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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
26 誕生日
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「お誕生日おめでとう」
いつものように三人分の弁当を作っていると、マリーが珍しくキッチンにやってきて、おはようではなく、こんな言葉をくれた。
「ありがとう」
なんだか狐につままれた気分だ。でもやはり嬉しくて、照れながらお礼を言った。マリーは、ふふん、といった感じで口角をあげている。誕生日をちゃんと覚えていてあげたのよ、的な自慢げな顔が癪にさわるけど、まぁ、いいや。
「今日の夕食は一緒に食べましょうよ。なにか買ってくるから」
「ありがとう」
ちょうど卵を巻いているところで目を離せなかった。お礼だけ言って、火を止めてから顔をあげる。マリーが冷蔵庫からとり出したスムージーを手に、窓枠に腰かけて僕の作業を興味津々といった感じで眺めている。そこに居られると暗いんだけどな。光が遮断されるから。でも作らない人間には判らないよな、とそんな嫌味が頭をよぎる。口に出さないだけ、僕も成長したかな。
「あんたって意外に器用よね。それ好きなの。あまったらちょうだい」
僕の作れるおかずなんて限られていて代り映えしないのに、マリーは文句も言わずにいつも残さず食べてくれる。そのなかでも、甘い卵焼きはとくにお気に入りだ。
「アルビーも一緒に食事できるの? 今、忙しいんだろ?」
アルビーをもう何日も見ていない。
卵焼きを切り分け、端っこを小皿に入れてマリーに渡した。
「当たり前でしょ。今日くらい空けてくれるわよ、アチッ!」
卵焼きを指でつまもうとして、マリーは慌てて鮮やかな赤に塗られた長い爪を引っ込める。湯気のたつ黄金色の卵焼きを見つめるマリーは、おあずけをくった猫みたいだ。
口許が自然に緩んでしまう。マリーはちょっと膨れて小皿を傍らに置き、スムージーのストローを銜える。
マリーにしろアルビーにしろ、こっちの人って猫舌で猫手だ。熱いものが苦手。
「アルビーって大怪我したことがあるの?」
ふと気が緩んでいた。マリーの瞳が一瞬怪訝そうな色をみせ、それから不愉快そうに眉根をよせた。
「額の傷のこと言ってるの?」
また地雷だ!
マリーの表情は、即、僕を後悔させていた。
「うんと小さな、赤ちゃんの頃の傷が残っちゃったのよ。本人も覚えてないくらいの古傷なのに、やたら目立つから――。どうだっていいじゃないの。傷があろうが、なかろうが」
マリーの口調は、とてもどうだっていいようには聞こえない。その古傷に触れるなと、とげとげしく警告している。やっぱり、マリーも残念なのかな。あんなに綺麗なアルビーだもの。
僕は黙って頷いた。
覚えてもいない傷のことをいちいち訊かれたって、本人が面倒くさく思うのも当然だと思う。
だけどマリーは一気に不機嫌突入。気にするなって言ってるマリーがきっと一番気にしている。
「ウィンナーも食べる?」
朝っぱらから地雷を炸裂させてしまった申し訳なさで、僕は少し気を使った。
「アルビーには訊いたりしないから、心配しないで」
フライパンでウインナーを軽く炒める。
「本当に? あんたってすぐ顔にでるから。デリカシーないじゃない」
ちらりと横目で見たマリーは、疑り深い眼つきでじっとりと僕を見ている。それでも、さっきまでの棘は引っ込めてくれたみたいで、口をもごもごとさせている。卵焼きで機嫌が直ったのかな? 香ばしいウィンナーを箸でつまんで、空いた小皿に置く。
「まだ熱いよ、気をつけて」
またおあずけの眼になる。マリーの方がずっと顔にでて正直だと思うな。
