霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

文字の大きさ
31 / 193
Ⅱ.冬の静寂(しじま)

28 誕生日3

しおりを挟む
「左じゃなくて右」

 アルビーは、左の掌を上に向けて僕にさしだした。その上に右手を重ねる。なにかを握りこんでいるアルビーの右手が、手品でもしてみせるように僕の手をさらりと撫でて重なる。温かな熱をもったなにかを薬指に感じた。

 種明かしの掌が開く。

 銀色に輝く蜥蜴とかげ――。

 小さな手足を這わして、くるりと尻尾を指に回して絡みついている銀の蜥蜴。約束の火蜥蜴サラマンダー。僕は涙が滲んできて必死に奥歯をくい縛った。
 唇をひき結んでアルビーを見ると、彼は僕の反応が意外だったような顔をしていた。

「もっと喜んでくれるかと思ったのに」
 残念そうに吐息を漏らしている。
「なんで蜥蜴?」
「だってコウ、カメレオンが好きだろ? いつも僕のコーヒーカップを嬉しそうに見ているじゃないか」

 カメレオン? これ、カメレオンなの? そういえば、アルビーの専用マグカップに描かれている虹色のカメレオンに似てなくもない。この指輪の方が、もっとリアルでおしゃれな感じだけど――。

「そんなふうに、見えたかな……」

 アルビーは、サラマンダーは本来火蜥蜴の姿をしているって知らないんだ。あの赤毛の人形サラマンダーとこの蜥蜴は、彼の中で繋がってない。単純に、僕が好きだと思った蜥蜴の指輪をくれたんだ。

「これ、アルビーが作ってくれたの? ありがとう」

 やっと、にっこりと笑ってお礼を言えた。マリーにもちょっと自慢気に右手の甲を向けてみせる。

「今回ずいぶん時間がかかってたわね、アル」
 マリーの呆れ声。マリーは、知っていたのか。
「二つ分だから」
 アルビーがマリーに自分の右手の甲を向ける。

「え!」

 僕は仰天してアルビーの横顔を見つめ、継いで、いきおい彼の右手を掴んでその長い指に嵌る指輪をまじまじと見つめた。
 
 つきあってる、というのとは違うのかもしれないけれど、アルビーはマリーとキスするような仲だろ! 僕とお揃いの指輪を身につけるのはマズいだろ! それともそう思うのは僕だけ? 意識しすぎ? 二人ともそんなことは気にしないのかな?

 困惑する僕をみてアルビーはくすりと笑い、そのままゴロリと間に置いてあったコシヒカリの米袋を枕にして半身を横たえる。

「アルビー、」
「しぃ!」

 マリーは唇に指を立てている。

「食べ物を枕にするなんてダメだよ!」

 若干声音を下げて囁くように言い、アルビーの頭の下の米袋を床におろして代わりに膝枕をしてあげた。

「あんたのそれを作るのに時間をとられて、ほとんど寝ていないのよ。ただでさえ、忙しい時期だったのに!」

 マリーも声を押さえて囁いている。

 マリーはお揃いの指輪だってこと、とくに気にしてないみたいだ。僕はほっとして、大した意味はないのだと思うことにした。アルビーが爬虫類が好きなのは、なんとなく知っているしね。

 アルビーを起こさないように、マリーと声を殺して喋べりながらケーキを食べた。なんだか内緒話をしているみたいで楽しかったな。

 一頻りしてから、マリーは「それじゃあ戻るわね。明日の課題が大変なのよ。アルはたぶん朝まで起きないから、あんたも適当に休みなさいよ」と自室に戻っていった。



 僕も明日の予習をしておかないと。と頭では解っているのだけど、ローテーブルの上の蝋燭に照らされたアルビーの無防備な寝顔から目が離せなくて――。それに、こんなに近くにある彼の額が気になって。

 無意識に息を止め、そっと、彼の額にかかる柔らかな髪をかきあげていた。
 
「この傷が気になる?」

 瞼は閉じられたままなのにゆっくりと彼の唇が動き、柔らかな声が漏れ聞こえた。

 


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで

中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。 かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。 監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。 だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。 「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」 「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」 生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし… しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…? 冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。 そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。 ──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。 堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

ポメラニアン魔王

カム
BL
勇者に敗れた魔王様はポメラニアンになりました。 大学生と魔王様(ポメラニアン)のほのぼの生活がメインです。 のんびり更新。 視点や人称がバラバラでちょっと読みにくい部分もあるかもしれません。 表紙イラスト朔羽ゆき様よりいただきました。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...