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友達

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「とりあえず狩りしてみよう」
「はい!」

 二人並んで森に入っていった。
 ここいらにいる敵はスピアーにラット。
 ソロでも楽勝な場所なのでペアでも後れを取ることはない。ペアになって経験値は下がったが狩り効率が断然上がった。
 一つはシイクの回復魔法のお陰だ。カヤがポーションを飲む前に回復してくれる。

 ソロの場合はどうしてもHP回復ポーションを飲みながらの狩りになる。それがシイクがHPを回復してくれるお陰で全く必要としない状態だ。
 普通は一時間ほど狩りをしたら回復ポーションが無くなり村に買いに戻るのだが、その必要がないのは大助かりだ。

 もう一つは複数の敵を相手にする場合、今までなら一匹づつ釣って倒すのがカヤの戦闘スタイルだった。
 けれど、ペアになるとそれが一変した。驚いたのはシイクがタゲを引き受けてくれたことだ。シイク曰く、「耐久力は戦士さんよりあると思うので私が盾役になります」と言い切った。

 その言葉通り複数の敵の中心でシイクは盾を片手に回復魔法を自分にかけ続けて攻撃を耐えている。一見すると恐ろしく感じるがシイクのHPバーはほとんど減ることが無い。一割程度減ったと思ったら全回復を繰り返している。カヤはシイクに群がる敵を後ろから倒していくだけだ。
 聖職者すげぇなぁと驚嘆きょうたんした。

 本来のルートとは違うが少し森の奥に入ることにした。
 現れたのはグリズリー。予想外の強敵に戸惑うが、どうにか平静を保つ。けれど今のレベルでは厳しい相手だ。ベータテスト時の経験からレベルが後5は必要だろう。
 だけどペアなら……。
 もし倒せたら経験値的にもすごく美味しいはず。

「シイクさん、これやったことある?」
「いいえ、見るもの初めてです」
「オレはベータテストでやったことあるんだけど、その時の感触からソロだとレベルが5程たりない。たぶんシイクさんの耐久力でも相当痛いと思う。もちろん俺だと一撃で七割か八割持っていかれるかな」
 シイクが「そんなに!」と驚きの声を上げた。
「でも攻撃は単調なんだよ。だから回復のタイミングさえ間違わなければ倒せるはず。もちろん敵が単体の場合だけど。問題は倒すのに時間が係るかもしれないということ。倒しきるまでシイクさんのMPが持てばいいんだけど」
「MPには自信あります!」
「じゃあやってみよう。下手をすると死ぬかもしれないけど」
「……」
 シイクが言葉を詰まらせている。
 調子にのって勝手を言ったかもしれないと自省する。

「私、自分が死ぬのは全然平気なんですけど、人が死ぬのは見たくないんです。……だから絶対に守ります!」
「オッケー、命預けるよ。でも万が一の時は逃げて……」
「それは無理です。死んでもカヤさんだけは守ります!」
「……ありがと(笑顔)」

 素直に嬉しかった。
 だけどそれは間違っている……と思う。
 ヒーラーは絶対に死ぬべきじゃない。たとえ仲間を犠牲にしても。それがパーティー狩りでのセオリーだとカヤは思っている。
 まぁまだ知り合ったばかりの相手に自分の考えを押し付けるつもりはないので口にはしないけれど。

 …………。
 ちょっと時間はかかったがグリズリーを無事倒すことが出来た。
 強敵だったせいもあってSPの消費が半端なかったけど、その分を差し引いても経験値はウマウマだった。シイクのMPを見ればほとんど減っていない。というか見る見る回復している。なるほど自信があるといったのも頷けた。

 ここならレベルアップも早いだろうという事で、しばらくここで狩りを続けることにした。
 経験値をがんがん稼ぎ二人のレベルも上がっていった。
 そしてシイクのレベルが目標の15にあがった。

「まさかこんなに早く15になれるなんて思っていませんでした」
「だな。俺も予想外だった」

 シイクはとても嬉しそうだ。
 だけどなぜか泣き顔のエモーションをした。
 どうしたんだろうといぶかしんでいると、

「せっかくレベル15になったのに蘇生魔法のスクロールを持ってません」バッテン顔エモーション

 なるほど、それはたしかに切ないな。
 ちなみに、このゲームでは魔法のスクロールを使って魔法を習得する。
 魔法のスクロールは魔法屋かモンスターからのドロップで手に入れることが可能だ。

「蘇生魔法のスクロールって店売りだっけ?」
「いえ、村の魔法屋さんでは見かけませんでした」
「ってことはドロップかぁ、どこで落ちるか知ってる?」
「いえ、知らないです」
「ちょっと待ってて」
「はい?」

 一哉の机には二つのディスプレイがある。一つはゲーム画面が映し出されていて、もう一つでは常にゲームのWiki画面を表示させている。いつでもすぐにゲーム情報を検索するためだ。
 スマホでも検索は可能だが一哉はスマホの小さな画面が苦手だった。

