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リアル

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『おかえりなさい』
『ただいま』

 ログインすると今日もシイクからササが飛んできた。
 目の前に彼女がいなかったことを少し残念に思いながらどこかホッとする。
 昨日の続きをされるのはちょっと抵抗がある。写真を見たいと思う気持ちはあるが、それはダメだといましめる自分もいた。

『ごめんなさい』
『どうしたの?』
『昨日、調子に乗って見っともないとこお見せしちゃって……』
『あぁ、少し酔ってたっぽいね』
『ほんどに恥ずかしいです』

 飲んだ翌日に恥ずかしくなる。お酒あるあるだ。特に初心者には。

『……あの、軽蔑しましたよね?』
『まさか、そんなことないよ。ちょっとビックリしたけど、楽しかったよ?』
『ほんとうですか? でしたら昨日の続きをしてもいいですか?』
『え? もしかしてまた飲んでるの?』
『いいえ飲んでません。でもやっぱり嫌なんです』
『嫌って何が?』
『私はカヤと本当のお友達になりたい。ダメですか?』

 それはマナー違反だって言いたかった。
 シイクのリアル情報にはすごく興味がある。まさか本当は男だったなんてオチはさすがに無いだろう。写真は喉から手が出るほど見てみたい。
 だけど自分の情報を教えるには抵抗があった。
 特に年齢。

 一哉は三十九歳だ。今年四十になる。シイクと二十歳差ということだ。
 年齢差二倍。さすがに引かれるんじゃないかと思った。だから二十七だと嘘をついた。

『今どこにいるの?』

 べつに話を変えるつもりで言ったんじゃない。
 純粋に疑問に思っただけだ。
 まさか狩りしながら話してるとは思えない。だからと言って村にぽつんといれば、また勧誘されるだろう。それを無視するシイクだとは思えない。
 
『すぐ近くにいますよ』
『すぐ近くってどこ?』
『それは内緒です』
『内緒って……、どうして酒場に入ってこないの?』
『それは……、断られるのが怖いんです。もし断られたらそのまま落ちます』
『落ちるってどういう意味?』
『そのままの意味です』
『まさか二度とログインしないつもり?』
『………………はい』

 はいって、どうしてそういう結論に至るんだ。まったく意味がわからない。
 だけど軽い気持ちで言ってるんじゃないだろう。おそらく本気。
 それはカヤとシイクの関係が完全に終わるということ。

 絶対に嫌だと思った。
 シイクを失いたくないと思った。
 十九の……年齢約二倍の年下の女の子に、いったい何を考えているんだ。
 顔も名前も知らない相手を、もしかして好きになったのか……。

『わかったから店に入ってきて。姿が見えないのはなんとなく落ちつかない。シイクが知りたいこと全部教える。俺もシイクのこと全部知りたい』
『わかりました』

 そして数秒後にシイクは現れた。本当に近くに居たようだ。
 どこに居たのかと問えば、酒場の裏手の路地にいたとか。そこは先が行き止まりになるので人通りもないらしい。

こっちササでこのまま話しするわ。万が一、人が入ってこないとも限らないし』
『はい』
『何から教えようか? 聴いてくれたら答えていくけど』
『では、Lineの交換がしたいです。そのほうが写真も見て貰えますし』

 なるほど、たしかに正論だ。
 ただしカヤも写真を見せないといけない流れになるだろう。
 写真をみたら二十七が嘘だってバレるのは必至か。しかし今更拒否も出来ない。
 
『kaya**** これがLineのID』
『ありがとうございます』

 と、すぐにスマホが震えた。
 Lineメッセージの着信だった。
 スマホを持ち上げると続けざまに着信が鳴り響く。

『はじめまして(笑顔)』
『上砂有花(あげすなゆか)です』
『生年月日は****年**月**日です』
『血液型はAB型です』
『身長156㎝、体重とスリーサイズはヒミツ!!』
『住所は東京都文京区本郷七丁目です』

 最後に振り袖姿の女の子の写真が送られてきた。
 着物は朱赤色地に色取り取りの様々な花々がデザインされている。
 髪飾りもお揃いっぽい可憐な花だ。
 そして顔がめっちゃ可愛らしい。
 目がぱっちりと大きく、鼻筋がすぅーと通っていて小振り、頬がほんのり染まっていて、小さな薄い唇は艶があって紅い。
 髪型も変に盛ってなくてケバさは全然感じない。とにかく可愛い!
 一哉は、嘘だろと呟いて、スマホに文字を打ち込んだ。

『はじめまして……、これほんとにシイク? 可愛すぎて信じられないんだが?』
『少しメイクは派手かもですけど加工はしてませんよ?』
『マジか…… 信じられない……』

