霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

文字の大きさ
92 / 193
Ⅲ.春の足音

88 旅6 予定変更

しおりを挟む
 ショーンの側のベッドサイドライトが眩しくて、目を開けた。隣のベッドから、ショーンが僕を見ていた。

「おはよう」

 声を掛けたけれど、ショーンは寝ぼけていただけだったのか、またすぐに目を閉じ、くるりと寝返りをうって僕に背を向けた。僕も窓に顔を向け、カーテンの隙間から見えるまだ昏い空を確認し、早すぎる目覚めにもうひと眠りしようと目を瞑る。だが、しばらく経っても眠気は戻って来ない。
 昨夜は結構話し込んでいて、部屋に戻ったのはかなり遅かった。これでは、三時間くらいしか眠れていないことになる。それなのに目が冴えてしまったのか、もう眠れそうもない。

 諦めて、昨夜盛んに震えていた携帯をチェックする。アルビーから不在着信とメールが何通も来ていた。特に内容の無い、「何してる?」とか、「楽しんでいる?」とか、「トラブルはない、大丈夫? 心配だ」なんて短い、何気ないものばかりだったけれど。

 気づくのが遅くてごめん、アルビー。宿で知り合った、僕たちみたいなバックパッカーと意気投合して盛り上がっていたんだ。

 取りあえず簡単な返信を打って、アルビーが起きる時間になったら電話しよう。予定変更も伝えておかなければ。

 明日、ああ、もう今日か。行く予定だったストーンヘンジと周辺遺跡巡りは旅の後半に回し、ショーンの従弟の住むバースへ行く事になったのだ。昨夜知り合った連中が、車で一緒に回ろうと誘ってくれたのだ。便乗させてもらうお礼に、ショーンは従弟の家に、彼らも一緒に泊めてあげることにした。予定は前後するけれど、車だと計画よりも効率的に回れるし渡りに船だろ、とショーンは一応、僕の意向を確認した。

 彼らの申し出は僕としても有難い。バースはケルトの聖地で、パワースポットでもある。
 
 それに、ここはパワースポット……、よりも温泉で有名なんだ。温泉だよ、温泉! イギリスで温泉に入れるなんて! もう考えるだけで顔がにやけてしまう。


「何も心配いらないよ。旅行を満喫しています。送信、と」

 メールを打ち終え、ボサリッ、と持ち上げていた頭を枕に落とした。

 アルビーはやっぱり、僕を小さな子どもか何かのように思っているのかな? ショーンも一緒だし、いったい何を心配することがあるって言うんだろう?

 ちょっとだけ、腹立たしい。でも、こうして彼が僕のことを気にかけてくれるのは、やはり嬉しい。
 それにショーンに言われた、アルビーの指輪は家族のあかしだという解釈のお陰で、ほっこり胸が温かくて。

 僕はいつしか携帯を握りしめたまま、うとうとと微睡みに落ちていた。



 目覚ましの電子音に起こされた。かなりの音量で鳴っていたので、慌てて止めた。ショーンはまだぐっすり眠っている。
 朝食の時間までは間があったので、先にシャワーを浴びることにした。



 さっぱりして、ふと洗面台の大きな鏡に眼をやった。思わず自分の眼を疑ったよ! 寝起きのぼやっとした頭でいたから、躰を洗っている時もすっかり意識が飛んでいたんだ。

 アルビー、酷いよ! こんな恥ずかしい姿で、温泉になんて入れないじゃないか!
 後半! 旅行の後半だったら、きっと消えているのに! せっかくバースにまで行くのに! 温泉、温泉が……。

 アルビーが僕の躰につけたキスの痕。恥ずかし過ぎて直視できない。

 思わずその場にしゃがみ込んで、一人で赤くなっていた。
 そうだ……。何も今日、明日に温泉に入らなくてもいいじゃないか。二日、三日経てば消えるはずだ。

 ほっとして吐息が漏れる。だけど同時に、これが消えてしまうのもなんだか淋しく、名残惜しくて、僕は腕の内側のアルビーが残した赤い痕に、そっと唇を重ねていた。


 




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】

まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...