 一哉はそのWiki画面で、蘇生魔法のスクロールのドロップ情報を探す。
 ――あった。
 ワイルドボアだ。
 大型の暴れイノシシ。その生息地は――村の南側をしばらく行った山の中。ここは村の北に位置するので、ちょっと遠い場所になる。

「お待たせ。蘇生魔法のスクロールがドロップするとこわかったよ」
「え? もしかして調べてくれてたんですか?」
「ちょっとWikiで検索しただけだよ」
「ありがとうございます」

 律儀にお辞儀エモーションをするシイクにワイルドボアの情報を教えた。
 それを聞いたシイクは「行きたいなあ」と言いながら困り顔をした。

「すぐにでも行きたいんですけど、もうそろそろ落ちないといけないんです」
 時間を見れば二三時を回っていた。
 思いのほか狩り熱中して時間が経つもの忘れていたようだ。

「それは残念だね。じゃ明日かな」
「はい。でもワイルドボアって見たことないんですけど、私一人で倒せますか?」
「たぶん大丈夫だと思うけど、もし不安なら、俺でよかったら手伝うよ?」
「本当ですかッ! 是非お願いしたいです」
「じゃ明日一緒に行く?」
「はい!」
「オッケー、たぶん十九時半くらいにはログインできると思うけど、シイクさんは?」
「その時間ならたぶんログインしてます」
「じゃあ明日ログインしたらササ送るよ」

 シイクは「ササ?」と疑問符を口にした。

「うん、ささやきの略。いわゆる一対一チャット。遠くにいる人と会話したり、他人に聴かれたくないときに使ったりするかな」
「それ、前にやってたゲームではwhisper――ウィスって言ってました」
「うんうん、ゲームによっていろいろな言い方するね」
「そうなんですね、それでそのササってどうやってするんでしょうか?」
「あぁ、えっとね……」

 まだサービスが開始されたばかりのゲームだ。やり方がわからなくて当然。
 カヤもパーティー申請の時にササのやり方を知ったくらいだ。
 その方法は相手の名前を右クリックすることでフレンド登録や取引、ささやきが可能。
 シイクにもやり方を教え早速その場で試してみた。

『見える?』
『見ええます。私の会話も見えますか?』
『見える見える』
『よかったぁ。でも吹き出しは出ないんですね』
『吹き出しが出たら他人にも視えちゃうからね』
『確かにそうですね』

 シイクが、うふふっと笑うエモーションをする。
 つられてカヤも、あははっと返す。
 エモーションなんてネトゲ民のための機能だと思っていた。
 まさか自分が使う事なんて無いと思っていただけに意外に思えた。

『ところで、このゲームって今日がサービス開始ですよね? カヤさんの目からこのゲームってどうですか? 続けられそうですか?』
『ベータテストをやった感じはなかなか良かったよ。操作方法も気に入ってるしグラフィックが可愛いのも好きかな』
『グラフィック可愛いのいいですよね。私もそこが気に入ってます』
『うんうん、あとクラ落ちしないのもいいね。だからしばらくは続けるつもり』
『そうなんですね。ゲームする時間帯は夜ですか?』
『かな、平日は昼間仕事だからたいてい夜になる。土日祝日は丸一日やってたりする(笑) シイクさんは?』
『私も似たようなものです。仕事はしてませんが』

 仕事をしていないとうことは学生なんだろうか。
 気になったけど、聴いたりはしない。
 リアルの情報を聞くのはネットゲームでのマナー違反だと思っている。
 
 けれどゲーム内でこんなに親しく他人と喋ったのは初めてだ。
 チャットでの会話は面倒で苦手だったが、こうして話していると楽しい。
 せっかく親しくなれたのだからフレンド登録とかお願いしたい。

『あの、もしよかったらフレンド登録お願いしていいですか?』

 想いが通じたのか彼女からフレンド登録の申し込みがあった。
 願っても無いことだ。だから素直に答える。

『うん、よろこんで!』

 フレンドリストを確認すると、その一番上にシイクの名前が登録されている。他はまだ誰も登録されていないし、登録する予定もない。

『今日は本当にありがとうございました。また明日もよろしくお願いします』
『いやぁ、こっちこそ楽しかったよ』
『そう言って頂けるとホッとします。……ではいったん村に帰ってから落ちますね、お疲れ様でした』
『お疲れ様ー』
 シイクが笑顔で手を振るエモーションをした。
 カヤも慌てて手を振るモーションを返した。

 数秒後、目の前でシイクの身体が霧散するようにスーッと消えていった。
 今頃村のセーブポイントに帰った頃だろう。
 満足感と緊張感で全身から力が抜けていく。
 その後、なんとも言えないせい寂寥感に包まれた。
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