105 / 193
Ⅲ.春の足音
101 旅19 夜1
しおりを挟む
バース最後の夜は、皆早々と寝てしまった。翌朝には次の目的地ティンタジェル城跡へと向かうためも有り、申し合わせて床に就いた。
結局、バズの家でのんびりと三日間も過ごさせてもらったことになる。もっといろいろバズとも話したかったけれど、如何せん温泉のリラックス効果には勝てなかった。
バイタリティは僕の何倍もあるショーンやコリーヌでさえ、今晩は早々と就寝したのだから、やはり温泉は偉大だ。
僕たちがいる間、バズは両親のベッドルームを借りて眠っていた。ショーンは居間のソファーベッドだ。定員オーバーになりがちな来客のために、シックなアイボリーのソファーは、ベッドに早変わり。
バズの部屋を占領してしまって申し訳なく思っていたのだけれど、取り敢えず、二人共ちゃんとベッドで寝ていると聞いて安堵したよ。
それでも、僕たちが彼の日常を掻き回していたことには変わりがないので、明日でここを出発できることは、淋しくもあり、ほっとする面もあった。
十時前には熟睡できていたせいだろうか、夜中に喉が渇いて目が覚めた。温泉でかなり汗をかいたからかな。水分補給はしっかりとしたつもりだったけれど。
とにかく起きて、キッチンで水を一杯もらってから寝直そう。
もう夜も更けていたのでそっと足音を忍ばせて廊下に出ると、居間から灯りが漏れている。それに、誰かがドアの前に蹲っている?
バズだ。
声をかけようとすると、その前に僕に気がついた彼が、唇の前で人差し指を当て立ち上がった。
「どうしたの?」
声を殺し、耳許に顔を寄せて訊ねるので、僕も何故か緊張して「喉が渇いて」と告げた。
彼は「来て」と僕の腕を引いてキッチンへ向かった。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、小声で「部屋に持って行っていいよ」と、渡してくれた。
「きみ、廊下で何をしてたの? ショーンと喧嘩でもしたの?」
さっきの彼の尋常ではない様子が気になって仕方なかった。
「心配してくれてるの?」
バズはちょっと微笑んで軽く首をすくめた。
「喧嘩じゃないよ、ただの見張り」
きょとんとしてしまった僕を見て、バズはまたクスリと笑う。
「ショーンがさ、居間でコリーヌとやってるからさ」
開いた口が塞がらない。訳が解らない。……理解出来ない。
「気づかなかった? 昨夜もだよ。それでショーンにマズいんじゃないって言ったら、じゃあ、ばれないように見張っててくれ、って頼まれたんだよ」
ショーン……、高校生に何やらせてるんだよ! コリーヌもコリーヌだ。信じられない!
「水、飲まないの?」
ペットボトルを握り潰しそうなほど力を籠めていた。大きく息を吸い込んで、一息に煽った。
「友だちとしてはいい奴だけど、僕にはとても理解できないよ、ショーンのそういう感覚」
「そう? ミシェルよりショーンの方が、コリーヌとはずっと気が合っているように見えるけどな」
「だからって……」
「そうだね、だからって、所詮旅先でのアバンチュールだよね、あの二人にしてみればさ」
バズ、高校生のくせに達観し過ぎてないか?
彼女の恋人は、廊下を挟んだ目と鼻の先で寝てるんだぞ!
なんだか一気に気が抜けて、ダイニングテーブルの椅子を引いて腰掛けた。キッチンの小さな明り取りの窓から、蒼く濁った光が差し込む。その不明瞭な蒼い闇に滲む輪郭をぼんやりと眺めた。バズも押し黙ったまま、僕の向かいに腰掛けた。ドアは開け放ったままなので、もしミシェルが起き出しても直ぐに判る。そんな馬鹿馬鹿しい役目を遂行するつもりで、彼はここにいるのか。
「解らないよ。まるで感覚が違うんだよ、僕とは……」
ショーン、アルビー……。おそらくバズも。
アルビーは、それにショーンも、まるで握手でもするようにセックスするんだ。親密になったのだから当然だと言わんばかりに。
好きの深さが、きっと僕とは全然違う。
学校でたまにこんな話題になった時、「だって相性ってものがあるんだからさ、まずやってみないと判らないだろ」って意見が大多数を占める。だから、何度か寝たことがあるから恋人同士、なんてことにはならないし、誰も思わない。同時期に複数とデートしてから本命を決める、って言うのを誰も変だと思わない。デートと、「付き合う」は、全くの別物。
もうここからして、僕にはついていけない感覚だ。
それがこの指輪がひと悶着起こした理由だってことも、あれから理解できた。
アルビーは誰と寝ようと、その相手を恋人にはしなかった。そんな彼が揃いの指輪を渡した相手が僕だ。そういうことだと思うよ、誰だって。
でも、これをもらったのはそんな経緯からじゃなかった。順序が逆だったら僕だって、こんな辛い想いを抱えずに済んでいたかもしれないのに。
「温泉のミネラルで変色しなくて、良かった。後から気づいたんだ」
薬指の火蜥蜴を擦りながら呟いた。
この指にいるのが当然過ぎて、サウナに入る前に危ないからってバズに言われるまで忘れていた。
この指から離れなくなった火蜥蜴。
きみのつがいは、今、何をしてる?
一人で夜の街を、公園を、彷徨ったりはしていないよね?