 そういうと再びスマホが震えた。見るとライン通話の着信だった。相手はシイク。しかもビデオ通話。……出るかどうか悩んでいると数秒後に着信はぷつッと止まった。

『急に電話してごめんなさい。でも信じて貰えてない気がしたから、ビデオ通話なら性別も写真も嘘じゃないってわかってもらえるかなって思ったんです』
『こっちこそ電話でなくてごめん。実は……嘘ついてた。だから電話出れなかった』
『嘘って?』
『年齢……二十七って言ったけど本当は三十九……』
『そうなんですね。でもなんとなく嘘だと思ってたましたよ』
『マジで? なんでわかったの?』
『だって、カヤってすごく落ち着いてて大人って感じだったから、もっと上だろうなって思ってました。三十五くらいかなって』
『そっか、さすがに三十九は驚いたよな?』
『はい、少し。でもそんなこと全然気にしなくていいと思います。どうして嘘つこうと思ったんですか?』
『だって年齢差、倍だよ? さすがに引かれるかなって』
『そんなわけないですよ。でも嘘つかれてたのはちょっとショックです』
『ごめん……』

 一哉は素直に謝った。

『許さないって言ったらどうします?』
『えっ? ほんとにごめん。どうしたら許してくれる?』
『んーーーーじゃあ、もう一回電話するので出てくれたら許します』
『ええええっ!』

 マジかよと焦っていると再びスマホが着信を告げた。相手はもちろんシイク。しかもビデオ通話。一哉は震える手でビデオアイコンをスワイプした。
 ッ!!
 突然、スマホ全面にリアルの女の子の顔が映し出された。それは間違いなく写真で見た顔だった。
 静止画ではなく、瞬きをして、少し驚いた表情を見せて、ちょこっと傾いて、優しく笑って、小さなアヒル口を尖らせて、頬を少し赤らめて、急に小さな口が早口でしゃべりだした。

『カヤ? ほんとにカヤなんですか? すっごいイケメンじゃないですか! ほんとに三十九歳ですか? 二十代後半で通用しますよ』

 そんな感嘆の声が聴こえた。
 その声は瑞々しく元気はつらつといった感じだけど、どこかはかげな声音だった。
 
『いや、シイクこそ可愛くてびっくり。いや、写真はもっと可愛いけど、ちがう、どっちも可愛い、ごめん、緊張してて、何言ってんだ俺』

 シイクはぷくーと頬を膨らさせた。

『そりゃあ写真の方が可愛いですよ。だってメイクばっちりして写したし、今は……部屋の中だから完全にスッピンですし。ふんだッ、すっぴんですみませんね!』

 シイクは少し拗ねたように口を尖らせて言った。
 そんなシイクが可愛くて思わず吹き出してしまう。

『あーーどうして笑うんですか! 絶対にブスだって思ってますよね?!』
『思ってない。マジでかわいいと思ってる。ほんとだって、この写真一生大事にする』
『うーやっぱり写真のが可愛いってことじゃないですかぁ!』
『違うって、どうしたら信じて貰えるのかな? ほんとに可愛いとおもってるのに』
『ほんとですか?』
『ほんとだって』
『じゃあ、頭撫でてくれたら許します!』
『どうやって撫でるんだよ』
 
 シイクは「こうやってぇー」と手を持ち上げ「よしよし」となでる仕草をしている。

『でもあれですね。リアルの顔を見ながシイクとカヤのキャラ名で呼び合うのってなんか変な気がします』

 ふむ、言われて見ればたしかに違和感を感じる。

『あ、そういえばまだ名前を聞いてません。キャラ名の由来も知りたいです。あと生年月日と血液型と身長と体重と足のサイズと座高と視力と趣味と好きな食べ物と嫌いな食べ物と、色は何色が好きですか? 服の好みも。あとどんな仕事をしてるんですか? 固定電話があるならその番号、あと住所も』
『なんか情報増えてないか?』
『カヤのこと、なんでも知りたいんです』
『わかる範囲でいいね?』
『あ、Lineメッセージで送ってくださいね』
『わかったよ……』
『今、イヤそうな顔したでしょう?』
『よくわかったな』
『うふふッ』

 一哉はスマホの画面をLineのトーク画面に切り替えた。
 不慣れな手つきでメッセージを入力し、一文ごとに送信していく。

『梳胴一哉(すどうかずや)』
『キャラ名の由来は一哉をモジっただけ』
『生年月日は****年**月**日』
『血液型はA型』
『身長は170㎝』
『体重は60くらい』
『足のサイズは26㎝』
『座高はしらない』
『視力は両方1.0くらい』
『趣味はゲーム』
『食べ物の好き嫌いは特にないかな』
『好きな色は赤と黒』
『服装の好みとかは特にないけど色は黒系が多い』
『仕事は小さなソフトハウスでシステムエンジニアをやってる』
『固定電話は無い』
『住所は大阪の東大阪市ってとこ。細かい番地まで必要?』
『んー、家まで行っちゃいそうなので、番地は聞かないでおきます』
『了解。じゃ以上かな』
『あー、やっぱり番地も教えてください。絶対に押し掛けたりしないので』
『わかった。大阪府東大阪市布施*丁目**番**号サンシャイン***号室』
『ありがとうございます』

 再び画面を切り替えた。
 そこに写っているシイク改め有花はやっぱり可愛い!

『これで本当の友達になれたのかな……』

 シイクが独りごとのように呟いた。
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