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6話 同行

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「……取り敢えず、この場にいても良いことはない。少年、我々と共に我が領地に来ないか?今回の礼もしたい」

これからの事を思案したアウギスは、リューグに1つの提案を投げかける。

「……いえ。礼など必要ありません。なので、僕はこれで失礼します」

アウギスの提案に迷いなく即答するリューグ。

それと同時にその場から離れようとリューグはゆっくりと体を起き上がらせる。

その瞬間、それを静止させるかの様に艶やかな金色の長い髪を携えた1人の女性がリューグの肩に両手を乗せその動きを止め、心配そうな表情と共に言葉を発した。

「駄目よ。さっきまで苦しそうにしてたじゃない。だからあなたは私達の屋敷に一緒に来てもらうわ」

真剣な表情でリューグを静止させたのはアウギスの妻であるナナリーだった。
一片の濁りもない、ただただ純粋にリューグの身を案じる。

「…もう大丈夫です。だからーーー」

「だ・め・で・す」

「いや、だからーーー」

「駄目と言ったら駄目です。それにその身なりもきちんと整えないと不便でしょ?」

有無を言わせぬナナリーの迫力に、リューグは体を思わず怯ませ、体を仰け反らせる。

それに追随し、幼い容姿をしたもう1人の女の子がナナリーを援護するかの様に2人の会話に割って入る。

「母様の仰る通りですわ。だから私達と一緒に来て下さい」

「…………わかり…ました…」

アウギス、ナナリー、リリスの3人の説得に折れたリューグは、何とも言えない表情を浮かべながら、返事を返すしかなかった。

「そう言えば、まだ自己紹介がまだだったな」

リューグから納得いく返事を貰い、馬車へと向かおうとした時に、ふと自己紹介をしていない事に気が付いたアウギス。

くるりと後ろにいるリューグに向き直り、名を名乗る。

「私はアウギス・リーベルト。リーベルト領を治めているリーベルト公爵家の当主だ。せれでこちらが我が妻のナナリーで、私達の1人娘であるリリスだ」

「……僕はリューグ…。リューグ・エルスコールです」

「リューグ…良い名だ。それともう一度言わせて欲しい」

リューグの目の前で深々と頭を下げるアウギスは、感謝を込めたお礼を再び口にする。
それに続く様にナナリーとリリスもまた感謝の言葉を紡ぐ。



『危ない所を助けてくれてありがとう』



感謝の言葉


それは良い行いをした者に送られる言葉


だがそれは決して自分には縁遠い事だと思っていた


過去の出来事からリューグ自身、そう感じていたのだ


しかし、今、リューグの目の前にいる3人は縁遠いと感じていたその言葉をリューグに向けていた


心の奥底に閉まっていた感情がゆっくりと漏れ始める。


じわじわと何も無かったリューグの心の隙間をパズルのピースを埋めるかの様に浸透していく。

虚無の心に光が差し、深い闇を溶かす。


喜怒哀楽の無い表情に変化が同時に訪れた。



それは今までの闇を抱えたリューグの心情を吹き飛ばし、数年間忘れていた心からの笑顔だった。












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