結局、バズの家でのんびりと三日間も過ごさせてもらったことになる。もっといろいろバズとも話したかったけれど、如何せん温泉のリラックス効果には勝てなかった。
バイタリティは僕の何倍もあるショーンやコリーヌでさえ、今晩は早々と就寝したのだから、やはり温泉は偉大だ。
僕たちがいる間、バズは両親のベッドルームを借りて眠っていた。ショーンは居間のソファーベッドだ。定員オーバーになりがちな来客のために、シックなアイボリーのソファーは、ベッドに早変わり。
バズの部屋を占領してしまって申し訳なく思っていたのだけれど、取り敢えず、二人共ちゃんとベッドで寝ていると聞いて安堵したよ。
それでも、僕たちが彼の日常を掻き回していたことには変わりがないので、明日でここを出発できることは、淋しくもあり、ほっとする面もあった。
十時前には熟睡できていたせいだろうか、夜中に喉が渇いて目が覚めた。温泉でかなり汗をかいたからかな。水分補給はしっかりとしたつもりだったけれど。
とにかく起きて、キッチンで水を一杯もらってから寝直そう。
もう夜も更けていたのでそっと足音を忍ばせて廊下に出ると、居間から灯りが漏れている。それに、誰かがドアの前に蹲っている?
バズだ。
声をかけようとすると、その前に僕に気がついた彼が、唇の前で人差し指を当て立ち上がった。
「どうしたの?」
声を殺し、耳許に顔を寄せて訊ねるので、僕も何故か緊張して「喉が渇いて」と告げた。
彼は「来て」と僕の腕を引いてキッチンへ向かった。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、小声で「部屋に持って行っていいよ」と、渡してくれた。
「きみ、廊下で何をしてたの? ショーンと喧嘩でもしたの?」
さっきの彼の尋常ではない様子が気になって仕方なかった。
「心配してくれてるの?」
バズはちょっと微笑んで軽く首をすくめた。
「喧嘩じゃないよ、ただの見張り」
きょとんとしてしまった僕を見て、バズはまたクスリと笑う。
「ショーンがさ、居間でコリーヌとやってるからさ」
開いた口が塞がらない。訳が解らない。……理解出来ない。
「気づかなかった? 昨夜もだよ。それでショーンにマズいんじゃないって言ったら、じゃあ、ばれないように見張っててくれ、って頼まれたんだよ」
ショーン……、高校生に何やらせてるんだよ! コリーヌもコリーヌだ。信じられない!
「水、飲まないの?」
ペットボトルを握り潰しそうなほど力を籠めていた。大きく息を吸い込んで、一息に煽った。
「友だちとしてはいい奴だけど、僕にはとても理解できないよ、ショーンのそういう感覚」
「そう? ミシェルよりショーンの方が、コリーヌとはずっと気が合っているように見えるけどな」
「だからって……」
「そうだね、だからって、所詮旅先でのアバンチュールだよね、あの二人にしてみればさ」
バズ、高校生のくせに達観し過ぎてないか?
彼女の恋人は、廊下を挟んだ目と鼻の先で寝てるんだぞ!
なんだか一気に気が抜けて、ダイニングテーブルの椅子を引いて腰掛けた。キッチンの小さな明り取りの窓から、蒼く濁った光が差し込む。その不明瞭な蒼い闇に滲む輪郭をぼんやりと眺めた。バズも押し黙ったまま、僕の向かいに腰掛けた。ドアは開け放ったままなので、もしミシェルが起き出しても直ぐに判る。そんな馬鹿馬鹿しい役目を遂行するつもりで、彼はここにいるのか。
「解らないよ。まるで感覚が違うんだよ、僕とは……」
ショーン、アルビー……。おそらくバズも。
アルビーは、それにショーンも、まるで握手でもするようにセックスするんだ。親密になったのだから当然だと言わんばかりに。
好きの深さが、きっと僕とは全然違う。
学校でたまにこんな話題になった時、「だって相性ってものがあるんだからさ、まずやってみないと判らないだろ」って意見が大多数を占める。だから、何度か寝たことがあるから恋人同士、なんてことにはならないし、誰も思わない。同時期に複数とデートしてから本命を決める、って言うのを誰も変だと思わない。デートと、「付き合う」は、全くの別物。
もうここからして、僕にはついていけない感覚だ。
それがこの指輪がひと悶着起こした理由だってことも、あれから理解できた。
アルビーは誰と寝ようと、その相手を恋人にはしなかった。そんな彼が揃いの指輪を渡した相手が僕だ。そういうことだと思うよ、誰だって。
でも、これをもらったのはそんな経緯からじゃなかった。順序が逆だったら僕だって、こんな辛い想いを抱えずに済んでいたかもしれないのに。
「温泉のミネラルで変色しなくて、良かった。後から気づいたんだ」
薬指の火蜥蜴を擦りながら呟いた。
この指にいるのが当然過ぎて、サウナに入る前に危ないからってバズに言われるまで忘れていた。
この指から離れなくなった火蜥蜴。
きみのつがいは、今、何をしてる?
一人で夜の街を、公園を、彷徨ったりはしていないよね?
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで
中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。
かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。
監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。
だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。
「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」
「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」
生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし…
しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…?
冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。
そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。
──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。
堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
ポメラニアン魔王
カム
BL
勇者に敗れた魔王様はポメラニアンになりました。
大学生と魔王様(ポメラニアン)のほのぼの生活がメインです。
のんびり更新。
視点や人称がバラバラでちょっと読みにくい部分もあるかもしれません。
表紙イラスト朔羽ゆき様よりいただきました。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる