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願いってなによ!
しおりを挟む僕はあまりの恐怖に立ち上がれなかった。
地揺れで尻餅をついたんだけど、実は腰を抜かしてたみたいだ。
チトちゃんはマリスさまに手を借りて立ち上がっている。
だけど僕には手を貸してくれる気はないっぽい……。
「だ、大丈夫ですか?」
チトちゃんが僕の背中から両脇に手を入れて立たせようとしてくれる。
それでも立てない僕……、ほんと情けない。
そんな僕の腰辺りをマリスさまがガツンッと蹴飛ばした。
痛ッッと僕は前のめりになって、四つん這いの体勢になる。
「ほら、立ちなさい」
ショック療法だろうか、足に力を入れると何故かすっと立ち上がれた。
だけど、目の前のドラゴンを見ると、また腰を抜かしそうになる。
見ているだけで足が震えてくる。
その巨大な体躯は尻尾までいれると五十メートルくらいあるんじゃないだろうか。
背中には巨大な翼の様なものもある。
巨大な口は人間なんて一飲みに出来そうだ。
長く鋭い爪は一メートルくらいあるだろう。
硬く厚そうな鱗も一枚が一メートルくらいある。
象やクジラも比較にならない、それくらい巨大な生物だ。
と、空気が震えた気がした。
――我の眠りを妨げるのは誰じゃ――
突然そんな声が頭に響いた。
耳じゃなく、頭に直接伝わる感じだろうか。
「魔法での会話、念話よ。ドラゴンは声帯を持っていない。だから普通に喋ることは出来ないの。でも知能は人間以上、そして魔法も使える。もっとも本から得た知識だから、どこまで正確かはわからないけどね」
マリスさまが知ってる知識を披露してくれた。
チトちゃんも聞こえた? と聴くと、聴こえましたと頷いている。
――村の民かと思うたが違うようじゃな? 我に何か用か?――
マリスさまが一歩前に出た。
胸を張り手を腰に当てて、仁王立ちで構えている。
「ちょっと聴きたいんだけど、あなた『古代の六宝具』の一つを持っているわよね? それは何かしら? ものによったらちょっと借りたいんだけど」
ドラゴンの金の双眸がギロリとマリスさまに向いた。
――突然やってきたと思えば、熟眠の邪魔をし、不躾に要求を突き付けてくるか……、面白い小娘じゃ。一思いに喰らってやってもよいが、すこし礼儀を教えようか、まずは我にひざまずくがよい――
頭の声が途絶えたかと思ったら、ドラゴンがゆっくり大きく口を持ち上げた。
「咆哮が来るわよ! ドラゴンの咆哮は心を砕くと言われているわ、気をしっかり持ちなさい! チトは首のチャームを強く握りしめて!」
マリスさまの言葉が終わると同時に、ドラゴンが大きく吼えた。
それは嵐と地鳴りと雷鳴が重奏しているような途轍もない轟音だ。
心臓が握りつぶされるような感覚に襲われる。
苦しくて辛くて恐怖で身体がガクガクと震え、僕は立っていられなくて、その場で膝を付いた。
ち、チトちゃんは、マリスさまは大丈夫だろうか?
僕はあまりの恐怖に閉じた瞼を持ち上げることは出来なかった。
やがて嵐が去っていくように、ドラゴンの咆哮は収まった。
だけど巨大な空洞は少し揺れているようだ。
僕はなんとか瞼をこじ開けた。
チトちゃんは首元のチャームを握りしめて、怖かったと震えている。
マリスさまは一歩も引かず、僕の前でしっかり仁王立ちのままだ。
それに引き換え僕は四つん這いの状態だった。
――ほう……我の咆哮を膝を屈することなく平然と凌ぐか。本来ならその男の様に情けない姿を晒すものだがな……、とりあえず褒めてやろう――
「あんたに褒めて貰っても嬉しくないのよ。それよりわたしの質問に答えなさい」
――どこまでも不遜な小娘じゃな。しかし気に入った。我の願いを叶えてくれるならばその問いに答えよう――
「願いってなによ!」
――我には幼き娘がおる。キキよ出てきなさい――
ドラゴンが呼ぶとお腹のあたりから、もぞもぞと何かが這い出てきた。
丸くてふわふわした物体だ。
大きさは人間が膝を抱えて丸くなったくらいだろうか。
――我の娘だ。まだ鱗も生えておらぬから初毛に覆われておる――
チトちゃんが「可愛いぃ!」と駆け寄ろうとした。
それをドラゴンの前脚が止めた。
――近寄ってくれるな! 可愛いと言ってくれるのは嬉しいが、娘は病に侵されておる。そのせいで目が見えなくなり、酷く臆病になっておるのじゃ――
子ドラゴンの両目を見れば、瞼は開いてはいるけれど、その瞳は白濁としていた。
その小さな丸い身体は小刻みにブルブルと震えている。
「それで、願いはその眼を治せってこと?」
――そこに深い縦穴があるじゃろう。その縦穴の途中に妖精花が咲いておる。その妖精花を摘んできてほしいのじゃ――
「妖精花っていえばエリクサーの材料になるのよね?」
――そうじゃ――
僕の知らない言葉が出てきた。話を折る様で悪いけど、僕は質問する。
「エリクサーとか妖精花ってなに?」
「エリクサーは最上級回復ポーションよ。死以外のどんな状態も完全に元に戻す万能薬。妖精花は薬草の一種、ただ普通の薬草のように群生したりはせず、決まった場所に妖精が気まぐれで咲かせると言われている。だからとても希少らしい」
なるほど、その妖精花を使ってエリクサーという薬を作って眼を治すのか。
「でもその縦穴は狭すぎて自分では採りに行けない。だからここで見張っていたわけね」
――その通りじゃ。ここに妖精花が咲くことは薬師の間では知られた事。しかし場所が場所だけに採りに来る者はいない。そうして待ち続けてお主たちがやってきた。これは何かの巡り合わせじゃろう――
「あんたがこんなことを棲み処にしてるから誰もこないのよ……」
――なるほど、言われて見ればそうかもしれん……、しかし我がこうしてこの山を棲み処にしているお陰で人間に害するモンスターも居なくなった。苦も無く来れるはずじゃがのう?――
マリスさまは呆れたように笑う。
「千のモンスターとあんた、どっちが怖いかってはなしよね……」
――ふむ、……しかしお主たちはこうしてやってきた。それで我の願いを聴いてくれるのか否か?――
「場所次第ね、ちょっと見せてもらうわよ」
マリスさまはその縦穴を上から覗いた。
「深いわね、途中に咲く花って、あの小さな青い花?」
――そうじゃ。採れるか?――
「そうね、キルナに行かせてもいいんだけど、わたしが魔力糸で採るほうが簡単だし早いわね」
言ってる傍からマリスさまは魔力の糸を穴の中に伸ばして、青い花を一輪摘まんで引き寄せた。
それをドラゴンの鼻先に付きつけて、
「ほら採ったわよ、どうぞ」
ドラゴンが ムムッと眉間あたりに皺を寄せる。
――花だけを我に渡してどうしろと言うのじゃ。エリクサーを造って娘の眼を治せ――
今度はマリスさまが蟀谷に縦筋を作った。
「わたしは薬師じゃないのよ、エリクサーなんて作れるはずないでしょ!」
――我の願いは娘の眼を治すことじゃ、花を摘むことではない――
「あんたが採ってこいって言うから採ってきたんでしょうが!」
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