聖女様の推しが僕だった

ふぇりちた

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崩れ去った日常

5 いつものアレ

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 うう。びちょ濡れだ。
シャツが肌に張り付いて、気持ち悪い。


「遅い。早く脱げ」
「分かってるよ! ひっついて脱げないんだ」
「はぁ。ほら、脱がしてやるから、じっとしてろ」
「………お前だって、服着たままじゃん」


 部隊長のディオンの部屋には、浴室がついている。
浴槽のサイズも大きく、大人が2人で入っても余裕がある。


「俺はいいんだよ。まだ、湯に浸かってないからな。
それとも、ディオンが脱がせてくれるのか?」
「あ、う、いや、じ、自分で脱げ。馬鹿野郎」
「つれないな。よし、次は下だな」


 そう言ったアシルの視線を、そのまま追う。
下。下は脱げるな、自分で。下ろすだけだから。
 スラックスにかけられたアシルの手を外し、自分で脱ぐ。


「なあ、着替えないんだけど」
「貸してやる」
「下着は?」
「一晩ぐらい、我慢できるだろ」


 それは、落ち着かないから嫌だな。
 僕の部屋に行って、取って来てくれればいいのに。


「不細工な顔」
「なんだと、笑うな。このノッポ」


 目の前でイケメンのストリップショーを見させられている俺の気持ちを、察して欲しい。
 今日は、正装なんだ。普段は、面倒だからと団服のコートを着ないくせに。
昼間は着てなかったから、登城したのかな。
 だんだんとシャツのボタンが外れていけば、肌けた隙間からアシルの肉体美が覗く。
 ガッシリとした広い肩、真っ直ぐと水平に伸びた鎖骨が、アシルの整った顔を映えさせていた。


「なんだ、ジッと見て。手伝う気になったか」


 思わずガン見していたら、目が合ってしまった。
 くそ、コイツまた筋肉が大きくなったんじゃないか?


「するか。ちんたら脱いでんなと思っただけ。
てゆーか、僕まで入る必要ある?」
「ある。俺を癒してもらわねーと」
「癒すって、いつものアレだろ。僕、別に脱がなくてよくない」
「一緒に入った方が、手間が省けるだろ」


 別に、そんな配慮は欲していない。
 ずぶ濡れのスラックスがシワになる方が、ショックだ。


「うわ、人の顔の前に、そんなもん出すなっ」
「悪い。ディオンには刺激が強かったな。大丈夫だ、諦めるには、まだ早い」
「なっ…な、な、っ!! 不能になれっ」


 浴槽のへりに立て肘をついて、ぼーっと待っていたら、脱ぎ終わったアシルが仁王立ちしていた。
 勘弁してくれ。頭の上ぐらいに、存在感を発揮しているものが視界に入ってしまった。


「負け惜しみ」
「うるさい、変態っ。
っくしゅ」


 寒っ。お湯がぬるいかも。


「もっと端寄れ」
「ん」


 アシルが入り易いように、スペースを作る。
図体が無駄にデカイせいで、ザバっとお湯が溢れ出した。
 浴槽に背を預け、だらんと脱力した体勢で足を投げ出してくるから、せっかく端に寄ってやったというのに、僕の膝にぶつかる。
 

「こっち来い」
「は」
「寒いんだろ。温めてやるから、来い」


 いやいやいや。成人男性に、何言ってんだ。
 幼い子供を風呂に入れる、父親がする行動じゃん。


「普通に、お湯の温度上げてくれればいいんだけど」
「自分でやれば」
「む。僕が、火炎魔法使えないの知ってるくせに」


 基本は、魔石でお湯の温度を調整したり、足したりするのだが、火属性が得意な人は、自分で魔法を使った方が調整が楽なのだ。
 僕は、緑属性が得意で、火炎魔法は使えない。
一応、生活レベルの水魔法なら使えるけど。


