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僕は元の世界に戻った
しおりを挟むマリスさまはドラゴンがら受け取った『解呪の珠玉』をしげしげと眺めている。
それは径が二十センチくらいの丸い水晶球で、細い銀柱で組まれた立体六芒星の中に納まっている感じだ。
「濃い魔力が篭められてる。間違いなく神の手によって作られたものね」
「見ただけでわかるものなの?」
「見ただけじゃなく、ちゃんと触ってるじゃない? 触れれば篭められた魔力も感じることができる。これほどの魔力を篭めることが出来る人間なんていないわ」
マリスさまが断言する。
まぁ僕にはわからないので信用するしかないんだけど、マリスさまが言うと、凄いものなのかなって思えるから不思議だ。
「さぁ、目的の物が手に入ったことだし、とりあえず引き上げましょうか」
マリスさまは、もうドラゴンには用無しというように、ドラゴンに対して「じゃぁね」と手をひらひらと振っている。
僕とチトちゃんは恐る恐るドラゴンにお礼を言った。
ドラゴンは、――礼には及ばん。感謝するのはこちらの方じゃ――、と言ってくれた。
怖かったけど、少し別れを惜しみつつ、僕たちはドラゴンに別れを告げて大空洞を後にした。
狭い洞窟を抜けると僕たちは馬車を残して来た開かれた場所にでた。
「さて、洞窟も抜けたし、この辺りで解呪を試してみようかしら」
マリスさまは【解呪の珠玉】を地面に置いて、僕とチトちゃんに少し離れる様に言った。
そして透き通る水晶球に向かって聞いたことのない言葉を早口で呟き始めた。
何を言っているのか全然わからない。でもすごく神聖で荘厳な響きに感じる。神さま世界の言葉なのかもしれないと思った。
すると地面に置かれた水晶球に黒いシミが浮かび始めた。
黒いシミはどんどんおおきくなり、やがて水晶球から溢れ出し、黒い霧となって周囲に広がった。
そしてマリスさまの身体が黒い霧の中に消える。
いつの間にかマリスさまの不思議な呟きは止んでいた。
…………。
そして黒い霧が晴れると、少し疲れた様なマリスさまがそこに居た。
「ふぅ」
マリスさまが小さな吐息を零した。
「終わったは、解呪は成功よ。見なさい、この溢れる魔力」
見るとマリスさまが蒼白いオーラに包まれていた。
「もうどんな魔法も使い放題、今なら次元の壁を越えて元の神界に帰ることも可能なはずよ」
マリスさまはすごく嬉しそうに語っている。
「とりあえず一度、神界に戻って来るわ。こんな目に合わせた大神にも文句を言いたいしね。まぁちょっとだけここで待ってて頂戴」
マリスさまはそう言って目元でピースサインを作る。
「それじゃぁね、【次元転移】」
その言葉が言い終わると同時に、目の前の空間に黒い穴が浮かび上がった。
穴の奥は深い闇が広がっている。
「それじゃぁ行ってくるわ。また後でね」
言うなりマリスさまはその黒い穴に飛び込んでしまった。
僕とチトちゃんは声を掛ける暇すらなかった。
「ちょ、ちょっと!」「マリスさま……」
僕たちの口から同時にそんな言葉が零れていた。
次の瞬間、閉じかけていた黒い穴が再び大きく広がった。
そしてその穴からマリスさまが飛び出してきた。
「おっとと、ただいま、一瞬だったでしょ?」
「え、どういうこと、もう行ってきたの? まだ数秒と経ってないよ?」
「次元を越えての転移だからね」
「意味がわからないよ」
「もう、面倒臭いわね……、次元を越えるってことは、異次元に行くってことで時間を進むわけでも逆行するわけでもないの。そもそも自分が存在する時間って決まっているの。私は今の時から移動したけど、向こうで何時間経とうが、戻る場所は同じ時間なの? わかる」
「よくわからないよ……」
「だから時空を越えたわけじゃないってこと」
「う~ん……」
「理解できないなら聞くなッ!」
パチンとデコピンをされた。
「それより、キルナは本当に戻らなくていいの? 今なら特別にただで戻してあげるわよ?」
僕は返事に詰まった。
簡単に元の世界に戻るとか考えられない。
僕はこの異世界が気に入っている。
いや、マリスさまとチトちゃんと三人の暮らしが気に入っている。
この平穏じゃないけど充実した日々を捨てたくない。
そんな僕にマリスさまは言う。
「何を考えているのかしらないけど、元の世界に戻ったからって、私がいればまたここに戻ってこれるわよ? まぁそれはキルナの気持ち次第だけどね」
「え、また戻ってくれるの?」
「一回だけならね。どうする? そのまま元の世界で生きるのもいいし、こちらに帰ってきて私たちと一生こっちで過ごすものキルナの自由よ」
「一回だけなの?」
「えぇ、次元を越えるのは身心に掛かる負荷が大きいわ。何度も行えば身心のどこかに異常をきたす」
それは怖いな。
実際にどんな異常があるのか知りたいけど、知れば一回のチャンスもやりたくなくなるかもしれない。だから聞かないでおこう。
「じゃぁ一度だけ帰りたい。親しい人がいるわけじゃないけど、両親とか友達とか、ちゃんとお別れの挨拶がしたい」
僕がそう言うと、チトちゃんは悲し気な目で見上げてきた。
僕はチトちゃんの前に腰を降ろして目線を合わせた。
