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七章
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「クリスマス・コンサートに?」
「どうだろう? きみから頼んでもらえないかな?」
「そんなこと、俺に言われてもな」
監督生と生徒会の合同会議のあと執務室に呼ばれた理由は、彼にしてみればなんとも的外れな依頼だ。吉野は苛立たしそうに監督生代表代理兼寮長でもあるマイケル・ウェザーを睨めつけている。
「フェイラーは快諾してくれたのに」
「――訊くだけなら」
吉野は、マイケルの丸顔の上で飛び跳ねそうに元気の良い薄氷の瞳に、ため息混じりの苦笑を返す。
フレデリックの言っていた通りだ。マイケルは的確に吉野の弱みを突いてくる。アレンに先に依頼していることを示せば、吉野も責任を分散させるために承諾せざるを得ないことを解っているのだ。
見かけよりずっと頭の回る奴か――。
「それで、どうしたいんだ?」
吉野は諦めたように執務机前の円卓から椅子を引き出して、マイケルと向き合わせて腰かけた。
「まさか、アーカシャーに丸投げじゃないだろうな。予算は? ソールスベリーCEOがここの在校生だったからって、まさかボランティアでやれっていうんじゃないだろ? ケンブリッジでのイベント、幾らかかったか知ってんの?」
せせら笑いながら次々と繰りだされる質問に、マイケルは大きな瞳をこぼれ落ちそうに丸めて、ごくりと唾を飲みこんでいる。
「予算は――、そうだな、従来のチケット代に上乗せしよう。その範囲内でできる仕掛けを作ってもらえればいいよ。それでケンブリッジでは幾らかかったって?」
「100万ポンド」
「…………!」
「まだ商業ベースにものっていない試作段階の技術だぞ。高くついて当然だろ。チケットを倍の値段で売ったって、追いつかないよ」
もっともケンブリッジじゃ、1ポンドだって受け取ってないけれどな。
と、吉野は心の中で舌打ちする。どうせヘンリーに言えば無料で引き受けるに決まっているのだ。
ビジネスとしての意識なんて欠片もないんだ、あの坊ちゃんは――。
衝撃の金額に大きな目をさらに剥いて唖然としているマイケルを、吉野は見おすように睨めつけて唇の端を跳ねあげる。
「で、どうする?」
「寄付を募るよ。それから動画サイトで流そう。そうすれば幾らかは、」
「フェイラーも出るんだろう?」
「おそらくは」
自分の言葉を邪魔し遮った吉野に、マイケルは探るように目を細めた。
「フェイラーはアーカシャーの専属モデルだぞ。勝手にあいつの顔を金儲けに使われちゃ、困るな」
くすくすと笑っているような声だ。
「本当に……、」
「食えない奴だって、パトリックに言われたんだろ? まぁ、金のことよりもさぁ、時期が悪いんだよ。クリスマスはアーカシャーの創立記念と重なるんだ。忙しいんだよ」
「あ……」
さすがにそこまでは思い至っていなかったのか、マイケルは口をあんぐりと開けて今更に驚いている。
「話だけは、通しておいてやる」
ここまで、と立ちあがった吉野にマイケルはねだるような瞳を向け、
「よろしく頼むよ」と、諦めきれない口調で告げた。
「へぇー、エリオットのクリスマス・コンサートのスペクタクル依頼?」
ロンドン本社から帰ってきたばかりのデヴィッドが、さっそく飛鳥を捉まえて、今日届いたばかりの一風変わったイベント依頼の報告を切りだした。
「ずいぶん面白そうな話がきてるんだねぇ」
飛鳥は話を聞くなり瞳を輝かせている。
毎年行われるエリオット校のクリスマス・コンサートで、TSでの特殊効果映像をコラボして一大スペクタクルにしあげたい。とエリオット校クリスマス・コンサート実行委員会から依頼メールが届いたのだそうだ。
「ヘンリーはぁ、ヨシノやアレンを通さずに正式なルートで申し込んできた気概を買ってやりたい、て言ってるんだけどねぇ」
