霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

文字の大きさ
57 / 193
Ⅱ.冬の静寂(しじま)

54 誤解2

しおりを挟む
 ソファー横の白い飾り棚の中で、アビゲイルの人形が嗤っている。
 僕は向かいに座るマリーのじっとりとした視線にも、そして僕の横にいるアルビーの気怠げな空気にも呑み込まれないように、固くバリアを張って視線を虚空に移ろわせていた。そんな弱虫の僕をアビゲイルが嗤っている。

 アルビーが帰ってくるまでに、マリーの怒り心頭の理由を聴いた。

 彼女は大学に着くなり、友人たちにアルビーの新しい噂話を聞かされたのだそうだ。

 あの白雪姫アルビーが、舞踏会にやってきたみすぼらしい田舎者のシンデレラにキスしようとして頬を張り飛ばされた上、シンデレラは零時カウントダウンの鐘の音と共に彼を袖にして、するりと逃げ帰って行ったって。残ったのは、ガラスの靴ではなく、真っ赤な小さな張り手の痕。さぁ、あの小さな手形の持ち主は誰?

 大学生というものは、とかく馬鹿話が好きなのだと思う。

 それにしても、「みすぼらしい田舎者のシンデレラ」は酷くないか? 僕はちゃんとアルビーたちがくれた服で行ったのに。それに、彼の頬にそんな痕なんてつかなかったし、僕たちは一緒に帰ったのに。

 マリーにそう説明したけれど、僕があんな大勢の前で彼を叩いたのは事実だし、キスを拒んだのも皆が聴いている。そんな美味しいネタを提供されたら、面白おかしく脚色されるのは当然だとまで言い返された。

 
 マリーの怒りは帰って来たアルビーにまで向けられて、当の本人は「言いたい奴らには言わせておけよ」と面倒臭そうに言っているのに、ちっとも収まらず、彼のイメージダウンは許せないと息巻いている。

「大体、コウ、あんたアルのことを傲慢だって言ったんですってね!」

 ……言った。かも知れない。

「もういいじゃないか。文化の違いを考慮しなかった僕も悪いんだから」
 アルビーの方が苛つき始めている。
「でも、ステディなのにキスも許してもらえなくて、あのアルビーがお預け喰らってるって、」
 唇を尖らせてはいるけれど、彼の機嫌が損なわれ始めているのを察してか、マリーの語調は失速気味だ。アルビーはというと、その言い分に吹き出して僕を一瞥し、クスクス笑い出す。
「確かに」

 ちょっと待て!

「ステディってどういうこと?」
 僕は眉間に皺を寄せて、この二人を代わる代わる見比べた。
「ほらね、やっぱりコウは解っていなかった。そうじゃないかな、って気はしてたんだ」
 アルビーは目を細めて笑い、トンっと、僕のおでこを突っついた。
「眉間に皺、似合わないよ」
「それも文化の違いだって言うの? 冗談でしょ。どんな未開地から来たのよ、コウは!」
 マリーが吐き捨てるように言う。
 
 つまりこの指輪を貰った時僕が思った通り、お揃いの指輪にはやっぱり意味があったってことだ。でも、アルビーがそんな意味を込めて僕にくれたとは、どうしたって思えない。だから正直にそう言って訊いてみた。

「まぁ、そうだね。牽制の意味はあったけどね。そこまで深く考えてのものでもないよ」
 アルビーは苦笑して答えてくれた。今度はマリーの眉間に深い皺が刻まれる。それこそ痕が残ってしまうんじゃないかと言うくらい。
「アル!」
 声を張り上げたマリーを、アルビーが一瞬睨んだ。びくりとマリーが身を竦ませたような気がした。マリーはもどかし気に視線を逸らし、口籠る。
「……でも、誰もそうは思わないじゃないの」
 語尾が消え入りそうに力がない。

 どうやら問題はこの指輪らしい。お揃いだから誤解されたってことなんだ。
「これのせいで誤解されるのなら、僕はもう、この火蜥蜴サラマンダーをしない方がいいのかな?」
「え? 何て言った?」
 アルビーが怪訝そうに眉を寄せる。
「……火蜥蜴サラマンダーだと思っていたから、何も考えずにあっさり受け取って、そんなに大事にしてくれていたの?」
 被さるように問い質す口調は、とても冷たい。


 僕の答えを待たずにアルビーは立ち上がり、バンッと粗くドアを叩きつけて部屋を出て行った。
 
 




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで

中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。 かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。 監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。 だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。 「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」 「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」 生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし… しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…? 冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。 そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。 ──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。 堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

ポメラニアン魔王

カム
BL
勇者に敗れた魔王様はポメラニアンになりました。 大学生と魔王様(ポメラニアン)のほのぼの生活がメインです。 のんびり更新。 視点や人称がバラバラでちょっと読みにくい部分もあるかもしれません。 表紙イラスト朔羽ゆき様よりいただきました。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...