「僕もマリスさまみたいに、すぐに戻ってくるから」
「本当に? 約束してくれますか?」
「うん、約束する」
僕を小指をだしてチトちゃんと指切りをした。
「それじゃあ、マリスさま、お願いしていいかな?」
「いいけど、そのまえに何か置いていきなさい」
「え、どういうこと?」
「いちいち説明させるな。キルナは黙って言うことを聞いていればいいのよ」
「そんな理不尽な……、理由くらい説明してよ」
「もう……ほんとうに面倒臭いわね。じゃあ一度しか言わないからよく聞きなさいよ? あんたが向こうの世界に戻った後、どうやってこっちに戻る気? 自分でこっちに戻ってこれないでしょ。戻る時も私が魔法で呼び戻さないといけないの。それにはキルナを強く感じる物が必要なの、わかる?」
「んー言ってる意味はなんとなく分かるきがする」
「だったら、さっさと何かだしなさい?」
「なにかって……じゃあチトちゃんに渡した時みたいにお金でいい?」
僕は言いながらポケットから小銭入れを取り出した。
蓋を開けて一〇〇円玉を取り出そうとしたけど、マリスさまが「それは無理」と止めた。
「コインじゃたいしてキルナを感じられない。もっと肌に直接触れていた物じゃないと次元を越えたあんたを感じることは出来ないと思う」
「そんな物持ってないよ」
「あるわよ、キルナを強く感じる物……あんたのパンツ」
「はぁ? 僕のパンツ?」
「だって、肌身離さずずっと持ってるもってパンツが一番長いじゃない?」
「とにかく、少しでもキルナを強く感じられないと、探すのが大変なの。次元の壁はそれだけ厚いという事なのよ。嫌だって言うなら、戻ることは諦めなさい」
「ええっ、なんでそうなるのさ」
「仕方がないでしょ。簡単な魔法じゃないんだから、文句があるなら自分で行って帰ってきなさいよ」
「そんな無茶苦茶な……わかったよパンツを渡せばいいんだろ……」
僕は仕方なくパンツを脱いでマリスさまに渡した。
マリスさまはそれを細い指で摘まんだ。
そして顔を歪めて汚い物でも見る様な目で見つめている。
…………。
そして僕は元の世界に戻った。
戻った場所は、僕が消えた丘の上だった。
時間は夜、珍しく辺りに人がいる。
こんな丘の上にこんな時間に何をしてるんだろう……、まぁいいけど。
僕は家に帰って両親に別れを告げた。
両親は何を言っているの? とまったく相手にしていなかった。
だから僕は両親あてに手紙を書いて部屋の机の上に残すことにした。
書いた内容は、
『お父さん、お母さん、突然ですが今まで育ててくれてありがとう。僕は自分が生きていく世界を見つけました。なのでこの家を出ていきます。絶対に見つからないと思うので探さないでください。ちなみに自殺とかではないので心配しないでください。それではさようなら。お元気で。
キルナ』
そして僕は大好きなゲームにログインした。
唯一の友達である一人の女の子と連絡を取るために。
「やぁ久しぶり」
「え、久しぶりって、さっきまた後でねって言ったばかりじゃない」
そっか、転移した時間にと場所に戻るって言ってたけど、こういうことなんだ。
「ちょっと急なんだけど、報告があるんだ」
「なーに?」
「もうゲームにログインできなくなるんだ。だからこうして話し出来るのも今日が最後なんだ」
「え、どうして? なにかあったの?」
「うん、ちょっと急に引っ越しすることになってね、ネットとか繋げない場所なんだ」
「そうなんだ。寂しいな。ナルさんは唯一の友達だったのに」
ナルというのは僕のゲームでの名前だ。
まさか彼女から唯一の友達だったなんた言われるとは思わなかった。
そんな風に言われると別れるのが辛くなる。
これ以上話ししていたらダメだ。本当に別れられなくなる。
「ごめんね、そういう訳だから落ちるね。さようなら元気でね」
「うん、ナルさんも元気で、またどこかで会えたらいいな」
そして僕はゲームからログアウトした。
自分の気持ちが揺らぐ。
僕が思い詰めていると、目の前に黒い穴が浮かび上がった。
深い闇に繋がる黒い穴だ。
マリスさまが呼んでいる気がした。
僕はその穴に飛び込んだ。
次の瞬間目の前に広がった風景は、ついさっきのままだった。
「ただいま」
「おかえり」「おかえりなさい~」
チトちゃんが僕に飛びついてきた。
僕はその小さな身体を抱きとめる。
そんな僕にマリスさまが言った。
「ちょっとキルナ、あんたのこれ、イカ臭いわよ」
「ほ、ほっといてよ!」
それは僕のパンツだった。
「さぁ、残りのドラゴンでも探しに行きましょうか」
「はい!」
「ええぇぇ、そんな危険なことはやめようよ」
「何言ってるのよ。どうせなら六つともお宝を頂くわよ」
「僕は平穏に暮らしたいだけなのに……」
そして僕たちの旅は続く。
この先なにがあっても離れたくないと思う。
永遠に三人の旅が続きますように……。
ここでこの物語は終わりです。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
また別の作品も読んで頂けると嬉しいです。m(__)m
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