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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
65 不在
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朝食の時、アルビーに今日、明日の二日間留守にするからと告げられた。「泊まりで出掛けるの?」と、僕はかなり野暮なことを訊いてしまった。
「ボランティア。仕方なしの」
アルビーは表情を変えずに呟いた。
「お昼は持って行く?」
「うん」
「じゃあ、詰め替えるよ。捨てられる入れ物の方がいいだろ?」
僕は食べ掛けの皿をそのままにして、先にアルビーの弁当を紙の箱に詰め替えた。元は、アンナがお茶会や、マリーの友だちへのお土産用に用意していたギフトボックスなので、赤のギンガムチェックと、ちょっとアルビーには可愛らし過ぎるけれど、どうせ捨てるものなのでそこは我慢してもらうしかない。
今日はサンドイッチの日なので、日本から送ってもらったラップで軽く包んで箱に入れた。ラップの切れ味が良い。それだけで僕の頬は緩んでにやにやしてしまう。アルビーは、そんな僕を見てくすくすと笑っている。
もちろんこの国にだってラップらしきものはあるのだけれど、日本人の僕には文化の違いが大き過ぎて使いこなせそうもない。
まず、食品を包むものなのに、匂う。そして薄くて破れやすい。何の為についているのか判らないほど、刃が切れない。朝から、あれと格闘して引き千切って使う労力を消費するくらいなら、使うことを諦める。そんな代物だ。
とは言え、お弁当を作るようになってからラップは必需品だ。ラップ無しなど考えられない。食材よりも何よりも、一番にこれを送って、と母にお願いしたくらいだ。アルビーはその辺の事情をよく知っている。僕が散々悪態をついていたことも。
詰め替えを終えて「できたよ」と、アルビーに渡すと、彼はいつもと変わりなく「ありがとう」と艶やかに微笑んでくれた。
そして、「丸二日もコウの顔が見られないなんて、淋しいな」と言って、珍しくぎゅっと僕をハグしてから出掛けて行った。
アルビーでもそんな気分になることがあるんだな、と僕は首を捻りながら残っている朝食を胃の中に片付け、彼の淹れてくれたコーヒーを口に運んだ。いつもと変わりなく、のんびりと。
この彼の不在が、マリーの憂鬱の原因だなどと、思いもせずに……。
いつも通りに図書館に寄って帰って来ると、キッチンにマリーが座っていた。ぼんやりと黙り込んでいるマリーは覇気がなくて、ちっともマリーらしくない。
「お茶を淹れようか?」
声を掛けると、虚ろな目が僕を振り返る。
「何か食べる?」
「そうね」
マリーは首を横に振ったので、僕はお茶の用意に掛かった。
「アルビーはボランティアだって言っていたけど、違うの?」
彼女のこの様子から、もしかしてと疑いがもたげてきていた。
「そうよ」
「泊まりだって? 何のボランティア?」
「カウンセリング」
マリーの返事はどこか機械的でいつもの彼女らしくない。この話はしたくないのだろうか、と僕は一旦口を噤む。
「片道四、五時間掛かるから日帰りは無理なのよ」
湯気の立つティーカップをマリーの前に置くと、思い出したように彼女は僕を見上げた。
「明日の昼過ぎには帰って来るから。コウ、家に居てくれない?」
明日は土曜日だ。特に予定もない。
「別にかまわないけど。でも、どうして?」
カウンセリングなら、過酷なボランティアでお腹を空かせて帰って来るから、って訳でもないだろうに。
マリーの余りにも深刻な様子に、僕まで引きずられて心配になってくる。
「アルを引き留めて欲しいの。きっと出掛けようとするから。あんたの言うことなら、きっとアルだって聞いてくれるから」
「出掛けるって、どこに?」
マリーの話はどうも断片的過ぎて要領を得ない。普段はアルビーの行動を制限するようなことは一切言わないのに。どうしてその日に限って駄目なんだ?