「うん。吉野がお世話になっているんだし、僕もできることがあるなら手伝いたいな」
飛鳥は嬉しそうに頷き、すっかり乗り気の様子だ。
「一度、話を聞いてみようかとは思うんだぁ。もし受けるとなると、TS初の外部との合作になるわけだし。――週末にでもエリオットに行ってみようかな。二人にも会いたいし」
「うん! 僕も、」
「アスカちゃんは駄目!」
デヴィッドは顔をしかめ、唇を突き出して人差し指をちっちっと顔の前で振る。
「この仕事を受けたいんなら、ロンドン本店とニューヨーク支店のイベント、さっさと考えてよねぇ! 実現性があるかどうかも判らない話に時間を割いていられないでしょ!」
ぷっと膨れる飛鳥の頬を、デヴィッドはつんと突っついて笑っている。けれど、「ちゃんと報告するからさ」と憮然とする飛鳥が少し可哀想になって、慰めの一言を投げかけるのも忘れない。
「吉野の新しい制服姿、見たかったのに……」
「え! 目的はそっち?」
「だって、上級生になるとホワイトタイなんだろ? 吉野だったら似合うだろうな。あいつ、体格いいし。僕は七五三だったけどさ――」
恨めしそうに見つめる飛鳥にデヴィッドは呆気にとられ、次いで吹きだしている。
「写真、撮ってきてあげるよ。立体映像にできるように全身像で!」
ケラケラと声を立てて笑う相手に、飛鳥は大真面目な顔で頷き返した。
「うん、そうして。TSで立体化して玄関に飾っておこうかな」
「それなら、ダイニングにしなよ。『腹減った、メシは?』って音声を入れてさ。そうすればぁ、アスカちゃんも食事の時間を忘れないでしょ!」
本気とも冗談ともつかぬ話に頬を緩め、飛鳥は笑いだしながら立ちあがった。
「それじゃぁ、まずはやりかけの奴から片付けてこようかな」
「頑張ってねぇ!」
ひらひらと掌を振ってその背を見送ったあと、デヴィッドはソファーに深く身を沈め、吐息を漏らしていた。
「ほんとにあの子、大人しくしていてくれたら、いいけれどねぇ……」
「どうだろう? きみから頼んでもらえないかな?」
「そんなこと、俺に言われてもな」
監督生と生徒会の合同会議のあと執務室に呼ばれた理由は、彼にしてみればなんとも的外れな依頼だ。吉野は苛立たしそうに監督生代表代理兼寮長でもあるマイケル・ウェザーを睨めつけている。
「フェイラーは快諾してくれたのに」
「――訊くだけなら」
吉野は、マイケルの丸顔の上で飛び跳ねそうに元気の良い薄氷の瞳に、ため息混じりの苦笑を返す。
フレデリックの言っていた通りだ。マイケルは的確に吉野の弱みを突いてくる。アレンに先に依頼していることを示せば、吉野も責任を分散させるために承諾せざるを得ないことを解っているのだ。
見かけよりずっと頭の回る奴か――。
「それで、どうしたいんだ?」
吉野は諦めたように執務机前の円卓から椅子を引き出して、マイケルと向き合わせて腰かけた。
「まさか、アーカシャーに丸投げじゃないだろうな。予算は? ソールスベリーCEOがここの在校生だったからって、まさかボランティアでやれっていうんじゃないだろ? ケンブリッジでのイベント、幾らかかったか知ってんの?」
せせら笑いながら次々と繰りだされる質問に、マイケルは大きな瞳をこぼれ落ちそうに丸めて、ごくりと唾を飲みこんでいる。
「予算は――、そうだな、従来のチケット代に上乗せしよう。その範囲内でできる仕掛けを作ってもらえればいいよ。それでケンブリッジでは幾らかかったって?」
「100万ポンド」
「…………!」
「まだ商業ベースにものっていない試作段階の技術だぞ。高くついて当然だろ。チケットを倍の値段で売ったって、追いつかないよ」
もっともケンブリッジじゃ、1ポンドだって受け取ってないけれどな。
と、吉野は心の中で舌打ちする。どうせヘンリーに言えば無料で引き受けるに決まっているのだ。