「今日は早めに帰ってきてよ」
マリーは猫のように悪戯な瞳で僕を見て、艶やかな唇をにっとあげて笑った。
いつものように三人分の弁当を作っていると、マリーが珍しくキッチンにやってきて、おはようではなく、こんな言葉をくれた。
「ありがとう」
なんだか狐につままれた気分だ。でもやはり嬉しくて、照れながらお礼を言った。マリーは、ふふん、といった感じで口角をあげている。誕生日をちゃんと覚えていてあげたのよ、的な自慢げな顔が癪にさわるけど、まぁ、いいや。
「今日の夕食は一緒に食べましょうよ。なにか買ってくるから」
「ありがとう」
ちょうど卵を巻いているところで目を離せなかった。お礼だけ言って、火を止めてから顔をあげる。マリーが冷蔵庫からとり出したスムージーを手に、窓枠に腰かけて僕の作業を興味津々といった感じで眺めている。そこに居られると暗いんだけどな。光が遮断されるから。でも作らない人間には判らないよな、とそんな嫌味が頭をよぎる。口に出さないだけ、僕も成長したかな。
「あんたって意外に器用よね。それ好きなの。あまったらちょうだい」
僕の作れるおかずなんて限られていて代り映えしないのに、マリーは文句も言わずにいつも残さず食べてくれる。そのなかでも、甘い卵焼きはとくにお気に入りだ。
「アルビーも一緒に食事できるの? 今、忙しいんだろ?」
アルビーをもう何日も見ていない。
卵焼きを切り分け、端っこを小皿に入れてマリーに渡した。
「当たり前でしょ。今日くらい空けてくれるわよ、アチッ!」
卵焼きを指でつまもうとして、マリーは慌てて鮮やかな赤に塗られた長い爪を引っ込める。湯気のたつ黄金色の卵焼きを見つめるマリーは、おあずけをくった猫みたいだ。
口許が自然に緩んでしまう。マリーはちょっと膨れて小皿を傍らに置き、スムージーのストローを銜える。
マリーにしろアルビーにしろ、こっちの人って猫舌で猫手だ。熱いものが苦手。
「アルビーって大怪我したことがあるの?」
ふと気が緩んでいた。マリーの瞳が一瞬怪訝そうな色をみせ、それから不愉快そうに眉根をよせた。
「額の傷のこと言ってるの?」
また地雷だ!
マリーの表情は、即、僕を後悔させていた。
「うんと小さな、赤ちゃんの頃の傷が残っちゃったのよ。本人も覚えてないくらいの古傷なのに、やたら目立つから――。どうだっていいじゃないの。傷があろうが、なかろうが」
マリーの口調は、とてもどうだっていいようには聞こえない。その古傷に触れるなと、とげとげしく警告している。やっぱり、マリーも残念なのかな。あんなに綺麗なアルビーだもの。
僕は黙って頷いた。
覚えてもいない傷のことをいちいち訊かれたって、本人が面倒くさく思うのも当然だと思う。
だけどマリーは一気に不機嫌突入。気にするなって言ってるマリーがきっと一番気にしている。
「ウィンナーも食べる?」
朝っぱらから地雷を炸裂させてしまった申し訳なさで、僕は少し気を使った。
「アルビーには訊いたりしないから、心配しないで」
フライパンでウインナーを軽く炒める。
「本当に? あんたってすぐ顔にでるから。デリカシーないじゃない」
ちらりと横目で見たマリーは、疑り深い眼つきでじっとりと僕を見ている。それでも、さっきまでの棘は引っ込めてくれたみたいで、口をもごもごとさせている。卵焼きで機嫌が直ったのかな? 香ばしいウィンナーを箸でつまんで、空いた小皿に置く。
「まだ熱いよ、気をつけて」
またおあずけの眼になる。マリーの方がずっと顔にでて正直だと思うな。
「今日は早めに帰ってきてよ」
マリーは猫のように悪戯な瞳で僕を見て、艶やかな唇をにっとあげて笑った。
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