霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅲ.春の足音

77 学食

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 何事もなかったように、日々は淡々と過ぎていた。キッチンから見える、庭の片隅に咲いていたスノードロップはいつの間にか消え、近隣の家の庭や、公園のそこかしこで、明るいお日様のような黄水仙の花を見かける季節になっていた。


 変わり映えしない一日の終わりに、ショーンに誘われ、一緒に学食で夕食を食べた。教室で顔を合わせてはいたけれど、こうしてゆっくりと雑談するのは久しぶりだ。決して避けていたつもりはないのだけれど。彼も、彼女ができてから忙しくして、僕と話をする時間も取れなかったことを気にしていたのだそうだ。

 最初、ショーンはいつもと変わりなく、講義の感想や、グループディスカッションでの誰それの意見が面白いとか、そんなたわいもない話を切れ目なく喋っていた。取り立てて中身のある話でもなかったので、僕は適当に聴き流し相槌を打っていた。


「次のイースター休暇、一緒に旅行に行かないか? ストーンヘンジを見に行こうかと思っているんだ。きみも、興味あるだろ?」

 つい今しがたまでとは打って変わって、ショーンは瞳をキラキラと輝かせて、長テーブル越しにぐっと顔を近づけてくる。

「ストーンヘンジ? 僕はアーサー王伝説にはあまり、」
「ケルトの祭祀場って説もあるんだぜ。夏至の日に行う特別な儀式に興味あるんだろ? 驚異的な天文学の知識を基に配置された祭壇石は、一見の価値が、」

 はっ、とショーンは僕の顔を見て喉を詰まらせる。

「誰に聴いたの? アルビー?」

 抑え込んだ怒りのために、いちオクターブは低くなった声で訊ねた。いつからアルビーとショーンは、こんな話をするほど親しくなっていたんだ。おかしいと思っていたんだ。あの日、アルビーが特に突っ込んで尋ねることもなく、火事の件を納得してくれたこと。

 僕は一度だって、彼に四大精霊の話をしたことはなかったのに!

「アルビーに、僕の研究テーマの話を勝手にしたの?」
「いけなかったのかい? きみ、別に隠している訳じゃないだろ? 教室じゃ、普通に皆とだってその話をしているし」

 ショーンは一瞬僕の怒気に驚いたようだったけれど、悪びれずに言い返してきた。

 そうだよ。その通りだ。別に知られて困ることでもなければ、隠さなきゃならないことでもない。でも、僕の知らない間に、僕の知らない所で、ショーンとアルビーが僕の噂話をしていることが嫌だった。

 ぷいっと顔を伏せて、食べ掛けのコテージパイをつついた。白いテーブルに明るすぎる照明。のっぺりとしたマッシュポテトののっかったメイン料理に、付け合わせは揚げた小芋。それにポテトサラダ。彩もへったくれもない! どれだけじゃがいもが好きなんだ、イギリス人は! 

 ……ここの学食にしては、マシなメニューだよ。けれど無性に腹が立って仕方がなかったんだ。じゃがいもに罪はないのに……。

 
 黙り込んだまま、じゃがいもを突き、口を機械的に動かした。一瞬、真っ白になっていた頭に、徐々に周囲の喧騒が戻ってくる。苛立ちを露わにしてしまった僕をちらちらと見ながら、ショーンは居心地悪そうに食べることに精をだしている。


「旅行、考えておくよ。多分、行けると思う。費用はどれくらい見ておけばいいの? どのみちどこかへは行こうと思っていたんだ」
 おもむろに面を上げ、ショーンに眼を据えた。無理に笑顔を作って見せたせいか、ショーンはほっとしたように顔をほころばせ、またつらつらと喋り始める。


 一頻り旅行プランを聴いた後、さり気なさを装って本題を切り出した。
「いつからアルビーとそんなに仲良くなっていたの?」

 結局は彼女繋がり。そういう事らしい。彼女の行くクラブやパブへ同行すれば、アルビーがいる確率が高い。自然と話をする機会も多かったから。と、別段やましいことでもなんでもないように言うので、僕はやっと緊張が解けて、安堵の吐息を漏らしていた。

 ショーンは、僕たちのことを知っている訳ではないのだ。それに、ショーンの目当てはアルビー、っていう訳でもない。共通の友人として、僕の話題が上がったに過ぎない。それだけなんだ。

「今日のコテージパイ、美味しいね。ちょっと僕には量が多すぎるけれど」
「残すのか? 食べてやるよ」

 片頬を膨らませて無邪気に笑う彼の皿に、まだ余り手をつけていない部分を切り分けて載せた。

「ありがとう。残すのは嫌だったから、助かる」
 お礼を言うと、ショーンは少しはにかんだように、にっと笑った。




 
 
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