ビジネスとしての意識なんて欠片もないんだ、あの坊ちゃんは――。
衝撃の金額に大きな目をさらに剥いて唖然としているマイケルを、吉野は見おすように睨めつけて唇の端を跳ねあげる。
「で、どうする?」
「寄付を募るよ。それから動画サイトで流そう。そうすれば幾らかは、」
「フェイラーも出るんだろう?」
「おそらくは」
自分の言葉を邪魔し遮った吉野に、マイケルは探るように目を細めた。
「フェイラーはアーカシャーの専属モデルだぞ。勝手にあいつの顔を金儲けに使われちゃ、困るな」
くすくすと笑っているような声だ。
「本当に……、」
「食えない奴だって、パトリックに言われたんだろ? まぁ、金のことよりもさぁ、時期が悪いんだよ。クリスマスはアーカシャーの創立記念と重なるんだ。忙しいんだよ」
「あ……」
さすがにそこまでは思い至っていなかったのか、マイケルは口をあんぐりと開けて今更に驚いている。
「話だけは、通しておいてやる」
ここまで、と立ちあがった吉野にマイケルはねだるような瞳を向け、
「よろしく頼むよ」と、諦めきれない口調で告げた。
「へぇー、エリオットのクリスマス・コンサートのスペクタクル依頼?」
ロンドン本社から帰ってきたばかりのデヴィッドが、さっそく飛鳥を捉まえて、今日届いたばかりの一風変わったイベント依頼の報告を切りだした。
「ずいぶん面白そうな話がきてるんだねぇ」
飛鳥は話を聞くなり瞳を輝かせている。
毎年行われるエリオット校のクリスマス・コンサートで、TSでの特殊効果映像をコラボして一大スペクタクルにしあげたい。とエリオット校クリスマス・コンサート実行委員会から依頼メールが届いたのだそうだ。
「ヘンリーはぁ、ヨシノやアレンを通さずに正式なルートで申し込んできた気概を買ってやりたい、て言ってるんだけどねぇ」
「うん。吉野がお世話になっているんだし、僕もできることがあるなら手伝いたいな」
飛鳥は嬉しそうに頷き、すっかり乗り気の様子だ。
「一度、話を聞いてみようかとは思うんだぁ。もし受けるとなると、TS初の外部との合作になるわけだし。――週末にでもエリオットに行ってみようかな。二人にも会いたいし」
「うん! 僕も、」
「アスカちゃんは駄目!」
デヴィッドは顔をしかめ、唇を突き出して人差し指をちっちっと顔の前で振る。
「この仕事を受けたいんなら、ロンドン本店とニューヨーク支店のイベント、さっさと考えてよねぇ! 実現性があるかどうかも判らない話に時間を割いていられないでしょ!」
ぷっと膨れる飛鳥の頬を、デヴィッドはつんと突っついて笑っている。けれど、「ちゃんと報告するからさ」と憮然とする飛鳥が少し可哀想になって、慰めの一言を投げかけるのも忘れない。
「吉野の新しい制服姿、見たかったのに……」
「え! 目的はそっち?」
「だって、上級生になるとホワイトタイなんだろ? 吉野だったら似合うだろうな。あいつ、体格いいし。僕は七五三だったけどさ――」
恨めしそうに見つめる飛鳥にデヴィッドは呆気にとられ、次いで吹きだしている。
「写真、撮ってきてあげるよ。立体映像にできるように全身像で!」
ケラケラと声を立てて笑う相手に、飛鳥は大真面目な顔で頷き返した。
「うん、そうして。TSで立体化して玄関に飾っておこうかな」
「それなら、ダイニングにしなよ。『腹減った、メシは?』って音声を入れてさ。そうすればぁ、アスカちゃんも食事の時間を忘れないでしょ!」
本気とも冗談ともつかぬ話に頬を緩め、飛鳥は笑いだしながら立ちあがった。
「それじゃぁ、まずはやりかけの奴から片付けてこようかな」
「頑張ってねぇ!」
ひらひらと掌を振ってその背を見送ったあと、デヴィッドはソファーに深く身を沈め、吐息を漏らしていた。
「ほんとにあの子、大人しくしていてくれたら、いいけれどねぇ……」
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