「ハムステッド・ヒース」
意味が解らず眉を寄せた僕に、マリーは一言、「馬鹿」と囁くような小声で呟いた。
「ボランティア。仕方なしの」
アルビーは表情を変えずに呟いた。
「お昼は持って行く?」
「うん」
「じゃあ、詰め替えるよ。捨てられる入れ物の方がいいだろ?」
僕は食べ掛けの皿をそのままにして、先にアルビーの弁当を紙の箱に詰め替えた。元は、アンナがお茶会や、マリーの友だちへのお土産用に用意していたギフトボックスなので、赤のギンガムチェックと、ちょっとアルビーには可愛らし過ぎるけれど、どうせ捨てるものなのでそこは我慢してもらうしかない。
今日はサンドイッチの日なので、日本から送ってもらったラップで軽く包んで箱に入れた。ラップの切れ味が良い。それだけで僕の頬は緩んでにやにやしてしまう。アルビーは、そんな僕を見てくすくすと笑っている。
もちろんこの国にだってラップらしきものはあるのだけれど、日本人の僕には文化の違いが大き過ぎて使いこなせそうもない。
まず、食品を包むものなのに、匂う。そして薄くて破れやすい。何の為についているのか判らないほど、刃が切れない。朝から、あれと格闘して引き千切って使う労力を消費するくらいなら、使うことを諦める。そんな代物だ。
とは言え、お弁当を作るようになってからラップは必需品だ。ラップ無しなど考えられない。食材よりも何よりも、一番にこれを送って、と母にお願いしたくらいだ。アルビーはその辺の事情をよく知っている。僕が散々悪態をついていたことも。
詰め替えを終えて「できたよ」と、アルビーに渡すと、彼はいつもと変わりなく「ありがとう」と艶やかに微笑んでくれた。
そして、「丸二日もコウの顔が見られないなんて、淋しいな」と言って、珍しくぎゅっと僕をハグしてから出掛けて行った。
アルビーでもそんな気分になることがあるんだな、と僕は首を捻りながら残っている朝食を胃の中に片付け、彼の淹れてくれたコーヒーを口に運んだ。いつもと変わりなく、のんびりと。
この彼の不在が、マリーの憂鬱の原因だなどと、思いもせずに……。
いつも通りに図書館に寄って帰って来ると、キッチンにマリーが座っていた。ぼんやりと黙り込んでいるマリーは覇気がなくて、ちっともマリーらしくない。
「お茶を淹れようか?」
声を掛けると、虚ろな目が僕を振り返る。
「何か食べる?」
「そうね」
マリーは首を横に振ったので、僕はお茶の用意に掛かった。
「アルビーはボランティアだって言っていたけど、違うの?」
彼女のこの様子から、もしかしてと疑いがもたげてきていた。
「そうよ」
「泊まりだって? 何のボランティア?」
「カウンセリング」
マリーの返事はどこか機械的でいつもの彼女らしくない。この話はしたくないのだろうか、と僕は一旦口を噤む。
「片道四、五時間掛かるから日帰りは無理なのよ」
湯気の立つティーカップをマリーの前に置くと、思い出したように彼女は僕を見上げた。
「明日の昼過ぎには帰って来るから。コウ、家に居てくれない?」
明日は土曜日だ。特に予定もない。
「別にかまわないけど。でも、どうして?」
カウンセリングなら、過酷なボランティアでお腹を空かせて帰って来るから、って訳でもないだろうに。
マリーの余りにも深刻な様子に、僕まで引きずられて心配になってくる。
「アルを引き留めて欲しいの。きっと出掛けようとするから。あんたの言うことなら、きっとアルだって聞いてくれるから」
「出掛けるって、どこに?」
マリーの話はどうも断片的過ぎて要領を得ない。普段はアルビーの行動を制限するようなことは一切言わないのに。どうしてその日に限って駄目なんだ?
「ハムステッド・ヒース」
意味が解らず眉を寄せた僕に、マリーは一言、「馬鹿」と囁くような小声で呟いた。
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