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無気力転生者、賢者の遺産を手に入れる

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 どうやって説明するかとか考える暇もなく、守衛さんが来てしまった。
 偏見かもしれないが、騎士学校という職場だからか、やたらと厳つい。体格もプロレスラーみたいだし、眉間のシワが深い。
 尚且つ、リーザさんがフランクに呼びつけたもんだから、俺達に対する警戒心がグッと上がった気がする。


「どういったご用件で」
「ハルト、お兄さんの名前」


 声まで厳ついじゃん。
 数々の修羅場くぐってるよ、絶対。


「あ、えっと。兄のカルロが、いつもお世話になっております!」
「ぶっ」


 勢いよく頭を下げたは良いものの、果たして彼は兄さんを知っているのだろうか。
 そしてリーザさんは、面白がってないで知恵貸して下さい。


「家名は」
「家名はありません」
「ではクラスは」
「すみません」


 そんなの知るかよ。
 騎士学校の仕組みさえ知らないのに。


「悪いがそれでは分からない。
それに今は授業中だ。終わる頃にまた来たらいい。門の前で待っていれば会えるかもしれない」


 優しい。厳ついとか言ってごめんなさい。すごく優しい方でした。


「ありがとうございます!
あと、エクリン様は学内にいらっしゃいますか?」
「総長を知っているのか。あの方は大変お忙しい。
会いたいのは分かるが、あまり期待しないほうが良いだろう」


 そんなっ。だったら手紙をどうやって届ければ良いんだ。


「見て欲しい物があるんです。難しいでしょうか」
「合わせてやりたいが、諦めるんだな坊主」


 坊主。もしや守衛このかたは、俺を10歳ぐらいの子供と間違えていらっしゃるのでは?
 きっと筋骨隆々の騎士学生達に見慣れてるだろうから。
この優しさは、そのためか!
 よし。バレないうちに泣き落とそう。


「そんな………せっかく田舎から出て来たのに」
「坊主……」
「泊まる宿を見つける事さえ難しいのに」


 まあ実際は、2日で着くというミラクル起きたけど。
泊まる宿は現在進行形で困っているのであって、昨日はむしろサービス三昧で快適だったけど。


「坊主、小さいのに苦労したんだな」


 うん。僕、15ちゃい。
嘘は言ってないよ。少々誤解を生むニュアンスを含めたかもしれないが。
 バックの中から、クロが俺を蹴っている気がするけど、たぶん気のせいだ。
だって今コイツは、ぬいぐるみのはずだから。


「ぶはっ」


 リーザさんは、笑うのやめようか。バレる。


「来客があった事は、事務方に伝える。
私にできるのは、それくらいだ」
「ありがとうございますっ!!」
「やだ、うそでしょ!?」


 守衛さんは、カードの様な何かに向かって俺達の事を誰かに連絡し始めた。インカムみたいな物だろうか。もしくは携帯?
 にしても、こんな優しい人で警備は大丈夫か。
心配だし、罪悪感が半端ない。


「────、───はい、え?
はあ、確認します。
坊主! 見て欲しい物と言っていたが、今見せられるか?」
「あっ、待って下さい。今出します。手紙なんですけど」


 中のクロが見えない様にバックを広げれば、手紙を咥えているではないか。
お利口さんだな、このヤロウ。


「ありました。これです!」
「ふむ、ん? 何だこの歯形」


 そこは触れないで下さい。


「何と書いてあるんだ?
宛名が分からないな。────いや、だがこの差出人は読めるぞ。サファリン……ダ、レ…スティア?」


 ああ、あのミミズ文字は、元社畜さんのフルネームだったのね。
 書いてある場所的にそうだろうと思ってたけど、綴文字みたいになってて読めなかったんだよな。
ほら、この国で綴文字書くのは貴族くらいだしさ。
 いっそ、宛名と同じ様に日本語で書いてくれれば良かったのに。


「───え、はい、はい。どこの家紋か分かりませんが、印影は押されてます。
は? 承知しました!」


 何やら指示があったみたいだ。
守衛さん自身も驚いた様子で、少し緊張している感じがする。
 もしや、有名人か? そのサファリン誰がしは。
 

「秘書が今から迎えに来るとの事だ。
良かったな、坊主」
「今からですか?」
「ああ。10分もすれば来るだろう」


 おお? すごい人っぽいぞ、サファリン誰がし!
「やったぜ!」という気持ちで、隣のリーザさんを見る。


「リーザさん?」


 彼女は、あんぐりと口を開けて固まっていた。
 間抜けな顔まで可愛いってどうなの。すげーな。


「大丈夫か。連れは」
「たぶん大丈夫です。おかまいなく」





 まもなく、秘書の男性が走って来た。
 そして俺達は、豪華絢爛なだだっ広い部屋で縮こまっている。


「ねえ、ほほほほんとに、貴族じゃななないんだよね」
「だから違うっていい言ってるじゃないですかっ」
「し、信じてるからね」
「もももちろんです」


 何この空間。緊張しすぎて震えが止まらない。
 秘書の人に案内されて、座って待つ様に言われたけど……室内の家具、飾り、色んな物が「お前は場違いだ」と、俺に訴えかけている。

 このティーカップだって、いくらするんだろう。
もう、手が震えるせいで紅茶が溢れそうだ。
恐くて飲めない。
かと言って、震えすぎて置くに置けない。申し訳ない、秘書のダンディおじ様。

 紅茶を溢してソファを汚すのが先か、落として割るのが先か。
 

「やあ、待たせたね。
君がハルト君かい」


──ガチャンッ


「「あっ」」


 正解は、落としてテーブルを盛大に汚すでした。
 っじゃない!


「申し訳ありません!
弁償……は、できるか分かりませんが、何とかします!」
「いやいや、かまわんよ。落ち着きなさい。
お茶が溢れてしまったな。割れてはいない様だね。服は汚れていないかい」
「いいえ全く! それより、せっかく用意して下さったのに」
「気にする必要はない。
新しいものを用意してくれ」


 遠目からでも分かりそうな、仕立ての良い服を纏った男性が、先程のダンディ秘書を引き連れて部屋に入って来た。
 心の準備が整わなすぎて、初手から粗相をする自分を殴りたい。
 総長らしき人物は、盛大にやらかした俺を叱責する事なく、反対側のソファに腰を下ろす。
ダンディ秘書は、あっという間にテーブルの上を片付け、部屋を出た。
 スマートすぎる。
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