「上げてやるから、
「あ~、もうやだな。羞恥心とかないわけ?」


 股の間を指差しながら、ニヤニヤと催促してくる。
 温度は、上げてもらいたい。
渋々、アシルの足に挟まる形で座れば、そのままぎゅっと抱きつかれた。


「今更、恥ずかしがることもないだろ。
ガキの頃から一緒に入ってるんだから」
「そういう問題じゃない気がする」
「寒いんだろ。力抜いて、俺にもたれとけ」
「この腕は、何」
「ひっついた方が、温かいから」


 もう好きにしてくれ。生肌が当たって、地味にこそばゆい。
あと、筋肉がカチカチだから、居心地が悪い。


「お湯」
「……これくらいで、どうだ」
「うん。ちょうどいい。
でもこの体勢じゃ、やり辛くないか?」
「こっち向いて、膝立ちになればできるだろ。
まあ、もう少しあったまってから、な」


 頭で、言われた通りのシュミレーションをしてみる。
んん~、やっぱ微妙。洗い流す時、僕にまでかかっちゃうし。


「疲れてんだろ。早く終わらせよ」


 肩に巻かれた腕をポンポン叩いて、腕を解くように促す。


「もう寒くないのか」
「うん。はい、頭出して」


 くるっとアシルの方を向いて、膝立ちになる。
 ちょっと屈むように差し出された頭に、洗髪剤をたっぷり垂らす。
 寂れた男爵家の僕と違い、伯爵家のアシルは、洗髪もメイドが行う。
基本は、楽だからという理由で、家でも1人で湯浴みをするらしいが、たまにこうやってお世話を頼んでくる。
 大抵は、マッサージしながら洗ってやって、アシルが風呂から上がったら、タオルドライして、肩のマッサージの流れだ。
だけど、今は僕までお湯に浸かってるからなー。
一回出ないと、洗い流しにくいかも。


「気持ちいい?」
「ああ」
「まだ寝るなよ。お前は重いから、運べないぞ」
「ああ」
「はいっ、洗い流すから、ちょっと待って」


 浴槽から出ようとすると、アシルに止められた。


「何。洗い流せないんだけど」
「風邪ひくから、このままでいい」


 僕に泡まみれになれと?
つか、お前も洗髪剤まみれになるぞ。
 怪訝な顔で見れば、アシルはクリーンの魔法で、お湯を汚すことなく、洗い流してしまった。


「………クリーン使うなら、はじめからそれでよくね?」
「魔法使ったら、ディオンが洗う意味がない」
「そうだね。だから魔法でいいじゃんって、言ったつもりなんだけど」
「………」
「ついでに髪も魔法で乾かしなよ」
「嫌だ」


 てっきり魔力量が多過ぎて、生活魔法のようなショボい魔法は、非効率的で使わないのかと思っていた。
ちゃんとコントロールできたんじゃん。
 今までの、僕の甲斐甲斐しいお世話の意味!


「ちっ。じゃあ、アシルもやって」
「? いつも、俺が洗ってやると言った時は、断るくせに。どういう心境の変化だ」
「なんか、ムカついたから。
頭洗って。マッサージもだぞ」
「いいけど」


 もう一度、背を向けて座り直し、顔を上げてアシルを睨んだ。
 雑にやったら許さないからな。


「ディオン? 眠いのか?」
「んー」

 
 コイツ、上手いな。
なんか、余計に腹立つ。
人に奉仕なんかしたことないくせにっ。


「こら、俺を癒してくれるんじゃなかったのか?」
「んー。洗わせてあげてるじゃん」
「ハハッ、なんだそれ。まぁ、悪くはないな」
「いいのかよ……んん」


 ヤバい。本当に寝そう。
 マッサージ気持ちいいし、身体ポカポカだし。


「仕方ねーな。
おやすみ、ディオン」


 そこで、僕の意識は途切れた。
 夢の中で、まるで別人のアシルが、ベッドまで運んでくれた。アイツが至れり尽くせりだなんて、変な夢。


「こんな無防備で、本当に結婚できると思ってるのか」
「んん、むにゃ」
「聞いてんのか、ディオン。変な女に捕まるなよ」
「うう゛………はむっ。ありぇ、かめにゃい…」
「フッ、俺の指は食えねえぞ」


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