言えばグレー企業だろうか、それなりにやりがいがあり楽しくやっているし、同僚たちとは気を使いながらも上手く付き合っているつもりだ。
 コミュ障なところはあるが、ぎりぎりリア充だと思っている。

 そんな一哉の趣味――暇つぶし――はネットゲーム。
 主にMMORPG――大規模多人数同時参加型オンラインRPGである。
 ゲームのキャラクターになりきってモンスターや魔物を倒し経験値やお金を稼ぎ自分のキャラクターを育てる。それがネットに繋がり同時に多人数で遊ぶゲームだ。

 本来なら他人とパーティーを組んだりギルドという大人数の組織に入ったりと、他人と協力して進めるのが一般的な遊び方なのだが、そんな中でも彼は一人で遊んでいた。
 コミュ障というわけではないが、趣味のゲームで他人に気を使いたくないというのが一番の理由だ。チャットで会話するのが面倒だとういう一面もある。

 そんな理由で一哉はいつもソロひとりで遊んでいる。
 しかし、そもそもが大人数で遊ぶことを前提にしているゲームなのでソロでは非常に面倒なクエストやイベントが発生する。

 例えば、時間内に巨大な卵を目的地まで五個運ぶクエストとか……。
 卵は両手で抱えるほど大きく同時に一個しか持てない。五人パーティーなら五人がそれぞれ一個づつ持ち、おのおのが一回運搬すればクエストは完了する。しかしそれがソロなら五回も往復しなければならない。もちろんルートにはモンスターもいるし複雑な地形になっている。間違って落とせば卵は割れてもう一度やり直しだ。
 それを短い時間で終わらせるのは不可能だ。
 仕方がないのでパーティーの募集に乗って見ず知らずの他人と一緒にクリアする。
 正直言って苦痛で面白くない。

 もちろん楽しいこともちゃんとある。
 ゲームでは難易度の高い狩場が存在する。
 Wikiの攻略掲示板を見てもソロでの狩りはほぼ不可能だと書かれている。
 そんな狩場をソロで長時間狩り続けるのは気持ちいい。
 さらにレア装備なんてものがドロップしたら気分は最高だ。
 そんな高揚感が一哉をゲームに引き込んでやまない。

 そしてゲームは常にアップデートが行われ進化している。
 それはもちろん有難いことでユーザーも楽しみにしている。
 今回のアップデートでは新たなマップが追加された。
 そこでは新モンスターや新しい武器防具も手に入るという。

 しかし……そのマップには入場制限があった。三人以上のパーティー限定。
 ソロユーザーはお断りということらしい。
 一度や二度ならパーティーに入ってもいい。けれどそれが毎回となると話は別だ。
 もはややる気が完全に失せる。

 ――このゲームもそろそろ潮時かな。

 楽しみにしていたアップデートだけに残念でならない。
 これまで何度か色々なMMORPGをやり込んできたが、大抵数ヶ月も遊べばソロでの限界を感じ、やる気を失う。
 そんなゲームに未練はない。いままで手塩にかけて育てたキャラともお別れだ。

 一哉はソロで挑める最高難易度の狩場にやってきた。
 そこで無謀と思えるほどのモンスターを一か所に集めカオス状態を造り出す。そして躊躇ためらうことなくそのど真ん中に突っ込んでいく。
 戦略も戦術もない、自暴自棄になった戦士の末路。
 自殺行為だが、別に死にたがりではない。

 一哉は自分の分身――死んだキャラクター――をそのまま放置しゲームからログアウトした。
 まぁ無課金で数ヶ月遊べるのだから御の字だと考える様にしている。
 自室のベッドに身体を投げ出しすと虚脱感に身体が支配された。

 ――とうぶんゲームやめるかな。

 一哉はいつの間にか眠っていた。
 翌朝けたたましい目覚ましの音で目を覚ます。普段通り会社に行って日常をやり過ごす。
 会社から帰宅し晩飯を食って、ただぼーっとしていると、どうしようもない虚無感に襲われた。

 ――あぁーやっぱりゲームがしたい。

 やはり一哉はゲーマーだった。
 だけどやるなら別の新しいゲームがいい。
 机に向かい面白そうなゲームはないかとブラウザーで『人気MMORPG』と入力してググってみる。
 表示された一覧には新作ゲームの広告がいくつか並び、おすすめランキングだとか新作人気ゲームだとかが上位候補に上がってきた。
 気になったのはやっぱり新作のゲームだ。しかもちょうどベータテスト中で近日サービス開始というゲームがあった。

 一哉は早速そのゲームに登録してIDを作った。プログラムをダウンロードしインストールする。その間にゲームの概要や世界観が記されたページを流し読む。
 ユーザーは冒険者となって異世界を冒険するというものだ。その世界では魔物やモンスターが増殖し人類の生命を脅かしている。冒険者は仲間とともに世界を救う、的な事が綴られていた。

 ――なにが仲間とともにだ、俺はソロだ。

 一哉は脳内で独り言ちる。
 プログラムのインストールが完了し早速ゲームを起動した。

 最初にオープニングムービーが流れキャラクター作成画面になった。
 キャラクターの性別を選び職業を選択し名前を決めるとゲームが開始された。
 実はキャラクターの外観(髪型や髪色、目や鼻や口など)を細かく設定出来るのだが、ベータテストなのでデフォルトのまま始めた。

 ゲームはとある村から始まった。
 村にはNPCの他ノンプレイヤーキャラクターに新規キャラクターだと思われる人たちがたくさんいた。
 そんな彼らはチャット機能を使って「友達募集」やら「パーティメンバー募集」、「ヒーラー様募集」など口々に叫んでいる。
 もちろん一哉はそんな会話に耳を傾けることはしないし、自分から他人を誘うこともしない。
 なので早々にNPCに話しかけてチュートリアルを開始する。

 チュートリアルに従っていくつかクエストを受け、村から村の外へと移動していく。
 そのクエストのほとんどがモンスターの討伐やら、モンスターからの素材収集だったりする。
 一哉と同じようにソロでクエストをこなしている者もいれば数人でパーティーを組んでサクサクと進めている者たちもいる。
 一哉はそういった者たちを横目に淡々とクエストを熟していった。

 そんなことを数日間続けレベルが20を超えた。
 そしてベータテストの期間が終了した。

 いよいよ本格的にサービス開始を待つばかりだ。
 ベータテスト時に作成したキャラクターは抹消される。
 それは事前に告知されていたので知っている。
 また一からというのが少し面倒くさく思うが仕方がない。

 数日後正式サービスが開始された。
 再びキャラ作成からゲームは始まった。
 性別は男、職業は戦士、キャラクターネームは一哉をもじって『カヤ』。
 キャラクターの外観は黒髪の無造作ヘア、顔はいわゆる砂糖顔、イケメンというよりは可愛い、中性的な顔立ちにした。
 いい歳こいてなにしてんだと自嘲じちょうする。

 とりあえずベータの時と同じでゲームは小さな村から始まった。
 その村はベータテスト時以上にプレイヤーキャラクタで溢れかえっていた。
 一哉――カヤはもう一度チュートリアルを進めていく。
 つい先日やったことなのでなんの問題もなくサクサク進む。

 慣れた作業だと安心しまくって、つい調子に乗りすぎた。
「オウフ!」
 背後からモンスターに襲われて残念ながら即死ダメージを貰い死亡した。
 そしてキャラクターは消えて、その場にぽつんとお墓が現れた。
 これは不慮の事故であって、べつに一哉が死にたがりなわけではない。
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