霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

文字の大きさ
29 / 193
Ⅱ.冬の静寂(しじま)

26 誕生日

しおりを挟む
「お誕生日おめでとう」
 いつものように三人分の弁当を作っていると、マリーが珍しくキッチンにやってきて、おはようではなく、こんな言葉をくれた。
「ありがとう」
 なんだか狐につままれた気分だ。でもやはり嬉しくて、照れながらお礼を言った。マリーは、ふふん、といった感じで口角をあげている。誕生日をちゃんと覚えていてあげたのよ、的な自慢げな顔が癪にさわるけど、まぁ、いいや。

「今日の夕食は一緒に食べましょうよ。なにか買ってくるから」
「ありがとう」

 ちょうど卵を巻いているところで目を離せなかった。お礼だけ言って、火を止めてから顔をあげる。マリーが冷蔵庫からとり出したスムージーを手に、窓枠に腰かけて僕の作業を興味津々といった感じで眺めている。そこに居られると暗いんだけどな。光が遮断されるから。でも作らない人間には判らないよな、とそんな嫌味が頭をよぎる。口に出さないだけ、僕も成長したかな。

「あんたって意外に器用よね。それ好きなの。あまったらちょうだい」

 僕の作れるおかずなんて限られていて代り映えしないのに、マリーは文句も言わずにいつも残さず食べてくれる。そのなかでも、甘い卵焼きはとくにお気に入りだ。

「アルビーも一緒に食事できるの? 今、忙しいんだろ?」

 アルビーをもう何日も見ていない。
 卵焼きを切り分け、端っこを小皿に入れてマリーに渡した。

「当たり前でしょ。今日くらい空けてくれるわよ、アチッ!」

 卵焼きを指でつまもうとして、マリーは慌てて鮮やかな赤に塗られた長い爪を引っ込める。湯気のたつ黄金色の卵焼きを見つめるマリーは、おあずけをくった猫みたいだ。

 口許が自然に緩んでしまう。マリーはちょっと膨れて小皿を傍らに置き、スムージーのストローを銜える。

 マリーにしろアルビーにしろ、こっちの人って猫舌で猫手だ。熱いものが苦手。


「アルビーって大怪我したことがあるの?」

 ふと気が緩んでいた。マリーの瞳が一瞬怪訝そうな色をみせ、それから不愉快そうに眉根をよせた。

「額の傷のこと言ってるの?」

 また地雷だ!

 マリーの表情は、即、僕を後悔させていた。

「うんと小さな、赤ちゃんの頃の傷が残っちゃったのよ。本人も覚えてないくらいの古傷なのに、やたら目立つから――。どうだっていいじゃないの。傷があろうが、なかろうが」

 マリーの口調は、とてもどうだっていいようには聞こえない。その古傷に触れるなと、とげとげしく警告している。やっぱり、マリーも残念なのかな。あんなに綺麗なアルビーだもの。

 僕は黙って頷いた。
 覚えてもいない傷のことをいちいち訊かれたって、本人が面倒くさく思うのも当然だと思う。

 だけどマリーは一気に不機嫌突入。気にするなって言ってるマリーがきっと一番気にしている。
「ウィンナーも食べる?」
 朝っぱらから地雷を炸裂させてしまった申し訳なさで、僕は少し気を使った。

「アルビーには訊いたりしないから、心配しないで」

 フライパンでウインナーを軽く炒める。

「本当に? あんたってすぐ顔にでるから。デリカシーないじゃない」

 ちらりと横目で見たマリーは、疑り深い眼つきでじっとりと僕を見ている。それでも、さっきまでの棘は引っ込めてくれたみたいで、口をもごもごとさせている。卵焼きで機嫌が直ったのかな? 香ばしいウィンナーを箸でつまんで、空いた小皿に置く。

「まだ熱いよ、気をつけて」

 またおあずけの眼になる。マリーの方がずっと顔にでて正直だと思うな。

「今日は早めに帰ってきてよ」

 マリーは猫のように悪戯な瞳で僕を見て、艶やかな唇をにっとあげて笑った。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで

中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。 かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。 監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。 だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。 「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」 「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」 生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし… しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…? 冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。 そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。 ──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。 堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

ポメラニアン魔王

カム
BL
勇者に敗れた魔王様はポメラニアンになりました。 大学生と魔王様(ポメラニアン)のほのぼの生活がメインです。 のんびり更新。 視点や人称がバラバラでちょっと読みにくい部分もあるかもしれません。 表紙イラスト朔羽ゆき様よりいただきました。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...